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2016年12月25日 (日)

日和下駄の風景 6~日和下駄

永井荷風「日和下駄」 第一 日和下駄より

譬(たと)えば砲兵工廠(ほうへいこうしょう)の
煉瓦塀(れんがべい)にその片側を限られた
小石川の富坂をばもう降尽そうという左側に
一筋の溝川(みぞかわ)がある。その流れに
沿うて蒟蒻閻魔(こんにゃくえんま)の方へと
曲って行く横町なぞ即(すなわち)その一例である。
両側の家並(やなみ)は低く道は勝手次第に
迂(うね)っていて、(中略)折々氷屋の旗なぞの
閃く外(ほか)には横町の眺望に色彩というものは
一ツもなく、仕立屋芋屋駄菓子屋挑灯屋なぞ
昔ながらの職業(なりわい)にその日の暮しを
立てている家ばかりである。(中略)
こういう貧しい裏町に昔ながらの貧しい渡世を
している年寄を見ると同情と悲哀とに加えて
また尊敬の念を禁じ得ない。同時にこういう家の
一人娘は今頃周旋屋の餌(えば)になって
どこぞで芸者でもしていはせぬかと、そんな事に
思到ると相も変らず日本固有の忠孝の思想と
人身売買の習慣との関係やら、つづいて
その結果の現代社会に及ぼす影響なぞについて
いろいろ込み入った考えに沈められる。

想像が付くが、「周旋屋(しゅうせんや)」とは、
「雇人の紹介,斡旋を業とする人」であり、
「桂庵、口入れ屋と通称されたほか、
人宿(ひとやど)、請宿(うけやど)、人置(ひとおき)、
肝煎(きもいり)屋などとも呼んだ」とある。

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