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2017年11月13日 (月)

第288回 柳家小満んの会

出掛けるときに快晴だったので、雨の予報は知っていたが
すっかり傘のことは忘れてしまって、案の定、終演時には
降っていたのである。しかし横浜に戻ってくると雨は止んで、
今日は付いていた。日本橋の今年の締めくくりの会である。

柳亭市若:孝行糖
柳家小満ん:居酒屋
柳家小満ん:九段目
柳家小満ん:居残り佐平次

今回は「のようなもの」の三席か?私の勝手な関連付けで
「居酒屋」の「鮟鱇のようなもの」という台詞は有名であり、
「のようなもの」を注文して、小憎さんを困らせるのだが、
「九段目」では、針医の先生が素人芝居の代役に呼ばれ、
「のようなもの」である。そして「居残り」、芝の勝っつぁんに
「見かけねえが若い衆か?」と「若い衆のようなものです」って、
佐平次は答える。まあ偶然だが、ちょっとした共通項は面白い。
「居酒屋」で、番頭鍋を食べたいと言い出した後、小憎さんと
流行り歌の「まっくろけ~のけ」を唄って、洒落を言い合うサゲ。
これがオチという感じでもなかったが、寄席の「居酒屋」だと、
番頭鍋を一人前注文すると「番頭は半人前です」といった、
そういうサゲを聞くので、この流行り歌の場面ははじめてで、
きっと古くは、たっぷり本寸法でこういう展開があったのだろう。
二席目は「九段目」である。この噺は、圓生百席の録音を昔、
聞いたことがあったのだが、なんだかよくわからなかったので、
どうも苦手のイメージで、今回もよくわからないのではないかと
心配があったのだが、やはり難しい。というのもこの忠臣蔵で
九段目というところが、よくわからないというのが大きいか。
他の場面だって知らないが、四段目や五段目、それに七段目、
落語の方ではよく聞いているので、何となくは知っている。
知っている気がしているだけで、知ったかぶりの領域だが、
親しみあるかないかでは大きな違い。九段目については、
正直なところ、登場人物も馴染みがないし、よくわからない。
その一方で素人芝居の情景については、よく落語で聞いて、
わかっている気がする。理解はその程度か。ここではむしろ、
導入のオチに関係してくる煙草の蘊蓄の方が面白かった。
刻み煙草だが、細く切ることを賃粉切りといい、江戸時代の
特に細かく刻んだもの(0.1mm)を「こすり」といったそうである。
上等なものは、よく煙草の方から火を呼ぶというけれど、軽く、
綿のような仕上がりだったのではないか。代役の針医の先生、
内職で賃粉切りの細かい仕事をしており、それがオチに絡む。
仲入り後、「居残り佐平次」である。文楽師匠の提案をヒントに
小満ん師匠が作り上げた新オチで、ちょっとした話題である。
ご祝儀の稼ぎが減ってしまったと他の若い衆たちからの苦情で、
旦那が居残りさんに灸を据えると佐平次を呼び出すが、結局、
着物から帯、小遣いまでせびられて、悠々と店を出ていって、
「灸を据えるといったじゃないですか!」と店の者たちの追及に
「下駄の裏に灸を据えてやった」というのがオチである。これは、
箒を逆さまに立てておく、というのに似ていて、長居の厄介者を
追い出すお呪いである。従来は「御強(おこわ)にかけやがって」
「旦那の頭が胡麻塩ですから」だか、この相対間男が語源の
「騙す」の意味での「御強にかける」が全く通じなくなっており、
文楽師匠が「下駄に灸を据える」のオチを提案したそうだが、
圓生師匠に却下されてしまって、それを小満ん師匠がずっと
温めてきたのであり、師匠の想いを実現させたオチである。
私はこのオチが好きで、聞いていても自然な仕上がりがいい。
でもひとつ残念なのが、佐平次が店から出て、追いかけてきた
若い衆に「俺は居残りを商売にしている佐平次というものだ。
お前もこの仕事を続けていくのなら、名前ぐらい覚えておけ」と
佐平次の正体を明かす場面がないのである。ちょっと惜しい。
でもこの旦那もいい人で、佐平次のこれまでの働きを評価して、
店も繁盛したからと借金を棒引きにしてやると、人柄のよさで
噺の印象は何ともいい。三大極悪噺だけれども爽快であった。
ということで、ちょうど来週、20日(月)は横浜の小満んの会、
「奈良名所」「なめる」「お直し」の三席。会場は吉野町である。

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