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2016年7月31日 (日)

横浜の風景から 470~野島

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金沢区の野島だが、帰帆橋より乙舳町の町並み。

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夕照橋より金沢区野島町の海辺の町並み。

写真でもわかる山になっているところが、
野島の中心地であり、まわりの低い場所は、
埋め立てられ、宅地造成されたのではって、
想像したのだけど、どうも相当に古いようで…

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横浜市建築局都市計画課の昭和25年の地図

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横浜市建築局都市計画課の昭和40年の地図

戦後まもなくの段階で、すでに現在の島の形と
ほとんど変わらないことがわかる。埋め立ては、
かなり古いようだ。また砂州で陸続きであったと
北西側の水路が建設されて、島となったようで、
それも古いようだ。昭和40年には帰帆橋はなく、
西側を通る広い道路はその後の建設であり、
島の南東側にある野島公園が整備されたのは、
昭和25年以降、昭和40年までのことである。

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2016年7月30日 (土)

横浜の風景から 469~金沢八景2

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金沢区平潟町の帰帆橋にて。
シーサイドラインの高架橋である。

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金沢八景「平潟落雁(ひらがたのらくがん)」

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金沢八景「乙舳帰帆(おつとものきはん)」

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金沢八景「野島夕照(のじまのせきしょう)」

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金沢区野島町の野島稲荷神社にお参り。

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平潟橋から野島と手前の夕照橋を見る。

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金沢八景「内川暮雪(うちかわのぼせつ)」
雪見橋から内川橋の方角を見ている。

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内川橋にて、侍従川を見ている。
今回はこれにて終了。
次回は金沢文庫の周辺をまわりたい。

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横浜の風景から 468~金沢八景1

金沢八景のうち京急金沢八景駅周辺から
野島、六浦方面の六景をまわってきた。

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京急線の金沢八景駅をスタート。

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金沢区瀬戸にある瀬戸神社にお参り。

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瀬戸神社の扁額だが、この字を書いたのは、
「内閣総理大臣 小泉純一郎 謹書」とあり、
小泉さんだそうで、ゆかりの神社のようだ。
神奈川11区(横須賀市・三浦市)の選出で、
横須賀が地元だけど、金沢区の隣りなので、
こういうものを見付けてもおかしくはない。

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金沢八景「洲崎晴嵐(すざきのせいらん)」

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金沢八景「瀬戸秋月(せとのしゅうげつ)」
正面の遠くに見えるのが野島である。

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広重の浮世絵はかなり望遠で見る感じ。
現在は琵琶島からの景色がこれに近い。

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瀬戸橋にて、釣り船の出る船宿の風景。

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金沢区洲崎町にある洲崎神社にお参り。

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2016年7月29日 (金)

ズービン・メータ 6

ズービン・メータ指揮ニューヨークフィルによる
ブラームスの交響曲全集を収録順に聞いているが、
今日は、ダニエル・バレンボイムの独奏による
ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調 作品15である。
1979年2月3,5日にエイヴリー・フィッシャーホール。
ニューヨークフィルの厚みのある響きが素晴らしい。
メータの指揮も端正な造形で感動的なブラームスだ。
バレンボイムが雄大な表現を聞かせているけれど、
これは録音の問題だが、豊かなオーケストラに比べ、
ピアノの音色が硬質な印象を受けるのは残念である。
同時に第2番も録音されており、そちらを次回に。

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2016年7月28日 (木)

エマーソン弦楽四重奏団 5

エマーソン弦楽四重奏団でグリーグの弦楽四重奏曲、
ニールセンのアンダンテ「若き芸術家の棺の傍らで」
シベリウスの弦楽四重奏曲「親愛なる声」を聞いている。
2004年11,12月にニューヨークのアメリカ文芸アカデミー。
関東地方も梅雨明けで暑くなったので、北欧の作品で
涼しさを感じたいと…何とも清々しい透明感が漂って、
やはり独特な世界がある。グリーグは民族色が強いし、
シベリウスはより内面的な音楽で、ニールセンは小品、
実はかなり方向性が異なっているような気もするのだが、
エマーソン弦楽四重奏団はスッキリと明快で魅力的。

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2016年7月27日 (水)

落語につぶやき 277~拝み屋

四代目小さんのお姉さんが拝み屋さんだったそうで
「落語界で大事な人が死ぬ」というお告げがあって、
四代目のところから文楽師匠に気を付けろって、
使いが来て、心配していたところが、するとなんと
亡くなったのは五代目の圓生師匠であったという。
これは黒門町の文楽師匠に関するエピソードだが、
圓生師匠の「寄席育ち」にも出ていた気がする。

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2016年7月26日 (火)

圓朝速記~真景累ヶ淵(三十)

熱湯を浴びて、火傷を負ったお累がすっかり塞ぎ込んで、
食も進まなくなり、兄三蔵は何か他に訳があるはずだと
下女のおせなに法蔵寺での一件を聞きだす場面が面白い。

三蔵「汝(てめえ)なぜ隠す」
せな「隠すにも隠さねえにも知んねえノ」
三蔵「主人に物を隠すような者は奉公さしては置きません、
なぜ隠す、云いなよ」
せな「隠しも何うもしねえ、知んねえのに無理な事を云って、
知って居れば知って居るって云うが、知んねえから
知んねえと云うんだ」
三蔵「コレ段々お累を責めて聞くに、実は兄様済まないが
是々と云うから、なぜ早く云わんのだ、年頃で
当然(あたりまえ)の事だ、と云って残らず打明けて己に話した、
其の時はおせなが一緒に行って斯う斯うと残らず話した、
お累が云うのに汝(てめえ)は隠して居る、汝はなぜ然うだ、
幼(ちいさ)い中(うち)から面倒を見て遣ったのに」
せな「アレまア、何て云うたろうか、よウお累様ア云ったか」
三蔵「皆(みん)な云った」
せな「アレまア、汝(われ)せえ云わなければ知れる気遣え
ねえから云うじゃアねえよと、己(おら)を口止して、
自分からおッ饒舌(ちゃべ)るって、何てえこった」
三蔵「皆(みん)ないいな、有体(ありてい)に云いナ」
せな「有体ッたって別に無えだ、(経緯をすべて話し…)」
三蔵「然(そ)うか何うも訝(おか)しいと思った、様子がナ、
汝(てめえ)に云われて漸(ようや)く分った」
せな「あれ、横着者め、お累様云わねえのか」

って、三蔵はおせなに白状させる。

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2016年7月25日 (月)

ロリン・マゼール 27

ロリン・マゼール指揮フランス国立管弦楽団で
ビゼーの歌劇「カルメン」から第2幕後半、第3幕と第4幕。
1982年12月にパリのフランス国立放送104スタジオで収録。
やはりビゼーの音楽が魅力的なのだが、マゼールの指揮が
圧倒的な鮮烈さで、この衝撃は音の冴えによるところが大きい。
カルメンに振り回され、どん底まで落ちていくドン・ホセだが、
悲劇的な色合いが濃くなって、より迫りくるリアリティであり、
後半は特に素晴らしいと思う。ジュリア・ミゲネスのカルメンが
しなやかに奔放な歌唱で評価が高いのだが、音楽の流れで
ドミンゴのドン・ホセが、やはり釘付けにさせるものがある。
若き日のドミンゴだが、やはり偉大だなって、思わされた。

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2016年7月24日 (日)

ロリン・マゼール 26

ロリン・マゼール指揮フランス国立管弦楽団で
ビゼーの歌劇「カルメン」から第1幕と第2幕(途中まで)。
1982年12月にパリのフランス国立放送104スタジオで収録。
音色は明るいのだが、細部の描き込みが非常にリアルで、
大胆に劇的な表現は感動的だ。スピード感覚を競うのではなく、
精妙な表現をじっくりと聞かせ、仕上がりは違っているのだけど、
ここに存在するスリリングな感触はクライバーに通ずるものがある。
こういう演奏を聞いてしまうとこの時代(1980年代)のマゼールは、
まさしく天才であると夢中になってしまう。圧倒的な鮮明度と閃き。
歌手はジュリア・ミゲネスのカルメン、プラシド・ドミンゴのドン・ホセ、
ルッジェロ・ライモンディのエスカミーリョ、フェイス・エシャムのミカエラ。

ERATO 0825646483242

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2016年7月23日 (土)

アンドレ・プレヴィン 17

アンドレ・プレヴィン指揮ロイヤルフィルによる
ヴォーン・ウィリアムズの交響曲 第5番 ニ長調、
そしてタリスの主題による幻想曲を聞いている。
1988年7月6,7日にウォルサムストウ・タウンホール。
一般的にはそれほど聞けないし、知られていないが、
ヴォーン・ウィリアムズの交響曲は本当に素晴らしい。
アンドレ・プレヴィンがいつも通り角の取れた音作りで
穏やかな表情を生み出し、英国的な響きは厳粛である。
作品の方向性からいっても刺激的な要素は少ないが、
独特な丁寧さがあって、ゆったりと流れる時間に感動。

TELARC CD-80158

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2016年7月22日 (金)

横浜の食風景から 10~横濱アイス工房

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相鉄瓦版237号の特集「一品勝負の専門店の味」に
泉区和泉町の「横濱アイス工房 ゆめが丘店」が
紹介されている。「搾りたてミルクをジェラートに」
少し前に一度、行ったことあるが、ここもおいしくて、
記事を読むとまた行きたくなる。食べに行こう!

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吾輩ハ猫デアル 70

朝日新聞に連載中の「吾輩ハ猫デアル」、
鈴木君が金田に頼まれて、寒月の結婚話で
相談に来ているが、そこに迷亭が現れて…

「いやー珍客だね。僕のような狎客(こうかく)になると
苦沙弥(くしゃみ)はとかく粗略にしたがっていかん。
何でも苦沙弥のうちへは十年に一遍位くるに限る。
この菓子はいつもより上等じゃないか」と
藤村の羊羹を無雑作に頬張る。…

夏目漱石も好みは藤村の羊羹だったのだ。
小満ん師匠の「寝床」を聞くと義太夫の会で
お茶菓子に出ているのが、藤村の羊羹。
「褒めなきゃダメだよ」「うまいぞ、うまいぞ!羊羹」
「鰻の幇間」で一八が穴釣り、土産に持って行くのが、
羊羹二棹。「ここに羊羹が二棹あるよ、藤村の羊羹」

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2016年7月21日 (木)

第134回 柳家小満んの会

もうまもなく梅雨明けだと思っているのだけど
今日は雨で、夕方にはきっとやむだろう…って、
結局、傘をさして、関内ホールに行ってきた。
横浜の小満んの会である。ホールの玄関で
ご案内ポスターを準備中の師匠にご挨拶。

柳家小はぜ:転失気
柳家小満ん:千両みかん
柳家小満ん:那智の滝
柳家小満ん:天災

夏の噺で三席である。「天災」は一年中、寄席で掛かるけれど、
「夏の雨は馬の背を分ける、にわかの夕立」で、ずぶ濡れに。
「那智の滝」で滝に打たれるところにも通ずるが、噺で涼しく。
小満んの会での「千両みかん」は、2009年の日本橋以来であり、
間に「棚卸し」で聞いていると思うのだけど、師匠のマクラが好き。
紀州から命がけでみかんを運び、財を築いた紀伊国屋文左衛門、
このように江戸のみかんといえば、紀州みかんだったのだが、
明治以降、種なしの温州みかんに代わり、その歴史が面白い。
みかんが香り出すようで、あるはずのない夏場のみかんへの憧れ、
現在のように一年中、冷蔵庫に何でも揃っていると演りにくいのだが、
季節外れ、時期外れというのが、重要なのだ。そこをふまえないと
番頭さんの苦労も報われない。猛暑の中で汗だくで、みかんを求めて、
江戸を彷徨い歩く…というイメージがあるけれど、今日の高座では、
それほど強調されず、雨で涼しかった天候にも左右されるのかも。
水菓子問屋は蔵で大量のみかんを腐らせており、べら棒な価格にも
実は説得力があるのだが、みんなが振り回されて、金の価値観を
見失って行くところは、少々、夏バテの夏ボケもあるのかもしれない。
普段、二朱の金にもうるさいお父つぁんが、倅の命には代えられず、
千両を安い!というところは、親子の情であり、そこに番頭さんが、
疎外感や仕える身の情けなさで、狂ってしまうところは悲劇かも。
そこまで考えることもないのだけれど、三房のみかんを三百両と
数えてしまうところが、この噺の傑作といえるところだなと面白い。
二席目は「那智の滝」である。去年の日本橋を聞き逃しているので
楽しみにしていた。落語の「袈裟御前」は地噺で進められていって、
脱線ばかりでもあり、上っ面を撫でているだけの印象もあるけれど、
今回は物語もより深く、講釈が元になっているのかもしれないが、
会の案内ハガキに平家物語の「文覚荒行」が紹介されていたので
小満ん師匠なので、おそらくそちらもじっくり参照して、いろいろと
盛り込まれているのだろう。長谷寺での修行で、追願…追願と
三七、二十一日の満願の日、文覚が突然に悪態をつきだして、
師匠も指摘の通り、「景清」の定さんにそっくりなところは面白い。
しかしそれらを乗り越えて、文覚上人が修業を極めていくわけで
那智の滝への道のりとしては、重要なのだなと考えさせられた。
そこで滝に打たれる場面だけど、なるほどこの蒸し暑さも忘れて、
噺のクーラーは効果絶大である。笑いは抜きに真剣に聞かされて、
こういう噺は大好きだ。きっと聞けば聞くほど味わいは増していく。
仲入り後は、師匠のお得意の「天災」である。何度聞いても楽しい。
婆あに離縁状をくれてやる!あんなのは、お袋ではない…って、
大家さんとのやり取りが面白いのだが、結局、親父の嬶だって。
八五郎さんと呼ばれたら、自分とはわからず、八つぁんでなくては、
通じない…八五郎の間抜けぶりは天下一品としかいいようがなく、
「天災」って、隙なく笑いが仕掛けられているのであり、最高だ。
もちろん熊五郎のところに行って、オウム返しで失敗する場面、
そこが頂点なわけだけど、これぞ落語という感じである。堪能!
ということで、次回は9月27日(火)の第135回 柳家小満んの会、
演目は「名人昆寛」「男の花道」「鉄拐」の三席である!楽しみだ。

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2016年7月20日 (水)

今日の月は…月齢15.7

夕方から雨が降ったりで、雲に覆われているが、
今日が暦の上では満月(月齢15.7)である。
昨日、中央道で帰ってくるときに…山梨県内で
東の空にずっと真ん丸い月が見えていたのだが、
丸かったので、ほぼ満月だろうと思っていたけれど、
やはり昨日は月齢14.7であった。つまり真ん丸。
これからは朝見える下弦の月になっていくけれど、
27日(水)が下弦(月齢22.7)、8月3日(水)が新月。

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2016年7月19日 (火)

新府の桃

朝から桃の選果場に行ってきた。
新府共選場にて、「新府の桃」の仕分け風景。

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傷があったり、形が不揃いだったりで
はね出された桃から食べられるのを選び出して、
「はね桃」として売っている。自宅用に一箱買ってきた。
早速食べてみたけれど、味は変わらず、おいしい。

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新府は武田家の新府城があったところで
城のあった山のまわりに桃畑が広がっている。
桃が目当てだけど、この景色が一番のご馳走。

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2016年7月18日 (月)

明野村の向日葵

梅雨明け間近だが、本活的な夏に入る前に
山梨の高原に住む叔父の家に遊びに行ってきた。
お目当ては「新府の桃」だが、それは明日の朝。

新聞で紹介された伊東豊雄さんのおすすめの店、
「フランス菓子 ドゥ・ミール(北杜市明野町浅尾)」で
ケーキとクッキーを土産。果物の酸味が実に美味。

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有名な明野村のヒマワリ畑だけど、花はもう少し先。
花はまだでも…この絶景、開放感には癒される。

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2016年7月17日 (日)

落語につぶやき 276~居候

居候の若旦那は、落語の方ではお馴染みで、
「湯屋番」とか「紙屑屋」、「五目講釈」「船徳」など、
その「居候」というのは、手紙の「ただ今のところ、
どこそこ方に居候…」というのから出たそうで、
他にも「食客」「掛り人(かかりうど)」などもあり、
それに「権八(ごんぱち・ごんぱ)」というのもあって、
これは、因州鳥取の浪人でお尋ね者の白井権八が、
江戸の侠客、花川戸の幡随院長兵衛宅に食客で
厄介になっていたというので、洒落て「権八」と。
「白井権八」は芝居の方で、本名は「平井権八」。

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2016年7月16日 (土)

アルバン・ベルク四重奏団 10

アルバン・ベルク四重奏団でシューベルトを聞いていく。
ハインリヒ・シフとの共演で、弦楽五重奏曲 D.956、
1982年12月18-22日にセオンの福音教会で収録。
まずは非常に端正で落ち着きの感じられる演奏だ。
もちろん緻密で精妙にコントロールされているのであり、
その辺は独特な渋さで、シューベルト晩年の世界を表現。
第3楽章以降、後半はシンフォニックな響きになるけれど
ここでは雄大な音色が優って、どこか穏やかでもある。
シューベルトの弦楽五重奏曲は何度聞いても素晴らしい。

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2016年7月15日 (金)

ラサール四重奏団 20

ラサール四重奏団でシェーンベルクの弦楽四重奏曲を
収録順に聞いてきた。弦楽四重奏曲 ニ長調(1897)で
1970年3月にミュンヘンのプレナー・ザールで収録。
作品番号の付いていない作品だが、シェーンベルクが
23歳のときの作曲。調性があり、明るく楽しい音楽。
ブラームス的ともいえるのだろうけど、印象としては、
少しだけドヴォルザークに近いような感じを受ける。
シェーンベルクのイメージではないが、それが新鮮で。

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2016年7月14日 (木)

圓朝速記~真景累ヶ淵(二九)

お累の兄で三蔵についての説明がある。

羽生村で三藏と申すは、質屋をして居りまして、
田地(でんじ)の七八十石も持って居ります
可かなりの暮しで、斯様に良い暮しを致しますのは、
三右衞門と云う親父が屋敷奉公致して居るうち、
深見新左衞門に二拾両の金を貰って、
死骸の這入りました葛籠(つづら)を捨てまして
国へ帰り、是が資本(もとで)で只今は可なりに
暮して居る。一体三藏と云う人は信実な人で、
江戸の谷中七面前の下總屋と云う質屋の
番頭奉公致して、事柄の解った男でございます…

土手の甚蔵は、お久の殺害現場に落ちていた…
丸に三の字の入った草刈り鎌を見せ、三蔵を脅し、
二十両の金を巻き上げる。その晩、お累は火傷して…

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2016年7月13日 (水)

第280回 柳家小満んの会

今日は13日で日本橋亭での小満んの会である。
雨の予報で、昼過ぎはしばらく降っていたのだが、
出掛ける頃にはやんでくれて、傘は持っていたけれど、
降られずに済んで助かった。横須賀線で新日本橋へ。

柳家小はぜ:牛ほめ
柳家小満ん:てれすこ
柳家小満ん:高田の馬場
柳家小満ん:鰻の幇間

今回の三席で共通項というと「変わる」ということであろう。
「てれすこ」では、魚の名前が変わる。珍魚「てれすこ」が、
干物になったら「すてれんきょう」になる。イカとスルメ的な。
続く「高田の馬場」では、敵(かたき)同士と思っていたら、
がまの油売りの姉弟は、侍の娘と息子なのであり、茶番。
からくりがわかった瞬間、敵が味方になって、酔った侍は
敵討屋だと名乗る。浅草奥山での一幕は、客寄せの芝居。
お馴染みの「鰻の幇間」では、贔屓の旦那と思っていたのが、
すっかり騙され、逃げられてしまうのであり、鰻を三人前、
「お土産(みや)に持って帰った」と聞かされ、思わず一八は、
「敵ながらあっぱれ」と漏らし、味方と思っていた旦那は、
敵となってしまうのだ。というか、すべては思い込みと勘違い。
「てれすこ」では、「所変われば、品名が変わる」というので、
知識の豊富な師匠が、各地の呼び名の違いを様々に紹介、
たくさん可笑しな名前が出てきたところで、ここで「てれすこ」。
でもこの噺、改めて気付いたのでは、捕えられた旦那を思い、
おかみさんが火物断ち(火を使ったものを食べない)をして、
そのお陰もあって、無罪放免に亭主の身は助かるけれど、
それもそのはず、干したイカをスルメといってくれるなの遺言、
火物と干物を掛けて、「あたりめえ(あたりめ)」って、面白い。
細かいところは忘れてしまったが、このオチは好きである。
「高田の馬場」では、両国広小路の見世物興行で「鬼娘」から、
そして大道商いのがまの油の口上となり、そのまま噺に入る。
「高田の馬場」は生で聞くのははじめてだ。昔の録音では、
彦六の正蔵師匠だった気がするのだけど、どうも見当たらず、
すると三代目の金馬師匠かもしれないけれど、聞いたのだが、
あんまり面白くなかったのか?すっかり記憶になくて、しかし
今日の小満ん師匠のでは、すごく引き込まれたので、情景が
いかに目の前に広がるか?それは実演で見ているというのも
重要なのかもしれないけれど、絵になっているか?そこである。
それに毎回いっていることだが、マクラでの情報量で決まる。
見世物興行や大道芸、そして大道商い、その解説と実演、
それによって、聞いている人が見たことある気がしてきたら、
噺に入れる。縁日のテキ屋さんの商い方は、寅さんなどでも
多少は知っているので、記憶の中にイメージぐらいはあるか。
「高田の馬場」は志ん朝師匠の録音が残されていたと思うので
音源で聞くならば、そちらがいいのかもしれない。きっと面白い。
仲入り後は「鰻の幇間」である。小満ん師匠でも何度か聞いて、
改めていうまでもなく最高だ。羊羹の陸釣り(おかづり)もあって、
本寸法だけど、一八が鰻を食べるところで、小骨が歯に挟まり、
苦労をして、嫌な顔をする。これは志ん生師匠の仕草だそうで、
小満ん師匠の「鰻の幇間」は、完璧なまでに文楽師匠の型だが、
でも今日はちょっと遊び心があって、師匠も楽しんでいたのかも?
「鰻の幇間」は大好きである。「つるつる」とか「愛宕山」もだけど、
師匠の一八は、なんともいえなく魅力のキャラ。原型は黒門町だが、
でも聞けば聞くほど、小満んスタイルの一八が見えてくる気がする。
ということで、来週の木曜日(21日)は、関内での横浜小満んの会、
「千両みかん」「那智の滝」「天災」の三席。一週間後が待ち遠しい。

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2016年7月12日 (火)

ジェームズ・レヴァイン 7

ジェームズ・レヴァイン指揮シカゴ交響楽団で
メンデルスゾーンの劇音楽「真夏の夜の夢」、
シューベルトの劇音楽「ロザムンデ」より抜粋で
1984年6月にシカゴのオーケストラ・ホールで収録。
この時代のレヴァインって、才能が溢れ出してくるようで
本当に素晴らしい。音楽は伸びやかに大きく聞かせるが、
響きの鳴らし方がとにかくきめ細やかで、細部の透明感、
溌剌とした躍動感にほんの数秒で引き込まれてしまう。
ショルティ時代のシカゴ交響楽団だが、圧倒的な名演。
レヴァインって、ワーグナーなど、オペラのイメージが
強いのだが、古典派やここでのメンデルスゾーンのように
ロマン派の作品を端正に聞かせるのに相性がよいと思う。

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2016年7月11日 (月)

ミヒャエル・ギーレン 7

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第2集)で
ブルックナーの交響曲全集を収録順に聞きたい。
ザールブリュッケン放送交響楽団の演奏で
交響曲 第2番 ハ短調 (1877年 ハース版)
1968年3月14,15日にザールブリュッケンで収録。
動きの足取りの快調なところ、きびきびと明解であり、
スポーツ的な感覚に満ちている。明るい高音部での
光眩しく爽やかな透明感には、若き日のギーレンが、
ブルックナーに新鮮な感性で取り組んでいたことに
ファンとしては感動した。ハース版で原点志向だが、
1877年ということなので改訂版(第2稿)のようだ。
ハース版には1872年稿も盛り込まれているけれど、
後に1872年の第1稿も出版されているそうで、
しかし1968年の当時は、一般的にハース版か。

SWR>>music CD-No.SWR19014CD

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2016年7月10日 (日)

クリスティアン・ゲルハーヘル 7

クリスティアン・ゲルハーヘルによるウォルフのイタリア歌曲集。
ソプラノのモイカ・エルトマンと共演、ピアノはゲロルト・フーバー。
2009年7-9月にミュンヘンのホフシューレで収録されている。
素晴らしい。ゲルハーヘルの柔らかい歌声も何とも心地よく、
ウォルフの歌曲は、夏の夜にはいいと思う。ウォルフのピアノは、
独特な世界があるが、ゲロルト・フーバーは深みのある響きだ。

RCA 886977279202

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2016年7月 9日 (土)

7月9日の8563

20160709

実際は11か月だが、一年目の点検で
木曜日から日産に預けていたのだが、
同時にケインズコートも施工してもらった。
新車時の施工から一年経過の再施工。
水垢など、汚れをきれいに落としてくれて、
コーティング後に研きをかけてくれるので、
細かい傷なども消えてしまう。ありがたい。
しかし生憎の雨で早速、濡れてしまった。

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2016年7月 8日 (金)

ズービン・メータ 5

ズービン・メータ指揮ニューヨークフィルによる
ブラームスの交響曲全集を収録順に聞いている。
今日は交響曲 第2番で、1979年1月15日に
ニューヨークのマンハッタン・センターで収録。
低音部の伴奏音形が豊かに響いて、ゆったりと
重厚な構えの演奏だが、全体にはスタンダードな
印象がある。この時代のニューヨークフィルは、
厚みのある音色をさせていたなとそこは発見。

SONY 88875123012

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2016年7月 7日 (木)

圓朝速記~真景累ヶ淵(二八)

お久の墓で新吉とお累がはじめて言葉を交わすが、
新吉のことを忘れられずにお累はふさぎ込んできて、
そこへ姿を現すのが土手の甚蔵であり、三蔵を脅す。
質に取ってくれと百姓の持つ錆びついた利鎌(とがま)。

甚蔵「二十両なくっては追附(おっつ)かねえので…」
鎌の柄に丸の中に三の字の焼印が捺してある。
甚蔵「此の鎌に就いて何うしてもお前さんが二十両
私(わっち)にくれて宜い、私の親切をネ、鎌は詰らねえが
私の親切を買って」とその訳を話すが、(二九)へ続く。

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2016年7月 6日 (水)

クリストフ・フォン・ドホナーニ 18

ドホナーニ指揮クリーブランド管弦楽団による
シューマンの交響曲全集を聞いていきたい。
今日は交響曲 第1番 変ロ長調 作品38「春」と
第2番 ハ長調 作品61で、1987年11月に第1番、
1988年2月に第2番をマソニック・オーディトリアムで収録。
この時期にマーラーやブルックナーの交響曲も並行して、
録音が進んでいたのだが、とにかくドホナーニは絶好調だ。
緻密な解釈と凝縮された音楽、その力強さには圧倒されて、
隅々にまで徹底して明確である。一瞬の隙も停滞も作らず、
時に単調に聞こえるシューマンの交響曲が、完璧な造形で
これほどまでに端正で立体的に響いたことがあるだろうか。
明暗も陰影も実に対比が効いて、深みある音色に感動する。
シューマンの交響曲って、凝り過ぎて、それが空回りすると
まとまりのない印象もあるけれど、ドホナーニの演奏で聞くと
それらが尽く面白くてたまらないのである。これぞ名演だ。

CDR880

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2016年7月 5日 (火)

イルジー・ビエロフラーヴェク 12

イルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコフィルによる
ドヴォルザークの交響曲全集を収録順に聞いている。
今日は、交響曲 第9番 ホ短調 作品95「新世界から」
2013年11月11-15日にプラハのルドルフィヌムで収録。
チェコフィルの「新世界から」は、毎回、穏やかな音色で
不思議なぐらいに力が抜けているのは、驚きなのだけど、
やはりこれが素晴らしいのである。昔のノイマンのときも
少し前のズデニェク・マーツァルのときもそうであった。
チェコフィルの「新世界から」は、世界最高でなくては
いけないのであり、しかしそこで特別なものを示そう…
とか、そういうところは少しもなくて、ごく日常の様子で
当り前のことを普通にこなしているのだが、そこにこそ
本当に大切なものが存在していて、やはり感動する。

DECCA 478 6757

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2016年7月 4日 (月)

ラサール四重奏団 19

ラサール四重奏団でシェーンベルクの弦楽四重奏曲を
収録順に聞いている。今日は第3番 作品30(1927)
1970年3月にミュンヘンのプレナー・ザールで収録。
シェーンベルクの作風は、シンプルで点描的になり、
その辺が現代性でもあるけれど、ラサール四重奏団は
さすがに鮮やかで明解な響きであり、聞いていて楽しい。
光の眩しさというか、音楽の透明感は最大の魅力だと。
新ウィーン楽派の作品における集中力には圧倒される。

DG 479 1976

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2016年7月 3日 (日)

カラヤンの1980年代 34

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリンフィルで
「シュトラウス・コンサート」の第3集の選曲により
ラデツキー行進曲、ワルツ「天体の音楽」、常動曲、
ワルツ「うわごと」、ワルツ「ウィーンの森の物語」、
「こうもり」のカドリーユ、ワルツ「ウィーン気質」、
ナポレオン行進曲、1980年6,12月にベルリンで収録。
ファンの間では評価の高いヨゼフ・シュトラウスだが、
「天体の音楽」と「うわごと」が、ここでもやはり魅力的。
「ウィーンの森の物語」も「ウィーン気質」も入っているが、
実はこの第3集が、選曲で一番いいような気もしてきた。
もちろん演奏も充実して、夏の夜にシュトラウスを堪能。

DG 00289 479 0002

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2016年7月 2日 (土)

ハーゲン四重奏団 2

ハーゲン四重奏団の1986年という初期の録音を聞いている。
ドヴォルザークの弦楽四重奏曲 第12番 ヘ長調「アメリカ」、
そしてコダーイの弦楽四重奏曲 第2番 作品10が、
1986年2月にザルツブルクのモーツァルテウム大ホールで
後半はドヴォルザークの弦楽四重奏曲「糸杉」からの5曲で
1986年6月にバンベルクのツェントラルザールで収録。
ハーゲン四重奏団の豊かな表情付けが作品にぴったりで
チェコとハンガリーの民族色ともいえるアクセントもいきいき、
何よりも勢いのある音楽に感動する。コダーイが素晴らしく、
モダニズムと民族性の融合だが、あまり聞かないけれど、
こういう作品は、一度好きになるとすっかりはまってしまう。

CDR879

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2016年7月 1日 (金)

ヘルベルト・ブロムシュテット 12

ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団で
シベリウスの交響曲全曲を収録順に聞いている。
今日は、第2番と交響詩「タピオラ」、悲しいワルツ
1991年5月にデーヴィス・シンフォニーホールで収録。
交響曲第2番って、一般に濃厚で派手な演奏が多いが、
ブロムシュテットのように厳しく、辛口な演奏で聞いていると
これこそがシベリウスだなって思えてくる。脇目もふらずに
本質のみを求めて、まさしく本物だ!って、実感がある。
「タピオラ」はさらにすごくて、その研ぎ澄まされた緊張感で
聞いている人にも強い集中力を求めるが、とにかく感動。

DECCA 475 7677

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