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2018年9月24日 (月)

横浜の風景から 535~昭和14年

横浜ユーラシア文化館の上で4階にある
横浜都市発展記念館の展示の中に
横浜市の拡張の歴史が紹介されていた。

20180924a  20180924b

横浜市建築局都市計画課が公開している
横浜市の昭和初期(昭和3~28年)の地図を見ると
私がよく知る範囲で瀬谷区や泉区の地図がないのだが、
現在の旭区で都筑郡都岡村と二俣川村が保土ヶ谷区に
編入されたのが昭和14年であり、つまりそれ以前は、
横浜市ではなかったのだ。同じく都筑郡の新治村は、
港北区へ編入、現在の新治・三保周辺は緑区である。
また鎌倉郡の瀬谷村と中川村は戸塚区に編入され、
後に瀬谷は瀬谷区に中川は戸塚区から泉区に変更。
すべて昭和14年の第6次横浜市拡張計画である。

昭和44年の戸塚区の分割をもう少し正確に書くと、
旧瀬谷村と旧中川村内の阿久和町が瀬谷区となり、
中川村の他の地域は戸塚区、さらに後の昭和61年、
新橋町と岡津町が戸塚区から泉区に分割されている。

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