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2016年7月21日 (木)

第134回 柳家小満んの会

もうまもなく梅雨明けだと思っているのだけど
今日は雨で、夕方にはきっとやむだろう…って、
結局、傘をさして、関内ホールに行ってきた。
横浜の小満んの会である。ホールの玄関で
ご案内ポスターを準備中の師匠にご挨拶。

柳家小はぜ:転失気
柳家小満ん:千両みかん
柳家小満ん:那智の滝
柳家小満ん:天災

夏の噺で三席である。「天災」は一年中、寄席で掛かるけれど、
「夏の雨は馬の背を分ける、にわかの夕立」で、ずぶ濡れに。
「那智の滝」で滝に打たれるところにも通ずるが、噺で涼しく。
小満んの会での「千両みかん」は、2009年の日本橋以来であり、
間に「棚卸し」で聞いていると思うのだけど、師匠のマクラが好き。
紀州から命がけでみかんを運び、財を築いた紀伊国屋文左衛門、
このように江戸のみかんといえば、紀州みかんだったのだが、
明治以降、種なしの温州みかんに代わり、その歴史が面白い。
みかんが香り出すようで、あるはずのない夏場のみかんへの憧れ、
現在のように一年中、冷蔵庫に何でも揃っていると演りにくいのだが、
季節外れ、時期外れというのが、重要なのだ。そこをふまえないと
番頭さんの苦労も報われない。猛暑の中で汗だくで、みかんを求めて、
江戸を彷徨い歩く…というイメージがあるけれど、今日の高座では、
それほど強調されず、雨で涼しかった天候にも左右されるのかも。
水菓子問屋は蔵で大量のみかんを腐らせており、べら棒な価格にも
実は説得力があるのだが、みんなが振り回されて、金の価値観を
見失って行くところは、少々、夏バテの夏ボケもあるのかもしれない。
普段、二朱の金にもうるさいお父つぁんが、倅の命には代えられず、
千両を安い!というところは、親子の情であり、そこに番頭さんが、
疎外感や仕える身の情けなさで、狂ってしまうところは悲劇かも。
そこまで考えることもないのだけれど、三房のみかんを三百両と
数えてしまうところが、この噺の傑作といえるところだなと面白い。
二席目は「那智の滝」である。去年の日本橋を聞き逃しているので
楽しみにしていた。落語の「袈裟御前」は地噺で進められていって、
脱線ばかりでもあり、上っ面を撫でているだけの印象もあるけれど、
今回は物語もより深く、講釈が元になっているのかもしれないが、
会の案内ハガキに平家物語の「文覚荒行」が紹介されていたので
小満ん師匠なので、おそらくそちらもじっくり参照して、いろいろと
盛り込まれているのだろう。長谷寺での修行で、追願…追願と
三七、二十一日の満願の日、文覚が突然に悪態をつきだして、
師匠も指摘の通り、「景清」の定さんにそっくりなところは面白い。
しかしそれらを乗り越えて、文覚上人が修業を極めていくわけで
那智の滝への道のりとしては、重要なのだなと考えさせられた。
そこで滝に打たれる場面だけど、なるほどこの蒸し暑さも忘れて、
噺のクーラーは効果絶大である。笑いは抜きに真剣に聞かされて、
こういう噺は大好きだ。きっと聞けば聞くほど味わいは増していく。
仲入り後は、師匠のお得意の「天災」である。何度聞いても楽しい。
婆あに離縁状をくれてやる!あんなのは、お袋ではない…って、
大家さんとのやり取りが面白いのだが、結局、親父の嬶だって。
八五郎さんと呼ばれたら、自分とはわからず、八つぁんでなくては、
通じない…八五郎の間抜けぶりは天下一品としかいいようがなく、
「天災」って、隙なく笑いが仕掛けられているのであり、最高だ。
もちろん熊五郎のところに行って、オウム返しで失敗する場面、
そこが頂点なわけだけど、これぞ落語という感じである。堪能!
ということで、次回は9月27日(火)の第135回 柳家小満んの会、
演目は「名人昆寛」「男の花道」「鉄拐」の三席である!楽しみだ。

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