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2016年9月27日 (火)

第135回 柳家小満んの会

ずっと雨だったけど、今日は晴れてくれて、
すると汗が流れるように暑くなったのだが、
今日は夕方から横浜の小満んの会である。
余裕をもって出かけて、関内ホールに到着。

春風亭一花:牛ほめ
柳家小満ん:名人昆寛
柳家小満ん:男の花道
柳家小満ん:鉄拐

今日の三席は、彫物の名人で昆寛という変わり者にはじまり、
長崎で西洋医学の修業をしてきた眼科の名医で半井源太郎が、
名優中村歌右衛門の病気を助け、そして最後は中国の仙人が
愉快に大活躍という…名人尽くしの会である。珍品三席だけど
小満ん師匠だと、こういう噺は楽しくて仕方なく、他では聞けない。
「名人昆寛」は本当にもう聞けないかも。これが面白いのである。
お寺の山門の彫刻でその礼が暦にちなんで二百文ということに
昆寛が腹を立てて、大暴れするのだけど、ちょうど十日で仕上げ、
今日は二百十日だから、二百文を彫り代に払うといわれるのだが、
立春から数えて二百十日目、九月一日の頃とされているけれど、
二百十日の大荒れとは、つまり台風のことを表しているのである。
昆寛が本堂で仏像を倒し、木魚を蹴り飛ばし、銅鑼を引っくり返す…
この状況は台風なのである。ということで、この季節の噺であった。
今日は二百十日の解説はなかったが、噺の面白みはそこにある。
今年は毎週のように台風が来ているので、当たらなくてよかった。
続いて「男の花道」で、友情を描き、恩を忘れず、それに報いる…
という、その辺はいいのだが、中村歌右衛門が呼び出されるのが、
酒の席で一差し舞えという理不尽な理由なのが、どうも気に入らない。
そしてもし歌右衛門が一刻の猶予で五つの鐘に間に合わなかったなら
半井は腹を斬るといっているのであり、これだけの名医がそんなことに
命を掛けているというのもどうも愚かしい。つまりは権力をふるっている
側用人だったか?その家臣だったか?この侍がとんでもないのである。
しかしその後に十一代将軍家斉が目を患うのであり、この一件により、
町医者ながら名医がおりますと老中に進言したとか…たちどころに治り、
半井源太郎は江戸でも評判の名医となる。後味、清々しい印象もある。
歌右衛門がすべてを投げ打って、半井の元へ駆けつける理由付けに
何か適切で深い訳があれば、この噺はもう完璧だと思うのだけど…
親の死に目にも合えない役者が、半井との約束を優先するところに
救ってくれたことの恩の重み、それは何事にも代えがたいという…
そこを理解して、深く感じ入らなければいけないか。考えさせられる。
仲入り後、三席目は「鉄拐」である。小満ん師匠が時々演っていて、
この数年、お気に入りの噺なのか?中国にありがちな…荒唐無稽で
バカバカしい可笑しさもあるけれど、そろそろ私も好きになってきた。
仙人が一身文体の術を見せるところなど、どこまで様子が伝わるか?
そこは小満ん師匠の技であり、どこかほのぼのとしてくるところに
独特な魅力がある。奇譚にたっぷり付き合うほどに幸福なのである。
真剣に聞くなというのが落語だが、特に考えてはいけない噺であり、
ありえないところを素直に受け入れられるとそれは楽しいのである。
ということで、次回は11月27日(日)の第136回 柳家小満んの会、
演目は「子別れ(上)(中)(下)」の三席、なんと通しである!必聴。

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