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2019年7月13日 (土)

第298回 柳家小満んの会

13日の小満んの会が土曜日の開催である。
昨日までの涼しさから一転して今日は蒸し暑い。


林家やまびこ:子ほめ
柳家小満ん:成田小僧
柳家小満ん:縮み上がり
柳家小満ん:中村仲蔵


「成田小僧」だが、この噺は明治の鼻の圓遊が改作して、
盛んに演っていたそうだが、その後、時代に合わなくなり、
速記も残っているけれど、どうも面白くないそうなのである。
そこで小満ん師匠が、設定を明治から昭和初期に移して、
さらに改作をした。いま知られる鼻の圓遊の改作で有名な
「船徳」や「野晒し」のあの陽気な空気を思い浮かべて聞くと
なるほど似ている雰囲気があり、すると楽しくなるのだが、
各場面での面白さ、それは気のきいた台詞などでもあり、
比べて噺全体の構成や流れ、盛り上がり方はというと
どうも弱い印象ではある。夢から目覚める落語の典型で、
「夢は小僧(五臓)の疲れ」のオチも特に新鮮さはない。
本来は成田山に参詣するところを深川のお不動様とし、
旦那の代わりに若旦那に行かせる相談の前半部分、
そこは旦那とおかみさんのやり取りだが、口数が多く、
後半は若旦那が小僧を連れて、お不動様にお参りして、
いろいろおかしな展開というのは、夢の話なのであり、
真面目な若旦那に対して、小僧がお調子者のお喋りで
その辺の言葉の多い、よいテンポ感の流れが圓遊調、
鼻の圓遊をイメージした小満ん師匠の演出なのだと思う。
二席目は「縮み上がり」である。堀ノ内への参詣で途中の
内藤新宿での噺であり、ここでいまになって気付いたが、
今回の三席で共通のテーマは、「参詣」であったのかと。
深川のお不動様に参詣、続いて堀ノ内のお祖師様に参詣、
そして「中村仲蔵」では、柳島の妙見様に参詣なのである。
「縮み上がり」は内藤新宿の噺ということで、小満ん師匠は
新宿末廣亭の10月の余一会で、最初の頃にこの噺を
取り上げていたが、そのときは、私は聞いていないので、
「縮み上がり」は今回がはじめてである。三人での参詣で
そのうちの一人が子供の病が回復したからと、そのお礼に
真剣に思いを込めて、お題目を必死に唱えているのだが、
その途中、新宿の女郎屋で暖簾から顔を出した女に惚れ、
お参りはすっかりいい加減になってしまう。やっとの苦労で
その花魁を相方にすることができるのだが、出てきた女は、
美しい容貌とはかけ離れた田舎訛りであり、越後国から
出てきたばかりだという。生まれは越後のどこだと訊ねると
小千谷と答え、「どうりで縮み上がった」というオチである。
このオチは、意味が分からず、すると馴染みの小林さんが
「小千谷縮み」だと教えてくれた。なるほど、そういうことかと。
着物の話となるとわからない。そこまでは気づかなかった。
仲入り後、三席目は「中村仲蔵」であった。今回は本寸法。
寄席のトリや「日本の話芸」でも流れたけれど、師匠による
短縮版の「中村仲蔵」というのもある。今回は長い方の型。
それが素晴らしかった。かなり昔に黒門亭で、日曜の二部で
客も少ない中、師匠の「中村仲蔵」をはじめて聞いたのだが、
それがとにかく感動してしまって、あまりに大きかったので、
その後、「日本の話芸」や「落語研究会」で放送もあったし、
何度か「中村仲蔵」は聞いているけれど、今回の印象は
そのはじめて聞いたときの想いが、鮮やかに蘇ってきた。
それ以上ともいえる深く引き込まれた一席であったのだ。
正確にはわからないが、舞台の描写で定九郎の様子だが、
仲蔵の苦心の演出に関して、かなり詳しく、細かく状況が
説明されていたようにも思える。それによって、観客の驚き、
どよめきの大きさがリアルに伝わってきて、迫力があった。
今回の上演に関しても台本(てきすと)に手が加えられ、
ますますバージョンアップしていることは間違いないけれど、
これまで聞いてきたたくさんの噺でも格別の一席であった。
ということで、次回は9月13日(金)の第299回であり、
「搗屋幸兵衛」「たちきり」「百川」の三席。楽しみである。

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