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2015年12月16日 (水)

圓朝速記~真景累ヶ淵(二一)

マクラにて、圓朝師匠の喋りについての記述であり、
「怪談のお話は早く致しますと大きに不都合でもあり、
又怪談はネンバリネンバリと、静かにお話をすると、
却って怖いものでございますが、話を早く致しますと、
怖みを消すと云う事を仰しゃる方がございます。
処が私は至って不弁で、ネトネト話を致す所から、
怪談話がよかろうと云う社中のお思い付でございます。」

明治の頃には、世の中が明るくなって、
すでに幽霊も信じられなくなっていたのだが、
「只今では大抵の事は神経病と云ってしまって
少しも怪しい事はござりません。明かな世の中で
ございますが、昔は幽霊が出るのは祟りがあるからだ
怨(うらみ)の一念三世(さんぜ)に伝わると申す
因縁話を度々承まわりました事がございます。」

そして豊志賀が新吉に遺した手紙である。
「心得違いにも、弟か息子の様な年下の男と深い中になり、
是まで親切を尽したが、其の男に実意が有ればの事、
私が大病で看病人も無いものを振捨てゝ出る様なる
不実意な新吉と知らずに、是まで亭主と思い真実を
尽したのは、実に口惜しいから、仮令(たとえ)此の儘
死ねばとて、この怨は新吉の身体に纒(まつわ)って、
此の後女房を持てば七人まではきっと取殺すから然う思え」

そして噺は進み、豊志賀の墓前でお久と会う。
「八月二十六日が丁度三七日(みなのか)で、
其の日には都合が悪く墓参りが遅くなり、
申刻下(ななつさが)りに墓参りをするものでないと
其の頃申しましたが、其の日は空が少し曇って居るから、
急ぎ足で参ったのは、只今の三時少し廻った時刻、…」
この「申刻下りに墓参りをするものでない」つまりは
午後四時を過ぎて、夕方の墓参りなどするものではない…
ということだが、このフレーズが何となく好きである。
そんな夕方、暗くなって、墓場に行くものか…という。
そしてこの後、新吉とお久は下総羽生村に立つのだが、
それが八月二十六日のことである。続く(二二)にて。

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