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2019年1月31日 (木)

オイゲン・ヨッフム 6

オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・ドイツ・オペラによる
ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第3幕第3場の途中から後半の歌合戦の場面である。
1976年3,4月にベルリンのイエス・キリスト教会で収録。
ワルターが歌った詩を書き留めたものをベックメッサーが
盗み出し、その上機嫌は実に滑稽なところだが、面白い。
続いて、訪ねてきたエヴァにワルターが完成した歌を披露し、
それをドミンゴが歌っているのだから、とにかく最高である。
でも最近のクラウス・フロリアン・フォークトの印象もあって、
ヘルデンではないリリックなワルターが好まれているので、
ひと昔前とまではいわないにしても従来の仕上がりか。
それにしてもオイゲン・ヨッフムの音作りが本当に魅力。
想いが込められて、暖かみがあって、表情豊かであり、
40年経っても最高の名盤であると思う。この1970年代は
カラヤンが録音して、それにショルティが続き、ほぼ同時に
ヨッフムの指揮でスター歌手が集められ、実現したわけで
すごい時代である。70年代の巨匠って、やはり聞くべき。

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2019年1月30日 (水)

オイゲン・ヨッフム 5

オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・ドイツ・オペラによる
ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
今日は第3幕の前半を聞いている。第3場の途中まで。
1976年3,4月にベルリンのイエス・キリスト教会で収録。
夜が明けて、聖ヨハネ祭当日の朝。昨晩の大乱闘の反省で
ザックスのモノローグからだが、フィッシャー・ディースカウで
間違えようのない独特な歌声であり、絶頂期の名唱であろう。
膨大な量の歌曲録音をこなしつつ、ザックスを歌うのだから
本当にすごい。そこにドミンゴのワルターが加わるという贅沢、
あまり夢のような話で、歌劇場の一場面という印象はないが、
レコードゆえの大企画であろう。そしてベックメッサーによる
盗作事件の場面で、ここが面白いのに切れ場にするなんて、
なんてことを!と思うが、続きの第3幕後半は明日である。
役人のベックメッサーは、ローラント・ヘルマンが歌っている。

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2019年1月29日 (火)

オイゲン・ヨッフム 4

オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・ドイツ・オペラによる
ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
続いて今日は第2幕を聞いている。CD2枚目の残り。
1976年3,4月にベルリンのイエス・キリスト教会で収録。
聖ヨハネ祭前夜のこの第2幕は最高の名場面だけど、
オイゲン・ヨッフムが美しく歌い込んでいて、とにかくいい。
何て素晴らしい演奏であろう。ハンス・ザックスの活躍が
そろそろ目立ってくるのだが、フィッシャー・ディースカウで
このザックスの歌というのは、他とは違って、独特である。
ちょっと馴染まない感じはあるのだが、次第に慣れてくると
そこはやはり悪いはずがないので、引き込まれてしまう。
でも靴屋の職人というより、大学教授みたいなイメージが。
それにしてもオイゲン・ヨッフムの音作りに惚れ込んでしまう。
ベームのように渋くはないし、カラヤンのように自己主張を
押し通すこともなくて、ワーグナーの音楽の魅力を素直に
ごく自然な形で引き出して、仕上がりは実にロマンティック。
明日からは第3幕である。私は「マイスタージンガー」が
最高傑作だと思っていて、何度聞いても幸せな気持ちだ。

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2019年1月28日 (月)

オイゲン・ヨッフム 3

オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・ドイツ・オペラによる
ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
今日はその第1幕を聞いている。CD2枚目の途中まで。
1976年3,4月にベルリンのイエス・キリスト教会で収録。
アナログ時代の名盤である。歌手もとにかく豪華であり、
このレコード制作へのただならぬ意気込みが感じられて、
そして演奏もまた非常に情熱的な仕上がりで感動する。
40年以上前の録音であり、レトロな雰囲気も味わいだが、
オイゲン・ヨッフムの気合いで音楽を力強く進めていく姿勢、
勢いのある音作りは本当に素晴らしい。喜劇的な明るさと
ロマンティック・オペラの香り立つような魅力に夢中になる。
思うよりも速いテンポでカール・ベームのワーグナーに近く、
まさに1970年代の巨匠たちの奏でていた音楽への厳しさが
伝わってくるのだが、豊かな表情付けも同時に絶妙である。
注目はフィッシャー・ディースカウのハンス・ザックスだが、
若き日のドミンゴの歌うワルターにすっかり引き込まれる。

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2019年1月27日 (日)

仲木戸の駅名がなくなる

2020年3月から京急の四駅が名称変更される。
大師線の産業道路が大師橋。東門前から地下鉄になり、
産業道路と立体交差となるので、駅名が変わるのも
時期なのだろうと思うけど、花月園前が花月総持寺、
新逗子が逗子・葉山、ショックなのが、仲木戸がなくなる。
京急東神奈川に変更。京浜東北線の東神奈川と接続で、
横浜線との乗り換えもあるし、わかりやすくするという
利用者からの要望も多いだろうけど、東海道神奈川宿で
街道を連想させる仲木戸の駅名がなくなるのは残念だ。
東神奈川というのも神奈川宿の東側ということだけど。

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チコちゃんに叱られる

今週のチコちゃんも再放送で、そろそろネタ切れ?
考えごとをすると上を向くのはなぜ?というので、
なぜだったか?忘れてしまったが、目からの情報が多く、
集中するために外部からの情報を遮断するのであった。
温泉旅館で部屋のテーブルにお茶菓子があるのは、
空腹で温泉に入り、血糖値が下がってきてしまうのを
防ぐため。これはこの前、同じくNHKの「さし旅」でも
温泉マニアの回に登場、ご案内役の先生も同じだった。
入浴の30分前に食べるのが効果的。水分補給も必ず。
日本の中心を表明している場所は、全国にたくさんある。
重さの単位を定める国際キログラム原器は、パリ郊外の
国際度量衡局に保管されている。昨年末に新しい基準を
会議で決定するということだったけど、どうなったのか?

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2019年1月26日 (土)

1月26日の感想

また大河ドラマ「いだてん」についてだけど、
毎週、新聞夕刊に掲載される視聴率ランキングで
1位の「まんぷく」に比べ、「いだてん」は入っていない。
先週の第3回も振るわなかったらしい。面白いけど。
でもネットで調べると13.2%となっていて、第2回よりは
少し改善されて、4年前の「真田丸」みたいにきっと、
これから回を重ねるにつれて、人気も出てくるだろう。
それはいいとして、今回の注目は、荒川良々の演じる
志ん生の弟子で日暮里の家にいる「今松」という噺家。
これって、今松師匠のこと?でも時代が合わない。
先代馬生師匠のところに入門したのが昭和40年で
前座名は「駒次」、昭和45年の二ツ目昇進までは
その名前なので、やはり違うか。というよりも入門が、
オリンピックの翌年なので、やはり架空の人物だ。
ならば、別の名前にした方がよかったのではないかと。
神木隆之介の「五りん」は架空らしい。漢字で「五輪」?

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2019年1月25日 (金)

ダニエル・バレンボイム 35

ダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリンで
ブルックナーの交響曲 第6番 イ長調(ノヴァーク版)
2010年6月にベルリンのフィルハーモニーでライブ収録。
バレンボイムの新しいブルックナー交響曲全集である。
じっくりと歌い込まれていて、ロマンティックな仕上がりで、
入念に作り込まれている表情付けとか、奏法の考察や
簡単に型にはめ込むこともできないバレンボイム独特の
長年の経験と蓄積が生み出した豊かな音楽作りである。
荘厳なイメージのブルックナー像ではなく、親しみがあり、
特に第6番のような交響曲だと楽しくて仕方ないような
そんな空間と時間の流れである。なんとなく、これまで
あまり聞いたことのないようなブルックナー解釈にも思え、
そこが現在のバレンボイムの圧倒的な存在感というか、
しかし構えて聞く必要はなく、幸せな気分にしてくれる。
第2楽章などは、こんなにも幸福の音楽だったのかと、
この第6番は素晴らしい。すっかり気に入ってしまった。

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2019年1月24日 (木)

ヴァレリー・アファナシエフ 7

アファナシエフでベートーヴェンのピアノ協奏曲全集
ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37
ユベール・スダーン指揮モーツァルテウム管弦楽団
2001年12月12,13日にモーツァルテウムで収録。
通常37分ほどのところを41分弱で演奏しているので
それほど極端に遅いということも思わないのだが、
このスローテンポでも重い印象にならないのには、
オーケストラが歯切れよく、軽めの響きでいきいきと
ゆっくり進むので、表情付けも自然と様々に可能だが、
そうした全体像が大きく作用していると思う。一方で
アファナシエフはより一層、力強い響きを鳴らし切り、
ベートーヴェンのハ短調を全面に押し出している。
するとあまりの荘厳さにこちらも圧倒されてしまうが、
この作品の性格を極限まで引き出した結果である。
ここまでするか?という問題は、聞く側の好みでも
好き嫌いはあろうけど、そこはアファナシエフである。
このテンポ感覚で逆にもっと繊細に柔らかい響きで
アファナシエフが弾いていたら、どうなっていたかと
それは関心がある。2001年の時点ではこうだった。

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小満ん語録~手のごい

関内での「紺屋高尾」に関する師匠の句だが、
「手のごい」って、なんだろう。手ぬぐい?
調べてみると「手ぬぐい」と同じ意味であり、
古くは「手のごい」という言い方があったらしい。
すると情景はよくわかるのだけど、冬の藍染めで
染めた藍の色が雪にうっすらと映っている。

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2019年1月23日 (水)

ダヴィッド・フレイ 4

ダヴィッド・フレイでモーツァルトのピアノ協奏曲、
ピアノ協奏曲 第22番 変ホ長調 K.482
ピアノ協奏曲 第25番 ハ長調 K.503
ヤープ・ファン・ズヴェーデンの指揮による
フィルハーモニア管弦楽団と協演している。
2010年8月25-27日にアビー・ロード・スタジオで収録。
ダヴィッド・フレイのピアノは思ったよりも活気に満ちて、
豊かな表情を引き出すヤープ・ファン・ズヴェーデンとの
共同作業は大きいのかも。しっかりと存在感ある響きで
もっともっと繊細に弱音で弾き進めるものかと思っていた。
この対比としては、第2楽章の厳粛さでメリハリが効く。
変ホ長調では、エドウィン・フィッシャーのカデンツァで
独特の雰囲気があるけれど、それが全体にも影響して、
どこか演奏スタイルにおいて、参考にしているのかも、
その点ではハ長調の方は、グルダのカデンツァであり、
この2曲は、モーツァルト自身のカデンツァがないので、
楽しみでもあるし、それを狙っての選曲なのかもと思う。

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2019年1月22日 (火)

1月22日の感想

最近の耳違いの話からビールのCMで
矢沢永吉が「神泡」といっているのだが、
私にはそれが「亀山」と聞こえてしまう。
大きく「神泡」と表示されているのに
それでも「カメヤマ」と聞こえる。なぜ?

こちらは以前からの疑問で「ミッション・インポッシブル」で
トム・クルーズのイーサンが無線でベンジーを呼ぶとき
「聞こえるか?」とか「応答せよ!」といった意味だろうけど
「Benji, Do you coffee?」…コーヒー?の訳がないのであり、
調べてみるとこの質問は多く、教えてくれている人がいて、
「Do you copy?」であるらしい。いったことを復唱できるか?
つまり「理解できたか?」という意味なのであろう。なるほど。
「Do you copy?」に対して、ベンジーは「We copy.」と返答。

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2019年1月21日 (月)

第149回 柳家小満んの会

駒六さんは去年の1月の会にも出ていたそうで
ちょうど一年前のあのときは、大雪でたいへんだった。
吉野町から関内に戻ってきて、今回は快晴の満月だ。

金原亭駒六:不精床
柳家小満ん:天狗裁き
柳家小満ん:ふぐ鍋
柳家小満ん:紺屋高尾

「天狗裁き」はやはり初夢の正月バージョンであった。
正月二日、枕の下に宝船の絵を敷いて、寝かされる。
「天狗裁き」の正月版で「羽団扇」という噺があるのだが、
師匠はそちらも演じているけれど(2011年1月の関内)、
その「羽団扇」を「天狗裁き」に戻したような仕上がりだ。
天狗から羽団扇を取り上げて、上空高くに舞い上がり、
見事に逃げ果せるが、落ちたところが宝船というのも
枕の下に敷いているので、理に適った展開である。
弁天様が一所懸命に起こしてくれるが、それが次第に
雑なおかみさんへと変わって、「羽団扇」とも共通で
そこが好きである。それで「どんな夢みたの?」となる。
続いて「ふぐ鍋」だが、師匠で聞くのははじめてだ。
この噺はどうも短そうで、マクラではふぐの毒に関する
講義をたっぷり。ふぐに関して勉強するきっかけがあり、
するとこの噺への愛着も深まり、そうした師匠の想いが
ひしひしと伝わってくる。この噺もいかにもという幇間が
活躍するけれど、小満ん師匠の一八は本当に最高だ。
乞食の毒見も済んだと思い、美味しい、美味しい…と
一気にふぐ鍋を頬張るのだが、その様子はもう絶品。
ご飯を入れ、卵をかけ、締めは雑炊に仕上げるのだが、
湯気が立ち上って、晩飯前の空腹には何とも耐え難い。
仲入り後は「紺屋高尾」であり、2013年1月の日本橋で
聞いており、早いもので6年が過ぎていることになる。
「幾代餅」の方がよく聞いている気がするが、こちらは
ちょっと久しぶりな気もして、改めて今回、聞いてみると
「幾代餅」と同じのようで、意外に細々、違っていた。
紺屋の職人の久蔵さんが患いつくのだけど、話を聞き、
恋煩いを言い当てるのもお玉が池の先生(藪医者)で、
高尾太夫に会わせてやるからと励ますのも先生だ。
親方は後で先生からこっそりと報告を聞くだけであり、
おかみさんに限っては登場もない。「幾代餅」と違う。
「来年三月…」で腑抜けになってしまうところもなく、
紺屋の久蔵は、その点、しっかりしていて、現実的。
しかし三年働き続けて、それを一晩で使い果たそうと
そこまでする久蔵の振る舞いが理解に苦しむのと
昔の人は、そこまで純粋だったということなのだが、
ならば一層、ズレを感じるところであり、その一方で
高尾はというと久蔵の想いを知り、今夜の支払いは、
私の方で何とか用立てるからと十両の金は大切に
所帯をもったときのために蓄えておいてほしいと
持ち帰らすのである。太夫の賢明さは素晴らしい。
久蔵も先生も親方もここでの登場人物は、みんな、
ちょっとおかしいので、高尾太夫の言葉は救いだ。
ということで、次回は最終回、2019年3月16日(土)、
「長屋の花見」「狸の鯉」「らくだ」の三席。14時の開演。

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2019年1月20日 (日)

1月20日の感想

大河ドラマの「いだてん」が、第2回の放送で
視聴率が急落したらしい。12%ぐらいのようで。
初回は15.5%で、「西郷どん」は上回ったが、
でも数字はどうであれ、どちらも面白かったけど。
講道館の嘉納治五郎はなんとなく知っていたが、
金栗四三はさすがに知らない。聞いたこともない。
どうしても主人公の知名度のなさは影響してくる。
そういう中で第2回に登場した松尾スズキ演じる
四代目橘家圓喬には大興奮!伝説の名人である。
まさかドラマの中で圓喬に出会える日が来るなんて。
昭和の名人志ん生の憧れの師匠だったのであり、
名人といえば、圓喬師匠の名前を挙げていたと
志ん朝師匠が父志ん生のことを振り返っていた。
志ん生が落語の世界に入る前の美濃部孝蔵であり、
その橘家圓喬に出会うのが第2回の放送であった。
今日の第3回では、どうなることやら、楽しみだ。

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2019年1月19日 (土)

チコちゃんに叱られる

今週はチコちゃんが砂場に遊びに行っているそうで、
陽だまりの縁側でキョエちゃんと岡村が案内をする
「キョエちゃんに叱られる」という傑作選であった。

年輩の人たちをシルバーというのは、国鉄時代の
シルバーシート(1973年敬老の日より)にはじまる。
1982年発行の辞書には、「シルバー」で「高齢の」
という意味が加えられているが、以前の辞書には
「銀色」の意味しか載っていない。シルバーシートの
グレーの布は、新幹線の座席の布の転用であった。
青とグレーの新幹線普通席は、記憶に残っている。
続いて、大人になると一年があっという間なのは、
子供に比べて、人生のトキメキがないからであり、
「自分が感じる時間」と「実際の時間」が一致する
19歳の頃から大人は、時が流れるのが早くなる。
理論上、タイムマシンはすでに存在し、高速で動く
物体の時間の流れはゆっくりであり、新幹線で
東京から博多の1200kmの距離を移動すると
10億分の1秒だけ未来に行ったことになる。
その辺がよく描かれているのが「猿の惑星」で
地球の周りを高速で移動している宇宙船の中に
長く滞在していたため飛行士たちは歳をとらず、
帰還するとそこは、未来の地球であったのだ。
最後に左投手の「サウスポー」の訳だったのだが、
結論は「わからない」ということだけど、照明設備が
なかった時代の野球場は、夕方の西日を考慮して、
マウンドとバッタボックスの位置を決めていた。
打者が西日で眩しくならない東北東に投手がおり、
野球場の向きは現在もそのルールによっている。
それで左投手が投げようとすると手は南向きにあり、
よって、サウス(南)ポー(手)という説があるのだが、
これでいいような気がするのだけど、野球事典では
「幻想にすぎない」と否定している。ということで、
「わからない」という結論。だけど、この話は面白い。

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2019年1月18日 (金)

ツィモン・バルト 9

ツィモン・バルトとクリストフ・エッシェンバッハの協演による
シューマンの作品で、管弦楽はNDR交響楽団の演奏。
序奏とアレグロ・アパッショナート 作品92
主題と変奏(幻覚の変奏曲)WoO24
序奏と協奏的アレグロ 作品134
6つのカノン形式による練習曲 作品56(ドビュッシー編曲)
2009年5月4-6,8,日にハンブルクのリーバーマン・スタジオ。
ツィモン・バルトがここでも極端な弱音でその繊細さは格別、
そこにオーケストラが加わり、様々な要素が集まってきて、
壮大な世界へと広がる様には、感動せずにはいられない。
天才である。音楽への想いがあって、それをここまで率直に
心のままに表現して、独自の感性、創造性でありながら、
作品を壊すことなく、聞く人の心を強く引き付けるのである。
有名なピアノ協奏曲 イ短調ではなく、残りの協奏的作品で
知られてはいるが、少々地味なところで、だからこその魅力、
狙いは大成功なのであり、実際、非常にシューマンらしい
いかにもの作風なのだが、聞けば聞くほど、いい曲である。

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2019年1月17日 (木)

ヴァレリー・アファナシエフ 6

アファナシエフでベートーヴェンのピアノ協奏曲全集
ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15
ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 作品19
ユベール・スダーン指揮モーツァルテウム管弦楽団
2001年11月21,22日にモーツァルテウムで収録。
アファナシエフはいつもの通り、限界まで遅いテンポで
音楽をくっきりと描き出していくが、その遅さというのは、
私にとっては全く気にならないのであり、それというのは
ここでのテンポ設定に絶対の理由があって、説得力に
あふれているからである。このスローテンポながら、
音楽に重さはなく、オーケストラの響きも軽やかだし、
何よりピアノの音色の澄み切った透明感は不思議だ。
この絶妙な調和というのは、奇跡としかいいようがない。
2001/2002シーズンに一気に取り上げられた全集を
番号順での収録だが、改めて聞いていきたいと思う。

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2019年1月16日 (水)

ダニエル・バレンボイム 34

ダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリンで
ブルックナーの交響曲 第5番 変ロ長調(原典版)
2010年6月にベルリンのフィルハーモニーでライブ収録。
バレンボイムの新しいブルックナー交響曲全集である。
朗々とした響きで実に骨太な音楽は雄大な広がりだ。
想いの詰まっている音作りで血が通い、暖かみもあり、
神格化するような厳しい演奏ではない。動きがあって、
ブルックナーの交響曲に心から親しみを懐くような
今回の全集では、そうした演奏を目指しているのかも。
映像からの編集で、ライブの感覚を強調しているのも
大きな要因であろう。第5番は中でも最も緻密な作風で
ブルックナー・ファンにもその謎解きは特に人気だが、
こんなにも人懐こい表情を見せるなんて知らなかった。

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2019年1月15日 (火)

クラウディオ・アバド 48

クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団による
ラヴェルのバレエ「ダフニスとクロエ」(全曲)、
そして後半は、優雅で感傷的なワルツであり、
1988年11月にロンドンのオール・セインツ教会で収録。
アバドのラヴェルのシリーズを収録順に聞いてきたが、
ロンドン交響楽団の音楽監督として最後に取り上げて、
演奏会に続いて収録されたのが、これらの録音である。
翌年にはベルリンフィルの音楽監督への就任が決まり、
ロンドン交響楽団との共演はその後、なかったらしい。
マーラーの交響曲 第3番をベルリンフィルとロンドンで
ライブ録音しており、ロンドン交響合唱団が参加して、
やはり縁があるのだなって思ったのだが、それはよくて、
非常に色彩的な音をさせており、後のベルリンフィルの
落ち着いた響きと比べるとかなりしなやかな動きに驚く。
名演として知られて、もちろん実際に素晴らしいのだが、
その後のアバドの活動を思うとロンドン交響楽団とは、
少しずつ方向性が違って、離れる結果となったのかも。
ロンドン交響楽団としては強く慰留したと書いてある。
どちらにしてもアバドとロンドン交響楽団の築き上げた
1980年代の頂点を示す演奏であり、何とも格別である。

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2019年1月14日 (月)

今日の月は…月齢8.1

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昨日の晩、西に沈むきれいな半月が見えたのだが、
調べると今日が、月齢8.1の上弦の月であった。
日没直後の16時52分、南の空高くに見えた月。
来週月曜の1月21日が満月(月齢15.1)である。

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2019年1月13日 (日)

第295回 柳家小満んの会

今年最初の小満んの会である。日曜日の開催で
それも三連休の真ん中だ。寄席は正月二之席で
落語の方では、まだまだこの時期、正月であり、
今日の噺も「御慶」だけど、正月気分って最高。
実際は、世間はもう新年の祝いでもないけれど、
終わるとすっかり現実に引き戻されるのであり、
その点では、この二時間って、本当に格別だ。
日本橋亭の入口にも正月飾りが付いていた。

金原亭駒六:元犬
柳家小満ん:弥次郎
柳家小満ん:二段目
柳家小満ん:御慶

今年は「弥次郎」から。途中で思い出したのだが、
南部の恐山の山賊の後、イノシシが出てくる。
猪の子供が16匹、シシ(4×4)十六ってギャグ、
そういうことだったのか。今年の「亥年」、干支で
「弥次郎」なのである。ここでのホラ話、嘘つきって、
落語的ということだが、センスがよくて何とも好きだ。
寒くて寒くて、水も氷り、湯も氷り、氷った湯をかじると
お腹の中で溶けだして、煮えたぎった熱湯になる。
火事の燃え盛る炎があっという間に氷って、それを
鋸で切り出し、持ち帰ろうとするが、南部の辺りで
すっかり陽気がよくなったものだから、炎が溶け出し、
荷を引いていた牛車が焼ける。消してくれ!というが、
それも無駄、というのも「焼け牛に水」というギャグ。
後半は「道成寺」のウソになったが、それにちなんで
逃げられて「安心した」と「安珍」を掛けたオチである。
続いて「二段目」、つまりは「忠臣蔵」に絡んでの噺。
これは圓生師匠などの録音がある「芝居風呂」かと。
でも喧嘩の内容で忠臣蔵の松の廊下でもめるので、
そこが少し違っているようで、速記本に残っている、
小満ん師匠のは、「二段目」という噺であるらしい。
詳しいことはわからないが、そういうことも書いてある。
風呂場での喧嘩に巻き込まれまいと帰ろうとする客が、
「着物はどこだ?」「棚の二段目」というオチであり、
これは「どこから落ちた?」「七段目」に似ているかも。
仲入り後は、新年の噺の代表ともいっていい「御慶」、
今しか聞けない。師匠の「御慶」はこれで四度目かと
この数年、定期的に演じられていて、よく聞いているが、
何度聞いても面白い。富くじで江戸時代の設定であり、
するとオチは「恵方詣り」でないといけないというのは、
以前も書いているが、「初詣」の言葉が広まったのは
明治の後半のことで、ここでの年末年始の風景って、
当時のことがいろいろとわかるのである。挨拶に来て、
それは二日以降のことかもしれないが、出入りの者は、
何軒も旦那方をまわって歩いて、つまり上がりこんで
振る舞い酒に酔っぱらっていては、しくじってしまう。
それで、正月も過ぎて、日が長くなってきたころには、
また改めて伺うことにいたしますと「永日」なのである。
日本人の新年に対する思いや風習って素晴らしい。
考えれば考えるほど、「御慶」は魅力的ではないか。
ということで、21日の月曜日が横浜の小満んの会、
「天狗裁き」「ふぐ鍋」「紺屋高尾」、再び関内ホール。

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2019年1月12日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「地球はなぜ回っているのか?」
2世紀の頃には、まだ天動説が信じられていたが、
ガリレオなどの科学者によって地動説が証明された。
46億年前、微惑星がぶつかり合い、地球は生まれたが、
完全な衝突が起こらない限り、そこには回転が生まれて、
地球が完成したときに大きな天体が衝突、回転が起こり、
それが現在に続いている。月との重力で地球の形は歪み、
その潮汐力によって、地球の回転は遅くなってきている。
当初は4時間で1回転であったのが、現在は24時間、
1億8000万年後には、25時間になると考えられている。

「東京タワーはなぜ赤と白か?」
エッフェル塔を抜いて、高さ世界一のテレビ塔となったが、
飛行機との接触をなくす目的で定められている航空法の
昼間障害標識の赤と白の塗装で高さ333mを実現させた。
インターナショナルオレンジとホワイトの組み合わせである。

「餅の形が東西で違うのはなぜ?」
東は四角、西は丸餅である。そもそも餅は丸いものだった。
稲魂といって、魂を形にしたのが丸餅であった。丸い餅は
鏡餅のように神聖なものであり、室町時代に雑煮に入れて、
丸餅を食べるようになった。江戸時代には、庶民の間でも
正月に餅を食べる習慣が生まれ、しかし江戸は人口が多く、
餅を搗いて、ひとつずつ丸餅にしていては手間が掛かり、
とても間に合わず、のし餅にして、客に切らせることにした。

「サイコロの1の目だけ赤いのはなぜ?」
和歌山県の製造会社が発祥というのは都市伝説。
京都の歴史あるサイコロ屋さんに問い合わせたところ
昭和20年代に1の目が赤く塗られるようになった。
赤いのは日本だけであり、サイコロの歴史は賭博に
関わることが多く、その作り方については資料がない。
根拠を示す文献がなく、わからないというのが結論。

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2019年1月11日 (金)

マレイ・ペライア 11

マレイ・ペライアのベートーヴェンを聞いている。
ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106(2016.11)
ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27-2(2017.7)
ベルリンのフンクハウスで収録されている。
近年のペライアは、非常に立体的な響きを聞かせる。
「ハンマークラヴィーア」では、緻密で複雑な構造を
ピアノの性能を限界まで引き出し、より大胆に迫力で
停滞することなく、一気に聞かせている印象がある。
一方で「月光」はというと流れるような快適な表現、
するとペライアの滑らかな音色を思い出すのだが、
これはベートーヴェンの作曲年代でも表現は異なり、
「ハンマークラヴィーア」の後期の作品の構築性を
より際立たせる結果にもなっている。ペライアは
昔から音楽の表情作りが美しく、弱音の表現に優れ、
ベートーヴェン特有の熱気と荒々しさを加えることで
かつて以上に表現の幅が広がっていることを感じる。

DG 00289 479 8353

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2019年1月10日 (木)

ジャン・エフラム・バヴゼ 6

ジャン・エフラム・バヴゼでドビュッシーの作品を聞いている。
映像 第1集と第2集、練習曲集、アルペジオのために(初稿)
2008年7月10-12日にダンウィッチのポットン・ホールで収録。
バヴゼによるドビュッシーの全曲録音から今日は第4集である。
なんて素晴らしい!切れ味のよさは圧倒的で、シャープな感覚、
その絶妙なコントロールに夢中になる。豊かな運動性は音楽に
無限の可能性を与え、端正なフォルムの下に熱いエネルギーを
感じさせる。緻密な精密機械のようだが、その現実感は魅力で、
ピアノがピアノという楽器を超越して鳴り出すとき、神業のような
そんな感覚を覚えるときがあるけれど、バヴゼはそれとは違い、
あくまでも人間業でピアノの響きの中に極限を示していることで
何とも好感が生まれる。バヴゼは本当に魅力的なピアニストだ。

CHANDOS CHAN 10743

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2019年1月 9日 (水)

フランソワ・グザヴィエ・ロト 2

フランソワ・グザヴィエ・ロトの指揮によるレ・シエクルで
ストラヴィンスキーのバレエ「春の祭典」「ペトルーシュカ」
2013年5月14,16日と9月28日にライブ収録されている。
室内楽のような響きであの巨大な音楽が非常にコンパクト、
アクセルを踏んだときの加速のよさは不思議な快感であり、
実にしなやかで繊細な表情が特長である。ところどころで
聞いたことのない音色に驚くのだが、想定の範囲内であり、
それほどかけ離れたことはなく、楽しめる。表面的な効果で
奇をてらったのではなく、純粋に真実を求めた結果であろう。
色彩は抑えられ、乾いた印象だ。一方でこの素朴さの中で
音楽に独特な雰囲気が生み出されているのも事実であり、
そこはフランソワ・グザヴィエ・ロトのセンスだと感動する。
派手さがなくて、どうも物足りないような感覚に陥るのだが、
それは我々の常識が、過剰なものを求めすぎなのであり、
本物を聞いてリセットすることは重要だ。画期的なようで、
これをそういうふうに捉えてはいけない誠実さを感じる。

Musicales Actes Sud ASM15

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2019年1月 8日 (火)

クラウディオ・アバド 47

クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団による
ラヴェルの道化師の朝の歌、ツィガーヌ、海原の小舟、
歌曲集「シェエラザード」、「シェエラザード」序曲
ヴァイオリン独奏はサルヴァトーレ・アッカルド、
「シェエラザード」の独唱はマーガレット・プライス、
1987年11月にオール・セイント・トゥーティングで、
最後はラ・ヴァルスで、1981年11月の演奏だが、
ロンドンのキングズウェイ・ホールで収録されている。
アバドのラヴェルのシリーズは本当に素晴らしい。
この時期、アバドはウィーン国立歌劇場に移って、
ロンドン交響楽団との録音は終了していくのだが、
音楽の色合いも細部の精妙な表現もまさに極み。
残すは最後のバレエ「ダフニスとクロエ」全曲である。

DG 427 314-2

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2019年1月 7日 (月)

カール・ベーム 3

カール・ベーム指揮ウィーンフィルによる
J.シュトラウスの喜歌劇「こうもり」から第2幕と第3幕
1971年11月にウィーン・ソフィエンザールで収録。
ベームの重厚な音作りは、シュトラウスでは異色にも
感じられるところもあるけれど、その深みは感動的だ。
フォルクスオーパーとの違いでウィーン国立歌劇場の
伝統のスタイルもあるし、モーツァルト的ということか。
ベートーヴェンの「フィデリオ」といってもいいのかも。
第2幕に挿入されるお馴染みの「雷鳴と電光」だが、
雷鳴というより、戦争で空爆を受けているような迫力。
カルロス・クライバーの「こうもり」はミュンヘン流であり、
そちらもウィーン風とは違うようだが、あの軽やかさ、
しなやかさは驚異的である。ベームの響きと比べると
改めてそうした意識に行く。それにしても楽しい音楽。

DECCA 475 6216

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2019年1月 6日 (日)

カール・ベーム 2

カール・ベーム指揮ウィーンフィルによる
J.シュトラウスの喜歌劇「こうもり」から序曲と第1幕
1971年11月にウィーン・ソフィエンザールで収録。
新年で最初に聞くのは、喜歌劇「こうもり」である。
これまた急に思い立って、出してみた。というのは、
昼間、ニューイヤーコンサートの再放送を見ていて、
何となくその気分の延長で、正月の夜は「こうもり」。
ベームの音作りが独特な重さと武骨な仕上がりで、
いかにもといった印象なのだが、幕が上がって、
歌劇の部分に入るとそれがなんとも素晴らしい。
歌手もウィーンフィルもどんどん乗ってくる感じで
そこが巨匠ベームの偉大さかと存在感がある。

DECCA 475 6216

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1月6日の感想

大河ドラマの「いだてん」がはじまった。
冒頭、たけしの演じる志ん生の「富久」であり、
見ていて、うれしくなってしまう。志ん生の長女で
美津子さんが小泉今日子、日暮里の家も出て、
何とも親しみを感じてしまった。明治から昭和の
日本を知る貴重な機会であり、登場人物が
知らない人ばかりなのだが、これは面白い。
今年の大河は一年間、最高に楽しめそうだ。
信長も秀吉も家康も出てこないのが新鮮!

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2019年1月 5日 (土)

東京の風景から 92~品川神社

品川神社に新年のお参りに行ってきた。

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京急新馬場の駅を出るとすぐに見える品川神社。

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少し並んでお参りをした後、正月だけ公開の宝物殿へ。
徳川家にゆかりの神社であり、家康、家光、綱吉と
歴代の将軍にまつわるものが大切に保管されている。
勝海舟や山岡鉄舟の奉納品もあり、すごいお宝。

「たらちね」の「いったん偕老同穴の契りを結びし上は…」、
その「偕老同穴」が陳列されていた。はじめて見た。
深海に生息する海綿動物で、その網目の中には、
雄雌の二匹のエビが生息している。まさに老いるまで
共に暮らし、死んでからも同じ墓に入る、そのままだ。

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品川神社境内の奥にある阿那稲荷にお参り。
今回も一粒萬倍の御神水でお金を洗ってきた。

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最後に富士塚に登って、本当におめでたい。
見晴らしがよく、品川宿を見下ろす絶景である。

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2019年1月 4日 (金)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「お雑煮の雑ってなに?」
お雑煮のはじまりは室町時代であり、
神様にお供えしたものを雑煮にして食べた。
当時は温かいものを食べられるのは貴重で、
保臓の考え方により五臓六腑を温めた。
雑煮の雑は、元々は「臓」であった。
江戸時代になり、参勤交代によって、
お雑煮は全国に広まり、地方ごとの食材で
各地の特色を生かしたお雑煮が生まれた。

「ごちそうさまってなに?」
馳走とは、馳は速く、走は走るであり、
インドの伝説により、足の速い人のことを
仏教の神様の韋駄天というようになった。
韋駄天は足の速さで食べ物を集めてまわり、
食卓を守る神で、寺では台所に祀られている。
江戸時代には、馳走は、食べ物を集めてきて、
もてなすという意味で使われるようになった。

「インコはどうして言葉をしゃべるのか?」
インコのメスは、鳴き声の似ているオスを好む。
飼い主をつがいの相手として、声を真似ようとする。

「なぜたい焼は鯛なのか?」
明治42年、神戸清次郎がたい焼を考案した。
神戸清次郎の兄弟は東京の大学に通っていたが、
仕送りがなくなり、生活費を稼ぐため、九段下に
店を構え、流行りの今川焼を新しくしようとした。
かめ焼、うさぎ焼、ホームラン焼を作ったが売れず、
めでたいとして出していたたい焼の人気が出た。
鯛は憧れの魚であり、一個一銭で買えることで
労働者たちが喜んでたい焼を買おうとした。

「ホコリはなぜ灰色か?」
ホコリの多くは衣服などの繊維ゴミであり、
様々な色の混ざりあっているホコリは、
混色の原理で遠くからは灰色に見える。

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2019年1月 3日 (木)

1月3日の感想

天気は快晴でちょっとでも出掛けたかったのだが、
「義母と娘のブルース」の一挙放送を見てしまって、
連続して話がつながるので、見はじめたらダメで
最後まで見てしまった。そういう正月もいいのかと。
昨日の晩の「下町ロケット」特別編も面白かったし。

今年は元日からティーレマンが見られてうれしい。
ウィーンフィルのニューイヤーコンサートである。
来年はアンドリス・ネルソンスと発表された。

平成に続く新しい元号は4月1日に発表されると
大晦日の年越しギリギリにニュースになったが、
日本の元号はなかなか難しい。明治以降は、
天皇が変わるたびに新しい元号となっているが、
江戸時代には、天災や飢饉などが起こるたびに
元号は変更されていたので、非常に複雑である。
特に幕末、文久4年が元治元年、その翌年で
元治2年が慶応元年、慶応4年が明治元年。
平成はちょうど30年で、31年が次の元年となり、
数えるのには便利かもしれないけれど、難しい。

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2019年1月 2日 (水)

横浜の風景から 543~正月二日

正月二日は、宮沢神明社にお参り。

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瀬谷区宮沢3丁目の宮沢神明社にて。

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神明社から少し行ったところの六道の辻。
瀬谷区宮沢4丁目にて、いつもの風景。

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2019年1月 1日 (火)

横浜の風景から 542~元日

あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします。

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今年も午前中に善部神明社に初詣。

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新幹線を越えて、すぐ近くのねこ塚。

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瀬谷区阿久和南1丁目より
元日は快晴で富士山が見える。

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瀬谷区阿久和南1丁目にて
いつものお墓山の風景。

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