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2016年11月30日 (水)

落語につぶやき 282~御慶

朝日新聞夕刊(2016年11月30日)の記事に
「初詣」という言葉が使われるようになったのは、
明治20年代から明治30年の頃だったとある。
江戸時代から明治初頭には、正月のお参りは、
「恵方詣」であった。自宅からその歳の恵方の
方角にある神社仏閣に参拝をする。つまりは、
江戸時代には現在の初詣の考え方はなかった。

五代目柳家小さんの「御慶」を聞くとそのサゲで
「御慶いったんだい」を「どこへ行ったんだい」と
聞き違えて、「恵方詣に行ったのよ」というオチ。
しかし最近は、その「恵方詣」がわからないので、
「近所の神社に初詣」というオチに変わってきて、
この「御慶」という噺は、富くじに当たる噺なので
ということは、設定は江戸になると思うのだが、
すると「初詣」という言葉は使えないことになる。
「御慶」のオチには重要な情報が含まれていた。

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吾輩ハ猫デアル 151

朝日新聞に連載中の「吾輩ハ猫デアル」

あばたを研究しているのか、
鏡と睨(にら)め競(くら)をしているのか
その辺は少々不明である。
気の多い主人の事だから
見ているうちにいろいろになると見える。
それどころではない。もし善意を以て
蒟蒻(こんにゃく)問答的に解釈してやれば
主人は見性自覚(けんしょうじかく)の方便として
かように鏡を相手にいろいろな仕草(しぐさ)を
演じているのかも知れない。

主人が風呂場の鏡を持ってきて、
顔の痘痕(あばた)をしきりに気にしている。

「蒟蒻問答的」とは、落語の「蒟蒻問答」による。
大僧正に扮した蒟蒻屋の六兵衛さんに
諸国行脚の僧が禅問答で問いかけるが、
ちっとも答えがないので、そのうち身振り手振りで
問いかけると、勝手な勘違いで問答が進んでいく。

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2016年11月29日 (火)

エリアフ・インバル 27

エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団で
バルトークの歌劇「青ひげ公の城」を聞いている。
カタリン・センドレニのユディット、そして青ひげ公は
ファルク・シュトルックマンで、1992年9月23-25日に
フランクフルトのアルテ・オーパーで収録されている。
これまで聞いた中でも最も響きの美しい「青ひげ公」で
インバルの作り出す精妙な表現、ひんやりと冷たい…
透明感のある音色だが、細部にまで徹底して緻密に
それが洗練された表情を生み出して、最高の感動だ。
34歳のファルク・シュトルックマンで、録音としては、
最初の頃となるのだろうか?しかし何ともいい声で
私は大好きである。ワーグナーばかり聞いていたが、
バルトークで出会えるとは!という…これはうれしい。

DENON COCO-70998

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2016年11月28日 (月)

ズービン・メータ 10

ズービン・メータ指揮ニューヨークフィルによる
ブラームスの交響曲全集を収録順に聞いている。
交響曲第3番とハイドンの主題による変奏曲で
1981年9月30日にエイヴリー・フィッシャー・ホール。
1980年代に入ったが、どうも録音が曇りがちな音で
デジタル録音の初期は、迫力と広がりに欠けるのが
残念である。しかし聞き進むうちにメータの音楽には、
やはり魅力があって、緻密な表現ではないけれど、
のびのびと豊かに鳴り響く感じは、実に素晴らしい。
これこそがメータの表現であり、スタンダードな中に
濃厚な歌わせ方も持ち込んで、ときに大胆だけど、
そこがスケール大きな効果を生み出して感動する。

SONY 88875123012

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2016年11月27日 (日)

第136回 柳家小満んの会

今年の最後となる11月の小満んの会である。
日曜日の昼の開催で、なんと「子別れ」の通しだ。
会場へ向かうタクシーが渋滞に巻き込まれたそうで
師匠が到着できず、少々混乱気味の開場となった。

柳家小満ん:子別れ(上)こわめし
柳家小満ん:子別れ(中)
柳家小満ん:子別れ(下)子は鎹

そんなトラブルで、焦って、慌てて、イライラして、余裕もなく、
師匠はとても冷静にはいられなかっただろうと思うのだけど、
それが開演すると何にもなかったかのようにいつも通りに
淡々と会場の空気を和らげていって、そこはプロなのだけど、
それにしてもやはりすごいなと改めて感じさせられたのである。
「子別れ」だが、(上)の「強飯の女郎買い」は、2010年5月の
第98回で演じられ、その際の演目は「強飯の遊び」だったが、
二年が過ぎて、2012年11月の第113回には、続きの(中)が、
早いもので、それから四年が経つけれど、その大まとめとして、
今回の通し口演があると感じられている。後半の「子は鎹」は、
いろいろな人が演じているし、非常に有名な噺で、珍しくもなく、
それに比べると「強飯の女郎買い」や(中)の別れの場面は、
聞き応えがあって、面白いと私は大好きなのだけど、今回は
小満ん師匠の「子は鎹」であり、その納まりがどうなることか、
注目であったのだ。前半は、弔いで酔っ払い、悪態をついて、
吉原へと遊びに行く「強飯の女郎買い」であり、四日の居続け
戻ってきたかと思うと花魁の惚気をいう始末、女房のお徳と
息子の亀ちゃんを叩き出すという…とんでもない展開であり、
どう考えても大工の熊さんは酷い人なのだけど、仲入りの後、
心を入れかえて、立派な職人に生まれ変わる熊さんを見て、
その清々しい空気、気持ちも晴れるその心地よさに…これは、
通し口演で聞いたからこそ味わえる喜びであると格別であった。
前半の熊さんが酷すぎるから…後半の立派な更生を目にして、
その分、感動が大きいのかも。どれだけくっきり演じられるか?
そして仲入りでの切り替えが、重要な役割を果たすということ、
そこに気付かされる。「子は鎹」はこれまででも一番よかった。
ということで、次回は新年、1月19日(木)の第137回であり、
演目は「千早ふる」「姫かたり」「質屋庫」、2017年も楽しみだ。

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2016年11月26日 (土)

ロリン・マゼール 30

ロリン・マゼール指揮クリーブランド管弦楽団で
ベートーヴェンの交響曲全集を聞いている。
交響曲 第3番 変ホ長調「英雄」と第8番 ヘ長調
まさにマゼールの天才的な発想が輝きを放って、
楽しくて仕方がない明朗なベートーヴェンである。
力強く迫力の響きも効果的だが、全体はまるで
室内楽のように明瞭、音楽の運びは軽やかであり、
その構造が一度バラバラに分解されて、それが
目の前で組み上げられていくような面白さがある。
細部の表現はとにかく個性的で、すっかり夢中に
一瞬たりとも聞き逃せない。1970年代の名演!

SONY 88697932382

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2016年11月25日 (金)

ミヒャエル・ギーレン 10

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第2集)で
ブルックナーの交響曲を収録順に聞いている。
今日は、南西ドイツ放送交響楽団の演奏で
交響曲 第4番 変ホ長調 (1874年 第1稿)
1994年4月12-15日にバーデン・バーデンの
ハンス・ロスバウト・スタジオで収録されている。
第1稿による演奏である。現在は増えてきたが、
エリアフ・インバルの初録音が1982年のことで、
それに続くのが、この録音ということになるのか?
ノリントンの演奏が圧倒的な感動だったのだが、
ギーレンも同じく非常にきびきびと快活に動き、
その鮮やかさは驚異の明瞭度。この面白さに
触れてしまったら…有名な「ロマンティック」は、
通常版よりも第1稿の方がいいではないかと
思ってしまう。それくらいに魅力的な響きであり、
ブルックナーが最初に音に託した豊かな発想が、
見事に再現されているのであり、その後の改訂で
なぜ失われてしまったのだろう…と考えさせられる。
一方でギーレンによる1878/1880年の通常版も
きっと録音があるのではないかと思うのだけど、
どうしても比較してみたくなってしまう。気になる。

SWR>>music CD-No.SWR19014CD

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2016年11月24日 (木)

横浜の風景から 480~初雪

20161124a

11月に雪が降るのは54年ぶりとのことだけど、
こちらは横浜市でも内陸部なので、訳が違う。
雨がみぞれに変わるとか、2cm積もったとか、
そんなものではない。本格的な積雪を観測だ。

20161124b

11月22日が暦の上で「小雪」だったのだが、
それは旧暦のことであり、現在の月日で行くと
1月の上旬となって、ならば雪も舞う季節だが、
そう考えると11月の積雪って、異常気象である。
年内に雪が積もったことなんて、記憶にない。

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2016年11月23日 (水)

圓生百席 「紫檀楼古木」

圓生百席の録音から「仙台高尾」と「紫檀楼古木」で
圓生師匠の地噺二席を聞いている。地噺ということは
江戸のうん蓄がたくさん入っていて、勉強になるのだが、
「仙台高尾」では、「名を成す」というので士農工商の…
それで最終的に高尾太夫のうち、仙台高尾の噺となる。
伊達高尾という仙台公に身請けされた高尾大夫である。
そして「紫檀楼古木」だが、この噺を選んだのは、後半の
寒空の下で暖かい羽織をいただいて、しかしそれを断り、
「羽織(はおりゃ)着てる~(羅宇屋、煙管~)」というオチ。
ここで冬の噺というイメージがあったのだが、改めて聞くと
圓生師匠の場合には、季節はあんまり関係ないような。
狂歌の面白さは、なかなかその場で細かいところまでは、
深く理解することはできないのだが、こうして聞き込むと
蜀山人も紫檀楼古木の噺も洒落があって、好きである。

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2016年11月22日 (火)

ラン・ラン 3~パリ

ラン・ランのショパンでスケルツォ全曲を聞いている。
2015年5,6月にパリのオペラ・バスティーユで収録。
思った以上に個性的な表現を大胆に採用しており、
緩急の激しい変化や強弱のコントロールもユニーク、
これまでに聞いたことのない面白さがある。それは
作品の方向性でもあるのだが、力強い響きが特長で
そこで生まれてくるエネルギーが、諧謔性を強調して、
表現の幅はいつもながら大きい。巨大な運動性で
豪快に進めていくところにいかにもラン・ランらしい、
独特なものが表わされている。そこを聞かなければ!

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2016年11月21日 (月)

ラン・ラン 2~パリ

ラン・ランのチャイコフスキー「四季」を聞いている。
2015年5,6月にパリのオペラ・バスティーユで収録。
パリで録音された2枚組のCDだが、コンサートでは、
チャイコフスキーが前半に演奏されているようなので
二枚目のこちらから聞くことにした。明日はショパン。
この上なく繊細で美しい響きを奏でるラン・ランだから
チャイコフスキーの「四季」のような作品は、もう最高!
表情付けでは、かなり自由気ままに歌い込んでいるが、
ラン・ランならばこういう仕上がりであろうことは予測でき、
しかしそこにしっかりと想いの詰まった音楽が鳴り出して、
すっかり引き込まれるし、説得力あって、感動が大きい。

SONY 88875117582

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小噺「徒乱不塔の人々」

えェ、ここは江戸の中心、日本橋でございますが、そこに
大そう羽振りのいい徒乱不(とらんぷ)屋という店がありまして、
持っている長屋も変わっておりまして、間口は変わりませんが、
高さが百十二間という、現在の値に換算いたしますと
二百二メートルという、58階建ての長屋でございまして、
それを徒乱不塔などと申しますが、そこに住んでいる者も
また地主に劣らぬ、一風変わった者ばかりでございまして、

「よぉ、ずいぶん威勢がいいじゃねえか、博打で儲けたか」
「いやぁ、すってんてんに取られた、一文無しだ」
「お前ェ、そのわりには、ずいぶん偉そうにしてるじゃねえか」
「長屋の地主さんが今度将軍様になるのよ」
「馬鹿なことをいうもんじゃねえ、将軍様は徳川様に
決まってるじゃねえか、間抜けなこといってると笑われるぜ」
「俺もそう思ってたんだけどよぉ、それがそうでもねえらしいや」
「なに、この前ェ、大騒ぎしてた、大将軍選挙ってやつかい」
「そうよ、蓋開けたら、選ばれちまったんだから仕方ねえや」
「取り返しがつかねえってやつだな」
「まさかそんなことはあるめェって思ってたんだけどよぉ」
「そうさ、みんな、そういってたぜ」
「隠れキリシタンじゃねえ、隠れ徒乱不ってのがいたらしいや」
「なんだ、モグラみてェな野郎だな」
「うちの地主は、普段から口が悪くてよぉ、嫌われてるんだ」
「聞いてるぜ、自分とこの店子しか、よくいわねえらしいな」
「それがよう、決まった途端にこの前も浅草安倍川町の
地主ってのが訪ねてきてよぉ、挨拶していきやがった」

「長ェものには巻かれろってやつだな」
「土産もらって、気をよくしてたぜ」
「お城ん中もそっくりお役人を入れ替えるらしいなァ」
「それでお店には、引っ切り無しに人が出入りして、
誰がお役に就くのかって、大騒ぎだァ」

「それじゃ、これから江戸の街も変わるだろうなァ」
「いやァ、そうでもあるめえ」
「どうしてだい」
「選挙でもう、札は切っちまった」

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2016年11月20日 (日)

横浜の風景から 479~金沢八景4

一度、金沢文庫の駅に戻り、線路を越えて、
駅の東側、海の方面を目指して歩く。

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金沢区八津町にある君ヶ崎稲荷神社。

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称名寺の方へ向かう途中に「百栄」があり、
落語ファンの一部の方は、ウケてくれるか?

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称名寺の山門だが、今回は金沢八景なので、
またの機会に。有名な金沢文庫もある。

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金沢八景「称名晩鐘(しょうみょうのばんしょう)」
シーサイドラインの海の公園柴口駅近くだが、
海の公園から称名寺の方角を見ている。
広重の浮世絵にある右の山(写真右の山)は、
称名寺の山かと思ったら、熊野神社のある山で
やはり現地を訪ねてみないとわからないこと。

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金沢区柴町にある熊野神社の山である。

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こちらもすごい階段で、浅間神社に続き、
本日二度目の急な階段上りで足はガクガク。

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山頂にある柴町の熊野神社である。

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横浜の風景から 478~金沢八景3

金沢八景のうち京急金沢文庫駅周辺の
残っていた二景をまわってきた。

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金沢八景「小泉夜雨(こずみのやう)」
ハッキリした場所はわからないが、
バス停に「小泉」と残っていて、その周辺。

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金沢区釜利谷南1丁目の手子神社。
境内の「竹生島弁財天」は、「小泉夜雨」の
起源とされる場所にあった祠だそうだが、
享保八年(1722)に石窟を構築、遷宮し、
さらに昭和15年、海軍の施設建設により
現在の手子神社内に遷座されたとある。
つまり「小泉夜雨」の場所は不明だ。

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手子神社の鳥居横には石塔群があった。
庚申塔、青面金剛尊(文字塔)、馬頭観世音。

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庚申塔の青面金剛像は何ともいい表情。

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金沢文庫駅近くに戻ってきて、
金沢区八津町の八津浅間神社。
山の上にあり、ものすごい階段だ。

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階段を上る途中の見晴らし。
金沢文庫駅の方角を見ている。

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山頂にある八津浅間神社。
急な階段を上って、息が切れた。

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2016年11月19日 (土)

日和下駄の風景 5~日和下駄

永井荷風「日和下駄」 第一 日和下駄より

…何という事なく蝙蝠傘(こうもりがさ)に
日和下駄を曳摺(ひきず)って行く中(うち)、
電車通の裏手なぞにたまたま残っている
市区改正以前の旧道に出たり、あるいは
寺の多い山の手の横町の木立を仰ぎ、
溝(どぶ)や堀割の上にかけてある
名も知れぬ小橋を見る時なぞ、
何となくそのさびれ果てた周囲の光景が
私の感情に調和して少時(しばし)
我にもあらず立去りがたいような
心持をさせる。そういう無用な感慨に
打たれるのが何より嬉しいからである。

見落としそうな日常の時間に…そこに
発見があるのは、些細なものでも感動がある。
その価値は自分だけのものかもしれないが、
一度、気付くと、ずっとお気に入りとなる。

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2016年11月18日 (金)

ウィグモア・ホール 2009

ウィグモア・ホールのライブ・シリーズから
アリーナ・イブラギモヴァとセドリック・ティベルギアンによる
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの演奏会(第1回)。
ヴァイオリン・ソナタ 第1番 作品12-1、第4番 作品23、
第8番 作品30-3、第7番 作品30-2が演奏されている。
2009年10月27日にウィグモア・ホールでライブ収録。
注目のイブラギモヴァだが、いうまでもなく圧倒的鮮やかさ。
そして実は、私はセドリック・ティベルギアンが聞きたくて、
なんて素晴らしいピアノなのだろう。ベートーヴェンの作品が
とにかく私は好きで、この作品30の第6番から第8番という
3曲のヴァイオリン・ソナタは、何度聞いても楽しいのである。
今回はそのうちの2曲が後半に選ばれており、もう最高だ。

Wigmore Hall Live WHLive0036

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横浜の風景から 477

お昼に出掛けたときの帰り道、
泉区岡津町の富士塚に寄ってきた。

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富士塚の人工富士山。
草刈りの途中のようで、笹が茂っている。

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富士塚の下にある不動堂。
中にはお不動様が安置されている。

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2016年11月17日 (木)

圓朝速記~真景累ヶ淵(三七)

新吉は旅駕籠に揺られて、羽生村に戻ったのだが…

産落したは玉のような男の児(こ)とはいかない、
小児(こども)の癖に鼻がいやにツンと高く、
眼は細いくせにいやに斯(こ)う大きな眼で、
頬肉が落ちまして瘠衰(やせおとろ)えた
骨と皮ばかりの男の児が生れました。

夢に見た兄新五郎の顔に瓜二つである。

と其の頃は怨み祟りと云う事があるの或は生れ変る
と云う事も有るなどと、人が迷いを生じまして、種々に
心配を致したり、除(よけ)を致すような事が有りました
時分の事で、所謂只今申す神経病でございますから、

明治の圓朝の時代にも怨み祟りというものは信じられず、
一方で、こうしたものすべては「神経病」で片付けられた。

翌年寛政八年恰(ちょう)ど二月三日の事でございましたが、
法蔵寺へ参詣に来ると、和尚が熟々(つくづく)新吉を見まして、

寛政八年とは、1796年である。文化・文政の少し前の頃。

三月の二十七日に新吉が例の通り墓参りをして出に掛ると、
這入って来ました婦人は年の頃二十一二にもなりましょうか、

お賤との出会いの場面、再会というべきか。ここにも因縁が。

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2016年11月16日 (水)

マリインスキー劇場管弦楽団

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団、
ピアノ独奏はアレクセイ・ヴォロディンでプロコフィエフの
ピアノ協奏曲 第4番を聞いている。2015年9月13日に
マリインスキー劇場コンサートホールで収録されている。
この第4番は、パウル・ヴィトゲンシュタインの委嘱による
左手のためのピアノ協奏曲である。左手のみということに
意識が行かない充実したピアノ独奏だが、それもあって、
シンプルで清々しい響きは耳に心地よく、楽しい曲である。
アレクサンドル・トラーゼのCDでしか聞いたことなかったが、
改めて聞いてみると素晴らしい作品で、するとつまりは、
プロコフィエフのピアノ協奏曲は、全5曲とも傑作である。

MARIINSKY MAR0577

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2016年11月15日 (火)

マレイ・ペライアのバッハ 2

マレイ・ペライアのDGへの最初の録音となるバッハで
フランス組曲 第4番 BWV815、第5番 BWV816、
第6番 BWV817を聞いている。2枚組の後半である。
2013年7月にベルリンのフンクハウスで収録されている。
フランス組曲は、第1番が独特の雰囲気で魅力的だが、
ニ短調であり、第2番のハ短調、第3番のロ短調という
短調が続いて、前半はどうも聞いていて、気が重い。
それに対して、後半の三曲は、第4番が変ホ長調、
第5番のト長調、第6番のホ長調と気分も明るい。
後半の方が充実しているような気もするのだけど、
好みの問題か?ペライアの演奏は極上の心地よさ。
この私が、バッハへの関心が高まっているというのは、
それだけペライアの演奏が楽しいということである。

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今日の月は…月齢15.4

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雲の合間に一日遅れのスーパームーンだが、
東の空に上ってきたばかりの月齢15.4の月。

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近所の妙蓮寺の屋根の上に出てきて、
やはり何となく大きい気がするし、明るい。

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帰宅して、二階の窓から乗り出して、
北東の空を眺めているが、何と明るい空。

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2016年11月14日 (月)

マレイ・ペライアのバッハ 1

マレイ・ペライアのDGへの最初の録音となるバッハで
フランス組曲 第1番 BWV812、第2番 BWV813、
第3番 BWV814を聞いている。2枚組の前半である。
2013年7月にベルリンのフンクハウスで収録されている。
バッハはほとんど聞かないのだが、ペライアだからこそで
久しぶりにフランス組曲を聞いてみているけれど、感動的。
気品に満ちた表現で、深みのある音色に引き込まれる。
1990年頃だと思うが、アンドラーシュ・シフの演奏を録音して、
フランス組曲はよく聞いていたのだが、親しみのシフに比べ、
ペライアはとにかく格調高い造形である。ピアノの美しさは、
独特なものがあり、リズムを強調するよりもしっとり聞かせ、
スムーズな流れのピアノならではの音楽を追及している。

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2016年11月13日 (日)

第282回 柳家小満んの会

今年最後の小満んの会は、日曜日の開催で
早めに出掛けて、御茶ノ水から神田明神にお参り。
いろいろ寄り道をして、日本橋まで歩いていった。

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あちこちで再開発中の日本橋界隈だが、
「室町三丁目」交差点がすっかり更地になって、
驚きの状況だ。これもいまだけと記録写真。

柳家小多け:道灌
柳家小満ん:裸の嫁入
柳家小満ん:黒雲お辰
柳家小満ん:富久

神無月の十月には、出雲に神様が集まって、つまりは
出雲は神有月なのだけど、そこで縁結びが行われて、
縁というと御夫婦の縁ということで噺に入っていくのだが、
「裸の嫁入」という噺、もちろん今回はじめて聞くけれど、
全体に「たらちね」にそっくりである。裸の嫁入というのは、
何も持たずに嫁に来るという。夏冬の物は持ってくるが、
行火(あんか)と渋団扇だけ。この台詞も「たらちね」で聞く。
しかしこちらは、言葉が丁寧という傷はなく、歳は二十三で
顔の具合も十人並。ただ嫁ぐのは二度目ということで、
先の旦那は亡くなっている。八つぁんは喜んでいるが、
婚礼の席で、三々九度の真似事で、仲人の大屋さんは、
謡のひとつも吟いたいところだけど、不調法だから…って、
するとお嫁さんは、二度目で慣れているからと唄い出し、
街道の雲助の唄で、(裸の嫁入だが)、唄の文句で、
後から長持がやってくるというオチである。これまた珍品。
続く「黒雲お辰」は、大岡政談にある噺で、実話に基づく…
ともいわれるそうだけど、奈良から七十五両の金を預かり
江戸へ出てきた真正直な百姓が、つい広小路の賑わいに
気を取られて、金を掏られ、昌平橋で身を投げようとするが、
それを助けるのが黒雲お辰、七十五両を与え(返す?)、
帰りの路銀に十両の金も与える。黒雲お辰は八辻が原を
縄張りとしている掏り、盗みの頭であり、その十年後には
お縄になって、処刑が言い渡されるが、老中の手続きに
不備があり、黒雲お辰がたくさんの人助けをしていたことで
大岡越前は助ける裁きをする。十年前の七十五両の一件で
御赦免となるのだ。黒雲お辰は改心して、身延山で出家して、
諸国を巡礼しているが、奈良の山村で助けた百姓に再会し、
かつて助けたことでいま助けられているのだけど、縁あって、
というところは、一席目の「裸の嫁入」に通ずるのである。
黒雲お辰はそこに庵を構え、余生を送ったということらしい。
仲入り後は「富久」。師匠の「富久」は、思い出すので四度目か、
もうちょっと聞いているような気もするのだけど、正直に書くと
はじめてのときが最も衝撃的にとにかく感動したのだが、
今回は二年ぶりになるのか?少々久しぶりでもあって、
ものすごくよかったのである。先日の余一会で聞いた…
「明烏」じゃないけれど、余裕があって、じっくりと丁寧に
演じられていた気がする。それは、酔っぱらう場面であったり
火事場に向かう緊迫感、その様子が目に浮かぶようであり、
久蔵の暑い寒いの温度感や時間の経過、心の変化の含めて
落語の見て楽しむ部分である。基本的に小満ん師匠の落語は、
オーバーに見せるのではなく、話芸に徹していると思うのだが、
それが創り出す聞く人の心の中でのイメージの広がりであり、
その豊かさであり、かなり映像的な噺でもある「富久」であって、
非常に中身の詰まった一席であったと思う。富くじの一件と
火事に振り回される久蔵の生活が、同時進行に進むのであり、
壮大な物語と劇的な展開で、こんなにドキドキする噺はないが、
やはり黒門町から伝わる「富久」で、小満ん師匠が最高だと思う。
いろいろ好みがあって、人によって、意見も様々だろうけれど、
小満ん師匠の「富久」が、私にとっては、間違いなく究極である。
ちょっと細かいことを書くと富興行の場所だが、文楽師匠は、
深川八幡だったそうだが、小満ん師匠は湯島天神にしていて、
奉加帳で寄付を募ってまわるのに蔵前から本郷へ向かう途中、
湯島の切通しで、大そうな賑わいに富の当日に遭遇するという
ここは非常に合理的で説得力があって、小満ん師匠らしい。
こういうところがリアリティであって、私は好きである。重要。
ということで、ちょうど二週間後、27日は関内の小満んの会で、
「子別れ」の(上)(中)(下)の三席。通しである。これは期待!

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東京の風景から 64~神田明神

小満んの会の前に神田明神にお参り。
東京駅で中央線に乗り換えで御茶ノ水へ。

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毎年、新年に必ず神田明神にお参りしているが、
今年は喪中なので、年末のうちに行ってきた。
といっても11月なので、七五三の参拝客が多い。

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2016年11月12日 (土)

今日の月は…月齢12.4

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月曜日の満月はスーパームーンだそうだが、
どうも天気は晴れそうになく、二日前の月を見る。
16時38分に東の空に上ってきた月齢12.4の月。
明日は晴れそうで、もう少し満ちた月が見られそう。

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2016年11月11日 (金)

鷲神社 一の酉

恒例の浅草鷲神社の一の酉に行ってきた。
かっこめの熊手御守りをいただきに。

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雨は上がってくれたけど、微妙な空模様で
とにかく寒く、人出も少なく、すぐにお参りできた。

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御守りをいただいて、熊手を見て回る。

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志ん橋師匠と小燕枝師匠の熊手を発見。
帰りに浅草に出て、尾張屋で天丼を食べてきた。
今年も無事に酉の市に行くことができてホッとした。

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2016年11月10日 (木)

エマーソン弦楽四重奏団 11

エマーソン弦楽四重奏団のドヴォルザークを聞いている。
今日は、弦楽四重奏曲 第14番 変イ長調 作品105
2008年12月から2009年12月にニューヨークで収録。
第13番よりも先に着手されたが、完成が前後したために
作品番号(出版)は先だが、第14番で後となっている。
1895年という…つまりアメリカ滞在中に作曲が開始され、
チェコに帰国してから完成、出版されたということである。
有名な第12番「アメリカ」のようなわかりやすさはないが、
作品の雰囲気は通じるものがあるし、民族色は魅力的で
そしてちょっと通好みのような…この味わいは好きである。

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2016年11月 9日 (水)

アルフレッド・ブレンデル 18

ブレンデルのシューベルトを1980年代の録音で聞いている。
ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D.959、16のドイツ舞曲 D.783、
アレグレット D.915、ハンガリー風のメロディ D.817という選曲。
1987年12月にノイマルクトのオーベル・プファルツで収録。
この時期のブレンデルは、細部にまで徹底した研究によって
かなり作り込んでいるのだが、とにかく説得力があるので、
合理的であって、聞けば聞くほどに自然なものに思えてくる。
理屈っぽさはなく、想いの詰まった表現であり、すべての音が、
いきいきと躍動して、歌にあふれた音楽は親しみでいっぱい。
かつてのPHILIPSの録音で、音が素晴らしく、豊かな低音と
暖かみのある高音は明るい輝きを放って、この上なく美しい。
ブレンデルはこの頃、好んでノイマルクトで録音していたが、
音響のよさで知られるホールの響きも実に聞きものである。

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2016年11月 8日 (火)

マリインスキー劇場管弦楽団

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団で
プロコフィエフの交響曲 第4番(1947年改訂版)と第6番。
2015年4月6,9日にマリインスキー劇場コンサートホール。
交響曲第4番は、1930年の初版があり、そちらは作品47、
その後、1947年には改訂が行われて、新しい改訂版には、
作品112の番号が与えられている。第6番(作品111)の
作曲直後だそうで、つまりゲルギエフは、同じ時期の作品を
一晩に取り上げているということになる。その辺を考えると
なかなか興味深くて、プロコフィエフ・マニアならではの選曲。
第6番は有名な作品で、とはいってもかなり久しぶりに聞くが、
複雑で緻密な作風をしなやかに聞かせつつ、たっぷりとした
重厚感のある豪快な迫力も魅力的で、さすがはゲルギエフ!
一転して終楽章の躍動する運動性は、さらにさらに感動!
第6番はわりと好きだが、第4番はもうちょっと勉強したい。

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2016年11月 7日 (月)

ロンドン交響楽団

サー・コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団で
ヴェルディのレクイエムを聞いている。独唱は、
クリスティーネ・ブリューワー、カレン・カーギル、
スチュアート・ネイル、ジョーン・レリアが参加して、
2009年1月11,14日にバービカン・センターで収録。
コリン・デイヴィスはいつもながら派手なところがなくて、
ヴェルディの劇的な音楽から精妙な響きを引き出して、
私はこういう演奏が好きだ。透明な感触がたまらない。
本当のヴェルディ好きには物足りないかもしれないが、
隅々にまでバランス・コントロールの行き届いた演奏、
表面的な効果よりもスコアの意味を突き詰めるような…
コリン・デイヴィスの誠実な音作りは深く心に響いてくる。

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今日の月は…月齢7.4

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立冬である。一日、いい天気だった。
16時54分に南の空高く、月齢7.4の月。
明日8日(火)は上弦の月(月齢8.4)で
次回の満月は、ちょうど一週間後だが、
14%大きく見えるスーパームーンらしい。

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2016年11月 6日 (日)

ロイヤル・コンセルトヘボウ

マリス・ヤンソンスの指揮によるフランス音楽で、
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のライブ盤。
ドビュッシーの交響詩「海」(2007年2月1,2,4日)
ドミトリー・シトコヴェツキーの独奏でデュティユーの
ヴァイオリン協奏曲「夢の樹」(2007年6月7,8日)
ラヴェルのラ・ヴァルス(2007年2月1,2,4日)
アムステルダム・コンセルトヘボウで収録されている。
非常に豊かな音の広がりで、たっぷりと鳴っているのは、
バイエルンでのヤンソンスのイメージと少し違うのだけど、
もちろんこちらも魅力はいっぱいで、聞き惚れてしまう。
「海」はゆったりとした運びで予想以上に雰囲気があり、
細やかな表情付けの美しさも際立って、素晴らしい。
ラ・ヴァルスは、それに比べると引き締まった表現で、
ヤンソンスらしさを感じるのだが、打楽器の扱いが、
かなりの迫力で響き渡って、そこは録音が大成功だ。
デュティユーの「夢の樹」も聞いたことはあったのだけど、
こうしてCDでじっくり聞くと感動的で、ますますはまる。

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2016年11月 5日 (土)

プロムス 1986

ロンドンフィルのライブ盤だが、プロムス1986の演奏から
ベルナルト・ハイティンク指揮によるショスタコーヴィチで
今日は、交響曲 第10番 ホ短調 作品93を聞いている。
1986年8月28日にロイヤル・アルバート・ホールで収録。
先日のR.シュトラウス「英雄の生涯」の前日の演奏である。
ロイヤル・アルバート・ホールの大空間に拡散している音を
少し離れて捉えているような録音は、最良とはいえないが、
ハイティンクの指揮は引き締まって、やはり素晴らしいし、
オーケストラもよく鳴りきって、これは感動的なライブである。
抑制の中、ゆっくりの楽章での深まりにも引き込まれたが、
第2楽章の盛り上がりのその迫力には、とにかく大興奮。
終楽章の長調に転じてからのあまりの鮮やかさにも驚いた。

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2016年11月 4日 (金)

今日の月は…月齢4.4

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昨日も西の空に三日月が見えたのだが、
今日もいい天気で、夕方はすっかり快晴で、
日没から少しした17時06分に西の空、
月齢4.4の月である。写真が暗かった。
これからの暦を調べると立冬の翌日で
11月8日(火)が上弦の月(月齢8.4)、
そして14日(月)が満月(月齢14.4)である。

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2016年11月 3日 (木)

圓朝速記~真景累ヶ淵(三六)

新吉の兄新五郎との対面の場面で
ここは非常に重要なところだ。

新吉「ヘエ、成程鼻の高い好い男子(おとこ)だ、
眼の下に黒痣(ほくろ)が有りますか、おゝ成程、
だが新五郎様と云う証拠が何か有りますか」

新五郎の特徴だが、生まれてくる子供が
兄に瓜二つという、それは後ほどのこと。

新五郎「(前略)是から一緒に逃去って、
永え浮世に短けえ命、己と一緒に賊を働き、
栄耀栄華の仕放題(しほうだい)を致すがよい、
心を広く持って盗賊になれ」

ここまで堕ちたか…新五郎の情けない言葉。
旗本の惣領であった者が、些細なことから踏み外し、
狂った歯車は元に戻せず、悪党に成り下がっている。

駕籠屋「モシモシ旦那旦那大そう魘(うな)されて居なさるが、
雨はもう上りましたから桐油を上げましょう」

すべては夢である。夢ですべてが明かされる。
夢に物語を語らせるのは、圓朝独特の手法。

新吉「好い塩梅だねえ、おや此処(ここ)はお仕置場だな」
と見ると二ツ足の捨札に獄門の次第が書いて有りますが、
始めに当時無宿新五郎と書いて有るを見て、恟(びっく)りして、
新吉が、段々怖々ながら細かに読下すと、今夢に見た通り、
谷中七面前、下總屋の中働お園に懸想(けそう)して、
無理無体に殺害(せつがい)して、百両を盗んで逃げ、
後(のち)お捕方(とりかた)に手向いして、
重々不届至極に付獄門に行うものなりとあり。

お仕置場に新吉を導いたのも新五郎の怨念か。
新五郎の召捕りまでは、すでに語られていたが、
その後の仔細が、ここで明かされている。

新吉の顔を見ると女房お累が虫気付(むしけづ)きまして、
オギャアオギャアと産落したは男の子でございます。
此の子が不思議な事には、新吉が夢に見た
兄新五郎の顔に生写(いきうつ)しで、鼻の高い
眼の細い、気味の悪い小児(こども)が生れると云う
怪談の始めでございます。

こういうところが本当に気持ちの悪いところ。
みんな、新吉の思い込みなのだろうけど…
何の因果か、恐ろしい。怪談噺である。

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2016年11月 2日 (水)

アルバン・ベルク四重奏団 18

アルバン・ベルク四重奏団のハイドンを聞いている。
弦楽四重奏曲 第77番 ハ長調 作品76-3「皇帝」
第78番 変ロ長調 作品76-4「日の出」、セレナード
1994年6月にセオンの福音教会で収録されている。
ハイドンの「皇帝」は有名だが、第2楽章の皇帝賛歌は
ドイツの国歌であり、親しみあるが、やはり聞いてみると
他の楽章は、どうも知らないので、詳しくないのである。
ハ長調という…いかにも「皇帝」を象徴する調性だが、
終楽章でハ短調に変わり、緊張度の増すのは魅力的。
「日の出」というのは、冒頭のイメージによるものらしい。
そしてハイドンのセレナードは、現在はよく知られるが、
ロマン・ホフシュテッターの作曲である。定着したか。

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2016年11月 1日 (火)

ズービン・メータ 9

ズービン・メータ指揮ニューヨークフィルによる
ブラームスの交響曲全集を収録順に聞いている。
今日は二重協奏曲 イ短調と大学祝典序曲で
協奏曲が1980年4月28日、序曲が8月19日に
ニューヨークのエイヴリー・フィッシャー・ホールで収録。
ピンカス・ズッカーマン、リン・ハレルと協演している。
リン・ハレルのチェロが私は好きで、このとき36歳だが、
アシュケナージやパールマンとの共演も有名であり、
世界的に知られるようになっていた時期であろう。
ズッカーマンは31歳で、ハレルよりも若かったのだ。
ニューヨークフィルが、また素晴らしい音色で感動した。

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