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2018年3月31日 (土)

横浜の風景から 530~桜

いずみ中央から和泉川沿いに歩いて、
この週末で散りはじめた満開の桜である。

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和泉川の神田橋にて。

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和泉川の宮下橋にて。

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和泉川の宮下新橋にて。

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横浜の風景から 529

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境川遊水地情報センターのところで境川と和泉川の合流。
藤沢市西俣野と泉区下飯田町と戸塚区俣野町の境界。

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鷺舞橋から境川遊水地公園を見ている。

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和泉川沿いに歩いて、草木橋にて。
横浜市営地下鉄の通っているところ。

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泉区和泉町の中之宮左馬神社にて、鳥居の桜。

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2018年3月30日 (金)

アンジェラ・ヒューイット 5

アンジェラ・ヒューイットによるシャブリエの作品集。
即興曲、田園風のロンド、絵画的な10の小品、
朝の歌、踊るように、奇想曲、アルバムの綴り、
ハバネラ、気まぐれなブーレで2004年6月19-22日に
ドッビアーコのクルトゥーアツェントルム・グランド・ホテル。
シャブリエのピアノ曲を聞くのははじめてで、正直な感想、
あまり面白くなかったのだが、それが何度か聞いていると
不思議と気持ちよくなってくるので、音楽の魅力である。
ヒューイットは、ここでもファツィオーリのピアノを使用して
音が美しくて、その澄んだ響きで、演奏が素晴らしい。
絵画的な10の小品の各曲は、風景、憂鬱、つむじ風、
森で、ムーア風舞曲、牧歌、村の踊り、即興曲、
華やかなメヌエット、スケルツォ・ワルツという題名。

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2018年3月29日 (木)

マルク・アンドレ・アムラン 10

マルク・アンドレ・アムランでドビュッシーを聞いている。
映像 第1集、第2集が、2012年8月25日に
前奏曲集 第2巻が、2011年4月22日で
ロンドンのヘンリー・ウッド・ホールで収録されている。
精妙にコントロールされた響きで細心の注意であり、
しかしそちらの方向性にあまりに偏り過ぎていると
絵画的な要素は失われるし、極めてモノトーンである。
印象派の豊かな創造性、光の揺らぎが生み出す色彩、
そうした要素に背を向け、徹底してメカニックを追及し、
まさにアムランの世界だ。しかし精密なディテールで
こういう演奏は聞けば聞くほどハマってしまうのである。
続編として、まずは前奏曲集 第1巻が聞きたいが、
やはりアムランならば、練習曲集がいいに違いない。

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2018年3月28日 (水)

横浜の風景から 528~桜

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近所の善部神明社だが、日没の少し後で
しかしすっかり暗くなってしまった。

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こちらの桜が、周辺では一番いいなと
散りはじめる前にもう一度、行ってきた。

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2018年3月27日 (火)

クラウディオ・アバド 43

クラウディオ・アバド指揮モーツァルト管弦楽団による
モーツァルトの交響曲 第39番と第40番を聞いている。
2008年6月と2009年6月にボローニャで収録されている。
快速に緩みのないところは、いかにも古楽の方向性だが、
どこかアルノンクール節が聞こえたり、ノリントン節だったり、
ピリオド解釈を突き詰めたアバドの結論が示されている。
ト短調(第40番)もロマンティックな歌謡性は存在せず、
ドライに徹底して削ぎ落とされた筋肉質な仕上がりであり、
イタリア人でアバドのオペラから来ているイメージからすると
どうしても違和感を覚えるし、私の求めているものとは違う。
古楽奏法の演奏は好きだが、アバドは従来の響きがいい。

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2018年3月26日 (月)

横浜の風景から 527~桜

今日も桜の話題で、花はきれいに咲いているのだが、
どうも枝を伐採して、縮小傾向にあるような気がする。

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旭区南希望が丘の中ノ原公園の桜

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瀬谷区阿久和東2丁目の阿久和小金第二公園

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瀬谷区阿久和東4丁目の熊野神社で
社殿の横にこちらはしだれ桜だった。

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2018年3月25日 (日)

横浜の風景から 526~桜

近所の桜を見て回ったが、横浜市でも内陸部は
開花が数日遅く、でもほとんど満開という印象である。

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善部第二公園の桜
道路にはみ出している枝をかなり伐採してしまって、
この数年、何となく寂しい感じ。立派な枝ぶりだった。

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善部第一公園の桜
公園の奥の桜は見事な枝ぶりで花もきれいだが、
春は隣りの柳の木がいい。風になびいている。

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善部町公園の桜
こちらも道路側はだいぶ伐ってしまった印象。
以前はもっと盛大に花を楽しめた気がする。

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善部町公園の桜
公園内はいまも枝ぶりがよくて、きれいだ。

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善部神明社の桜
今日見た中では、この桜が一番立派だ。

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2018年3月24日 (土)

東京の風景から 74~向島

花見といえば向島ということで
吾妻橋を渡って、隅田川沿いに歩く。

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枕橋を渡って、旧水戸藩邸の隅田公園にて
正面にはスカイツリーも見えるが、桜も満開。

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隅田川沿いに花見客で賑わって、
一気に春のすっかり浮かれ気分。

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「長命寺の桜もち」を土産に買ってきた。
花より桜餅でこれが今日のお目当て。

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こちらがその長命寺。芭蕉の句碑は難読。
いささらは 雪見にころふ 所まで
花見ではなく、芭蕉は向島の雪見だが。

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桜橋を渡って、今戸の方面へ。
隅田川の西岸から向島方面を見る。

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隅田公園の枝垂れ桜。

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2018年3月23日 (金)

セドリック・ティベルギアン 2

セドリック・ティベルギアンの演奏でショパンを聞いている。
マズルカ イ短調 作品68-2、ホ長調 作品6-3、
マズルカ 変ロ長調 作品7-1、スケルツォ ロ短調 作品20、
マズルカ ホ短調 作品17-2、イ短調 作品17-4、
マズルカ ハ長調 作品24-2、変ロ短調 作品24-4、
ノクターン ハ短調 作品48-1、マズルカ ロ長調 作品56-1、
3つのマズルカ 作品59 イ短調、変イ長調、嬰ヘ短調、
幻想ポロネーズ 変イ長調 作品61、
マズルカ 嬰ハ短調 作品63-3、ヘ短調 作品68-4
2010年1月にベルリンのテルデックス・スタジオで収録。
ショパンの人生をたどる13曲のマズルカにスケルツォ、
ノクターン、幻想ポロネーズという重要な作品を挿入して、
その世界観に感動するし、演奏もあまりにも素晴らしい。
セドリック・ティベルギアンは、実に細やかな心の動きで
響きも柔らかく、繊細な音色を駆使して、とにかく最高だ。
いま最も注目の存在であり、聞きたいピアニストである。

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2018年3月22日 (木)

小満ん語録~八笑人

月曜日の吉野町での小満んの会における
「花見の仇討」にちなんでの師匠の一句から
「八笑人」について、「花暦八笑人」の初編で
春の場面が「花見の仇討」の元の話である、
ということ。滝亭鯉丈作の「花暦八笑人」で
江戸の気楽な仲間の八人が、茶番を仕組み、
思わぬ手違いで失敗するという滑稽話らしい。
四季折々の行楽の趣向で春は花見である。

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2018年3月21日 (水)

アルバン・ベルク四重奏団 41

アルバン・ベルク四重奏団の1970年代の録音を
収録順に聞いている。今日はモーツァルトの作品で
第16番 変ホ長調 K.428と第17番 変ロ長調 K.458
1978年6月にウィーンのテルデック・スタジオで収録。
この1970年代のテルデックの録音は、有名な「狩」で
締めくくられているが、これ以降はEMIへの録音となる。
研ぎ澄まされて精緻な仕上がりの感想は変わらないが、
作品の穏やかで暖かみのある傾向にもよるのだけれど、
落ち着きがあって、貫録の安定感が備わっているような
そんな印象を受ける。この十年後に行われた再録音で
モーツァルトのEMIのシリーズも聞いていきたいと思う。

Warner 2564 69606-7

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2018年3月20日 (火)

ミシェル・ダルベルト 5

ミシェル・ダルベルトによるフォーレの作品で
バラード 作品19、即興曲 第3番 作品34、
夜想曲 第6番 作品63、第7番 作品74、
主題と変奏 作品73、夜想曲 第9番 作品97、
夜想曲 第11番 作品104-1、第13番 作品119
2017年1月7日にパリ国立高等演劇学校で収録。
素晴らしい構成でその演奏にも深く引き込まれる。
私はフォーレの作品が大好きでこのCDは最高。
ベヒシュタインのピアノを使用しており、何とも独特、
鮮やかな表現とは対照的なセピア色の世界である。
その絶妙なバランスにダルベルトのセンスを感じる。
フォーレの夜想曲って、本当にたまらなく大好きだ。

APARTE AP150

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2018年3月19日 (月)

第144回 柳家小満んの会

県庁に年次報告書を出しに行って、
大岡川沿いに桜の開花を観測しつつ、
吉野町までのんびりと夜は小満んの会。

柳家小多け:つる
柳家小満ん:家見舞
柳家小満ん:お茶汲み
柳家小満ん:花見の仇討

お馴染みの「家見舞」だが、師匠で聞くのははじめて。
夏の噺で、少々臭ってくるようなイメージがあるけれど、
今日は、水瓶の礼に出された料理が芝海老の汁物で、
豆腐と青物の「緑があって、色がいいや」という台詞で
そういうところに春が感じられた。芝海老というので、
春なのかはわからないが、冬から三月の今頃が旬。
笑い所はたくさんだし、ドタバタ要素もある楽しさだが、
汚くならない言葉の運びが小満ん師匠ならではである。
続いて、「お茶汲み」であり、長大なオウム返しだが、
花魁が来て、男がギャーっというのはなんとも笑える。
こういうところがまさに落語的バカバカしいお笑いだが、
前半の男の顔を見ての花魁の驚き様もわざとらしくて、
騙して、騙されて、騙されたふりもして、すべてが遊び、
軽く聞かなくてはならない。真剣なものでないのであり、
わかった上でのいい加減さ、それが遊びというものか。
お茶殻の涙を介して、ウソを楽しむ粋な世界である。
三席目は「花見の仇討」で、2012年3月の関内以来。
その間に2016年3月にも日本橋で演じられているが、
そのときは行けなかったので、6年になるとは驚きだ。
師匠の「花見の仇討」は、もっと最近のような気もした。
花見のご趣向でまさに茶番だが、稽古からして面白い。
この噺は好きである。もちろん今年ははじめてだけど、
聞けるとうれしくなって、先週は、「百年目」も聞けたし、
今日も桜で花見を堪能した気分。吉野町への大岡川で
開いたばかりの桜も見てきたし、テンションが上がった。
ということで、次回は5月17日(木)の第145回であり、
「出来心」「鍬潟」「茶の湯」の三席である。楽しみだ。

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2018年3月18日 (日)

東京の風景から 73~羽田富士塚

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昨日の羽田神社にある富士塚である。

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富士詣りの記念碑に先達さんの名前があり、
「小島藤吉」とあるが、講中の代表者であり、
案内役でもあって、地域の有力者であろう。
多摩川の対岸で川崎大師の先の方だが、
その地の新田開発を行ったのが小島家、
京急大師線の終点が小島新田駅であり、
駅名にも残って、木花講社の小島さんと
関係があるものか?気になるところである。
川崎側の小島新田の地域には、現在も
小島を名乗る子孫の家が多いそうである。

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2018年3月17日 (土)

東京の風景から 72~羽田

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大田区本羽田3丁目にある羽田神社。

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羽田神社の境内奥には浅間神社があり、
人工富士山の富士塚が祀られていた。

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羽田神社の隣にある正蔵院の門前には、
青面金剛と三猿の庚申塔が二基(右の二基)。
左の石塔には「引石塔造立…(不明)」とある。

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羽田神社からすぐ近くにある佃煮の大谷政吉商店。
あさりの佃煮が有名だが、こちらの味付けは、
辛すぎず、甘すぎず、まろやかでやさしい味であり、
素材の持ち味を活かして、煮豆もおいしいし、
さっぱりとした甘味のあんずがお気に入りである。

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2018年3月16日 (金)

3月16日の感想

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お彼岸を前に父の墓参りに行ってきた。
3月はじめの命日の頃に行けなかったので、
お彼岸と合わせることにしたが、これで安心。
天気はよくなかったけど、雨には降られずに
まあ順調な一日。彼岸の入りは18日である。

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2018年3月15日 (木)

エリーザベト・レオンスカヤ 4

エリーザベト・レオンスカヤでシューベルトの作品、
4つの即興曲 D.899、4つの即興曲 D.935
1995年11月と1996年4月にベルリンで収録。
雄大な広がりの中に硬派な厳しさが存在しているのは
まさにロシアのピアニストの伝統だが、それだけでなく、
細やかで速い動きの作品では、軽やかさも見られるし、
音色の美しさは魅力で素晴らしい。しかしその一方で
やはりシューベルトの音楽の重み、踏み込んだときの
明るさの対極に隠されている絶望感みたいなものが
しっかりと伝わってくるのには、心打たれて、感動した。
それぞれの曲の性格をはっきりと描き分けているので、
4つの曲の結び付き、一体感というものは希薄である。
それはそれでいいと思えるだけの説得力がここにある。

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2018年3月14日 (水)

ロジェ・ムラロ 2

ロジェ・ムラロの演奏でショパンの作品集を聞いている。
夜想曲 嬰ハ短調 作品27-1、
ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品35「葬送」、
夜想曲 嬰ヘ長調 作品15-2、舟歌 嬰ヘ長調 作品60、
マズルカ 変ニ長調 作品30-3、嬰ハ短調 作品30-4
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 作品22
夜想曲 嬰ハ短調 遺作 という選曲である。
2006年7月3-6日にリヨンのサル・モリエールで収録。
スケールの大きい音楽を聞かせているロジェ・ムラロが、
一方でピアノの音色は、シンプルで細やかな表情を見せ、
極めて個性的なショパン像に仕上がっているのが面白い。
明るさの影にどこか闇を抱え、光の陰影は独特であり、
軽やかに動きつつも音楽は重みを秘めて、異色である。
奇抜さではない、深い内面性の音楽に引きつけられた。

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2018年3月13日 (火)

第290回 柳家小満んの会

今月も13日の小満んの会で夕方から日本橋へ。
横須賀線で急いで新日本橋まで。汗ばむ暖かさ。

柳家小多け:真田小僧
柳家小満ん:泣き塩
柳家小満ん:道具の意地
柳家小満ん:百年目

「泣き塩」は「在庫棚卸し(2014)」で聞いて以来だが、
今回は筋も知っていて、すると場面ごとの滑稽ぶりに
思わず笑ってしまった。というのは、若侍の悔し涙や
塩屋の爺さんの涙脆さが、少々臭いところもあって、
そこが面白さなのである。それを眺めている野次馬で
江戸っ子の早合点がすべての間違いの元なのだが、
こうしたいい加減なやり取りは、度々登場してくるので、
きっと江戸っ子らしい特徴なのであろう。江戸の風景だ。
知られている岡鬼太郎作の「意地くらべ」とは別なのだが、
道具の「意地くらべ」があると師匠から聞いたことがあって、
思い出されたが、それが今日のこの噺だ。四代目圓喬の
速記が残されており、お菓子の話題にはじまり、この辺は
名人圓喬もまた、明治の頃の名菓子を紹介するマクラだと
それからお茶の話題になり、茶事の様子も面白おかしく、
噺に入り、菓子とお茶に共通の道具の話になるのである。
耳の遠い旦那が、道具屋の持ってきた十五両の茶碗を
十両で買うと困らせて、年寄りの頑固、意地っ張りだが、
実はすっかり聞こえているようでもあり、足りない五両は
負け賃として、別に用意しているという、ちょっとした遊び。
騒動が店の方にも聞こえてきたものだから、見かねて、
若旦那はこっそりと道具屋に五両を渡す。それが余計で
道具屋も意地で返そうとするが、貰っておきなというのに
今度のために取っておいてくださいというのがオチである。
そして「百年目」だが、流れがよくて、台詞もコンパクト、
大ネタの長い印象を感じさせない、スッキリとした展開だ。
堅物で小言を連発するやかましい番頭さんはいかにもだが、
旦那は細かく帳簿を確認したりせずに、そこは、昨晩、
実は確認したのかもしれないけれど、それにはふれずに
むしろ番頭さんの粋な心得のあることにすっかり安心して、
心置きなく暖簾分けができると別居が決まるのである。
よって旦那のお説教もシンプルであり、天竺の栴檀の話も
番頭さんへのはなむけの言葉になっていた。もっと練って、
言葉も増えると当然、時間的にも長くなってくるのだが、
逆に今日の展開だと寄席のトリでも行けそうな感じである。
「道具の意地」でも話題に上っていたが、長命寺の桜餅を
旦那が向島で土産に買ってきたようで、翌朝の場面では、
番頭さんのお茶請けに桜餅が振る舞われていた。春だ。
ということで、来週の月曜日、19日は横浜の小満んの会、
演目は「家見舞」「お茶汲み」「花見の仇討」の三席である。

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2018年3月12日 (月)

スティーヴン・オズボーン 4

スティーヴン・オズボーンのドビュッシーを聞いている。
仮面、スケッチ帳より、喜びの島、映像 第1集、
映像 第2集、版画、子供の領分 という選曲である。
2016年10,11月にロンドンのヘンリー・ウッド・ホール。
とにかく素晴らしくて、スティーヴン・オズボーンは最高だ。
しなやかな運動性で、柔軟な響きが最初の印象だが、
鮮やかで明瞭にときに強い輝きは眩しいぐらいであり、
その絶妙なコントロールには、夢中になってしまった。
絵画的な仕上がりではないし、そこに物語もないが、
自身の音楽をストレートに伝えて、独特の世界観が
豊かに広がっていく過程は、まさに目からウロコである。
そこがファンを虜にするのであって、天才的といえる。

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2018年3月11日 (日)

アルバン・ベルク四重奏団 40

アルバン・ベルク四重奏団の1970年代の録音を
収録順に聞いている。今日はモーツァルトの作品で
第18番 イ長調 K.464と第19番 ハ長調 K.465
1977年6月にウィーンのテルデック・スタジオで収録。
日曜の晩にゆったりとこれぞ室内楽という癒しの時間。
ちょっと渋くって、大人の落ち着きも感じられるけれど、
この第18番が昔から大好きである。こういう作品を
普段から聞いていたら、まさに通人のような気もして、
しかし本当の傑作であり、何度聞いても感動的だ。
第19番「不協和音」もモーツァルトの偉大さにふれて、
ベートーヴェンと比べても少しも負けていないと思う。
というような感想が出てくるのもこの演奏の特長で
アルバン・ベルク四重奏団が客観的な視線を保ち、
シャープで安定感のある運びを徹底して貫いている。

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2018年3月10日 (土)

3月10日の感想

泉区の富士塚からは、ちょうど今日あたりが
ダイヤモンド富士となる頃だと思うのだけど
見に行っていないが、夕日はきれいだったが、
西の山々は雲の中であり、やはり見えない。
三月上旬の天気は、本当にダメである。
度重なる春の嵐は、異常気象で困ってしまう。

明日は震災の日だ。思い出すと恐ろしいが、
ときどき思い出さないといけないし、そして
不安になるけれど、考えなくてはいけない。
2011年は、地震が起きたのが金曜日の午後で
それから二日、日曜日には計画停電の話題や
福島第一原発の危機的状況も伝わっていたか?

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2018年3月 9日 (金)

ウォルフガング・サヴァリッシュ 9

ウォルフガング・サヴァリッシュの指揮による
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏で
ベートーヴェンの交響曲全集を収録順に聞いていく。
交響曲 第5番 ハ短調 作品67
交響曲 第6番 ヘ長調 作品68「田園」
1991年3月にアムステルダム・コンセルトヘボウで収録。
このシリーズの最初の録音であり、当時は話題になって、
私も繰り返し聞いてきたが、やはりまずはここからである。
ゆったりとしたテンポで非常に誠実な姿勢が特長的だが、
聞けば聞くほどに丁寧な響き、きめ細かな印象がある。
普遍性の一方で渋い存在でもあるのだが、今だからこそ
サヴァリッシュの偉大さを再認識して、大切な演奏である。

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2018年3月 8日 (木)

パーヴァリ・ユンパネン 6

パーヴァリ・ユンパネンでベートーヴェンを聞いている。
ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53「ワルトシュタイン」
ピアノ・ソナタ 第22番 ヘ長調 作品54
ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57「熱情」
2010年9月、2011年1月にクーモ・アートセンターで収録。
シャープで鮮やかな表情には、清潔感すらも漂うのだが、
一方でベートーヴェンの中期に位置する充実の傑作であり、
力強い運動性と明確な構成力が魅力である。感動的だ。
パーヴァリ・ユンパネンのピアノは、とにかく最高である。
作曲の時期が近いことでこの3曲が集められているが、
「ワルトシュタイン」と「熱情」を一気に聞いてしまうのは、
勿体ないぐらい。このソナタ全集は本当にハマってしまう。

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2018年3月 7日 (水)

ルドルフ・ブッフビンダー 4

ルドルフ・ブッフビンダーがウィーンフィルと協演した
ベートーヴェンのピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調「皇帝」
2011年5月にウィーン楽友協会大ホールでライブ収録。
力強く、豪快なピアノであり、そう書くのは簡単なのだが、
予想を超える迫力があって、これは驚きの楽しさである。
レコード制作を目的としている整った仕上がりではなくて、
まさにライブの臨場感がたっぷりと収録されて、感動的。
そうした起伏の激しいブッフビンダーの独奏に合わせて、
ウィーンフィルも盛大に鳴らせて、気合いが入っている。
ブッフビンダーの長年のベートーヴェン演奏における
ひとつの答えが示されているが、より自由な境地であり、
その想いをストレートに音にして、とにかく素晴らしい。

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2018年3月 6日 (火)

アマデウス四重奏団 11

アマデウス四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲を
録音年代順に聞いているが、昨日の続きで作品18の後半、
弦楽四重奏曲 第4番 ハ短調 作品18-4
弦楽四重奏曲 第5番 イ長調 作品18-5
弦楽四重奏曲 第6番 変ロ長調 作品18-6
1961年9月にハノーヴァーのベートーヴェン・ザールで収録。
第4番が短調で書かれており、そこは目立って特徴なのだが、
それ以上にこうして6曲を一つのまとまりとして発表する際に
ベートーヴェンは実に様々な方向性、可能性を試すのであり、
そこが最大の面白さである。それにしても力強い響きであり、
独特の熱気が伝わってきて、そこがアマデウス四重奏団の
演奏における統一感となっている。素晴らしい。私は好きだ。

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2018年3月 5日 (月)

アマデウス四重奏団 10

アマデウス四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲を
録音年代順に聞いているが、今日と明日で作品18の6曲、
弦楽四重奏曲 第1番 ヘ長調 作品18-1
弦楽四重奏曲 第2番 ト長調 作品18-2
弦楽四重奏曲 第3番 ニ長調 作品18-3
1961年9月にハノーヴァーのベートーヴェン・ザールで収録。
骨太で豪快な演奏は感動的だ。いかにも録音は古いけど、
力強くスケール雄大な音楽は、圧倒的存在感を示している。
作曲の順では、第3番のニ長調が最初に作曲されたのだが、
出版の際にヘ長調を第1番としたらしい。つまり3,1,2の順番。
ヘ長調の象徴的な出だしはスタートとして非常に印象的だが、
ニ長調の後半のシンフォニックな仕上がりは、いかにも壮観。

DG 463 143-2

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2018年3月 4日 (日)

3月4日の感想

明日が父の命日なのだが、その少し前に
お墓参りに行ってこようと相談していたのだけど、
都合つかなくなってしまって、遅れてもいいけれど、
春のお彼岸も近いことだし、その際にはまわりも
お墓参りが多くて賑わうから、今年は少し時期を
遅らせることにした。写真に向かって、少ししたら
行くからね…と話しかけて、許してもらうことに。
気にしていると夢の中で催促されてしまうかも。

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2018年3月 3日 (土)

3月3日の感想

今日は雛祭りで、するとこれからの一週間が、
うちの辺からのダイヤモンド富士の季節なのだが、
二月の下旬からこのところずっと天気がイマイチで
富士山を見ていない。晴れていても空が霞んでいて、
昨日の夕方も日没はきれいだったが見えなかった。
例年、この三月上旬はどうも似たような気候である。
今年のダイヤモンド富士はどうであろう。見えるか?

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2018年3月 2日 (金)

ダニエル・バレンボイム 25

ダニエル・バレンボイム指揮パリ管弦楽団による
ラヴェルのボレロ、亡き王女のためのパヴァーヌ(1981.4.30)、
ラ・ヴァルス、ダフニスとクロエ 第2組曲(1981.3.27)
パリのメゾン・ド・ラ・ミュテュアリテで収録されている。
バレンボイムのパリ時代の録音だが、重く、ゆったりとして、
ドイツ的ともいえる、ワーグナー風の傾向も見られるような
そうした仕上がりだと思うのだが、私は好きな演奏である。
どっしりとした構えで、音楽は引き締まって、渋さもあり、
その一方で音には色があって、実にラヴェルの世界だ。
この同じ時期にバレンボイムは、やはりパリ管弦楽団で
ドビュッシーをLPで4枚分、制作しているようなのだが、
まだ聞いていない。同じ方向性だと思うけど、興味が湧く。

DG 400 061-2

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2018年3月 1日 (木)

ミシェル・ダルベルト 4

ミシェル・ダルベルトによるドビュッシーの作品で
子供の領分、映像 第2集、前奏曲集 第2巻、
2015年5月30日にマントヴァのテアトロ・ビビエーナ。
ライブ収録で演奏会の臨場感を大切にしているが、
表現に遊びがあって、即興性や音の輝き、躍動感も
少し大胆に思い切ったところがあるのが魅力である。
音が美しくて、すぐにそこに引き込まれてしまったが、
ミシェル・ダルベルトもファツィオーリのピアノであった。
音の輪郭がくっきりと浮かび上がり、圧倒的鮮やかさ。
テクニックの切れ味もまさに理想としかいいようがない。
そこで洒落た音楽を聞かせてくれるのだから最高だ。

APARTE AP111

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