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2018年7月31日 (火)

カティア・ブニアティシヴィリ 1

カティア・ブニアティシヴィリのラフマニノフを聞いている。
ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調と第3番 ニ短調
パーヴォ・ヤルヴィの指揮によるチェコフィルと協演。
2016年11月11,12日にプラハのルドルフィヌムで収録。
カティア・ブニアティシヴィリの音楽は感情の起伏も大きく、
変化の激しい表現であると基本的にはそう思っているのだが、
しかしあまりそういう感じに聞こえてこないところがあって、
それは驚異的なテクニックとシャープな表現による鮮やかさ、
スピード感覚における、爽快に駆け抜ける快適な空気感で、
強烈な個性を示している。そしてここでは、実に効果的に
繊細な弱音を盛り込んで、ラフマニノフの音楽の美しさが
最大限に発揮されている。パーヴォ・ヤルヴィの求める音も
それに合わせて、透明感のある響きをオーケストラから
引き出しており、これは感動的だ。引き締まった表情には
力強さも秘められているけれど、濃厚にならないところで
豊かな音楽が凝縮されており、これは名盤。満足度が高い。

SONY 88985402412

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2018年7月30日 (月)

フランソワ・グザヴィエ・ロト 1

フランソワ・グザヴィエ・ロトの指揮によるレ・シエクルで
グラズノフのバレエ音楽「ライモンダ」「四季」より
シンディングの東洋舞曲 作品32-5、
アレンスキーのバレエ音楽「エジプトの夜」より
グリーグの抒情小曲集~小妖精 作品71-3
ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」(1910年版)
2010年10月2,9日にパリのシテ・ド・ラ・ミュジークで収録。
注目のフランソワ・グザヴィエ・ロトが指揮している演奏は、
これまで南西ドイツ放送交響楽団のシリーズで聞いてきたが、
いよいよレ・シエクルの演奏である。まずは「火の鳥」全曲。
全体に楽しい選曲で通常の響きからかけ離れていることはなく、
比較的コンパクトに聞こえるのは、演奏の鋭さゆえであろう。
音楽の流れがよく、すべて魅力的なのだが、やはり「火の鳥」。
おどろおどろしい音色が出たかと思うとなんとも透明な輝きで
弦楽器の生々しい感触は衝撃だが、清々しく、気持ちがいい。
この緻密な仕上がりは、やはり奇跡的なものを感じるのだが、
こういう演奏が出てきてしまうと他では聞けなくなってしまう。
音楽の作り方、鳴らし方があまりに上手く、これは天才的だ。

Musicales Actes Sud ASM06

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2018年7月29日 (日)

7月29日の台風一過

東から西へ進んだはじめての台風が通り過ぎて、
台風一過の青空を写真に撮りたいと思ったが、
どうもそうならずに晴れては、雨が降り出して、
午後は蒸して、気温も一気に上昇で何とも不快。
夕焼けがきれいに見えるかと期待したら中途半端。
しかし夜遅くになってからは、月がくっきりと現れて、
その少し右に最接近中の火星が、赤い光である。

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2018年7月28日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「女性はなんでキャー!っていうのか?」
瞬時に大きな声を出すのに適している。
「あ」という母音で大きな声を出し、
「き」は破裂音で一気に爆発的な音を出す。
聞く側にとっても聞きやすく、出しやすい音と
聞き取られやすい音で定着した。

「かき氷のブルーハワイは何味か?」
規定はなく、メーカーによって味は異なる。
ソーダ味、トロピカル風味、ピーチ風味など。
1965年頃、昭和40年代に冷蔵庫が普及して、
かき氷がブームとなった。海外旅行の自由化で
ハワイもブームとなり、ブルーハワイが人気に。
ブルーキュラソーはオレンジの皮の味である。

「サバを読むって何か?」
ごまかすときに「サバを読む」というが、
サバは味がよい魚として、刺サバ(干物)は
諸藩の大名から将軍に献上されていた。
サバは腐れやすく、すぐに出荷しないと
駄目になってしまう。漁師はサバが上がると
急いで数え、よって数え間違いも多かった。
合わないと「誰がサバを読んだ!」と怒られ、
大火や飢饉で数え間違いは許されなくなり、
わざと間違えることを「サバを読む」と
悪い意味で使われるようになった。

「学校のチャイムはなぜあの音か?」
「キンコンカンコン」のチャイムが主流だが、
昭和31年、大森第四中学校で導入された。
それまではベルを鳴らして校内を回っていたが、
休み時間に差が出ることや空襲のベルに似て、
戦争を連想させることから井上尚美先生が、
ビックベンの鐘の音をチャイムに起用した。
そこには、戦争で傷ついた子供たちの心を
癒してあげたいという思いが込められていた。

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7月28日の皆既月食

28日の明け方、今年二度目の皆既月食で
そんなに早くは起きられそうにないので、
最初から諦めていたのだが、台風の接近で
雨も降っていたので、やはり見られなかった。
九州と沖縄では、ところにより観測されたらしい。
次回は2021年5月26日とちょっと先だ。

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2018年7月27日 (金)

ゴットフリート・ラブル 1

ゴットフリート・ラブル指揮ウィーン放送交響楽団で
エゴン・ヴェレスの交響曲全集を収録順に聞いていきたい。
交響曲 第4番 作品70「オーストリア交響曲」(1951-1953)
交響曲 第6番 作品95(1965)
交響曲 第7番 作品102「奔流に逆らって」(1967-1968)
2001年11月13-16,26,27日にORFフンクハウスで収録。
夏に聞きたいと思っていたのだが、マーラーの後期の作風、
続く新ウィーン楽派の響きを残しつつ、現代音楽の方へは
向かわずに世紀末ウィーンの空気感や後期ロマン派的な
濃厚な色合いを全面に押し出して、好きな人にはたまらない。
こうした隠れた名曲を見つけると本当にうれしくなってしまう。
エゴン・ヴェレスは、ウィーンの出身の作曲家、音楽学者で
シェーンベルクの元で学んだが、ユダヤ人だったために
ナチス・ドイツのオーストリア併合でイギリスに逃れている。

CPO 777 183-2

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2018年7月26日 (木)

横浜の風景から 532

20180726a

泉区新橋町の瀬谷柏尾道路の水田を見に行ってみると
青々としていたが、ちょうど稲の花が咲いていた。

20180726b

お馴染みのお墓山の風景。瀬谷区阿久和南1丁目にて。

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2018年7月25日 (水)

ジャン・エフラム・バヴゼ 3

ジャン・エフラム・バヴゼでドビュッシーの作品を聞いていく。
前奏曲集 第1巻と第2巻、燃える炭火に照らされた夕べ
2006年11月6-8日にダンウィッチのポットン・ホールで収録。
鮮やかに切れ味よく、爽快感も漂う高度なテクニックが魅力。
隅々にまで平衡感覚に優れ、なんとも調和に満ちた仕上がり。
無色透明な音色がそうした傾向をさらに強調して、その点でも
第2巻は絶品だ。絵画的な描き方ではなく、音楽そのものから
この独特な世界が湧き出してきて、何とも強く引き付けられた。
これだけたくさん聞いてきているのに、まだ発見があるなんて。
最後に入っている「燃える炭火に照らされた夕べ」という曲は、
2001年に発見されたドビュッシーの最晩年の作品だそうで、
第1巻の「音と香りは夕暮れの大気に漂う」に似ているが、
別の作品であるらしい。第一次世界大戦中、物資不足の中で
石炭を送ってくれた石炭商のために作曲されたと記述がある。

CHANDOS CHAN 10743

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2018年7月24日 (火)

フランクフルト歌劇場2014

セバスティアン・ヴァイグレ指揮フランクフルト歌劇場による
マルティヌーの歌劇「ジュリエッタ」~第2幕の後半と第3幕。
2014年6,7月にフランクフルト歌劇場におけるライブ録音。
上演の舞台写真が掲載されているが、音で聞いているので
なかなか具体的な様子はわからず、するとドビュッシーの
「ペレアスとメリザンド」の世界観があるようにも感じられるが、
ただしドイツ語での上演であり、この歌劇「ジュリエッタ」は、
言語はフランス語とチェコ語とあって、ここでは特別な形で
ドイツ語上演をしたのか?詳細はよくわからないのだが。
せめて物語のあらすじを知りたいところだけど、ネット上で
見付けられたのだが、幻想的なストーリーをあらすじで
読んでもよくわからないのであり、場面が通り過ぎていくが、
最後は夢オチらしい。つまりは現実の世界と錯覚しながら
浮遊する意識領域は現れては消え、霧の中を彷徨って、
歌劇の題材としては、現代的である。しかしそれにしても
マルティヌーの音楽が素晴らしい。天才だ!これは傑作。
ドイツの歌劇場でこういう宝を掘り出してくれるのだから、
セバスティアン・ヴァイグレは本当にありがたい存在だ。
ビエロフラーヴェクは歌劇「ジュリエット」を指揮していて、
ヴァーツラフ・ノイマンなども取り上げているに違いない。

OEHMS OC966

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2018年7月23日 (月)

フランクフルト歌劇場2014

セバスティアン・ヴァイグレ指揮フランクフルト歌劇場による
マルティヌーの歌劇「ジュリエッタ」~第1幕と第2幕の前半。
2014年6,7月にフランクフルト歌劇場におけるライブ録音。
フランクフルト歌劇場が取り組んでいる隠れた名作シリーズ、
珍しい上演のライブ録音だが、もちろん聞くのははじめてだ。
ここで取り上げられるだけあって、音楽が何とも素晴らしい。
1938年3月16日にプラハの国立劇場で初演されたようで
アメリカに渡る(1941)前のパリ時代の作品であるらしい。
代表作である6つの交響曲よりも先に作曲されている。
調べてみるとマルティヌーにはオペラが何作もあって、
雰囲気的には、ヤナーチェクに近い印象もあるけれど、
パリという先入観か、ドビュッシーやラヴェルの響きも
どこかに入っているような気がして、実際のところは、
ルーセルなど、フランス六人組の影響が大きいらしい。
夢をテーマにした心理劇みたいな感じらしいのだが、
詳しくはよくわからないので、ちょっと調べてみたい。

OEHMS OC966

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2018年7月22日 (日)

7月22日の火星

20180722

このところ、日付が変わる遅い時間に
南の空に赤い星が見えて、かなり明るいが、
瞬いていないので惑星であり、火星であった。
よく見えるので、気になったのだが、調べると
-2.2から-2.8等級で木星よりも明るいらしい。
そして7月31日が地球に最接近だそうである。

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2018年7月21日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「緊張すると口が渇くのはなぜ?」
緊張状態とは自律神経の乱れである。
天敵に獲物として狙われているのと同じで、
公衆の場で多くの視線を感じたりすると
血液が減り、唾液が減り、口が渇いてしまう。
ため息をつく、空を見上げるなどで緊張はほぐれる。

「大人になると一年があっという間に過ぎるのはなぜ?」
大人になると人生にトキメキがなくなり、時間が早く感じられる。
心がどれくらい動いているかが重要で、驚きや感動があると
時間は長く感じられる。子供は行事や新しい経験が多くあり、
それに対して、大人は惰性で生きてしまっていることが多い。
「自分の感じる時間」と「実際の時間」とが一致しはじめて、
19歳頃からしだいに時間が短く感じられるようになる。

「男性が声変わりするのはなぜ?」
哺乳類のメスは、声の低いオスに魅力を感じる傾向がある。
変声期になるとテストステロンという男性ホルモンが分泌され、
声帯が長くなって、声変わりする。テストステロンが多い男性は、
生殖能力も高く、病原体にも耐性があり、強い男性といえる。
声が低くなるのは、「俺は強い」というアピールともいえる。

「ピーマンは苦いのになぜ食べるのか?」
ピーマンはナス科トウガラシ属の中南米が原産である。
大航海時代にコロンブスが持ち帰り、ヨーロッパに広まった。
日本へは明治の頃に入ってきているが、広まったのは、
第2次世界大戦後である。闇市等で、物価が急上昇し、
国が価格統制を行って、値段が下がると物不足に陥り、
しかしピーマンは有名でなかったため、規制の対象外で
自由に売買され、流通し、急速に知られるようになった。
ピーマンは大量生産が可能であり、また日本人には、
青い野菜を食べたいという青物信仰があって普及した。
本来は、緑色のピーマンは成長の過程であり、
収穫せずに付けておくと赤いピーマンとなって、
栄養価も高く、甘くておいしいピーマンとなる。
しかし熟しているので、保存期間は短くなってしまう。

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2018年7月20日 (金)

小満ん語録~荷足船

少し前だが、13日の日本橋での小満んの会での
「涼み船」による師匠の一句から「荷足船」について。
荷足船(にたりぶね)は、東京湾、相模湾あたりで
使われていた小型の和船とある。猪牙船よりは大きく、
主として荷船として利用され、幅が狭く,船足が速く、
飛脚船としても使われていたらしい。「涼み船」で
炎天下に船の上で太鼓を叩いてバカ騒ぎをするが、
師匠と栄さんを乗せた川遊びの屋根船に対して、
こちらの船は荷足船であったのだ。速いそうなので
三味線の音色も漏れて優雅に進んでいる屋根船に
あっという間に追いついてしまうのもよくわかる。

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2018年7月19日 (木)

第146回 柳家小満んの会

横浜での小満んの会で夕方から吉野町へ。
出るのが少し遅くなってしまって、この暑さで
汗かきながらヘトヘトになって会場に到着。

春風亭朝七:のめる
柳家小満ん:道具屋
柳家小満ん:麻のれん
柳家小満ん:付き馬

小満ん師匠の「道具屋」は、髭抜きやお婆さんの木魚で
長い型だが、教わったのは五代目小さん師匠なのだけど、
四代目小さんの「道具屋」だそうである。目白の師匠は、
自分が四代目から教わった通りに稽古を付けてくれたと
以前にお話を聞いたことがあった。四代目の型の特長は
与太郎が洒落ていて、台詞の一つ一つで気がきいている。
36歳の与太郎は、与太郎なりに人生経験を積んでいる。
おじさんに元帳をもらって、儲け方を教わり、儲かった分で
旨いものでも食ってこいといわれるのだが、天婦羅の屋台が
出ていて、客の冷やかしに付き合って、時間ばかりが過ぎ、
だんだん腹が減ってきて、無茶に儲けようとするところが
面白い。元帳で五円の小刀を客は三円で買うといい出すし、
ガラクタ同然の品物で、刃先が痛んで、「先が切れなくて、
元が切れてしまいます」というオチ。ここも難しいことを
いっていて、与太郎の馬鹿と天才は紙一重なのであり、
四代目小さんの凄いところだ。「お雛様の首が抜けます」
「値は?音はズドーン」とかだと与太郎はかわいらしい。
今日の「道具屋」「麻のれん」とこれらは「棚卸し」で
聞いているのだが、師匠の「麻のれん」も洒落ている。
それは按摩の杢市さんが、枝豆で直しを飲む辺りだが、
今回、聞いて、この噺は夏だなって強く感じたのは、
蚊帳の中に上手く入れなくて、蚊に刺されるところである。
暑い夏の夜がすごく伝わってきた。蚊帳が重要であり、
それはわかっていたのだけど、なぜか蚊の飛び交う音に
夏を感じてしまった。ちょっと皮肉なことのようにも思うけど、
それだけ蚊に悩まされている。そういうことかもしれない。
「付き馬」は、2013年の日本橋の会で演じられていると
記録してあるが、私は聞き逃して、師匠でははじめて聞く。
吉原の若い衆が、客に引っ張りまわされて、大門を出て、
浅草まで来て、観音様にお参りして、最終的に田原町で
早桶屋さんのところまで来るのだが、浅草の描写では、
他の噺家さんとはかなり違っている。粋で通な浅草案内。
雷門が慶応の火事で焼けて、再建されず、門がないのに
雷門と呼ばれているというところに時代が感じられるが、
昭和35年に再建されるので、つまりは明治から大正、
それか昭和の初期、前半という感じで、朝飯の湯豆腐が
二人前で五円弱という感じだから、昭和なのだろうけど、
一晩、盛大に遊んで、五十円、巨大な早桶の木口代、
つまり材料費だけで二十円とそこに雰囲気を感じる。
最後の早桶屋さんのところでちぐはぐな会話ながら
「拵える、拵える」と見事に若い衆が騙されてしまって、
その辺はとにかく面白いのだが、極悪ながら傑作!
ということで、次回は9月20日(木)の第147回であり、
「お見立て」「疝気の虫」「試し酒」の三席。楽しみだ。

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2018年7月18日 (水)

新府の桃の風景

今年も「新府の桃」を買いに
梨北農協の新府共選場に行ってきた。

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「新府の桃」の持ち帰り用を三箱購入。

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新府共選場から見える新府城址と桃畑。

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帰りに「ひまわり市場」に寄ってみた。
テレビでも紹介されている地産地消のスーパー。
マイクパフォーマンスで有名な社長はいなかった。

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2018年7月17日 (火)

7月17日の風景~上田

母方の祖母は長野県の上田の生まれだが、
若い頃に一家で東京に移り住んできて、
昭和30年代までは、先祖の墓が上田の寺に
あったそうだけど、すでに記録は失われていて、
先祖のルーツを探りに上田市を訪れてみた。

山梨県北杜市大泉町の叔父の家に
埼玉の叔父も集合して、揃って上田へ。

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上田の駅前にある「よろづや」というお蕎麦屋さんが
遠い親戚にあたると母が祖母から聞いていたそうで
食事をして、会計を済ませ、ちょっと聞いてみたところ
接客をしていた若い男の子が店の息子さんで
厨房にいる現在のご主人を呼んできてくれて、
唯一、祖父が残したアルバムにある白黒写真で
墓参の折の祖母の姉妹の写真を見てもらうと
そのうちの一人が「これは私のおばあさんです」と
それで「この墓はうちの墓のところです」って、
菩提寺と墓地の場所が分かった。奇跡が起きた。

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「よろづや」の長田さんに教えていただいて、
浄楽寺というかつて菩提寺だったお寺にお参り。
50年前のことだが、このお寺にお世話になっていた。

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少し離れた山の上にある浄楽寺の墓地。
もちろん墓はないが、古い先祖はこのどこかに
眠っていると思う。当時は土葬だったようで
墓を移すときにその場所の土を持ってきたらしい。

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古い戸籍謄本に載っている祖母の父、
祖母の祖父の本籍地付近。現在の上田市上田。

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2018年7月16日 (月)

圓朝速記~真景累ヶ淵(四九)

土手の甚蔵がお賤のところへ強請りに来る場面。

丁度九月十一日で、余程寒いから素肌へ馬の腹掛を
巻付けましたから、太輪(ふとわ)に抱茗荷(だきみょうが)の
紋が肩の処へ出て居ります、妙な姿(なり)を致して、

博打ですっかり取られてきた甚蔵の姿だが、
9月11日で大そう寒いそうである。旧暦のことであり、
いま(新暦)に直すと10月下旬から11月はじめの頃。
すると、寒いというのも頷ける。現在の9月はまだ暑い。

新吉は他人(ひと)が来ると火鉢の側に食客(いそうろう)の様な
風をして居るが、人が帰って仕舞えば亭主振(ていしぶ)って(後略)

「居候」だが、「食客」と書いて「いそうろう」と読ませている。
落語では、「湯屋番」や「船徳」など、居候の若旦那の噺で
別のいい方として「食客」というのがよく出てくるのだが。

惜まれる人は早く死ぬと云うが、五十五じゃア
定命(じょうみょう)とは云われねえ位(くれえ)で

圓生師匠の「真景累ヶ淵~(八)聖天山」を聞いていると
まさにこの通りに聞けるのだが、「寿命」を「じょうみょう」と
読んでいるのかとこれまで勘違いをして聞いていた。
定められた命であり、字で読むとたしかに「定命」である。

甚蔵「(前略)借金の眼鼻を付けて身の立つ様にして貰うにゃア、
何様(どん)な事をしても三拾両貰わなけりゃア追付(おっつ)かねえから、
三拾両お借り申してえのさ、ねえ何うか」
お賤「何(なん)だえ三拾両呆れ返って仕舞うよ、女と思って
馬鹿にしてお呉れでないよ、何だエお前さんは、お前さんと私は何だエ、
碌にお目に掛った事も有りませんよ、女一人と思って馬鹿にして三拾両、
ハイ、そうですかと誰が貸しますえ、訝(おか)しな事をいって、なん、なん、
なん何をお前さんに三拾両お金を貸す縁がないでは有りませんか」

お賤の啖呵が聞きものだ。江戸の女である。
「お富与三郎」の「玄冶店」でお富の啖呵も迫力あるが、
それを思い出すような鮮やかな言い回しに聞き惚れてしまう。

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2018年7月15日 (日)

東海道の風景から 69~保土ヶ谷宿

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保土ヶ谷宿へ向かう途中の浅間神社。
西区浅間町1丁目の崖上にある神社。

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松原商店街の入口で八王子道との追分。
浅間町4丁目から保土ヶ谷区宮田町へ。

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保土ヶ谷駅近くにある宿場そば桑名屋。

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東海道の風景から 68~神奈川宿

神奈川宿から保土ヶ谷宿まで歩いてきた。
暑かった。横浜の最高気温は33.4度らしい。

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京急神奈川駅の青木橋にて。
正面に山(公園)があるが、国鉄開通時、
切通しにして、線路が敷かれたらしい。
土は海の埋め立てに使われたのであろう。

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神奈川区台町にある大綱金毘羅神社。

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同じく神奈川区台町にある料亭田中家の周辺。
広重の神奈川台の浮世絵にも描かれている場所。

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2018年7月14日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「指のポキポキって何の音?」
関節の中に滑液があり、動くとガスが溜まるが、
そのガスの泡がはじける音である。

「なんで牛乳を飲むとき腰に手を当てるのか?」
牛乳瓶の飲み口の上が鼻に当たるので、無意識に
体をのけ反らせている。腰に手を当てた方が、
より後ろへのけ反らせることができるようだ。
牛乳瓶の飲み口は、昭和33年、26mm以上と定められた。
現在は34mmで瓶の中を洗いやすい形状となっている。

「ジーンズのポケットの中にある小さなポケットは何?」
ジーンズを履く労働者たちに懐中時計を入れるポケットを
求められ、リーバイスの創業者リーバイ・ストライスが、
懐中時計を入れるポケットを考案した。ウォッチポケット
といわれていたが、現在はコインポケットと呼ばれている。

「日本ではどうして左側通行なのか?」
道路交通法で道路の左側を通行するよう定められている。
江戸時代には、武士は左側の腰に刀を差していたので、
すれ違いで刀が当たり、伐り合いにならないように
左側を通行することとされていた。一方で世界では、
右側通行の国が多いが、ナポレオンが右側の通行を命じ、
フランスの征服地は右側通行である。明治時代に日本は、
イギリスの交通法を参考にして決めたが、イギリスは
ナポレオンに征服されなかったため、左側通行であった。
イギリス人も日本の武士と同じく左腰に刀を差していた。

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2018年7月13日 (金)

第292回 柳家小満んの会

13日で小満んの会である。夕方から日本橋へ。
横須賀線で新日本橋へ行ったが、電車を降りて、
駅構内は暑いし、地上へ上がってくるとさらに暑く、
この蒸し暑い空気で、それでなくても体力消耗。

春風亭朝七:牛ほめ
柳家小満ん:浮世床
柳家小満ん:化物娘
柳家小満ん:涼み船

小満ん師匠の「浮世床」を聞くのは、今回がはじめてで、
寄席版とは違って、いろいろな挿入もあって、本と夢の間に
将棋の場面があり、駒の進め方で差しながら洒落をいい合う。
夢の後、髪結の親方が、代金を置かずに帰った者がいると。
畳屋の職人だから、とってきてやるということになるのだが、
「畳屋だけに床を踏みに来た」というオチ。畳の芯が畳床で、
藁やら土を踏み固めて作るのであり、畳屋の用語としては
イメージできるのだが、「床を踏む」で調べてみたのだが、
よくわからなかった。「太閤記」を読み上げる本の部分は、
くどくてしつこく、あまり好きじゃないのだが、でもなぜか?
小満ん師匠だと不思議に素直に笑えた。つかえて先に
進めないというのではなくて、読み違えて、間違えている、
音が異なると意味まで違ってきて、そうした言葉遊び的な
もって行き方なので、そこが重要なのかも。しつこくって、
もういいと不愉快になってくるのは、吃音的な演り方だ。
「化物娘」は、「本所の七不思議」のひとつだそうである。
実は行く前にちょっと検索してみたら、あらすじが出てきて、
つい読んでしまったものだから、話をしっかりなぞって聞いて、
年頃の娘さんを化物扱いするという、とんでもない噺ながら、
面白くて、大いに笑ってしまった。了見が問われてしまう。
禽語楼小さんというから明治前半の二代目の小さんだが、
速記(百花園)が残っていると書いてあって、近いところでは
志ん生師匠の録音が残されているらしい。帰ってきてから、
改めて落語事典で調べてみたのが掲載はなく、どことなく
圓生師匠の「遠山政談」に似ているのだが、それは別の噺。
「涼み船」は「汲みたて」である。しかしそこはサゲが違って、
「糞でも食らえ!」「食ってやるから持ってこい!」と船と船で
いい争っているところに肥船が一艘、抜けていくのではなく、
熊さんだったか、風呂上がりに師匠のところで一杯飲みたい、
刺身が食いたいと、なのに煙草まみれの湿気た塩煎餅を
食わされたものだから、食い物の恨みは恐ろしいのであり、
師匠と栄さんの船に飛び移ってきて、殴りかかると思いきや
「一杯飲ましてくれ!」と頼み込むオチ。抜け駆けをして、
師匠といい仲になった栄治を袋叩きにしてやろうという
なんとも物騒な展開なのだが、そういう嫌な雰囲気はなくて、
ただ陽気に楽しい印象なのは、小満ん師匠の工夫であろう。
肥船の「汲みたて」が出てこないので、よって題名も変わり、
「棚卸し」の際に「囃子船」の題名で演じられていたのだが、
その後、三遊亭圓右の公演記録に「涼み船」を見付けて、
内容は不明ながら、師匠はその題名が気に入られたそうで
今後は「涼み船」で演じてみたいとお聞きしたことがあった。
今回は「浮世床」と「涼み船」と仲間がワイワイ盛り上がり、
夏のノリでドタバタ騒動も沸き起こるものだから、より一層、
楽しく、笑って、なんとも心地のよい小満んの会であった。
ということで、来週19日の木曜日が横浜での小満んの会、
「道具屋」「麻のれん」「付き馬」の三席である。楽しみだ。

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2018年7月12日 (木)

ロリン・マゼール 37

ロリン・マゼール指揮クリーブランド管弦楽団で
チャイコフスキーの交響曲 第4番 ヘ短調 作品36
1981年10月5日にマソニック・オーディトリアムで収録。
昨日も聞いた「悲愴」の翌日に録音されているようである。
こちらも快速なテンポで、実に滑らかに音楽が進行して、
その集中力はすごい。驚異的な鮮やかさとバランス感覚、
引き締まっている部分とエネルギーが解放されるところで
そのスカッと鳴る気持ちのよさは最高であり、メリハリだが、
とにかく感動的だ。なんて素晴らしい演奏なのだろう。
マゼールの天才的なところとそれを仕上げていく上手さ、
第3楽章のピツィカートなど、あまりの速さに唖然として、
そして終楽章のさらに畳みかけるような盛り上がりで、
これで興奮しない人はいないのである。究極の名演!

SONY 88697932382

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2018年7月11日 (水)

ロリン・マゼール 36

ロリン・マゼール指揮クリーブランド管弦楽団で
チャイコフスキーの交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴」
1981年10月4日にマソニック・オーディトリアムで収録。
後半はウィーンフィルとの演奏でスラブ行進曲 作品31、
序曲「1812年」 作品49(ウィーン国立歌劇場合唱団)
1981年6月にウィーン楽友協会大ホールで収録。
これは間違いなく感動的な名演だ。マゼールは絶好調。
流れるように快速なテンポで音楽の仕上がりは滑らかに
すべての要素が合理的に成立して、そして明確に鳴る。
こんなにもハッキリとした表現はないのに少しも角がない。
どんどん前に進め、音楽の要素が次々に湧き出てくるのに
一点の揺るぎもなく、完璧に細部まで描き切る徹底ぶりだ。
音も美しくて、研き抜かれて吟味されたこの響きは究極的。
ウィーンフィルとの演奏では、音色がかなり明るくなって、
印象も変わってくるが、やはり隙なく、引き締まっている。

SONY 88697932382

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2018年7月10日 (火)

フランクフルト歌劇場2013

セバスティアン・ヴァイグレ指揮フランクフルト歌劇場による
R.シュトラウスの歌劇「ナクソス島のアリアドネ」から後半。
2013年10月にフランクフルト歌劇場におけるライブ録音。
劇中劇の後半部分を聞いている。踊り子のツェルビネッタが
アリアドネの悲劇に見当違いな励ましをして、実に喜劇であり、
そこがコロラトゥーラな歌声で有名なアリアだが、その対比で
アリアドネの切々と歌うところやバッカスの説得は感動的だ。
貴族社会の遊びという雰囲気に満ちているが、その軽妙さに
モーツァルト的な世界を感じる瞬間が多々あり、響きも美しく、
しかしそのサロン的な時間の流れに迫力の展開は見られず、
そこは通好みの作品のようにも思われる。聞けば聞くほどに
面白くなってくることは間違いなく、内容が抜けない程度で
定期的に聞かなければと思った。「サロメ」や「エレクトラ」、
「ばらの騎士」以外の作品もR.シュトラウスは素晴らしい。

OEHMS OC947

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2018年7月 9日 (月)

フランクフルト歌劇場2013

セバスティアン・ヴァイグレ指揮フランクフルト歌劇場による
R.シュトラウスの歌劇「ナクソス島のアリアドネ」から前半。
2013年10月にフランクフルト歌劇場におけるライブ録音。
歌劇「ナクソス島のアリアドネ」は久しぶりに聞いている。
シノーポリの最後の録音がこの作品でそのときに聞いて、
以来、聞いていないと思うので、内容もすっかり抜けて、
いろいろ勉強のし直し。序幕と歌劇という独特な構成で
序幕の場面は、歌劇の公演に向けての楽屋話なのであり、
後半はギリシャ神話の劇中劇という展開。しかしそこで
公演準備でドタバタ劇がはじまるのは、元からある悲劇と
喜劇団の到来で、その両方の要素がひとつの舞台の中に
無理に閉じ込められて、ここでの面白さは、相反する要素、
ふたつの芝居の同時進行というものであろう。その時点で
R.シュトラウスのユーモアに満ちた喜歌劇ではあるのだが。
セバスティアン・ヴァイグレは、コンサートに力を入れたいと
読売日本交響楽団の常任指揮者に就任するそうなのだが、
こうしてR.シュトラウスのオペラを聞いていると魅力的で
ドイツの歌劇場では、これまで通りの活躍を続けてほしい。
フランクフルト歌劇場の録音が聞けるのは、ありがたい。

OEHMS OC947

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2018年7月 8日 (日)

京急のドレミファインバーター

京急「歌う電車」のドレミファインバーターが、
製造から20年で順次交換になっているらしい。
新しいのは歌わなくなっているそうで、寂しい。
ドイツのシーメンス社製のインバーターの音で
ドレミではなく、実はファソラシドレミファソらしい。

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2018年7月 7日 (土)

東海道の風景から 67~国道駅

川崎大師から運動でひたすら南へ歩いて、
鶴見線の浜川崎駅へ。国道駅まで乗る。

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無人駅で客もまばらな鶴見線の浜川崎駅。

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昭和レトロな鶴見線の国道駅。
電車を降りて、駅の構内は二度目だ。

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大師道を歩く 4~川崎大師

雨も上がって、少し晴れ間も見えたので
川崎大師に行ってきた。今日は七夕だった。

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京急大師線の川崎大師駅からすぐの若宮八幡宮。
川崎区大師駅前2丁目にて。先週の大祓いも済んで、
「夏詣(なつもうで)」とあるが、きれいに七夕の飾り。

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川崎大師は風鈴の飾り。18日から風鈴市である。

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2018年7月 6日 (金)

マルク・アンドレ・アムラン 13

マルク・アンドレ・アムランでジェフスキーを聞いている。
「不屈の民」変奏曲、ノース・アメリカン・バラード
1998年8月27-29日にヘンリー・ウッド・ホールで収録。
チリの作曲家セルヒオ・オルテガの革命歌に基づいて、
フレデリック・ジェフスキーが作曲した36の変奏曲。
親しみやすい主題の後、ありとあらゆる音楽が登場。
印象派の響きからまるでシュトックハウゼンのような
可能性と手法と考えうる様々な発想をここに凝縮して、
とにかくその世界に引き込まれてしまう感動的な作品。
1975年の作品だそうで、このあまりに破天荒な音楽を
アムランが不思議なぐらいの透明感で美しく聞かせて、
他とは比較できないのだが、本当に奇跡の録音だ。

hyperion CDA67077

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2018年7月 5日 (木)

ロディオン・シチェドリン 3

ロディオン・シチェドリンによる自作自演集を聞いている。
24の前奏曲とフーガ 第1集 作品29(♯系の12曲)
1964年の作品で1966年にモスクワで収録されている。
私は好きである。ユーモアとか皮肉っぽい表現が多くて、
前衛的な要素が破壊と爆発につながり、これは面白い。
といって、一方ではフーガなどの形式的な部分も厳格で
♯と♭で12曲ずつの24の調性があると思うのだが、
仕上がりはどこか無調で半音階的な雰囲気も独特の
不思議な空気の漂う、これは魅力的な作品である。
作曲者シチェドリン自身の録音が残されていることが
大きいのだろうけれど、もっと他にも聞ければと思う。

WERGO WER 6689 2

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2018年7月 4日 (水)

パーヴァリ・ユンパネン 10

パーヴァリ・ユンパネンでベートーヴェンを聞いている。
ピアノ・ソナタ 第24番 嬰ヘ長調 作品78「テレーゼ」
ピアノ・ソナタ 第25番 ト長調 作品79
ピアノ・ソナタ 第26番 変ホ長調 作品81a「告別」
ピアノ・ソナタ 第27番 ホ短調 作品90
2011年1月と2012年6月にクーモ・アートセンター。
ベートーヴェンの後期の作品へ向かう少し前の時期で
有名な「告別」も含めて、小規模なソナタが集まっているが、
こういう作品だとパーヴァリ・ユンパネンが、また一段と
いきいき演奏して、楽しくてたまらない。滑らかな音作り、
速いパッセージを鮮やかに弾き進めて、とにかく快調。
あまり北欧へのイメージにとらわれてもいけないが、
この透明感と爽快な空気で、なんとも新鮮な感覚だ。

ONDINE ODE1290-2D

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2018年7月 3日 (火)

アマデウス四重奏団 15

アマデウス四重奏団でベートーヴェンの弦楽四重奏曲を
録音年代順に聞いてきた。第14番 嬰ハ短調 作品131
1963年6月にハノーヴァーのベートーヴェン・ザールで収録。
アマデウス四重奏団のベートーヴェン全集はこれで完成。
豪快で迫力の演奏は、なんとも素晴らしくて、最高である。
第14番の複雑で緻密な作風を精妙に演奏することが多いが、
ここでは力強い勢いでとにかく圧倒されて、その密度に感動。
全7楽章という珍しい構成だが、形式的な要素に傾倒した
晩年のベートーヴェンだが、厳しい様式意識を貫きながら
各楽章は連続して、有機的に結びついているようでもあり、
非常に自由な精神に基づいて、本当に偉大な作品である。

DG 463 143-2

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2018年7月 2日 (月)

7月2日の感想

去年の秋からパソコンの調子が悪かったのだが、
先週後半、いよいよ具合が悪くなってしまって、
起動できないことがあって、ついに新型の導入。
昨日の夜からは、また復帰してくれていたので、
引越しの作業は問題なくできたのだが、これまで
しぶとくWindows 7を使い続けていたので、
Windows 10になって、慣れなくて格闘中。
なんとなくわかってきたので、今日は終了。
新しいのはいいが、やはり慣れているに限る。

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2018年7月 1日 (日)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「プールで目が赤くなるのはなぜ?」
目が赤くなるのは、よくいわれる塩素のせいではなく、
プールの水の塩素濃度は水道水とあまり変わらず、
人体への影響はない。誰かのおしっこが入っていると
アンモニアと塩素が結合して、「クロラミン」ができる。
プールの独特な臭いもクロラミンであり、目の角膜を
刺激して、充血してしまう。人はプールの水で冷えると
毛細血管が収縮して、体内の水分が多いと認識して、
水分を外に出そうとする。プールの中ではおしっこが
出やすいので注意。汗の成分もおしっこと一緒で、
プールの前にはシャワーで汗を流さなくてはいけない。

「電車に乗ると眠くなるのはなぜか?」
電車の音、振動は、赤ちゃんが胎内で聞いている音、
羊水の中にいて伝わってくる振動によく似ている。
お母さんの心拍音に似ていることで安心する。

「人はなぜパンツをはくのか?」
紀元前3000年ぐらいからあった。ツタンカーメン王の
下着が見付かっている。王だけが身に付けられるのであり、
神様の託宣を受けるときのアイテムだった。しかしそれは、
ふんどしの形状。下着のパンツの起源は、ゲルマン民族で
防寒対策と馬に乗れるように長いズボンの形をしていた。
ローマ人は丈の長いワンピースの衣服を付けていたが、
ゲルマン民族がローマ人との戦争に勝利し、同じように
ワンピースの衣服を着るようになった。しかし下に着る
ズボンは残り、それが現在のブリーフやトランクスとなって、
パンツの起源となった。日本で普及したのは昭和30年頃。
それ以前は、男はふんどし、女性は腰布を巻いていた。

「どうしてご飯は炊き立てがおいしいのか?」
炊き立てのご飯はαデンプンだが、時間が経って
冷めるとβデンプンに戻ってしまう。生のお米は
βデンプンであり、水分を含まずカチカチである。
炊いて、熱を加えると隙間ができ、そこに水分が入って、
αデンプンとなる。時間が経っても電子レンジなどで
熱を加えると再びαデンプンとなり、その隙間に
唾液の消化酵素が入り、糖に分解して、おいしくなる。

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