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2016年9月30日 (金)

デニス・ラッセル・デイヴィス 10

デニス・ラッセル・デイヴィス指揮リンツ・ブルックナー管弦楽団で
ブルックナーの交響曲全曲を収録順に聞いているのだが、
今日は交響曲 第6番 イ長調(1881年 ノヴァーク版)
2008年2月7日にリンツ・ブルックナーハウスでライブ収録。
非常に丁寧に精妙な響きを聞かせているのが特長的であり、
見通しのよいスッキリとした音楽は共通だが、今回も爽やかだ。
デニス・ラッセル・デイヴィスのよさであり、私には魅力だけど、
深い響きかというと端正にコントロールされているところで
表面的な効果に偏っている印象はある。しかし音響として
伸びやかな音色が豊かに鳴っているのはブルックナー的だし、
強いこだわりと高い完成度で、本当に素晴らしいシリーズだ。

ARTE NOVA 88697 31989 2

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2016年9月29日 (木)

リッカルド・ムーティ 9

リッカルド・ムーティ指揮フィルハーモニア管弦楽団で
チャイコフスキーの交響曲を収録順に聞いている。
最初に1979年7月4,5日のピアノ協奏曲 第1番
ピアノ独奏はアンドレイ・ガヴリーロフである。
そして1979年1月19,21日の交響曲 第4番で
どちらもアビー・ロード・スタジオで収録されている。
ピアノ協奏曲は、若き日のガヴリーロフの名盤で
いきいきとスケール雄大に弾いているが、感動。
そしてムーティのこのチャイコフスキーのシリーズは、
とにかく圧倒的な仕上がりで、交響曲 第4番は、
なんと40分を切るという…時間的には早いのだけど、
そうした印象はなく、たっぷり濃密に歌い込むところと
畳み掛けるような加速度で駆け抜けていくメリハリで、
若さゆえの天才ぶりだが、私は好きな演奏である。
それにしても第3楽章のピツィカートは最速か。

CDR888

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2016年9月28日 (水)

日和下駄の風景 2~日和下駄

永井荷風「日和下駄」 第一 日和下駄より

私は神田錦町の私立英語学校へ通っていたので、
半蔵御門を這入って吹上御苑の裏手なる
老松(ろうしょう)鬱々たる代官町の通(とおり)をば
やがて片側に二の丸三の丸の高い石垣と深い堀とを
望みながら竹橋を渡って平川口の御城門を向うに
昔の御搗屋今の文部省に沿うて一ツ橋へ出る。
この道程(みちのり)もさほど遠いとも思わず
初めの中(うち)は物珍しいのでかえって楽しかった。
宮内省裏門の筋向(すじむこう)なる兵営に沿うた
土手の中腹に大きな榎があった。その頃その木蔭なる
土手下の路傍(みちばた)に井戸があって夏冬ともに
甘酒大福餅稲荷鮓(いなりずし)飴湯(あめゆ)なんぞ
売るものがめいめい荷を卸(おろ)して往来(ゆきき)の
人の休むのを待っていた。車力や馬方が多い時には
五人も六人も休んで飯をくっている事もあった。


神田錦町にあった高等師範学校附属尋常中学校に
編入学したのは、1891年(明治24年)とある。
上記の情景は、明治20年代の東京の様子らしい。

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2016年9月27日 (火)

第135回 柳家小満んの会

ずっと雨だったけど、今日は晴れてくれて、
すると汗が流れるように暑くなったのだが、
今日は夕方から横浜の小満んの会である。
余裕をもって出かけて、関内ホールに到着。

春風亭一花:牛ほめ
柳家小満ん:名人昆寛
柳家小満ん:男の花道
柳家小満ん:鉄拐

今日の三席は、彫物の名人で昆寛という変わり者にはじまり、
長崎で西洋医学の修業をしてきた眼科の名医で半井源太郎が、
名優中村歌右衛門の病気を助け、そして最後は中国の仙人が
愉快に大活躍という…名人尽くしの会である。珍品三席だけど
小満ん師匠だと、こういう噺は楽しくて仕方なく、他では聞けない。
「名人昆寛」は本当にもう聞けないかも。これが面白いのである。
お寺の山門の彫刻でその礼が暦にちなんで二百文ということに
昆寛が腹を立てて、大暴れするのだけど、ちょうど十日で仕上げ、
今日は二百十日だから、二百文を彫り代に払うといわれるのだが、
立春から数えて二百十日目、九月一日の頃とされているけれど、
二百十日の大荒れとは、つまり台風のことを表しているのである。
昆寛が本堂で仏像を倒し、木魚を蹴り飛ばし、銅鑼を引っくり返す…
この状況は台風なのである。ということで、この季節の噺であった。
今日は二百十日の解説はなかったが、噺の面白みはそこにある。
今年は毎週のように台風が来ているので、当たらなくてよかった。
続いて「男の花道」で、友情を描き、恩を忘れず、それに報いる…
という、その辺はいいのだが、中村歌右衛門が呼び出されるのが、
酒の席で一差し舞えという理不尽な理由なのが、どうも気に入らない。
そしてもし歌右衛門が一刻の猶予で五つの鐘に間に合わなかったなら
半井は腹を斬るといっているのであり、これだけの名医がそんなことに
命を掛けているというのもどうも愚かしい。つまりは権力をふるっている
側用人だったか?その家臣だったか?この侍がとんでもないのである。
しかしその後に十一代将軍家斉が目を患うのであり、この一件により、
町医者ながら名医がおりますと老中に進言したとか…たちどころに治り、
半井源太郎は江戸でも評判の名医となる。後味、清々しい印象もある。
歌右衛門がすべてを投げ打って、半井の元へ駆けつける理由付けに
何か適切で深い訳があれば、この噺はもう完璧だと思うのだけど…
親の死に目にも合えない役者が、半井との約束を優先するところに
救ってくれたことの恩の重み、それは何事にも代えがたいという…
そこを理解して、深く感じ入らなければいけないか。考えさせられる。
仲入り後、三席目は「鉄拐」である。小満ん師匠が時々演っていて、
この数年、お気に入りの噺なのか?中国にありがちな…荒唐無稽で
バカバカしい可笑しさもあるけれど、そろそろ私も好きになってきた。
仙人が一身文体の術を見せるところなど、どこまで様子が伝わるか?
そこは小満ん師匠の技であり、どこかほのぼのとしてくるところに
独特な魅力がある。奇譚にたっぷり付き合うほどに幸福なのである。
真剣に聞くなというのが落語だが、特に考えてはいけない噺であり、
ありえないところを素直に受け入れられるとそれは楽しいのである。
ということで、次回は11月27日(日)の第136回 柳家小満んの会、
演目は「子別れ(上)(中)(下)」の三席、なんと通しである!必聴。

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2016年9月26日 (月)

ウラディーミル・アシュケナージ 14

ウラディーミル・アシュケナージのピアノによる
チャイコフスキーのピアノ三重奏曲を聞いている。
イツァーク・パールマン、リン・ハレルと共演。
1980年1月にニューヨークのCBSスタジオで収録。
アシュケナージの最新の録音からラフマニノフと
ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲を聞いたので、
1980年代に戻り、チャイコフスキーのピアノ三重奏曲。
名手三人の共演であり、もちろん演奏も素晴らしいし、
音色も美しいのだが、(録音の点で)どうも音が堅くて、
いかにも古い印象があるのは、残念である。惜しい。
しかしアシュケナージのピアノは、しっかり骨太ながら
細やかな表情作りも魅力的で、緩急も強弱も自在に
巨大な変奏曲も全く飽きさせない。チャイコフスキーの
この曲は久しぶりに聞いたけれど、やはり名曲だ。

CDR887

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2016年9月25日 (日)

横浜の風景から 473

雨続きによる日照不足が話題になっているが、
今月は運動不足で、久しぶりの少し晴れた日曜日、
夕方、和泉川沿いに泉区方面へ出掛けてきた。

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泉区和泉町の田舎道を歩いていて、畑の向こうに
雲の中にいるかと思ったら富士山が見えていた。
ならば…近くの富士塚に行ってみようと方向転換。

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富士塚の近くで、泉区和泉町の横根稲荷にお参り。

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泉区和泉町の富士塚にて、日没前の富士山である。
多少、笠雲といってもいいのか?雲を纏っている。

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2016年9月24日 (土)

アルバン・ベルク四重奏団 15

アルバン・ベルク四重奏団でベルクの弦楽四重奏曲。
弦楽四重奏曲 作品3(1910)と抒情組曲(1925/1926)
1991年12月、1992年4月にセオンの福音教会で収録。
少し前にラサール四重奏団でこれらの作品を聞いたが、
今日はアルバン・ベルク四重奏団のCDを出してみた。
ラサール四重奏団が1960年代の原点にそびえる名盤なら
こちらは1990年代のデジタル時代に新しい決定盤である。
シャープな響きといったら、それは究極的な鮮やかさだが、
明るい音色は輝きに満ちて、濃厚に退廃的な色合いは、
より洗練された方向へと歩みはじめているのを感じる。
アルバン・ベルク四重奏団は、結成当初の1974年にも
楽団名となっているベルクのこれらの作品を録音しており、
こちらは再録音である。昔から私のお気に入りのCDだ。

EMI 7243 5 55190 2 3

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2016年9月23日 (金)

ロジェ・ムラロ 1

ロジェ・ムラロの演奏でリストの作品集を聞いている。
バッハの名(BACHの主題)による幻想曲とフーガ
リストの編曲によるワーグナーのオペラ作品で
歌劇「さまよえるオランダ人」から「紡ぎ歌」
楽劇「トリスタンとイゾルデ」から「イゾルデの愛の死」
ハンガリー狂詩曲 第10番 ホ長調
「伝説」から「波の上を渡る聖フランチェスコ」
そしてピアノ・ソナタ ロ短調という選曲である。
2014年10月にスタジオ・ゲペットで収録されている。
マニアにはたまらない捻りの効いたプログラムに感動。
そこでロジェ・ムラロが、スケールの大きい音楽ながら
細部はこの上なく緻密に繊細なコントロールであり、
高度な完成度と独特のうねりの感じられる躍動感、
その両立は、ファンを夢中にさせるものがある。
後半のピアノ・ソナタでは、これがお目当てだが、
派手さに偏らず、華麗さに偏らず、色彩は抑え気味、
巨大な迫力と対極にある美しい静寂に圧巻の名演。

la dolce volta LDV 20

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2016年9月22日 (木)

落語につぶやき 281~小猿七之助

三年ぐらい前に小満ん師匠の会で
「小猿七之助」からの二場を聞いたが、
「牢払い」の場面があり、牢払いとは、
伝馬町の牢屋敷で近くに火事があると
罪人を牢から出し、三日の間、釈放される。
四日目の朝、決まった通りに戻ってくると
神妙である…と罪が減ぜられたそうだが、
伝馬町の牢内にいる七之助だが、吉原で
火事があり、近くに飛び火して、牢払いとなる。
目の不自由な妹と寝たきりの父を気遣って、
品川へと向かうのだが、伝馬町からの道のり、
日本橋に出て、京橋から現在の銀座を通り、
新橋、芝、高輪の大木戸をくぐると江戸の外、
八ツ山下から品川宿である。江戸っ子は、
南の品川にふらっと遊びに行ったそうだが、
今の感覚からするとかなりの距離である。
伝馬町からだとたっぷり二時間はかかりそう。
江戸時代には、それくらいは軽かった…という
よほど健脚で、距離感の違いに驚くのである。

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2016年9月21日 (水)

アレクシス・ワイセンベルク 3

アレクシス・ワイセンベルクでラフマニノフのピアノ・ソナタ
第1番が1987年5月、第2番(改訂版)が1988年9月に
ハノーヴァーのベートーヴェンザールで収録されている。
少し前にアムランの演奏でラフマニノフの第2番のソナタを
聞いたのだが、久しぶりにワイセンベルクのCDを出してみた。
この当時は、ラフマニノフのピアノ・ソナタは、現在のように
誰でも弾く作品ではなかったのだが、特に第1番の録音は
珍しかったと思う。第2番は昔からホロヴィッツが有名だが、
アシュケナージでも第1番を録音したのは2011年である。
この1988年の第2番は、ワイセンベルクの最後の録音か?
桁違いのヴィルトゥオジティを発揮しながら、後に知るのだが、
パーキンソン病の悪化でワイセンベルクは弾けなくなってしまう。
強靭なパワーでその迫力に圧倒されるのだけど、限界までの
驚異的なスピード感覚は不思議な爽快感を生み出し、壮絶。
この上なくカラフルな世界にモノトーンな輝きを持ち込んでいき、
とにかく独特なワイセンベルクのピアニズムが私は好きだった。

DG 427 499-2

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2016年9月20日 (火)

ズービン・メータ 7

ズービン・メータ指揮ニューヨークフィルによる
ブラームスの交響曲全集を収録順に聞いているが、
今日は、ダニエル・バレンボイムの独奏による
ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 作品83である。
1979年2月5日にエイヴリー・フィッシャーホール。
この第2番は名演である。私のお気に入りの演奏だ。
当時のバレンボイムは、端正な造形ではみ出さない…
きちっとした音楽を聞かせているけれど、その中で
感情のこもったロマンティックな表現は魅力だし、
弱音での音の冴えや美しさ、透明感は最高である。
それに寄り添うメータの指揮がまた素晴らしくて、
音楽の流れが心地よく、思いきりのいい歌わせ方、
積極性が全体に大きな効果を生み出していて、
感動的なブラームスだ。何ともいい音色である。

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2016年9月19日 (月)

ロンドン交響楽団

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団で
マーラーの交響曲全集を収録順に聞いてきた。
今日は交響曲第9番で2011年3月2,3日に
ロンドンのバービカン・センターで収録されている。
2007/2008シーズンのマーラー・チクルスの録音で
交響曲全集が完成されているが、第5番と第9番は
2010/2011シーズンに再び演奏され、そちらの録音が
採用されている。おそらくより流れの自由度が増して、
マーラーの歌謡性も豊かに引き出し、細部に関しては
洗練された中にも物語性が追及されているような…
そんな印象がある。濃厚に歌われている感じはなく、
基本的には爽やかな仕上がりで、その辺については
近年のゲルギエフの傾向だけど、主張は明快である。
ライブの特性とゲルギエフの個性がファンには魅力的。

LSO Live LSO0730

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2016年9月18日 (日)

エマーソン弦楽四重奏団 8

エマーソン弦楽四重奏団のドヴォルザークを聞いている。
弦楽五重奏曲 第3番 変ホ長調 作品97「アメリカ」
ヴィオラには、ポール・ノイバウアが加わっている。
2008年12月から2009年12月にニューヨークで収録。
弦楽四重奏曲の「アメリカ」(作品96)の直後の作品で
こちらは弦楽五重奏曲の「アメリカ」である。もちろん
アメリカ滞在中の作品で、1893年に作曲されている。
やはり民族色豊かな作風で、躍動感あふれる音楽は、
いかにも独特だ。人懐っこい性格が魅力的で、楽しい。
弦楽四重奏曲の「アメリカ」と同じ方向性で美しい風景。

DG 00289 477 8765

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2016年9月17日 (土)

横浜の風景から 472

瀬谷区阿久和東3丁目の新幹線沿いの道路で
ちょうど境界で、住宅地と反対の新幹線側は
阿久和南1丁目となるのだが、住宅に沿って
歩道としては不自然に幅の広い道が通っている。

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想像が付くのは、昔からの古い道が現在の歩道で
新道が開通して、車の道はそちらに移ったのだろうと。

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坂の下の方から見ると歩道と自動車道の間に
緑地帯があって、ちょっと特別な感じではある。

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横浜市建築局都市計画課の昭和36年の地図を見ると
やはり現在の歩道が、新道開通前の道であった。

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Google Earthで、この昭和36年の地図を
現在の航空写真に重ねてみるとわかりやすい。

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西側の阿久和交差点方面から見た様子である。

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2016年9月16日 (金)

9月16日の感想

20160916

ちょっと早いのだが、来週はお彼岸になるので
小雨が降っていたけれど、お墓参りに行ってきた。
お盆のときほどではないけれど、天気もよくないので
今回も早めのお墓参りの人が、ずいぶん来ていた。
帰りに厚木の臼井農産に寄って、「あつぎ豚」の土産。

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2016年9月15日 (木)

マレイ・ペライア 10

マレイ・ペライアの演奏でベートーヴェンのピアノ・ソナタ。
第7番 ニ長調 作品10-3と第23番 ヘ短調 作品57「熱情」
1982年12月22,23日にニューヨークのヴァンガード・スタジオ。
マレイ・ペライアが新たにDGと契約したそうで…それは驚きだが、
昔から大好きなピアニストなので、これからいろいろ聞けるかも!
大いに期待している。最初はバッハのフランス組曲だそうだが、
ペライアのCDが聞きたくなり、久しぶりに1980年代の愛聴盤。
第7番はもちろんペライアの軽妙なタッチだが、あの「熱情」でさえ
非常にデリケートな表現を目指し、嵐のような激しさは見られない。
粒の揃った美しい音で、見通しのよい、流れるような「熱情」であり、
完全に迫力は不足しているけれど、本当に素晴らしい演奏である。
不思議なぐらいに整然とした佇まいだが、快適な運動性は魅力。
やはり音楽に誠実に向き合っているところに感動するのである。

SONY SMK 93030

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2016年9月14日 (水)

圓朝速記~真景累ヶ淵(三三)

新吉の元へ下谷大門町から早飛脚の手紙が来て、
伯父の勘蔵が九死に一生だと江戸へ戻るように
催促が来るのである。新吉が勘蔵の長屋へ帰る場面。

お婆さん「おやまア誠に暫く、まア、めっきり尤らしく
おなりなすったね、勘蔵さんも然う云って居なすった、
(中略)向は質屋で其処の旦那様に成ったってね、
と云うからおやそう田舎にもそう云う処が有るのかねえ
なんてね、お噂をして居ましたよそれにね」
男「コレサお前一人で喋って居ちゃアいけねえ、
病人に逢わせねえな」

長屋の衆と挨拶するが、お婆さんの話が長くて、
ちっとも勘蔵に会えないという…じれったいところ。

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2016年9月13日 (火)

第281回 柳家小満んの会

今日は13日で、日本橋亭での小満んの会である。
朝から大雨だったが、午後は上がってくれて助かった。
天気も悪く、寄り道もせずに横須賀線で新日本橋へ。

三遊亭歌むい:鮑のし
柳家小満ん:高尾
柳家小満ん:嵩谷
柳家小満ん:佃祭

今回はちょっと…仲入り後の三席目で「佃祭」から。
江戸時代の佃祭は、六月の三十日(みそか)あたりと
決まっていて、新暦に直すと八月上旬ということになるが、
現在は八月六・七・八日で、時期は一致しているそうである。
祭りの当日、暮六つの終い船が沈んでしまい、その翌日から
与太郎が懐に三両の金を入れ、身投げを探して回るのだから、
少し月日が流れ、七月の上弦の月が頭上に煌々と輝いているが、
同様に新暦に直すならば、つまりは八月の下旬から九月の上旬、
ちょうど今頃ということになる。それで梨の季節ということなのだ。
与太郎が身投げと勘違いしたのは、戸隠様の歯痛の願掛けであり、
梨の実に所・名前、歯痛の場所を書いて川に流す。懐の中の物は、
重しの石ではなく、梨の実だったのだ。「佃祭」は祭の噺なので、
祭のシーズンで、盛り上がる初夏に演じられることも多いような?
そんなこともないのか?しかしこの噺に関しては、夏の終わりか、
秋祭りの感覚で聞く方がいいということに気付かされたのである。
祭好きの小満ん師匠は、佃祭にも参加するほど、精通しているし、
何より佃島の風景が見えているので、伝わってくる情景がまるで
違っている。私も佃島に行っているが、船着場があって、そこから
真っ直ぐに住吉神社への参道がのびていて、描写にもあったけど、
船から上がり、まずは住吉神社にお参り、それから獅子頭を見たり、
御輿を追っかけたり、佃の狭い路地を歩き回り、いつの間にか日は
西に傾いて、気付くと暮六つ(日の入り)の鐘が鳴り、慌ただしい…
祭の一日を感じながら、佃島を訪ねて聞くと100倍楽しいのである。
落語ファンの方は、とにかく一度、ぜひとも佃島に行ってみてほしい。
本当に素晴らしい場所である。今日の「佃祭」もすごくよかったので、
実は前の二席をすっかり忘れてしまった。必死に思い出すことにして、
「高尾」は、十一代あった高尾太夫の内、仙台高尾に関する噺である。
つまりは仙台の伊達様に身請けされたが、手痛く当たって降り続け、
高尾丸という太夫の名を付けた船の上で、吊るし斬りにされたという。
それが元で伊達政宗の孫、綱宗公は二十一の若さで隠居させられる。
二席目の「嵩谷」は、絵師高嵩谷(こうすうこく)の噺であり、こちらは
温州公の招きで、鍾馗(しょうき)様の画を描くという。しかしこの方が…
またたいへんな大酒飲みであり、嵩谷の腰を上げさせるのは一苦労、
そこが物語である。使者として迎えに来たお侍とのやりとりも面白さ。
以前に同じく大酒飲みの俳人で、関津富(せきしんぷ)の噺を聞いたが、
どこか似ているかも。そのイメージで聞くとさらにわかりやすくも感じる。
ということで、少し先になるが27日は、関内での横浜小満んの会で、
「名人昆寛」「男の花道」「鉄拐」の三席。名人・名医名優・仙人が登場。

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2016年9月12日 (月)

ラサール四重奏団 22

ラサール四重奏団の演奏でベルクの抒情組曲、
そして弦楽四重奏曲 作品3を聞いている。
弦楽四重奏曲が1968年3月、抒情組曲が12月に
ミュンヘンのプレナーザールで収録されている。
新ウィーン楽派の作品が現代音楽とは思っていないが、
ラサール四重奏団の鋭い演奏は、現代音楽のように
極めて最先端の響きで前衛に聞こえてくることがあって、
しかしそれだけではない…抒情組曲などまさに抒情的、
人間っぽい血の通った感情豊かな親近感も存在して、
その両立はやはりこれぞ究極盤だと夢中になってしまう。
私がまた、この抒情組曲が昔から大好きなのである。
アルバン・ベルク四重奏団の演奏ではまったのだが、
そのお手本となり、元祖の名演とは、こちらであろう。
変化に富む抒情組曲に比べ、弦楽四重奏曲の方が
難解なようにも思えるのだが、ラサール四重奏団は
しっかり核心を捉えて、より明確に音楽も明るいのか、
他では聞けないような楽しさがある。本当に素晴らしい。

DG 479 1976

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2016年9月11日 (日)

落語につぶやき 280~品川心中(下)

「品川心中」の(下)について、なかなか機会がなく、
ちょっと復習しておくと心中のしそこないから六日、
死んでいれば、初七日ということで仕返しに行く。
金蔵の親分が話を聞いて、狂言の一幕を書き、
飯を抜いて、痩せ細った金蔵がお染のところへ
部屋に上がって、どうも気分が悪いと寝込んでしまう。
そこへ親分と弟役の民蔵が来て、初回のお客様だが、
土左衛門で上がった金蔵の腹にお染が書いた起請文が
ぴったりと張り付いていた…というので、お染の元を訪ね、
初七日だから、念仏でも題目でも唱えてやってほしいと。
金蔵はさっきから来ているので、お染は受け合わないが、
部屋に行ってみると金蔵の姿はなく、戒名が残されており、
「大食院好色居士」という戒名だそうだが、お染は恐がり、
女の命の髪をぷっつり切って、供養する。すると金蔵が
陽気に姿を現し、「この頭じゃ客が取れないじゃないか」
「あまりにあこぎな真似で客を釣ったから魚籠にされた」
「魚籠(びく)」と「比丘尼(びくに)」を掛けたオチである。

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2016年9月10日 (土)

日和下駄の風景 1~序

永井荷風の「日和下駄」を東京散歩の参考に
少しずつ読んでみよう。大正三年のことだそうで
東京市中と表現しているところに時代を感じる。

ここにかく起稿の年月を明(あきらか)にしたるは
この書板(はん)成りて世に出づる頃には、
篇中記する所の市内の勝景にして、既に破壊せられて
跡方もなきところ尠(すくな)からざらん事を思へばなり。

この当時にもすでに失われつつあったのだから
平成の現在には、一体どうなっていることか。
いくつか例があげられている。それがまたいい。

見ずや木造の今戸橋は蚤(はや)くも変じて鉄の釣橋となり、
江戸川の岸はせめんとにかためられて再び露草の花を見ず。
桜田御門外また芝赤羽橋向(むこう)の閑地(あきち)には
土木の工事今まさに興らんとするにあらずや。

河川改修の護岸工事は、繰り返す川の氾濫を防ぐなど、
きっと目的もあったのだろうが、こうした記述を読むと
都市の近代化で失われた風情に想いが向くのである。
赤羽橋の辺りで開発が進んでいたようだが、大正のことで
もちろん東京タワーはなく、戦後はますます激変したわけで。

昨日の淵(ふち)今日の瀬となる夢の世の形見を伝へて、
拙きこの小著、幸に後の日のかたり草の種ともならばなれかし。

永井荷風先生のおっしゃる通り、かたり草の種である。

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今日の月は…月齢8.7

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晴空は今日までで明日から雨みたいだが、
17時38分に南の空高く月齢8.7の月。

20160910b

もう少し時間が経って、18時00分の
日の入り(17時56分)直後の月である。

来週9月17日(土)が満月(月齢15.7)。
中秋の名月は、旧暦の8月15日で、
今年は9月15日(月齢13.7)だそうだ。

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2016年9月 9日 (金)

カラヤンの1980年代 40

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリンフィルで
ベートーヴェンの交響曲全集を収録順に聞いてきた。
今日は、1984年2月の交響曲 第8番 ヘ長調
そして1985年12月の録音で「コリオラン」序曲、
「フェデリオ」序曲、レオノーレ序曲 第3番
ベルリンのフィルハーモニーで収録されている。
デジタル録音による交響曲全集はこれにて完成。
交響曲は流麗な表情も魅力で、巨匠風ではあるが、
いきいきと元気に満ちあふれている。よいテンポ感。
後半の序曲はさらに重厚になり、力強く、雄大で、
驚くような充実度に感動する。晩年のカラヤンの
最も偉大な記録のひとつだ。その新鮮な輝きは、
とても30年前のものとは思えないのである。

DG 439 200-2

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2016年9月 8日 (木)

東京の風景から 63~日和下駄

20160908

朝日新聞の記事によると…東京散歩で
永井荷風の「日和下駄」がいいらしい。
岩波文庫の「荷風随筆集(上)」にあるが、
青空文庫にもあった。これは興味あり。

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圓朝速記~真景累ヶ淵(三二)

新吉をお累の婿に迎えたいと話が起きたのだが、
土手の甚蔵は、新吉には借金があるといい出し、
三蔵から金を引き出そうとするのである。

甚蔵「有るなれば有ると云え、よう幾らある」
新吉「左様五両ばかり」
甚蔵「カラ何うも云う事は子供でげすねえ、
幾らア五拾両、けれども、エヽと、二拾両ばかり
私(わっち)が目の出た時返(けえ)して、三拾両あります」

しかし三蔵もその辺はよく心得ており…

三蔵「相手が甚蔵だから其の位の事は云うに違いない、
宜しい、其の代り、土手の甚蔵が親類のような気になって
出這入されては困るから、甚蔵とは縁切で貰おう」

新吉とお累の婚礼の場面になるが、読んでみると
圓生師匠の「お累の婚礼」は、圓朝の速記に忠実だ。

村で年重な婆アさんが二人来て麦搗唄を唄います。
「目出度いものは芋の種」と申す文句でございます。
「目出度いものは芋の種葉広く茎長く子供夥多(あまた)にエヽ」
と詰らん唄で、それを婆アさんが二人並んで大きな声で唄い、…

それで新枕、お床入りということになるけれど、ここが恐ろしい。

お累「だって私はね、貴方、斯んな顔になりましたもの」
新吉「エ、あの私はね、此様(こん)な顔と云う口上は
大嫌いなので、ド、何んな顔に」

豊志賀からお久、そしてついにお累にまで
「私はこんな顔」が移るのである。
そしてまた草刈鎌に蛇が現れるのであり…

怖い紛れにお累は新吉に縋(すが)り付く、
その手を取って新枕、悪縁とは云いながら、
たった一晩でお累が身重になります。
これが怪談の始(はじめ)でございます。

圓生師匠も「お累の婚礼」をここで区切りとしている。

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2016年9月 7日 (水)

アルバン・ベルク四重奏団 14

アルバン・ベルク四重奏団でシューベルトを聞いている。
今日は、弦楽四重奏曲 第10番 変ホ長調 D.87
弦楽四重奏曲 第12番 ハ短調 D.703「四重奏断章」
第10番が1997年4月、第12番が1997年5月に
ウィーン・コンツェルトハウスでライブ収録されている。
第10番は、D.87とシューベルトの若いときの作品で
古典的であり、軽やかにかわいらしい音楽なのだが、
鋭く、シンフォニックに演奏されており、印象も変わる。
さすがにアルバン・ベルク四重奏団ならではの鮮やかさ。
こういう演奏は楽しくて仕方がない。音色の美しさも格別。
集中力と音楽全体に張り詰めた緊張感がツボである。
ハ短調の「断章」は、ぴったりな作品だと思うのだが、
するとかえって、優雅な表情も魅力的で素晴らしい。

Warner 0825646123476

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2016年9月 6日 (火)

ヘルベルト・ブロムシュテット 14

ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団で
シベリウスの交響曲全曲を収録順に聞いてきた。
今日は交響曲 第3番(1994.11)と第6番(1995.3)で
デーヴィス・シンフォニーホールで収録されている。
この一枚でシベリウスの交響曲全集が完成だが、
ブロムシュテットはここでも緻密なコントロールで、
ここまで徹底して精妙な音作りをしているのは、
聞いたことがない。結果として、圧倒的な透明感、
清々しい風が吹き抜けて、別格の美観に感動する。
描写的でないし、風景のイメージも広がらないが、
純粋にシベリウスの響きの美しさを追求している。
完成度の高さでも群を抜いているし、細部の表現で
その鮮やかさには驚きであり、規範とすべき演奏。

DECCA 475 7677

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2016年9月 5日 (月)

ミヒャエル・ギーレン 8

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第2集)で
ブルックナーの交響曲を収録順に聞いている。
今日は、南西ドイツ放送交響楽団の演奏で
交響曲 第7番 ホ長調 (1883年 原典版)
1986年12月15,16日にバーデン・バーデンの
ハンス・ロスバウト・スタジオで収録されている。
演奏時間が58分で、そういうことはあるのだが、
一般的なのが、65分から70分ぐらいだとすると
10分ほど短いということにもなるのである。
第2楽章が目立って速めだが、特徴としては、
残響で聞かせることをせずにすべての音が、
均質に制御された明確さ、明瞭度によって、
厳格に鳴り響くのである。かなり徹底している。
いかにもギーレンらしく、過激路線は興味深い。
しかし流麗な仕上がりは快適であり、表面的だが
やはりブルックナーの感動的な音楽が素晴らしい。
第2楽章の最大に盛り上がる箇所では、原典版で
ティンパニのみが加わっている。シンバルはなし。

SWR>>music CD-No.SWR19014CD

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2016年9月 4日 (日)

東海道を歩く 市場~新子安

謝楽祭の後、山手線で品川まで戻ってきて
京急に乗り換えて、快特で帰ってきたのだが、
まだ時間も早く、すっかり青空になってしまって、
つい出来心で…京急川崎で普通に乗り換える。
鶴見市場で下車。鶴見川を渡って、東海道を歩く。

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市場村の一里塚。鶴見区市場西中町にて。

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鶴見川橋で鶴見川を渡る。

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鶴見中央4丁目の五の日稲荷。
京急鶴見駅から近くの街中にお稲荷さんを発見。
これまで気付かなかった。街道から少し入ったところ。

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JR鶴見線の国道駅を越える。

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鶴見区生麦4丁目の水神宮。
来週(9月10日)祭礼だそうだ。

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鶴見区生麦3丁目の生麦事件の現場。
今回の歩きは、京急新子安の駅で終了。

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謝楽祭 2016

今年も湯島天神にて、落語協会の謝楽祭。

20160904a

雨は朝で上がって、昼からは晴れてくれたのだが、
すると暑いのである。とにかく人が多くて、
境内は異常な暑さだった。汗が止まらない。

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特設ステージの「のど自慢大会」にて
たけ平さん、きく麿さん、市馬師匠。

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喬太郎さんが「ホテトル音頭」…飛び入り参加?

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ぼたんさん、たけ平さん、実行委員長の彦いちさん。

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彦いちさん、玉の輔さん、たけ平さんに市馬師匠。
市馬師匠がのど自慢の審査員で鐘を叩く係。

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でも結局、最後に市馬師匠が唄う。

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二ツ目の若手噺家さんを集めて、表彰式。
わん丈さん、小辰さん、一花さん(前座)、つる子さん。

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つる子さんが、ペヤングソースやきそば一箱獲得。

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お囃子茶屋にて小ゑん師匠が笛の演奏。
謝楽祭ではふゆさんの「おはやしチントン店」。

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お囃子茶屋にて、蔵之助師匠と小圓鏡さん。
蔵之助師匠のお囃子がリクエストされた。

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2016年9月 3日 (土)

カラヤンの1980年代 39

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリンフィルで
ベートーヴェンの交響曲全集を収録順に聞いている。
今日は交響曲 第1番 ハ長調と第2番 ニ長調で
1984年1,2月にベルリンのフィルハーモニーで収録。
シンプルで軽快な第1番は、今日の流行からすると
やはりカラヤンは巨匠風で雄大な印象があるけれど、
第2番が圧倒的に素晴らしい。気合いが入って、
その充実した響きは、間延びしたところが全くない。
第2番って、すごく好きである。ベルリンフィルは、
重厚な響きだけど、明るい音色で艶やかであり、
カラヤンのベートーヴェンには優美さもあって、
本当に素晴らしい全集だ。初期の交響曲という
中心的な存在ではない作品で、実に聞かせる。

DG 439 200-2

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2016年9月 2日 (金)

マルク・アンドレ・アムラン 3

マルク・アンドレ・アムランの1994年の演奏で
ショパンのピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調「葬送」
エイトル・ヴィラ・ロボスの「野生の詩」
ラフマニノフのピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調
シュルツ・エヴレルのアラベスク(美しく青きドナウによる)
1994年9月にモントリオールのピエール・ペラドー・センター。
驚異的なスピード感覚と圧倒的な鮮やかさに叩きのめされる。
若き日のアムランであり、音楽に熱気が込められているような
この頃だからこその魅力も感じられるような気がするのだけど、
やはり聞きものは、ヴィラ・ロボスの「野生の詩」である。最高!
後にhyperionで、ヴィラ・ロボスの作品集を完成させており、
そこで聞いた「野生の詩」がはじめてだったのだが、久しぶりで
やはり大興奮である。とにかく凶暴な一面に驚かされるのだけど、
その対比における神秘性や抒情性に深く引き込まれるのである。
暴力的な高揚の果てにハッとするような繊細な美しさが姿を現し、
とにかく感動的だ。ルービンシュタインに捧げられているらしい。
ヴィラ・ロボスによると親友のルービンシュタインそのものであると
そういう作品なのだそうである。もうひとつ、注目なのはショパンで
同じく後にhyperionで、2曲のピアノ・ソナタを収録した作品集が
制作されているのだが、これは比較して聞いてみたくなってしまう。

CDR886

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2016年9月 1日 (木)

ウィグモア・ホール 2008

ウィグモア・ホールのライブ・シリーズから
サイモン・キーンリサイドによる歌曲リサイタル。
シューベルトのシルヴィアに D.891、隠遁所 D.393、
変容 D.59、星 D.939、天の火花 D.651、
歌曲集「白鳥の歌」からセレナーデ D.957-4
ヴォルフのメーリケの詩による歌曲集から
少年と蜜蜂、ヴァイラ女神の歌、愛する人に、
クリスマスローズに II、恋焦がれる男の歌、風の歌
フォーレの朝の歌 op.6-1、秘めやかに op.58-2、
グリーン op.58-3、私たちの愛 op.23-2、
捨てられた花 op.39-2、憂鬱 op.51-3、
シャイロックのマドリガル op.57-2、蝶と花 op.1-1
ラヴェルの「博物誌」~くじゃく、こおろぎ、白鳥、
かわせみ、ほろほろ鳥、というコンサートである。
そしてアンコールだが、プーランクのホテル。
ピアノは、マルコム・マルティノーが弾いている。
2008年10月26日にウィグモア・ホールでライブ収録。
シューベルト、ヴォルフ、フォーレ、ラヴェルという
歌曲の世界では、魅力的な作曲家が並んでいるが、
その中身で選曲はなかなかマニアックな印象である。
マルコム・マルティノーのピアノは、落ち着きある中で
やはり正統派の歌曲伴奏という、歌に寄り添うような…
歌手との一体感、作品との一体感が素晴らしい。

Wigmore Hall Live WHLive0031

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