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2020年10月24日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「なぜ給食で揚げパンが出たのか?」
大田区の嶺町小学校で揚げパンは誕生した。
昭和27年の冬、流行性の風邪が流行り、
給食室には大量のコッペパンが残っていた。
学校を休んだ子にコッペパンを届けていたが、
当時のパンは時間が経つと硬くなってしまい、
おいしくなかった。油で揚げて、砂糖をかけ、
わら半紙に包んで届けたところ、評判になり、
揚げパンは正式な給食のメニューとなった。


「1馬力ってなに?」
75kgを1秒で1mの高さに持ち上げる力である。
馬一頭分ということではない。ジェームズ・ワットが
馬の力で蒸気機関の力を表そうと単位を決めた。
馬が75kgを持ち上げて、その力を1馬力とした。


「絶対に食べてはいけない危険な毒キノコ」
コレラタケは、毒成分はアマトキシン類で食べると
嘔吐、腹痛を引き起こす。コレラと症状が似ている。
カエンタケは、毒成分はトリコテセン類で、触ると
炎のような痛みをともない、炎症を引き起こす。
ドクツルタケは、食べてしまったら、肝臓、腎臓を
徹底的に痛め、治療しても治らず、死に至る。


「座っていても疲れるのはなぜ?」
運動の刺激によって起こるのは、筋肉疲労である。
それに対して、頭を使っていて、起こる疲労感は、
疲れているのは脳であり、脳の中心の自律神経が
大量の血液を必要として、血中の酸素を消費して、
活性酸素を発生させる。活性酸素が細胞に入ると
本来の機能が果たせなくなって、細胞の酸化であり、
細胞がさびるという。疲れているという警報を出し、
脳はこれ以上の働きをさせないように信号を出す。
疲労をとるのには、質のよい睡眠をとるしかない。
さび付きにくくするのには、日本茶を飲むのがよく、
神経を落ち着かせるテアニンの成分が含まれる。
イミダゾールペプチドが含まれる鶏のムネ肉もよい。
38度のぬるま湯に脇下までつかるのも効果的。

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2020年10月23日 (金)

キース・ジャレット 66

1998年のキース・ジャレットを聞いている。
ECMのAfter the Fallでニューアークでのライブ録音。
I: The Masquerade Is Over, Scrapple From The Apple,
Old Folks, Autumn Leaves
II: Bouncin' With Bud, Doxy, I'll See You Again,
Late Lament, One for Majid,
Santa Claus Is Coming To Town,
Moment's Notice, When I Fall In Love
1998年11月14日にパフォーミング・アーツ・センター。
ゲイリー・ピーコックとジャック・ディジョネットとのトリオ。
キース・ジャレットの二年間の休養からの復帰の公演で
1998年秋のライブである。この状況は現在に似ており、
2016年のライブはCDになっているが、その後の話を
聞かなくなってしまった。それがついにキースの近況が
発表されたのである。2018年に脳卒中を患い、左手に
麻痺が残ってしまったという。1998年と現在の違いは、
キース・ジャレットが公の場で演奏することは二度とない。
どんなに回復したとしてもできることはカップを握ること、
それくらいだと本人が伝えたという。1998年の演奏は、
最初のうちは力が抜けている印象で、何か以前と違い、
極度に研ぎ澄まされている感覚はなくなって、すると
普通のジャズが流れるのだけど、しかしこのライブは
先に進んでいくにつれ、キース・ジャレットがしだいに
自分を取り戻していく姿に感動する。重要な記録だ。

ECM 2590/91 671 6506

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2020年10月22日 (木)

フランソワ・ルネ・デュシャーブル 2

フランソワ・ルネ・デュシャーブルでショパンを聞く。
12の練習曲 作品10
12の練習曲 作品25
1980年7月にパリのギメ東洋美術館で収録。
力業ではなく、丁寧に細やかな表情を大切にして、
ショパンの練習曲集でもこういう演奏は好きである。
技巧的な要素よりも音楽を尊重して、味わい深く、
じっくりと歌い込まれている。技術の安定感もだが、
力が抜けており、ピアノの音色も多彩に引き出され、
これは感動的だ。楽器はベーゼンドルファーである。
その辺も独特な仕上がりを生み出して、何ともいい。
テクニックは背景に留めて、旋律を前面に押し出す。
フランスのピアニストの才能の煌めきって最高だ。

ERATO 0190295974961

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2020年10月21日 (水)

ダニエル・バレンボイム 45

ダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリンで
ブラームスの交響曲 第1番 ハ短調 作品68
2017年10月にベルリンのピエール・ブーレーズ・ザール。
思った以上に穏やかな響きで深刻さよりも前向きである。
ピエール・ブーレーズ・ザールの音もあるかもしれないが、
明るい音色で滑らかに柔らかさがあって、耳にも優しい。
バレンボイムはこの上なく想いを込めて表現している。
ブラームスの厳粛な響きより音楽への愛情が優った。
細やかなところまで丁寧に豊かに描き込まれているが、
そこには少しの力みもなくて、どこまでも自然体である。
バレンボイムのブラームスはシカゴでの全集があって、
そちらはもっと力強く、引き締まっていたと思うのだが、
それから30年近く経つけれど、その印象もあるので、
このブラームスの安らぎというのは、少し驚きであった。
しかし現在のバレンボイムはさらに進化して、偉大で
ますます素晴らしい。新境地が示されている気がする。

DG 00289 483 5251

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2020年10月20日 (火)

コヴェントガーデン王立歌劇場

ゲオルグ・ショルティ指揮コヴェントガーデン王立歌劇場で
モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」第2幕を聞いている。
1962年2月19日にコヴェントガーデン王立歌劇場で収録。
モノラル録音ながら慣れてくるとショルティの音は明解で
実に気持ちがいい。1960年代なので、聞きやすい方だ。
当時の歌手たちは重厚な歌声の印象があって、それも
耳に心地よい。ドン・ジョヴァンニはチェーザレ・シエピ、
レポレッロがジェレイント・エヴァンズ、この時代の歌手は
さすがに知らないが、ツェルリーナでミレッラ・フレーニが
出演している。婚礼の場面での新婦の村娘の役である。
チェーザレ・シエピを調べてみるとフルトヴェングラーの
「ドン・ジョヴァンニ」にも出演して、当たり役であったのか。
ジェレイント・エヴァンズもフィガロやファルスタッフを歌い、
覚えておかなくてはいけない。モーツァルトの清々しさと
後半に進んで、騎士長の亡霊の場面での深い響きで
ショルティは荘厳な中に迫力を引き出しているのであり、
この対比はやはりしっかりと際立たせ、感動的である。

OPUS ARTE OA CD9024D

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2020年10月19日 (月)

コヴェントガーデン王立歌劇場

ゲオルグ・ショルティ指揮コヴェントガーデン王立歌劇場で
モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」第1幕を聞いている。
1962年2月19日にコヴェントガーデン王立歌劇場で収録。
クーベリックの後、1961年に音楽監督に就任したのが、
ショルティであり、1971年までの10年間、務めていたが、
この「ドン・ジョヴァンニ」はその最初のシーズンであろうか。
モノラル録音で音があまりよくないので、細かいところは、
よくわからないのだが、ショルティはキビキビとした表情で
明瞭な音楽を聞かせているであろうという、想像はできる。
ハッキリといえるのは、力強い表現でその統率力によって、
音楽が舞台と歌手を引っ張っているとそれは確実である。
現在のような古楽志向、原典志向は存在しない時代で、
ショルティは明確な主張と強烈な個性を発揮している。
ずっと後の演奏にも通じるのであり、全く古さを感じない。

OPUS ARTE OA CD9024D

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2020年10月18日 (日)

アレクシス・ワイセンベルク 8

アレクシス・ワイセンベルクのショパンを聞いている。
ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品35「葬送」
ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58
1975年9,10月と1976年4月にサル・ワグラム、
幻想ポロネーズ 変イ長調 作品61
1967年10月9日にパリのサル・ワグラムで収録。
昔のCDを出して、ワイセンベルクのショパンだが、
「葬送」が1970年代半ばにしては、音が硬すぎる。
リマスターされた再発盤ならば改善されているのか?
しかし演奏は圧倒的に素晴らしい。黒光りする音で
恐るべき強靭な表現法で力強く突き進んでいくが、
それが実に美しいのである。甘美な味わいはなく、
引き締まって、どこにも隙のない硬質なショパンだ。
第3番の方が音に艶があり、色彩も魅力的である。
終楽章での驚異的な技巧を活かした鮮やかな動き、
上に下に駆け巡る指回りの速さは、奇跡的である。
幻想ポロネーズはやはりモノトーンな仕上がりで
共通して、硬質な響きが美しい独特なショパンだ。

EMI CDM 7 63158 2

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2020年10月17日 (土)

チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「猫舌の人がいるのはなぜ?」
口の中に入れたときに味を感じるのと同時に
舌で温度を感じている。主に舌の先端で感じる。
舌の先を熱いものに付けないようにすれば、
熱さを感じない。舌を奥に引っ込めて食べる。


「妻の呼び方がいろいろあるのはなぜ?」
妻、嫁、女房、奧さん、カミさん、家内など。
正しいのは、一番古い呼び名の「妻」である。
嫁は鎌倉時代からで、自分の息子の妻であり、
親が嫁と呼ぶ。良い女(よいめ)が嫁となった。
女房は平安時代からで、身分の高い人が、
使用人の女性を女房と呼んだ。使用人のこと。
室町時代には、妻は屋敷の奧の方に住まわせ、
奥方と呼んだ。本来は使用人が奥さんと呼ぶ。
自分よりも目上の人を上様(かみさま)といい、
上様がカミさんとなって呼ばれるようになった。
明治時代になると、男は外で働くようになり、
専業主婦で家の中にいる人を家内と呼んだ。


「シャツのボタンはなぜ男女で向きが違う?」
シャツのボタンは、男性は右側に付いており、
女性は逆に左側に付いている。男性は自分で
着やすく、女性は人に着せてもらう作りである。
多くの人が右利きで、男性は自分で留めやすい
右側にボタンが付いており、19世紀の中頃、
裕福な女性は華麗なドレスを着て、使用人に
着せてもらうのが主流であった。そのために
服を着せやすい左側にボタンが付いている。

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2020年10月16日 (金)

キース・ジャレット 65

1998年のキース・ジャレットを聞いている。
ECMのThe Melody at Night, with Youで
I Loves You Porgy, I Got It Bad and That Ain't Good,
Don't Ever Leave Me, Someone to Watch Over Me,
My Wild Irish Rose, Blame It on My Youth – Meditation,
Something to Remember You By, Be My Love,
Shenandoah, I'm Through with Love
1996年秋のイタリア・ツアー以降、活動を休止していた
キース・ジャレットが、1998年末に復活する、その前に
自宅のスタジオで収録されたソロ・アルバムである。
ガーシュインやデューク・エリントンのスタンダード曲が
演奏されている。キース・ジャレットの再起の記録であり、
復活して、本格的活動を再開する前のリハビリであり、
リラックスした状態でその安らぎの時間が録音の中に
残されている。自分を取り戻していく過程の記録である。
絶頂期の緊張感は存在しないが、キース・ジャレットの
穏やかな時間の流れに我々もまた心癒されるのである。

CDR984

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2020年10月15日 (木)

タカーチ四重奏団 3

タカーチ四重奏団でブラームスを聞いていきたい。
弦楽四重奏曲 第1番 ハ短調 作品51-1
弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 作品51-2
1988年11月にロンドンのチャーチ・スタジオで収録。
DACCAでのタカーチ四重奏団の初期の録音であり、
比較的穏やかな音の印象だが、しかしその中でも
音色の使い分けが絶妙であり、基本は見通しよくて、
美しい響きだが、この頃から明瞭で立体的な音楽が
表れはじめている。シャープな感覚もあるのだが、
ブラームスのロマンティックな側面を情緒豊かに
表現して、音楽が心に染みて、実に感動的である。
いつの間にか30年以上昔の録音となるのだけど、
近年の名演もいいのだが、この時代も素晴らしい。

DECCA 475 6525

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2020年10月14日 (水)

クリスティアン・ツィメルマン 6

クリスティアン・ツィメルマンでシューベルトの作品。
ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D.959
ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D.960
2016年1月に柏崎市文化会館で収録。
明瞭な響きによる圧倒的な透明感はいまも健在で
これはツィメルマンの演奏である。究極の表現だ。
ここまで透き通ったクリスタルな響きは聞けない。
しかし現在のツィメルマンはそれだけではなくて、
表情付けの自由度が高く、曲の場面によっては、
内側から力強いエネルギーが噴き出してきて、
聞く側の感情移入度も高くて、感動的である。
実は30年近く前にツィメルマンの来日公演で
変ロ長調のソナタ D.960を聞いたことがある。
そのときはとにかく音色は美しかったのだが、
あまりにもきれいすぎるのが気持ち悪くなって、
どこか自然でない印象があったと思うのだが、
それに比べるとこの演奏では、ツィメルマンの
人間的な部分が感じられて、ずっと入りやすい。
実は少しも変わっていないのかもしれないが、
だとしたら、私の方が変わったのであろうけど。
そのコンサートで聴衆が熱い反応で拍手を送り、
アンコールを求めたのだが、ツィメルマンは、
このシューベルトの後には何も弾きたくないと
ジョン・ケージの「4分33秒」の話を持ち出して、
ピアノの前で4分間、沈黙をして、終演した。
私としては、それも非常に不快であったので、
以来、ツィメルマンという人は、近づきがたく、
コンサートに出かけることは二度となかった。
その一方でCDでは、熱心に深く聞いている。
この完成度とツィメルマンの音楽への想いで
それだけの存在感があり、いま聞いていると
コンサートでも楽しめそうな気もするのだけど。

DG 00289 479 7588

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2020年10月13日 (火)

内田光子 4

内田光子でシューマンの作品を聞いている。
森の情景 作品82
ピアノ・ソナタ 第2番 ト短調 作品22
暁の歌 作品133
2013年5,6月にノイマルクトのライトシュターデル。
ますますシンプルな響きになって、一方で音楽は、
より立体的な仕上がりとなり、動的要素は激しく、
静弱は神秘的なまでに瞑想の安らぎで感動的だ。
昔からこだわりの強い完璧な演奏を聞かせてきた
内田光子ではあるが、このスタイルも完成されて、
その究極を聞いている感がある。これについては、
毎回、そういうことを書いてきた気はするのだが。
ピアノ・ソナタ 第2番も激しい表情を生み出して、
大胆な起伏を作っているのだが、それだけでなく、
ハッとするような美しさは弱さや儚さの中にあり、
そこが日本人的な心で、我々には共感がある。
そして暁の歌には、さらに微妙な揺れ動きがあり、
本当に感動的なシューマンだ。実に通な味わい。

DECCA 478 5393

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2020年10月12日 (月)

アンドレ・クリュイタンス 6

アンドレ・クリュイタンス指揮ベルリンフィルによる
ベートーヴェンの交響曲全集を収録順に聞いている。
交響曲 第8番 ヘ長調 作品93
1957年12月10-17日にグリューネヴァルト教会、
交響曲 第5番 ハ短調 作品67
1958年3月10,11,13日にグリューネヴァルト教会。
1957年というステレオ録音が導入された時期であり、
左右に音は分かれているのだが、それぞれの偏りが
ハッキリしすぎて、それはそれで少し違和感がある。
最初の段階であり、まだ仕方ないのかもしれないが。
演奏は腰が低く、非常に重厚なベートーヴェンだ。
軽やかに響くこともある第8番が、どこを聞いても
力強く、魂のこもった表現であり、時代を感じるが、
そこが味わいである。第5番はより自然な呼吸で
音の広がりもよい印象となって、これは感動的だ。
名演だと思う。同じく歴史を感じるところはあるが、
重厚さと美しい輝きが両立して、ベルリンフィルの
魅力がしっかりと伝わってくる。戦後の復興から
いよいよ楽団も本格的に始動したということか。

ERATO 0190295381066

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2020年10月11日 (日)

クラシックCD専門ブログ開設

これまでの15年間の記事から整理をして、
クラシックCD専門の新しいブログを開設した。


クラシックCD 鑑賞の記録
http://ttclassic.livedoor.blog/


内容は同じなのだけど、演奏家やレーベルで
カテゴリー分類をして、検索できるようにしたのと
聞いてみたいけど、探せない、見つからないという、
そうした声に応え、そして廃盤になっているものは
新しい型番を紹介して、お手伝いができるように
わかりやすく整理されている名盤リストを目指した。


二週間たって、相変わらず訪問者数は少なく、
検索に全く引っかかっていないのであろう。
予想以上に廃盤ばかりで、再発売の型番を探し、
時間がかかってしまって、整理するのが捗らない。
その一方で、昔の聞いた感想というのは面白い。

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2020年10月10日 (土)

ギャリック・オールソン 12

ギャリック・オールソンによるスクリャービンの作品で
練習曲 嬰ハ短調 作品2-1、12の練習曲 作品8、
8つの練習曲 作品42、練習曲 変ホ長調 作品49-1、
練習曲 変ホ長調 作品56-4、3つの練習曲 作品65
2004年9月にニューヨークのウエストチェスターで収録。
1876年製スタインウェイのコンサート・グランドを使用し、
演奏しているようである。スクリャービンの作曲当時の
雰囲気を濃厚に伝えてくれているように思うのだが、
そうした古い楽器でもギャリック・オールソンの演奏に
時代的なものを感じることはないので、過去と現在の
共存が見事に成立していて、そこは実に上手さである。
音色的には、ギャリック・オールソンもよく使用している
ベーゼンドルファーの感じに似ていて、こうした傾向が
好きなのだと思う。スクリャービンの練習曲は大好きで、
特にこの演奏と音色からは、19世紀ロシアの空気が
伝わってくるが、若いときのロマンティックな作品から
後期の神秘主義への時代の移り変わりが興味深い。
でもスタインウェイの最新モデルで聞かせてくれたなら
ぜひ聞いてみたいと再録音をちょっと期待してしまう。

BRIDGE 9287

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チコちゃんに叱られる

NHK「チコちゃんに叱られる」より

「なぜ和菓子というとあんこなのか?」
あんこは、元々は甘くなかった。餡子の餡とは、
食べ物の中に詰めるもののことをいい、鎌倉時代、
日本に入ってきたときには、中に詰めるものは、
塩で味を付けた肉や野菜であった。仏教では、
肉を食べることはできず、代わりに小豆を入れ、
赤い小豆は邪気を払うとも考えられた。その後に
体によいものとして、甘みを付けるようになり、
江戸時代には、砂糖が作られるようになって、
庶民の間でも甘いあんこが広まっていった。


「歌うとストレス解消できるのはなぜか?」
大きな声で歌うことでだ液が大量に分泌される。
副交感神経が優位になり、リラックス状態になる。
顔の表情筋が動き、喜びの記憶がよみがえる。
古くから人々は、歌で喜怒哀楽を共有してきた。


黒板のチョークはホタテの貝殻から作られている。
キャッサバからでんぷんを採り、黒糖を加えて、
タピオカの素が作られる。コラの実(西アフリカ)に
スパイスを加え、炭酸水で割るのが元々のコーラ。


「服を買うと布の切れ端が付いてくるのはなぜ?」
既製品の服が普及したのは、1950年頃のことで
当時の服は高価であったため、穴が開いても
共生地(ともきじ)をかけつぎして、穴をふさいだ。

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2020年10月 9日 (金)

アルフレッド・ブレンデル 34

アルフレッド・ブレンデルによるベートーヴェンで
ピアノ・ソナタ 第16番 ト長調 作品31-1
ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 作品31-2
ピアノ・ソナタ 第20番 ト長調 作品49-2
ピアノ・ソナタ 第22番 ヘ長調 作品54
ピアノ・ソナタ 第26番 変ホ長調 作品81a
1977年6月1-10日にロンドンで収録されている。
ブレンデルの二度目の全集を収録順に聞いてきたが、
これで完成である。作品31からの2曲は、1992年に
三度目の全集録音で最初に取り上げられているが、
明瞭で豊かな表情のディテール処理のそちらに比べ、
ここでは速度感にも勢いがあり、推進力ある演奏で
旧録音の方がよいところもあると実に感動的である。
装飾的で分散傾向の第16番だが、ブレンデルは、
見事に引き締まった音楽を聞かせており、陰影と
深みのある響きは断然に素晴らしく、これは名演だ。
続いて、かわいらしい存在の第20番と第22番だが、
軽妙にといいたいところだけど、しっかりとした響きで
まさに充実の演奏である。最後に第26番「告別」で
1970年代の本当に素晴らしいピアノ・ソナタ全集だ。

DECCA 478 2607

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2020年10月 8日 (木)

アルフレッド・ブレンデル 33

アルフレッド・ブレンデルによるベートーヴェンで
ピアノ・ソナタ 第11番 変ロ長調 作品22
ピアノ・ソナタ 第12番 変イ長調 作品26「葬送」
ピアノ・ソナタ 第13番 変ホ長調 作品27-1
ピアノ・ソナタ 第15番 ニ長調 作品28「田園」
1977年6月1-10日にロンドンで収録されている。
ブレンデルの二度目の全集を収録順に聞いている。
この10日間で残りのピアノ・ソナタの14曲がすべて、
ヘンリー・ウッド・ホールでまとめて録音されている。
1970年代後半で録音も素晴らしく、明るい音色で、
深みのある響きを聞かせ、ブレンデルの表現もまた
充実の極みなのであり、実に完成された演奏である。
このときはどの曲も魅力的で、しっかりとした重さで、
厚みのある音楽だが、歯切れよく、躍動感が最高。
終始、引き締まった表情で、ブレンデルの独特な
集中力が感じられて、自信と主張に満ちている。
その独自性は、個性的な仕上がりを生み出すが、
少しも逸脱したところがなく、むしろ説得力があり、
これを悪くいう人はいないであろう。続きは明日。

DECCA 478 2607

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2020年10月 7日 (水)

マレイ・ペライア 13

マレイ・ペライアでシューマンの作品を聞いている。
交響的練習曲 作品13、蝶々 作品2
1976年4,12月にニューヨークの30番街スタジオ。
交響的練習曲は遺作変奏付きで、その配置がまた
独特な並べ方であり、興味深く、聞き入ってしまう。
非常に丁寧に旋律をくっきりと浮かび上がらせて、
細やかな表現までこだわり抜いて再現している。
ペライアの繊細な表情が効果的かと想像するが、
それだけではなく、力強い迫力の運動性も充実。
交響的練習曲は各変奏の特徴を際立たせており、
連続した流れはそれほど感じさせないが、一方で
蝶々は次々と現れる小品が、ひとつの連続性で
歌い継がれており、実に美しい仕上がりである。
ずっと後のことで、1990年代の後半であったか、
指の故障による活動休止から復帰したときに
音楽が立体的になったと感じたのだが、改めて
1970年代の演奏を聞いているとこちらもすでに
立体的であった。対比も効いて、深みがある。

SONY 88985416702

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2020年10月 6日 (火)

スティーヴン・ハフ 6

スティーヴン・ハフでシューベルトを聞いている。
ピアノ・ソナタ 第14番 イ短調 D.784
1997年10月1日にブラントン・ヒルの聖ジョージ教会、
ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D.960
ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 D.613(未完)
1998年10月4,5日にブラントン・ヒルの聖ジョージ教会。
このコントロールされている感覚は最高だ。緻密であり、
響きは精妙にどこまでも見通しよく、徹底されている。
テクニックの鮮やかさは驚異的で、明瞭度の点では、
究極だといえる。弱音の隅々にまできれいに聞こえて、
教会での録音だが、この音響空間は実に魅力的だ。
精緻に配慮の行き届いた表現で弱音の効果が大きく、
細部にまで描き込まれていれば、繊細な仕上がりかと
思うのだけど、少し違っており、スティーヴン・ハフには
強い信念と覚悟が感じられて、それが最大の感動だ。

hyperion CDA67027

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2020年10月 5日 (月)

ウラディーミル・アシュケナージ 29

ウラディーミル・アシュケナージによるバッハで
フランス組曲 第1番 ニ短調 BWV812、
第2番 ハ短調 BWV813、第3番 ロ短調 BWV814
2016年4月8,9日にサフォークのポットンホール、
フランス組曲 第4番 変ホ長調 BWV815、
第5番 ト長調 BWV816、第6番 ホ長調 BWV817
2017年3月10-12日にサフォークのポットンホール。
無駄がなく、表情付けなどもなくて、引き締まって、
あえて豊かさを求めないような、その厳格な姿勢に
心打たれるのである。アシュケナージの到達した、
現在の境地なのであり、この上なく感動的である。
作為的なことがなくて、強く意図された音色もなく、
その響きも音楽の流れも自然だ。フランス組曲は、
後半に長調の作品が集められ、勢いが増していき、
しだいに活気付いてくるところが私は好きなのだが、
アシュケナージはモーツァルトやベートーヴェンを
弾くのと変わらずに密度ある充実の演奏である。

DECCA 00289 483 2150

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2020年10月 4日 (日)

サンソン・フランソワ 7

サンソン・フランソワでドビュッシーの作品。
前奏曲集 第1巻
1968年4,5月にパリのサル・ワグラムで収録、
前奏曲集 第2巻
1969年5月にモンテカルロのサル・アルカザール。
いかにも雰囲気のある絵画的情景に引き込まれる。
大胆な余韻は効果的であり、サンソン・フランソワの
想いがしっかりと伝わってきて、これは感動的である。
1960年代の演奏スタイルで、フランス人の描き出す、
ドビュッシーの世界というのは、こうであったのだ。
これを聞くと改めて思うのだけど、ミケランジェリが
1978年に前奏曲集 第1巻を録音して、その登場で
何もかもが変わる。隅々まで完璧なコントロールで、
精妙な響きと徹底したバランス感覚、調和した造形、
以後はそれが基本となる。比べたら、どうしたって、
サンソン・フランソワは個性的に聞こえてしまうのだ。
前奏曲集 第2巻は、音楽の表情と響きの煌めき、
光と影、色彩の変化を楽しんで、さらに好きである。
しかし残念ながら、第11曲「交代する三度」だけが
入っておらず、元テープの破損か?など想像したが、
録音がされなかったということらしい。気に入らず、
録り直しを考えていたが、未完のまま、亡くなった、
ということかもしれない。練習曲集も未完である。

ERATO 50999 638754 2 3

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2020年10月 3日 (土)

クラシックCD専門ブログ開設

これまでの15年間の記事から整理をして、
クラシックCD専門の新しいブログを開設した。


クラシックCD 鑑賞の記録
http://ttclassic.livedoor.blog/


内容は同じなのだけど、演奏家やレーベルで
カテゴリー分類をして、検索できるようにしたのと
聞いてみたいけど、探せない、見つからないという、
そうした声に応え、そして廃盤になっているものは
新しい型番を紹介して、お手伝いができるように
わかりやすく整理されている名盤リストを目指した。


実は、先週に開設して一週間になるのだが、
訪問者数が毎日「1」で、私しか見ていなくて、
寂しい状況なので、宣伝させていただきたい。

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2020年10月 2日 (金)

内田光子 3

内田光子でシューマンの作品を聞いている。
ダヴィッド同盟舞曲集 作品6、幻想曲 作品17
2010年5月24-28日にスネイプ・モールティングス。
フロレスタン(動)とオイゼビウス(静)の二つの要素を
極限までクローズアップして、ここまで豊かに描き出し、
それが圧倒的な緻密さと精妙な響きで聞けるのには、
ただただ感動的で、さすがに内田光子の演奏である。
シューマンの傑作の名演は数多く存在するけれど、
その中でも素晴らしく、ひとつの極致を見せられる。
繊細に消え入るような響きが聞こえてくるかと思うと
荒々しく、あえて粗雑に鳴らしているのではないかと
その対比が際立って、これがシューマンの音楽だ。
幻想曲は作品の構成としては小品の集合体を脱し、
交響的な作風へと転じているけれど、求心性が強く、
全体の調和とバランスが重要だが、内田光子は、
その方向性に乗りつつも大胆な変化を盛り込んで、
細やかに考え抜かれた表現で引き込まれてしまう。
終楽章はまさに夢心地の柔らかい響きで魅力的だ。
内田光子のシューマンはもう一枚、第3集があるが、
続編を出してほしいと思う。シューベルトが有名だが、
シューマンはさらに向いている気がするのである。

DECCA 478 2936

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2020年10月 1日 (木)

ボリス・ベレゾフスキー 1

ボリス・ベレゾフスキーでショパンを聞いている。
12の練習曲 作品10、12の練習曲 作品25、
3つの新しい練習曲(遺作)
1991年2月にベルリンのテレデック・スタジオで収録。
これはロシアのショパンである。1990年代前半の頃の
ロシアのピアニストは、実にこうした演奏法であった。
というのもまだリヒテルが現役であった時代なのである。
音が力強く立ち上がり、彫りが深く、細やかさの対比に
独特の荒々しさで嵐のような激しい表情を聞かせる。
こうした叩きつけるような響きは、ショパンの作品では
現在はあまり聞かれなくなってしまったように思われる。
チャイコフスキー・コンクール優勝以降、こうした形で
ベレゾフスキーは何とも強烈な存在感を発揮していた。
いかにも若さで止められない勢いであったのだが、
現在の素晴らしさもあって、かつての演奏が光り出す。

TELDEC 2564 66468-4

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