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2020年1月31日 (金)

イゴール・レヴィット 4

イゴール・レヴィットでジェフスキーを聞いている。
不屈の民の主題による変奏曲
2015年3月1-4日にベルリンのフンクハウスで収録。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を聞くのだが、
ますます脱線中で録音順にジェフスキーの変奏曲。
20世紀の傑作だと思うのだが、アムランの演奏でしか
聞いたことがなかったので、別録音で理解が深まる。
アムランはシャープに鮮やかさが際立っていたのだが、
イゴール・レヴィットはもっとその音楽を大切にしており、
破壊的な要素においても歌い込まれている気がするし、
現代音楽的な響きすら美しい色合いや輝きが存在する。
前衛作品だがこれだけ楽しく聞ける現代音楽は珍しい。
イゴール・レヴィットはバッハやベートーヴェンの演奏で
イメージができてしまったが、現代音楽も弾きそうであり、
シュトックハウゼンやブーレーズを録音してくれないか。

SONY 88875060962

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2020年1月30日 (木)

アレクサンドル・メルニコフ 2

アレクサンドル・メルニコフの時代楽器の弾き分けで
シューベルトのさすらい人幻想曲 D.760
(1828-1835年製アロイス・グラーフ)
ショパンの12の練習曲 作品10
(1837年製エラール)
リストのドン・ジョバンニの回想
(1875年製ベーゼンドルファー)
ストラヴィンスキーのペトルーシュカからの三楽章
(2014年製スタインウェイ D-274)
2016年10月と2017年5,7月にテルデックス・スタジオ。
その時代の楽器で聞きたいという趣味は特にないのだが、
シューベルトを当時のグラーフで聞くと自然体にしっくりきて、
昨日のギャリック・オールソンの1849年製エラールと同じく、
ショパンが意外に味わいで心地よい。表情付けが豊かだ。
音響的な力強さはないが、表現に弾力があり、勢いがある。
200年の時間の隔たりがあるのに驚くほどに違和感がない。
とはいいながら、ペトルーシュカで使用された2014年製で
ここでのすべてを聞いてみたくもなる。メルニコフのリストは、
これがはじめてであろうか。鮮やかな技巧は冴えており、
他にも聞いてみたくなる。ペトルーシュカは大好きな作品だ。
欲をいえば、1900年代前半の楽器か、1950年ぐらいの
昔のスタインウェイで聞いてみたかった。せっかくなので。
それで2枚目に最新のモデルでの演奏の収録を希望。

harmonia mundi HMM902299

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2020年1月29日 (水)

記事数6000の達成

ひとつ前で記事数6000件を達成した。
つまりこの投稿は、6001件目である。
三年はかかっていないのだけど、何となく
5000からの1000件は長かった気がする。
気にしていないといつの間にかなのだけど。

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ギャリック・オールソン 10

ギャリック・オールソンによるショパンの作品で
夜想曲 作品15-1、スケルツォ ホ長調 作品54、
夜想曲 作品55、マズルカ 作品7-3, 24-4, 59-2, 30-4、
夜想曲 作品62、バラード ト短調 作品23
2017年4月10-13日にヴィトルト・ルトスワフスキ・スタジオ。
昨日と同じ作品を1849年製のエラールで演奏している。
ショパンの時代の楽器で響きは弱い感じもするのだが、
つまりその繊細さはより微妙なニュアンスが表現されて、
素朴でシンプルな中に豊かなものが伝わってくる気がする。
ショパンの作品を時代楽器で聞く習慣はなかったのだが、
聞いてみると思った以上に味があり、心地よく感じられた。
現在のピアノの力強い響きと高度な表現能力は重要だが、
この演奏には何か忘れられつつある魅力が存在している。
それに対して、ギャリック・オールソンの持ち味というのは、
表れにくくなる傾向にあり、演奏者の個性をより際立たせ、
明確に形にしてくれるのは、現代のモデルなのであろう。

マズルカ ヘ短調 作品7-3は、編集時の取り違いで
スタインウェイの録音が収録されていると思われる。

NIFCCD 049

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2020年1月28日 (火)

ギャリック・オールソン 9

ギャリック・オールソンによるショパンの作品で
夜想曲 作品15-1、スケルツォ ホ長調 作品54、
夜想曲 作品55、マズルカ 作品7-3, 24-4, 59-2, 30-4、
夜想曲 作品62、バラード ト短調 作品23
2017年4月4-7日にヴィトルト・ルトスワフスキ・スタジオ。
ショパンの時代のエラール製のピアノとスタインウェイを
聞き比べる企画で同じ作品を2台の楽器で演奏している。
先に録音されたのは、スタインウェイ(D578221)の方であり、
ギャリック・オールソンは、独特の深みある重いタッチで、
といっても細やかな表現は繊細に美しく、豊かな表情で
新しい楽器だとは思うのだけど、味のある音が印象的だ。
ギャリック・オールソンの想いがしっかりと詰まった表現で、
本当に素晴らしい。自在な緩急で細部の輝きは絶品。

NIFCCD 219

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2020年1月27日 (月)

リッカルド・ムーティ 28

ムーティ指揮フィルハーモニア管弦楽団で
ヴェルディのレクイエムを聞いている。
1979年6月にロンドンのキングズウェイ・ホール。
有名なミラノ・スカラ座でのライブ(1987年)ではなく、
ロンドンで1979年に録音していたのは後で知ったが、
若さが炸裂して、速めのテンポにより畳みかけるのと
オペラ的に濃密に歌い上げるのとそのコントラストが
実に明瞭で、ムーティの存在感に聞き惚れてしまう。
フィラデルフィア管弦楽団やミラノ・スカラ座との歌劇、
その後、1980年以降、ムーティはさらに充実していくが、
このフィルハーモニア管弦楽団との圧倒的切れ味で
冴えに冴えていた音楽はやはり最高であり、名演だ。

Warner 0190295945886

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2020年1月26日 (日)

1月26日の感想

まもなくブログの記事数が6000になり、
気にしているのだが、これが5997番目。
1月末だとは思っていたが、今週半ばかと。


大河ドラマの「麒麟がくる」が、先週はじまって、
第1回の視聴率は好調だったそうだけど、
あまり面白いとは思わなかった。私的には、
「いだてん」ロスであり、第2回はどうなるか?

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2020年1月25日 (土)

キース・ジャレット 32

1981年のキース・ジャレットを聞いている。
ブレゲンツでのソロ・コンサートのライブ録音で
1981年5月28日にフェストシュピールハウス。
後半の演奏とアンコールが収録されているのかと。
ソロ・コンサートも聞き続けていると驚かなくなるが、
その点では、有名なケルン・コンサートなど衝撃で
全く出会ったことのない興奮があったのであろう。
より多様に研き抜かれていく過程をここで聞ける。
美しい旋律にはじまり、ジャズ的な躍動が加わり、
即興による流れの亀裂が音楽に変化をもたらして、
混沌とした時間が存在し、そこから抜け出す瞬間、
スッキリと晴れ渡る輝きの素晴らしさは感動的だ。
キース・ジャレットの強さと集中力は圧倒的である。

ECM 1227-1229 279 4570

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チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「脂がのっているとなぜおいしいのか?」
脂だけではおいしくなく、しっとりとした食感を与え、
おいしさを増す。脂は旨味、甘みを増強させる。
効率のいいエネルギー源でもあり、有益だという
信号が脳に届き、幸福感が得られる。1810年に
マグロが大量にとれ、それまで脂の多い部位は、
腐れやすいために捨てられていたが、トロを使う
まぐろ鍋(ねぎま鍋)が作られるようになった。


「なぜ新聞に4コマ漫画があるのか?」
漫画そのものが、新聞からはじまったものである。
記事の挿絵とは別に面白い絵を載せるようになった。
娯楽性の高い漫画を載せて、女性や子供も新聞を
見るようになった。連載されたのは、時空を越えて
旅をする「正チャンの冒険」で、正チャン帽の由来。
関東大震災の後、人々のすさんだ心を和ませた。


「鍾乳洞ってなに?」
鍾乳石が垂れ下がっている洞窟のことである。
石灰岩が元で、サンゴや貝の死骸に含まれている
炭酸カルシウムが積もったもの。酸性の雨が降り、
石灰石が溶けて、垂れながら固まったのが鍾乳石。

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2020年1月24日 (金)

イゴール・レヴィット 3

イゴール・レヴィットによるベートーヴェンで
ディアベッリの主題による33の変奏曲 作品120
2015年1,2月にベルリンのフンクハウスで収録。
ピアノ・ソナタ全集を聞こうとしているが、録音順に
後期のソナタから聞いて、そこでまたちょっと脱線で、
今日はディアベッリの主題による変奏曲を聞いている。
バッハとジェフスキーが一緒に収録された変奏曲集。
前のめりに勢いのある表現ではじまり、力強い響きで
作品の諧謔性は実に楽しく、しかしそれが先に進み、
しだいに深まりを見せ、神秘の境地まで達するのは、
いつもながら感動的だ。それを経て、最後の最後に
モーツァルトの世界が現れる仕掛けだけど、そこは、
レヴィットは若々しい表現でいきいきと好感がもてる。
昨日も聞いたレーガーの作品やブラームスの変奏曲も
素晴らしいのだけど、やはりベートーヴェンは偉大だ。

SONY 88875060962

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2020年1月23日 (木)

マルク・アンドレ・アムラン 19

マルク・アンドレ・アムランでレーガーの変奏曲集。
バッハの主題による変奏曲とフーガ 作品81
5つのフモレスケ 作品20
1997年4月にブリストルの聖ジョージ教会、
テレマンの主題による変奏曲とフーガ 作品134
1998年4月にブリストルの聖ジョージ教会で収録。
バッハの変奏曲の方には、ゼルキンの録音があり、
そしてテレマンは、ホルヘ・ボレットが弾いているが、
この2曲を一気に聞かせてくれるのは貴重なことだ。
レーガーの深い響きと厳格な構築性は感動的で、
アムランのシャープで圧倒的に鮮やかな響きが
そこに加わるのだから、奇跡のような仕上がりだ。
傑作だけど、なかなか聞けないこうした作品を
1990年代のアムランは、熱心に録音していた。
要求を出したレコード会社もすごいし、宝である。

hyperion CDA66996

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2020年1月22日 (水)

ヴァレリー・アファナシエフ 18

ヴァレリー・アファナシエフの1985年のライブで
シューベルトのピアノ・ソナタ 変ロ長調 D.960
1985年7月にロッケンハウス音楽祭で収録。
シューベルトの変ロ長調の最後のピアノ・ソナタは
アファナシエフの代名詞のように昔から有名であり、
3種類の録音が存在しているが、私はこの演奏が
たいへん好きである。音楽の流れが自然であり、
柔らかく繊細な表情が美しい。この少し前の頃に
クレーメルと一緒にアファナシエフが西側に登場し、
ECMによって収録されたこの演奏で、広く世界に
知られるようになったのではないか。名演である。
アファナシエフにしては標準的ともいえるのだが、
独特な揺らぎはすでに存在して、絶妙である。

ECM 462 707-2

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2020年1月21日 (火)

キース・ジャレット 31

1980年のキース・ジャレットを聞いている。
ECMのInvocationsでソロ・アルバム。
1980年10月にオットーベウーレン修道院で収録。
パイプ・オルガンとソプラノ・サックスを即興演奏して、
修道院内での音響空間が素晴らしい。感動的だ。
後に「Book of Ways」という1986年にライブ収録の
ハープシコードのアルバムが出て、そちらは以前に、
興味をもって聞いたのだが、あまり気に入らなかった。
しかしこちらは全く印象も違って、すごく惹かれたので、
どうも私はオルガンが好きらしい。はじめて知った。
立ち会った修道院の関係者も驚いたことであろう。
このオルガンでこんな音楽が生み出されるのかと。

CDR962

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2020年1月20日 (月)

東京の風景から 107~神田明神

黒門亭の後、外神田の方面に歩いて、
正月なので神田明神にお参りしてきた。


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お茶の水から帰ろうかとも思ったのだが、
東京駅での乗り換えが面倒な気がして、
秋葉原へ出たところ、オタクにメイドで、
大きな荷物を引っ張る外国人もいるし、
街は大混雑。夕方の秋葉原はたいへん。

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2020年1月19日 (日)

黒門亭で菊丸・馬石・小ゑん

小ゑん師匠が出演で昼から黒門亭へ。
馬石さんと菊丸師匠で顔付けもよく、
13時45分頃には満員札止めに。


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寄席は二十日までが正月である。

第2部
春風亭枝次:子ほめ
柳家やなぎ:時そば
古今亭菊丸:井戸の茶碗
隅田川馬石:安兵衛狐
柳家小ゑん:片棒


やなぎさんが札幌で食べた味噌ラーメンとチャーハン、
餃子のセットの話題からはじまって、この語り口が
喬太郎師匠にそっくりで、食べ物のマクラだと噺は
「時そば」だが、そのイメージがあるものだから、
さん喬師匠より喬太郎風味付けの「時そば」である。
出汁は鰹節を奢らずに豚骨だというし、そばなのに
そば粉は使ってないという。世間ではほうとうという。
菊丸師匠がたっぷり「井戸の茶碗」。清兵衛と卜斎、
それに高木佐久左衛門と屑屋と武士、その武士も
浪々の身ながら武士の誇りをもつ侍、真っ直ぐで
清々しい若侍と実に明快に描き分けられているので、
素晴らしい「井戸の茶碗」だ。仲入り前にトリネタ。
馬石さんの「安兵衛狐」は二度目だ。すごく楽しい。
決して面白い噺ではないと思うのだけど、実にいい。
長屋の人物関係や源兵衛さんと安兵衛さんの関係、
分かりにくいところも多いのだけど、馬石さんの噺は
以前の印象に比べて、分かりやすくなっていたので、
かなり練り上げられて、すると味のある噺である。
全く別設定ながら「野ざらし」に似ているところが
多々あって、何か関係があるのだろうか?興味ある。
「野ざらし」も鼻の圓遊以前の江戸風のときには、
陰気で不気味な噺だったというし、その空気感は
こちらには残っていて、江戸風というのが好みかも。
墓見酒ってのも乙だね、というのが、何より乙である。
小ゑん師匠の「片棒」は以前に聞いたことがあって、
大好きである。それ以来、聞いたことはなかったので、
また聞いてみたいと思っていたので、今日は大満足。
金、銀、鉄と息子たちが弔いのプレゼンをするのだが、
小ゑんワールドは、「お前が頼りだよ」の鉄であった。
葬り方だが「鳥葬」という、調べたら、これはチベットの
埋葬法であるらしい。鉄が恒例のオタクキャラであり、
話している相手と目を合わせられないという、爆笑。
お馴染みの「片棒」で、普通の「片棒」なのだけど、
やはりそこには小ゑん師匠の工夫が詰まっていて、
古典もいいのである。一味違って、実に新鮮だった。

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2020年1月18日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「スーツの襟の穴はなに?」
スーツの元々は、軍服に由来する服であり、
襟の穴は軍服の第1ボタンである。フロックコートを
貴族が着るようになり、詰め襟を寝かせて、それが
現在の襟の元となった。19世紀になると昼の正装は
モーニングコートで、社交界では燕尾服を着用して、
さらに襟が完全に寝ているラウンジスーツができた。
イギリスでは、軍服の名残として、襟の穴を残して、
現在では、花を刺す穴としても利用されている。


「なぜ日本語ではなく国語なのか?」
江戸時代には、300近くの藩に分かれ、場所により、
言葉も様々であった。統一する言葉がなく、明治になり、
一つの国として中央政府が全国を統治するようになって、
標準語が必要となった。それを学ぶ学問を国語とした。
都のあった京都の言葉とするか、東京の言葉とするか、
長く議論が分かれていたが、明治37年、ついに決着し、
東京の教養のある人々の言葉を標準語とするとされた。


「水滴のぽちゃんというのは何の音?」
イギリスのケンブリッジ大学で発見された研究によると
「ぽ」と「ちゃん」である。水滴が落ちて、水面がへこみ、
気泡ができて、水面から切り離されるときに音がする。
そのときに水柱が立ち、再び水滴が落ちて、音がする。
二度の音が鳴り、それが「ぽちゃん」と聞こえている。

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2020年1月17日 (金)

内田光子 2

内田光子でシューマンの作品を聞いていく。
クライスレリアーナ 作品16、謝肉祭 作品9
1994年5月にスネイプ・モールティングスで収録。
本当に素晴らしい演奏で、まずその驚異の運動性、
鮮やかな切れ味に感動。細やかな表情の美しさ。
シューマンの音楽の奥深くに存在する熱い想いを
しっかりと引き出して、雄弁に語っているのだけど、
造形的にはスッキリと見通しよく、端正な佇まい。
あくまでも透明な仕上がりである。天才的な感覚と
非常に緻密に丁寧な作業で作り上げられた表現が
完璧なバランスで、間違いなくこれは究極である。
内田光子のクライスレリアーナは、この録音の頃、
サントリーホールで聞いており、その集中力は、
何かにとり憑かれているかのような凄まじさで、
シューマンの音楽に秘められた狂気が滲み出し、
悪魔が舞い降りてきているような衝撃であった。
それは忘れられない。30年近くたって宝である。

DECCA 475 8260

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2020年1月16日 (木)

コヴェントガーデン王立歌劇場

ラファエル・クーベリック指揮コヴェントガーデン王立歌劇場で
ヴェルディの歌劇「オテロ」から第3幕と第4幕を聞いている。
1955年10月19日にコヴェントガーデン王立歌劇場で収録。
「オテロ」の後半は、ますます素晴らしい。疑念や復讐心が
音楽に反映されて、オテロの心は、憎しみに満たされていく。
そのすべては、イアーゴの裏切りと嫉妬によるものであり、
そこが面白さだ。敵役の重要さで、イアーゴは別格である。
オタカール・クラウスって、フィッシャー・ディースカウの声に
よく似ていて、フィッシャー・ディースカウのイアーゴって、
録音はないのだろうか。調べてみるとバルビローリ盤で
歌っていた。そして第4幕では、柳の歌とアヴェ・マリアで
デズデモナはグレ・ブロウエンスティーンが歌っている。
1954年のバイロイトでフルトヴェングラー指揮の第9に
出演している人であった。その翌年の録音ということか。
オテロは信じやすく、思い込みも激しく、歌劇の英雄には
よくありがちな欠点というものが、悲劇の展開を生み出し、
客観的には愚かなことだけど、作品としては最高の感動だ。

OPUS ARTE OA CD9024D

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2020年1月15日 (水)

コヴェントガーデン王立歌劇場

ラファエル・クーベリック指揮コヴェントガーデン王立歌劇場で
ヴェルディの歌劇「オテロ」から第1幕と第2幕を聞いている。
1955年10月19日にコヴェントガーデン王立歌劇場で収録。
この時代の特徴ともいえないのかもしれないが、突き進み、
澱みなく音楽が流れていく感じって、独特な印象がある。
ヴェルディならばなおさらで、「オテロ」のこの豪快な響きは、
モノラルの歴史録音だとちょっと厳しいけれど、BBC音源で
まあ聞きやすい方である。歌手に関しては、十分に満足だ。
オテロ歌手だったという、ラモン・ヴィナイが出演しているし、
ケンペの「指環」でアルベリヒを歌い、注目するようになった、
オタカール・クラウスがイアーゴを歌っており、素晴らしい。
イアーゴの裏切り、策略によりオテロがデズデモナを疑い、
復讐心が芽生え、狂気の道へと歩みはじめる第2幕で、
「オテロ」はすべての場面において、緊張感が持続して、
感動的である。クーベリックはその力強い響きを緩めない。
1954年から1958年にコヴェントガーデン王立歌劇場の
音楽監督を務めていたのが、クーベリックだそうである。

OPUS ARTE OA CD9024D

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2020年1月14日 (火)

オスロフィル 1998/1999

マリス・ヤンソンスの指揮によるオスロフィルで
R.シュトラウスのティル・オイレンシュピーゲルの
愉快ないたずら(1998.10.22,23)
ストラヴィンスキーの「火の鳥」全曲(1998.8.20,21)
オスロ・コンサート・ホールでライブ収録されている。
ヤンソンスのR.シュトラウスは、その後、いろいろと
王立コンセルトヘボウとバイエルン放送交響楽団の
ふたつの楽団で録音されているのだが、この演奏が
それよりも前の最初の録音なのではないかと思われる。
「火の鳥」に関してもこの後は1919年または1945年の
組曲版による演奏で、全曲版が聞けるのはうれしい。
鮮やかな響きで物語性を強調し、スリリングな展開で
実に面白いし、音楽に引き込まれる。オスロ時代の
少し前のヤンソンスであり、これは名演で感動的だ。
近年の演奏よりも鋭くシャープな音作りに思える。

SIMAX PSC1188

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小満ん語録~初夢

今年の最初の小満んの会にて、正月版「天狗裁き」の
初夢に関するマクラから、初夢とは、江戸以前には
大晦日の晩から元日の明け方に見る夢であった。
江戸時代になると元日の晩から二日の朝にかけて、
というのは、大晦日から明け六つの鐘が鳴って、
夜が明けるまで、掛取りが借金の回収で駆け回り、
ゆっくりと夢を見て、寝ている余裕などなかった。
それが江戸の天明年間(1781-1789)の頃には、
二日の晩から三日の朝に見る夢が初夢となって、
暦の上段を見ると二日というのは、馬乗り初め、
船乗り初めとなっており、お宝、お宝、お宝…と
船屋さんが売りに来る七福神の宝船を枕の下に
縁起のいい夢を見ようとしたので、それに便乗して、
二日の晩なのである。どうもそういうことであるらしい。
永き世の遠の眠りの皆目覚め波乗り船の音のよきかな

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2020年1月13日 (月)

第301回 柳家小満んの会

成人の日の小満んの会である。夕方から日本橋へ。

柳家り助「出来心」
柳家小満ん「天狗裁き」
柳家小満ん「お祭佐七」
柳家小満ん「藪入り」

「天狗裁き」は正月バージョンである。一月二日の初夢編。
小満ん師匠が正月に演るときは昔からこの形で、最近では
去年の横浜の会が初夢版だった。しかし今回は少しだけ
違っており、天狗の森に連れていかれ、現れた天狗は、
ギョロっとした目がつり上がり、誰かに似ている、それは
「カルロスなにがし」、決して夢の話をしないものだから、
レバノンに連れていくぞ!ヒャーっとなり、おかみさんは
おまえさん、どんな夢を見たんだい?というオチである。
「お祭佐七」は圓生師匠の録音を聞いているが、佐七は
仲間と品川に出掛け、居残りの人質で置いてこられるが、
それに加えて、今回は、その後の佐七が鳶に加わるのを
許されるところも追加された。芝居の一幕なのだそうで、
噺としては、小満ん師匠のオリジナルである。「船徳」の
徳さんと一緒で、最初はちょっと抜けている。それが後に
一流の鳶となり、お祭佐七と呼ばれて評判となるのだが、
ここではとぼけて面白い。佐七は若旦那と呼ばれるが、
元は武士である。仲入り後は「藪入り」で、時期はまさに
いまの噺で、そして忠(チュー)で子年の今年の噺である。
この正月は、「藪入り」が流行してもおかしくない状況か。
記録上は、師匠は昔から「藪入り」を何度も演っているが、
この十数年で私ははじめて聞く。親子の情でいい噺だ。
今回ので、これまで聞いたことのないはじめての台詞は、
父親が熱を出し、子に会いたいと手紙を出したところで
「会っちゃいけないことはわかっていたけれど、あれは、
熱がいわせたことだよ」と。病で気が弱くなって子を想う、
その心がよく表れたいい台詞である。楽しく、実に深い。
ということで、次回は3月13日(金)の第302回、
「ふぐ鍋」「越の海」「首提灯」の三席。楽しみだ。

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2020年1月12日 (日)

キース・ジャレット 30

1979年のキース・ジャレットを聞いている。
ECMのThe Moth And The Flameでソロ・アルバム。
1979年11月にルードヴィッヒスブルクのスタジオ・バウア。
5つのパートからなる39分間で、ソロ・コンサートの前半、
後半というよりは前半のような雰囲気がするのだけれど、
スタジオ録音なので、綿密に設計された平衡感覚もあり、
客観性を保ちつつ、強い集中力による完成度の高さは、
独特の研ぎ澄まされた仕上がりである。5つの部分は、
それぞれ別々の方向性を示し、その変化も楽しめるし、
ライブの高揚感とは違う凝縮された時間に感動した。

CDR961

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2020年1月11日 (土)

1月11日の感想

土曜の朝は、チコちゃんを見ているのだが、
今週は「麒麟がくる」の宣伝番組であった。
昨日の金曜の放送は、傑作選だったようで。
BSで「大岡越前」の新シリーズがはじまり、
そちらを見ていたので、チコちゃんは休み。
「大岡越前」だが「井戸の茶碗」の改作で、
高木佐久左衛門は出ないが、千代田卜斎は
片岡鶴太郎であった。聞きしに勝る堅物で、
いくら武士といってもこれはあり得ないと
でも噺の通りで、そういう噺なのである。
仏像から出た五十両で右往左往するのは、
養生所の先生であり、高麗井戸の茶碗を
所望するのは、将軍吉宗だという、そこは
大岡越前の設定に変わっているが面白い。

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2020年1月10日 (金)

ダニエル・バレンボイム 42

ダニエル・バレンボイムの指揮によるパリ管弦楽団で
ワーグナーの楽劇「ワルキューレ」~ワルキューレの騎行、
楽劇「ジークフリート」~森のささやき、
楽劇「神々の黄昏」~ジークフリートのラインへの旅、
ジークフリートの葬送行進曲、終曲、
歌劇「さまよえるオランダ人」序曲、
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲、
ラ・クルティユからの帰り道
1982年5月、1983年1月にパリのサル・プレイエルで収録。
バレンボイムは1980年代のパリ管弦楽団の時代にLPで
2枚分のワーグナーの作品集を出していたそうなのだが、
以前からCDにもなっていたのだけど、序曲、前奏曲が
中心であったのが、「ニーベルングの指環」で再構成され、
この演奏はたいへんに素晴らしいので、聞いてみている。
パリ管弦楽団の色彩豊かで明るい音色も独特なのだが、
演奏会形式のスタイルだと思うけど、バレンボイムは、
実に緻密に細やかな表情を描き出して、劇場とは違う、
凝縮された音響空間と指環の世界観を創造している。

DG 00289 483 5494

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2020年1月 9日 (木)

コヴェントガーデン王立歌劇場

アレクサンダー・ギブソン指揮コヴェントガーデン王立歌劇場で
プッチーニの歌劇「トスカ」から第2幕と第3幕を聞いている。
1957年7月1日にコヴェントガーデン王立歌劇場で収録。
カヴァラドッシは捕えられ、第2幕になると悲劇的な響きとなり、
歌劇の絶望的な展開というのは、人を惹きつけ、感動させる。
敵役が重要でスカルピアだが、第2幕での極悪ぶりは強烈。
ふてぶてしく、ジャンジャコモ・グエルフィが圧倒的存在感だ。
そして何よりカヴァラドッシのフランコ・コレッリで、この役を
得意にしていたそうで、異常な熱気とともに大興奮となる。
第3幕の「星は光りぬ」など、歌い終わりで拍手が起こり、
オーケストラの演奏がかき消されてしまうという盛り上がり。
この音源がCD化されている価値というのが、聞いてみると
よく理由がわかる気がする。まさに歴史的な公演の記録だ。
空砲による見せかけの処刑と思われたのが、本物であり、
逃亡の企ての歓喜から一気に突き落とされるトスカであり、
そういうところでのプッチーニの表現はあまりに鮮やかだ。

OPUS ARTE OA CD9024D

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2020年1月 8日 (水)

コヴェントガーデン王立歌劇場

アレクサンダー・ギブソン指揮コヴェントガーデン王立歌劇場で
プッチーニの歌劇「トスカ」から第1幕を聞いている。
1957年7月1日にコヴェントガーデン王立歌劇場で収録。
ルドルフ・ケンペの「蝶々夫人」から二か月後の公演である。
たまたま録音のせいかもしれないが、ケンペの指揮に比べ、
かなり骨太にたっぷり鳴っている気がする。力強い印象か。
アレクサンダー・ギブソンが31歳のときの録音だが、実は
あまり聞いたことがなかったけれど、スコットランドの出身で、
オペラの世界では有名か。この音源もBBCで聞きやすい。
第1幕で有名なのは、「妙なる調和」だが、カヴァラドッシは
フランコ・コレッリが歌っている。トスカは、ジンカ・ミラノフ。

OPUS ARTE OA CD9024D

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2020年1月 7日 (火)

コヴェントガーデン王立歌劇場

ルドルフ・ケンペ指揮コヴェントガーデン王立歌劇場で
プッチーニの歌劇「蝶々夫人」から第2幕を聞いている。
1957年5月2日にコヴェントガーデン王立歌劇場で収録。
歌劇場の1960年頃の感覚は、以後の例えば、カラヤンや
1980年代のさらに遅いテンポによるシノーポリの演奏など、
それらとは全く違って、ケンペはかなり速く、流れるように
音楽を進めていく。先へ先へと展開される舞台の進行は
緊張感があり、聞きやすい。第2幕は有名アリアも多いが、
そうした場面での聴衆の反応も音からよく伝わってきて、
モノラル録音ながら感動を共有できるのは素晴らしい。
ルドルフ・ケンペが46歳のときの録音だが、この時期の
歌劇での活躍には、やはり勢いがあって、本当にすごい。
第2幕の前半で、ピンカートンが戻ってくることを信じて、
その希望が反映された音楽から、すべてを受け入れて、
子供を渡し、自刃する蝶々さんの最後の場面での悲劇で
絶望感の漂う終曲へと力強く突き進んでいく音楽であり、
プッチーニの感動的な作品だ。歌劇場の重要なポストを
歴任したケンペだが、プッチーニは、他にはないらしい。

OPUS ARTE OA CD9024D

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2020年1月 6日 (月)

コヴェントガーデン王立歌劇場

ルドルフ・ケンペ指揮コヴェントガーデン王立歌劇場で
プッチーニの歌劇「蝶々夫人」から第1幕を聞いている。
1957年5月2日にコヴェントガーデン王立歌劇場で収録。
年末にルドルフ・ケンペで「ニーベルングの指環」を聞いて、
その続きで、少し前の「蝶々夫人」を聞きたかったのだが、
年を越してしまった。ということで新年からプッチーニである。
かなりきびきびと流れるように音楽は進んでいくのだが、
たっぷりと聞かせるところ、そうした場面では、ケンペは、
じっくりと音楽を歌い上げ、実にメリハリが効いている。
それが自然な流れの中で実現されているので、そこは
興に乗って、ライブ録音の素晴らしさだと実に楽しい。
もちろんモノラル録音だが、BBCの音源で聞きやすい。

OPUS ARTE OA CD9024D

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2020年1月 5日 (日)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「凧上げはなぜタコなのか?」
古くは、いか、紙鳶(いかのぼり)といわれていた。
平安時代に中国から伝わり、病が広がらないように
厄払いの道具であった。江戸時代には紙鳶と呼ばれ、
大流行したため、上空で接触して、喧嘩になったり、
落下した紙鳶が人に当たり、怪我人や死人も出て、
大問題になった。火の付いた紙鳶が江戸城に落下し、
ついに紙鳶は禁止された。庶民は、イカではなく、
タコだとへりくつをいい、明暦二年には、たこもまた
禁止令が出されたが、江戸っ子は無視し続けた。


「シルエットはなぜシルエット?」
輪郭線の中を黒く塗りつぶした影絵のことである。
国王ルイ15世の時代、フランスは財政難に陥り、
シルエットという切れ者が財務大臣に就任したが、
貴族からも税金を取ろうとし、空気税を設けたが、
大反対された。貴族は高価な肖像画を描かせたが、
黒く塗りつぶした絵にさせた。シルエットは大臣を
解雇され、その後ろ姿が似ていたことで、黒一色で
描かれた影絵のことをシルエットと呼ぶようになった。


「なぜカップルはイルミネーションを見に行くか?」
暗いところでは、光の量を調整する目の瞳孔が開き、
大きな瞳孔を見ると自分のことが好きだと勘違いする。
人の目は、好きなものを見ていると瞳孔が開いてきて、
脳内でアドレナリンが出て、ドキドキと興奮してくる。
また美しい風景に感動するとセロトニンが分泌され、
隣にいる人のことをホッコリすると感じるようになる。
さらにはオキシトニンが分泌され、愛情が深まる。


「お年玉の玉ってなに?」
年神様がくださる魂のこと。年神様を迎えるために
大掃除や目印となる門松を準備する。おせち料理は
年神様のもてなしで、鏡に神様が宿り、それが鏡餅。
その年を生きるための餅をお年玉として配った。
戦後、高度経済成長期には農家が減少し、社会は
変化して、お年玉もお餅からお金へと変化した。


ジャガイモとはジャガタラ芋の省略。
ジャガタラとはジャカルタのこと。


「なぜ人だけが料理をするのか?」
200万年前に人は火と出会った。焼くことで甘味を獲得し、
焼くときに出る香りの虜となって、口の中に残る風味を
感じられるのは人だけである。骨格が変化して、顔は
平らになり、二足歩行をはじめ、喉の構造が変わって、
風味をより敏感に感じられるメカニズムができあがった。


「中国地方の中国とはなに?」
中間の国という意味。奈良時代、畿内に近い国を近国、
遠い国を遠国(おんごく)といい、その中間を中国とした。
かつては、畿内から見て、東の国も中国と呼んでいた。

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2020年1月 4日 (土)

東京の風景から 106~大森

正月で大森の神社にお参り。

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駅前にある大田区山王2丁目の天祖神社。

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大田区山王1丁目にある日枝神社。

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大森駅の近くにある飲み屋街だが、
ここは「路線バスの旅」で徳光さんが、
行ったところではないかと思うのだけど。

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2020年1月 3日 (金)

ヘルベルト・ブロムシュテット 15

ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団で
ベートーヴェンの交響曲 第1番 ハ長調 作品21
交響曲 第3番 変ホ長調 作品55「英雄」
1990年5月にデイヴィス・シンフォニーホールで収録。
2020年はベートーヴェンの生誕250年が話題だが、
今年の最初はブロムシュテットで交響曲を聞いている。
サンフランシスコ時代にこの一枚だけが制作されて、
なぜ続編が出なかったのだろうって思ってしまうが、
アメリカのオーケストラのスカッと明るく清々しい響き。
端正に快調な仕上がりだが、かなり滑らかである。
ブロムシュテットは長くドイツのイメージがあるが、
音楽に対する姿勢は変わらなくても、この時期には、
サンフランシスコ交響楽団によって、独特の音色を
獲得していたと30年後に振り返るとそう感じられる。

DECCA 478 6787

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今日の月は…月齢7.9

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正月三日も快晴で、16時51分の日没直後に
南の空に見えた月齢7.9の今日は上弦の月。
暗くなりはじめていたので、きれいに見えた。

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2020年1月 2日 (木)

今日の月は…月齢6.9

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15時52分、南の空に見えた月齢6.9の月。
ちょっと時間が早かったのでハッキリしないが。
この先の暦を調べると明日が上弦(月齢7.9)、
1月11日の土曜日が満月(月齢15.9)である。

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横浜の風景から 555~正月二日

つい駅伝の箱根への到着まで見てしまって、
時間も遅くなってしまったが、午後は晴れて、
近所ではあるけれど、正月二日の風景。


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瀬谷区阿久和南1丁目のお墓山にて。

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大久保原方面で阿久和川の橋から見たお墓山。

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少し歩いて、泉区和泉町の和泉上橋にて。

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2020年1月 1日 (水)

横浜の風景から 554~元日

あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします。

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地元の善部神明社に初詣。

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新幹線を越えて、史跡のねこ塚へ。

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気持ちのいい快晴で富士山が見えた。
瀬谷区阿久和南1丁目より。


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瀬谷区阿久和南1丁目のお墓山。
毎年、恒例の正月の風景だ。

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