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2019年2月28日 (木)

スヴャトスラフ・リヒテル 12

リヒテルでベートーヴェンのピアノ・ソナタと室内楽。
ピアノ・ソナタ 第18番 変ホ長調 作品31-3(1992.10)
ロンド ハ長調 作品51-1、ト長調 作品51-2
ピアノ・ソナタ 第28番 イ長調 作品101(1986.6)
ピアノ三重奏曲 第7番 変ロ長調 作品97「大公」
ピアノと管楽器のための五重奏曲 変ホ長調 作品16
リヒテルの晩年の演奏スタイルであり、響きをシンプルに
その点では、昨日の1960年代のライブとは対極だが、
しかし私には、リヒテルというとこのイメージであったし、
いま客観的に聞くと非常に心に響いて、何とも感動する。
実は発売時に聞いたときには、あまりに枯れているので、
この演奏の価値がよくわからなかった。巨匠の到達点。
1986年6月のアムステルダムでの録音というのは、
ディアベッリの主題による変奏曲と同じときの演奏かも。

PHILIPS 438 624-2

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2019年2月27日 (水)

スヴャトスラフ・リヒテル 11

リヒテルでハイドン、ウェーバー、ベートーヴェンの作品。
ハイドンのピアノ・ソナタ 第24番 ニ長調(1985.3)
ピアノ・ソナタ 第52番 変ホ長調(1966.11)
ウェーバーのピアノ・ソナタ 第3番 ニ短調 作品49(1966.9)
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ 第9番 ホ長調 作品14-1
ピアノ・ソナタ 第11番 変ロ長調 作品22(1963.6)
ピアノ・ソナタ 第12番 変イ長調 作品26(1966.11)
ピアノ・ソナタ 第27番 ホ短調 作品90(1965.8)
リヒテルの1960年代を中心としたライブ録音集である。
1960年代のリヒテルは圧倒的だ。音の凄みが際立つ。
リヒテルのハイドンは有名だが1985年の第24番も最高。
ベートーヴェンに関しては、「熱情」や「悲愴」ではなく、
穏やかな傾向のソナタが並ぶので、そうした作品での
抑制を効かせた静けさと一方の時折見せる激情で
そうした対比とコントロールが素晴らしい。感動する。

PHILIPS 438 617-2

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2019年2月26日 (火)

スヴャトスラフ・リヒテル 10

リヒテルでシューベルトのピアノ・ソナタを聞いている。
ピアノ・ソナタ 第18番 ト長調 D.894
ピアノ・ソナタ 第9番 ロ長調 D.575
ピアノ・ソナタ 第15番 ハ長調 D.840「レリーク」
1979年から1989年にかけてのドイツでのライブ録音。
リヒテルのライブ録音集からシューベルトのソナタ。
極端に遅いテンポが有名だが、強靭な精神による
豪快にして瞑想的な時間は、リヒテルの独特な世界。
未完の「レリーク」をあえて、後半の二楽章を追加して、
唐突に途切れる形だが、再現はたいへんに興味深く、
聞くと魅力的であり、ここでのリヒテルの想いを感じる。
完成されずに現在では演奏されないのが実に残念だ。

PHILIPS 438 483-2

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2019年2月25日 (月)

スヴャトスラフ・リヒテル 9

リヒテルでショパンとリストの作品を聞いている。
ショパンの練習曲 作品10-1,2,3,4,6,10,11,12
練習曲 作品25-5,6,8,11,12,7(1988.2,3)
ポロネーズ 作品26-1,40-2(1992.10)
前奏曲 作品28-6,7,8,9,10,11,19,17,23,24
舟歌 作品60、夜想曲 作品15-1(1966.11)
幻想ポロネーズ 作品61(1992.10)
リストのピアノ・ソナタ ロ短調(1966.11)
ポロネーズ 第2番、スケルツォ ト短調、暗い雲
コンソレーション 第6番、ハンガリー狂詩曲 第17番
ピアノ小品 嬰ヘ長調、メフィスト・ポルカ
超絶技巧練習曲 第1,2,3,5,7,8,11,10番(1988.3)
演奏会練習曲より「ため息」「小人の踊り」
リヒテルのライブ録音集を久しぶりに聞いてみたい。
晩年の録音に1966年の圧倒的な演奏が加わって、
時代によって違いはあるが、リヒテルは素晴らしい。
1988年のリストの演奏が、私には魅力的に感じられる。

PHILIPS 438 620-2

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2019年2月24日 (日)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「なぜ買い物でレジ袋を使うのか?」
1960年代のミニスカートブームでは、ストッキングが
マストアイテムであった。梨園の梨狩りでは、竹籠で
ストッキングが伝線してしまう。うどんが30円の時代に
400円のストッキングは、たいへん高価なものであった。
ストッキングを傷付けないよう、ポリエチレン袋を用意し、
当時、紙袋を配っていたスーバーもそのことを知って、
レジで配る袋にポリ袋を採用するようになった。

「ニワトリが首を前後に振りながら歩くのはなぜ?」
人間の目は前向きで眼球が巧みに動くが、ニワトリは
横向きであり、眼球もあまり動かすことができない。
頭と目の位置を静止させて動かすことを繰り返し、
景色が見やすくなるようにしている。流れる景色を
静止画のように捉えて、エサや敵を見付けている。

「ろくでなしのろくって何?」
まともじゃない人や道楽者のことをいう。ろくとは、
水平やまっ平らを意味し、漢字で書くと「陸」である。
例えば、平らな屋根のことを陸(ろく)屋根というが、
江戸中期以降は、「碌」の字が当てられた。「碌」は
石がゴロゴロしていることをいい、平たんなこと。

「爪って何?」
死んだ皮膚である。爪の付け根(爪母)で作られ、
先に押し出される。細胞としての働きはないため、
死んでいる。指の先端には骨がなく、爪があることで
モノをつかむことができる。朝は爪を切ってはいけない、
というのは、戦争に行く人が、出発の朝、遺品として、
爪を残していくという記憶による。また夜に爪を切るのも
いけないとされるのは、戦国時代の夜詰めで、務めで
親の死に目にも会えない夜詰めと夜の爪を掛けている。
風呂上がりのふやけているときに爪を切るのがよい。

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2019年2月23日 (土)

横浜の風景から 545

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旭区矢指町にある追分市民の森にて。

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有名な菜の花畑がきれいである。
休耕中の畑もあって、今年は小規模か?

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中原街道の下にある菜の花畑。

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2019年2月22日 (金)

ウォルフの歌曲 8

ウォルフのスペイン歌曲集を聞いている。
アンネ・ゾフィー・フォン・オッターとオラフ・ベーア、
ピアノはジェフリー・パーソンズによる演奏。
1992年7月、1993年2月、1994年6月に
ロンドンのアビー・ロード・スタジオで収録。
前半の10曲の宗教的な歌曲、そして後半は、
34曲の世俗的な歌曲によって、構成されている。
後半の世俗的歌曲が楽しくて親しみやすいのだが、
久しぶりに聞くと宗教的歌曲も感動的で心にしみる。
ジェフリー・パーソンズは1995年に亡くなっているが、
CDの解説書に(1929-1995)と表記されているので、
亡くなってから発売されたのかと晩年の録音である。
歌曲のピアニストとして、実に偉大な存在であった。

EMI 5 55325 2

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2019年2月21日 (木)

ベルナルト・ハイティンク 39

ベルナルト・ハイティンクの指揮による
コヴェント・ガーデン王立歌劇場の演奏で
ブリテンの歌劇「ピーター・グライムズ」
1992年6月にワトフォード・タウン・ホールで収録。
ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」を聞いたので、
近くにあった「ピーター・グライムズ」を出してみた。
久しぶりに聞くとみんな素晴らしい。改めて感動する。
プッチーニが、「ペレアスとメリザンド」の上演を観て、
その新しい響きに衝撃を覚え、大いに触発されて、
「トゥーランドット」を作曲したという。こうして聞くと
「ピーター・グライムズ」もその延長線上にあって、
20世紀前半のオペラには、少なからず影響がある。
この90年代には、ハイティンクがブリテンを指揮して、
歌劇の録音を残してくれたのだから、非常に貴重だ。
しっかり明瞭な響きながら、切れ味がよくて、最高。

EMI 7 54832 2

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2019年2月20日 (水)

クラウディオ・アバド 50

クラウディオ・アバド指揮ウィーンフィルで
ドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」
1991年1月にウィーン・コンツェルトハウスで収録。
この演奏は本当に素晴らしい。いま聞いても最高だ。
ドビュッシーの響きとしては、少々色彩的でもあり、
ウィーンフィルの音色も出すぎの印象はあるけれど、
それこそが最大の表現効果を上げて、まさに絶妙だ。
これ以上ないしなやかな動きを見せて、急激な変化も
滑らかに極上の心地よさ。「ペレアスとメリザンド」って、
ちょっと退屈するときもあるのだけど、この演奏には、
一瞬も気の緩むようなことはない。とにかく魅力的。
プッチーニがこの作品を聞いて、「トゥーランドット」に
ドビュッシーの新しい響きを取り入れたというけれど、
なるほど、よくわかる。そっくりなところが数々ある。

DG 435 344-2

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2019年2月19日 (火)

クラウディオ・アバド 49

クラウディオ・アバド指揮ウィーンフィルで
モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」を聞いている。
1994年1,2月にウィーン楽友協会大ホールで収録。
先週からウィーンフィルのオペラのCDを聞いているが、
やはり指揮者が変わるとずいぶん印象は違うもので
ウィーンフィルの音色は変わらないので、奏法であろう。
響きの作り方だが、でもこのアバドの「フィガロの結婚」は
活動の中心をベルリンフィルへと移した後の時期であり、
その先のアバドの音がウィーンフィルから鳴り出していて、
久しぶりに聞き直してみて意外な感想が出たのに驚いた。
カラヤンもバーンスタインも亡くなって、アルノンクールや
ガーディナーなど、古楽系の解釈が世界に浸透しはじめ、
アバドも音を作るのに変わりはじめていたのであろう。
1995年のあたりだと、ガーディナーはウィーンフィルを
指揮していたのではないか。1980年代が懐かしいが、
1990年代も半ばになると現在の感覚に近くなってくる。

DG 445 903-2

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2019年2月18日 (月)

ゲオルグ・ショルティ 23

サー・ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーンフィルで
モーツァルトの歌劇「魔笛」を聞いている。
1990年5,12月にウィーン・コンツェルトハウスで収録。
大学生になって、はじめて買った歌劇のCDというのが、
この「魔笛」だったと思うのだけど、この1980年代から
1990年代前半の初期のCDがそろそろアルミの劣化で
危機的な状況であり、久しぶりに聞いている。まだ健在。
新しい録音の方がいいはず…と信じて、こちらを買ったが、
ショルティの「魔笛」は、1969年の最初の録音が名盤で
どうもそちらが有名なのだが、もちろんこちらも最高だ。
ショルティは高齢になってもきびきびと快活であったが、
遊びの余裕もあるし、ここでの特長とはそこであろう。
ウィーンフィルとの相性のよさが、非常に感じられる。
ベームやカラヤンのような重さがないので、若々しい。
「魔笛」は楽しくて、究極というのはこういうのだと思う。

DECCA 433 210-2

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2019年2月17日 (日)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「失恋したときに胸が痛くなるのはなぜ?」
恋愛をしているときは、狩で獲物を狙っているときと
同じであり、ステロイドが大量に分泌され、血圧上昇、
心拍数の増加が起こる。心臓に負担がかかっているが、
恋愛中は興奮状態であり、胸の痛みに気付かない。
失恋するとステロイドの分泌だけが残り、その痛みに
気付いてしまう。軽い心臓発作が起きているようなもの。

「顔は覚えているのに名前を思い出せないのはなぜ?」
顔と名前は、脳の別々の場所で覚えているからである。
顔は右脳で名前は左脳で覚えている。目と口の三点で
顔は無限に覚えているが、言語の記憶力には限界がある。
エピソードがあれば、顔と名前を一致させて覚えられる。

「東京の地下鉄はなぜゴチャゴチャか?」
地下も土地の所有者のものであり、国や自治体が所有する
道路の下を地下鉄は通っているため、複雑な路線となる。
大阪や名古屋は、格子状に道路が整備されているため、
ゴチャゴチャしていない。東京は江戸城を中心に放射状の
町割りのため、地下鉄も複雑になって、深くなってしまった。
地下40mより下については、許可がなくても使用できるため、
リニア新幹線はそれを利用して、地下深くに計画されている。

「2月が28日しかないのはなぜ?」
現在の暦の起源であるロムルス歴では、種まきの3月1日が
一年のはじまりであった。冬の二ヶ月間は、農業は休みであり、
月日もなかったが、それでは、わからなくなってしまうため、
1月と2月が定められた。ローマ人は寒い季節は働かないし、
戦いもしない。しかし冬の間に攻めれば、勝てるとも思い、
一年の開始を1月とした。旧暦では一年が355日であり。
実際の季節とズレが生じるのをうるう月で解消していたが、
そのズレは深刻になっていき、一年を365日へと変更した。
しかしユリウス・カエサルは、翌月の1日から遡り数える
ローマの記念日を残すのに2月の28日はそのままにした。

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2019年2月16日 (土)

東京の風景から 94~立会川

京急の立会川から浜川橋の周辺で
立会川河口の運河の辺りを歩いてきた。

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旧東海道に架かる浜川橋。泪橋とも呼ばれる。
なぜ泪かというのは、鈴ヶ森に送られる罪人が、
この場所を舟で渡ると処刑の役人に引き渡され、
最後に涙の別れをここでしたということによる。

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東京都下水道局の浜川ポンプ所周辺の運河。

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立会川河口堤防の船だまり。

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2019年2月15日 (金)

クリストフ・フォン・ドホナーニ 25

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮ウィーンフィルで
R.シュトラウスの楽劇「サロメ」を聞いている。
1994年4月11-18日にウィーン・コンツェルトハウス。
しなやかで音楽は非常にスムーズに流れているけれど、
元々、ドホナーニは色彩を際立たせて描く人ではないが、
この作品のどぎつさは感じられない。音だとなお一層。
細部まで明瞭に鋭く表現していく手法も薄まっており、
自然体な仕上がりだが、するとスタンダートな印象で
ドホナーニの主張は控えめ。ウィーンフィルの音色を
より前面に出し、美しくまとめることに集中したのかも。
レコード制作で音のみの表現だとその中で物語を伝え、
舞台のイメージも頭に広がるような、そんな仕上がりも
可能ではあるけれど、このときは、実際の上演もあり、
ロンドンでの公演が、後に映像にも残されているが、
舞台があって、それに寄り添っての音楽というのでは、
やはり違うのかもしれない。このプロダクションは、
ザルツブルク音楽祭での上演とある。翌年の収録。

DECCA 444 178-2

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2019年2月14日 (木)

クリストフ・フォン・ドホナーニ 24

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮ウィーンフィルで
ワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」
1991年3-11月にウィーン・コンツェルトハウスで収録。
いまになって気付いたのは、「フィデリオ」と同時進行で
録音されていたのだ。「さまよえるオランダ人」については、
その後もいろいろと聞いてきたけれど、このドホナーニで
久しぶりに聞いてみると本当に素晴らしい。私は好きだ。
この後にドホナーニは、ウィーンで「指環」も指揮しており、
当時、その批評も出ていたけれど、記憶に残っているが、
ドホナーニの独特のイメージがあって、しかし改めて、
音が薄いという印象もないし、響きが軽いこともなくて、
非常に力強い音作りで、ワーグナーが記した構築性を
緻密に細部にまで、精妙に音にしていくことによって、
立体感のある表現と緊張感を生み出しているのは、
とにかく感動的である。すべての音が明瞭に聞こえ、
この独特の音作りが、先入観を与えてしまうのかも。
しっかりと歌い込まれて、たっぷりと鳴り響いている。
ウィーンフィルの細部の描写力が、音楽と効果的に
結びついたときの完成度というのは驚異的なのであり、
この感触、この精密さは、やはりドホナーニ以外には、
考えられないかもしれない。交響曲からオペラまで
次々とドホナーニの録音が出ていたこの1990年代は、
本当によい時代だった。それを振り返ることも重要だ。

DECCA 436 418-2

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2019年2月13日 (水)

クリストフ・フォン・ドホナーニ 23

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮ウィーンフィルで
ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」を聞いている。
1991年4-11月にウィーン・コンツェルトハウスで収録。
久しぶりに出してみたが、やはりドホナーニは大好き。
クリーブランドではなく、ウィーンフィルというところに
オペラの録音なので、特別な企画が感じられるけれど、
この時代には、ウィーン国立歌劇場の上演にも密接に
ドホナーニが関わっていたということである。最高だ。
重い音は出さないけれど、響きには力強さがあって、
すべてが見通しよく、細部にまで緻密に明瞭である。
ウィーンフィルの明るい音色は美しく、透明感もいい。
ドホナーニは、立体的で緊張感のある音を引き出して、
この頃のウィーンフィルって、現在とも少し違うような。

DECCA 436 627-2

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2019年2月12日 (火)

2月12日の感想

先週、マゼール指揮の歌劇「トゥーランドット」を聞いて、
その後、YouTubeでいくつかの演奏も聞いてみたのだが、
すると改めて思うのが、1980年代前半のマゼールは、
音楽の輪郭を実に克明に描き出して、その明快さには、
驚かされるし、やはり感動的だ。隅々までくっきりと鳴らし、
その少々やりすぎの感覚には、通常のオペラファンには、
堅苦しく、息苦しくも感じられるかもしれない。そこまでの
徹底したこだわりと響きの緻密なコントロールなのである。
逆の印象では、ザルツブルク音楽祭のゲルギエフであり、
しなやかさの反面、流れすぎの印象がある。ところどころ
聞かせどころで集中力を見せる一方、それ以外について、
あまりこだわりなく、流れに身を任せているかのような。
重要な箇所での気合いの入れ方とそれをつなぐ音楽で
その描きわけというのは、ゲルギエフの要領のよさか。
第3幕後半の未完部分をベリオが補筆した版により、
素晴らしいのだが、そこはやはりベリオの音楽である。
すごくよかったのが、オランジュ音楽祭での野外劇場で
ミシェル・プラッソン指揮の演奏である。カラフを歌うのは
ロベルト・アラーニャで、そちらも注目なのだろうけど、
「トゥーランドット」の革新的な響きに意識を向けずに
プッチーニらしい音色を豊かに鳴らして、自然な演奏。
この作品における前衛性は、私にとっては重要だが、
そうではないところでミシェル・プラッソンは魅力を発揮。
CDに話を戻すと主張が強いけど、カラヤンの演奏が、
やはり素晴らしいと思う。メータ盤を近く聞くことにしよう。

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2019年2月11日 (月)

2月11日の感想

去年の12月に最新型のTOTOレストパルに
トイレの交換をしたのだが、この二か月間、
非常に快調だったのだけど、セットしてある
トイレットペーパーが残り少なかったので、
便座や便器をきれいにしようと水を含ませつつ、
掃除をして、少し多めの紙を流したものだから
詰まってしまった。節水トイレは詰まるらしい。
TOTOに問い合わせたところ、紙詰まりは
故障ではなく、ラバーカップを購入してきて、
自分で直してほしいと。それか、水道業者。
急遽、ホームセンターに出かけて、買ってきた。
なかなか要領がわからず、水は跳ね上がるし、
苦労したけど、スッキリ流れた。一度できると
こういうものかとわかるけど、はじめての経験。
エコの時代で節水は大切だけど、紙を使ったら
しっかり「大」で流す。紙の量でマメに流す。
節水トイレには、ラバーカップが必需品らしい。

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2019年2月10日 (日)

東京の風景から 93~大森海岸

京急の大森海岸から鈴ヶ森の方面へ
少しだけ歩いてきた。ちょっと横道へ。

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品川区勝島2丁目の勝平橋にて。
この運河が品川区と大田区との境界で
橋を渡ると大田区だ。勝平とは何か?
勝島と平和島に掛かった橋で「勝平」。
スタンドの照明が見えるのは大井競馬。

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鈴ヶ森の刑場跡で旧東海道である。

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刑場跡からすぐの品川区立鈴ヶ森中学校。
品川区南大井2丁目で鈴ヶ森の住所はないが、
学校の名前などには「鈴ヶ森」が残っている。
近所の幼稚園や町内会の名前も「鈴ヶ森」。

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2019年2月 9日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「歩いていると靴に小石が入るのはなぜ?」
人差し指一本ぐらい入るのが、足に合った履き方で
歩くと「ふいご現象」が起こり、換気が行われて、
靴の中の蒸れが防げる。跳ね上がった小石が、
ふいご現象の気流で吸い込まれ、中に入ってしまう。

「ホットドッグはなぜドッグ?」
ドイツのフランクフルターが使われている。
1860年頃、アメリカで売られるようになり、
熱いのでパンに挟んで出されていた。当時は、
「ダックスフント・ソーセージ」と呼ばれていたが、
タッド・ドーガンが、野球場で売られている情景を
漫画に描こうとし「Duchshund」の綴りがわからず、
「HOT DOG」と書いてしまったところ、それが全米で
有名になり、ホットドッグで知られるようになった。
日本では、1934年の日米野球で、甲子園球場にて
はじめて売られたが、ソーセージが珍しかったので
食べ方がわからず、パンだけを食べていたらしい。

「もみあげはなぜもみあげ?」
1700年頃、「もみあげ」と呼ばれるようになった。
それ以前は、「耳脇毛」といわれていたが、
結髪(けっぱつ)という、髪を結ぶのが流行し、
耳の脇の毛が、はじめて見えるようになった。
江戸っ子の間で、耳脇毛が、ミミワゲとなり、
モミアゲと訛って、そう呼ばれるようになった。
頬骨の上辺より上が、もみあげとされている。

「車のタイヤのゴムはなぜ黒か?」
最初は木の輪に鉄を巻いた車輪であった。
1867年、白い天然ゴムに硫黄を加え、弾力を出し、
ゴムで巻いた車輪を考案した。しかし熱に弱く、
走行中に破れ、1912年、カーボンブラックという
黒い粉を混ぜ、丈夫で長持ちするよう改良した。
現在はホワイトカーボンというシリカの粉末を加え、
さらに丈夫なタイヤが製造されているが、人は
黒いものの方が強く感じる傾向があり、わざわざ
カーボンブラックを加え、黒いタイヤにしている。

「公衆電話はなぜ50円玉が使えない?」
硬貨を識別する装置を電話機の中に入れると
大きくなってしまい、電話ボックスの広さには
限界もあるので、10円と100円のみが使える。

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2019年2月 8日 (金)

ロリン・マゼール 42

ロリン・マゼールの指揮によるウィーン国立歌劇場で
プッチーニの歌劇「トゥーランドット」から第3幕
1983年9月1,4,9日にウィーン国立歌劇場で収録。
あまりにも素晴らしい第3幕をじっくり聞いている。
パヴァロッティのカラフが有名だが、メータ盤であり、
カラヤンの「トゥーランドット」ではドミンゴが歌い、
そしてマゼールのこの上演が、ホセ・カレーラスだ。
当時のスターでそれぞれ録音が残されているのが
うれしいし、それだけ重要な演目ということであろう。
うっとりするような美しいメロディと悲劇的な和音が
見事に共存して、ときに極端な不協和音が鳴り出し、
マゼールがそうした要素をクローズアップしながら
非常に実感のある音で、濃密に進めていくので、
会場も異常な盛り上がりを録音に残しているが、
たしかにこの場にいたらすごかっただろうと思う。
スタジオ録音でとことん精妙に収録したならば、
ウィーンフィルで、さらにさらにしなやかで繊細に
違った仕上がりを見せただろうけど、これもまた
聞いていて熱くなれる偉大な公演記録である。

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2019年2月 7日 (木)

ロリン・マゼール 41

ロリン・マゼールの指揮によるウィーン国立歌劇場で
プッチーニの歌劇「トゥーランドット」から第1幕と第2幕
1983年9月1,4,9日にウィーン国立歌劇場で収録。
シーズン開幕の新演出上演のライブだそうである。
録音としては、劇場の雰囲気を感じる大迫力だが、
聞き込むとマゼール独特の描き込みは魅力である。
中国のイメージを音楽に盛り込んでいくというのは、
バルトークの「中国の不思議な役人」にも通じて、
リズムも際立つと現代音楽のような印象もあるが、
この時代のマゼールはシャープな感覚を重んじて、
生々しい感触が不思議な緊張感を生み出している。
前半はリューがいいが、カティア・リッチャレッリで
第2幕ではカラフとトゥーランドットの問答の場面が、
マゼールがすごい情景を描き出して、感動的だ。
カラフはホセ・カレーラスが歌っている。素晴らしい。

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2019年2月 6日 (水)

2月6日の感想

プッチーニの「トゥーランドット」を長く聞いていなくて、
かなり久しぶりに聞いてみようと思っているのだが、
「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」で
ウィーン国立歌劇場で「トゥーランドット」を鑑賞中の
オーストリアの首相が、シンジゲートの暗殺者に
襲撃される場面があり、第2幕の後半で暗殺者が
狙撃の準備をはじめ、ここで「誰も寝てはならぬ」の
メロディが最初に少しだけ流れるが、イーサンが
イルサ・ファウストの姿を発見する。この旋律が、
映画全体を通して、イルサのテーマとなっている。
ロンドンの駅でイルサに再会する場面や最後の
ソロモン・レーンを捕え、イルサとの別れの場面で
やはり「誰も寝てはならぬ」のメロディが流れる。
第3幕に入って、カラフが「誰も寝てはならぬ」の
アリアを歌っている最大の盛り上がりのところで、
首相が狙撃される。その直後、上演は中止され、
歌劇場は封鎖となるのだが、ここは前半の山場。
歌劇の進行、音楽の展開と劇中の首相の暗殺が
ぴったりとはまって、実に上手い演出で最高だ。
映画前半でイーサンがシンジケートに捕らえられ、
はじめてイルサが現れるシーンでは、謎の存在で
「誰も寝てはならぬ」の旋律が不安げな印象で
挿入されている。イルサが振り返り、はじめて、
イーサンが顔を見る瞬間のことで、緻密な映像。

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横浜の風景から 544

朝から冷たい雨だったのだが、夕方にはやんで、
買い物に出かけると急に晴れてきてくれた。

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20190206b

ひなた山のそうてつローゼン屋上からの富士山。

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2019年2月 5日 (火)

カルロ・マリア・ジュリーニ 6

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーンフィルによる
ヴェルディの歌劇「リゴレット」から第2幕と第3幕。
1979年9月にウィーン楽友協会大ホールで収録。
ウィーンフィルのしなやかな響き、細部の精妙な表現で
本当に素晴らしい演奏だ。ヴェルディの「リゴレット」は
ストーリーも面白いし、実に悲劇的な結末に導かれるが、
得意の不条理による後味悪さ、それと暗く苦しい音色が
一体であり、聞く人を熱狂させるものがある。感動的だ。
マントヴァ侯爵の能天気さには、何とも腹が立つのだが、
リゴレットとの関係性では、まさに勝ち組、負け組であり、
それがあまりにもハッキリとして、光と影なのであって、
どこまでも幇間であり続けないといけない道化の怒り、
それが生命力の源である。実際に呪い、怒りという
負の要素が核心であり、ヴェルディの音楽の本質だ。
とはいいながら、やはりドミンゴの輝きには魅了される。
ジュリーニの音作りが、後の遅いイメージと全く違って、
圧倒的な鮮やかさであり、その明確で切れ味のよさは、
どこかクライバーのような感覚で、不思議な例えだけど、
そういう気がするのだから、仕方ない。これぞ名盤だ。

DG 457 753‐2

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2019年2月 4日 (月)

カルロ・マリア・ジュリーニ 5

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーンフィルによる
ヴェルディの歌劇「リゴレット」から第1幕を聞いている。
1979年9月にウィーン楽友協会大ホールで収録。
ジュリーニの好みだと思うけど、音がなんとも美しい。
華麗なウィーンフィルの音色をきっちりと引き締めて、
色彩も抑え気味に実に研き抜かれた仕上がりである。
ジュリーニとウィーンフィルの相乗効果とはまさにここ。
細やかな表現での冴えは圧倒的で夢中にさせられる。
活躍のマントヴァ侯爵は、ストーリー上は嫌な役だが、
歌っているのは、プラシド・ドミンゴでやはり絶品である。
リゴレットは、ピエロ・カプッチルリで、こちらも最高だ。
第1幕第1場の終わりで呪いを歌うモンテローネ伯爵、
そして第2場になり、陰から現れるスパラフチーレも
殺し屋稼業を歌い、まわりも個性の強い役ばかりで
ヴェルディの暗い和音と一体に独特の世界である。

DG 457 753‐2

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2019年2月 3日 (日)

ヴァレリー・アファナシエフ 8

アファナシエフでベートーヴェンのピアノ協奏曲全集
ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 作品58
ユベール・スダーン指揮モーツァルテウム管弦楽団
2002年3月20,21日にモーツァルテウムで収録。
この第4番は、アファナシエフ向きの作品かもしれない。
柔らかい響きの弱音が何とも効果的で、細部にまで
実に丁寧にそれを実現させるのは、遅いテンポだが、
やはりこの表現には理由があるし、説得力がある。
細心の注意で隅々まで丁寧に描き込まれているが、
この細やかな表情付けには、すっかり引き込まれて、
とにかく感動した。澄み切った空気と清々しい透明感、
アファナシエフのベートーヴェンへの想いの深さに
奇跡のような演奏が生まれている。天才的と思うが、
それよりもアファナシエフの音楽への誠実さの表れ、
ただ純粋に音の一つ一つに向き合った結果であり、
そこには雑念は存在せず、個性的なもの、自己主張、
自らの存在をも消し去ろうとしているのが感じられる。

OEHMS OC513

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2月3日の感想

節分の日の「いだてん」だが、いろいろと満載。
ビートたけしの志ん生は、「芝浜」の噺にのせて、
オリンピック予選を語り出すし、つまりオチは、
「また夢になるといけねえ」で、金栗四三さんは、
走った後で水が飲みたいのだけど、やめておく。
そして一方、志ん生の若いときで美濃部孝蔵は、
橘家圓喬に遭遇して、圓喬が人力車に乗って、
「鰍沢」を稽古しているのである。この辺は最高。

ちなみに「魚河岸が日本橋に移転する前は、
芝の浜にあった」という台詞は間違えで、
日本橋と芝は、両方ともあったのであり、
芝の河岸は、小魚専門の雑魚場だったという
その辺は「芝浜」を聞くと知っている落語の知識。

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2019年2月 2日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「炬燵に入ると眠くなるのはなぜ?」
炬燵で暖まると体温が上がり、熱が放出されて、
深部体温が下がり、脳の温度が下がって眠くなる。
睡眠時には、脳の温度を下げて、脳を休ませる。
炬燵では、足の温度が上がり、手から熱が放出され、
深部体温が下がる。睡眠時は深部体温が1℃下がる。

「なぜカレーパンは揚げるのか?」
江東区森下にある1877年創業のパン屋さんで
1927年、二代目の中田豊治がカレーパンを考案した。
大正から昭和の洋食ブームであり、カツレツに似せて、
パンを揚げ、カレーライスとミックスし、カレーを入れた。

「桃太郎はなぜ桃から生まれたのか?」
江戸時代の桃太郎の話では、桃を食べたおばあさんが、
若い娘になり、おじいさんも桃を食べて、若返って、
生まれてきたのが桃太郎であった。明治時代になって、
検定教科書に載せるのに桃から生まれたことにした。

「はやぶさ2は何をしに宇宙に行ったのか?」
地球生命誕生の謎を探るため、約3億キロ離れた
小惑星リュウグウから地球の原材料となった物質を
持ち帰ろうとしている。46億年前、微惑星が衝突して、
衝撃の熱でドロドロになり、それが冷え、固まって、
地球ができた。原材料は溶けて、残されていない。
小惑星の物質から地球誕生を解明しようとしている。

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2019年2月 1日 (金)

ニューイヤーコンサート2019

今年のニューイヤーコンサートをCDで聞いている。
第1部は、ツィーラーのシェーンフェルト行進曲、
ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「トランスアクツィオネン」、
ヘルメスベルガーの妖精の踊り、ポルカ「特急ポルカ」、
ワルツ「北海の絵」、ギャロップ「速達郵便で」、
第2部は、喜歌劇「ジプシー男爵」序曲、ポルカ「踊り子」、
ワルツ「芸術家の生活」、ポルカ「インドの舞姫」、
エドゥアルト・シュトラウスのポルカ「オペラ座の夜会」、
喜歌劇「騎士パスマン」の動機によるエヴァ・ワルツ、
喜歌劇「騎士パスマン」からチャールダーシュ、
エジプト行進曲、ヘルメスベルガーの幕間のワルツ、
ポルカ・マズルカ「女性賛美」、ワルツ「天体の音楽」、
アンコールは、ポルカ「突進」、ワルツ「美しく青きドナウ」、
ラデツキー行進曲という2019年のプログラムである。
クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーンフィルによる
元日のウィーン楽友協会大ホールにおけるライブ録音。
今年は、ティーレマンの指揮なので、私は大興奮だが、
重い感じにはならない中でじっくりと歌い込まれており、
これはやはり感動的である。昔のティーレマンでは、
あまり考えられなかったのが、速い曲での加速感や
よい意味での滑りのよさ、勢い余ったときの滑らかな
手綱捌きなど、ウィーンフィルのコントロールは絶品。
「ジプシー男爵」序曲やパスマンのチャールダーシュなど、
民族色やハンガリー風メロディでの劇的な展開も最高。

SONY 19075902822

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