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2017年9月30日 (土)

アマデウス四重奏団 8

アマデウス四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲を
録音年代順に聞いている。昨日の第7番と第8番に続いて、
今日は第9番 ハ長調 作品59-3 「ラズモフスキー 第3番」
1959年4,5月にハノーヴァーのベートーヴェン・ザールで収録。
決して切れ味のいい演奏ではないのだが、不思議なぐらいに
味わいのある音色であり、4人がいきいきと音楽を奏でている。
「ラズモフスキー」の作品59の3曲は、まさに偉大な傑作だが、
この第3番がやはり何といっても最高に素晴らしいのである。
ベートーヴェンの作風は一気に集中度が増して、緻密であり、
アマデウス四重奏団が勢いのある音で重厚に仕上げている。

DG 463 143-2

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2017年9月29日 (金)

アマデウス四重奏団 7

アマデウス四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲を
録音年代順に聞いていたのだが、ちょっと改めてもう一度。
第7番 ヘ長調 作品59-1と第8番 ホ短調 作品59-2
1959年4,5月にハノーヴァーのベートーヴェン・ザールで収録。
今日と明日で「ラズモフスキー」の3曲を一気に聞こうと思う。
1959年のステレオの最初の時期だから、セピア色の世界で
いかにも古風な印象はあるのだが、独特の骨太な演奏で
アマデウス四重奏団の雄渾なベートーヴェン像は最高だ。
私は基本的にシャープな演奏が好きで、ちょっと違うけど
学生の頃にシューベルトの「死と乙女」のCDを聞いて、
それも1959年の同じときの録音なのだが、なぜだか?
ものすごく惹き付けられて、それ以来、大好きなのである。
ちょうどその頃にアマデウス四重奏団は解散してしまって、
このように過去の録音を聞くだけ、ではあったのだが。

DG 463 143-2

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今日の月は…月齢8.9

20170929

すっきり晴れた秋空で、乾燥した空気に夕方の月。
17時46分に南の空高くに見えた月齢8.9の月。
これからの暦を調べると10月6日が満月(月齢15.9)、
その前に10月4日が中秋の名月(月齢13.9)である。
中秋の名月と満月が二日もずれているのは珍しいか。
一日ずれているということは、過去にもあったけれど。

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2017年9月28日 (木)

ナタリー・デセイ 1

ナタリー・デセイとフィリップ・カッサールのピアノで
今日は、シューベルトの歌曲集を聞いている。
歌曲集「白鳥の歌」 D.957~愛の使い、
君はわが憩い D.776、魔王 D.328、
ギリシャの神々 D.677、糸を紡ぐグレートヒェン D.118、
ミニョンの歌「ただ憧れを知る者だけが」 D.877-4、
歌曲集「白鳥の歌」 D.957~都会、
春に川辺にて D.361、ズライカ D.720、
水の上にて歌う(リスト編曲) S.558-2
ひめごと D.719、ガニュメート D.544、
夜咲きすみれ D.752、憩いのない愛 D.138、
春に D.882、岩の上の羊飼い D.965
クラリネットの独奏は、トーマス・サヴィである。
2016年11,12月にベルリンのジーメンス・ヴィラで収録。
名曲ばかりで選曲の素晴らしさにうっとりと聞いている。
ナタリー・デセイの歌が、やはりかなり高い声の印象で、
まさに可憐なイメージというか、透明感、清潔感が漂って、
フィリップ・カッサールのピアノもまた明るく、美しい演奏。
という意味では、異色といえる「魔王」が、低い声の父と
まだ幼い怯える少年、そして囁きの魔王を歌い分けて、
面白いのである。フィリップ・カッサールのピアノも魅力で
ミニョンの歌やズライカ、そしてガニュメートは好きである。

SONY 88985419882

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2017年9月27日 (水)

ミヒャエル・ギーレン 24

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第4集)から
チャイコフスキーの交響曲 第6番 ロ短調「悲愴」
南西ドイツ放送交響楽団の演奏で1993年3月10日に
バーデン・バーデンのハンス・ロスバウト・スタジオで収録。
スコアにある音符をそのまま音にするとこうなるのかって、
過剰に研ぎ澄まされていて、感情移入のないのが新鮮、
速いテンポによる解釈は攻撃的にも感じられるのだが、
いかにもギーレンらしい仕上がりで夢中になってしまう。
ドライにクールなようで、全体に強い緊張感が漲っており、
その集中力は凄まじく、畳み掛けるような展開に大興奮。
極めて機能的で正確に演奏するオーケストラを駆使して、
無色透明な中に独特の美しい響きを引き出しているのと
そして何より音楽の熱気を生み出すことに成功している。

SWR>>music CD-No.SWR19028CD

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9月27日の苛立ち

20170927

うちの目の前の土地で、敷地を二区画に分割して
建売住宅の工事をやっているのだが、土地造成中で
一言の詫びもなく、車を門前にぴったり付けて止めるし、
お互い様とはいいながら、正直なところ非常に迷惑で
この先、建築工事がはじまって、新年一月まで続くから、
早くもストレスが溜まっているのだけど、驚いたのが、
昨日の午前中、擁壁のコンクリートを打って、一日で
今朝から型枠をすべて外してしまった。ありえない!
ここの型枠大工、年配の職人が二人で働いているが、
耐圧盤のときも前日の夕方にコンクリートを打って、
翌朝、型枠を外して、早速に鉄筋を並べはじめたし、
無理な工程が組まれているのか?異常なスピード。
十分な養生期間をおかずに工程を進めてしまって、
途中を何も知らずに建売住宅を買って住む人って、
安くても結果的に損をしているのではないだろうか。

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2017年9月26日 (火)

カラヤンの1960年代 15

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ミラノ・スカラ座による
レオンカヴァッロの歌劇「道化師」を聞いている。
1965年10月にミラノ・スカラ座で収録されている。
カラヤンの緊張感あふれる力強い音作りに感動する。
迫力ある豪快ともいえる音楽がこの迫ってくる感じで
録音も素晴らしい。一方の実にしなやかで滑らかに
音楽を運んでいくところなど、まさにカラヤンの魔法で
作品も素晴らしいし、幸せな気分にさせてくれる名演。
この「道化師」は、私は好きでわりとよく聞いているが、
昨日に続いて主役を歌うのはカルロ・ベルゴンツィで、
有名な「衣装を付けろ」は、とにかく聞き惚れてしまう。
このカニオがしだいに狂気の存在へと変貌していき、
それに合わせての後半の悲劇的な響きは凄まじい。
カラヤンのこの10年後で1970年代後半の絶頂期、
こちらはウィーンフィルで再録音を残してほしかった。
しかしこれがあればいい!ともいえる絶対の名盤だ。

DG 449 727-2

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2017年9月25日 (月)

カラヤンの1960年代 14

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ミラノ・スカラ座による
マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」
1965年9,10月にミラノ・スカラ座で収録されている。
たっぷりと鳴らして、雄大に音楽を作り上げていくが、
この辺は1960年代のカラヤンであり、実に感動的だ。
大袈裟になりそうなのだけど、研き抜かれた造形で
隅々にまで、カラヤンの美学が行き届いて、完璧だ。
カルロ・ベルゴンツィやフィオレンツァ・コッソットという
歌手たちも劇的な歌声だが、カラヤンの音楽がすべて
大きく包み込んで、壮大にまとめ上げている感がある。
この1965年の秋以降、カラヤンとミラノ・スカラ座の
録音は存在しないのではないか。以後、ヴェルディも
ベルリンやウィーンでの録音となる。それを考えると
この10年後のベルリンフィルとの録音があったなら
ぜひ聞いてみたかったと思うのだが、明日は続いて
もう一方のレオンカヴァッロの歌劇「道化師」である。

DG 457 764-2

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2017年9月24日 (日)

ユジャ・ワン 2

ユジャ・ワンとアバドの協演によるラフマニノフを聞いている。
パガニーニの主題による狂詩曲とピアノ協奏曲 第2番
クラウディオ・アバド指揮マーラー室内管弦楽団の演奏で
2010年4月にフェッラーラのテアトロ・コムナーレで収録。
ユジャ・ワンのピアノはこの上なく鮮やかで音色は美しく、
間違いなく、これまででも最高の名演といえる演奏だ。
爽快に快速な指の動きで勢いよく弾き進めていくのだが、
音楽を歌い上げるところではロマンティックな表現であり、
たっぷりと聞かせている印象もあって、とにかく絶妙である。
隅々にまでクリアに聞かせるアバドの指揮も聞きものだが、
そうした方向性によるものか、マーラー室内管弦楽団という
比較的小編成の規模によるものか、オーケストラの響きは
淡白な仕上がりに聞こえるところもあって、これはアバドの
晩年のスタイルで、ラフマニノフで聞けるというのが楽しみ。

DG 00289 477 9308

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2017年9月23日 (土)

9月23日の感想

熱心にうがいをして、鼻にも薬をして、
喉の痛みも鼻水も治まってきたのだが、
どうも調子が悪くて、それというのは、
疲れて寝るとずっと寝続けているので、
元気だったら起きてしまうはずであり、
やはり具合が悪い。天気も悪い週末で
大人しくしていよう。今日も早寝をして。

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2017年9月22日 (金)

9月22日の感想

風邪を引いたようだ。
移ってきた覚えはないのだけど。
心当たりがあるのは、暑い暑いと
風呂上がりに夜の涼しい風に長時間、
当たっていたのがよくなかったと思う。
鼻が出て、口の中が苦く、喉が痛い。
熱はなく、食欲もあるが、早寝する。

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2017年9月21日 (木)

ラファウ・ブレハッチ 2

ラファウ・ブレハッチでショパンのポロネーズを聞いている。
作品26、作品40、作品44、英雄ポロネーズ 作品53、
幻想ポロネーズ 作品61で、主要な作品をすべて収録。
2013年1月にハンブルクのフリードリヒ・エーベルト・ハレ。
強い意志と主張の感じられる演奏で真っ直ぐに突き進み、
集中力ある展開は、強烈な存在感を示しているのだが、
その若さと勢いが、どうもうるさく感じられることもあって、
強弱も緩急についてもさらなる自由が欲しくなってしまう。
余裕のない感じで、響きが堅いのと余韻が感じられない。
しなやかさと優しい弱音が、もう少しあったらありがたい。
しかしここまでハッキリとした主張が出てくるとは、それは
ちょっと意外なことであったかもしれない。それというのも
やはりブレハッチはもっともっと聞いてみたくなってしまう。
ポロネーズに関しては、あまり私の好みではなさそうだ。

DG 00289 479 0928

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2017年9月20日 (水)

圓朝速記~真景累ヶ淵(四一)

続いて、三蔵がお累を見舞っている場面である。

三蔵「…ええ、私の云う事を聴かれませんか、
是程に訳を云ってもお前は聴かれませんかえ、
悪魔が魅入ったのだ、お前そんな心ではなかったが
情ない了簡だ、私はもう二度と再び来ません、
思えばお前は馬鹿になって了ったのだ、呆れます」

腹が立ったわけではなく、妹かわいさゆえに
きついことをいっていると圓朝師匠は説明しているが、
お累は癪(しゃく)を起して、倒れてしまい、
そこへ蚊帳を取りに行った與助が戻ってきて…

三蔵「…宜いか、今水を飲ませるから、ウグウグウグウグ」
與助「何だか云う事が分んねえ」
三蔵「いけねえ、己が飲んでしまった」

自分で飲んでしまうのは、落語によくある描写だが、
「七段目」の気絶した定吉に水を飲ませるところか。

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2017年9月19日 (火)

第141回 柳家小満んの会

夕方から横浜の小満んの会で関内ホールへ。
その関内ホールが11月から工事で休館となり、
会場が吉野町市民プラザへと変更になる。
長年、通い馴れた会の様子が変わるのは、
寂しい気もするのだが、それは仕方ないか。

春風亭きいち:芋俵
柳家小満ん:渡しの犬
柳家小満ん:酢豆腐
柳家小満ん:九州吹き戻し

「九州吹き戻し」が出ていたので、この時期、台風の襲来が
恐いなと思っていたのだが、案の定、これに合わせたように
台風18号が来て、そのまさに九州で大きな被害が出たけれど、
台風一過の晴天で、こうして無事に聞けたことは幸いである。
前の棚卸しのときもそうだったが、師匠の「九州吹き戻し」は、
本当に台風を呼んでしまうので、すごい。直前に過ぎてくれて、
そのお陰で、前回も今回も聞けているのだ。それはいいとして、
一席目は「渡しの犬」で、四年前の日本橋の会で聞いているが、
旧制高校というから戦前か?英語の教科書に載っていたという
ナサニエル・ホーソンの「デヴィッド・スウォン」の翻案ものであり、
辞書を引きつつ原文も読まれたそうで、ニューハンプシャー州の
デヴィッド・スウォンが、ボストンで鞄を売っているおじさんの元へ
旅しているのであり、泉のほとりで、次々起こる物語というのが、
この話なのだが、ちょうどその頃…時は江戸であり、矢切の渡し、
舟を待つ間、木陰の昼寝で、そこで起こる出来事が落語である。
寝ている間に自分の知らないところで、よいことも…悪いことも…
いろんな事件が目の前で起きては何もなかったように過ぎていく。
人生とはそういうもの、それをプレイバック、時間の巻き戻しで
紹介していくこの手法は、落語では珍しい。ちょっとしたきっかけ、
それはほんの些細なことだけど、人生を大きく変えてしまうような
そんなことも起こりうるし、しかしそれも僅かにかすめ、指の間を
すり抜けては、我々は平穏無事に生きている。というのを夢の中、
三幕の物語で語られるのだが、ふと目が覚めると何も変わらず、
渡しの舟が出るのであり、そうなるはずの人生が回りはじめる。
のんびりとした時間が流れ、これまた実に独特の味わいである。
二席目はお馴染みの「酢豆腐」だが、小満ん師匠も夏というと
毎年のようにどこかで演じているのではないかと思うのだが、
滑らかに快調なお喋りで楽しかった。「ちりとてちん」と違って、
こちらは腐って変色のしている豆腐をそのまま出すのであり、
見た目も「酢豆腐」、酸っぱい臭いで「豆腐の腐った味」って、
若旦那もそれに気付いているはずなのだが、乙を気取って、
変なプライドがあって、決して断らない。口を付けているのは、
ほんの一口、僅かなのだけど、臭いと目に染みるのがきつく、
扇子を大きく広げて、バタバタと仰ぎながら、口元を隠して、
無理をしている姿をまだ隠し続けているのは何とも面白い。
こういう場面を過剰に演出しないのが、師匠の演り方だが、
それは同時に気障な若旦那の意地であり、面白がっている
江戸っ子たちの遊び心、茶番劇のような…夏の風情である。
そして「九州吹き戻し」である。棚卸しで聞いて以来、二度目。
前に聞いたときははじめてだったので、探りながらでなかなか
すべてを把握できた印象はなかったのだが、それからすっかり
筋も忘れてしまっていたけれど、今回は実に面白かったのだ。
肥後熊本を出て、九州を北上、しかし玄界灘で台風に見舞われ、
そのまま流され、薩摩に打ち上げられる…江戸とは逆の方角に
吹き戻されてしまった、という展開だが、玄界灘へということは、
九州から江戸へ向かう船は、太平洋でなく、瀬戸内海を進む
ということだろうか。北前船などと同様に海岸線から離れず、
港で取引をしながら進んでいくのだろうけど、瀬戸内海を経由、
大坂へという海路だったのかも。もうひとつ、前回も同じことを
書いたと記憶しているのだが、熊本から江戸が二百八十里、
薩摩から江戸が四百里、差し引き「百二十里吹き戻される」
というサゲだけど、熊本から鹿児島が距離で120里≒480㎞、
ここが謎なのである。参考にGoogleで熊本駅から鹿児島駅、
歩いての移動をコース検索すると170㎞を37時間と出る。
百二十里だと遠すぎるのだが、別の意味があるのだろうか。
ちなみに熊本城から江戸城までを検索してみると1157㎞である。
計算して里に直すとこれは二百八十九里となった。概ね正しい?
鹿児島駅から江戸城で検索してみると1330㎞と出て、里に換算、
およそ三百三十二里である。しかし薩摩藩島津家の参勤交代は、
1700㎞で四百四十里とあり、「薩摩から江戸が四百里」というのも
どうも昔からそういわれていたようである。おそらく昔の速記にも、
四百里とあるのだろうけれど、この辺りがどうもスッキリしない。
ということで未解決のまま、次回は11月20日(月)の第142回、
演目は「奈良名所」「なめる」「お直し」の三席、会場は吉野町。

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2017年9月18日 (月)

ミヒャエル・ギーレン 23

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第4集)から
南西ドイツ放送交響楽団でスークの交響詩「夏物語」、
1993年2月4日にハンス・ロスバウト・スタジオで収録。
この交響詩「夏物語」は、作品の存在は知っていたが、
聞くのははじめてである。ノイマンでもペシェクでもなく、
まさかギーレンの指揮で聞けるとは思っていなかった。
5楽章からなる標題音楽でスークのお伽話的な作風、
20世紀の世界観を出しつつも後期ロマン派の響きで、
その壮大な音楽にはずっしりとした重みが感じられる。
ドヴォルザークの作曲を離れ、後のマルティヌーへと
向かって行くような作品だ。なかなか最初は難しいが、
スークの音楽は、聞けば聞くほどにはまってしまう。

SWR>>music CD-No.SWR19028CD

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2017年9月17日 (日)

クラウディオ・アバド 38

アバドの指揮によるチャイコフスキーの交響曲を聞いている。
ウィーンフィルの演奏で、交響曲 第6番 ロ短調「悲愴」
1973年10月にウィーン楽友協会大ホールで収録されている。
ロンドン交響楽団との交響曲 第5番(1970年録音)を聞くと
そちらもよくて、ロンドンで統一して録音してほしかったと
思ってしまうのだが、やはりウィーンフィルの演奏は圧巻で
あまりにも感動的であり、これを聞いたら頭の中はすっかり
ウィーンで支配されてしまう。華やかさと色彩豊かな音色で
この悲痛な響きを描き出すのであり、独特なしなやかさは、
後のシカゴ交響楽団の演奏よりもさらに魅力的であると
思えてきてしまう。この時代のアバドも聞きたくなってきた。

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2017年9月16日 (土)

ウォルフガング・サヴァリッシュ 6

ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロンドンフィルで
ブラームスの交響曲全集を収録順に聞いている。
交響曲 第2番 ニ長調 作品73(1989年6月)
ハイドンの主題による変奏曲 作品56a(1990年4月)
ロンドンのアビー・ロード・スタジオで収録されている。
この当時、サヴァリッシュの演奏を聞いていたときには、
穏やかさもあって、ゆったりと大きさを感じていたのだが、
改めて聞いてみて、やはり引き締まった音楽が特徴だし、
しかしそこに深みが存在しているのが、通好みである。
渋い響きで、スターの華麗さはないけれど、これこそが
ブラームスの演奏における理想であると私には思われる。
厳しさともとれるが、折り目正しい端正な音楽は格調高く、
サヴァリッシュは聞けば聞くほどに偉大な存在であった。
秋になって、涼しくなり、ブラームスが聞きたくなってくる。

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2017年9月15日 (金)

チョ・ソンジン 1

チョ・ソンジンでショパンのピアノ協奏曲 第1番 ホ短調、
ジャナンドレア・ノセダ指揮ロンドン交響楽団との協演、
2016年6月にロンドンのアビー・ロード・スタジオで収録。
そして後半はバラードの全曲で、こちらは2016年9月に
ハンブルクのフリードリヒ・エーベルト・ハレでの演奏である。
チョ・ソンジンを知ったのは、2015年ショパン・コンクールの
優勝のときだったのだが、本選会の映像が公開されていて、
何となくそれを見ていて、すぐにこれは、ずば抜けていいと
注目するようになったのである。若手の発掘は好きだが、
新人を何でも聞くという方ではないので、見極める方だけど
チョ・ソンジンはぜひとも聞かなくてはならない。とはいっても
ショパン・コンクールの優勝者でユンディ・リもブレハッチも
最初の頃から聞き続けているからDGの売り出し方も上手。
協奏曲もバラードも素晴らしい演奏だ。安定感が際立って、
特殊な個性を発揮するタイプではないけれど、そこがいい。
それにしてもピアノの音色が美しくて、さらには深みもある。
次回作はドビュッシーの映像だそうだが、いまから楽しみ。

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2017年9月14日 (木)

ベルナルト・ハイティンク 27

ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドンフィルによる
ヴォーン・ウィリアムズの交響曲を収録順に聞いている。
海の交響曲(交響曲 第1番)で、フェリシティ・ロット、
ジョナサン・サマーズの独唱、ロンドンフィル合唱団、
1989年3月19-21日にアビー・ロード・スタジオで収録。
最初の交響曲ながら、規模も大きく、壮大な作品であり、
ハイティンクの指揮、演奏も感動的だ。録音も素晴らしい。
アメリカの詩人ウォルト・ホイットマンの詩集「草の葉」が
テクストだそうで、英語の詩による歌、合唱作品なので
そこは独特な印象がある。イギリスの作品らしい響き。
この数年、英国の作曲家にすごく興味があって、中でも
ウォルトンとこのヴォーン・ウィリアムズが格別である。

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2017年9月13日 (水)

第287回 柳家小満んの会

13日でお江戸日本橋亭の小満んの会である。
スッキリとした青空が気持ちよかったが、今日は暑い!
「かんしゃく」の扇風機で涼みながらのアイスクリームが
何ともうらやましい。しかし日本橋亭は冷房が効き過ぎ。

春風亭きいち:金明竹
柳家小満ん:かんしゃく
柳家小満ん:大関稲妻
柳家小満ん:今戸の狐

「かんしゃく」といえば、黒門町の文楽師匠なのであり、
小満ん師匠でもとっくに聞いていそうな気がするのだが、
今回がはじめてである。「てきすと」ではすでに読んでいた。
マクラでも文楽師匠の癇癪(かんしゃく)の話題が出たが、
お手本であるだけでなく、モデルは文楽師匠なのであろう。
時は大正時代、会社の社長さんで癇癪もちの旦那様だが、
ちょっとだけ説明が多く、描写が細かいだけなのだけど、
描き込みが具体的であり、人物像がしっかりとしていて、
その結果、お宅の情景も目の前に豊かに広がるのである。
実家のお父さんは優しいのだが、厳しかったり、叱ったり、
とにかく激しいストーリーで、「かんしゃく」ってやはり面白い。
小満ん師匠も普段以上にメリハリで、いきいき絶好調だった。
続いて「大関稲妻」だが、第七代横綱が稲妻雷五郎だそうで、
しかし今回はその人の噺ではなく、小説を元に小満ん師匠が
落語に仕立てたそうな、ここに登場の大関稲妻は架空の関取。
大坂の相撲興行に来た江戸の稲妻を江州屋のご隠居が試す。
心持ちがよければ贔屓になるというところは、「稲川」に似て、
そちらは大坂の相撲が江戸に来るので、場所は逆なのだが、
世話になった平野屋のお嬢さんで、今は芸者のおのぶさんを
身請けしたいとそのための二百両の金に千秋楽の大一番、
八百長の話が持ち上がるのだが、そこは「佐野山」にも似て、
しかし稲妻は八百長を撥ね付けることで、へそ曲がり隠居の
贔屓心をつかむのであり、おのぶの身請けも叶って、見事に
故郷に錦、恩ある平野屋の墓参りも済ませることができた。
お目出度い展開が気持ちいいのであり、既存の噺の要素も
いろいろあって、わかりやすく、馴染みやすく、相撲の噺に
追加して、広く演じられたらいいのにと私には感じられた。
仲入り後は「今戸の狐」である。2009年11月の日本橋で
演じられているのだが、その後、横浜の会、他の会では
聞いていなくて、久しぶり。「今戸の狐」は小満ん師匠のが
一番好きである。噺に入るまで、物語の背景や説明を長く、
聞かされることを嫌がる人もいるが、「狐チョボ」「骨の賽」と
最初にしっかり頭に入れておくことで、この噺は明解になるし、
そこを疎かにすると後半に行くにしたがって、ハッキリしない。
そういう「今戸の狐」って、結構多いのだが、師匠の場合には、
江戸の空気を感じさせつつ、その世界に導く説明なのであり、
私にとっては、それも心地よいのだけど、この噺の場合には
重要なのである。それによって、「狐ができている」の言葉に
「狐チョボ」と「今戸焼の狐」の誤解、ちぐはぐなやりとりが
大いに面白いのであり、間違いが広がるほど笑ってしまう。
(博打の)商売人が使う骨でできた賽子と「コツの妻(さい)」で
コツとは小塚原、橋手前(千住大橋の江戸寄り)の岡場所で
女郎上がりのおかみさんを「コツの妻」と陰では呼んでいて、
それがオチになるのだが、小満ん師匠で聞くと鮮やかだけど、
ここもどうも説明が伝わらない「今戸の狐」って多いのである。
噺をより深く楽しむには、そのための説明が重要となって、
その説明で飽きさせてしまっては台無しになってしまうのだが、
この噺ではそれをいつも思わされるのである。小満ん師匠は
そこが本当に上手く構成されており、緻密な設計でもあると
そういえるのかもしれないが、とにかく私の好きな噺の一つ。
ということで、来週の火曜日、19日は関内の小満んの会、
「渡しの犬」「酢豆腐」「九州吹き戻し」の三席。楽しみである。

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2017年9月12日 (火)

ロイヤル・コンセルトヘボウ

マリス・ヤンソンスの指揮によるマーラーで
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のライブ盤。
今日は、交響曲 第8番 変ホ長調を聞いている。
クリスティーネ・ブリューワー、藤村実穂子、
ロバート・ディーン・スミスといった独唱者たちと
バイエルン放送合唱団、オランダ放送合唱団、
ラトビア国立アカデミー合唱団などが参加している。
ヤンソンスに所縁の歌手や団体が集まっている印象。
2011年3月4,6日にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
いわずと知れた巨大編成による「千人の交響曲」だが、
音が混濁するところはどこにもなく、精妙なマーラーは
ヤンソンスならではの仕上がりだが、歌い上げる表現、
音楽のエネルギーがうねりを聞かせるような場面では、
豊かさも感じられて、素晴らしい演奏だ。このシリーズ、
ヤンソンス・ファンにとっては、貴重な記録なのである。
しかし交響曲 第9番だけが収録されなかったのは、
コレクターとしては、不揃いの結末が残念で仕方ない。
昔のオスロフィルとのライブ盤があって、もう一方の
バイエルン放送交響楽団の2016年の演奏が出た。

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2017年9月11日 (月)

クラウディオ・アバド 37

アバドの指揮によるチャイコフスキーの交響曲を聞いている。
引き続き、1970年代の録音から交響曲 第5番 ホ短調で
3種ある録音のうち最初のもので、演奏はロンドン交響楽団、
1970年12月にデナムのアンヴィル・フィルム・スタジオで収録。
37歳のアバドで若々しい仕上がりを想像するが、少し違って、
後の名演と比べてもこのときすでに非常に完成されている印象。
たっぷりと重厚な響きが鳴り出し、力強い音楽は何とも感動的。
私には、アバドとロンドン交響楽団の組み合わせが魅力的で
しかしこの後の第6番と第4番の録音は、ウィーンフィルとで
全集にする計画ではなかったのだろうが、揃わないのは残念。
そのウィーンフィルの演奏も聞いていきたい。次回は「悲愴」。

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2017年9月10日 (日)

横浜の風景から 519

梅雨から夏の間は控えていたこともあって、
運動不足なので、天気のいい日曜日に歩いてきた。

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宮久保橋から境川を下っていくことにする。

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境川と相沢川の合流地点。大和市側より。

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ふれ逢い橋にて境川の下流方向。

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緑橋にて、正面は県営いちょう団地。

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新緑橋にて、上流方向を振り返っている。

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泉区上飯田町の水田に水を引いているので、
境川をせき止めて、かなり増水している。

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泉区上飯田町の水田にて、収穫も間近?

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泉区上飯田町の水田にて、こちらももう少し。

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2017年9月 9日 (土)

シャルル・デュトワ 7

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団で
サン・サーンスの交響曲 第3番 ハ短調「オルガン付」
1982年6月24-27日にモントリオールで収録されている。
私の苦手とするところのサン・サーンスの派手な色彩が、
あまり感じられなくて、シャープにかなりメカニックな響きで
そういうところで、知的な面白さと非常に耳に心地がいい。
清々しい空気と神聖な雰囲気も存在して、そこは感動的だ。
この1980年代前半は、デュトワのレコード録音の歴史では、
初期であるともいえるのだが、次々と尽くが名盤というのも
すごい話である。ピーター・ハーフォードのオルガンが美しい。
残響がいいのだが、聖ジョセフ礼拝堂のオルガンだそうで
別録音のようだ。よいバランスだと思うのだけど、実際には
ここまでオルガンはきれいに聞こえてこないということかも。
もうちょっとオルガンは遠い印象で、かき消されると思う。

DECCA 478 9466

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2017年9月 8日 (金)

ツィモン・バルト 6

ツィモン・バルトでチャイコフスキーのピアノ協奏曲 第1番、
ドミトリー・マスレンニコフでロココの主題による変奏曲、
クリストフ・エッシェンバッハ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団、
2010年12月7-9日にベルリン放送大ホールで収録。
あの有名なチャイコフスキーのピアノ協奏曲 第1番であり、
もう新しい解釈など生まれるはずもない…って思うのだが、
そこはツィモン・バルトであり、すべてが目からウロコである。
あらゆる瞬間を吟味し直して、真っ新な状態から作り直して、
聞いたこともないような音楽が鳴り出している。これまでの
常識は通用しないので、発見は多いのだが、それをすべて
正確に把握するには、これから聞き込まないといけない。
とにかく弱音が美しくて、細やかな表情付けに聞き惚れる。
エッシェンバッハも合わせて、思い切って大胆に作り込み、
よくここまで個性的な表現が生まれたものだ。面白かった。

CAPRICCIO C5065

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2017年9月 7日 (木)

アラム・ハチャトゥリアン 2

ハチャトゥリアンの交響曲 第2番を聞いている。
作曲者自身の指揮によるウィーンフィルの演奏。
1962年3月にウィーン・ソフィエンザールで収録。
このとき「スパルタクス」「ガイーヌ」と交響曲第2番が
同時に録音されている。なぜウィーンで実現したのか?
という経緯について、ぜひ教えてほしいのだが不思議。
交響曲はバレエ音楽のようなしなやかな動きはないが、
1943年の作曲で、戦争交響曲といわれているように
暗く、重厚である。「鐘」という副題も存在しているが、
追悼の想いも込められて、第3楽章は葬送行進曲。
同時代のショスタコーヴィチの作風にも類似するけれど、
ハチャトゥリアンの天才的支離滅裂は実に興味深い。
聞けば聞くほどに感動が迫ってきて、はまってしまう。

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2017年9月 6日 (水)

アルバン・ベルク四重奏団 34

アルバン・ベルク四重奏団の1970年代の録音を
収録順に聞いている。今日はウェーベルンの作品で
弦楽四重奏のための5つの楽章 作品5、
6つのバガテル 作品9、弦楽四重奏曲 作品28、
後半は、ウルバンナーの弦楽四重奏曲 第3番
1975年7月にウィーンのテルデック・スタジオで収録。
ウェーベルンの弦楽四重奏のための曲を聞いていると
もはやすっかり警戒心はなくなって、楽しいぐらいであり、
現代音楽とはいえない、20世紀の古典となっているが、
こういった作品でのアルバン・ベルク四重奏団の演奏は
圧倒的な鮮やかさで、聞く人を釘付けにするものがある。
切れ味の鋭さは格別、しかし冷たさは少しも感じられず、
実にいきいきと音楽から輝きを引き出して、素晴らしい。
エーリヒ・ウルバンナーは1936年生まれの作曲家で
弦楽四重奏曲 第3番は、この四重奏団のために
作曲されている。現代曲なのだけど、こちらも楽しい!

Warner 2564 69606-7

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2017年9月 5日 (火)

柳家小ゑん千一夜 Vol.9

日曜日の謝楽祭で買ってきた小ゑん師匠の最新盤。
昨日に続いて「柳家小ゑん千一夜 Vol.9」を聞いている。
2016年10月18日に黒門亭 第2部での「鉄寝床」、
そして2017年5月7日の黒門亭 第1部の「吉田課長」。
私は小ゑん師匠の「鉄寝床」が大好きで、待ちかねたぁ。
いわずと知れた「寝床」だが、鉄分が増しているのである。
黒門亭での録音で、つまりそこは黒門町だが、といえば、
八代目の桂文楽!文楽師匠の「寝床」が根底にあって、
忠実に古典落語を踏襲しながら、見事にすっかり「鉄」、
あまりの完璧さに聞き惚れてしまう。これは本当に凄い。
「吉田課長」は今年のGWでの新作落語特集のもので、
新作台本コンクールでの入選作品、森黒土作とある。
この日は行けなかったので、聞くのははじめて、嬉しい。
二席とも本当に面白くて、隙なく、笑いっぱなしである。

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2017年9月 4日 (月)

柳家小ゑん千一夜 Vol.8

昨日の謝楽祭で買ってきた小ゑん師匠の最新盤。
二枚のうち「柳家小ゑん千一夜 Vol.8」を聞いている。
2016年5月16日に池袋演芸場昼席での「ぐつぐつ」、
そして2016年6月19日にお江戸日本橋亭で行われた
「落語会にゅ」での「牡丹燈籠42.195㎞」の二席を収録。
ラジオデイズの「ぐつぐつ」をずっと聞いてきたのだが、
今回は池袋で昼のトリのときの録音、寄席の空気だ。
そして「牡丹燈籠42.195㎞」も試作品のときの録音が
ラジオデイズで配信されていたのだが、今回の音源は
昨年の「にゅ」のときのもので、聞いてみるといろいろ
バージョンアップされている。マニアックなことをいうと
同じ噺でもいくつも集めたいのである。比較していると
嫌がられてしまいそうだけど、時代によってクスグリも
様々に変化していくものなので。その点で「長い夜」が
聞きたい。最近は「長い夜・改II」だったか、時事ネタが
すぐに古くなってしまうので、特に録音は出しにくいかと
思うのだけど、当時を振り返りつつというのも味わいだ。
明日は「柳家小ゑん千一夜 Vol.9」を聞きたいと思う。

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2017年9月 3日 (日)

東京の風景から 65~王子稲荷

謝楽祭の後、御徒町から少し足を延ばして、
京浜東北線で王子へ。王子稲荷に行ってきた。

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王子稲荷にお参り。御守りもいただいてきた。

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山の上にある狐の穴。落語の「王子の狐」である。
扇屋さんの玉子焼きを買って帰ろうと思ったのだが、
売り切れ。次回の販売は15時から…といわれて、
ちょっと待てなかったので、また買いに来ることに。

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謝楽祭 2017

今年も落語協会の謝楽祭へ。湯島天神にて。

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たいへんな混雑である。今日は涼しかったが、
ここだけはものすごい暑さで、汗が流れた。
早速、小ゑん師匠の新しいCDを買いに行って、
今日の目的は達成!明日から聞こうと思う。

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きく麿さんと和助さんによる茶番劇のステージ。
お馴染みの「忠臣蔵」五段目、山崎街道の場面。

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与市兵衛はきく麿さんで、加山雄三のものまね中。

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もっと年寄りっぽく…という和助さんの注文に
「加山雄三は80歳だよ、おじいさんだよ…」という
「80歳だけど、元気すぎ」というやり取りは笑えた。

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夜の山道、暗闘(だんまり)の演技でスローモーション。

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2017年9月 2日 (土)

落語につぶやき 290~雁風呂

先週の「日本の話芸」は、講談の方の「雁風呂」で
神田松鯉さんの「水戸黄門記~雁風呂由来」であった。
落語の方は、東京では圓生師匠の「雁風呂」が有名で
私は小満ん師匠で聞いているけれど、雁風呂の画が
落語の方では、「函館の松」ということになっているが、
講談では、青森の外ヶ浜となっていた。雁風呂の話が
残っているのは、外ヶ浜だそうで、この点については、
どうも講談の方が、筋が通っている。一方で噺の舞台、
つまり水戸黄門が昼食(ちゅうじき)を取る場所だが、
講談では奥州(東北)となっており、落語は掛川だが、
闕所になった淀屋辰五郎が、金を貸した柳沢吉保に
いくらでも返してもらいたいと江戸を目指しているので、
東海道を西に向かう水戸黄門と掛川で出会う設定は、
大坂との中間で、私はいいと思う。何となく合点が行く。
落語の函館の松は、紀貫之の歌が根拠となっている。
秋は来て 春帰り行く 雁の 羽がい休めぬ 函館の松

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2017年9月 1日 (金)

ウォルフガング・サヴァリッシュ 5

ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロンドンフィルで
ブラームスの交響曲全集を収録順に聞いていきたい。
交響曲 第4番 ホ短調 作品98と悲劇的序曲 作品81
1989年6月にロンドンのアビー・ロード・スタジオで収録。
音楽への厳格さと渋く、引き締まった響きが独特であり、
しかしこれがサヴァリッシュの音で、力強く骨太な進行、
実に感動的な演奏だ。ウィーンフィルなどのしなやかさ、
かつての巨匠たちが引き出した暖かみのある音色は
ここでは全く聞かれず、音楽の骨格は明確で彫が深く、
辛口なブラームスではあると思う。いまはそこがいい。
当時はなかなかその価値に気付くことができなかった。
バーンスタインの演奏を聞いていたし、そしてこの当時、
夢中になっていたのは、やはりクライバーの演奏である。

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