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2014年9月26日 (金)

第124回 柳家小満んの会

夕方から柳家小満んの会で、関内ホールへ。
三遊亭圓朝作「牡丹燈籠」から「御札はがし」を中心に
前後にお馴染みの「粗忽長屋」と十八番の「寝床」で、
なんと素晴らしい三席!大満足の二時間であった。

柳家緑太:弥次郎
柳家小満ん:粗忽長屋
柳家小満ん:御札はがし
柳家小満ん:寝床

緑太さんは何度か小満んの会の前座さんで来ていたが、
11月からは二ツ目なので、今回で卒業!ということか。
噺は「弥次郎」。ものすごく久しぶりに聞いた。かなり新鮮で
それだけでも楽しくなってしまう。すっかり二ツ目の芸だ。
師匠の一席目は「粗忽長屋」。面白い。なぜこんなに面白い?
「粗忽長屋」という噺は、それこそたくさん聞いているし、
今さらどうだ…って、知り尽くしている感じもあるのだけど、
それが小満ん師匠だと全然違って聞こえる。台詞や展開は、
忠実に五代目小さん師匠の型を継承していると思うのだけど、
とにかく楽しくて仕方ない。それは、ここで登場の粗忽者だが、
慌て者と一方のボーっとしているので、二通りに分かれると、
「長短」みたいだけど、それが際立ち過ぎず…程よいところで
丁寧に描き分けられているので、情景が豊かなのだと思う。
当人が死骸を引き取りに行くという極めて非現実的な発想が、
この粗忽者の彼らにとっては、現実的な出来事なのであり、
それが、落語だからバカバカしいんだ…というのではなくて、
聞いているこちらも…少しだけ真剣になれるという、そこに
「粗忽長屋」という噺の魅力が隠されているのではないかと
本当に素晴らしい一席であった。噺の中に引き込まれるのだ。
そして圓朝作「牡丹燈籠」である。お露と新三郎の出会いから
山本志丈にお露とお米の死を聞かされ、お盆の晩、八つを過ぎ、
すると…カランコロンとお露、お米の亡霊が毎夜、訪ねてくる。
それを伴蔵が目撃するのだが、人相見の白翁堂勇斎に相談し、
谷中三崎村にて、お露が幽霊であることを突き止めた新三郎が、
新幡随院の良石和尚の力を借りて、お札と海音如来の御仏像で
幽霊を締め出すという…小満ん師匠の「牡丹燈籠」はここまで。
つまりは「御札はがし」に至るまで…という内容だ。実にいい!
圓朝の作品は、やはり緻密であり、いつも夢中になってしまう。
その緻密すぎるところが、わざとらしさであったりもするのだが、
いうまでもなく…「牡丹燈籠」は三遊亭圓朝の代表作であり、
お馴染みカランコロンの情景は、まさしく究極の名場面だ。
この続きは、おそらく小満ん師匠は、演らないのではないかと…
栗橋宿へと移って、「関口屋強請」などぜひ聞きたいのだけど。
仲入り後、三席目は「寝床」。小満ん師匠の「寝床」は最高だ。
黒門町から伝わる師匠の最も得意な噺のひとつだと思うけど、
それにしても楽しくて、可笑しくて、感動的な一席だったのだ。
旦那に聞かれ、繁蔵が長屋の連中や店の者の話をする場面、
ものすごい早口で、要するに繁蔵は適当な言い訳をしており、
真剣に答えているわけではないので、気がないのである。
その一本調子に…次から次へと言葉の羅列の面白さ。爆笑。
一所懸命に…張り切っている旦那とそれに迷惑している繁蔵、
その二人の対比は、まさに絶妙なのであり、完成されている。
しだいに腹が立ってくる旦那であり、怒りが頂点に達するところは
最高に盛り上がったところで、本当にすごい!煙管の向きが逆。
その旦那が、芸惜しみしている…の一言で、すっかり機嫌が直り、
嬉しそうに語りはじめるのだから、なんとかわいい人であり、
素直で単純なのかと…悪い人ではないのだ。ただ周囲は大迷惑。
ということで、次回は11月19日、第125回 横浜 柳家小満んの会
演目は「猪買い」「忍三重」「八五郎出世」の三席。楽しみである!

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