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2017年8月31日 (木)

リッカルド・ムーティ 19

リッカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団で
ベートーヴェンの交響曲全集を収録順に聞いてきた。
交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱付き」で完結。
チェリル・ステューダー、デロレス・ツィーグラー、
ペーター・ザイフェルト、ジェームス・モリスの独唱、
合唱には、ウェストミンスター・コーラスが参加して、
1988年4月23,25,26日にフィラデルフィアで収録。
ムーティ独特の気合いで張り詰めた空気が素晴らしい。
かなり勢い込んで、突き進んでいく感覚に聞く我々は
すっかり夢中にさせられて、これは好きな演奏である。
しかしどうも気に入らないのが、やはりこの録音だ。
奥行きの感じられない平坦な音で実に損をしている。
速いテンポ設定で歯切れもよく、余韻を置かないが、
スケールは大きく、その後のピリオド奏法とは違って、
仕上がりも雰囲気も全く異なっているのは興味深い。

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2017年8月30日 (水)

クラウディオ・アバド 36

アバドの指揮によるチャイコフスキーの交響曲を聞いたが、
1980年代のシカゴ交響楽団、1990年代のベルリンフィルで、
その前に1970年代の録音もあって、さらには1968年の
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団との第2番もあった。
1968年2月にロンドンのウェンブリー・タウンホールで収録。
アバドはこのとき34歳で、録音としては最初の時期だが、
これを聞いてもチャイコフスキーを得意にしていたであろうと
それに記録を見ると様々な名門オーケストラに次々客演して
実績もあったし、自信もあったに違いない若き日の名演だ。
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団との録音は、この他には
ブラームスの「リナルド」、運命の歌があるそうなのだけど、
やはりその後のアバドといえば、ロンドン交響楽団であろう。
ミラノ・スカラ座での活動もあるけれど、アバドの若い頃の
演奏は聞き漏らしているものもあるので聞いてみたくなる。

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2017年8月29日 (火)

圓朝速記~真景累ヶ淵(四十)

三蔵と與助がお累を見舞う場面である。
何とか妹に新吉と縁を切るように説得する。

與助「…些(ちっ)とお擦(さす)り申しましょう、
おゝおゝ其様(そん)なに痩(やせ)もしねえ」
三蔵「それは己だよ」

與助が病で寝ているお累の体を擦ろうとすると
何とも間抜けである。こういうところが落語らしい。

三蔵は與助に家へ蚊帳を取りに行かせ、
暗がりの中、台所の火打箱を取り出して、
破れ行燈に灯りを入れ、改めてお累の顔を見る。

善々(よくよく)お累の顔を見ると、実に今にも
死のうかと思うほど痩衰えて、見る影は
ありませんから、兄三蔵は驚きまして、

暗闇の中に灯りが入って、ようやく見えた妹の顔が
今にも死ぬばかりの痩せ衰えでこの描写も恐ろしい。

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2017年8月28日 (月)

シャルル・デュトワ 6

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団で
レスピーギのローマの三部作を聞いている。
交響詩「ローマの松」「ローマの祭り」「ローマの噴水」
1982年6月17-25日にモントリオールで収録されている。
デュトワの代名詞ともいえる名盤だとずっと聞いているが、
父が好きで、中学生の頃からいつも聞かされていたので、
1980年代の最初に発売された国内盤も家にあるのだが、
今日はデュトワ・ボックスの6枚目のディスクを出している。
何度、聞いても素晴らしい。まさしく理想の実現で究極だ。
同時期の録音では、ムーティ盤も有名だけど、双璧である。
レスピーギの天才的オーケストレーションで、その効果は
絶大なのだが、暑い夏にスカッとして、気分はもう最高!

DECCA 478 9466

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2017年8月27日 (日)

アルバン・ベルク四重奏団 33

アルバン・ベルク四重奏団の1970年代の録音を
収録順に聞いている。今日はドヴォルザークの作品で
弦楽四重奏曲 第13番 ト長調 作品106 である。
1975年2,3月にウィーンのテルデック・スタジオで収録。
「アメリカ」以外の弦楽四重奏曲はなかなか聞かなくて、
正直にはそんなにわかっているわけではないのだが、
印象として、緻密な演奏を求めながらもその音楽は、
豊かな風景が現れるようにスケール大きく感じられる。
1895年、アメリカからチェコへの帰国後の作品であり、
やはりその独特な雰囲気は魅力的だ。ところどころに
後のヤナーチェクの響きが聞こえるようで興味深い。

Warner 2564 69606-7

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2017年8月26日 (土)

ベルナルト・ハイティンク 26

ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドンフィルによる
ヴォーン・ウィリアムズの交響曲を収録順に聞いている。
ロンドン交響曲(第2番)とタリスの主題による幻想曲
1986年10月8,9日にアビー・ロード・スタジオで収録。
同時期の録音としては、ショスタコーヴィチの交響曲でも
ハイティンクは非常にシンフォニックで鋭い響きによる
精緻な演奏を聞かせていたが、こうした近代の作品で
きびきびと鮮やかな解釈を示し、素晴らしいのである。
実に丁寧な作りで端正にまとめ上げ、誠実な音楽は
深い感動を生む。ヴォーン・ウィリアムズの交響曲も
夏に聞くにはよくて、今日のような蒸し暑さには快適。

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2017年8月25日 (金)

柳家小満ん 夜会

常連さんのお知り合いが、友達が行けなくなったと
誘ってくださり、夕方から小満ん師匠を聞きに
人形町に行ってきた。社会教育会館は久しぶり。

春風亭一花:転失気
柳家小満ん:宮戸川
柳家三三:元犬
柳家小満ん:唐茄子屋政談

後半にネタ出し「唐茄子屋政談」なので、前半は
比較的短めの時間配分だったのかもしれないが、
小満ん師匠の一席目はお馴染みの「宮戸川」で
師匠の十八番、得意ネタというと、プロフィールでは
文楽師匠の「お前は居残りですよ」の言葉による
「居残り佐平次」ということになっているが、たしかに
そうだとは思うけど、でも師匠の寄席の定番でもあり、
やっぱり「宮戸川」が一番なのではないだろうか。
何度聞いても楽しいし、明るく、そして味わい深く。
小網町から霊岸島へ箱崎を通り、出てくる地名も
人形町のこの会場で聞いているとまさにその現地、
噺との一体感は格別だ。半七が機転を利かせて、
帯をほどき、布団を左右に仕切るところも帯を川に
見立てて、それを挟んで、茅場町とどこだったか?
日本橋ネタなのであり、そこはちょっと普段と違い、
今回は何となく人形町バージョンだった気がする。
ゲストは三三さんで「元犬」だが、この噺は前座さんや
真打の噺家さんでも寄席の12分高座でよく聞くが、
馬石さんや菊之丞さんで聞いた印象が強いのだけど、
三三さんは多少、クスグリたくさんというか、工夫して、
しっかりとした本寸法「元犬」に仕上がっていたのだが、
聞いてみるとどうも、その感想は、寄席の12分高座は
よくまとまっていて、一切の無駄がなく、実に面白いなと
改めて思わされた。新しい奉公人(タダシロウ)の登場で
女中のおもとさんも急に「おワン、おワン」と吠えだして、
犬にかえって、「おっかさんに会えました」というのがオチ。
その伏線としては、母犬も自分と同じ全く差し毛のない
真っ白な犬だった、というのが付け加えられていた。
仲入り後は「唐茄子屋政談」である。たっぷり48分。
出てくる人のみんなが徳さんのことを助けてくれるけど、
何が違うのかはよくわからないのだが、師匠で聞くと
すごく人情味があって、たとえ乱暴でも思いが詰まって、
その印象の違いは不思議である。贔屓目かもしれないが、
小満ん師匠の落語のそうした作り方が、私は好きなのだ。
金の切れ目が縁の切れ目で、若旦那は勘当になった途端、
まわりから人が離れていき、自分がモテていたのではなく、
金がモテていたのだと、はじめてそのことに気付いて、
川に身を投げて死のうとするのだけど、偶然通り掛かり、
止めてくれた叔父さんに「助けてください」と口にする。
自然に出た言葉であり、素直な気持ちがあふれ出て、
そこには人が変わって、すっかり改心した徳さんがいた。
誓願寺店で残った二つの唐茄子を気前よく八文で売り、
腹を空かせた子供には弁当を与えて、そこでの徳さんは
もう道楽者の若旦那ではなく、すっかり商人になっており、
徳さんの成長ぶりに感動した。情けは人のためならずで
若旦那自身も勘当が揺れるのだが、身勝手な徳さんが、
人の気持ちを理解できるにまで、立派な人になっていく…
そこが伝わってきたことで、何か普段以上に素晴らしく、
私には格別な「唐茄子屋政談」であった。よかったのだ。

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2017年8月24日 (木)

バイエルン放送交響楽団

マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団で
シベリウスの交響詩「フィンランディア」、「カレリア」組曲、
2015年10月15,16日にミュンヘン・フィルハーモニー
そして後半は、交響曲 第2番 ニ長調 作品43
2015年11月12,13日にミュンヘンのヘルクレスザール
2015/2016シーズンのコンサートからライブ録音である。
シベリウスの広く親しまれている作品が集められており、
名曲鑑賞でつい軽く接してしまうのだが、演奏は優れて、
音楽の核心ともいえる本質的な部分での深い感動により
驚くほど集中して、さすがにヤンソンスは聞かせている。
真っ直ぐに誠実に向き合っているが、音楽は実に豊かで
引き締まった響きが雄弁に語り出すという、反するようで
それを見事に可能にしてしまうヤンソンスは巨匠の芸だ。
といっても力強い勢いが感じられて、情熱がほとばしり、
音楽は少しも歳衰えていない。会場の臨場感も含めて、
素晴らしい録音だ。シベリウスの他の交響曲、交響詩も
バイエルン放送交響楽団のライブでCDに残してほしい。

BR 900144

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2017年8月23日 (水)

ミヒャエル・ギーレン 22

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第4集)から
ドヴォルザークのチェロ協奏曲 ロ短調 作品104
ハインリヒ・シフの独奏と南西ドイツ放送交響楽団で
1992年3月15日にフランクフルトのアルテ・オーパー。
オーケストラ部分は、ギーレンの研き抜かれた音で
非常に締まった音楽が実に美しい仕上がりなのだが、
独奏が入ってくるとハインリヒ・シフの雄弁な演奏で
また違った印象ながらすっかり引き込まれてしまう。
方向性はあまり一致していないようにも思うのだが、
そんなことはどうでもよくなってしまう深い感動がある。
それにしてもやはりギーレンは、ドライに切り込み鋭く、
しかしドヴォルザークの清々しさには、それがいい。
全体に無駄なく速いテンポは、ギーレン・スタイル。

SWR>>music CD-No.SWR19028CD

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2017年8月22日 (火)

シャルル・デュトワ 5

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団で
ファリャのバレエ音楽「三角帽子」「恋は魔術師」
ユゲット・トゥランジョーのメゾ・ソプラノ(恋は魔術師)で
1981年7月9-17日にモントリオールで収録されている。
スペイン情緒、香り立つような雰囲気に実に気分がよくて、
デュトワのセンスのよさには、惚れ込んでしまうのだが、
その演奏はこの上なく精妙であり、音色の冴えは圧倒的。
緻密に徹底して厳しく音楽を突き詰めていそうでありながら、
その仕上がりは豊かで、いきいきとリズムが躍動している。
なんて素晴らしいのだろう。これはもう楽しくて仕方がない。
ファリャの音楽の色彩、その情景が描き出す強い生命力は、
ドビュッシーやラヴェルなどにも大きな影響を与えている。

DECCA 478 9466

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2017年8月21日 (月)

アリシア・デ・ラローチャ 5

アリシア・デ・ラローチャでアルベニスの「イベリア」、
昨日に続き、第4集「マラガ」「へレス」「エリターニャ」
ナバーラ、スペインの歌で「前奏曲」「オリエンタル」
「やしの木陰」「コルドバ」「セギディーリャ」の5曲である。
1973年1月にロンドンのキングズウェイ・ホールで収録。
「マラガ」は、マラゲーニャを生んだ地中海に面する港町、
「へレス」は、フラメンコで有名なスペイン南部の町、
「エリターニャ」は、セビーリャ城門にあるオーベルジュ、
地名や施設の名前が付けられていると説明にはある。
この「イベリア」は、アムランも挑む超絶技巧の作品で
難曲として知られているが、情緒あふれる独特の風景、
親しみの空気でそうした難解さを感じさせない。これは、
演奏者にとっては何とも損なことのようにも思えるけれど、
実に魅力的な曲集である。そして続く「ナバーラ」だが、
この曲は「イベリア」とセットになることが多いのだけど、
ピレネーの西に位置する同じく地名らしい。アルベニスは
完成させることができずにこの世を去って、セヴラックが
補筆完成させている。ルービンシュタインもアンコールで
よく演奏していたか、録音が残っていて聞いたことがある。

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2017年8月20日 (日)

アリシア・デ・ラローチャ 4

アリシア・デ・ラローチャでアルベニスの「イベリア」、
第1集「エボカシオン」「港」「セビーリャの聖体祭」
第2集「ロンデーニャ」「アルメリア」「トリアーナ」
第3集「アルバイシン」「ポーロ」「ラバピエス」
1973年1月にロンドンのキングズウェイ・ホールで収録。
続きは明日で、各曲の題名を改めて整理してみたが、
スペイン語は全く想像もつかない。エボカシオンは有名で
「喚起」というのをよく見かけるけれど、スペインのリズム、
舞曲で作曲されているので、そういった題名かと思ったら
主に地名、地方の名前を意味しているらしい。その中で
「ポーロ」というのは、アンダルシアの舞曲の名前であり、
トリアーナはセビーリャの一画、アルバイシンはグラナダ、
ラバピエスはマドリッドとそれぞれ地区の名前であるという。
音楽はその地の舞曲やフラメンコに触発されたリズムで
作曲されている。どこかスペインを旅している気分である。
こういうふうに調べてみるのもアルベニスの「イベリア」は
傑作として有名だが、きちんと聞いたことがなかったので
ここでよく勉強して、聞き込んで覚えてしまう。という機会。

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2017年8月19日 (土)

アルバン・ベルク四重奏団 32

アルバン・ベルク四重奏団の1970年代の録音を
収録順に聞いている。今日はシューベルトの作品で
弦楽四重奏曲 第13番 イ短調 D.804「ロザムンデ」
弦楽四重奏曲 第9番 ト短調 D.173の2曲である。
1974年10月にウィーンのテルデック・スタジオで収録。
いかにも若々しい演奏で新鮮な感覚で表現する繊細で
瑞々しい音楽が素晴らしい。スッキリとした音作りは、
辛口な表情を生み出し、新しい方向性を示しているが、
音色は明るく、血の通った温度感には親しみも覚える。
直線的な表現で後の演奏にある踏み込んだ深まりは
あまり感じられないが、この時代はこれがいいのだ!

Warner 2564 69606-7

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2017年8月18日 (金)

マルク・アンドレ・アムラン 9

マルク・アンドレ・アムランでシマノフスキのマズルカ集
20のマズルカ 作品50、ロマンティックなワルツ、
4つのポーランド舞曲、2つのマズルカ 作品62
2002年8月28,29日にヘンリー・ウッド・ホールで収録。
シマノフスキのマズルカもルービンシュタインが好んで、
そこでは抜粋の演奏しか聞いたことがなかったのだが、
十数年前になるけれど、アムランの全曲演奏が出て、
ついにその全貌がわかると喜んで買ってきたのである。
久々に出してみたが、やはり素晴らしい。夏の夜にいい。
アムランの演奏って、いつも神業的な鮮やかさであり、
作品と格闘しているような熱気が聞こえないのだけど、
しかしそれは知れば知るほどに精妙なコントロールで、
アムランでなければ描けない世界だ。今回も究極的!

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2017年8月17日 (木)

レナード・スラットキン 1

レナード・スラットキンの指揮でホルストの「惑星」を聞いている。
演奏はフィルハーモニア管弦楽団とニュー・ロンドン少年合唱団
1996年4月にウォルサムストウ・アセンブリー・ホールで収録。
この夏は、フィルハーモニア管弦楽団の「惑星」を聞いているが、
1994年のガーディナー盤に続いて、わずか二年後の録音で
この続いているのは不思議な感じ。発売の時期はずれたかも。
昔は業界のルールで5年ずらすというのがいわれていたが、
それはいいとして、スラットキンは聞かせ上手の「惑星」であり、
角張ったところはどこにもなくて、バランス感覚に優れた演奏。
無理なく快適な音が鳴り出し、まさに理想の響きではないかと。
親しみやすさが先行しているので、英国の指揮者が引き出す、
自国の作曲家への敬意や作品への誇りとは少し違うかも。
最後の「海王星」で女声コーラスでなく、少年合唱団なのは、
はじめて聞いたが、あまり違いはなく、つい聞き流してしまう。

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2017年8月16日 (水)

ミヒャエル・ギーレン 21

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第4集)から
南西ドイツ放送交響楽団の演奏によるワーグナーで
楽劇「トリスタンとイゾルデ」から前奏曲と愛の死
1989年9月1日にハンス・ロスバウト・スタジオで収録。
長い時間の中で重なり引きつがれていく音の連なりを
ギーレンは明瞭に整理して、スッキリとクリアな進行は
独特な空間を生み出しているが、巨大になり過ぎずに
しかし深まりと雄大さを感じさせるのは、見事である。
特に後半の愛の死に向かって、解放されていく音響は
聞いている人を陶酔させて、ひたすら感動的である。
この第4集では、1990年の「マイスタージンガー」、
1992年の「ローエングリン」とそれぞれ前奏曲が、
収録されているが、他の録音って、ないのだろうか。
「パルジファル」などはありそうな気がするのだけど。

SWR>>music CD-No.SWR19028CD

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2017年8月15日 (火)

バイエルン放送交響楽団

マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団で
シベリウスの交響曲 第1番 ホ短調(2004.4.22,23)
ブリテンの青少年のための管弦楽入門(2003.10.22-24)
ウェーベルンの牧歌「夏風の中で」(2004.6.23-25)
2003/2004シーズンのライブで交響曲はヘルクレスザール、
ブリテンとウェーベルンは、ミュンヘン・フィルハーモニー。
夏なので、今年も爽やかなシベリウスを聞いているが、
バイエルン放送交響楽団とのライブ録音で聞けるのは、
この第1番と2015年の第2番だ。シンフォニックな響きで
集中力の漲った力強い展開に大興奮だが、明るい音色で
冷たい感触のシベリウスではなく、美しい仕上がりを堪能。
でもどうだろうか、かなり気合いが入って積極的な表現で
今日のヤンソンスの方が、より自然な音作りかも?という
そんな気もしてくる。この積極性も大いに魅力ではある。
夏の空気がさらに気持ちのいい「夏風の中で」も最高だ!

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2017年8月14日 (月)

ベルナルト・ハイティンク 25

ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドンフィルによる
ヴォーン・ウィリアムズの交響曲を収録順に聞いていく。
南極交響曲(交響曲 第7番)からのスタートであり、
1984年11月28,29日にアビー・ロード・スタジオで収録。
映画のための音楽を交響曲としてまとめられた作品だが、
標題音楽というか、映像的効果はやはり魅力なのであり、
細部にまでリアルな感触で、生々しい響きは感動的だ。
録音はあまりよくない印象ではあるのだけど、この明瞭で
実に冴えた表現、音楽の力強さがこちらに語りかけてきて、
あまりにも素晴らしいのである。南極交響曲は大好きだ。
といってもそれほど聞いているわけではないのだけれど、
この南極の冷たさ、厳しさ、夏に聞くのにぴったりである。
未知なるものへの憧れ、神秘性が見事に表現されている。

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2017年8月13日 (日)

横浜の風景から 518

夏の暑いうちは、歩くのは控えているのだが、
さすがにここしばらくの運動不足が気になって、
久しぶりに晴の予報の日曜日で出掛けてきた。

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いつもと変わらぬ境川の周辺を歩いているが、
ゆめが丘の駅から泉区下飯田町の左馬神社へ。

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渡戸橋近くの水田の風景。

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渡戸橋にて境川の下流方向を見る。

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今田の境川遊水地だが、この頃の雨の多さで
水位が上がっているような気がするのだけど。

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境川遊水地公園と天王森泉公園の間にある水田。

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2017年8月12日 (土)

セシル・リカド 1

セシル・リカドがアバドと協演したラフマニノフのピアノ協奏曲、
パガニーニの主題による狂詩曲とピアノ協奏曲 第2番で
クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団との協演である。
1983年2月12,14日にシカゴのオーケストラ・ホールで収録。
先日はリーリャ・ジルベルシュタインのラフマニノフを聞いたが、
アバドの8年前の録音というのが、セシル・リカドとのCDで
急に興味が湧いて聞いてみたのだが、こちらもかなりいい。
アバドは後年、精妙な音作りを追及し、引き締まった演奏で
理想の響きを完成させていったが、この1983年の演奏では
驚くほど豊かな音色が鳴り出して、細部の動きも冴えわたり、
音楽がいきいきと躍動している。ショルティ時代のシカゴだが、
徹底して機能美のオーケストラから深みある音を引き出して、
音楽に厚みが感じられ、これは想像以上の素晴らしさだ。
セシル・リカドは、1980年代には活躍して、よく名前を見たし、
この辺のCDが評価を高めたのだろう。鮮やかなテクニックで
細部にまで明瞭なこの平衡感は実に魅力的。説得力がある。
カーティス音楽院で学び、ルドルフ・ゼルキンの弟子とある。
この時期のアバドとゼルキンは、モーツァルトで協演していた。

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2017年8月11日 (金)

クリストフ・エッシェンバッハ 11

クリストフ・エッシェンバッハ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団で
マーラーの交響曲 第1番 ニ長調「巨人」を聞いている。
そして後半では、クリスティーネ・シェーファーの独唱により
リュッケルトの詩による5つの歌曲が歌われており、
2008年11月22-26日にベルリン放送大ホールで収録。
エッシェンバッハならではの丁寧に作り込まれた表現だが、
思った以上に爽やかな響きで、清々しい仕上がりであり、
2000年頃の演奏に比べるとかなり洗練されて、研かれて、
目指す方向にも変化が見られたのかも。いかにも重く、
濃厚に描かれていた演奏が懐かしいのだが、自然体で
緩急の自由度が高まり、しかもバランス感覚に優れている
この完成度は、隅々にまでの強いこだわりが感じられる。
しかしこの録音からも早いもので9年が経過しており、
現在のエッシェンバッハはどうなっているのだろうか?
というのは、気になってならない。ハンブルクの新しい
エルプ・フィルハーモニーで、ぜひCDを制作してほしい。

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2017年8月10日 (木)

8月10日の感想

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連休に入る前に父の墓参りに行ってきた。
予想に反して、雨が降ったり、やんだりの一日で
遠くに見える山がこんなに霞んでいるのは驚き。
基本的には、いつも晴れている日に来ていたので。
しかし涼しくて、助かった。しばらくこんな天気らしい。

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2017年8月 9日 (水)

バイエルン放送交響楽団

マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団で
ストラヴィンスキーの「火の鳥」組曲(1919年版)
シチェドリンのピアノ協奏曲 第5番(1999)
ピアノ独奏は、デニス・マツーエフである。
2004年12月9,10日にミュンヘン・フィルハーモニー。
ストラヴィンスキーは明るい音色で圧倒的な透明感。
洗練された仕上がりで不思議なぐらいの爽やかさだ。
やはり全曲版で聞きたい。「春の祭典」もだけれど、
バイエルン放送交響楽団でそろそろ取り上げそう。
シチェドリンのピアノ協奏曲、こちらがお目当てである。
マツーエフはこの第5番をゲルギエフとも録音している。
1999年の作品を2004年のライブ録音であるのだから、
最初の頃の演奏ともいえようか。後のマリインスキーでは、
2009年12月の録音で、ちょうど5年後ということになる。
シチェドリンの作品には興味があって、実に多彩であり、
ここでは、初期のハッキリとしたわかりやすさはないが、
前衛的な方向へは進まずに深い響きの音楽に感動。
フィナーレは過激な作風が全開でそちらも大興奮!

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2017年8月 8日 (火)

柳家小さん 「船徳」

夏の噺を聞きたくて、五代目小さん師匠の
「ちりとてちん」と「船徳」を今日は聞いている。
落語研究会で昭和59年から60年の高座である。
小さん師匠の他の録音でこれらの噺は聞いてきたが、
落語研究会ならば本寸法だろうと改めて聞いてみると
今日の柳家の噺家さんたちが演っている「船徳」は、
基本的にみな、小さん師匠の型だと思うのだけど、
少し違いがあって、女中さんが河岸の若い衆を呼んで、
親方の小言だろうと「何をやった」「何をやった」って
事前に白状してから親方の前に出るのだが、そこがない。
いろいろ罪状を報告して、「ちっとも知らなかった」となる。
四万六千日、徳さんが客を乗せ、はじめて船を出すと
「おじさ~ん!」「徳さん、一人かい?大丈夫かい?」
このおじさんは、「竹屋のおじさん」で出てくることも
多いと思うのだが、小さん師匠は「竹屋」はなかった。
大川(隅田川)の「竹屋の渡し」「竹屋河岸」のことだと
山谷堀と向島を結ぶ渡しである。「竹屋のおじさん」は、
黒門町の文楽師匠が若いときに音曲師の噺家が、
時間をつなぐのに「船徳」を演じているのを聞いて、
そこで「竹屋のおじさ~ん」が出て、あまりによくて、
文楽師匠も入れるようになった…と、小満ん師匠に
お聞きしたことがある。「船徳」では、観音様に参詣で
蔵前通りの混雑、暑い最中、埃っぽいのを避けたいと
柳橋の船宿から山谷堀まで船で移動しようとしている。

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2017年8月 7日 (月)

リーリャ・ジルベルシュタイン 1

リーリャ・ジルベルシュタインでラフマニノフのピアノ協奏曲
第2番 ハ短調 作品18と第3番 ニ短調 作品30で
クラウディオ・アバド指揮ベルリンフィルとの協演である。
第2番が1991年11月にベルリン・シャウシュピールハウス、
第3番が1993年9月にベルリン・フィルハーモニーで収録。
アバドの指揮とベルリンフィルの断然素晴らしい渋い音色に
夢中になってしまうのだが、夏の夜にラフマニノフは最高だ。
この頃、売出し中だった若き日のジルベルシュタインであり、
音楽をスッキリと明瞭に聞かせる美しい音色が魅力的で
鮮やかなテクニックが冴えわたる。しかしそれがゆえに…
どうも深みに欠けるのは残念で、全体に洗練された印象か。
アバドは、ラザール・ベルマンとの第3番の名盤があり、
1983年には、セシル・リカドと第2番を録音しているが、
こちらの方が完成度は高いと思うけど、その1983年、
セシル・リカドの演奏は聞いたことがないので、これを聞くと
俄然、興味が湧いてくる。そして後のユジャ・ワンとの録音だ。

DG 439 930-2

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2017年8月 6日 (日)

アリシア・デ・ラローチャ 3

アリシア・デ・ラローチャのピアノでグラナドスの作品。
ロマンティックな情景、スケッチ集、若き日の物語
1994年3,7月にニューヨークで収録されている。
ラローチャはRCAで1990年に組曲「ゴイェスカス」、
1994年にスペイン舞曲集を再録音しているが、
比較的珍しい作品を集めて、もう一枚制作していた。
ロマンティックな情景は1983年の録音も存在する。
グラナドスの若いときの作品かと思ったら、そうでもなく、
30代から40代の作品で「ゴイェスカス」の少し前の辺り。
グラナドスはニューヨーク滞在からスペインへの帰路で
乗船した英国船がドイツ軍の攻撃を受け、英仏海峡で
犠牲となって、亡くなっている。そのとき48歳であり、
「若き日の物語」も30代半ばの作品ではあるのだが、
文字通り、昔の想い出を集めた曲集なのであろう。

CDR913

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2017年8月 5日 (土)

シャルル・デュトワ 4

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団で
ラヴェルの管弦楽作品を収録順に聞いてきたが、
バレエ「マ・メール・ロワ」、亡き王女のためのパヴァーヌ、
組曲「クープランの墓」、高雅にして感傷的なワルツ
1983年5月12-14日にモントリオールで収録されている。
凛とした清々しさがあり、やはりデュトワのラヴェルは最高。
精妙なコントロールが生み出す響きであり、かなり緻密に
丁寧に音を扱っているけれど、そういった堅苦しさはない。
独特のシャープな感覚が伝わってくるので、1980年代の
この頃には新しい時代を感じさせる演奏であったかも。
30年が経過して、現在ではそれが普遍的存在として、
広く愛されているのであり、決定盤の地位は揺るがない。
しかしだとしてもずっと再録音していないのは不思議だ。

DECCA 478 9466

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2017年8月 4日 (金)

リッカルド・ムーティ 18

リッカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団で
ベートーヴェンの交響曲全集を収録順に聞いている。
今日は、交響曲 第7番とレオノーレ序曲 第3番で
1988年2月にフィラデルフィアで収録されている。
交響曲は速いテンポでためらいなく突き進むところは
いかにもムーティらしくもあり、気合いが伝わってきて、
そこは魅力なのだが、やはりどうも単調で物足りない。
この感じで奥行きのある深い響きが聞こえてきたら、
それは無敵な演奏になると思うのだけど、その後の
30年で現在のムーティならば、断然違うと思われる。
レオノーレ序曲はさらに普通なのであり、ところどころ
決まっている表現も見られるが、しかしそこだけが
浮いてしまうとどうも逆効果である。この全集が当時、
評価を得られなかったのは、いま改めて聞き直すと
ハッキリと見えてくることもあって、その辺は残念だ。

EMI 0 97946 2

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2017年8月 3日 (木)

バイロイト音楽祭2008

バイロイト音楽祭2008の「ニーベルングの指環」より
楽劇「神々の黄昏」から第3幕を聞いている。
指揮は、クリスティアン・ティーレマンである。
2008年7,8月にバイロイト祝祭劇場で収録されている。
いよいよ2008年の「ニーベルングの指環」もこれで完結、
長い物語も聞きはじめるとあっという間の印象もある。
2006年以降、「指環」はティーレマンの指揮でばかり
ずっと聞いてきているので、耳が完全に慣れてしまって、
他の演奏で聞いたらどうなってしまうのか…というのは、
甚だ心配で、もちろんそれぞれに感動はあるのだが、
ルドルフ・ケンペ指揮の1961年の録音が出ていて、
値段との相談で手に入れて、聞きたいと思っている。
それはいいとして、ハーゲンの復讐によって、背中に
槍を付き立てられたジークフリートが、甦る記憶の中で
すべてを悔いて死んでいく場面は、やはり感動的だ。
どこか軽薄な存在に落ちぶれていたジークフリートが、
最後に英雄の清々しさを取り戻している。その辺りが
音楽にもステファン・グールドの歌からも伝わってきて、
とにかく素晴らしい。やはりバイロイトの指環は格別だ。
ライブ特有の熱気はあるけれど、圧倒的な完成度で
不思議なぐらいの密度にひたすら引き込まれてしまう。

OPUS ARTE OA CD9000B D

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2017年8月 2日 (水)

バイロイト音楽祭2008

バイロイト音楽祭2008の「ニーベルングの指環」より
楽劇「神々の黄昏」から第2幕を聞いている。
指揮は、クリスティアン・ティーレマンである。
2008年7,8月にバイロイト祝祭劇場で収録されている。
アルベリヒがハーゲンの夢枕に立つ冒頭の第1場が
何とも不気味で私は好きなのだが、そのハーゲンが、
再び登場する第3場でもやはり音の色合いが変化して、
これはニーベルングの呪いに彩られてのことであろう。
ハーゲンは復讐のためにその使命を一人で背負って、
強烈な存在感だ。英雄ジークフリートが記憶を失って、
役に切れがなくなってくるとハーゲンが引き立ってくる。
宿敵といった位置付けだけど、「神々の黄昏」において
最重要な役柄だ。ジークフリートの裏切りを仄めかし、
ブリュンヒルデも取り込んで、後半の三重唱は迫力。
その緊迫は頂点に達し、感動的だが、悲劇の響き。

OPUS ARTE OA CD9000B D

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2017年8月 1日 (火)

バイロイト音楽祭2008

バイロイト音楽祭2008の「ニーベルングの指環」より
楽劇「神々の黄昏」から序幕と第1幕を聞いている。
指揮は、クリスティアン・ティーレマンである。
2008年7,8月にバイロイト祝祭劇場で収録されている。
今日からいよいよ「神々の黄昏」だ。指環も後半である。
音楽があまりにも素晴らしい序幕ももちろんいいのだが、
場面は変わって、少々地味な印象の第1幕へと進んで、
しかしここが、やはり聞けば聞くほどに面白いのである。
ターザンではないが、社会と隔絶されたであろう森の中で
ミーメとしか接点のない暮らしをしてきたジークフリートが
ギービヒ家を訪ね、グンターやハーゲンと立派に接して、
その成長は驚くべきもので、「ジークフリート」において
粗暴な少年だったのが、ここでは真の英雄なのである。
第3場では冷静な判断のできないブリュンヒルデがおり、
第2幕では、裏切りへの怒りと復讐心で錯乱していくが、
ワルキューレとしての地位を失って、その迷いや過ちが
いかにも人間であることの証を表しているのである。
ブリュンヒルデの心の動きが反映される濃密な音楽は、
感動的なのであり、序幕と第1幕で実に長いのだけど、
そこは一気に聞かされてしまう。グンターの姿になった
ジークフリートの登場とブリュンヒルデの落胆であり、
その心理的な効果で、この第1幕の後半は最高だ。

OPUS ARTE OA CD9000B D

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