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2017年2月 9日 (木)

グラインドボーン音楽祭2011

今週はグラインドボーン音楽祭2011から
ウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドンフィルによる
ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第3幕の後半で、2011年5,6月にグラインドボーンで収録。
ザックスの工房に入れ代わりやってくる人物で音楽も変化し、
昨日からの第3幕の前半部分で第4場までが最も面白く、
そして感動的だと思うのだが、場面転換後に第5場となり、
聖ヨハネ祭の歌合戦は、とにかく盛り上がって楽しめる。
後から登場するヴァルターの引立て役なわけだけれども、
歌詞を盗んだベックメッサーが可笑しな節回しで歌い出し、
公衆の面前で吊し上げられるところは、懲らしめとはいえ、
平和的な解決ではないな…って、ちょっと思ってしまった。
というのは、大統領令による特定の国からの入国禁止の
ニュースが毎日のように流れているので、ここでの遺恨が
新たな争いを生むのではないかと考えてしまうのである。
この滑稽な一幕が、ザックスの書いた筋書きなのであり、
あの生真面目なベックメッサーが貶められるのだから、
仕返しが恐ろしい。喜劇としては最高に面白いのだが、
洒落として祭りの趣向で穏やかに済まされることを祈る。
あまり結び付けたくはないのだが、ヒトラーがこの楽劇を
この上なく愛し、崇高なものを称え、そうでないものは、
排除するという…偏った方向へと陥りかねない要素が、
含まれているのかもしれない。ワーグナーの音楽には
陶酔して、のめり込んで聞く仕掛けがあふれているので、
やはり中毒症状は危険かも。しかし懲らしめというものは、
度が過ぎると陰湿なものになりうるのであり、喜歌劇には、
少なからずそうした傾向の作品が見られるかもしれない。
舞台の上での世界であり、物語と現実の境界をしっかり
見極めないと。ワーグナーの楽劇は、この世界において、
最も偉大な芸術作品であり、ワグネリアンには宝なのだ。

GFOCD 021-11

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