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2019年3月31日 (日)

3月31日の感想

年度末の日曜日、大河「いだてん」に関すること。
前半三か月のストックホルム編が今日で完結し、
途中棄権、敗退した金栗四三がレースを振り返り、
猛暑のマラソンで命を落としたポルトガル選手の
その想いを継いで四年後のベルリン・オリンピックの
開催、マラソンの続投を誓う場面は感動的であった。
一方の古今亭志ん生、美濃部孝蔵の初高座だが、
師匠の橘家圓喬に何の噺をやるのかと聞かれ、
「富久」と応えるとびっくり!「暮れでもないのに」と
先週も書いたが、まさか「富久」は、ありえない。
しかし火事の中を走り回る久蔵で、朝太の高座は、
客の心をつかんで、圓喬もすっかり聞き入っている。
酔って穴をあけた朝太の代わりに上がったのは、
志ん吉さんであり、なんと袖の下座さんは小菊さん、
そして太鼓を叩いているのは、菊太楼さんであった。

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2019年3月30日 (土)

東京の風景から 95~小石川

桜も満開の週末、文京区白山にある
東大の小石川植物園に行ってきた。
明治に桜の新種ソメイヨシノが植えられ、
それに学名が付けられ、正式に認められた。
その原木がここにある。樹齢130年以上。

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ソメイヨシノは種からではなく、接ぎ木によって、
育てられるので、60~70年の寿命であり、
各地で枯れてきていると話題になっているが、
小石川植物園では、大切に守られているので、
樹齢130年のソメイヨシノはそれは立派である。

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チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より
来週からの朝ドラ100作目「なつぞら」にちなんで
これまでの99作をチコちゃんと振り返る企画。

「なぜドラマなのに小説なのか?」
朝ドラとは、朝の連続テレビ小説のことである。
毎日連載されている新聞小説からラジオ小説が生まれ、
長編小説をテレビドラマ化して、テレビ小説となった。

「朝ドラは主題歌がなぜ長いのか?」
月曜日は90秒、火曜から土曜は75秒流される。
朝の忙しい時間で、手を止めて、テレビの前に
座りましょうの合図で通常よりも長めである。

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2019年3月29日 (金)

ジャン・フランソワ・エッセール 3

ジャン・フランソワ・エッセールでアルベニスの作品。
組曲「イベリア」第1集~第4集(全曲)を聞いている。
1993年4月1‐8日にフォントヴロー王立修道院。
アルベニスの「イベリア」は、この数年、大好きだ。
ジャン・フランソワ・エッセールのスペインものは、
格別という感覚があるけれど、精妙になりすぎずに
荒っぽさや勢いで音楽を躍動させていく感覚、熱気、
色彩も独特であり、何とも心熱くなるのに感動する。
フランス人であり、出身は南フランスのようだけど、
パリでヴラド・ペルルミュテールに師事したとか、
スペイン音楽への才能は、どこで開花したのか。
本当に素晴らしい。アルベニスの「イベリア」は、
もっといろいろなピアニストで聞いてみたいけれど、
あまり録音がなくて、残念である。超絶技巧作品。

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2019年3月28日 (木)

ロリン・マゼール 44

ロリン・マゼールの指揮によるミラノ・スカラ座で
プッチーニの歌劇「西部の娘」から第2幕と第3幕。
1991年1,2月にミラノ・スカラ座でライブ収録されている。
西部劇の雰囲気は異色ではあるのだが、その響きは、
新しい音楽ということも感じられることはないのだが、
第2幕の音楽は素晴らしくて、ディック・ジョンソンが
ミニーの部屋を訪れる場面での美しい情景や後半での
保安官ジャック・ランスとのポーカー勝負の緊迫感など、
「西部の娘」は夢中にさせるものがある。マゼールには
もっと鮮烈で鋭く、生々しいリアルな感触が音作りに
欲しかったのだが、この時期は穏やかな仕上がりだ。
プッチーニの生み出す悲劇的な色合いというのは、
聞く人を陶酔させる深まりが存在しているのであり、
しかし「西部の娘」では、あまり没入しすぎることなく、
西部劇のどこか娯楽的なストーリーが救いとなって、
第3幕では、明るく解放されていく展開が心地よい。

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2019年3月27日 (水)

ロリン・マゼール 43

ロリン・マゼールの指揮によるミラノ・スカラ座で
プッチーニの歌劇「西部の娘」から第1幕を聞いている。
1991年1,2月にミラノ・スカラ座でライブ収録されている。
「西部の娘」はCDもあまり出ていないので貴重な録音で、
音楽は圧倒的な素晴らしさであり、私は大好きである。
ディック・ジョンソンはプラシド・ドミンゴで、メータ盤でも
歌っていたと思うのだが、十数年がたったスカラ座で
やはりドミンゴの歌で聞けるというのも当たり役であろう。
最近ならば、ヨナス・カウフマンが歌っているようであり、
新しい録音が待たれるが、ゴールドラッシュに沸く
アメリカ西部のカリフォルニアが舞台であり、独特だ。
マゼールの指揮は、1990年代になって、丸くなって、
細部のデフォルメが強調される傾向も弱まっているか、
でもやはり聞かせ方や歌の扱いはマゼール流で魅力。

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2019年3月26日 (火)

3月26日の感想

午後、銀座に行ってきたのだが、4丁目は
中国人だらけで、三越にちょっと入ったら、
やはり中も中国人だらけ、デパートの案内も
中国語なのである。銀座は中国人のまち。
日本の桜が外国人に好評で、この時期に
観光客もだいぶ増えているのだろうけれど、
そうした日本の魅力に気付いてくれるのは
うれしいが、しかしこの度が過ぎた情景は
気分が悪い。中国人の金持ちの男性が、
ジャージ姿で歩いているのが違和感ある。

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2019年3月25日 (月)

ダニエル・バレンボイム 36

ダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリンで
ブルックナーの交響曲 第7番 ホ長調(ノヴァーク版)
2010年6月にベルリンのフィルハーモニーでライブ収録。
バレンボイムの新しいブルックナー交響曲全集である。
荘厳な響きを聞かせる演奏が多い中で、これほどまでに
親しみを感じながら聞けるブルックナーというのも珍しい。
バレンボイムが到達した演奏スタイルというのがこれであり、
非常に歌に満ちているのと色合いも豊かな変化を見せて、
濃密に描き込まれている。作品への愛情にあふれている。
バレンボイムにとって、作品によって想い入れが違うことも
ないのだと思うが、それにしてもブルックナーへの想いは
やはり格別であろう。感動がストレートに伝わってくる。
流麗な動きと力強さの共存は、他では味わえない感動。

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2019年3月24日 (日)

3月24日の感想

「いだてん」がストックホルム・オリンピックの
マラソンのレース当日で面白い。毎週楽しみだ。
ひとつ、一方の志ん生の若いときで三遊亭朝太が
7月下席に初高座の日を迎えるけれど、演目が
「富久」というのはありえない!マラソンの走りと
火事の掛け持ちで東京中を走り回る久蔵を
対比させる仕掛けはいいのだが、それならば、
実際の志ん生の初高座って、何だったのか。
「瑞典」でスウェーデンの当て字は面白い。

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2019年3月23日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「おはぎとぼた餅は何が違うのか?」
邪気を払う食べ物として古くから親しまれてきた。
おはぎは小さいもの、ぼた餅は大きいものであり、
小さいのは萩の餅として、秋のお彼岸に食べられ、
大きいのは牡丹餅で春のお彼岸に食べられている。

「エイプリルフールって何?」
9世紀頃のフランスで当時はキリスト教の支配であり、
一年のはじまりが1月1日からキリスト教の祝日へと
変更された。しかし地方によって、定めた記念日が
様々で混乱したため、再び1月1日へと統一するよう
命令が出された。フランス全土に伝わるのに時間がかかり、
知らずにキリスト教の祝日で新年の祝いをしている人々を
手紙でからかって、それがエイプリルフールの元となった。

「4月1日生まれはなぜ一つ上の学年になるのか?」
いつ歳を取るのか?誕生日の前の日の最後の瞬間に
歳をとると定められている。満6歳になった次の日から
小学校に通うことになっており、4月1日生まれの人は、
3月31日の最後の瞬間に6歳になり、前学年に入る。

「お花見で桜の下でなぜどんちゃん騒ぎをするのか?」
春に桜の花を目印として、田植えの時期を決めていた。
田んぼの神様が、春になると山から下りてくるのであり、
桜の開花や春の花々は神様がいることを教えてくれて、
豊作を願い、桜の下で儀式を行った。いつの間にか、
供えた酒を飲むようになり、桜の下で騒ぐようになった。

「バイキングとビュッフェは何が違うのか?」
バイキングは食べ放題、ビュッフェは立食である。
食べ放題をバイキングというのは、日本が発祥で
帝国ホテルのレストラン「インペリアル・バイキング」から。
北欧のスモーガスボードという、大皿に盛られた料理から
好きなものを食べる日本初の店を帝国ホテルが出した。
レストランの名前を決めるのに帝国ホテルの社内で募集し、
海賊の映画「ヴァイキング」で大皿料理を食べる場面から
「インペリアル・バイキング」という名前に決まった。
一方のビュッフェとは、フランス語で「飾り棚」の意味で
棚に並べられた料理を取りに行く立食のスタイルが元。

「なぜサウナではやけどをしないのか?」
サウナの室内の温度は90度あるが、お湯に比べて、
分子の密度が低く、熱の分子が体の表面に付き、
温度が下がり、その空気のバリアが守ってくれるため
体は熱さを感じない。動くと熱の分子を感じて熱くなる。

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2019年3月22日 (金)

クラウディオ・アバド 51

クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団による
ドビュッシーの選ばれた乙女、牧神の午後への前奏曲、
管弦楽のための映像~イベリアを聞いている。
1986年11月にロンドンのオール・セインツ教会。
先月、アバドの「ペレアスとメリザンド」のCDを聞いたが、
「選ばれた乙女」もそれに通じるものがあって、感動的だ。
ローマ大賞によるローマへの留学の時代の作曲のようで、
パリに帰国後とも書いてあるが、初期の作品といえよう。
ロンドン交響楽団の色彩豊かな音色で何ともいい色合い。
アバドの指揮の冴えもあって、イベリアは特に素晴らしい。
まだ明るさの残る夕方の空気から次第に夜の闇が訪れ、
そして時間の移ろいとともに夜明けを迎えるその情景が、
香るような、まさに映像の音楽で描かれ、大好きである。

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2019年3月21日 (木)

アリーナ・イブラギモヴァ 1

アリーナ・イブラギモヴァとセドリック・ティベルギアンで
イザイの悲歌的な詩 作品12
フランクのヴァイオリン・ソナタ イ長調
ヴィエルヌのヴァイオリン・ソナタ ト短調
ブーランジェのヴァイオリンとピアノのための夜想曲
2018年1月11-13日にヘンリー・ウッド・ホールで収録。
こちらも最新盤である。この春の来日にちょうど重なって、
話題にもなっていると思うのだけど、感動的な演奏だ。
といっても知っているのは、フランクのソナタだけであり、
珍しい曲が集められているけれど、フランクについて、
イブラギモヴァのシンプルに繊細な音でまとめる表現と
ティベルギアンの信じられないぐらいに滑らかに進める、
しなやかで柔軟な運動性に釘付けになって聞き入った。
ルイ・ヴィエルヌのヴァイオリン・ソナタが素晴らしい。
フランスのオルガニスト・作曲家とある。1937年の没。
なぜこれまで知られていなかったのだろう。不思議だ。
調べてみるとオルガンの作品が有名のようで、つまりは
フランクの経歴と似ている作曲家ということか。なるほど。

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2019年3月20日 (水)

セドリック・ティベルギアン 5

セドリック・ティベルギアンによるリストの作品集。
調性のないバガテル、ゆりかごの歌、
メフィスト・ワルツ 第4番、悲しみのゴンドラII、
眠れぬ夜-問いと答え、夢の中に、巡礼の年 第3年
2017年12月5-7日に殉教者聖サイラス教会で収録。
ティベルギアンの最新盤で晩年のリストと巡礼の年。
素晴らしい選曲でリストのこれらの晩年の作品が好き、
というとかなりのリストマニアで、しかしファンにとっては、
お馴染みの作品が並んでいる。この世界観は最高だ。
響きのコントロールが見事で、どこまでも隅々にまで
澄み切って、この透明感には感動した。思い出した。
ティベルギアンの演奏って、その空気が気持ちいい。
ピアノの音が、その空間を清らかにする感覚がある。
この録音では、YAMAHAのピアノが使用されている。
一昨日のみなとみらいホールでもそうなるかと思ったら
スタインウェイを弾いて、同じプログラムではあるが、
翌日(3月19日)のヤマハホールのリサイタルでは、
さすがにYAMAHAなのだろう。するとおそらくこの音。
私はスタインウェイが好きなので、そちらの好みだけど
この録音に存在する澄んだ空気は本当に素晴らしい。

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2019年3月19日 (火)

セドリック・ティベルギアン 4

セドリック・ティベルギアンによるシマノフスキの作品集。
12の練習曲 作品33、仮面劇 作品34、
4つの練習曲 作品4、メトープ-3つの詩 作品29
2013年3月10-12日にヘンリー・ウッド・ホールで収録。
昨日の余韻でセドリック・ティベルギアンを聞いている。
シマノフスキの作品は、印象派の新しい響きに満ちて、
鮮やかなテクニックとこの精妙なコントロールによって、
昨日のドビュッシーの練習曲を思い出させてくれる。
仮面劇とメトープが録音もあって、聞く機会があるが、
練習曲のやはりしなやかな運動性に聞きほれてしまう。
そしてその仮面劇とメトープだが、この世界観は最高!
独特の神秘性と深みある響きにすっかり引き込まれた。

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2019年3月18日 (月)

セドリック・ティベルギアン リサイタル

ちょうどよく用事を結び付けられたのだが、
神奈川県庁に行って、業務報告書を出して、
それから急ぎ、横浜みなとみらいホールへ。
月曜日の11時半開場というマチネ・コンサートで
セドリック・ティベルギアンのピアノ・リサイタル。

第1部
ベートーヴェン:エロイカの主題による変奏曲とフーガ
ブラームス:シューマンの主題による変奏曲

実演で改めて聞くと若いベートーヴェンとブラームスが、
革新的な手法に取り組んで、古典的な枠の中で
画期的な響きを生み出して、発見の多い時間に
すっかり引き込まれてしまった。第2部の練習曲も
今回の選曲の意図はそこにあったのかと感動する。
ティベルギアンはやはりブラームスが素晴らしい。

第2部
ドビュッシー:12の練習曲
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻~沈める寺

私は昔からドビュッシーの練習曲がとにかく好きで、
ティベルギアンが弾くとなると聞かずにはいられなく、
これが目的だったわけだが、弱音がきれいに鳴って、
何ともしなやかな運動性に夢中になって聞いてきた。
実に柔らかい響きだけど、動きの冴えは圧倒的で
これを聞いたらますますファンになる。最高だった。
「沈める寺」のアンコールで、サイン会も開かれて、
リストの巡礼の年 第3年の最新盤にもらってきた。

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2019年3月17日 (日)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「甲子園はなぜツタで覆われているのか?」
大正13年に完成した現存する最古の野球場である。
宝塚と温泉地のある阪急電鉄に対抗し、阪神電鉄が、
沿線の目玉として、当時最新の野球場を建設した。
夏の高校野球に間に合わせるため4ヶ月半で工事し、
外装はコンクリートむき出しの球場であったため、
あちゃら感(外国感)を出すためにツタを植えた。

「宇宙人からのメッセージを受け取ったらどうする?」
ET(地球外生命体)からのメッセージにどう対応するか?
国連などで、方針を決定する国際的なルールがある。
天文台や大学などで、電波望遠鏡で宇宙からの信号を
観測しており、1977年、アメリカの天文台で信号を受信し、
「Wow!」と記したことから「Wow信号」と呼ばれている。

「自転車に乗るとき左から乗るのはなぜか?」
右足は利き足、左足は軸足で体を支えていることが多い。
それによって、左足で上手にバランスを取り、左から乗る。
お母さんのお腹の中にいるときの耳の位置に関係があり、
左耳が背骨側にあって、母体が動くたびに左耳の方に
刺激が加わり、バランスを司る三半規管が発達する。

「プリンのカラメルはなぜ入っているのか?」
様々な食材を詰めるイギリスのプディングが元であり、
18~19世紀にフランスでカスタードプディングが生れた。
カップから取り出すのに形が崩れてしまったため
カラメルを入れ、きれいに取れるよう工夫をした。

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2019年3月16日 (土)

第150回 柳家小満んの会

横浜の小満んの会は、150回の今回で最終回。
10年通った会が終わってしまうのは残念だ。
私がはじめて行ったのが、2009年の3月で、
10年たった2019年の3月が最終回というのも
やはり何かひとつの区切りのような気がしてくる。

柳家り助:二人旅
柳家小満ん:長屋の花見
柳家小満ん:狸の鯉
柳家小満ん:らくだ

「長屋の花見」「狸の鯉」と原点に立ち返る演目である。
毎年、春には「長屋の花見」を師匠は必ず演じられているが、
大家さんが長屋の衆を集めた趣旨を話し出すところからで
つまり今日は何の用事だろうと相談しながら出かけていく、
前半の場面はなしである。後の演目を考え、時間を確保だ。
今年も花見のシーズン到来であり、明るく和やかに楽しい。
狸の噺は、五代目小さんの「狸の了見になれ」があるので、
柳家では「道灌」とともに基本の噺のイメージがあるけれど、
小満ん師匠は2011年3月に横浜で「狸賽」を演じていて、
今回は「狸札~狸鯉」の形である。「狸札」を前座さんが、
のべつ演っているので、耳にタコの状態ではあるのだが、
ベテランの噺家の演る「たぬき」というのは、すごくいい。
逃げ出した狸が薪を駆け上って、「鯉の薪のぼり」のオチ。
仲入り後は「らくだ」である。小満ん師匠の得意のひとつで
寄席のトリでも演じているが、今回は「火屋」のオチまで。
「かんかんのう」の後、菜漬けの樽も借りてきて、酒も届き、
いよいよ屑屋さんが飲みはじめるのだが、駆け付け三杯で
三杯目までは、らくだの兄貴分の勧めで飲んでいたのだけど、
屑屋さんが自分で、もう一杯もらおうかと言い出したところで、
大変なことになる。らくだの死骸を一人残すのは忍びないと
最後まで付き合うと言い出して、元来、人助けの好きな性格。
らくだの寺はどうなっているのか?檀家にも入ってなさそうで
わからないのだが、知り合いの落合の焼き場に連れていくと
しかし貧乏弔いで、焼き代が出せない。らくだの兄貴分は、
質屋が夜な夜な博打場になっていることに勘づいており、
番頭を強請って、焼き代の二両を拵える。棺桶をかたに
二両を借りるのだが、屑屋と樽を運んで、いつの間にか
兄弟分になっているのが笑える。落合の土橋のところで
穴に落ちて、そこで二人は、肩の棒の左右を入れ換えて、
すっかり楽になり、実は樽の底が抜けて、空だったのだが、
焼き場で死骸がないのを指摘され、それに気付くのがいい。
この説明が一言入っていることで、なるほどという感覚になる。
そんな質屋の場面が付いた今回の「らくだ」であったのだが、
ということで、横浜は今回が最終回であり、次回の日本橋は
5月13日(月)の「六郷の莨」「苫が島」「品川心中」の三席。

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2019年3月15日 (金)

3月15日の感想

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来週はお彼岸で、その前にお墓参りに行ってきた。
天気がどうも安定しないけれど、今日は朝から快晴で
でも今週は、ずっと晴れていたか。桜の開花も近い。

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2019年3月14日 (木)

落語につぶやき 300~勉強

昨日の小満んの会で開口一番の寿伴さんが、
この噺は新作であろうとは思っていたのだが、
三代目金馬師匠の「勉強」という噺であった。
なんと録音もある。子供が学校に通い出し、
親が無筆だったりするとどうもばつが悪い。
そんな明治、大正、昭和はじめの一場面。
その時代のネタを入れて、金馬師匠の場合、
昭和30年代あたりの雰囲気なのだろうか。

学校から帰って、子供が宿題をやっている。
宿題拵えるをちゃぶ台と聞き違え、指物かと
地理を鯛ちり、鱈ちり、河豚ちり、鍋と勘違い、
地理とは交通、歴史は秀吉の家来が信長、
寿伴さんは、秀吉の弟子といって、笑った。
算数とは算術のこと、それを元日と聞き違え、
掛けたり、引いたりすること、車屋のことかと。
書き方は、学校は背中の掻き方を教えるかと
木と木で林、林に木を乗せると森、もりか、
汁を掛ければ、かけだとそばと間違える。
火事が多いので、「防火週間 火の用心」と
書いて見えるところに貼っておけと、他所は
どこの家も貼ってあるが、うちは貼ってない。
親父は字が書けないので、湯の帰りに
他所の家から剥がしてきて、門口に貼る。
すると「ダンサー募集」としてあった。

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2019年3月13日 (水)

第296回 柳家小満んの会

13日は小満んの会で夕方から日本橋へ。
すっかり春である。しかし夜はまだ寒い。

柳家寿伴:勉強
柳家小満ん:饅頭怖い
柳家小満ん:帯久
柳家小満ん:鰍沢

寿伴さんの噺は、新作だろうとは思ったのだが、
念のため、検索してみたところ、三代目金馬師匠の
「勉強」というらしい。録音もあった。古かったのだ。
五代目小さん師匠の竹馬の友の話題をマクラに
お馴染みの「饅頭怖い」だが、小満ん師匠では、
「棚卸し」以来、聞くのは二度目である。6年ぶり。
胞衣(えな:へその緒)を埋めて、その上を最初に
通った虫のことが嫌いになるという、迷信なのだが、
それを踏まえて、何が怖いか、どう怖いかを丁寧に
一人ずつ喋っていくので、普段の「饅頭怖い」に比べ、
格段に面白いのである。明日は建前だからと棟梁に
酒は飲んじゃいけねえと釘を刺された説明もあるが、
それは金がなくて、酒の買えない言い訳なのだろう。
二席目は「帯久」で、大岡政談にあるそうなのだけど、
上方で演じられることが多く、大岡政談というぐらいで、
元々は江戸であり、設定を直しての口演だそうである。
たしかに以前、「日本の話芸」で、桂文珍さんで聞いた。
東京では「圓生百席」に圓生師匠の録音が残っている。
聞いたことはあるけれど、すっかり忘れていたので、
はじめて聞いたみたいな感じであり、この帯久さん、
自分が苦労していたときに無証文で用立ててくれた
恩があるにも関わらず、酷い仕打ちで何とも嫌な人だ。
つまり信用で金を貸してあげた旦那の方がいい人で
噺の中心なのだけど、題名が「帯久」というのは面白い。
十年前に貸した百両の利息が百五十両に膨れ上がり、
百両は奉行所が立て替え、不足の五十両を年賦で
一両ずつ返していくのだが、五十年かかる計算になり、
その間、火付けの大罪で火炙りの刑は猶予されるという、
大岡越前の名裁きである。というので、合っているのか。
裁きの次第は面白いのだが、帯久の酷い人間性に
腹が立って、どうもこの噺、後味があまりよろしくない。
仲入り後は「鰍沢」である。「饅頭怖い」の怯え方もだが、
「鰍沢」はいつも以上に熱演であった。戻った伝三郎が
痺れ薬に苦しみ出し、その状況を隣の部屋から察して、
壁を破り、必死に逃げ出すのだが、後半の迫力は
特にすごくて引き込まれた。「鰍沢」って、その内容は
決していい噺でもないけれど、やはり情景があって、
風情があって、劇的な展開でもあり、素晴らしい。
圓朝の三題噺が元というのも大きいか、笑いよりも
人間ドラマであり、お熊の独特な雰囲気もあるけれど、
不思議な凄みが伝わってくるのである。夜の暗闇に
火縄の明かりをちらつかせ、鉄砲を担ぎ追ってくる、
その恐怖感は圧倒的で、一気に駆け上るラストは、
まさに絶妙な心地よさと達成感で、最高であった。
ということで、土曜日は横浜の最終回(第150回)、
「長屋の花見」「狸の鯉」「らくだ」の三席。14時開演。

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2019年3月12日 (火)

フランソワ・グザヴィエ・ロト 3

フランソワ・グザヴィエ・ロトの指揮によるレ・シエクルで
ドビュッシーの管弦楽組曲 第1番と交響詩「海」
2012年2月2日にパリのシテ・ド・ラ・ミュジークで、
2012年4月13日にローマの聖チェチーリア音楽院で収録。
ドビュッシーの初期の作品で、管弦楽組曲 第1番は、
近年、草稿が発見され、補筆完成し、世界初録音だそうで、
はじめて聞くが、第3曲「夢」が「海」の第2曲の原形のような
このCDの企画とは、そこにあるのだろう。レ・シエクルであり、
「海」もまた同じく初演時の響きというのが、再現されている。
楽器に対するこだわりがすごいのだが、音が違うことはないし、
それよりも音楽を非常に丁寧に扱って、その質感が魅力であり、
結果的に繊細な表情が表れて、フランソワ・グザヴィエ・ロトの
読みの深さと細部の緻密なコントロールに感動するのである。

Musicales Actes Sud ASM10

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2019年3月11日 (月)

ミヒャエル・ギーレン 34

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第7集)から
シュトゥットガルト放送交響楽団の演奏で
ブゾーニの交響的夜想曲 作品43(1980.10.29)、
南西ドイツ放送交響楽団の演奏で
ブゾーニの悲しき子守歌 作品42(1995.2.3)、
「ファウスト博士」のための習作(1987.12.12)、
スティーヴン・ド・グローテの独奏による
レーガーのピアノ協奏曲 ヘ短調 作品114(1987.12.16)
シュトゥットガルト・リーダーハレにおけるライブ録音と
バーデン・バーデンのハンス・ロスバウト・スタジオでの収録。
「過渡期の音楽」と題された一枚だが、ブゾーニとレーガーの
この組み合わせというのは、まさに絶妙な仕上がりで味わい。
ギーレンならば、レーガーの他の管弦楽曲もありそうだけど、
残さなかったのか。表面的な華やかさはないけれど、深い。
ブゾーニの「ファウスト博士」のためのサラバンドと行列は、
シノーポリのCDで聞いて以来だが、この曲は好きである。

SWR>>music CD-No.SWR19061CD

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ミヒャエル・ギーレン死去

ミヒャエル・ギーレンが亡くなった。91歳。
3月8日、オーストリアのモントゼーにある自宅にて。
高齢だし、この数年は新しい話題も聞かなかったので、
引退していたのだと思うが、ずっとファンなので残念である。
ギーレンというとクライバーとの友人関係が知られているが、
ユダヤ系であったために1940年、アルゼンチンに移住し、
ブエノスアイレスでカルロス・クライバーと出会っている。

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2019年3月10日 (日)

3月10日の感想

大河の「いだてん」が面白いのだが、どうもその後も
視聴率が上がらないようで、若き日の古今亭志ん生で
美濃部孝蔵が師匠の橘家圓喬に「三遊亭朝太」の名前を
付けてもらったのが前回で、志ん生がプロの噺家になり、
最初の名前というのが、実際に「三遊亭朝太」のようだが、
よく書いてあるのは、入門したのは三遊亭小圓朝の一門で
圓喬に入門は脚色である。今回のでは、後年の志ん生が
銭湯の湯につかりながら、圓喬の思い出を語るのだけど、
圓喬という人は、かなり皮肉屋だったようで、拙い噺家と
わざわざ同じ噺を重ねて、高座の妨害をし、そういうのは、
たしかに書いてあって、それというのも圓喬が上手すぎて、
客も圓喬しか聞かなかったものだから、それで周囲から
嫌がらせも多かったようなのである。嫌な咳をしていて、
肺病だったとあったが、大正元年、46歳で亡くなっている。

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2019年3月 9日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「別れるときになぜさようならという?」
世界的には、別れの挨拶は三種類の分類ができ、
Good byeは神への願い、See you laterは再会を願い、
Farewellは相手の健康を願う。しかし「さようなら」は、
これらのどれにも属さず、「さようであるならば」という
接続詞なのである。「さらば、…」という、別れの場面で
使われることが多く、後にくる言葉でその使い方には、
多様性がある。日本人はハッキリとは言葉にせずに
状況に応じて、その意味を使い分ける特徴がある。

「卒業式でなぜ第二ボタンをあげるのか?」
戦後まもない1950年代に高校の先生方がはじめた。
戦争中、物資不足で学生服で出征し、入隊したが、
第二ボタンを形見として残していった。戦争の悲劇を
繰り返さないためにこの話を学生たちに伝えていった。
第一、第五ボタンをはずすとだらしがなく、心臓に近く、
私の心を差し上げますという思いで第二ボタンを渡した。

「卓球のラケットはなぜ赤と黒なのか?」
同色で異質ラバーを貼るのが流行し、それを防ぐよう
ルールの改定が行われた。試合前に選手はお互いに
ラケットを交換し合い、ラバーの状態と色を確認する。

「鼻の穴が2つあるのはなぜ?」
人の祖先は視覚が発達しておらず、嗅覚に頼っていた。
匂いの元の場所を特定するのに左右の穴が必要である。
子孫を残すのは重要で異性のいる場所を嗅覚で探した。

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2019年3月 8日 (金)

マルク・アンドレ・アムラン 15

マルク・アンドレ・アムランでショパンの作品。
子守歌 変ニ長調 作品57、
ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品35、
2つの夜想曲 作品27、舟歌 嬰ヘ長調 作品60、
ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58
2008年3月15-17日にヘンリー・ウッド・ホールで収録。
アムランの驚異的な技巧ながらそれを抑制して聞かせ、
どこまでもクリアに響く独特のピアニズムが、ここでの
ショパンの作品で、どのような効果を発揮するのかは、
注目すべき点ではあるのだけど、子守歌や舟歌でも
非常に透明感があって、精緻な美しさであり、そして
ピアノ・ソナタでは加えて熱気も感じられるのであって
やはりファンにとってはたまらない。技巧的な箇所での
そこに意識を向けさせない自然で調和のとれた響き、
音楽がスムーズに流れ、一切の角がないところには、
驚かされる。かつて出会ったことのない高みの表現で
これがアムランのこだわり、目指した世界に感動する。
なんという鮮やかさか。聞けば聞くほど奇跡的である。

hyperion CDA67706

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2019年3月 7日 (木)

ジャン・エフラム・バヴゼ 7

ジャン・エフラム・バヴゼでドビュッシーの作品を聞いている。
バレエ音楽「カンマ」「遊戯」「おもちゃ箱」
2009年5,7月にダンウィッチのポットン・ホールで収録。
バヴゼによるドビュッシーの全曲録音から第5集で完結編。
ドビュッシーのバレエ音楽のピアノ演奏は録音もなかったし、
はじめて聞くが、「遊戯」に関しては作曲者自身の管弦楽で
有名な作品だけど、「カンマ」と「おもちゃ箱」に関しては、
他の作曲家により、管弦楽への編曲がなされているので
こちらが原曲ということになるのだろうか。詳細は不明。
調べて書いてあるのは、「カンマ」のピアノ譜を完成させ、
オーケストレーションに着手したところで、注文の多さに
嫌気がさし、総譜を破棄してしまい、シャルル・ケクランが
作曲者の指示の元、オーケストラ譜を完成させたとある。
「おもちゃ箱」もカプレ編曲による管弦楽版が知られるが、
こちらも作曲者との共同作業によって、アンドレ・カプレが
完成させたらしい。しかしドビュッシーは完成前に亡くなり、
カプレの補筆によるものだそう。ピアノ版という印象はなく、
この形で完成されており、バヴゼの演奏も説得力がある。
特にオーケストラで知られる「遊戯」もこちらも感動的だ。

CHANDOS CHAN 10743

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2019年3月 6日 (水)

アンジェラ・ヒューイット 9

アンジェラ・ヒューイットによるシューマンの作品集。
子供の情景 作品15、ダヴィッド同盟舞曲集 作品6、
ピアノ・ソナタ 第2番 ト短調 作品22
2009年11月6-9日にドッビアコ・グランドホテル。
アンジェラ・ヒューイットのシューマンは本当に最高だ。
香り立つようなピアノの響きが、この上なく魅力的で
そしてここでの選曲の傾向でもかなり自由な発想で
表現をより大きく、変化を付け、豊かな可能性である。
子供の情景から緩急を明確に特徴づけているが、
何といってもダヴィッド同盟舞曲集でのフロレスタン、
オイゼビウスの性格の描き分けは実に大胆であり、
変化に富んで、とにかく惹きつけられる。名演だ!
ピアノはしっかりと鳴っているが、繊細な表情もあり、
知的にコントロールされている部分と即興的な一面で
感情的に飛躍される部分と絶妙なバランスがあって、
ここに存在する調和は、シューマンという作曲家の
天才ぶりを見事に示している。そうした方向性を
ピアノ・ソナタという形式の中で実現していくのが、
ソナタ 第2番であり、作品の構成にも感動した。

hyperion CDA67780

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2019年3月 5日 (火)

スティーヴン・オズボーン 7

スティーヴン・オズボーンでベートーヴェンを聞いている。
ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27-2「月光」
ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13「悲愴」
ピアノ・ソナタ 第25番 ト長調 作品79
ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53「ワルトシュタイン」
2008年9月13-15日にヘンリー・ウッド・ホールで収録。
重々しいベートーヴェンではなくて、非常にクリアで軽妙。
無色というか、モノトーンというか、ピアノの色彩感よりも
運動性が際立つ。切れ味と見通しのよさは抜群で快調。
もちろん細部にまで精密に考え抜かれた演奏であり、
響きの構築やバランスのコントロールは完璧な仕上がり。
スッキリと音楽の造りが浮かび上がって、それが美しい。
ベートーヴェンが作曲したフォルムの美しさが示される。

hyperion CDA67662

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2019年3月 4日 (月)

ヴァレリー・アファナシエフ 9

アファナシエフでベートーヴェンのピアノ協奏曲全集
ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」
ユベール・スダーン指揮モーツァルテウム管弦楽団
2002年6月10,11日にモーツァルテウムで収録。
テンポの遅さからくる特別な印象というのはなくて、
通常の演奏からかけ離れた感覚というのはない。
どこが違うかは、ゆったりと流れるところでの歌い方、
主題の構成をくっきりと浮かび上がらせるのであり、
そこが聞かせどころである。しかしオーケストラは、
そういうところでもテンポを落としている感じはなく、
そこが不思議なのだが、まさに絶妙な感覚であり、
違和感なく音楽は流れていく。アファナシエフは、
特別なことをしているようだけど、実は枠の中で
揺らぎ程度の動きなのであり、その響かせ方が
やはり天才的であって、聞くほどに感動してくる。

OEHMS OC513

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2019年3月 3日 (日)

3月3日の感想

2月いっぱいという仕事だったのだが、
とてもとても終わらず、今日ついに完成。
3月1日が金曜日で、間に合わなかった分を
土日でカバーして、この数日はよくがんばった。
2月が28日しかないというのは、こういうときに
非常に厳しい。あっという間に過ぎてしまう。
寝不足と目がきついのとCADは肩こりになる。

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2019年3月 2日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「おだいり様とおひな様って誰?」
雛人形の上段に座るお雛とめ雛がお内裏様で
お雛様は残りの人形全員のことである。
内裏に住む高貴な人をモデルとした人形で
「ひな」というのは、「小さい」という意味であった。

「二ホンとニッポンでなぜ二種類の読み方?」
奈良時代の頃、中国から見て日の上る国で
「日の本」といったが、日本で「ヤマト」と読んだ。
中国では「ニエットプァン」と読んだが、それが
「ニッポン」と変化し、江戸時代には、せっかちな
江戸っ子によって、「二ホン」というようになった。
似ている例では、東京の日本橋は「にほんばし」だが、
大阪の日本橋は「にっぽんばし」である。議会にて
昭和9年と昭和16年にこれらを統一しようとしたが、
結論は出ず保留になり、両方の読み方が存在する。
日本語には、促音脱落する傾向があり、「ッ」は、
読まなくなることが多い。「栗鼠(リッス)」は「リス」、
「蜜柑(みっかん)」は「みかん」へと変化した。

「海の中で昆布から出汁が出ないのはなぜ?」
昆布から出るうまみ成分のグルタミン酸などが、
昆布出汁である。生きている昆布は、細胞膜に
とじ込められているためグルタミン酸は出ない。
生も乾燥も昆布のグルタミン酸の量は同じであり、
乾燥させるのは保存のためである。長持ちする。

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2019年3月 1日 (金)

アンドレ・プレヴィン死去

アンドレ・プレヴィンが亡くなった。89歳。
2月28日にニューヨーク、マンハッタンの自宅にて、
ということなので、時差を考えるとつい先ほどか。
ショックだ。なぜだろう。非常に残念な気がする。
10年ぐらい前にN響によく来日していたときも
かなり高齢の印象だったし、近年、話題も聞かず、
こういうときが来ることはわかっていたのだが、
実際にそのニュースにふれると悲しい。惜しい。
私が中学生だった頃に大活躍のプレヴィンが
ウィーンフィルの定期演奏会に毎年、出演して、
その演目がCDで発売され、素晴らしかった。
そういうのを聞いて、ますます好きになったもので、
プレヴィンはずっとファンであったし、いまも好き。
残してくれた録音は数多く、また聞いてみよう。

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