« 2018年9月 | トップページ | 2018年11月 »

2018年10月31日 (水)

末廣亭余一会 小満ん独演会

今年も10月余一会の小満ん独演会に行ってきた。

三遊亭あおもり:十徳
柳亭市弥:粗忽の釘
柳家一九:寄合酒
柳家小満ん:妾馬
古今亭文菊:権助提灯
-仲入り-
柳家小満ん:呼び継ぎ
柳家小菊:俗曲
柳家小満ん:坊主の遊び

あおもりさんが「十徳」で、私はこの噺が大好きである。
比較的珍しい噺だと思うのだけど、何回かは聞いていて、
一石橋の由来が出て来て、橋が流されて、川の両岸の
後藤さんと後藤さんがお金を出して、復興をしたので
名前を残そうと「五斗と五斗で一石」の話が出てくる。
小満ん一門から一九師匠が出演で「寄合酒」だった。
鯛を捌いていると犬が寄ってきて、兄貴分に追っ払えと
「食らわらせてやれ!」と言われるのだか、すると鯛を
食らわせてしまって、なくなってしまったのには笑えた。
これはあまり聞いた記憶がないのだけど、逆に鰹節で
出汁をとって、出汁の方を捨ててしまうのはなかったし、
よく聞ける「寄合酒」とは少し違った型のようで、新鮮。
小満ん師匠の今回のネタ出し「妾馬」は、一席目に登場。
お大名が町人の娘(お鶴)を見初める井戸替えの場面と
後半の八五郎が士分に取り立てられ、使者に行く場面、
馬が暴走し「文箱を抱え、火急のこと、どちらまで?」
との問いに「馬に聞いてくれ!」のオチまで。本寸法だ。
2011年の日本橋亭の小満んの会では、この形だったが、
2014年の関内では「八五郎出世」で、酒を馳走になって、
八五郎が酔って、陽気に歌うのは少々短縮版だったが、
馬に乗って使者に行くオチはありだった。それも4年前。
仲入り後は、新作の「呼び継ぎ」で、これが聞けたので、
今日はもう大満足である。2014年の棚卸しで聞いている。
面白かった。久しぶりの二度目だが、より楽しめたのは、
陶芸に関して、少しだけ知識が増えて、親しめたのかも。
前に聞いたときは、呼び継ぎの手法も知らなかったので、
噺で聞きながらその辺は想像していたのだろうけれど、
それに徳利の作者で「仁清(にんせい:野々村仁清)」も
その後、作品を見てきたので、一晩、水に浸けていたら
底にあった銘がなくなってしまったには、大笑いである。
そして三席目は「坊主の遊び」であった。これは珍しい。
この十年間ほどの小満んの会では出ていないのだが、
別の会では、何年か前に演じられているらしい。私は
小満ん師匠の「坊主の遊び」は、はじめてだったので
こちらも聞けてよかった。ちょっと調べてみたのだが、
2006年の関内で演じられている。と思ったら違った。
2015年5月の日本橋で出ていた。行けなかったので、
私が聞いていないだけだった。失礼。坊主の花魁は、
その後、どうなってしまうのだろうと考えると気になる。
少々ブラックな噺だけど、落語と思えば許されるのか。
しかしこういった花魁に仕返しする噺ってあるけれど、
実は意外に本当にあったことなのか?落語の中で
そういう意趣返しを果たし、気持ちを静めていたのか?
どちらにしても面白い。剃刀は持ち歩かない方がいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月30日 (火)

ジュゼッペ・シノーポリ 6

ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団で
プッチーニの歌劇「トスカ」から第2幕と第3幕である。
1990年5月にロンドンのオール・セインツ教会で収録。
悲劇的な響きにおけるリアリティが凄まじい。感動的だ。
第2幕では、トスカの絶望感が色濃く反映されており、
とにかく素晴らしいのだが、その点では、有名なアリアで
「歌に生き、恋(愛)に生き」とか、聞かせどころの挿入は、
少々浮いてしまうところがあって、邪魔なぐらい。しかし
第3幕のカヴァラドッシの失望が滲んだ「星は光りぬ」は
ドミンゴの歌でやはり最高だ。見せかけの空砲と思われた
処刑の銃声は実は本物であり、プッチーニの得意とする
突然の奈落の底に落とされる展開には釘付けになる。
「ボエーム」の後の作品だが、第4幕のミミの死に類似。

DG 431 775-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月29日 (月)

ジュゼッペ・シノーポリ 5

ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団で
プッチーニの歌劇「トスカ」から第1幕を聞いている。
1990年5月にロンドンのオール・セインツ教会で収録。
この時期のシノーポリは、プッチーニやヴェルディの歌劇で
その精妙な音作りで絶対の評価があったのだが、改めて
30年近くが過ぎて、聞き直してみても研き抜かれた音で、
響きが美しくて、本当に驚異的な演奏。そして感じるのは、
音楽は非常にしなやかな流れであり、緩急の変化にも
説得力があって、当時は作り込まれたイメージだったが
こちらも聞くところが変わってきた。ミレルラ・フレーニ、
プラシド・ドミンゴが主役を歌っている豪華な顔ぶれだが、
カヴァラドッシに匿われる政治犯のアンジェロッティ役で
ブリン・ターフェルが歌っていて、そうだったのかと注目。
明日はこの続きで、第2幕と第3幕を聞きたいと思う。

DG 431 775-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

落語につぶやき 298~錦の舞衣

プッチーニの歌劇「トスカ」を聞くのにちょっと調べると
3年の年月をかけ、1899年に完成、翌年の初演とある。
1900年1月14日にローマのコスタンツィ劇場で初演。
それに対して、三遊亭圓朝が舞台を江戸に改作して、
大塩平八郎の乱を絡めて「錦の舞衣」を演じたのが、
1889年(明治22年)であったと圓朝の方が早かった。
サルドゥの「ラ・トスカ」が日本に入ってきていたことに
驚かされるのだが、文明開化の明治は進んでいた。

サルドゥの戯曲「ラ・トスカ」がパリで上演されたのが、
1889年であり、プッチーニがこの作品にふれたのは、
圓朝と同じ頃であったようだが、オペラ化に向けて、
直ちにサルドゥから権利を買うよう依頼したそうだけど、
1893年、アルベルト・フランケッティに奪われてしまう。
しかし作曲は進まず、プッチーニに改めて依頼が来た。
プッチーニは感情を害し、気が進まなかったようだが、
ヴェルディの仲介もあり、最終的に作曲することになる。
しかし台本制作におけるサルドゥとの調整や作曲でも
プッチーニの要求に様々な議論を要し、完成までに
時間がかかってしまった。圓朝が早かったというより
歌劇の完成にまで様々な困難が存在していたらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月28日 (日)

落語につぶやき 297~三人旅

「行きがけの駄賃」という言葉があるけれど、
何となく耳で知っている程度で調べてみると
「馬子が問屋へ荷物を取りに行くついでに
他の荷物を運んで、手間賃を得ること」とある。
転じて「事のついでに他の事をする」で使う。
馬子さんから来ているとは知らなかった。

「三人旅」で荷物を運んだ帰り道、ついでに
客を馬に乗せるというのが出てくるけれど、
旅人を少々バカにしているところもあって、
人力車やタクシーなど、帰り車に客を乗せ、
拾い物で得をしたというようなのが多いか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月27日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「フィギュアスケートのフィギュアって何?」
フィギュアとは図形のことで、元々は氷の上に
図形を描く競技だった。スケート競技の最初は、
オランダのダッチロールで、イギリスに伝わり、
図形を描く競技となり、フランスとドイツでは、
音楽に合わせて氷の上を滑った。その両方が
取り入れられ、コンパルソリーフィギュアという
図形を描いて滑る規定演技が以前はあったが、
1990年に競技としては種目から廃止された。

「なぜハロウィーンで仮装するのか?」
2000年以上も前の時代にケルト文化圏で、
10月31日は、サウィン万霊節であり、
それは日本の大晦日にあたり、この日は
この世とあの世の扉が開いて、死者や霊が
帰ってくるとされていた。その後、キリスト教で、
11月1日がオールハロウズ(万聖節)であり、
10月31日はイヴでハロウィーンとなった。
ご先祖や霊が戻ってくるので、死者になりきり、
仮装をし、供養する気持ちを確かめている。
これがアメリカに渡り、カボチャのランタンや
仮装パレードに発展した。元々を考えると
魔女やネコ、オバケの仮装がふさわしい。

「校長先生の話が長いのはなぜ?」
話の参考にするネタ本の校長講話集がある。
ネタ本と自分の話をミックスして長くなってしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月26日 (金)

ベルナルト・ハイティンク 33

ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
ベートーヴェンの交響曲全集を収録順に聞いている。
交響曲 第5番 ハ短調と第6番 ヘ長調「田園」
1986年4月にアムステルダム・コンセルトヘボウで収録。
第5番が4月14,15日に第6番が4月21-23日の録音で
同じ時期に作曲された2曲の交響曲が続けて収録されて、
発売時には別のCDであったので、意識していなかった。
全く方向性の違う作品ながら、一緒に演奏されることは多く、
この2曲を一遍に聞けることはうれしい。久しぶりに聞くと
その集中力は素晴らしいが、ハイティンクの誠実な指揮が
この演奏のすべてのように思えてくる。力強い響きだが、
非常に引き締まっており、実に端正にまとめられている。
「田園」は明るい響きになるが、やはりきちっとしていて、
情景的ではないけれど、音楽の快活な進行が心地よい。

DECCA 478 6360

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月25日 (木)

ダニエル・バレンボイム 32

ダニエル・バレンボイムのバッハを聞いてきた。
平均律クラヴィーア曲集 第2巻 第16番~第24番。
2004年12月26-29日にベルリンのテルデックス・スタジオ。
第2巻の後半は本当に素晴らしい。音楽の複雑な構成は
より緻密な作りになって、作品の方向性はますます多彩に
多様なスタイルを持ち込んで、とにかく魅力的なのである。
バレンボイムの演奏には、各曲でそれぞれ雰囲気があり、
もちろんそれは調性によるものであり、長調と短調という
向いている方角でさらに違った味付けもされて、少しだけ
豊かであることで、何とも奥行ある響きが生み出された。
バレンボイムのバッハはこれで以上である。堪能した。

WARNER 2564 63165-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月24日 (水)

ダニエル・バレンボイム 31

ダニエル・バレンボイムのバッハを聞いている。
平均律クラヴィーア曲集 第2巻 第9番~第15番。
2004年12月26-29日にベルリンのテルデックス・スタジオ。
中間の7曲で長調と短調が交互に前奏曲とフーガである。
穏やかにゆったりとした時間の流れで何とも優しい響きだ。
それとの対比かもしれないが、フーガでの雄大な構えに
バレンボイムの独特な世界が聞き取れる。音楽の構成を
豊かに描き出して、そこはロマンティックな印象でもある。
ワーグナーとブルックナーを知り尽くしたバレンボイム、
そして指揮者としてオーケストラから音を引き出すことに
精通したピアニストだからこその演奏なのかもしれない。
シンフォニックでもあり、底知れず深い響きに感動する。

WARNER 2564 63165-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月23日 (火)

ダニエル・バレンボイム 30

ダニエル・バレンボイムのバッハを聞いている。
平均律クラヴィーア曲集 第2巻 第1番~第8番。
2004年12月26-29日にベルリンのテルデックス・スタジオ。
第2巻は3枚組である。他にないわけではないのだけれど、
かなりゆったりと弾いて、その分だけバレンボイムの想いが
いっぱいに詰まっているような仕上がりだ。豊かな広がりで
表現力の可能性を限界まで引き出しているかのような印象。
となるとバッハの音楽を超越しているような、そんな感じも
実際にそういう演奏ではあるけれど、その偉大さに感動する。
滑らかに軽やかに弾かれる第1巻に比べるとこの第2巻は、
やはり雄大により荘厳な造形として演奏される傾向がある。
バレンボイムは自在なコントロールで、変化は多彩であり、
それは色合いについてではなく、強弱やテンポの自由度だ。

WARNER 2564 63165-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月22日 (月)

落語につぶやき 296~しわい屋

昨日の黒門亭で時蔵師匠の「しわい屋」を聞いて、
この噺は八代目の正蔵師匠が有名で聞いてみた。
時蔵師匠の師匠だが、忠実に再現されていた。

まずは「けちん坊」の別のいい方であり、しみったれ、
しわい屋、がめつい奴、六日知らずで指を数えるが、
せっかく握ったものは放すのは惜しい…という。
隣に金槌を借りに行く小噺、屁をもらって一目散、
裏の菜畑の肥やしにするという、こちらも小噺で、
ここからが噺の本編だが、ご飯のおかずは梅干しで
一つの梅干で三週間、最初の週はただ梅干を睨んで、
しゃぶりはじめる、かじりはじめる、食べ尽くすのには、
三週間はかかって、でも人は贅沢なもので飽きが来る、
それで「はさめず」がいい。醤油のこと。箸で挟めない。
ご飯は水漬けにして、箸に十分に水が付いているのを
はさめずの中に入れるから、最近では量が増えてきた。
いただいてきた扇子を半分開いて、そちらで五年間、
残りの半分でもう五年間、一本の扇子で十年は使う。
するとそんなケチはいわない、扇子は全部開いて、
私は首を振るという。金を残す極意を教えてもらう。
梯子で松の木に上り、これはと思う枝に足を掛けたら、
両手で上の枝をつかんで、すると梯子は取り除かれ、
「お金を貯める極意なんだから命がけで覚えておくれ」
左手を放し、右手の小指を放し、薬指、中指、人差し指、
順に指を放して、人差し指を放したら落ちてしまうが、
親指と人差し指で輪を作り、「どんなことがあっても
これだけは放しちゃいけない」というサゲである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月21日 (日)

黒門亭で志ん弥・時蔵・小袁治

小袁治師匠が「柳田格之進」で黒門亭に行ってきた。
志ん松さんに志ん弥師匠、時蔵師匠といい顔付け。

第2部
柳亭市朗:牛ほめ
古今亭志ん松:崇徳院
古今亭志ん弥:短命~豆屋
林家時蔵:しわい屋
柳家小袁治:柳田格之進

開口一番は市朗さんが与太郎のお馴染み「牛ほめ」で
言葉も聞き取りやすいし、上手いので、あとはテンポ感、
噺に勢いが出てきたら、展開にもメリハリが出るであろう。
志ん松さんは志ん橋師匠のお弟子さんで、前座の頃の
きょう介の時代から聞いているが、よくなってきている印象。
というのが、テンポよく進む展開と噺の勢いの心地よさだ。
落語に誠実にそして丁寧に接する姿勢は変わらないので、
毎回、書いているけれど、このままで地道にいってほしい。
志ん弥師匠が「嬶を後家にしたい」の小噺など、いろいろと
何事にも色気は大切のマクラから「短命」に入ったのだが、
すると市朗さんが大慌てにネタ帳をもって飛び込んできて、
「短命」は第1部で出ていたそうなのである。時々あると
話には聞くけれど、実際に遭遇したのはこれがはじめてだ。
とっさに噺を切り替えて、演りなおすのって、それは容易に
できるものではないと思うのだけど、そこを見事にかわして、
次に行けてしまうのは、実に鮮やかであり、こういうとき
志ん弥師匠に惚れ惚れしてしまうのである。ということで、
早速、商売のマクラになり、金魚売りと鰯売りの売り声など
噺は「豆屋」となった。途中で終わってしまったことを思うと
志ん弥師匠の「短命」は聞きたかった。それは仕方がない。
この後が長い「柳田格之進」であり、今回の時蔵師匠は、
時間調整のこともあったのだが、「しわい屋」であった。
彦六の正蔵師匠が有名だけど、聞いたことがなかった。
けちん坊の小噺から入って、本編はごく短いのだけど、
こういう噺って、好きである。このバカバカしさが落語だ。
そしてトリは「柳田格之進」。小袁治師匠の「柳田」は、
ずいぶん前に聞いていて、なぜ覚えているかというと、
十代目の馬生師匠の型なのである。番頭の徳兵衛と
おきぬさんが夫婦になる、おめでたいサゲではなくて、
馬生師匠の型は暗い。というのは、リアリティの追及で、
志ん朝師匠の最後のところで強引に明るくなる展開は、
ファンの間でも賛否両論だ。といって、暗く終わるのは、
柳田格之進の堅物ぶりからすると後味の悪さが残る。
実に難しい噺である。しかしだからこそ聞きたくもなるし、
聞いては毎回、考えさせられている。この噺は、途中、
地で進めるところが多くて、そこでの小袁治師匠の
自分の言葉で語っていくスタイルは、私は心地がよい。
通常は年末の煤払いから雪の湯島で年始廻りまで、
わずかな時間での柳田との再会だが、今回のでは、
それから一年が過ぎての正月であり、仲間の助けで
柳田の帰参が叶い、おきぬさんも請け出されるけれど、
食も取らずに老婆の如く、変わり果てていたとのことで
その一年の月日が、何とも重苦しい。極めて深刻だ。
しかし五十両の発見から急展開に解決してしまうのも
たしかに嘘っぽい。噺の中で説明だけであったとしても
一年という時間は必要なのかもしれない。主従の情で
柳田は萬屋の両名を斬れないが、番頭とおきぬさんの
婚礼はなしである。小袁治師匠の「柳田格之進」は、
今日は久しぶりに聞けてよかった。やはり感動した。

20181021

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月20日 (土)

ベルナルト・ハイティンク 32

ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
ベートーヴェンの交響曲全集を収録順に聞いていきたい。
エグモント序曲 作品84と交響曲 第7番 イ長調 作品92
1985年10月にアムステルダム・コンセルトヘボウで収録。
昔から大好きなハイティンクの交響曲 第7番の名盤である。
最初に発売されたとき、そのCDも大切に持っているのだが、
第5番との組み合わせで、非常に話題になったのだけど、
調べると同時に収録されたのは、エグモント序曲だったのだ。
90年代前半には、この全集がベストだという人が多かった。
明るい音色のコンセルトヘボウだが、ここでは渋さもあるし、
ハイティンクの引き出す音が骨太で何度聞いても感動する。
躍動する第7番だが、やはりハイティンクの指揮はここでも
折り目正しく、引き締まっていて、これで私はファンである。

DECCA 478 6360

| | コメント (0) | トラックバック (0)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「静かなことをシーンというのはなぜか?」
耳を澄ますとシーンという音が聞こえてくる。
漫画で「シーン」を最初に使ったのは手塚治虫、
夏目漱石や志賀直哉も静かなことをシーンと
表現していた。耳の内部にある外有毛細胞は、
小さな音を大きく、大きな音を小さく調整して、
静かなときにも小さな音を大きくしようとして、
外有毛細胞は動き続けている。その音が
人にはシーンと聞こえている可能性がある。

「なぜカメは長生きするのか?」
カメは心拍数が非常に少なく、長生きする。
代謝がゆっくり進み、過剰な活性酸素を控え、
老化や病気となる原因が抑えられている。
ハムスターの心拍数は428で寿命は2~3年、
ウサギの心拍数は246で寿命は8~10年、
ヤギの心拍数は86で寿命は15~18年、
ウマの心拍数は36で寿命は20~40年。
カメの心拍数は8で100年以上も生きる。
甲羅に身を隠す動物で肺の空気を抜いて、
体を縮める。呼吸を止めても生きていられ、
それが長生きにつながっていると考えられる。

「なぜ鏡は左右が逆になるのか?」
左右は逆になるが、上下は逆さまにならない。
哲学者プラトンも考えたが、結論は出なかった。
前後と上下が揃って、左右の認識が生まれる。
鏡において、上下は変わっていないが、前後は
逆向きになっているので、左右も変わっていると
錯覚してしまう。しかし車のバックミラーなどでは、
左右の逆は意識しないので、人それぞれの
捉え方の違いで認識は変わり、個人差がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月19日 (金)

ヴァレリー・アファナシエフ 3

ヴァレリー・アファナシエフでベートーヴェンのソナタ。
ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13「悲愴」
ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27-2「月光」
ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57「熱情」
2015年2月にハノーヴァーのベートーヴェン・ザール。
シューベルトでは、アファナシエフの「間」が美しいと
書いたのだが、ベートーヴェンでは、力強い和音の
消えゆくまで豊かに鳴り続ける残響の余韻が最高だ。
テンポはここでも遅いのだが、すべてに理由があって、
必然性があるので、少しも気にならない。素晴らしい。
隠れるところがなくて、あらゆる要素が明快に均質で、
クリアに鳴り出すところは、ふとミケランジェリの演奏を
思い出した。アファナシエフが多少、個性的な解釈に
聞こえてくるのは、伴奏の音型をハッキリと分離させて、
そこに豊かな音楽性を与え、鳴らしているところである。
ベートーヴェンの最も広く知られているピアノ・ソナタが、
全く聞いたことのない形に仕上げられているのだけど、
そのすべてに説得力があって、本当に天才的な演奏。
聞けば聞くほど、惹きつけられるものがあるし、深い。
アファナシエフの意図が伝わるとそれは感動である。

SONY 88985490032

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月18日 (木)

つくば JAXAの風景

20181018a

JAXA(筑波宇宙センター)に行ってきた。
15時からの見学ツアーに参加。
宇宙飛行士の訓練施設と国際宇宙ステーションの
「きぼう」(日本実験棟)の管制室を案内してくれる。
その前に展示館(スペースドーム)を堪能した。

20181018b1

20181018b2

20181018b3

ロケット広場にあるH-IIロケット。
エンジンの燃焼実験で使用されたロケットで、
宇宙には行っていないが、実物だそうだ。

20181018c

20181018d

20181018e

20181018f

スペースドームでの展示。
金色にアルミコーティングされているのは、
太陽の熱や光から機体を守っているらしい。

20181018g1

20181018g2

20181018g3

20181018g4

20181018g5

20181018g6

20181018g7

国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の展示。

20181018h

H-IIからH-IIIへ歴代ロケットの1/20模型。
エンジンは「下町ロケット」に出演中でパネルの展示。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月17日 (水)

ルドルフ・ブッフビンダー 5

ルドルフ・ブッフビンダーでモーツァルトのピアノ協奏曲、
シュターツカペレ・ドレスデンと協演したライブ録音。
ピアノ協奏曲 ニ短調 K.466とハ長調 K.467
2015年6月15-17日にドレスデンのVWガラスの工場。
フォルクスワーゲンの工場で行われた演奏会というのも
気になるところだが、その音響も独特な印象で興味深い。
シュターツカペレ・ドレスデンのパートナーであるらしい。
オーケストラの音色が古楽的な仕上がりで、まずは驚く。
その流れに乗ってのことだが、ルドルフ・ブッフビンダーも
かなり辛口の表現。ピアノの音は美しいのだが、音楽は
表情付けを排除している感じで、激しさと力強さを出して、
モーツァルトの優美さはない。集中力と緊張感で進める。
熟練した技が魅力のブッフビンダーだが、ここでは硬派。
深みのある響きと奥行の音楽は、ロマンティックであり、
近年の時代考証スタイルではないが、独自の道を行く。

SONY 88875178062

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月16日 (火)

ダニエル・バレンボイム 29

ダニエル・バレンボイムのバッハを聞いている。
平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第13番~第24番。
2003年12月27-30日にベルリンのテルデックス・スタジオ。
平均律クラヴィーア曲集 第1巻から後半の12曲である。
気分的なものだと思うけど、深まりが増していく気がする。
本当に優しい音のする軽やかな躍動の滑らかな表現から
重厚で荘厳なフーガにまで、その幅はあまりにも大きくて、
バッハの音楽を超えてしまっているのかもしれないけれど、
バレンボイムの長年の演奏経験による不思議なぐらいの
熟成と説得力にとにかく感動してしまう。しかしこの録音は
すでに15年前のもので、ならば現在はどうなっているか?
表現における心の部分と技術とが見事に一体の演奏だ。

WARNER 2564 63165-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月15日 (月)

ダニエル・バレンボイム 28

ダニエル・バレンボイムのバッハを聞いている。
平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番~第12番。
2003年12月27-30日にベルリンのテルデックス・スタジオ。
この第1巻については発売当時に聞いているのだが、
第2巻はまだで、今回すべて改めて聞き直してみたい。
少し前からバッハを聞こうという気持ちが高まってきて、
以前は苦手意識があったので、この演奏を聞いたときも
正直なところ、少々退屈している気持ちもあったのだが、
いまは違う。バレンボイムは、軽やかな作品は柔らかく、
厳粛な曲は一段と荘厳に響かせて、独特な仕上がりだ。
フーガの様式を豊かな表現で際立たせており、その辺は
ロマンティックな印象もあるし、実に作り込まれている。
バレンボイムの心にある音楽が伝わってくるのに感動。

WARNER 2564 63165-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

事件に遭遇することでの恐怖心

土曜日の晩、帰りのこと、駅を出て歩きはじめると
すぐにパトカーが止まっており、交通事故か?
酔っ払いの喧嘩か?そんなところかと思ったら、
周辺はただならぬ雰囲気。パトカーに並んで
止まっている車は、サイレン付の覆面パトカー。
手前から規制線が張られて、道路は通行止め。
コンビニの中で鑑識作業中。正面スーパーの
通路を通り抜けて、人のみ通行できる状況。

全く状況はわからなかったが、帰ってきてから
こういうときはTwitterに情報がないか調べる。
それがよくなかった。具体的な目撃情報はなく、
あるのは推測ばかり。どれを信じればいいのか?
わからない。出ていたのは、殺傷事件の発生、
犯人は逃走中、酔っ払いの喧嘩との噂もあり。
あること、ないこと、デマが飛び交い、不安を煽り、
そうなってくると恐ろしい。そこで感じたことは、
こういう場合、ハッキリとした情報を公開すべき。
何が起きたか聞いた人に警官は答えないらしい。
きちんとした情報がないから憶測が独り歩きする。
犯人が逃亡しているのなら、危険ではないか!

翌朝になって、テレビ朝日系のネットニュースで
動画もありで、あらましのことがはじめてわかった。
「殺傷事件発生」も「犯人逃走中」も事実であった。
真実を知って、事の大きさを知るということもあるし、
もっと恐ろしいのが、情報がないことの不安である。
知らずに済めばそれが一番いいのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月14日 (日)

カラヤンの1980年代 44

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーンフィルで
シューマンの交響曲 第4番 ニ短調 作品120
1987年5月24日のウィーン楽友協会でのライブ録音。
前半のモーツァルト「ジュピター」も発売が予定されたが、
「ジュピター」はお蔵入りしてしまって、このシューマンだけ、
聞けるのである。翌年のザルツブルク音楽祭での演奏が
FMで放送されて、録音して、その当時に何度も聞いたが、
CDで久しぶりに聞きなおしてみると思った以上の感動で
本当に素晴らしい。晩年のカラヤンならではのふくよかで
角の取れた雄大な響きだが、ウィーンフィルはしなやかに
カラヤンが独特の細やかな表現を要求して、終楽章など
思い切った表情付けは特長的で、引き込まれてしまう。
当時はあまり好きでなかったのだが、実に世界がある。
かなりテンポを揺らして、ロマンティックな雰囲気であり、
なぜだろう、30年が経って、いまカラヤンがすごくいい。

DG 477 8005

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月13日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「なぜ女性は電話に出ると声が高くなるのか?」
声の高さは声帯の長さや太さに関係している。
声が高いのは子供で、大人は声帯が長く、太くて、
声は低くなる。電話では顔や表情が見えないので
声の高さや調子を調節して、自分は子供のように
無害であることを伝えようとしている。相手に対し、
従順であることを伝えようとしていると考えられる。
声が高い方がよいのは、日本独特のことであり、
欧米では、声が低い方が大人で、安心感がある。
声を変えるのは隠し事があると考えられてしまう。

「カツオのタタキはなぜ叩くというのか?」
江戸時代、土佐の山内一豊は食中毒を恐れ、
カツオを生で食べることを禁止した。当時は
塩などの調味料はたいへんに貴重であり、
塩をふって叩き、まんべんなく馴染ませた。

玉を投げてピンを倒すのは、ボウリング、
一方でボーリングは、「穴を掘る」の意味。
アボガドではなく、アボカド(avocado)である、
鞄はアタッシェケース(attache case)だ。

「運動会はなぜ行われるのか?」
日本初の運動会は、海軍兵学寮での竸闘遊戯。
当時は、スポーツという概念がなかったために
兵学の勉強ばかりで学生が悪い遊びをしないよう
運動をさせようとした。イギリス人教師が競技を決め、
「すずめのすだち」は140m走、
「ふるだぬきのつぶてうち」は玉投げ、
「こもちざるのかけぬけ」はおんぶ競争など。
これを知った文部大臣は全国の学校に取り入れ、
戦争中は軍事色が強かったが、戦後はそれも消えた。
競走の「位置について、よーい」という掛け声は、
神田の山田秀夫さんが作った。ただし募集は一人、
一件に限られていたので、弟の山田敏夫で応募した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月12日 (金)

シュトゥットガルト放送交響楽団

ロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団で
ハイドンのロンドン交響曲を聞いている。その第4回。
第96番 ニ長調、第100番 ト長調、第104番 ニ長調
2009年9月7-12日にシュトゥットガルトのリーダーハレで収録。
ノリントンによる12曲のロンドン交響曲は、4曲おきに全4回で
これで完成である。「奇蹟」と「軍隊」そして最後の第104番で
親しみのある作品、そして傑作が並んで、実に楽しい演奏。
ノリントンのピュアトーンだが、ハイドンの交響曲の場合には、
時代考証による古楽演奏という仕上がりでわかりやすい。
速いテンポというのとはちょっと違って、軽妙でしなやかな。
でも終楽章の「ごく快活に」など、まさに快調に駆け抜けて、
「機知に富んで」のユーモア入りの爽快さはたまらない。

Hanssler CD 93.252

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月11日 (木)

ウォルフガング・サヴァリッシュ 13

ウォルフガング・サヴァリッシュの指揮による
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏で
ベートーヴェンの交響曲全集を収録順に聞いてきた。
交響曲 第2番 ニ長調 作品36と第8番 ヘ長調 作品93
1993年6,12月にアムステルダム・コンセルトヘボウで収録。
第2番は、第1番と第3番「英雄」と同じときの録音であり、
半年後の第8番で全集は完成している。感動的な演奏だ。
コンセルトヘボウ管弦楽団は独特の明るい音色ながら、
それをサヴァリッシュがきちっと引き締めて、低音の厚み、
重厚な構成に痺れてしまう。ずっしりと深く心に響いてくる。
テンポ感は当時にしてもいま聞いてもちょっと遅く感じるが、
音楽の力強さに圧倒されて、とにかく引き込まれてしまう。
もっとしなやかに聞かせる指揮者はいたが、この骨太さは、
ベームとかカラヤンのベートーヴェンを思い起こさせて、
いまだからこそ昔の演奏のよさに想いが行くということも
あるのだ。サヴァリッシュの絶頂期の名演を堪能した。

WARNER 0999 9 93565 2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月10日 (水)

小満ん語録~珍談

今年の春のことなのだけど、落語会に出かけて、
ロビーで待っていたところ、師匠が到着されて、
楽屋が開くまでお話ししていたのだが、そこで
「月村さん、何か最近は、珍談はないのかい?」
という質問で、咄嗟のことで何も答えられなかった。
ずっとそれが引っかかっていて、日常の時間でも
何か面白い話題を見付けられるはずだと注意して
心がけているのだけど、なかなか見当たらない。
実に難しい。「珍談はないのかい?」というのは、
晩年の文楽師匠(八代目)の口癖であったらしい。
引退して、出かけなくなった黒門町のお宅に弟子が
訪ねてくると面白い話を聞きたがったそうなのである。
大概は楽屋の様子を報告するのだが、小満ん師匠は
別のところで何かいい話を探してきては、文楽師匠に
聞かせていたそうなのである。師匠のいう珍談とは、
噂話や人の失敗をネタに笑うような内容はいけない。
ましてや悪口などは以ての外。するとますます難しい。
一日一珍談を目指したいところ。とは思いながらも
そう面白いネタは、滅多に落ちていないのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 9日 (火)

ヴァレリー・アファナシエフ

朝日新聞のご招待コーナーに応募してみたらところ、
なんとアファナシエフのリサイタルが見事に当たった!
クレーメルと共演しているアファナシエフを聞いて、
中学生の頃からファンだが、実演を聞くのははじめて。
サントリーホールにてシューベルトの3つの小品 D.946と
ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D.960というプログラム。
私はアファナシエフの優しく柔らかい弱音の響きが好きだ。
すべてこの音色で弾いてくれたならと思うけど、それでは
変化がなくて、ところどころ激しい強音を入れるのであろう。
アファナシエフは揺れが多くて、ひとつの主題においても
緩急に細かい変化を付けていくのだが、微妙なところで
縦の線にズレが生じ、それが最大の特長ではありながら
私はどうも気になってしまうのだけど、それをおいても
アファナシエフはあまりにも天才である。間の取り方で
空白の創り方は奇跡としかいいようがない。それを生で
同じ空間で感じられる喜びは、宝としかいいようのない、
貴重な体験であった。アファナシエフへの信仰が再燃。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 8日 (月)

ゴットフリート・ラブル 3

ゴットフリート・ラブル指揮ウィーン放送交響楽団で
エゴン・ヴェレスの交響曲全集を収録順に聞いている。
交響曲 第1番 作品62(1945)
交響曲 第8番 作品110(1970)
交響的エピローグ 作品108(1969)
2003年にORFフンクハウスのゼンデザールで収録。
交響曲 第1番は、後期ロマン派風の響きとマーラーに近い
退廃的な雰囲気で、そのわかりやすさもあって実に感動的だ。
世紀末ウィーンのマーラーと比べ、エゴン・ヴェレスの音楽は、
第二次世界大戦の影響が、色濃く音楽に反映されている。
交響曲 第8番は、第9番とほぼ同時期に作曲されたようで
晩年の作品である。この当時では、前衛的な方向ではないが、
シェーンベルクを思わせるところもあって、壮大な仕上がり。
エゴン・ヴェレスの音楽は聞けば聞くほど、私は好きである。

CPO 777 183-2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 7日 (日)

横浜の風景から 538

20181007h1

20181007h2

瀬谷区阿久和南4丁目の県営阿久和団地付近で
松陽高校近くのイチョウ並木だが、先週の台風による塩害か、
雨風が吹き付けたであろう南側の半分が枯れてしまっている。
この状態では、今年のイチョウの黄葉は、もうダメだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

横浜の風景から 537

三連休、真ん中の日曜日、天気は快晴である。
梅雨から猛暑の夏、秋雨で歩いていなかったので、
今日はゆめが丘から境川の方面へ出かけてきた。

20181007a1

20181007a2

相鉄いずみ野線のゆめが丘駅だが、去年ぐらいから
駅周辺の工事が行われており、内容はわからないが、
この長閑な景色が失われてしまったらそれは残念だ。

20181007b

泉区下飯田町にて、お馴染みの左馬神社。

20181007c1

20181007c2

20181007d

20181007e

境川の方へ下りて行って、田んぼは実りの季節だ。
稲刈りははじまっており、ちょうどいいタイミングだった。

20181007f1

20181007f2

渡戸橋にて、境川。しばらく藤沢市の方を歩く。

20181007g1

20181007g2

20181007g3

藤沢市高倉の稲作。こちらも稲刈りの時期。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 6日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「高いところに行くと体がムズムズするのはなぜ?」
高所の恐怖による体の反応であり、脳の中で
「逃げろ」と「動くな」の二つの指令が出ている。
「逃げろ」というときには筋肉が締まり、
「動くな」のときには筋肉が緩まる。
トイレに行く波と行かない波が同時に押し寄せ、
それによって、体がムズムズするのである。
高所での作業に慣れている人は、脳の指令が
出なくなり、ワイヤーによる安心感も大きい。

「おそば屋さんにカツ丼があるのはなぜ?」
早稲田大学の前にある三朝庵という老舗そば屋で
カツ丼は生まれた。1918年、初代加藤朝治郎が考案。
仕出し屋からとったトンカツが当時は大人気であり、
ある日、宴会がキャンセルになり、大量のトンカツが
残ってしまった。常連客が、玉子丼みたいに煮たら
柔らかくなるのではないかと注文を出し、そばつゆに
トンカツを入れ、卵でとじてみたところ、旨かった。
カツオ節がトンカツの旨味を引き出し、また同時に
大量に作るそばつゆも有効に活用できて普及した。

「なぜ学校でウサギが飼育されるのか?」
ウサギは、鳴かない(声帯が発達していない)、
噛まない(子供が怪我をしないように)、
昼間は起きない(夜行性)などにより、
飼育に向いている。馬房にウサギを入れて、
馬の性格を穏やかにする矯正法などもある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 5日 (金)

ダニエル・バレンボイム 27

ダニエル・バレンボイムでバッハのゴルトベルク変奏曲。
1989年10月12日にブエノス・アイレスで収録されている。
テアトル・コロンでのライブ録音で、透明感のある響きは
いかにも1980年代のバレンボイムであり、緻密な印象と
スッキリとした音でバッハの音楽を丁寧に描き出していく。
歯切れのいい速いテンポの変奏では、何とも鮮やかで
最高の気持ちよさなのだが、ゆっくりと静かな変奏では、
その精妙な表現に聞いていて少々疲れるところもある。
この頃のバレンボイムは、ベートーヴェンでもそうだった。
オーケストラを指揮するときに鳴り出す音とピアノとで
どうも印象に違いがあったのだが、この後の90年代に
表現に深みが増していく中で一体となっていく気がする。

ERATO 0825646772599

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 4日 (木)

落語につぶやき 295~柳の馬場

10月1日、小金馬師匠が亡くなられた。69歳。
思い出すのは「柳の馬場」の噺。実演で聞いたのは、
小金馬師匠のみなので。あまりにバカバカしすぎて、
いまでは演らなくなった噺とおっしゃっていたが、
大ボラ吹きの按摩さんを少々懲らしめてやろうと
目の見えない人を馬に乗せるという、酷いイジメで
ちょっと残酷な印象は、いかにもブラックな内容だ。
というような噺だった気がするのだけど、だとしたら
この時代にふさわしくなく、その珍品を聞けたのは、
まさに貴重な機会であった。小金馬師匠は、たしか
はじめて聞いたのは、「近日息子」だった気がして、
あと「へっつい幽霊」とか、その辺の噺も思い出す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 3日 (水)

10月3日の感想

20181003

埼玉の叔父が来てくれて、お墓参りに行ってきた。
うちの墓には、父しか入っていないが、この墓の場所は
母と私しか知らなくて、誰かに知っておいてもらわないと
なんとなく不安であり、ということで、来てもらったのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 2日 (火)

フローリアン・ウーリヒ 3

フローリアン・ウーリヒでラヴェルの作品を聞いてきた。
夜のガスパール(2013.11.20-23)、
グロテスクなセレナード、古風なメヌエット、
パレード(2012.11.5-8)、優雅で感傷的なワルツ(2012.6.8-10)
カイザースラウテルンのSWRスタジオで収録されている。
エネルギーが外に向け発散される演奏でその意図は明確。
しっかりとした響きで音色にも深みがある。ここでの注目は。
「パレード(見世物小屋)」という作品で、はじめて聞いた。
バレエ音楽のためのスケッチであるらしい。楽しい作品。
ラヴェルも一般に演奏されていない作品がまだあるようだ。
優雅で感傷的なワルツが、鮮やかに快調に駆け抜ける。

Hanssler CD-No.93.318

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 1日 (月)

10月1日の感想~台風被害

20181001

今回の台風24号で雨戸が壊れてしまった。
隣が現在、空地になっていて、それが強風の
大きな要因になっているのではないかと推察。
四方を家に囲まれた空地の中で竜巻のような
変則な強風が巻き起こったのではないかと思う。
鉄製のフレームが捻じれて曲がってしまった。
午後、知り合いの工務店に急遽、来てもらって、
交換の手筈を頼んだのだが、恐ろしいのは、
来週の続く25号の台風で、間に合わないので、
壊れた雨戸をとりあえず応急処置で戻して、
テープで動かないように固定してしまおうかと。
こんなことははじめてだが、しかし教訓であり、
台風の恐怖を体感すると危機意識が高まる。
目張りをするなど隙間をなくしておくべきだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年9月 | トップページ | 2018年11月 »