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2020年3月31日 (火)

ペーター・シュナイダー 2

ペーター・シュナイダー指揮ベルリン・ドイツ・オペラで
クラウス・フロリアン・フォークトの歌うドイツ・オペラ。
ウェーバーの歌劇「魔弾の射手」~森を過ぎ野を越えて
ワーグナーの楽劇「ワルキューレ」~冬の嵐は過ぎ去り
歌劇「ローエングリン」~第3幕前奏曲、遥かな国に
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
~第3幕前奏曲、朝はバラ色に輝き
モーツァルトの歌劇「魔笛」K.620~なんと美しい絵姿
ロルツィングの歌劇「ロシア皇帝と船大工」
~さらば、フランドルの娘よ
ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲、
私はまたもや浮き浮きする、希望や喜びのせいで
フロトーの歌劇「マルタ」~ああ、かくも汚れなき
コルンゴルトの歌劇「死の都」~私に残された幸せ
2011年7月6-8日にベルイン・ドイツ・オペラで収録。
ペーター・シュナイダーの明るく、自然体な音作りは
歌劇における至福の時間で、ファンにはたまらない。
そしてクラウス・フロリアン・フォークトの歌声も最高。
ワーグナーとウェーバーを中心に名曲が続くけれど、
歌劇の名場面って、そこしか聞けない苦しみによって
非常にストレスで、しかしなぜかここではそれがない。
というぐらいに素晴らしいのである。たとえ一部でも
ペーター・シュナイダーにはその全体が見えている。

SONY 88697988642

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2020年3月30日 (月)

3月30日の感想

朝ドラの「スカーレット」は神山清子さんという
信楽の女性陶芸家がモデルであったそうだけど、
今日からはじまった今シーズンの「エール」は、
作曲家の古関裕而の物語である。これは期待。
東京オリンピックの開会式の場面からはじまる。
オリンピック・マーチの演奏で極度の緊張状態。
大河の「いだてん」が復活したみたいな映像で
オリンピックが予定通りなら盛り上がるところ、
拍子抜けになってしまったのは何とも残念だ。


志村けんが亡くなってしまったのはショック。
子供の頃のドリフからずっと見ていた人なので。
命を懸けて、新型コロナの感染の恐ろしさを
我々に伝えてくれたように思う。危機感を強め、
日本中で適切な行動をしなくてはならない。


延期のオリンピック開幕が7月23日に決定で
間の悪いタイミングの発表だ。こんなときに
盛り上がれるかって思うけど、先に向かって、
明るい展望がないとやっていられないという、
良いニュースと悪いニュースの一日であった。
どちらを大きく受け止めるかは、重要な判断。

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2020年3月29日 (日)

ミシェル・プラッソン 3

ミシェル・プラッソンの指揮でフォーレの作品を聞く。
レクイエム 作品48、ラシーヌ讃歌 作品11
バーバラ・ヘンドリックス、ヨセ・ファン・ダムの独唱、
トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団の演奏で
1984年7月にトゥールーズ・グラン・ホールで収録。
いかにもフォーレのレクイエムにふさわしい音色で
柔らかく穏やかな響きに包まれ癒しの時間である。
音作りのバランスでオルガンやハープの音色が
豊かに聞こえて、つまりオーケストラの編成は、
小さめな印象なのと教会にいる空気感を出して、
やはりさすがに名盤だ。ヨセ・ファン・ダムがいい。

ERATO 0190295633578

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2020年3月28日 (土)

アンドレ・クリュイタンス 3

アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団で
ラヴェルのダフニスとクロエ(全曲)を聞いている。
1962年6月1,4-8日にパリのサル・ワグラムで収録。
色彩豊かに濃密に歌い込まれており、そこが感動的で
一方で同時に古きよき時代を少々感じる部分ではある。
泥臭い感がして、想いの詰まった表情が伝わってきて、
比べて現代の演奏は、洗練された感覚が追及されて、
シャープな仕上がりに移行していることを再認識する。
そちらの冷徹な響きは、コンサート・スタイルであって、
この熱気というのは、改めてバレエの表現と密接に
結びついていることを思うのである。舞踊の息遣いが
音楽に反映されて、そこに惹かれるのかもしれない。

ERATO 0190295651473

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チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「春一番ってなに?」
南寄りの風速8m/s以上の強い風である。
長崎県壱岐島が春一番の発祥の地であり、
安政6年、南からの突風で海難事故が起こり、
それ以来、死を招く風として恐れられてきた。


「魚の絵はなぜ左向きに描く?」
仮説はいくつか立てられるが、謎である。
利き手が影響しており、右利きは左から右へ
線を引くのが描きやすく、魚の頭を左にする。
また人の脳は、左から右へ動くものを好み、
左側にあるものを好んで、魚の頭を左に置く。
魚屋でも頭を左に並べ、それが日本の文化。


大阪府泉大津市は国産毛布の90%以上を生産。
明治時代に外国人が持ち込んだ赤ゲットを真似て、
羊毛の代わりに特産の綿で作ったところ、軽くて
暖かい毛布は喜ばれ、現在まで生産されている。


「サンドウィッチはなぜ三角か?」
明治時代にサンドウィッチは日本に伝わった。
当初は四角いままであったが、昭和25年、
台東区のパン屋に勤めていた大林茂さんが、
サンドウィッチだけが売れ残っている状況に
何が入っているかわからないという客の声を聞き、
その年のクリスマス、12月25日、ケーキを切って、
イチゴが入っていなかったことで、切ってみるまで
中身が見えないことに気付いて、四角いパンを
斜めに切ることを思いついた。1961年には、
自分の店を開き、東京オリンピックをきっかけに
三角に切るサンドウィッチは世界に広まった。

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2020年3月27日 (金)

キース・ジャレット 39

1985年のキース・ジャレットを聞いている。
ECMのStandards Liveでパリでの録音。
Stella by Starlight (Ned Washington, Victor Young)
The Wrong Blues (Alec Wilder, William Engvick)
Falling in Love with Love (Richard Rodgers, Lorenz Hart)
Too Young to Go Steady (Harold Adamson, Jimmy McHugh)
The Way You Look Tonight (Dorothy Fields, Jerome Kern)
The Old Country (Curtis Lewis, Nat Adderley)
1985年7月2日にパリのパレ・デ・コングレで収録。
ゲイリー・ピーコックとジャック・ディジョネットとのトリオで
この有名なトリオの世界各地でのライブ盤が存在する中、
その最初となったのがこの演奏である。全体としては、
それほど特別なものは感じられず、上質な普通というか、
その後の名盤がたくさんあるので、原点ということだけど、
ソロとしては、やはり三様に圧倒的に輝くものがあって、
コンサートの後半、ジャック・ディジョネットがすさまじい。
三人が絶妙に協調しつつ、そこでとんでもない個人技が
噴出する様子にライブならではの興奮と感動が存在する。

CDR969

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2020年3月26日 (木)

マルク・アンドレ・アムラン 22

マルク・アンドレ・アムランでアルカンの作品を聞く。
グランド・ソナタ「四つの時代」 作品33、
ソナチネ 作品61、舟歌 作品65-6、
イソップの饗宴 作品39-12(短調による練習曲)
1994年11月にロンドンのオール・セインツ教会。
アムランによるアルカンの作品を聞いているけれど、
アルカンは極端な超絶技巧と過度に華麗な芸風で
それはほとんど曲芸のようなイメージもあったので、
どうもそれほど好きではないと思ってきたのだが、
やはりアムランの深い理解と研き抜かれた表現で
すっかりはまり、アルカンの音楽に興味が湧いて、
この180度転換の変化には自分でも驚いている。
グランド・ソナタ「四つの時代」では、4つの楽章を
人の一生に例え、若々しく活発な20代の頃から
少々狂気の30代、落ち着きの出てくる40代、
老いの迫る50代と面白さもあるし、感動的だ。
「イソップの饗宴」は短調による12の練習曲から
最後の第12番で、アムランが驚異的鮮やかさで
華麗な表現なのだが、少しも派手なところはなく、
この完璧なコントロールと明瞭なバランス感覚が
他では聞けないアムランの最大の特長である。
アルカンの音楽は壮大であり、ショパンとリスト、
そしてベルリオーズの迫力が一つになったような、
聞けば聞くほどに面白く、遅ればせながら熱狂。

hyperion CDA66794

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2020年3月25日 (水)

スヴャトスラフ・リヒテル 14

リヒテルでベートーヴェンのピアノ・ソナタを聞く。
ピアノ・ソナタ 第19番 ト短調 作品49-1
ピアノ・ソナタ 第20番 ト長調 作品49-2
ピアノ・ソナタ 第22番 ヘ長調 作品54
ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57「熱情」
1992年11月にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
リヒテルの最晩年の演奏会ライブのシリーズから
昨日に続いて、ベートーヴェンのピアノ・ソナタを聞く。
発売当時の最初に聞いたときにも感じたことなのだが、
ますます巨匠的な雄大さの一方で、どうもリヒテルが
冴えがなくなっている気もする。コンセルトヘボウで、
会場の大きさにもよって、ピアノの鳴らし方も変わり、
演奏スタイルも変化するのかもしれないが、何か違う。
晩年のリヒテルであり、「熱情」も昔の演奏とは違って、
テンポが遅くなってもいいし、抑制の表現に移行して、
激しさだけでない静けさの音楽でもいいと思うのだが、
そこにリヒテルならではの存在感が出るはずであり、
しかしどうもここでは、特別なものが感じられない。
この演奏については、今回もまた結論は出なかった。
でも「熱情」の第2楽章以降では、集中力も深まり、
リヒテルも乗ってきたという感はある。昔のとは違う、
削ぎ落としていく表現でのそこに表れる凄みである。

PHILIPS PHCP-5153

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2020年3月24日 (火)

スヴャトスラフ・リヒテル 13

リヒテルでベートーヴェンのピアノ・ソナタを聞く。
ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 作品109
ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 作品111
1991年10月にルートヴィヒスブルク・オルデンスザール。
リヒテルの最晩年のライブ録音のシリーズで、演奏から
しばらくして発売になっていると思うのだが、それ以来、
ときどき出しては聞いているのだけど、時間が経過して、
聞けば聞くほどにその深さに感動するし、味わいがある。
リヒテルの巨大な響きは完全に消えて、シンプルであり、
極めて平坦な中で音楽の核心だけをひたすら追求する。
今年はベートーヴェンの記念の年で、それに釣られて、
いろいろと聞き直してみたくなるものも出てくるのだが、
聞いていればこそ、リヒテルの存在は偉大なものとなる。
ライブ録音のミスタッチはあるが、衰えは感じられない。

PHILIPS PHCP-5119

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2020年3月23日 (月)

横浜の風景から 557~弘明寺

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南区弘明寺町の弘明寺観音で
弘明寺にはじめて行ってみた。


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弘明寺の商店街を抜けて、
大岡川の観音橋付近の桜。


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大岡川を吉野町の方面へ下って行き、
川沿いの桜を楽しみながら歩く。
桜はまだ早かった。三分咲き程度か。


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南区吉野町の山王橋付近の桜で
咲いている木を探して歩く感じで
蒔田公園の桜もまだまだであった。
古いソメイヨシノがジンダイアケボノに
植え替えられてしまって、それも残念。

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2020年3月22日 (日)

ギャリック・オールソン 11

ギャリック・オールソンによるブラームスの作品で
7つの幻想曲 作品116、3つの間奏曲 作品117、
6つの小品 作品118、スケルツォ 作品4
2017年11月12-14日にワイアストン・エステイトで収録。
ブラームスの変奏曲集の続編で後期の傑作が聞ける。
ギャリック・オールソンの心のこもった表現が魅力だが、
美しい表情付けと一方にある重厚な音楽も心に響いて、
いつもながら感動的だ。技巧的なところでリストのような、
そういうところでもギャリック・オールソンは余裕綽々で
困難な印象を与えず、何でも角を作らず聞かせるのは
特技というか、特長だなと思うのである。とはいっても
沈黙や瞑想でもなく、とにかくすべてに親しみを感じる。
ブラームスを聞くと思うけど、シューマンの録音がなく、
ショパンなどは、かつて全曲録音を完成させているのに
そういえば、この穏やかさと丸みのある音色というのは、
やはりリストの方向ではなく、シューマンなのであろう。
ギャリック・オールソンにシューマンを録音してほしい。

hyperion CDA68226

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2020年3月21日 (土)

ヴァレリー・アファナシエフ 23

ヴァレリー・アファナシエフの2007年の東京公演から
シューマンを特集したコンサートのライブ録音で
子供の情景 作品15、交響的練習曲 作品13
2007年12月7日に東京オペラシティ・コンサートホール。
ライブ収録なので、録音の特徴なのかもしれないが、
しっかりとした響きでくっきりと聞かせる表現なので、
子供の情景などは、もう少し柔らかさが欲しいとも
思ってしまうのだが、つまりはこの感触というのは、
交響的練習曲では、実に深みのある音色となって、
すべてはここでの音楽の流れで、アファナシエフの
物語が創作されているのである。ということで後半に
それに気付かされる感動は大きい。交響的練習曲は
もちろん独特なテンポ感による全く個性的な音楽が
創造されているので、遺作変奏の配置は興味深い。
しかしアファナシエフは、決して音楽を崩さないし、
形式や構造はむしろ深く追求されるところもあって、
その点では、自由な想像力を求めるのであれば、
やはりポゴレリチ、そしてツィモン・バルトであろう。
アファナシエフは硬派であり、強く意志を貫く人だ。

WAKA-4133

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2020年3月20日 (金)

エミール・ギレリス 12

エミール・ギレリスによるベートーヴェンで
エロイカの主題による変奏曲とフーガ 作品35
ピアノ・ソナタ 第7番 ニ長調 作品10-3
1980年9月12-15日にベルリンのイエス・キリスト教会。
昨日の「悲愴」「月光」と同じときの録音である。
音楽がスッキリと聞こえて、なんて明瞭な演奏か。
これらのCDを手に入れたのは、30年前になるが、
当時からギレリスのベートーヴェン演奏は最高だと
私はずっと信じてきているけれど、改めて聞いても、
本当にギレリスは偉大な存在だ。決して揺るがない。
このとき、レコード2枚分の5曲が録音されているが、
当時はソ連の時代であり、いくらギレリスといっても
海外を自由に行き来することはできなかったであろうと
ベルリンに来ては、まとめて録音していたということだ。
ついに実現しなかったこのピアノ・ソナタ全集であるが、
残された5曲(作品2-1, 14-1, 54, 78, 111)についても、
ギレリスがもう一年生きていてくれたなら、もしかしたら
完成したのかも。そう思うとファンは残念で仕方ない。

DG 423 136-2

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2020年3月19日 (木)

エミール・ギレリス 11

エミール・ギレリスによるベートーヴェンで
ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13「悲愴」
ピアノ・ソナタ 第13番 変ホ長調 作品27-1
ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27-2「月光」
1980年9月9,17日にベルリンのイエス・キリスト教会。
ギレリスが残したベートーヴェンのピアノ・ソナタで
1970年代のアナログ時代の録音を聞き直したが、
ここからは1980年代に入り、デジタル録音による
ギレリスの晩年の演奏を聞いていきたいと思う。
独特の硬質な響きはますます冴えて、精緻に
音楽の構造を鮮やかに聞かせて、感動的だ。
この演奏は昔から大好きである。最初のうちは
ドライな印象もあるのだが、魅力に気付いたなら
このシャープな感覚は、聞くほどに快感となる。
技巧と精神が一体となり、まさに充実の極みだ。

DG 400 036-2

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2020年3月18日 (水)

キース・ジャレット 38

1985年のキース・ジャレットを聞いている。
ECMのSpiritsから後半のSpirits 13-26
1985年5-7月にケイヴライト・スタジオで収録。
パキスタン・フルートやタブラ、南米のシェイカー、
様々な種類のリコーダー、アフリカのカウベル、
ペルシアやトルコの撥弦楽器でサズ、その他、
サックス、ピアノ、ギター、グロッケンシュピール、
これらの楽器を一人で演奏、多重録音している。
だと思って聞き出すのだが、その多様性により、
どう考えても何人もメンバーがいるとしか思えず、
でもやはり一人で多重録音だとは書いてある。
不思議な完成度であり、私はこれも好きだけど、
そのあまりの異色作は、熱心なファンの間でも
意見は分かれて、駄作だという人もいるらしい。
しかしこのアラブ的な世界観や東洋の神秘性は
1970年代のジャズ・カルテットの音楽の中でも
その方向性は示されていたし、違和感はない。
民族音楽の曲調は、祭りの情景から宗教へと
広がりを見せていく。その深まりは感動的だ。

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2020年3月17日 (火)

キース・ジャレット 37

1985年のキース・ジャレットを聞いている。
ECMのSpiritsから前半のSpirits 1-12
1985年5-7月にケイヴライト・スタジオで収録。
パキスタン・フルートやタブラ、南米のシェイカー、
様々な種類のリコーダー、アフリカのカウベル、
ペルシアやトルコの撥弦楽器でサズ、その他、
サックス、ピアノ、ギター、グロッケンシュピール、
民族音楽でアラブ世界を旅しているような印象。
色のある美しい風景が広がって、ヒーリングだ。
日没から夜の世界のような空気感が漂うけれど、
とにかく多様な広がりで、ときに祭りがはじまり、
日本の民謡や田舎の祭囃子にも聞こえてくる。

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2020年3月16日 (月)

3月16日の感想

昨日はポリーニの最新のベートーヴェンを聞いたので、
なんとなく気になって、今年の予定を調べてみたところ、
2月下旬から現在、新型コロナの影響で演奏会が軒並み
中止になっているらしい。ドイツも国境は封鎖されたし、
それ以前にイタリア人なので、渡航不能の状況かも。
公演自粛の動きは、ヨーロッパの各地でも進んでおり、
日本だけではないし、この混乱は改めて世界のもの。
この数日、フランスも感染者数が急増しているようで、
日本はまだ平和で落ち着きのある状況かもしれない。

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2020年3月15日 (日)

マウリツィオ・ポリーニ 10

マウリツィオ・ポリーニでベートーヴェンの最新盤。
ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 作品109
ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 作品111
2019年6月24-26日にミュンヘンのヘルクレスザール。
ポリーニがこの最後の3つのピアノ・ソナタをついに
再録音してくれた。私としては、1990年代に再録音を
強く望んでいたので、それから25年ぐらいが経って、
やっと念願がかなった感じである。演奏スタイルは
その間にかなり変わってしまった印象もあるので、
1990年代の録音も聞けるようになって欲しいのが、
継続して私の希望だ。昨年6月の現在のポリーニは
基本的にすべてにおいてテンポが速く、流れるようで
その中でも変奏曲やフーガにおいて、極端な高速と
対比としてのテンポを落とすところで、このメリハリは、
昔ながらのポリーニらしさが感じられる。細かには、
この十数年で極度にスピード感を追及するようになり、
しかし一方で音楽の作りは変わっていないようにも
思われた。ベートーヴェンの記念の年の企画であり、
この続きで「ハンマークラヴィーア」も録音してほしい。

DG 00289 483 8250

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2020年3月14日 (土)

エマーソン弦楽四重奏団 17

エマーソン弦楽四重奏団のベートーヴェンを聞く。
弦楽四重奏曲 第15番 イ短調 作品132
1994年4月にアメリカ芸術・文学アカデミーで収録。
エマーソン弦楽四重奏団によるベートーヴェンの
弦楽四重奏曲全集を収録された順に聞いている。
ヴィブラートを抑え、精妙に響きをコントロールして、
音の感触がリアルであり、研ぎ澄まされた感覚に
痺れてしまう。この鋭さは、まさに極致の演奏だ。
それ以前の重く深みに満ちたベートーヴェンとは
全く違って、対極にあるようだけど、これは偉大。
この録音もすでに26年前ということになるけれど、
21世紀的な新しさに満ちて、いまも最先端である。

DG 477 8649

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チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「リチウムイオン電池ってなに?」
電子が多い方から少ない方へ流れるのが電池。
リチウムイオン電池の場合には、電子と同時に
リチウムイオンも反対の電極に移動し、充電で
電子とリチウムイオンは元の電極に戻ることで、
繰り返し使用することができる。リチウム(Li)は
電子を離しやすく強力で、電池の軽量化を実現。


「なぜ卒業式で呼びかけをするのか?」
楽しかった林間学校、(全員)林間学校!という、
卒業式での呼びかけは、群馬県の島小学校で
昭和30年、斎藤喜博校長によりはじめられた。
昭和27年、島小学校の校長に就任したが、
当時の学校は活気がなく、学校改革を進め、
卒業式を感動が得られるイベントにしたいと
校長自らが台本を書き、現在の形を作った。


兵庫県小野市はそろばんの全国70%を生産。

「柿の種はなぜあの形か?」
新潟県長岡市の米菓会社で今井與三郎社長と
さき夫人によって作られた。長岡せんべいを焼き、
夫人が誤って、小判型あられの抜き型を踏んで、
半月型になってしまい、その形で売ったところ、
大正時代のハイカラ人に喜ばれ、大河津柿の
種の形に似ていることで柿の種と名付けられた。

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2020年3月13日 (金)

第302回 柳家小満んの会

13日の小満んの会で、夕方から日本橋へ。
相鉄でたまたまJR直通の新宿行が来たので、
武蔵小杉まで乗って、横須賀線に乗り換え。
開業から三か月半、やっと乗ることができた。
日本橋への行き方にこういう方法もあるか。


柳家市松:道灌
柳家小満ん:ふぐ鍋
柳家小満ん:越の海
柳家小満ん:首提灯


小満ん師匠の「ふぐ鍋」は聞いていないと思ったら、
はじまってすぐにマクラで、これは聞いているなと
昨年正月の横浜の会で演じられていた。思い出した。
一八と旦那の関係で幇間のよいしょ風景というのは、
小満ん師匠はいつもながらの絶品でぴったりである。
そしてマクラでのふぐに関する研究発表が面白くて、
誰でも知っているふぐの恐ろしさだけど、この話題が
噺を膨らませ、鍋を恐々と食べる伏線となっている。
事前に調べないようにしたけれど、会の案内ハガキで
相撲の話題であったので、越の海とは四股名かなと
思ってはいたが、講談で「越の海の出世相撲」という、
名前は越の海勇蔵だそうである。噺の印象としては
まさしく落語であり、その一方で講釈師が語ったなら、
いかにも講談であろう。柏戸が師匠で谷風に雷電と
江戸相撲の歴史講釈の感じではなく、面白かった。
「首提灯」は間違いなく、師匠で聞くのははじめてだ。
江戸幕末の試し斬りや落語の「館林」に「胴切り」と
いろいろな小噺を前半に「首提灯」は思ったよりも
短い噺のようだ。久しぶりに聞いたけれど、この侍は
試し斬りの類いではなく、江戸勤番になったばかりで
麻布への帰り道がわからなくなった。迷子の田舎侍。
斬られる男は、博打で稼いだ酔っぱらいで、品川への
遊び客である。というので、現場は芝山内の愛宕下、
鈴ヶ森ではないけれど、試し斬りや盗賊が出るらしい。
笑えたのは、「オイオイ」と呼び止められたので、以後、
侍のことを「叔父さん」と呼ぶ。尋ね方が悪かったので、
江戸っ子は説教をはじめ、挙げ句の果てに喧嘩になり、
唾を吐きかけて、この狼藉者!となる。「棒鱈」と同じで
田舎侍を嫌う江戸っ子の恐いもの知らずの振舞いだ。
そこで思い当たるのが、今回の三席で共通となるのは
「恐いもの知らず」ということであろうか。ふぐを食べる
恐いもの知らずの「ふぐ鍋」にはじまって、越の海は
知らぬがゆえに横綱の谷風、大関の雷電に挑戦して、
そして人斬り侍に平気で挑んでいく江戸っ子である。
まあ、今回も偶然であろう。共通項は見つかるもの。
ということで、次回は5月13日の水曜日で第303回、
「片棒」「五段目」「天災」の三席である。楽しみだ。
マスクのいらない平和な世界に戻っていてほしい。

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2020年3月12日 (木)

ミヒャエル・ギーレン 49

ミヒャエル・ギーレン・エディション(第8集)から
南西ドイツ放送交響楽団の演奏により
ウェーベルンの「夏風の中で」(1904)
1998年9月3日にフライブルク・コンツェルトハウス、
管弦楽のためのパッサカリア 作品1
1992年11月12‐14日にハンス・ロスバウト・スタジオ、
シューベルトの「ロザムンデ」と6つの管弦楽曲 作品6
1987年9月3,4日にハンス・ロスバウト・スタジオ、
9つの楽器のための協奏曲 作品24
1996年12月22日にフライブルク・コンツェルトハウス。
1990年代の前衛音楽の最先端にいたギーレンだが、
「夏風の中で」では後期ロマン派の世界を濃密に描き、
パッサカリアでは個性的な響かせ方はドライではなく、
意外に歌わせている仕上がりはとにかく感動的で、
そして1987年のロザムンデの音楽とウェーベルンを
交互に連続して演奏するのは、この録音は以前に
マーラーの交響曲と一緒に収録されていたのだが、
アイデアとしても鑑賞としても素晴らしいのである。
同じくシューベルトと一体のベリオのレンダリングに
近い印象がある。ギーレンの解釈で聞いていると
ウェーベルンの音楽がごく身近な存在に感じられる。

SWR>>music CD-No.SWR19063CD

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2020年3月11日 (水)

アンドレ・クリュイタンス 2

アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団で
ラヴェルの優雅で感傷的なワルツ、マ・メール・ロワ
1962年4月19,20,25日にパリのサル・ワグラムで収録。
マ・メール・ロワは、クリュイタンスが最高の出来栄えと
非常に満足していたそうで、豊かな表情で色合いもよく、
楽しい演奏である。フランス特有の滑らかな感触があり、
まさに極上の音色が奏でられている印象があるけれど、
クリュイタンスのこだわりはそのあたりにあるのだろう。
優雅に穏やかな曲調だが、ときに登場してくる野獣で
グロテスクな要因は際立って、音の深みも素晴らしい。
なぜかここでは、時代的な古さは感じなくなり、新鮮。

ERATO 0190295651473

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横浜の風景から 556

瀬谷区阿久和南1丁目より
日没の富士山。右側はお墓山。


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この時期、ダイヤモンド富士なのだけど、
3月上旬は春になりかけて、雨が多くなり、
花粉や黄砂も飛ぶし、天候が揃わないのと
やっと晴れても今年はちょっと遅かった。

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2020年3月10日 (火)

ヴァレリー・アファナシエフ 22

ヴァレリー・アファナシエフのシューマンで
クライスレリアーナ 作品16、森の情景 作品82
1992年3月にライデンのスタッツヘホールザール。
シューベルトに続いて、シューマンの作品を聞く。
この演奏は当時から大好きで、繰り返し聞いたが、
緩急や強弱、音楽に存在しているあらゆる対比を
極端に増幅させた表現であり、変化の激しさには、
驚かされる。クライスレリアーナは大好きな作品で
いろいろな演奏を聞いてきたが、アファナシエフは
天才的であり、ここまで深く、衝撃をもって、内面を
抉り出した演奏は聞いたことがない。狂気である。
とにかく音の存在感がまるで違って、自然な表現の
対極にあるのは、不自然な音楽ということになるが、
その説得力は格別で、シューマンの暗黒面を堪能。

DENON CO-75714

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2020年3月 9日 (月)

キース・ジャレット 36

1983年のキース・ジャレットを聞いている。
ECMのChangesでニューヨークでの録音。
Flying Part 1, Flying Part 2, Prism
1983年1月にニューヨークのパワー・ステーションで収録。
ゲイリー・ピーコックとジャック・ディジョネットとのトリオ。
ニューヨークでこのとき、3枚分が制作されて、ここでは
キース・ジャレットの曲であり、これまでの延長にあって、
それがこのトリオにより、どうなるのかでChangesである。
LPのA面とB面に分かれて、第1部と第2部なのだが、
Flyingは合計で31分になり、これぞキース・ジャレットで
感動的である。今回の3枚のうちでも私は一番好きだ。
そういえば、洗練と透明感だけでなく、混沌が復活して、
熱いものが感じられ、これは音楽が熱いのか?むしろ
聞く人の心を熱くするのであり、印象はダークである。

ECM2032 173 7344

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2020年3月 8日 (日)

3月8日の感想

日曜日の夜は「テセウスの船」が楽しみで、
殺人犯の息子として生まれてきた主人公が、
過酷な人生を送るというので、松本清張的な
重く暗い感じがしたものだから、実は初回は
見なかったのである。二回目をたまたま見て、
すっかり面白くなってしまったのだが、最初を
見ていないのは、実に悔いが残る。というので
「テセウスの船」とはどういうことなのか?だが、
ギリシャ神話に基づくようで、テセウスという
英雄の船を保存し、朽ちた箇所を新しい材料と
交換し、すると残ったところも交換したくなって、
それを繰り返していったとき、新しくなった船は、
元の船と同じといえるのか?という疑問が生じ、
このドラマでも事件を阻止しようと過去を変え、
すると事件は違った展開を見せ、未来は変わり、
事態は悪い方向へと向かったりするものだから、
どうすれば正しかったのか、真相は何なのか?
見えているものは疑わしく思え、真実は別にあり、
謎に満ちて、ますます混沌とした状況は面白い。

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2020年3月 7日 (土)

チコちゃんに叱られる

今週のチコちゃんは再放送で、大人になったら
なぜ身長は伸びないのか?バスケットボールの
ゴールにはなぜバックボードが付いているのか?
歳をとるとなぜ涙もろいのか?スマートフォンの
タッチパネルはなぜ指に反応するのか?という
四つの疑問であり、かなり以前の内容ですっかり
忘れてしまった。静電容量方式のタッチパネルは
指が触れると電気が流れ、それによって、接触を
認識しているが、微弱に感電している状態である。

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2020年3月 6日 (金)

3月6日の感想

20200306

昨日は父の命日であったが、用事があったので、
翌日で今日、午前中はお墓参りに行ってきた。
春の日差しで寒くもなく、水も冷たく感じなかった。
車で行ったので、外でもマスクをしなかったし

平日の墓地は人も少なくて、すると平穏である。

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2020年3月 5日 (木)

スティーヴン・オズボーン 10

スティーヴン・オズボーンでシューベルトを聞いている。
4つの即興曲 D.935、3つのピアノ曲 D.946、
ヒュッテンブレンナーの主題による変奏曲 D.576
2014年12月7-9日にワイアストン・エステイトで収録。
かつて聞いたことのないぐらいに明瞭な響きであり、
完璧な造形とバランス感覚により、基本は歯切れよく、
すると親しみやすさや味わいある演奏とはならないが、
細やかな表情は美しく、コントロールが行き届いて、
ここまでスタイリッシュな演奏にはそうは出会えない。
深みのある音色というのとは違うが、立体的な響き、
音楽の構造が実に陰影を生み出して、感動的である。
アンゼルム・ヒュッテンブレンナー(1794-1868)とは、
シューベルトと同時代の作曲家であり、また友人で、
ベートーヴェンの死に立ち会った一人だそうである。
その友人の曲でシューベルトが作曲した変奏曲は、
あまり聞いた記憶がないが、貴重な録音を得た。

hyperion CDA68107

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2020年3月 4日 (水)

イゴール・レヴィット 6

イゴール・レヴィットによるベートーヴェンで
ピアノ・ソナタ 第1番 ヘ短調 作品2-1
2017年11月13-17日にノイマルクトで収録、
ピアノ・ソナタ 第2番 イ長調 作品2-2
ピアノ・ソナタ 第3番 ハ長調 作品2-3
2018年12月13-16日にハノーヴァーで収録。
イゴール・レヴィットでピアノ・ソナタ全集を聞く。
最初に収録された後期のソナタ5曲を先に聞いたが、
残りの作品は、第1番から順番に進めることにして、
今日は作品2の3曲である。奇を衒うことはなくて、
真っすぐにベートーヴェンと向き合っているのであり、
実にスタンダードな解釈だが、音楽そのものによる
深い感動があって、主観的な要素に邪魔されずに
純粋に作品に接することができるのは大切である。
イゴール・レヴィットはそこに徹して、明瞭な表現は、
現代の最先端であり、細部まで丁寧に描ききって、
流れよく、楽しさと喜びを感じつつ聞くことができる。

SONY 19075843182

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2020年3月 3日 (火)

アンドレ・クリュイタンス 1

アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団で
ラヴェルのボレロ、ラ・ヴァルス、スペイン狂詩曲
1961年11月27‐30日にパリのサル・ワグラムで収録。
昔からこれこそ決定盤というような有名な演奏であり、
うちにもLPレコードがあったので、長く聞いていたが、
アンドレ・クリュイタンスの指揮は重厚感のある響きで
どっしりとした構えでもあり、そこは独特な印象もあって、
フランス音楽の洒落や洗練とは少し違った味わいだと。
一方でかなりの色彩的な音はフランスのオーケストラ。
ラ・ヴァルスはおどろおどろしいリズムを刻んでいるし、
スペイン狂詩曲など、濃密な夜は実に熱気に包まれ、
しかしこれは魅力でもあって、聞く人の心をつかみ、
夢中にさせるものがある。さすがに時代を感じるか。

ERATO 0190295651473

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2020年3月 2日 (月)

ミシェル・プラッソン 2

ミシェル・プラッソンの指揮でフォーレの作品を聞く。
組曲「ペレアスとメリザンド」 作品80、
組曲「マスクとベルガマスク」 作品112、
マドリガル 作品35、一番楽しい道 作品87-1、
月の光 作品46-2、抒情劇「パヴァーヌ」 作品50、
組曲「シャイロック」 作品57、歌曲での独唱は、
フレデリカ・フォン・シュターデ、ニコライ・ゲッダ、
トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団の演奏、
1980年6月13‐19日にトゥールーズ・グラン・ホール。
フォーレが大好きなのだが、管弦楽作品はあまり
聞くこともないので、ミシェル・プラッソンの録音は
貴重だし、聞くとやはり心地よくて、実に心に響く。

ERATO 0190295633578

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2020年3月 1日 (日)

マルク・アンドレ・アムラン 21

マルク・アンドレ・アムランが1994年の6月に
ロンドンのウィグモア・ホールで行った演奏会で
「The Virtuoso Romantics Series」のライブ録音、
第1夜「The Concert Room」(1994.6.9)からは
ベートーヴェンのピアノ協奏曲 第3番 ハ短調から
第1楽章(アルカンの編曲によるピアノ独奏版)、
ショパンのピアノ協奏曲 第1番 ホ短調から
第2楽章(バラキレフ編曲によるピアノ独奏版)、
第3夜「The Salon」(1994.6.30)からは
アルカンの三つの大練習曲 作品76、
第2夜「Grand Opera and Song」(1994.6.16)から
ブゾーニのソナチネ 第6番「カルメン幻想曲」、
メトネルの忘れられた調べ~「祝祭の踊り」、
1994年6月にロンドンのウィグモア・ホールで収録。
アムランの演奏でアルカンの作品を聞いているが、
前半のピアノ協奏曲をピアノ独奏で聞くという企画で
私などは、そういうのは嫌だなって思ってしまうのだが、
これが不思議なぐらいに違和感なく、実に素晴らしい。
オーケストラ・パートをピアノ1台にまとめているのは、
アルカンの作曲の技であり、独奏と管弦楽の絡みは、
非常に巧みに工夫されて、聞き惚れる面白さである。
そしてアルカン作のカデンツァは破天荒に壮大だが、
協奏曲の演奏でぜひ採用してほしいと思ってしまう。
アムランには、別の作曲家によるカデンツァにより
ベートーヴェンのピアノ協奏曲を録音してほしい。
バラキレフ編曲のショパンのピアノ協奏曲となると
もはやオーケストラがなくてもこれで完璧なのである。
そしてアルカンの大練習曲だが、「左手のための」
「右手のための」と来て、第3曲では両手になって、
驚異的な速度で、ユニゾンで弾くという超人技だ。
和声や響きとしては、リストの作品に近い印象だが、
こうした曲では、アムランは毎度、爽快に滑らかで
困難さというものを全く出さないので、とにかく感動。
ブゾーニ、メトネルとピアノ・ファンには人気なのだが、
一般的には、有名ではないこの選曲で、人を魅了し、
熱狂させてしまうのは、やはりアムランなのである。
メトネルも知っているが、私はあまり聞いていなくて、
でもこれは面白く、もうキリがなくて、困ってしまう。

CDR966

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