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2019年7月31日 (水)

バイロイト音楽祭1958

バイロイト音楽祭1958から楽劇「トリスタンとイゾルデ」
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮で第2幕を聞いている。
1958年7月26日にバイロイト祝祭劇場におけるライブ録音。
この時代の演奏に関していうとサヴァリッシュのワーグナーは、
ベームの音によく似ていて、引き締まった響きと厳格な進行で
ゆったりと鳴らしている印象はなく、力強い楷書体の音楽には、
強い衝撃を受けるのである。第2場の冒頭、トリスタンの登場、
そして第3場で二人の密会が明るみになり、マルケ王の軍に
取り囲まれるところでの不思議なぐらいの豪快な盛り上がりで、
これは一体、何なのかと圧倒されてしまった。それがあるから
第3場のマルケ王のモノローグはますます感動的なのであり、
この第2幕は名場面なのだけど、深く引き込まれてしまった。
イゾルデはビルギット・ニルソンであり、そこに第2場で加わる
トリスタンはウォルフガング・ヴィントガッセン、第3場になって、
マルケ王はヨーゼフ・グラインドルという、モノラル録音ながら
その歌があまりに凄いのはこの音質でもハッキリ伝わってくる。

ORFEO C 951 183 D

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2019年7月30日 (火)

バイロイト音楽祭1958

バイロイト音楽祭1958から楽劇「トリスタンとイゾルデ」
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮で第1幕を聞いている。
1958年7月26日にバイロイト祝祭劇場におけるライブ録音。
サヴァリッシュは1957年にこの楽劇「トリスタンとイゾルデ」で
バイロイト・デビューして、三年間、この演目を指揮しているが、
二年目の初日の公演である。ここでの1950年代終わりから
1960年代初頭のサヴァリッシュというと非常に引き締まって、
テキパキと厳格に音楽を停滞なく進めていくのではないかと
そうしたイメージがあったのだが、力強い響きで豪快でもあり、
バイロイト祝祭劇場における独特の緊迫感が伝わってくる。
とはいっても時代的にモノラル録音なので、実際のところは
すべてがわかるわけはなく、しかし音質的には聞きやすい。
各幕がCD一枚に収まって、テンポ感覚としては速めだが、
私としては好きな仕上がりである。「トリスタンとイゾルデ」は
何とも素晴らしいが、これを聞いていると伝説の1974年で
カルロス・クライバーの録音が、正規盤で出てくれないか。
海賊盤の録音としては聞いているが、古い録音のCD化も
進んでいるので、そろそろクライバーが来そうな気もする。
あと意外とないのが、ホルスト・シュタインで、1969年から
1980年代の半ばまで登場していたのだから、いい録音が
きっと残されているはずであり、聞いてみたいのである。

ORFEO C 951 183 D

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2019年7月29日 (月)

7月29日の感想

本日、7月29日にやっと関東甲信越も梅雨明け。
例年よりも8日遅いというけれど、かなり遅く感じる。
今年の梅雨はずっと雨だったのと去年が早かった。
30日遅いというから去年は6月29日だったのか。
一昨日ぐらいから暑くなっているが、早速の猛暑。
この湿度が厳しい。熱帯夜だそうで寝不足になる。
冷夏の予想はどこに行ってしまったのだろう。

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2019年7月28日 (日)

パーヴォ・ヤルヴィ 2

パーヴォ・ヤルヴィの指揮によるパリ管弦楽団で
シベリウスの交響曲 第1番 ホ短調 作品39
2012年10月17,18日にパリのサル・プレイエル。
関東の梅雨明け発表はまだだが、この蒸し暑さは
どうにも耐えられなくなってきたので、今年も夏は、
シベリウスの交響曲を聞きたい。新しい全集から
パーヴォ・ヤルヴィのパリでの演奏を収録順に聞く。
非常に繊細な表情から鋭く盛り上げて突き進んで、
迫力の中で着地も完璧に決まるいかにもの演奏。
パーヴォ・ヤルヴィの作り込みは実に凝っていて、
その効果は絶大だ。しかし一方で音色は明るくて
かなり暖かみのある響きで、北欧感はというと薄い。
パーヴォ・ヤルヴィがパリで、少々意外性もあって
わざわざシベリウスやニールセンを取り上げるのも
これまでの既成概念にとらわれない挑戦なのかも。

RCA 19075924512

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2019年7月27日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「蚊取り線香の渦巻きは何の形か?」
金鳥の上山英一郎が蚊取り線香を発明した。
除虫菊に含まれるピレトリンという殺虫成分が
ノミやダニだけでなく、蚊も殺せることを発見した。
明治23年、最初は普通の線香と同じ棒状であったが、
長くすると折れて、倒れて火事になる危険もあって、
とぐろを巻いている蛇を見て、渦巻き状にすることを
思いついた。二本を同時に同じ渦巻き状に巻いて、
60cmで6時間の長持ちする蚊取り線香を作った。


「寝ている人に話しかけてなぜ起きないか?」
目覚まし時計では起きるのに人の声に起きないのは、
脳がその声を安全な音だと判断している。寝ている間も
音は聞こえており、脳は音の種類を聞き分けているが、
それは人が自然の中で生きてきたからで、寝ていても
安全・危険を識別して、安全な音では寝続けられるよう
脳が進化した。起きたくないときに目覚ましが聞こえず、
早朝からレジャーに出掛けるときなどはすぐに起きて、
感情によって、脳が音に反応することが知られている。


川のバーベキューで電気ウナギが突然に現れたら
木の棒で突き、電気を放電させ、発電のエネルギーを
発散させる。ピラニアに対処するには、手を大きく広げ、
平泳ぎをし、大きな敵が来たと思わせる。ピラニアは
興奮すると人を襲うため、決して騒いではいけない。


「国道の番号数字は何か?」
現在は459の路線がある。明治18年、国道1号から
44号線までが作られた。戦後、全国の国道を整備し、
昭和27年、番号の付け直しが行われた。一級国道は、
1~44号であり、1~12号は、日本を縦に結ぶ国道である。
13~35号は、県庁所在地を結び、36~40号は北海道、
その後、57号まで追加された。沖縄返還時に沖縄県に
58号線が登録され、それ以後は増えていない。一方で
101~244号を二級国道とし、重要都市を結ぶ補完路線。
271号まで追加され、昭和40年、一級・二級が廃止され、
以後、新たに作られる国道は、3桁の番号が付けられる。

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2019年7月26日 (金)

ヴァーツラフ・ノイマン 10

ヴァーツラフ・ノイマンの指揮によるチェコフィルで
ドヴォルザークのスラブ舞曲集 作品46と作品72
1993年10月23-29日にプラハのルドルフィヌム。
ノイマンの数種あるスラブ舞曲集から晩年の録音。
明るい音色でこの美しい舞曲の響きは何とも幸福だ。
この時期のノイマンは、ますます何もしてない感で
自然な流れで穏やかながら豊かな歌を引き出して、
これは名人芸としかいいようがない。しかし一方で
1980年代の深い陰影や絶妙な濃淡付けと比べて
その辺はすっかり枯れているともいえるのだと思う。
チェコフィルの輝きのサウンドはまた一段と感動的。
この1990年代にノイマンにはもっと録音を残して
ほしかったが、ここで聞ける音楽は完成形であり、
オーケストラと指揮者の長年の結論であると思う。

EXTON OVCL-00237

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2019年7月25日 (木)

7月25日の感想

出掛けた帰りに横浜駅西口で宝くじを買ってきたのだが、
西口ではいつも混んでいる有名な売り場で、しかし今日は
全く並んでいなくて、案内の人に「ジャンボはここですか」と
聞いてしまったが、その訳はというと「仏滅」だったのである。
でも気分としては、大安の日に行列に並んで、大勢の人で
運を取り合って、分け合って、たくさん売れて確率も下がり、
それに比べ、今日は運を独り占めできたような感じである。
帰ってきて、早速に鷲神社の福財布に入れて、お祀りした。


暦を調べたので、今日7月25日は旧暦の6月23日で、
月齢22.3の下弦の月である。それで仏滅、明日が大安。

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2019年7月24日 (水)

イルジー・ビエロフラーヴェク 18

イルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコフィルによる
スメタナの交響詩「わが祖国」を聞いている。
2014年5月12-14日にプラハのスメタナ・ホールで収録。
この蒸し暑さにチェコの初夏は爽やかな風を運んでくれる。
「プラハの春」音楽祭の開幕に合わせて収録されたもの。
チェコフィルの「わが祖国」は、ごく当たり前な中で極上で
ビエロフラーヴェクもそれに何ひとつ注文を出さずという、
そんな信頼関係による調和が感じられるが、素晴らしい。
でも響きは、なかなか骨太な印象でしっかり鳴っており、
重厚な場面も見られて、繊細な表情で勝負しないのが、
むしろオーケストラも指揮者も絶対の自信の表れであり、
本家の貫禄である。どうってことのない最高のお宝だ。
ビエロフラーヴェクが亡くなって、二年と少しになるが、
その後、ヤナーチェクとスークのアスラエル交響曲が
発売されているけれど、もう聞けないのは実に残念で
マルティヌーの交響曲は残されていそうな気がする。

DECCA 00289 483 3187

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2019年7月23日 (火)

ミヒャエル・ギーレン 40

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第8集)から
シェーンベルクの室内交響曲 第1番 作品9
(ウェーベルン編曲による室内楽版)
1954年8月24日にダルムシュタット・コングレスザール。
シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲 作品36
ウォルフガング・マルシュナーのヴァイオリン独奏、
ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団の演奏、
1957年3‐5月にロッフェナウの聖十字架教会で収録。
ギーレン・エディションだが、ここからは第8集である。
室内交響曲は、ウェーベルン編曲による室内楽版で
ヴァイオリン、フルート、クラリネット、チェロ、ピアノ、
という編成で、この編曲版はおそらくはじめて聞く。
ギーレンはピアノで演奏に参加している。27歳だ。
ヴァイオリン協奏曲は、30歳になる少し前の録音で
ひとつ年長のウォルフガング・マルシュナーとは、
ケルン放送交響楽団のコンサートマスターも務め、
歌劇で知られるハインリヒ・マルシュナーの末裔。
ベルクのヴァイオリン協奏曲に比べて、こちらは
難解なイメージもあったのだが、いまは慣れたし、
この演奏も十二音技法を魅力的に伝えている。

SWR>>music CD-No.SWR19063CD

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2019年7月22日 (月)

新府の桃 梅雨明けの風景

今年の梅雨はずっと雨で機会を逃していたのだが、
「白鳳」も終わってしまいそうで、そろそろ限界だと
4時起きの5時前に出発で新府共選場に行ってきた。


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お持ち帰り用の良品を早速、購入して、桃を確保して、
近くの叔父も自宅用を買いに来ると待っていたのだが、
母が贈答用の「特秀」も一箱、買っていこうと追加購入。


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選果場は何とも桃のいい香りでいるだけで幸せだ。
「白鳳」はいまが最盛期で、今週から「浅間白桃」を出荷、
8月になって、来週後半には「なつっこ」がはじまると思う。


20190722c

型落ちのお買い得品は、今年も行列ができていて、
早朝から並んで、順番が遅いとなくなることもあると
あきらめているが、見ていると今回は、桃の在庫は
十分に足りていたようである。にぎわっていた。


叔父たちと諏訪郡原村の自由農園まで足を延ばして、
野菜を買って、昼食を食べたのだけど、雨になり、
予報は当たって、今回は早めに引き上げてきた。
新府にいるときは晴れていたので、助かった。

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2019年7月21日 (日)

ミヒャエル・ギーレン 39

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第7集)から
南西ドイツ放送交響楽団の演奏で
R.シュトラウスの交響詩「死と変容」作品24
2006年5月4日にフライブルクのコンツェルトハウス。
第7集もこれで終わりとなる。中では最も新しい録音。
聞き慣れた「死と変容」なのだけど、冒頭から驚きで
ギーレンの生み出す響きは聞いたこともない深みで、
元来のドライで研き抜かれたイメージからはかけ離れ、
どこかおどろおどろしい蠢きで本当にすごいのである。
この壮大な仕上がりはギーレンの後年のスタイルだが、
昔と比べ、かなり変わってきていることは明らかであり、
しかしそこで、細やかな表現はかなり緻密に設計して、
雄大な表現とは対称的なディテールはシャープであり、
ギーレンの到達したこの境地には感動してしまった。
数あるギーレンのライブ録音でも最高の名演だと思う。

SWR>>music CD-No.SWR19061CD

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2019年7月20日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「ポップコーンはなぜ膨らむのか?」
ポップコーンに使われているトウモロコシは、
普段、食べられている「スイートコーン」ではなく、
「爆裂種」という別の品種を乾燥させたものであり、
皮が硬く、熱で体積が膨張し、皮にひびが入ると
圧力が一気に解放され、でんぷんが破裂する。


「星の形はなぜ☆なのか?」
星は丸い形をしているが、人間の瞳の虹彩の形が
ギザギザしており、光は放射状に映し出されて、
丸い光も放射状のヒトデのような形に見えている。
古代エジプトでは、太陽が西に沈み、夜になると
太陽は死んだと考え、ピラミッドの墓にも星を描き、
中央には口があって、ヒトデを星に見立てていた。


「世界で一番大きい像は?」
世界一は、インドにある統一の像で高さは240m。
イギリスから独立したときのパテル副大統領の像。
自由の女神は93m、日本一の牛久大仏は120m。


「風鈴の音はなぜ涼しく感じるのか?」
音の感知と温度の感知は関係がなく、脳の誤解で
風鈴の音で涼しく感じているのは気のせいである。
日本人独特の感覚。元々は風鐸(ふうたく)と呼ばれ、
疫病の流行る夏の時期に病除けに吊るしたのであり、
夏に風鈴が涼しいと感じるのは条件反射である。

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2019年7月19日 (金)

アレクサンダー・クリッヒェル 2

アレクサンダー・クリッヒェルでラヴェルの作品。
クープランの墓、鏡、夜のガスパールを聞いている。
2016年8月9‐12日にレヴァークーゼンで収録。
アレクサンダー・クリッヒェルの演奏は、リストに続き、
聞くのはまだ二枚目なのだけど、本当に素晴らしい。
すっかり気に入ってしまった。楽譜に記されている音を
隅々まで丁寧に鳴らしている印象があって、感性とか
発想に流されることがなくて、音楽を大切に扱って、
この緻密な音作りに好感をもつ。クープランの墓では、
モーツァルト的な運動性により、しっかりとした響きで
意外な印象もあったのだが、ドイツのピアニストであり、
それも納得がいって、基本として落ち着いた音色だが、
鏡へと進むと響きはさらに精妙なコントロールとなって、
何とも心地のよい余韻の世界に引き込まれてしまう。
夜のガスパールでの超絶技巧にも実に安定感があり、
それが今回の演奏における特長かなと思うのだが、
無理がなく調和の中に伸びやかな音は何とも美しい。
最後の「スカルボ」だけど、これまで聞いてきた中でも
一番である。何とも私にとってはいい感じで好きだ。

SONY 88985377642

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2019年7月18日 (木)

アンジェラ・ヒューイット 12

アンジェラ・ヒューイットでバッハのパルティータ
パルティータ 第3番 イ短調 BWV827
パルティータ 第5番 ト長調 BWV829
パルティータ 第6番 ホ短調 BWV830
1997年1月にハノーヴァーのベートーヴェン・ザール。
作品も変わると昨日の健やかに晴れ渡るような響きから
短調の作品では、厳粛に深く彫りの際立った音色となって
これはまた感動的である。でもどうも私はバッハの作品は、
明るく朗らかな曲調の方が好きであり、そこにバッハへの
苦手意識がいつになっても克服できていないのであって、
その点では、第5番 ト長調の明るい弾力性は心地いい。
アンジェラ・ヒューイットはピアノの特性を全面に引き出して、
もちろん奏法も心得ているけれど、考えずに心で感じて、
魅力があふれる時間が流れるのであって、素晴らしい。
そしてやはり第6番 ホ短調は、何といっても最高である。
ワイセンベルクの演奏で、はじめて聞いたパルティータが
この曲だったもので、いまも特別な存在で心に染みる。

hyperion CDA67191/2

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2019年7月17日 (水)

アンジェラ・ヒューイット 11

アンジェラ・ヒューイットでバッハのパルティータ
パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV825
パルティータ 第2番 ハ短調 BWV826
パルティータ 第4番 ニ長調 BWV828
1996年6月にハノーヴァーのベートーヴェン・ザール。
これまでアンジェラ・ヒューイットの弾くフランス音楽や
ロマン派の作品を聞いてきたが、定番のバッハを聞く。
まずその濁りのない角の取れた明朗な響きに感動する。
音色の点でも奏法、解釈ともに実に心地よいバッハだ。
しっかりとしたリズムだが、重くならずにピアノの弾力性で
いきいきとした表情を生み出して、シンプルな世界にも
豊かな情景を描き出している。アンジェラ・ヒューイットは、
ファツィオリを弾くピアニストというイメージがあるけれど、
もう慣れたし、魅力的ではあるのだが、まだこの時代で
1990年代の後半にはスタインウェイが使用されており、
私はやはりそちらがいいかなとそれは好みの問題で。

hyperion CDA67191/2

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2019年7月16日 (火)

ヴァレリー・アファナシエフ 15

ヴァレリー・アファナシエフの2010年の東京公演。
シューベルトのピアノ・ソナタによる演奏会から
ピアノ・ソナタ 第18番 ト長調 D.894「幻想」
2010年11月20日に紀尾井ホールでのライブ録音。
余白に即興曲 D.899‐1、D.899‐3、D.935-2を収録。
昨日も聞いたスイスでの録音から直後の来日である。
ここでの「幻想」ソナタが、コンサートの後半の演奏で、
前半は楽興の時であった。楽興の時は、ルガーノで
スタジオ・レコーディングされているので、ここではなし。
しっかりとした響きでよく鳴りきっており、気合いも入り、
幻想的といった雰囲気ではない。前回のCD録音で
1992年の演奏も同様だったのかもしれないけれど、
左手の伴奏音型がよく聞こえて、強固な骨格である。
アファナシエフにとっては、幻想の響きというよりは、
もっとシューベルトの音楽と真剣に向き合い、必死、
格闘しているような激しさが伝わってくる。表面上の
この作品の優しさを連想させる仕上がりを超越して、
内在する強い意志やそこに潜む熱気を示している。
即興曲に関しては、そこまでではなくて、より自然に
滑らかな表現だが、もし本腰で取り組むときには、
また新たな表現が生まれてくるに違いないであろう。
割と普通の印象で重くも深くもあるが親しみやすい。

WKLC 7010

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2019年7月15日 (月)

ヴァレリー・アファナシエフ 14

ヴァレリー・アファナシエフでシューベルトの作品。
楽興の時 D.780とピアノ・ソナタ ニ長調 D.850
2010年9月にルガーノのスイス放送局で収録。
独特な粘りのある表現で、先へと進もうとすると
残してきたものに後ろ髪を引かれ、振り返りつつ、
振り返りつつ、一歩ずつ歩んでいく、まさにこれは、
アファナシエフならではのシューベルト演奏である。
リズムが際立ち、しかしそれは少しの重みをもって、
強いアクセントが、激しい亀裂を生み出すのだが、
その緊張感に聞き手は深く引き込まれるのである。
という楽興の時であった。しかし後半、ソナタでは、
このニ長調はシューベルトでも明るく健やかであり、
珍しく前向きな進行で音楽の推進力が感じられる。
とはいっても、アファナシエフの解釈も一時のような、
止まりそうな時間の停滞というのはなくなっており、
流れは自然で、合理的な響きの構成が聞かれて、
ここまで力強く鳴りきっている演奏というのも貴重。

ECM 2215 476 4580

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2019年7月14日 (日)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「ジンギスカンはなぜ北海道の名物か?」
大正時代、羊毛生産のために国策で羊を増やした。
しかし化学繊維の普及など、羊毛の需要がなくなり、
余った羊は食用に転用された。羊肉は臭かったので、
ニンニクやショウガなどで臭みをとって食べていたが、
ジンギスカンのタレを作り、販売しようとしたところ、
臭いという先入観で消費者に敬遠され、普及のため、
専用の鉄鍋を開発し、精肉店にプレゼントしたところ、
札幌や滝川を中心に売れはじめて、ジンギスカンは
北海道中で親しまれる代表的な料理となっていった。


「雷がジグザグなのはなぜ?」
積乱雲では氷の粒が激しくぶつかり、小さな氷の粒には
プラスの電気がたまり、大きな粒にはマイナスの電気が
蓄積され、プラスの電気が地上にたまると放電が起こる。
雷は分子の少ない空気のうすいところで、水分量の多い、
湿度の高いところ、金属分子の多い場所を探して進む。


「ごみ収集車の中はどうなっているか?」
プレス式車両があり、圧縮板で一時圧縮、二次圧縮して、
内部に収納し、排出板で効率よくゴミを外部に出す。


「虫はなぜ光に集まるのか?」
本来、自然界は真っ暗で、その中で月明かりを目印に
虫は移動している。しかし街には街灯や自動販売機、
月よりも明るい光がたくさん存在し、虫は混乱して、
街灯のまわりを回っている。しかしLEDには紫外線が
含まれないため、虫は反応せず、LED照明がやさしい。

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2019年7月13日 (土)

第298回 柳家小満んの会

13日の小満んの会が土曜日の開催である。
昨日までの涼しさから一転して今日は蒸し暑い。


林家やまびこ:子ほめ
柳家小満ん:成田小僧
柳家小満ん:縮み上がり
柳家小満ん:中村仲蔵


「成田小僧」だが、この噺は明治の鼻の圓遊が改作して、
盛んに演っていたそうだが、その後、時代に合わなくなり、
速記も残っているけれど、どうも面白くないそうなのである。
そこで小満ん師匠が、設定を明治から昭和初期に移して、
さらに改作をした。いま知られる鼻の圓遊の改作で有名な
「船徳」や「野晒し」のあの陽気な空気を思い浮かべて聞くと
なるほど似ている雰囲気があり、すると楽しくなるのだが、
各場面での面白さ、それは気のきいた台詞などでもあり、
比べて噺全体の構成や流れ、盛り上がり方はというと
どうも弱い印象ではある。夢から目覚める落語の典型で、
「夢は小僧(五臓)の疲れ」のオチも特に新鮮さはない。
本来は成田山に参詣するところを深川のお不動様とし、
旦那の代わりに若旦那に行かせる相談の前半部分、
そこは旦那とおかみさんのやり取りだが、口数が多く、
後半は若旦那が小僧を連れて、お不動様にお参りして、
いろいろおかしな展開というのは、夢の話なのであり、
真面目な若旦那に対して、小僧がお調子者のお喋りで
その辺の言葉の多い、よいテンポ感の流れが圓遊調、
鼻の圓遊をイメージした小満ん師匠の演出なのだと思う。
二席目は「縮み上がり」である。堀ノ内への参詣で途中の
内藤新宿での噺であり、ここでいまになって気付いたが、
今回の三席で共通のテーマは、「参詣」であったのかと。
深川のお不動様に参詣、続いて堀ノ内のお祖師様に参詣、
そして「中村仲蔵」では、柳島の妙見様に参詣なのである。
「縮み上がり」は内藤新宿の噺ということで、小満ん師匠は
新宿末廣亭の10月の余一会で、最初の頃にこの噺を
取り上げていたが、そのときは、私は聞いていないので、
「縮み上がり」は今回がはじめてである。三人での参詣で
そのうちの一人が子供の病が回復したからと、そのお礼に
真剣に思いを込めて、お題目を必死に唱えているのだが、
その途中、新宿の女郎屋で暖簾から顔を出した女に惚れ、
お参りはすっかりいい加減になってしまう。やっとの苦労で
その花魁を相方にすることができるのだが、出てきた女は、
美しい容貌とはかけ離れた田舎訛りであり、越後国から
出てきたばかりだという。生まれは越後のどこだと訊ねると
小千谷と答え、「どうりで縮み上がった」というオチである。
このオチは、意味が分からず、すると馴染みの小林さんが
「小千谷縮み」だと教えてくれた。なるほど、そういうことかと。
着物の話となるとわからない。そこまでは気づかなかった。
仲入り後、三席目は「中村仲蔵」であった。今回は本寸法。
寄席のトリや「日本の話芸」でも流れたけれど、師匠による
短縮版の「中村仲蔵」というのもある。今回は長い方の型。
それが素晴らしかった。かなり昔に黒門亭で、日曜の二部で
客も少ない中、師匠の「中村仲蔵」をはじめて聞いたのだが、
それがとにかく感動してしまって、あまりに大きかったので、
その後、「日本の話芸」や「落語研究会」で放送もあったし、
何度か「中村仲蔵」は聞いているけれど、今回の印象は
そのはじめて聞いたときの想いが、鮮やかに蘇ってきた。
それ以上ともいえる深く引き込まれた一席であったのだ。
正確にはわからないが、舞台の描写で定九郎の様子だが、
仲蔵の苦心の演出に関して、かなり詳しく、細かく状況が
説明されていたようにも思える。それによって、観客の驚き、
どよめきの大きさがリアルに伝わってきて、迫力があった。
今回の上演に関しても台本(てきすと)に手が加えられ、
ますますバージョンアップしていることは間違いないけれど、
これまで聞いてきたたくさんの噺でも格別の一席であった。
ということで、次回は9月13日(金)の第299回であり、
「搗屋幸兵衛」「たちきり」「百川」の三席。楽しみである。

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2019年7月12日 (金)

マリア・ジョアン・ピレシュ 6

マリア・ジョアン・ピレシュでベートーヴェンを聞いている。
ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37
ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 作品58
ダニエル・ハーディング指揮スウェーデン放送交響楽団で
2013年10月9-11日にストックホルムのベルワルド・ホール。
ピレシュの演奏は基本的にはシンプルで、それを活かして、
細部の表情をいきいきと独特の透明感によって音も美しい。
ハーディングの音作りも同じ方向性だし、ピリオド的な解釈も
ところどころに入っているが、スウェーデン放送交響楽団が
元々の透明な響きによって、調和に満たされた感覚である。
熱気は感じられず、静寂に瞑想的な時間も流れるけれど、
いかにも近年のピレシュの傾向だとそれは魅力的である。
ロンドン交響楽団で第2番の録音はあるが、ピレシュは
ベートーヴェンの他の協奏曲は録音を残しているのか?
第1番は弾いていてもおかしくないので、「皇帝」の存在は、
ということになるけれど、引退してしまったので、この先は
もう叶わない。この春、ルプーの代役でベルリンフィルに
急遽、出演して、そこで弾いたのが、ここでの第4番だが、
ピレシュにはまだ弾いてほしいと世界の誰もが願っている。

ONYX 4125

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2019年7月11日 (木)

エマーソン弦楽四重奏団 14

エマーソン弦楽四重奏団のベートーヴェンを聞いている。
弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短調 作品95「セリオーソ」
1987年5月にトロイ貯蓄銀行音楽ホールで収録
ハイドンの弦楽四重奏曲 ハ長調 作品76-3「皇帝」
1988年10月にケルンのドイチュラント・ラジオで収録
弦楽四重奏曲 第16番 ヘ長調 作品135
1988年12月にニューヨークの芸術・文学アカデミー。
エマーソン弦楽四重奏団によるベートーヴェンの
弦楽四重奏曲全集を聞きたいと思っているのだが、
今日は全集とは別に前に録音された演奏である。
シューベルトとの組み合わせによって発売されたが、
そちらはすでに聞いているので、残りを集めてみた。
切れ味よいこのシャープな仕上がりはとにかく最高。
現代的な感覚にあふれているけれど、もう30年前。
エマーソン四重奏団の演奏って、新鮮さを失わない。

CDR943

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2019年7月10日 (水)

ウラディーミル・アシュケナージ 23

アシュケナージでチャイコフスキーの作品集を聞いている。
18の小品~瞑想曲 作品72-5、
少し踊るようなポルカ 作品51-2、熱い告白、
18の小品~やさしい非難 作品72-3、子守歌 作品72-2、
四季 作品37a~1月 炉端にて、2月 謝肉祭、
3月 ひばりの歌、4月 松雪草、5月 白夜、6月 舟歌、
7月 草刈人の歌、8月 収穫の歌、9月 狩りの歌、
10月 秋の歌、11月 トロイカ、12月 クリスマス
1998年9月26,27日にアテネのメガロン・コンサートホール、
1998年12月12,13日にベルリンのテルデックス・スタジオ。
力強くしっかりとした響きが基本なのだが、じっくりと歌って、
その中で非常に繊細な表情も美しく、チャイコフスキーへの
愛情がひしひしと伝わって、アシュケナージは素晴らしい。
この時代のアシュケナージのピアノって、私は好きである。
その前も後もいいのだが。アシュケナージが指揮者として
活躍が際立った頃でピアノの独奏はこうした録音でないと
聞けなくなってしまった。その点では、すっかり力が抜けて、
穏やかに自然な仕上がりである。深い余韻に感動する。

DECCA 466 562-2

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2019年7月 9日 (火)

超絶技巧練習曲に関する

マリアム・バタシヴィリのメジャーデビュー盤が、
ショパンとリストにまつわる作品集で、後半には
ショパンの練習曲とリストの24の大練習曲を交互に
演奏するという新譜案内を見て、24の大練習曲とは、
超絶技巧練習曲の第二稿である。(通常は第三稿)
24ではあるが、リストは12曲しか作曲しなかった。
時期を同じく、コンスタンティン・シチェルバコフが
リストとリャプノフの超絶技巧練習曲の新譜を出す。
リャプノフの超絶技巧練習曲は、知ってはいたが、
聞いたことはない。リャプノフは、リストの残りの
12の調性で作曲しているという。つまりはリストと
リャプノフで24の調性がすべて揃うということだ。
2つの新譜情報で偶然にいいことを知った。すると
リャプノフの超絶技巧練習曲が聞いてみたくなる。

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大師道を歩く 5~川崎大師

去年も七夕の頃に行っているのだが、
風鈴の音色を聞きに川崎大師に行ってきた。
風鈴市は来週で17日(水)から21日(日)である。


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参道を抜け、大山門にある魚河岸の大提灯。

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大本堂には、たくさんの風鈴が奉納されている。
これだけの風鈴があると少しの風で音がすごい。


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平日の川崎大師は空いていていい。

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2019年7月 8日 (月)

ミヒャエル・ギーレン 38

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第7集)から
南西ドイツ放送交響楽団の演奏で
ラヴェルのバレエ「ダフニスとクロエ」(1997.9.8-10)
海原の小舟(1997.1.9)
フライブルクのコンツェルトハウスで収録
道化師の朝の歌(1997.1.12)
フランクフルトのアルテ・オーパーでのライブ録音。
徹底して研き抜かれた響きであり、細部にまで
精密にバランスのコントロールを施して、すると
舞踊的な熱気というのは感じられないのだが、
これぞギーレンの響きである。感情を込めずに
ドライな感覚で向き合っているイメージであったが
素直な気持ちで聞くと際立って美しい音であった。
多くはないが、ところどころ独自の響きもあって、
そこはさすがの閃きであって、ハッとさせられる。

SWR>>music CD-No.SWR19061CD

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2019年7月 7日 (日)

カラヤンの1980年代 46

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーンフィルで
ブルックナーの交響曲 第7番 ホ長調(ハース版)
1989年4月にウィーン楽友協会大ホールで収録。
カラヤンの最後の録音であり、死の翌年に発表された。
久しぶりに聞き直してみると、いまだとどう感じるか?
やはり明るい響きで、色付けのない透明感が特長だ。
その無為の境地が、最後にカラヤンの到達した音楽で
白鳥の歌に結び付けてしまうのだけれど、その一方で
音楽の流れは非常によく、前向きな推進力にあふれ、
これで終わりのようなところはどこにも見受けられない。
この先にもいろいろなものが見えていたに違いないと
巨匠の並々ならぬ意欲が、音楽の中に伝わってくる。
しかし音色の美しいウィーンフィルではあるのだが、
この輝きを引き出したのは、晩年のカラヤンであり、
他では考えられないところは、やはり最後は特別か。
こうした世界観を創り上げられたのって、晩年ので
ギュンター・ヴァントであったり、チェリビダッケなど、
現在では、こういう演奏は聞かれなくなってしまった。
つまりは30年が経ち、その輝きはいまも増している。

DG 429 226-2

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2019年7月 6日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「お弟ちゃん、お妹ちゃんと呼ばないのはなぜ?」
兄姉のことをお兄ちゃん、お姉ちゃんと呼ぶのに
お弟ちゃん、お妹ちゃんと呼ばないのはなぜか?
自分を基準に目上の家族は、親族呼称で呼ぶ。
名前で呼ぶのは失礼にあたると考えているからで
一番下の子を基準におばあちゃん、おかあさんと
親族呼称を使うことで、呼び間違えを防いでいる。


「魚の赤身と白身は何なのか?」
赤身の魚の赤筋はミオグロビンが酸素を取り込み、
筋肉に蓄えることで長距離を泳げる持久力を得る。
マグロやカツオなどの回遊魚が赤身の魚である。
白筋は瞬発力を発揮して、タイやヒラメが白身魚。
アジやサバを青魚と呼ぶのは、空から見たときに
背中の色が青く見えるからで鳥に狙われないよう
海の色と同化するのであり、分類上は赤身の魚。


「日本で二番目に大きい県は?」
一番大きいのは北海道だが、二番目は岩手県。
南北189㎞あり、面積は15,275平方kmである。
豆腐の消費量が全国一位、また昆布とわかめも
消費量が全国一位だが、車での移動が多いため、
運動不足による肥満要注意ランキングも一位。
かつて下駄の生産が盛んであったため、現在も
その名残で靴屋さんの数は、全国一位である。


「松竹梅はなぜ縁起がいいのか?」
中国に歳寒三友という言葉があり、寒い冬に
友とするべき三つの植物のことで、清廉潔白、
節操の意味を表している。歳寒三友が日本に
伝わった平安時代、小松引きという風習があり、
正月に若い松を抜いてきて、松は寿命が長く、
冬でも青々として、長寿祈願の象徴であった。
竹は古くから生活道具に広く使われていたが、
室町時代になり、茶道、華道にも多く用いられ、
日本各地で栽培も盛んになり、広く根を張り、
冬でも伸びることで子孫繁栄の象徴であった。
梅は、実は漢方薬、花は観賞用と貴族の間で
重宝されていたが、江戸時代になり、幕府が
栽培を奨励し、梅干が食卓に並ぶようになり、
梅見が通だと大流行して、冬に花を咲かせ、
生命力の象徴であると縁起物に考えられた。
松竹梅は、歳寒三友の絵に描かれることで
縁起物として、この三つがセットで広まった。

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2019年7月 5日 (金)

ゲオルグ・ショルティ 26

サー・ゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ交響楽団で
ベートーヴェンの交響曲全集を聞いている。
交響曲 第5番 ハ短調 作品67
交響曲 第8番 ヘ長調 作品93
1973年11月にシカゴのメディナ・テンプルで収録。
遅いテンポで雄大な演奏なのだが、印象としては、
全く逆の感覚になるのが、ショルティの特長である。
それは非常に厳格な姿勢により折り目正しい響き、
メリハリが効いて、輪郭のハッキリとした音によって、
現代の流行とは違うのかもしれないが、深い感動が
たしかにそこには存在するのであって、実に偉大だ。
気合いが入りすぎでもう少し自然体な音色の方が、
音楽の流れも快適な気はするのだが、ショルティの
強い想いはしっかりと伝わってきて、誠実の極みで、
端正である。46年前の演奏だが、いまだからこそ
改めてわかることもあるし、少なくとも若い頃の私は
それには気付けなかった。ショルティもカラヤンも
カール・ベームも昔の巨匠って、本当に素晴らしい。

DECCA 475 9090

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2019年7月 4日 (木)

ヤープ・ファン・ズヴェーデン 14

ヤープ・ファン・ズヴェーデン指揮香港フィルハーモニーで
ワーグナーの楽劇「神々の黄昏」から第3幕を聞いている。
2018年1月18,21日に香港文化センターのコンサートホール。
乙女たちのいるライン河のほとりに黄金(指環)は戻ってきて、
様々な人(神)の手に渡り、長い旅を終えようとしているが、
いまさらいうまでもないけれど、ワーグナーのこの構想が、
やはり類を見ない偉大な存在であり、そこに感動がある。
第2場でのジークフリートが記憶を取り戻していく過程は、
音楽は非常に清々しく、繊細な表情を見せる場面であり、
透明感のある音色だが、ヤープ・ファン・ズヴェーデンは、
そこに力強い推進力も持ち込んでそれは素晴らしい展開。
ハーゲンがジークフリートの弱点である背に槍を突き立て、
その驚きを伝えるところでの深い響きには衝撃を覚えた。
後半へと進み、ブリュンヒルデの自己犠牲から終曲でも
音楽の流れのよさで、もちろんそこでも力強い響きであり、
シンフォニックな彫りの深さは、演奏会形式の強みかと。
香港フィルによる「ニーベルングの指環」を聞いてきたが、
「ジークフリート」とこの「神々の黄昏」が特によかった。

NAXOS 8.660428-31

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2019年7月 3日 (水)

ヤープ・ファン・ズヴェーデン 13

ヤープ・ファン・ズヴェーデン指揮香港フィルハーモニーで
ワーグナーの楽劇「神々の黄昏」から第2幕を聞いている。
2018年1月18,21日に香港文化センターのコンサートホール。
やはりかなりの重めな音に仕上がっており、この四年間で
香港フィルも変わったと思うのだが、気のせいであろうか?
ヤープ・ファン・ズヴェーデンが求める歌わせ方や表情付けと
オーケストラのバランスがちょっとかみ合うだけでその効果は
大きく変わってくるのであろう。濃密な響きで音楽もより充実。
ハーゲンとグンターで歌声も重厚だが、第2幕は盛り上がる。
そこでの金管の炸裂でここでの演奏の主張と存在感がすごく、
この指環の株が一気に上がった。演奏会形式での収録であり、
舞台に流されることがなく、いろいろなことを試せるというのも
大きな要因かもしれないが、シンフォニックな響きに感動した。
第2幕はとにかく濃厚に盛り上げるだけ盛り上げて、その後、
第3幕では目の覚めるような透明感に期待して、注目である。
しかしその前に第2幕第5場でのハーゲンの企みによって、
ブリュンヒルデがジークフリートの弱点を漏らしてしまう場面、
その緊迫感は凄まじく、リアルな感触には釘付けとなった。

NAXOS 8.660428-31

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2019年7月 2日 (火)

ヤープ・ファン・ズヴェーデン 12

ヤープ・ファン・ズヴェーデン指揮香港フィルハーモニーで
ワーグナーの楽劇「神々の黄昏」から序幕と第1幕である。
2018年1月18,21日に香港文化センターのコンサートホール。
「ジークフリート」からあまり間を開けずに聞くことにしたが、
この素晴らしい余韻に聞き続ける方が、感動が大きいこと、
それに先を聞かずにいられない魅力もあり、指環も後半で
大いに盛り上がる。「ラインの黄金」とか、指環の前半では、
どうも物足りない薄さが感じられたのだが、いまは全くない。
どのようにここまで充実の完成度に引き上げられたのかと
不思議なぐらいの響きの密度、音色に深みが存在している。
序幕と「ジークフリートのラインへの旅」で管弦楽の間奏曲は、
それは素晴らしいのだけど、続く第1幕へと場面も転換して、
すると空気も変わって、重厚な出だしには痺れてしまった。
敵キャラだが、ハーゲンの活躍は「神々の黄昏」での核心で
最も重要な役だが、エリック・ハーフヴァーソンが聞かせる。
第1幕はとにかく長いのだが、それが心地よくて仕方なく、
ここが好きな人は本物のワグネリアン。夢中になってしまう。

NAXOS 8.660428-31

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2019年7月 1日 (月)

7月1日の感想

昨日の6月30日から「いだてん」の第二部がはじまって、
大正の終わりから1964年の東京オリンピックまでだが、
私は面白いのだけど、何とか視聴率が上がってほしい。
第二部の初日は、田畑政治がオリンピックの渡航費で
六万円という大金の出資を高橋是清から引き出すのだが、
落語の「火焔太鼓」と重ねて描き、そこが普通の人には、
わからないのではないかと。志ん馬(当時の志ん生)と
田畑が目まぐるしく入れ替わるので、わからないと思う。
「火焔太鼓」は落語の定番であり、志ん生の代名詞だが、
落語ファンにはお馴染みでも一般的には知られていない。
私は「火焔太鼓」の噺は、すべて頭に入っているので、
緻密な展開ほど面白いのだが、普通は理解不能かと。
同時代を生きていた志ん生が物語に絡んでくることで、
私は興味惹かれるけれど、一部の人にだけウケている。

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