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2019年3月16日 (土)

第150回 柳家小満んの会

横浜の小満んの会は、150回の今回で最終回。
10年通った会が終わってしまうのは残念だ。
私がはじめて行ったのが、2009年の3月で、
10年たった2019年の3月が最終回というのも
やはり何かひとつの区切りのような気がしてくる。

柳家り助:二人旅
柳家小満ん:長屋の花見
柳家小満ん:狸の鯉
柳家小満ん:らくだ

「長屋の花見」「狸の鯉」と原点に立ち返る演目である。
毎年、春には「長屋の花見」を師匠は必ず演じられているが、
大家さんが長屋の衆を集めた趣旨を話し出すところからで
つまり今日は何の用事だろうと相談しながら出かけていく、
前半の場面はなしである。後の演目を考え、時間を確保だ。
今年も花見のシーズン到来であり、明るく和やかに楽しい。
狸の噺は、五代目小さんの「狸の了見になれ」があるので、
柳家では「道灌」とともに基本の噺のイメージがあるけれど、
小満ん師匠は2011年3月に横浜で「狸賽」を演じていて、
今回は「狸札~狸鯉」の形である。「狸札」を前座さんが、
のべつ演っているので、耳にタコの状態ではあるのだが、
ベテランの噺家の演る「たぬき」というのは、すごくいい。
逃げ出した狸が薪を駆け上って、「鯉の薪のぼり」のオチ。
仲入り後は「らくだ」である。小満ん師匠の得意のひとつで
寄席のトリでも演じているが、今回は「火屋」のオチまで。
「かんかんのう」の後、菜漬けの樽も借りてきて、酒も届き、
いよいよ屑屋さんが飲みはじめるのだが、駆け付け三杯で
三杯目までは、らくだの兄貴分の勧めで飲んでいたのだけど、
屑屋さんが自分で、もう一杯もらおうかと言い出したところで、
大変なことになる。らくだの死骸を一人残すのは忍びないと
最後まで付き合うと言い出して、元来、人助けの好きな性格。
らくだの寺はどうなっているのか?檀家にも入ってなさそうで
わからないのだが、知り合いの落合の焼き場に連れていくと
しかし貧乏弔いで、焼き代が出せない。らくだの兄貴分は、
質屋が夜な夜な博打場になっていることに勘づいており、
番頭を強請って、焼き代の二両を拵える。棺桶をかたに
二両を借りるのだが、屑屋と樽を運んで、いつの間にか
兄弟分になっているのが笑える。落合の土橋のところで
穴に落ちて、そこで二人は、肩の棒の左右を入れ換えて、
すっかり楽になり、実は樽の底が抜けて、空だったのだが、
焼き場で死骸がないのを指摘され、それに気付くのがいい。
この説明が一言入っていることで、なるほどという感覚になる。
そんな質屋の場面が付いた今回の「らくだ」であったのだが、
ということで、横浜は今回が最終回であり、次回の日本橋は
5月13日(月)の「六郷の莨」「苫が島」「品川心中」の三席。

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