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2016年9月 8日 (木)

圓朝速記~真景累ヶ淵(三二)

新吉をお累の婿に迎えたいと話が起きたのだが、
土手の甚蔵は、新吉には借金があるといい出し、
三蔵から金を引き出そうとするのである。

甚蔵「有るなれば有ると云え、よう幾らある」
新吉「左様五両ばかり」
甚蔵「カラ何うも云う事は子供でげすねえ、
幾らア五拾両、けれども、エヽと、二拾両ばかり
私(わっち)が目の出た時返(けえ)して、三拾両あります」

しかし三蔵もその辺はよく心得ており…

三蔵「相手が甚蔵だから其の位の事は云うに違いない、
宜しい、其の代り、土手の甚蔵が親類のような気になって
出這入されては困るから、甚蔵とは縁切で貰おう」

新吉とお累の婚礼の場面になるが、読んでみると
圓生師匠の「お累の婚礼」は、圓朝の速記に忠実だ。

村で年重な婆アさんが二人来て麦搗唄を唄います。
「目出度いものは芋の種」と申す文句でございます。
「目出度いものは芋の種葉広く茎長く子供夥多(あまた)にエヽ」
と詰らん唄で、それを婆アさんが二人並んで大きな声で唄い、…

それで新枕、お床入りということになるけれど、ここが恐ろしい。

お累「だって私はね、貴方、斯んな顔になりましたもの」
新吉「エ、あの私はね、此様(こん)な顔と云う口上は
大嫌いなので、ド、何んな顔に」

豊志賀からお久、そしてついにお累にまで
「私はこんな顔」が移るのである。
そしてまた草刈鎌に蛇が現れるのであり…

怖い紛れにお累は新吉に縋(すが)り付く、
その手を取って新枕、悪縁とは云いながら、
たった一晩でお累が身重になります。
これが怪談の始(はじめ)でございます。

圓生師匠も「お累の婚礼」をここで区切りとしている。

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