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2017年8月22日 (火)

シャルル・デュトワ 5

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団で
ファリャのバレエ音楽「三角帽子」「恋は魔術師」
ユゲット・トゥランジョーのメゾ・ソプラノ(恋は魔術師)で
1981年7月9-17日にモントリオールで収録されている。
スペイン情緒、香り立つような雰囲気に実に気分がよくて、
デュトワのセンスのよさには、惚れ込んでしまうのだが、
その演奏はこの上なく精妙であり、音色の冴えは圧倒的。
緻密に徹底して厳しく音楽を突き詰めていそうでありながら、
その仕上がりは豊かで、いきいきとリズムが躍動している。
なんて素晴らしいのだろう。これはもう楽しくて仕方がない。
ファリャの音楽の色彩、その情景が描き出す強い生命力は、
ドビュッシーやラヴェルなどにも大きな影響を与えている。

DECCA 478 9466

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2017年8月21日 (月)

アリシア・デ・ラローチャ 5

アリシア・デ・ラローチャでアルベニスの「イベリア」、
昨日に続き、第4集「マラガ」「へレス」「エリターニャ」
ナバーラ、スペインの歌で「前奏曲」「オリエンタル」
「やしの木陰」「コルドバ」「セギディーリャ」の5曲である。
1973年1月にロンドンのキングズウェイ・ホールで収録。
「マラガ」は、マラゲーニャを生んだ地中海に面する港町、
「へレス」は、フラメンコで有名なスペイン南部の町、
「エリターニャ」は、セビーリャ城門にあるオーベルジュ、
地名や施設の名前が付けられていると説明にはある。
この「イベリア」は、アムランも挑む超絶技巧の作品で
難曲として知られているが、情緒あふれる独特の風景、
親しみの空気でそうした難解さを感じさせない。これは、
演奏者にとっては何とも損なことのようにも思えるけれど、
実に魅力的な曲集である。そして続く「ナバーラ」だが、
この曲は「イベリア」とセットになることが多いのだけど、
ピレネーの西に位置する同じく地名らしい。アルベニスは
完成させることができずにこの世を去って、セヴラックが
補筆完成させている。ルービンシュタインもアンコールで
よく演奏していたか、録音が残っていて聞いたことがある。

CDR916/917

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2017年8月20日 (日)

アリシア・デ・ラローチャ 4

アリシア・デ・ラローチャでアルベニスの「イベリア」、
第1集「エボカシオン」「港」「セビーリャの聖体祭」
第2集「ロンデーニャ」「アルメリア」「トリアーナ」
第3集「アルバイシン」「ポーロ」「ラバピエス」
1973年1月にロンドンのキングズウェイ・ホールで収録。
続きは明日で、各曲の題名を改めて整理してみたが、
スペイン語は全く想像もつかない。エボカシオンは有名で
「喚起」というのをよく見かけるけれど、スペインのリズム、
舞曲で作曲されているので、そういった題名かと思ったら
主に地名、地方の名前を意味しているらしい。その中で
「ポーロ」というのは、アンダルシアの舞曲の名前であり、
トリアーナはセビーリャの一画、アルバイシンはグラナダ、
ラバピエスはマドリッドとそれぞれ地区の名前であるという。
音楽はその地の舞曲やフラメンコに触発されたリズムで
作曲されている。どこかスペインを旅している気分である。
こういうふうに調べてみるのもアルベニスの「イベリア」は
傑作として有名だが、きちんと聞いたことがなかったので
ここでよく勉強して、聞き込んで覚えてしまう。という機会。

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2017年8月19日 (土)

アルバン・ベルク四重奏団 32

アルバン・ベルク四重奏団の1970年代の録音を
収録順に聞いている。今日はシューベルトの作品で
弦楽四重奏曲 第13番 イ短調 D.804「ロザムンデ」
弦楽四重奏曲 第9番 ト短調 D.173の2曲である。
1974年10月にウィーンのテルデック・スタジオで収録。
いかにも若々しい演奏で新鮮な感覚で表現する繊細で
瑞々しい音楽が素晴らしい。スッキリとした音作りは、
辛口な表情を生み出し、新しい方向性を示しているが、
音色は明るく、血の通った温度感には親しみも覚える。
直線的な表現で後の演奏にある踏み込んだ深まりは
あまり感じられないが、この時代はこれがいいのだ!

Warner 2564 69606-7

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2017年8月18日 (金)

マルク・アンドレ・アムラン 9

マルク・アンドレ・アムランでシマノフスキのマズルカ集
20のマズルカ 作品50、ロマンティックなワルツ、
4つのポーランド舞曲、2つのマズルカ 作品62
2002年8月28,29日にヘンリー・ウッド・ホールで収録。
シマノフスキのマズルカもルービンシュタインが好んで、
そこでは抜粋の演奏しか聞いたことがなかったのだが、
十数年前になるけれど、アムランの全曲演奏が出て、
ついにその全貌がわかると喜んで買ってきたのである。
久々に出してみたが、やはり素晴らしい。夏の夜にいい。
アムランの演奏って、いつも神業的な鮮やかさであり、
作品と格闘しているような熱気が聞こえないのだけど、
しかしそれは知れば知るほどに精妙なコントロールで、
アムランでなければ描けない世界だ。今回も究極的!

hyperion CDA67399

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2017年8月17日 (木)

レナード・スラットキン 1

レナード・スラットキンの指揮でホルストの「惑星」を聞いている。
演奏はフィルハーモニア管弦楽団とニュー・ロンドン少年合唱団
1996年4月にウォルサムストウ・アセンブリー・ホールで収録。
この夏は、フィルハーモニア管弦楽団の「惑星」を聞いているが、
1994年のガーディナー盤に続いて、わずか二年後の録音で
この続いているのは不思議な感じ。発売の時期はずれたかも。
昔は業界のルールで5年ずらすというのがいわれていたが、
それはいいとして、スラットキンは聞かせ上手の「惑星」であり、
角張ったところはどこにもなくて、バランス感覚に優れた演奏。
無理なく快適な音が鳴り出し、まさに理想の響きではないかと。
親しみやすさが先行しているので、英国の指揮者が引き出す、
自国の作曲家への敬意や作品への誇りとは少し違うかも。
最後の「海王星」で女声コーラスでなく、少年合唱団なのは、
はじめて聞いたが、あまり違いはなく、つい聞き流してしまう。

CDR915

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2017年8月16日 (水)

ミヒャエル・ギーレン 21

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第4集)から
南西ドイツ放送交響楽団の演奏によるワーグナーで
楽劇「トリスタンとイゾルデ」から前奏曲と愛の死
1989年9月1日にハンス・ロスバウト・スタジオで収録。
長い時間の中で重なり引きつがれていく音の連なりを
ギーレンは明瞭に整理して、スッキリとクリアな進行は
独特な空間を生み出しているが、巨大になり過ぎずに
しかし深まりと雄大さを感じさせるのは、見事である。
特に後半の愛の死に向かって、解放されていく音響は
聞いている人を陶酔させて、ひたすら感動的である。
この第4集では、1990年の「マイスタージンガー」、
1992年の「ローエングリン」とそれぞれ前奏曲が、
収録されているが、他の録音って、ないのだろうか。
「パルジファル」などはありそうな気がするのだけど。

SWR>>music CD-No.SWR19028CD

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2017年8月15日 (火)

バイエルン放送交響楽団

マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団で
シベリウスの交響曲 第1番 ホ短調(2004.4.22,23)
ブリテンの青少年のための管弦楽入門(2003.10.22-24)
ウェーベルンの牧歌「夏風の中で」(2004.6.23-25)
2003/2004シーズンのライブで交響曲はヘルクレスザール、
ブリテンとウェーベルンは、ミュンヘン・フィルハーモニー。
夏なので、今年も爽やかなシベリウスを聞いているが、
バイエルン放送交響楽団とのライブ録音で聞けるのは、
この第1番と2015年の第2番だ。シンフォニックな響きで
集中力の漲った力強い展開に大興奮だが、明るい音色で
冷たい感触のシベリウスではなく、美しい仕上がりを堪能。
でもどうだろうか、かなり気合いが入って積極的な表現で
今日のヤンソンスの方が、より自然な音作りかも?という
そんな気もしてくる。この積極性も大いに魅力ではある。
夏の空気がさらに気持ちのいい「夏風の中で」も最高だ!

SONY SK93538

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2017年8月14日 (月)

ベルナルト・ハイティンク 25

ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドンフィルによる
ヴォーン・ウィリアムズの交響曲を収録順に聞いていく。
南極交響曲(交響曲 第7番)からのスタートであり、
1984年11月28,29日にアビー・ロード・スタジオで収録。
映画のための音楽を交響曲としてまとめられた作品だが、
標題音楽というか、映像的効果はやはり魅力なのであり、
細部にまでリアルな感触で、生々しい響きは感動的だ。
録音はあまりよくない印象ではあるのだけど、この明瞭で
実に冴えた表現、音楽の力強さがこちらに語りかけてきて、
あまりにも素晴らしいのである。南極交響曲は大好きだ。
といってもそれほど聞いているわけではないのだけれど、
この南極の冷たさ、厳しさ、夏に聞くのにぴったりである。
未知なるものへの憧れ、神秘性が見事に表現されている。

WARNER 9 84759 2

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2017年8月13日 (日)

横浜の風景から 518

夏の暑いうちは、歩くのは控えているのだが、
さすがにここしばらくの運動不足が気になって、
久しぶりに晴の予報の日曜日で出掛けてきた。

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いつもと変わらぬ境川の周辺を歩いているが、
ゆめが丘の駅から泉区下飯田町の左馬神社へ。

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渡戸橋近くの水田の風景。

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渡戸橋にて境川の下流方向を見る。

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今田の境川遊水地だが、この頃の雨の多さで
水位が上がっているような気がするのだけど。

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境川遊水地公園と天王森泉公園の間にある水田。

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2017年8月12日 (土)

セシル・リカド 1

セシル・リカドがアバドと協演したラフマニノフのピアノ協奏曲、
パガニーニの主題による狂詩曲とピアノ協奏曲 第2番で
クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団との協演である。
1983年2月12,14日にシカゴのオーケストラ・ホールで収録。
先日はリーリャ・ジルベルシュタインのラフマニノフを聞いたが、
アバドの8年前の録音というのが、セシル・リカドとのCDで
急に興味が湧いて聞いてみたのだが、こちらもかなりいい。
アバドは後年、精妙な音作りを追及し、引き締まった演奏で
理想の響きを完成させていったが、この1983年の演奏では
驚くほど豊かな音色が鳴り出して、細部の動きも冴えわたり、
音楽がいきいきと躍動している。ショルティ時代のシカゴだが、
徹底して機能美のオーケストラから深みある音を引き出して、
音楽に厚みが感じられ、これは想像以上の素晴らしさだ。
セシル・リカドは、1980年代には活躍して、よく名前を見たし、
この辺のCDが評価を高めたのだろう。鮮やかなテクニックで
細部にまで明瞭なこの平衡感は実に魅力的。説得力がある。
カーティス音楽院で学び、ルドルフ・ゼルキンの弟子とある。
この時期のアバドとゼルキンは、モーツァルトで協演していた。

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2017年8月11日 (金)

クリストフ・エッシェンバッハ 11

クリストフ・エッシェンバッハ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団で
マーラーの交響曲 第1番 ニ長調「巨人」を聞いている。
そして後半では、クリスティーネ・シェーファーの独唱により
リュッケルトの詩による5つの歌曲が歌われており、
2008年11月22-26日にベルリン放送大ホールで収録。
エッシェンバッハならではの丁寧に作り込まれた表現だが、
思った以上に爽やかな響きで、清々しい仕上がりであり、
2000年頃の演奏に比べるとかなり洗練されて、研かれて、
目指す方向にも変化が見られたのかも。いかにも重く、
濃厚に描かれていた演奏が懐かしいのだが、自然体で
緩急の自由度が高まり、しかもバランス感覚に優れている
この完成度は、隅々にまでの強いこだわりが感じられる。
しかしこの録音からも早いもので9年が経過しており、
現在のエッシェンバッハはどうなっているのだろうか?
というのは、気になってならない。ハンブルクの新しい
エルプ・フィルハーモニーで、ぜひCDを制作してほしい。

CAPRICCIO 5026

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2017年8月10日 (木)

8月10日の感想

20170810

連休に入る前に父の墓参りに行ってきた。
予想に反して、雨が降ったり、やんだりの一日で
遠くに見える山がこんなに霞んでいるのは驚き。
基本的には、いつも晴れている日に来ていたので。
しかし涼しくて、助かった。しばらくこんな天気らしい。

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2017年8月 9日 (水)

バイエルン放送交響楽団

マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団で
ストラヴィンスキーの「火の鳥」組曲(1919年版)
シチェドリンのピアノ協奏曲 第5番(1999)
ピアノ独奏は、デニス・マツーエフである。
2004年12月9,10日にミュンヘン・フィルハーモニー。
ストラヴィンスキーは明るい音色で圧倒的な透明感。
洗練された仕上がりで不思議なぐらいの爽やかさだ。
やはり全曲版で聞きたい。「春の祭典」もだけれど、
バイエルン放送交響楽団でそろそろ取り上げそう。
シチェドリンのピアノ協奏曲、こちらがお目当てである。
マツーエフはこの第5番をゲルギエフとも録音している。
1999年の作品を2004年のライブ録音であるのだから、
最初の頃の演奏ともいえようか。後のマリインスキーでは、
2009年12月の録音で、ちょうど5年後ということになる。
シチェドリンの作品には興味があって、実に多彩であり、
ここでは、初期のハッキリとしたわかりやすさはないが、
前衛的な方向へは進まずに深い響きの音楽に感動。
フィナーレは過激な作風が全開でそちらも大興奮!

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2017年8月 8日 (火)

柳家小さん 「船徳」

夏の噺を聞きたくて、五代目小さん師匠の
「ちりとてちん」と「船徳」を今日は聞いている。
落語研究会で昭和59年から60年の高座である。
小さん師匠の他の録音でこれらの噺は聞いてきたが、
落語研究会ならば本寸法だろうと改めて聞いてみると
今日の柳家の噺家さんたちが演っている「船徳」は、
基本的にみな、小さん師匠の型だと思うのだけど、
少し違いがあって、女中さんが河岸の若い衆を呼んで、
親方の小言だろうと「何をやった」「何をやった」って
事前に白状してから親方の前に出るのだが、そこがない。
いろいろ罪状を報告して、「ちっとも知らなかった」となる。
四万六千日、徳さんが客を乗せ、はじめて船を出すと
「おじさ~ん!」「徳さん、一人かい?大丈夫かい?」
このおじさんは、「竹屋のおじさん」で出てくることも
多いと思うのだが、小さん師匠は「竹屋」はなかった。
大川(隅田川)の「竹屋の渡し」「竹屋河岸」のことだと
山谷堀と向島を結ぶ渡しである。「竹屋のおじさん」は、
黒門町の文楽師匠が若いときに音曲師の噺家が、
時間をつなぐのに「船徳」を演じているのを聞いて、
そこで「竹屋のおじさ~ん」が出て、あまりによくて、
文楽師匠も入れるようになった…と、小満ん師匠に
お聞きしたことがある。「船徳」では、観音様に参詣で
蔵前通りの混雑、暑い最中、埃っぽいのを避けたいと
柳橋の船宿から山谷堀まで船で移動しようとしている。

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2017年8月 7日 (月)

リーリャ・ジルベルシュタイン 1

リーリャ・ジルベルシュタインでラフマニノフのピアノ協奏曲
第2番 ハ短調 作品18と第3番 ニ短調 作品30で
クラウディオ・アバド指揮ベルリンフィルとの協演である。
第2番が1991年11月にベルリン・シャウシュピールハウス、
第3番が1993年9月にベルリン・フィルハーモニーで収録。
アバドの指揮とベルリンフィルの断然素晴らしい渋い音色に
夢中になってしまうのだが、夏の夜にラフマニノフは最高だ。
この頃、売出し中だった若き日のジルベルシュタインであり、
音楽をスッキリと明瞭に聞かせる美しい音色が魅力的で
鮮やかなテクニックが冴えわたる。しかしそれがゆえに…
どうも深みに欠けるのは残念で、全体に洗練された印象か。
アバドは、ラザール・ベルマンとの第3番の名盤があり、
1983年には、セシル・リカドと第2番を録音しているが、
こちらの方が完成度は高いと思うけど、その1983年、
セシル・リカドの演奏は聞いたことがないので、これを聞くと
俄然、興味が湧いてくる。そして後のユジャ・ワンとの録音だ。

DG 439 930-2

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2017年8月 6日 (日)

アリシア・デ・ラローチャ 3

アリシア・デ・ラローチャのピアノでグラナドスの作品。
ロマンティックな情景、スケッチ集、若き日の物語
1994年3,7月にニューヨークで収録されている。
ラローチャはRCAで1990年に組曲「ゴイェスカス」、
1994年にスペイン舞曲集を再録音しているが、
比較的珍しい作品を集めて、もう一枚制作していた。
ロマンティックな情景は1983年の録音も存在する。
グラナドスの若いときの作品かと思ったら、そうでもなく、
30代から40代の作品で「ゴイェスカス」の少し前の辺り。
グラナドスはニューヨーク滞在からスペインへの帰路で
乗船した英国船がドイツ軍の攻撃を受け、英仏海峡で
犠牲となって、亡くなっている。そのとき48歳であり、
「若き日の物語」も30代半ばの作品ではあるのだが、
文字通り、昔の想い出を集めた曲集なのであろう。

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2017年8月 5日 (土)

シャルル・デュトワ 4

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団で
ラヴェルの管弦楽作品を収録順に聞いてきたが、
バレエ「マ・メール・ロワ」、亡き王女のためのパヴァーヌ、
組曲「クープランの墓」、高雅にして感傷的なワルツ
1983年5月12-14日にモントリオールで収録されている。
凛とした清々しさがあり、やはりデュトワのラヴェルは最高。
精妙なコントロールが生み出す響きであり、かなり緻密に
丁寧に音を扱っているけれど、そういった堅苦しさはない。
独特のシャープな感覚が伝わってくるので、1980年代の
この頃には新しい時代を感じさせる演奏であったかも。
30年が経過して、現在ではそれが普遍的存在として、
広く愛されているのであり、決定盤の地位は揺るがない。
しかしだとしてもずっと再録音していないのは不思議だ。

DECCA 478 9466

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2017年8月 4日 (金)

リッカルド・ムーティ 18

リッカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団で
ベートーヴェンの交響曲全集を収録順に聞いている。
今日は、交響曲 第7番とレオノーレ序曲 第3番で
1988年2月にフィラデルフィアで収録されている。
交響曲は速いテンポでためらいなく突き進むところは
いかにもムーティらしくもあり、気合いが伝わってきて、
そこは魅力なのだが、やはりどうも単調で物足りない。
この感じで奥行きのある深い響きが聞こえてきたら、
それは無敵な演奏になると思うのだけど、その後の
30年で現在のムーティならば、断然違うと思われる。
レオノーレ序曲はさらに普通なのであり、ところどころ
決まっている表現も見られるが、しかしそこだけが
浮いてしまうとどうも逆効果である。この全集が当時、
評価を得られなかったのは、いま改めて聞き直すと
ハッキリと見えてくることもあって、その辺は残念だ。

EMI 0 97946 2

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2017年8月 3日 (木)

バイロイト音楽祭2008

バイロイト音楽祭2008の「ニーベルングの指環」より
楽劇「神々の黄昏」から第3幕を聞いている。
指揮は、クリスティアン・ティーレマンである。
2008年7,8月にバイロイト祝祭劇場で収録されている。
いよいよ2008年の「ニーベルングの指環」もこれで完結、
長い物語も聞きはじめるとあっという間の印象もある。
2006年以降、「指環」はティーレマンの指揮でばかり
ずっと聞いてきているので、耳が完全に慣れてしまって、
他の演奏で聞いたらどうなってしまうのか…というのは、
甚だ心配で、もちろんそれぞれに感動はあるのだが、
ルドルフ・ケンペ指揮の1961年の録音が出ていて、
値段との相談で手に入れて、聞きたいと思っている。
それはいいとして、ハーゲンの復讐によって、背中に
槍を付き立てられたジークフリートが、甦る記憶の中で
すべてを悔いて死んでいく場面は、やはり感動的だ。
どこか軽薄な存在に落ちぶれていたジークフリートが、
最後に英雄の清々しさを取り戻している。その辺りが
音楽にもステファン・グールドの歌からも伝わってきて、
とにかく素晴らしい。やはりバイロイトの指環は格別だ。
ライブ特有の熱気はあるけれど、圧倒的な完成度で
不思議なぐらいの密度にひたすら引き込まれてしまう。

OPUS ARTE OA CD9000B D

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2017年8月 2日 (水)

バイロイト音楽祭2008

バイロイト音楽祭2008の「ニーベルングの指環」より
楽劇「神々の黄昏」から第2幕を聞いている。
指揮は、クリスティアン・ティーレマンである。
2008年7,8月にバイロイト祝祭劇場で収録されている。
アルベリヒがハーゲンの夢枕に立つ冒頭の第1場が
何とも不気味で私は好きなのだが、そのハーゲンが、
再び登場する第3場でもやはり音の色合いが変化して、
これはニーベルングの呪いに彩られてのことであろう。
ハーゲンは復讐のためにその使命を一人で背負って、
強烈な存在感だ。英雄ジークフリートが記憶を失って、
役に切れがなくなってくるとハーゲンが引き立ってくる。
宿敵といった位置付けだけど、「神々の黄昏」において
最重要な役柄だ。ジークフリートの裏切りを仄めかし、
ブリュンヒルデも取り込んで、後半の三重唱は迫力。
その緊迫は頂点に達し、感動的だが、悲劇の響き。

OPUS ARTE OA CD9000B D

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2017年8月 1日 (火)

バイロイト音楽祭2008

バイロイト音楽祭2008の「ニーベルングの指環」より
楽劇「神々の黄昏」から序幕と第1幕を聞いている。
指揮は、クリスティアン・ティーレマンである。
2008年7,8月にバイロイト祝祭劇場で収録されている。
今日からいよいよ「神々の黄昏」だ。指環も後半である。
音楽があまりにも素晴らしい序幕ももちろんいいのだが、
場面は変わって、少々地味な印象の第1幕へと進んで、
しかしここが、やはり聞けば聞くほどに面白いのである。
ターザンではないが、社会と隔絶されたであろう森の中で
ミーメとしか接点のない暮らしをしてきたジークフリートが
ギービヒ家を訪ね、グンターやハーゲンと立派に接して、
その成長は驚くべきもので、「ジークフリート」において
粗暴な少年だったのが、ここでは真の英雄なのである。
第3場では冷静な判断のできないブリュンヒルデがおり、
第2幕では、裏切りへの怒りと復讐心で錯乱していくが、
ワルキューレとしての地位を失って、その迷いや過ちが
いかにも人間であることの証を表しているのである。
ブリュンヒルデの心の動きが反映される濃密な音楽は、
感動的なのであり、序幕と第1幕で実に長いのだけど、
そこは一気に聞かされてしまう。グンターの姿になった
ジークフリートの登場とブリュンヒルデの落胆であり、
その心理的な効果で、この第1幕の後半は最高だ。

OPUS ARTE OA CD9000B D

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