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2016年5月31日 (火)

東京の風景から 62~佃島

築地から東銀座の方面に向かって、
ランチの刺身定食を食べた後、佃島へ。

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まずは有名な佃天台地蔵尊。
町内の真ん中に巨大なイチョウの木が、
そびえ立っており、御堂の中に幹がある。

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イチョウの木を外から見るとこんな感じ。

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佃祭の大幟の柱と抱が埋められている。
海底の砂の中で腐食を防ぐという保存法。

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漆芸中島の中島泰英さんの八角箸を
ついに買ってしまった。小満ん師匠に
「箸はここのを使わないとダメだよ!」って、
いわれていたので、今度、佃に行ったら
買おうと思っていたのだが、念願が叶って。

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箸の研き仕上げをしてもらっている間に
住吉神社へお参り。江戸時代には、
佃島へは舟で渡ったので、鳥居と参道は
船着場のある海の方へ向かっている。

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七月のお盆に行われる佃の盆踊りだけど、
その会場となる広場だが、普段の様子。
平和で静かな佃島は、本当にいいところ。

この後、浅草に移動して、合羽橋を冷かして、
尾張屋で天せいろを食べて帰ってきた。
少々、疲れていたのか…浅草の写真はなし。

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東京の風景から 61~築地

埼玉の叔父に築地に行きたいと誘われて、
母と朝から出掛けて、東京見物の一日。

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築地場外市場をウロウロだが、波除神社へ。
鮟鱇塚と海老塚。他にもすし塚や玉子塚なども。

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築地中央卸売市場だが、終わりの時間で
時々、荷物は出ていくけれど、すっかり閑散。
東京都の許可がないと撮影禁止だそうで
門番の警備員に怒られてしまった。注意!

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2016年5月30日 (月)

ミヒャエル・ギーレン 4

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第1集)から
今日はベートーヴェンの作品を聞いている。
ザールブリュッケン放送交響楽団との演奏で
序曲「コリオラン」作品62(1969年5月17日)
レオノーレ序曲 第1番 作品138(1973年1月23日)
三重協奏曲 ハ長調 作品56(1969年5月22日)
協奏曲の独奏は、エディト・パイネマンのヴァイオリン、
アントニオ・ヤニグロのチェロ、イエルク・デムスのピアノ、
そして南西ドイツ放送交響楽団との演奏だが、
レオノーレ序曲 第2番 作品72(1989年4月8日)
レオノーレ序曲 第3番 作品72a(1998年4月16日)
序曲では、まさにギーレン流の辛口に痺れてしまう。
迷いなく一刀両断にしていくところは、とにかく明解で
一点の揺るぎもなく、力強さと推進力にあふれている。
三重協奏曲では、イエルク・デムスのピアノが魅力的で
暖かみある音色と穏やかな表現は、ギーレンの方向性と
違っているようで、全体は自然な調和がとれている。

SWR>>music CD-No.SWR19007CD

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2016年5月29日 (日)

横浜の風景から 463

五月も最後の日曜日で久々に長距離を歩きたいと
横浜駅西口から横浜線の沿線を経由して自宅まで
歩いて帰ってきた。遠回りをして、五時間半ほど。

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神奈川宿にて、神奈川区台町の大綱金比羅神社。
少し前(5月14日)に放送された「ブラタモリ~横浜」で
タモリと近江アナがこの鳥居の前で撮影していた。
右の斜め上に見えるのが、話題になっていた三宝寺。

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線路の向こう側で正面に見えるのが幸ヶ谷公園で
そこでも「ブラタモリ」の撮影が行われていた。
青木橋の線路の場所は、明治の切通しだそうで、
その切り出した土を横浜の埋め立てに使ったらしい。

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神奈川区幸ヶ谷にて境橋。「二ツ谷」という交差点。
東神奈川手前のここで北に曲がり、新横浜方面へ。

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神奈川区六角橋2丁目にて、「六角橋」の交差点。

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横浜上麻生道路を歩いて、港北区篠原町の篠原池。
岸根公園で県立武道館の横である。右が地下鉄の駅。

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港北区鳥山町の「新羽踏切」交差点だが、
正面に見えるのが日産スタジアムで
手前の踏切では、横浜線が通過中。

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鴨居の駅前を通過して、緑区鴨居1丁目にて
ここがまさに「鴨居」の交差点だった。

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緑区中山町の「宮の下」で中原街道へ曲がる。
あとは真っ直ぐ…ひたすら歩けば帰れる。

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都岡を過ぎて、旭区下川井町まで戻ってきて、
中原街道沿いにあるお馴染みの三嶌神社。

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2016年5月28日 (土)

アンドレ・プレヴィン 15

アンドレ・プレヴィン指揮ロイヤルフィルによる
ウォルトンの交響曲第1番と戴冠式行進曲を聞いている。
交響曲が1985年12月1,2日にワトフォード・タウンホール、
行進曲が1986年9月16日にフェアフィールド・ホールで収録。
ウォルトンの交響曲は非常に興味あるのだがチャンスがない。
この後に同じくロイヤルフィルの演奏でアシュケナージのCDも
あったと記憶している。プレヴィンが得意とするイギリス音楽だが、
ウォルトンの響きはモダンな空気が漂って、20世紀的というか、
その都会的センスが魅力だ。ウォルトンの交響曲は実にいい。
躍動感あふれる運動性をしなやかに表現している。楽しい。

TELARC CD-80125

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2016年5月27日 (金)

ロンドン交響楽団

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団で
マーラーの交響曲全集を収録順に聞いている。
今日は交響曲第8番で2008年7月9,10日に
ロンドンのセント・ポール寺院で収録されている。
「千人の交響曲」を寺院での演奏であり、その残響、
はるか彼方にまで鳴り響くような永遠性が素晴らしく
録音で鑑賞でもその空間に感動する。残響が長い。
しかしその一方で合唱がオーケストラの大音響に
被ってくるところでは、少々収集つかないところも。
聞き進むうちに慣れてくるので、大丈夫なのだが、
その点では、第2部の精妙な音楽の方がいい。
ゲルギエフは豊かな残響の中にも鋭く鮮やかに
明瞭な表現を打ち出しており、その対比としては、
ひたすら壮大な広がりにそこにこそ価値がある。

LSO Live LSO0730

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2016年5月26日 (木)

落語につぶやき 273~饅頭怖い

「饅頭怖い」は、留公が縄の端切れをヘビと間違えて、
怖い怖いと大騒ぎしたところからはじまるが、それは
子供が生まれると胞衣(えな)を地面に埋めて、
最初に上を通ったものが怖くなる…というのに
由来しており、金神除けで埋める場所を決めるとか。
それで仲間内で怖いものを順番に打ち明けていくと
アブラムシ(ゴキブリ)、毛虫、蛙、ナメクジ、オケラ、
めめず(ミミズ)、蜘蛛、ムカデ、馬、アリ…というふうに。

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2016年5月25日 (水)

ラサール四重奏団 16

ラサール四重奏団でシェーンベルクの弦楽四重奏曲を
収録順に聞いていきたい。今日は第1番 ニ短調 作品7
1968年3月にミュンヘンのプレナー・ザールで収録されている。
シェーンベルクのこの第1番は、世紀末的な色合いというか、
十二音技法ではないけれど、後期ロマン派の濃厚な表現ながら
マーラー以降に独特の不安感が漂い、好きな人にはたまらない。
現代音楽のシャープな感覚とは、また違った方向性を示しながら
ラサール四重奏団は明確な音を聞かせて、やはり説得力がある。
細部に鋭く切り込んでいくようなところは、緻密で圧倒的に鮮明。

DG 479 1976

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2016年5月24日 (火)

エマーソン弦楽四重奏団 1

エマーソン弦楽四重奏団でシューベルトの弦楽四重奏曲を
収録順に聞いていきたい。第14番 ニ短調 D.810「死と乙女」
1987年5月にニューヨークのトロイ音楽ホールでの収録である。
1980年代の録音時には、極めて現代的な感覚と完璧な造形で、
独特なドライな響き、透明すぎる音色が衝撃的であったのだが、
圧倒的な完成度で、どう聞いても間違いなく名演なのであって、
今となってはスタンダードである。それにしてもシャープな演奏。
この鋭い緊張感は、やはり格別なものがある。実に感動的だ。
無類のシューベルト好きだけど、この「死と乙女」という作品は、
何度聞いても強く引き付けられるものがあって、傑作だと思う。

DG 477 045-2

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2016年5月23日 (月)

デニス・ラッセル・デイヴィス 8

デニス・ラッセル・デイヴィス指揮リンツ・ブルックナー管弦楽団で
ブルックナーの交響曲全曲を収録順に聞いているのだが、
今日は交響曲 第5番 変ロ長調(1878年第2稿 ノヴァーク版)
2006年11月16日にリンツ・ブルックナーハウスでライブ収録。
素晴らしい!響きが美しくて、スムーズな流れ、安定感を基調に
ブルックナーの交響曲でも最も複雑で緻密な作風を丁寧に
透明感をもって聞かせているので、その明瞭さに感動する。
もちろん重厚な広がりも存在するのだが、独特の清涼感で
引き締まった造形が、厳粛さと神聖な空気を与えていくのは、
ここでの最大の成果だと…私はたいへんに気に入っている。

ARTE NOVA 88697 74977 2

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2016年5月22日 (日)

落語につぶやき 272~おかちん

小満ん師匠の「御慶」で「おかちん」というのが出てくるのだが、
そこではよくわかっていなかったのだけど、その使い方は、
富くじを買いに行こうと質に入れる形見の羽織をよこせって、
かみさんから取り上げようとしているのだが、お金がなくて、
「おかちん一つ買う金ない…」って。小満ん師匠の「てきすと」で
「言訳座頭」だけど、同じ使い方を見付けて、算段した金だけど
掛取りに払ってしまったら、元日早々、おかちんも食べられない、
そこで「おかちん」を調べてみると…正月に食べるものだけど、
つまりは「お餅」である。餅のことを「搗飯(かちいい)」といい、
転じて「かちん」、「お」を付けて、「おかちん」となったのだ。

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2016年5月21日 (土)

リーズ・ドゥ・ラ・サール 2

リーズ・ドゥ・ラ・サールによるラフマニノフのピアノ協奏曲で
今日は第3番ニ短調を聞いている。ファビオ・ルイージ指揮
チューリッヒ・フィルハーモニアと協演。2013-2015年の録音。
チューリッヒ歌劇場でライブ収録されている。音が美しいのと
表情豊かに細部にまで丁寧に描き込まれており、隅々にまで
音楽がよく聞こえてくるのである。非常に満たされている印象で
一方で何かが足りない気もする。すべてに高度な仕上がりだが、
何が不足なのか?メカニック的に優れているというのとは別で
音楽の深み、熟成度が足りないのだろうか。まあ、贅沢な不満。
基本的には、文句なしの演奏だと思うけど、好みの問題か?
表に出たり、抑えたり、後ろに隠れてみたり、そうした動きが、
音楽に陰影を与えたり、きらめきが生まれたり、その輝きが、
聞いている人に喜びを提供してくれる。これから先に期待。

PHR 0104

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2016年5月20日 (金)

柳家喜多八師匠の訃報

5月17日に喜多八師匠が亡くなった。66歳。
歩けなくなっちゃって、ますます痩せちゃって、
みんなが心配していたのだが、ついにその日が…
「小ゑん・喜多八 試作品」によく行っていたので、
いつもそば近くで聞いていたので、ショックだ。

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2010年8月8日、谷中全生庵での「圓朝まつり」にて、
「キタナヅカ」である。宝塚好きであった喜多八師匠が、
永遠ちはや(とは千早)の源氏名でパフォーマンス。
夏の「圓朝まつり」、本当に楽しかった。盛り上がった。

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2016年5月19日 (木)

第133回 柳家小満んの会

今日は横浜の小満んの会で夕方から関内へ。
「ちょいと早いけど」って、おかみさんの開場で
その少し前に到着して、入口で並んでいた。

春風亭一猿:道灌
柳家小満ん:がまの油
柳家小満ん:馬の田楽
柳家小満ん:抜け雀

一猿さんの「道灌」にちなんで、昔の名人による興味深い話から。
黒門町の文楽師匠が前座のときに最初の一年は、「道灌」しか
教えてもらえず、当時の寄席は、噺家が歩いて移動していたので、
穴が空くことも多かったそうだが、文楽師匠は「道灌」ひとつしか
できなかったので、一日に同じお客さんの前で「道灌」を三回も
演じたことがあったそうである。お客も気まずく、聞いていないし、
やめたくなっちゃったそうだが、すると…「おい、若いの!」って、
切れるようなお札で、一円札を三枚、三円のご祝儀をくれたという
そういう粋なお客さんがいたそうなのである。「道灌」一席が一円だ。
生真面目な文楽師匠なので、きっと一所懸命に喋っていたのだろう。
三度とも…同じように…手を抜かず。見ている人はちゃんと見ている。
同じく名人の盲(めくら)の小せん(初代小せん)もやはり前座の頃、
「道灌」ひとつで一年を演じ通したらしい。ネタの多い三代目圓馬は、
毎日、別の噺を演じていたが、小せんには敵わないと褒めたとか。
昔の名人の話って大好きなのだけど、そういうところにはじまって、
今回の三席に共通のテーマはあるのか?って、考えていたのだが、
特に思い浮かぶところはなくて、聞いていても気付かなかったし、
素直に行くならば、がま(蛙)、馬、雀で、生き物シリーズという。
ついでに最初に上がったのがお猿さんで。他に何かあるのかも?
なんて深読みしたくなるけれど、おそらく師匠は関係ないと仰る。
「がまの油」は、前半のがまの油売りの口上で聞かせて、それが
後半、酔っぱらったために大失敗して、壊れたところで笑わせる…
でもそれに関しては、大して面白い噺でもなくて、しかしそこで
マクラで昔の縁日の見世物小屋の様子が語られて、それがいいと
大道商いの情景、そのイメージも膨らむのか?「がまの油」って、
素晴らしいのだ。今回はお馴染み「蛙娘」の呼び込みにはじまって、
「べな(逆さ鍋)」「大笊小笊(大猿小猿)」「六尺の大イタチ(板血)」。
二席目は「馬の田楽」で、師匠のこの噺は二度目だが、私は好き。
見るからに田舎なのだろうけど、風景に合わせて、登場人物も
その全員がのんびりしているという。でもここでの馬子さんは、
馬が姿を消すと大慌てになり、そこで他の人物たちが、まるで
嫌がらせのようにゆっくりとした対応で、ますます慌てるのだが、
そこが面白い。こんなに抜けている人もいるか!って、じいさん、
ばあさんばかりだけど、噺の中でも地方は高齢化しているらしい。
そして「抜け雀」だが、後半は小満ん師匠のアレンジが絶妙で、
一文無しの絵師は、駿河の城に画(襖絵だったか?)を描きに
小田原を立つという設定。画を仕上げて、たっぷり礼を貰って、
それで江戸への戻りは、立派な形(なり)をしているのである。
雀の画を見に来た父上が描くのは鳥籠ではなく、呉竹であり、
竹に雀の画になって、小田原城主、大久保加賀守は、その画に
二千両の値を付けたが、旅籠の主人は、絵師にこの画は売らず、
家宝にするという。文無しの絵師は、今度は懐も温かくなって、
早速に泊まり賃の前の五両、今度の五両、それに祝いで五十両、
しめて六十両を払うが、主人は「こんなにはいただけません」と
すると「ほんの雀の涙である」というオチである。五羽の雀に
黒々と呉竹の画が描かれていると…そこで文無しの絵師は、
衝立の裏に讃をして、さらには狂歌で「旅人は雪呉竹の村雀、
止まりては立ち、止まりては立ち 文無」と書く。描き足すところで
止まり木はわかるけど、鳥籠を描くというのはおかしいと思っていた。
雀が画から抜け出る…といっても鳥籠の画に二千両はどうも変で
狂歌に絡んでの呉竹だけど、画として、この方が合理的である。
またサゲが「籠描き」でないので、マクラにおいても街道の雲助で
駕籠舁きが忌み嫌われた…というのは、なかったことに後で気付く。
そして文無しの注文通り、旅籠のおかみさんがすっかり愛想よく、
客扱いがよくなったのも愛嬌だ。この辺の工夫はさすがに師匠!
ということで、次回は7月21日(木)の第134回 柳家小満んの会、
演目は「千両みかん」「那智の滝」「天災」の三席である!楽しみだ。

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2016年5月18日 (水)

イルジー・ビエロフラーヴェク 10

イルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコフィルによる
ドヴォルザークの交響曲全集を収録順に聞いている。
今日はギャリック・オールソンの独奏でピアノ協奏曲
2013年7月10,11日にプラハのルドルフィヌムで収録。
名曲揃いのピアノ協奏曲としては地味な存在なのだが、
ドヴォルザークの音楽を聞きたいならば、魅力的な作品。
とはいいながら…ギャリック・オールソンのピアノが絶品。
こんなにも美しい音色で聞けるなら、何度でも聞きたい。
チェコフィルの素晴らしさで聞いているシリーズなのだが、
今回ばかりは、ギャリック・オールソンのピアノに夢中!

DECCA 478 6757

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2016年5月17日 (火)

ラサール四重奏団 15

ラサール四重奏団による1967年の録音で
ルトスワフスキ、ペンデレッキ、黛敏郎の作品。
1967年12月にベルリンのUFAスタジオで収録。
そして後半は、ジョン・ケージの弦楽四重奏曲で
1972年12月にハノーヴァーで収録されている。
圧倒的な素晴らしさであり、お気に入り盤なのだが、
ルトスワフスキの弦楽四重奏曲(1964)がとにかく凄い。
不思議なぐらいの鮮やかさで、この鋭く衝撃的な音楽に
現代音楽とはいえ、夢中になって引き込まれてしまう。
この緻密で複雑で、極めて難解に構成される世界観が
実に楽しい。何しろ面白い。現代音楽って、快感だ。
西洋音楽の最先端の手法と日本的なものを融合させた…
黛敏郎による弦楽四重奏のための前奏曲(1961)は、
我々日本人にとっては格別な存在であり、この作品を
ラサール四重奏団が録音してくれたということは誇りだ。
現代音楽のこの緊張感、作品の集中力というものは、
本当に偉大であり、傑作には特別な時間が存在している。

DG 423 245-2

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2016年5月16日 (月)

5月16日の感想

21時23分に久しぶりの緊急地震速報。
母が風呂に入っていたので、「地震だよ!」って
伝えに行ったのだが、それほどでなく無事に済んだ。
気象庁の地震情報を見るとうちの辺りは震度3。
自分のスマホと母のスマホが同時にギャアギャアと
「地震です…地震です…」と騒ぎ出したから驚いた。
満員電車で全員のスマホ、携帯が一斉に鳴りだしたら、
それは恐ろしいであろう。パニックに陥りそうである。
しかし心の準備ができるのは大きい。重要な機能だ。


その後で先月録画した落語研究会から小満ん師匠の
「雁風呂」を見たのだが、熊本の地震速報が盛大に
録画されていた。何となく先ほどの地震と重なってしまう。
それはいいとして…小満ん師匠の「雁風呂」だけど、
最初に聞いたのは2011年の日本橋で、その後の棚卸し、
以降は度々演じられて、BS11「喬太郎の迎賓館」で見て、
今回の落語研究会だけど、中之島を埋め立てた初代から
巨万の富を築き闕所となる五代目淀屋辰五郎に至るまで
詳しい解説も入り、それによって、なぜ?江戸を目指し、
遠州掛川で水戸黄門と出会う偶然に遭遇するのかと
もちろんフィクションだけど、そこに説得力が出るのであり、
小満ん師匠の「雁風呂」もかなり進化して、面白かった。

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2016年5月15日 (日)

横浜の風景から 462~境川

境川の水門が止められて、泉区上飯田町の水田に
水が引き込まれているのではないかと行ってみたのだが、
結果から書いてしまうと…まだだった。去年はこの時期、
川の水が水路をたっぷり流れ、水田ができていたような?

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下分橋から少し下流へ行ったところである。

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ふれ逢い橋の手前で、水の量は多いようだが。

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ふれ逢い橋にて、境川の今日の流れ。

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緑橋にて、境川の今日の流れ。

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新緑橋から下流の方へ行った水門上の橋だが、
川の水はまだ汲みあげられていない。さらに増水する。

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こちらは泉区新橋町の瀬谷柏尾道路沿いの水田。
手前はまだだが、奥の半分はすでに田植えも完了。

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2016年5月14日 (土)

アルバン・ベルク四重奏団 6

アルバン・ベルク四重奏団でブラームスの弦楽四重奏曲を
収録順に聞いてきた。弦楽四重奏曲 第3番 変ロ長調
1992年4月にセオンの福音教会で収録されている。
明るい音色が圧倒的な輝きと透明感で、このシリーズでも
最も素晴らしい演奏であると思う。一瞬で夢中にさせる…
強烈な鮮やかさに感動するのだが、音楽はしなやかで、
とにかく楽しいし、心地よいし、その美しい響きに虜になる。
鋭く細部にまで緻密に描き出していく姿勢を基本としながら
心のこもった血の通った音楽は、このカルテットらしい。

WARNER 082564 677 1479

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2016年5月13日 (金)

第279回 柳家小満んの会

お馴染みの日本橋亭での小満んの会である。
横浜から乗り換えなく、横須賀線で新日本橋へ。

春風亭一猿:たらちね
柳家小満ん:鍬潟
柳家小満ん:白子屋政談
柳家小満ん:笠碁

「鍬潟」は2012年の秋だったか…小満ん師匠で聞いて、
他では聞いたことがなく、二度目だが、すっかり噺も忘れて、
しかし鍬潟が力士で、相撲の噺ぐらいのことは覚えていて、
聞くといろいろ思い出しながらよく頭に入って、面白かった。
こちらも珍品だと思うけど、地味な存在ながら味があって、
うれしくなってしまう。蚤の夫婦で、三尺三寸の男というのが、
いかにも落語というか、バカバカしいのが魅力なのである。
続いて、「白子屋政談」だが、「髪結新三」のさらに後半を
師匠が演じてみたいと以前からお話に聞いていたので、
それがついに実現である。新三が白子屋のお熊を拐かし、
三十両の金を巻き上げて、しかしそれを大家が横取りする…
これまでの内容は簡潔に…新三はこの一件で株が上がって、
羽振りがよくなり、一方の弥太五郎源七はすっかり分が悪い。
博打帰りの新三が閻魔堂橋で殺されて、その取り調べの中、
浮上してくるのが白子屋を勘当されたお熊の弟で庄之助だが、
拷問の場面、御牢内の場面、大岡裁きの白洲の場面と続く。
庄之助は冤罪だが、その容疑は新三を含む三人を殺しており、
居酒屋の老夫婦を殺している。今回は時間なく、省略されたが、
新三を殺した弥太五郎源七が居酒屋の親爺に「親分さん…」と
呼び止められ、酒を一杯、付き合っていくのだが、帰り際に
「血が付いている…」と気付かれてしまうのである。その場は、
犬を殺してきたと誤魔化すのだが、翌朝になって、この近所で
殺しがあれば、疑いが自分に向くに違いないと老夫婦も殺す。
最後の白洲の場面では、弥太五郎源七は、その罪を庄之助に
なすりつけようとするし、これまでの立派な親分さんの貫録はなく、
奉行の追及に言い逃れているところなど、情けない部分もあり、
弥太五郎源七という人は、新三に人生を狂わされてしまった。
今回の後半まで噺が進んで、特に印象的だったのがそこである。
また冒頭での白子屋が傾く原因となった五百両を盗られた一件、
それが最後につながってきて、庄之助を助けるきっかけともなる…
そこは通しで聞くことではじめてわかるところでもあり、実に痛快だ。
ぜひまた横浜の会で再演してほしいものである。とにかく聞きたい。
最後は師匠お得意の「笠碁」。「白子屋」の長丁場も無事に終えて、
ホッとされたのか…弾けっぷりは普段以上であり、その過熱ぶり、
つまりは因業な老人二人が、さらに過激に愚痴っぽく、小言っぽく、
被害妄想も全開になって、ひとっ調子もふたっ調子もせり上がり、
よってサゲで仲直りに碁をはじめる笑顔のかわいかったこと!
楽しい噺である。この平和な結末で、幸せな気持ちで帰れるのだ。
ということを書いていて、ふと気付いたのだが、今日の三席って、
「喧嘩の結末」がテーマ?「鍬潟」では、小さいながら大関雷電を
策略で負かした鍬潟だが、それに怒り狂う雷電だけど、最後には
義兄弟の契りを交わして、小さい鍬潟が大きな雷電を従えて、
大坂の街を歩いたという。「白子屋政談」では、いうまでもなく
新三と弥太五郎源七…その喧嘩の納まりは?決裂するのだが…
最後は気を取り直して、「笠碁」で老人同士の喧嘩の納まりである。
幸せな和解でお開きとなるわけだ。この共通は…まあ、偶然だろう。
ということで、来週の木曜日(19日)は、関内での横浜小満んの会、
「がまの油」「馬の田楽」「抜け雀」の長閑な三席である。楽しみだ。

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2016年5月12日 (木)

今日の月は…月齢5.3

朝から快晴で、スッキリとした青空。
5月だけど、五月(さつき)晴れとはいわない。
五月晴れとは、梅雨の合間の青空のことをいい、
つまりは梅雨の最中の旧暦五月をさすのである。

20160512

18時32分に南の空高くに見えた月齢5.3の月。
今日の日の入りは18時37分で、日没の少し前。
暦を見ると14日(土)が上弦の月(月齢7.3)で、
その一週間後、22日(日)が満月(月齢15.3)だ。

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2016年5月11日 (水)

落語研究会 柳家小満ん

かなり以前に落語研究会で放送されたものから
小満ん師匠の「二階ぞめき」「中村仲蔵」を聞いている。
「二階ぞめき」では、「吉原の方へご案内…」ということで
川柳や小噺も含めて、たっぷりと吉原の説明が語られて、
丁寧に詳しく…つまりは豊かにイメージが広がるので、
噺に入ったときの理解、情景描写がまるで違うのである。
マクラは短く、すぐに噺に入る方がいいって、そういう人も
中にはいるのだが、私は小満ん流に馴れているので、
これがいい。若旦那が吉原に行って、まるでそのままに
目の前に景色が広がるのだが、これが店の二階であり、
一人芝居というのだから…そこが落語の面白さである。

「中村仲蔵」は、まるで芝居のように人物描写する演り方と
地噺で仲蔵の出世を振り返っていく演り方とあるのだが、
小満ん師匠の場合には後者の方であり、オチも付けずに
一代記という仕上がりである。小満ん師匠の「中村仲蔵」は
実演でも聞いているけれど、研究会の高座も素晴らしい。

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2016年5月10日 (火)

イルジー・ビエロフラーヴェク 9

イルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコフィルによる
ドヴォルザークの交響曲全集を収録順に聞いている。
今日はアリサ・ワイラースタインの独奏でチェロ協奏曲
2013年6月28,29日にプラハのルドルフィヌムで収録。
チェコフィルは肩の力の抜けた自然体な演奏なのだが、
特別なことをしようというのではないところで訛りがあり、
これがチェコ的なのだろうと独特なアクセントが聞かれる。
そしてアリサ・ワイラースタインの雄弁な独奏も印象的で
爽やかながら泥臭いような民族性は、なんとも感動的だ。
交響曲に加えて、協奏曲も収録されているのはうれしい。

DECCA 478 6757

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2016年5月 9日 (月)

東京の風景から 60~築地

昨日は黒門町へ行く前に築地に行ってきた。

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場外市場の西側を海の方へ向かって、
中央卸売市場の入口にある波除神社。

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波除神社に祀られている一対の獅子頭。

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2016年5月 8日 (日)

黒門亭で志ん弥・扇里・小満ん

今日は小満ん師匠を聞きに黒門亭に行ってきた。
ネタ出しは「船徳」で、去年の日本橋での口演を
聞き逃しているので、今回は聞けてよかった。

第2部
金原亭駒六:豆や
柳家喬の字:動物園
古今亭志ん弥:野ざらし
入船亭扇里:かぼちゃ屋
柳家小満ん:船徳

前座さんは駒六さん。売り声のマクラから噺は「豆や」で
この噺は久しぶりだと思う。というよりほとんど聞いていない。
先代の文治師匠(十代目)の録音を持っていると思うのだけど、
明治か?それとも大正か?当時の商売の様子が伝わってきて、
噺の中に漂う空気が実に心地いい。ちっとも面白くないけれど。
喬の字さんが「動物園」で、かなり壊して、自由な印象だけど、
この噺は、いろいろ入れて、漫談風な仕上がりで行けるのだ。
志ん弥師匠が競馬と趣味(釣り)の話で、すると「野ざらし」だが、
「馬の皮が太鼓に使われる」という仕込みで、オチまで本寸法。
明るく陽気で、不思議なぐらいに能天気な展開が魅力だけれども
どこか格調高いような古今亭の「野ざらし」で、聞くと得した気分。
仲入り後に扇里さんが与太郎登場で、夏らしい「かぼちゃ屋」だが、
これは「豆や」と付くだろう!って、ハラハラしてしまった。というのは、
こういうのにうるさい落語通って多いので。私は気にしない…って
そういいながらもすっかり気にしているのは、これらを続けて聞くと
まるで同じところが出てきたのである。与太郎が一所懸命に見上げ、
そして暑い夏の風情で実にいい噺なのだけど、ゆえに今日は残念。
トリは小満ん師匠で、「船徳」はいろいろと…そしてこれまでたくさん
聞いてきていると思っていたのだが、こんなにも見事な「船徳」は、
出会ったことがない。マクラにて柳橋の船宿から山谷堀への船遊び、
途中の首尾の松での艶やかな情景など、船の様子が豊かに語られて、
噺に入るとすっかり引き込まれて、一緒に船に乗り合わせているような
臨場感となるのである。夏の日除けは青竹の簾が掛かる屋根船だが、
吉原への急ぎは猪牙船であり、猪牙を乗りこなすまでになるには、
たいへんな道楽をしているのであって、その結果がここでの徳さんだと
噺も粋な運びである。すごくよかったのが、踊りの船頭姿を褒められて、
「船頭になりたい」といい出した徳さんに…船宿の親方が、静かな堀で
船を漕いでいるのは楽だけど、いったん大川へ出たら、流れも速いし、
棹も取られて、船頭などという商売は、そんなに生易しいものではないと
お説教をする場面で、そこが後半、徳さんが客を乗せて船で出る場面に
活きてくるのである。こうした仕込みは、小満ん師匠ならではの演出だ。
あまりに素晴らしくて、惚れ惚れしてしまった。汗で前が見えなくなってきて、
お客に「水天宮様のお守り(水難除け)持っていますか?」と訊ねる台詞も
小満ん師匠のオリジナルだろうか?とにかく感動の一席で、こういうのを
聞いてしまうと…やたらな「船徳」は聞きたくなくなる。しばらく封印しよう。
この「船徳」で、何とも幸せな日曜日となった。そろそろ気分は夏である。

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2016年5月 7日 (土)

横浜の風景から 461

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瀬谷区阿久和南4丁目との境界で
泉区和泉町から見た富士山だが、
写真に撮るとぼんやりしているけれど
これはこれできれいな富士山である。
夏は見えることも少なく、貴重なこと。

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前を新幹線が通過中。初夏の夕暮れ。

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2016年5月 6日 (金)

リーズ・ドゥ・ラ・サール 1

リーズ・ドゥ・ラ・サールによるラフマニノフのピアノ協奏曲で
今日は第1番と第2番を聞いている。ファビオ・ルイージ指揮
チューリッヒ・フィルハーモニアと協演。2013-2015年の録音。
第1番はチューリッヒ・トーンハレ、第2番はチューリッヒ歌劇場で
ライブ収録されている。ファビオ・ルイージの指揮は高い集中力と
一方のじっくりと歌い込んでいる濃密な音楽がいつもながら独特で
それに合わせて、リーズ・ドゥ・ラ・サールがスケール大きい表現で
感動的な演奏だ。技巧的な要素を少々際立たせるところがあって、
そういうのは気になっていたけれど、第2番などでは、深みのある
落ち着いた響きが効果的で、聞いている人の心をしっかりつかんで、
そのすべてにのめり込める喜びがある。堪能した。それにしても
オーケストラが素晴らしく、やっぱりファビオ・ルイージは最高!

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2016年5月 5日 (木)

東海道を歩く 神奈川~不動坂

連休の最終日、東海道を歩いてきた。
横浜駅西口をスタートして、まずは神奈川台へ
保土ヶ谷宿を抜けて、戸塚を目指し不動坂まで。

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いつもながら台町の料亭「田中家」の前。

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浅間下で浅間神社の鳥居の前。

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東海道と八王子道の追分。

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帷子橋にて帷子川の上流を見ている。

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帷子川の氾濫が続いたために河川改修で
流れは昔と変わっているが、現在の帷子橋。

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保土ヶ谷宿の金沢横丁。左折は金沢道。

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保土ヶ谷の一里塚と松並木。仙人橋にて今井川である。

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東海道の旧道を歩き、権太坂を上る。

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権太坂を振り返っているが、遠くに保土ヶ谷宿が見える。

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境木地蔵尊のところにある相武国境之碑。

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戸塚区品濃町にて、品濃の一里塚。

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ちょっと寄り道するが、戸塚区品濃町の品濃白旗神社。

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東戸塚駅の近くにある横浜らーめん「壱八家」で遅い昼食。
ものすごく久しぶり。15年ぶりぐらいになるかも。

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品濃口で現在の東海道(国道1号線)と交差。

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不動坂にある大山不動尊。今回の東海道はここまで。

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あとは大山道(瀬谷柏尾道路)をひたすら歩いて帰る。

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泉区新橋町の水田に水が入っていた。田植え前。

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瀬谷区阿久和南のお墓山だが、美しい夕暮れ。

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2016年5月 4日 (水)

ロンドン交響楽団

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団で
マーラーの交響曲全集を収録順に聞いている。
今日は交響曲第10番で2008年6月5日に
ロンドンのバービカン・センターで収録されている。
ゲルギエフは、従来の第1楽章のみを演奏だが、
この交響曲の何とも気持ち悪い嫌な感覚はなくて、
どこか楽しいような印象もあるのだから不思議だ。
弦楽器と管楽器を層のように重ねていくところで
いかにも不協和音の気持ち悪さがあまりないのは、
音色をよく整理して、意図的にスムーズに流して、
その点では新ウィーン楽派的方向性は避けている。
こういうところにゲルギエフ流を感じるのである。

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2016年5月 3日 (火)

横浜の風景から 460

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大和市上和田から泉区上飯田町を見ているが、
下分橋からふれ逢い橋へと向かう途中での境川。

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横浜市建築局都市計画課の昭和40年の地図を見ると
河川整備前の境川はかなり蛇行して流れていた。

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地図の周辺の現在の様子。上流の北東方向と
下流の南の方角で、新幹線の線路も見える。

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再び横浜市建築局都市計画課の昭和40年の地図で
緑橋の周辺だが、かなり複雑に蛇行していたのは驚き。

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緑橋から現在の様子。上流の北の方角を見ているのと
泉区上飯田町から大和市の方面を見ている写真。

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2016年5月 2日 (月)

圓朝速記~真景累ヶ淵(二七)

新吉が甚蔵のところに居候することが決まって、
ここから噺は新たな場面へと進むのだが…
お百姓の世間話でお久の葬儀のことを知り、
法蔵寺の墓所に参詣して、お累と出会うのである。

…、娘が側に立って居りまして、ジロリと横目で見ると、
新吉は二十二でも小造(こづく)りの性(たち)で、
色白の可愛気のある何処(どこ)となく好(い)い男、
悪縁とは云いながら、此の娘も、何うしてこんな片田舎に
こんな好い男が来たろうと思うと、恥かしくなりましたから、
顔を横にしながら横眼で見る。新吉も美い女だと思って
立止って見て居りました。

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2016年5月 1日 (日)

横浜の風景から 459~和泉三サバ

連休三日目だが、天気も晴れているし、
久しぶりにしっかり歩きたいと…
和泉川沿いの三サバ参りをしてきた。

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泉区和泉町に入って、キャベツ畑。
いずみ野線の高架脇である。

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瀬谷柏尾道路の西田橋(岡津町)から
弥生台を経由して環4につながる予定の
建設中の道路だが、いつの間にかお花畑に
これから夏に向かって、さらに雑草が広がる。

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泉区和泉町の佐婆神社にお参り。

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泉区和泉町の神田橋にて和泉川。
今日はちょっと流れも止まっている感じで
水も濁っていた。鯉がたくさん泳いでいる。

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泉区和泉町の中之宮左馬神社にお参り。

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泉区和泉町の草木橋にて和泉川。

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泉区和泉町の鯖神社(鯖大明神)にお参り。

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泉区中田西2丁目の麺屋めんりゅうで
遅い昼食。お気に入りのらーめん屋。

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弥生台を経由して、新橋町まで戻ってきて、
お馴染みの中丸家長屋門。すっかり夕方。

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瀬谷柏尾道路沿いの新橋町の水田だが、
まもなく水が入るだろう。連休明けか?

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阿久和南1丁目のお墓山の風景。
日没まで一時間あるが、曇り空の夕暮れ。

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