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2019年1月21日 (月)

第149回 柳家小満んの会

駒六さんは去年の1月の会にも出ていたそうで
ちょうど一年前のあのときは、大雪でたいへんだった。
吉野町から関内に戻ってきて、今回は快晴の満月だ。

金原亭駒六:不精床
柳家小満ん:天狗裁き
柳家小満ん:ふぐ鍋
柳家小満ん:紺屋高尾

「天狗裁き」はやはり初夢の正月バージョンであった。
正月二日、枕の下に宝船の絵を敷いて、寝かされる。
「天狗裁き」の正月版で「羽団扇」という噺があるのだが、
師匠はそちらも演じているけれど(2011年1月の関内)、
その「羽団扇」を「天狗裁き」に戻したような仕上がりだ。
天狗から羽団扇を取り上げて、上空高くに舞い上がり、
見事に逃げ果せるが、落ちたところが宝船というのも
枕の下に敷いているので、理に適った展開である。
弁天様が一所懸命に起こしてくれるが、それが次第に
雑なおかみさんへと変わって、「羽団扇」とも共通で
そこが好きである。それで「どんな夢みたの?」となる。
続いて「ふぐ鍋」だが、師匠で聞くのははじめてだ。
この噺はどうも短そうで、マクラではふぐの毒に関する
講義をたっぷり。ふぐに関して勉強するきっかけがあり、
するとこの噺への愛着も深まり、そうした師匠の想いが
ひしひしと伝わってくる。この噺もいかにもという幇間が
活躍するけれど、小満ん師匠の一八は本当に最高だ。
乞食の毒見も済んだと思い、美味しい、美味しい…と
一気にふぐ鍋を頬張るのだが、その様子はもう絶品。
ご飯を入れ、卵をかけ、締めは雑炊に仕上げるのだが、
湯気が立ち上って、晩飯前の空腹には何とも耐え難い。
仲入り後は「紺屋高尾」であり、2013年1月の日本橋で
聞いており、早いもので6年が過ぎていることになる。
「幾代餅」の方がよく聞いている気がするが、こちらは
ちょっと久しぶりな気もして、改めて今回、聞いてみると
「幾代餅」と同じのようで、意外に細々、違っていた。
紺屋の職人の久蔵さんが患いつくのだけど、話を聞き、
恋煩いを言い当てるのもお玉が池の先生(藪医者)で、
高尾太夫に会わせてやるからと励ますのも先生だ。
親方は後で先生からこっそりと報告を聞くだけであり、
おかみさんに限っては登場もない。「幾代餅」と違う。
「来年三月…」で腑抜けになってしまうところもなく、
紺屋の久蔵は、その点、しっかりしていて、現実的。
しかし三年働き続けて、それを一晩で使い果たそうと
そこまでする久蔵の振る舞いが理解に苦しむのと
昔の人は、そこまで純粋だったということなのだが、
ならば一層、ズレを感じるところであり、その一方で
高尾はというと久蔵の想いを知り、今夜の支払いは、
私の方で何とか用立てるからと十両の金は大切に
所帯をもったときのために蓄えておいてほしいと
持ち帰らすのである。太夫の賢明さは素晴らしい。
久蔵も先生も親方もここでの登場人物は、みんな、
ちょっとおかしいので、高尾太夫の言葉は救いだ。
ということで、次回は最終回、2019年3月16日(土)、
「長屋の花見」「狸の鯉」「らくだ」の三席。14時の開演。

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