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2015年5月31日 (日)

落語につぶやき 269~栗橋宿

昨日は正雀師匠で「牡丹燈籠」の最後のところを聞いてきたが、
それで思ったことと少し考えてみたことを記録しておきたい。

お国と宮野辺源次郎は共謀して、飯島平左衛門を殺して、
越後の村上へと逃げるが、そこはお国の故郷であり、
しかし父樋口屋五兵衛は死んで、兄と義理の母りえは、
宇都宮へ移った後であった。お国と源次郎は仕方なく…
迷い迷って、栗橋宿へたどり着く。栗橋は日光街道で、
宇都宮への途中であり、そこにも意味がある。源次郎は
飯島平左衛門に槍で突かれた足の傷が急に痛み出し、
栗橋宿に滞在することになって、お国は伴蔵と遭遇。
お国の過去を知る山本志丈も現れて、何という偶然。
広い日本で、三人が栗橋に集まり、出会うというのも
ありえないことのように思うが、それが因果というものか。

「牡丹燈籠」という噺は、お露と新三郎の噺で有名だけど、
実はその部分は、外伝的な内容なのであり、本来は、
飯島家(飯島平左衛門)と黒川家(黒川孝蔵)にまつわる噺で
お国と源次郎もまた脇役であるし、新三郎とそこに仕える…
伴蔵、お峰は、ますます脇役であるという。そこが面白い。
しかし飯島平左衛門の娘でお露と萩原新三郎の出会いが、
「牡丹燈籠」という長編仇討ち噺を有名にしてしまったのだ。

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