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2023年11月30日 (木)

クリスティアン・ティーレマン 12

クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィルの
ザルツブルク音楽祭でのライヴ録音であり、
エリーナ・ガランチャが歌っている
ワーグナーのヴェーゼンドンクの5つの詩
2020年8月19-22日にザルツブルク祝祭大劇場、
マーラーのリュッケルトの詩による5つの歌曲
2021年7月31日-8月3日にザルツブルク祝祭大劇場。
なんて美しい、透明度の高い演奏なのであろうか。
隅々にまで、繊細な心が行き届いて、奇跡である。
ティーレマンの骨太な音楽、重厚な音色は姿を消し、
ウィーン・フィルとのときには格別でこうなるのだが、
それにしても不思議なぐらいの柔らかな感触である。
コロナの一年目の夏と変異株によりそれが拡大して、
まだまだ終わりの見えなかった2021年の夏であり、
そうした極限状態における演奏で、何か、音楽にも
特別なものが生まれたのか、他と違う空気がある。
あまりの素晴らしさにずっと聞き続けていたくなり、
この2曲では短すぎるともっともっと聞きたくなる。
カラヤンとジェシー・ノーマンのザルツブルクでの
1987年のライヴを意識していると話題になったが、
すると「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死が
聞きたくなってしまうが、エリーナ・ガランチャが、
歌っていなかったら、それは叶わないことであり、
しかしヴェーゼンドンクの歌曲を聞けているので、
その世界には連れて行ってくれている気がして、
夏のザルツブルクでは、奇跡が起こるのである。

DG 486 1929

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2023年11月29日 (水)

ロジャー・ノリントン 1

サー・ロジャー・ノリントン指揮
シュトゥットガルト放送交響楽団による
エルガーの序曲「南国にて」 作品50
2010年9月30日、10月1日にリーダーハレ、
序奏とアレグロ 作品47
2010年10月4,5日にSWRフンクスタジオ、
エニグマ変奏曲 作品36
2007年12月13,14日にシュトゥットガルトのリーダーハレ。
ノリントンのピュア・トーンによるエルガーの作品で
ピリオド奏法による演奏というのは珍しいであろう。
素朴な印象で、一方でそれほどに古楽的な方向を
意識することもなく聞くことができる。逆にいえば、
ピリオド奏法の効果というのを上手く説明できない。
序曲「南国にて」は、R.シュトラウスの音色であり、
ドイツの楽団なので、そう感じるのか、英国風の
独特のスタイルが強調されることもなく、力強い。
序奏とアレグロは、スタジオ・レコーディングだが、
室内楽の空気もあり、イギリスが感じられてくる。
エニグマ変奏曲はよく知っていることも大きいが、
これは面白く、独特の響きが活かされ、感動的だ。
各変奏で豊かな表情を楽しめて、ノリントンらしい、
発想に満ちた表現を聞くことができる。ここでも
それほどにピリオド奏法に意識は向かわないが、
でもそこは、効果が出るかは、変奏しだいであり、
曲によっては、驚きの音色を楽しめるのである。
あまり奏法のことを考えずにエニグマ変奏曲は、
本当に素晴らしい音楽であり、いきいきと元気に
ノリントンは音を引き出して、そこは素直に楽しく、
心は躍って、堪能することができた。異色だが、
純度の高い響きとして、これは聞く価値がある。

Hanssler CD93.191

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2023年11月28日 (火)

セミヨン・ビシュコフ 19

セミヨン・ビシュコフ指揮チェコ・フィルによる
チャイコフスキーの交響曲全集はこれで完結である。
交響曲 第1番 ト短調 作品13「冬の日の幻想」
交響曲 第2番 ハ短調 作品17「小ロシア」
2019年3月4-8日にプラハのルドルフィヌムで収録。
なんと繊細な音色なのであろう。この美しい響きは、
そうは聞けない。ビシュコフの求めとそれに応える、
チェコ・フィルの想いの詰まった演奏に感動する。
雪が舞っている情景か、妖精たちが飛び交うようで、
細やかに描き込まれた表現に引き込まれてしまう。
交響曲 第1番は、何度も聞いてきているのだけど、
これまで何を聞いてきたのか、はじめて、しっかりと
音楽が心に響いてきた。この演奏に出会えたことで、
このイメージを大切にしていれば、交響曲 第1番は、
この先、いつも楽しめると思う。民謡風の曲調であり、
そうした思いが強かったが、ビシュコフはその情景を
精密に描き込んでいる。具体的でそれは明確である。
交響曲であり、音楽の要素は抽象的に扱うというのも
正しいあり方のように思うのだが、ビシュコフのように
この表現はロシア人でないとできないものでもあって、
それにふれてしまったら、ただただ感動なのである。
交響曲 第2番になるとそれが、描写的ではなくなり、
そこにチャイコフスキーの音楽の進化が存在すると
様々な引用もあるのだが、しかし直接的ではなくて、
表面的な要素は減り、内面での深みが増していく。
ビシュコフは音楽を丁寧に扱って、この精密な音は、
チャイコフスキーへの想いの深さであり、作品への
愛情が感じられて、こんなにも美しい響きはない。
演奏がそれほどに多くない、交響曲 第3番までの
初期の交響曲に関しては、セミヨン・ビシュコフは、
本当に優れており、チェコ・フィルの音作りもまた、
究極に感じられる。全集を聞き終えてしまったが、
やはりチェコ・フィルはいい。このセットは名盤だ。

DECCA 483 4942

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2023年11月27日 (月)

ウラディーミル・ユロフスキ 9

ウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルで
ブラームスの交響曲 第3番 ヘ長調 作品90
2010年10月27日にロイヤル・フェスティバル・ホール、
交響曲 第4番 ホ短調 作品98
2011年5月28日にロイヤル・フェスティバル・ホール。
交響曲 第2番から2年が経過しているのだが、
少し印象も変わって、例えば交響曲 第3番ならば、
快速に駆け抜けそうな気がするのだけど、意外にも
たっぷりと歌わせて、濃密な音楽が立ち上がってくる。
てきぱきと処理して、鮮やかによい動きは変わらない。
余韻で音楽を豊かに聞かせていく方法ではないので、
どんどん前に進んで、その潔さは気持ちいいのだが、
演奏に速さを感じないのは、慣れてしまっているのと
ユロフスキの表現が自然体で、これこそが普遍的に
そこに説得力を感じるからである。実によい流れだ。
響きの作り方も新鮮で、特長的であり、両翼配置で、
弦楽器の動きを際立たせているし、それに管楽器が
重なってきて、この明瞭なバランス感は素晴らしい。
交響曲 第4番も思った以上によく歌わせている。
見通しはよいけれど、思う存分に歌わせる印象で
音楽の作り方、鳴らせ方、テンポ感覚だけならば、
いかにも現代的ではあるのだが、それだけでない、
ブラームスの歌謡性や深みも重要に盛り込んで、
非常に多くの要素を持ち込み、それを整理して、
端正に聞かせているところは惹かれるものがある。
伝統と決別し、真っ新なスコアから音を拾い上げ、
これまでに存在しなかった音色を創り上げるのは、
革新的な手法といいたいところではあるけれど、
その音楽が与えてくれる熱い想いというものは、
これまでの感動体験と何も変わらないのであり、
そこがユロフスキの最大の魅力であると思う。

LPO 0075

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2023年11月26日 (日)

ウィグモア・ホール 2015

ウィグモア・ホールのライヴ・シリーズから
イアン・ボストリッジとジュリアス・ドレイクによる
シューベルトの歌曲リサイタル 第4回で
悲しみ D.772、小人 D.771、夜と夢 D.827
ミューズの子 D.764、去っていった人に D.765
川のほとりで D.766、歓迎と別れ D.767
さすらい人の夜の歌II D.768、竪琴に寄す D.737
湖のほとりで D.746、森で D.738、魔王 D.328
月に寄せて D.259、恋人の傍 D.162
夜の歌 D.119、恋する者の様々な姿 D.558
海の静けさ D.216、湖上にて D.543
ミニョンに D.161、最初の喪失 D.226
ガニュメート D.544、月に寄せて D.296
2015年5月16日にウィグモア・ホールで収録。
イアン・ボストリッジとジュリアス・ドレイクによる
ウィグモア・ホールでのシューベルトの演奏会で
2013年から2015年にかけての4回の演奏から
その第4回を聞いている。これが最終回なのか、
さらに続いたけれど、CD化されていないのか?
気になるところだけど、歌われている作品では、
この回が最も魅力的かもしれない。というのは、
D番号で700番台の作品が多く、いいのである。
イアン・ボストリッジはなんて惹きつけるのであろう。
ウィグモア・ホールでのリサイタルはいつも完売で
リートの世界でこんなにも人気ある人はいないが、
それは聞けば、わかることであり、夢中にさせる。
実に爽やかなのであり、清らかな歌声は格調高く、
それがときに、「魔王」でのように、激烈な表情を
見せることもある。これは好きになるわけである。
1990年代の終わり頃か、イアン・ボストリッジの
最初のシューベルトの歌曲集が出て、そこでも
ピアノを弾いていたのがジュリアス・ドレイクで
このピアノは好きだなと感じたのだけど、いまも
少しも変わらずに、決して欠かせぬ存在である。
スッキリとシンプルに聞かせるのだが、そこに
奥行きや深い陰影が宿って、聞き入ってしまう。
現在の歌曲ピアニストで一番好きかもしれない。
最後に歌われる「月に寄せて」だが、音が消え、
長い静寂(14秒ほど)の後、ホールの空間は、
盛大な拍手に包まれる。祈りを捧げる時間で
シューベルトに、音楽への感謝の想いであり、
これこそまさに神がかった奇跡の瞬間である。

Wigmore Hall Live WHLive0091

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2023年11月25日 (土)

テディ・パパヴラミ 3

テディ・パパヴラミによるパガニーニで
24のカプリース 作品1
2001年4月19日に東京のニッケイ・ホールで収録。
1997年のグラディニャンでのスタジオ録音の後、
東京でのライヴ録音が再発売の際に加えられた。
29歳での演奏である。聞き比べはしていないが、
ライヴ録音でもその仕上がりはスタジオ録音と
少しも変わらない、ということを確認する部分と
両方とも聞いてほしい理由としては、実演では
激しさや迫力の部分でやはり独特の熱気があり、
そこに惹かれる部分がある、ということであろう。
音で聞いていても空気が振動する壮絶さだが、
会場にいて、超絶技巧を目の前にしていたら、
動きや空気を切り裂くような鋭い音色もあって、
その衝撃は凄まじかったであろうと思われる。
そしてこれは、テディ・パパヴラミだからこそで、
神がかったというよりも悪魔の魅惑なのである。

Zig-Zag Territoires ZZT320

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2023年11月24日 (金)

ピエール・ローラン・エマール 6

ピエール・ローラン・エマールと
タマラ・ステファノヴィチの2台ピアノによる
メシアンのアーメンの幻影
エネスクの組曲 第3番 作品18~鐘の夜想曲
ナッセンのプレイヤー・ベル・スケッチ 作品29
バートウィッスルのハリソンの時計~クロック IV
エネスクとバートウィッスルはエマールの独奏、
ナッセンはタマラ・ステファノヴィチの独奏により
2021年7月にグラーツ会議場のシュテファニエンザール。
ピエール・ローラン・エマールによるメシアンで
鳥のカタログに続いて、アーメンの幻影を聞く。
本当に素晴らしい音楽で、2台ピアノなので、
音響の広がりやその豊かさは断然すごいが、
この色彩はやはりメシアンの独特の世界で、
天才であり、異彩を放ち、圧倒的なのである。
1943年5月にイヴォンヌ・ロリオが第1ピアノ、
メシアンが第2ピアノを演奏して、初演されたが、
ここでは、タマラ・ステファノヴィチが第1ピアノ、
エマールは第2ピアノでメシアンの役割を務め、
イヴォンヌ・ロリオから教えを受けたメシアンの
この世界観を弟子のタマラ・ステファノヴィチに
伝えていこうとそうした演奏なのかもしれない。
メシアンは第二次世界大戦中、ドイツ統治下の
パリで、アーメンの幻影を作曲して、80年前で
その音楽もまた、現代音楽の印象ではないが、
革新的な響きを聞かせようとするこうした作品で、
エマールは作品の方向性を明確に汲み取って、
そのわかりやすさでは、さすがに第一人者だ。
「鐘」をテーマにした選曲になっているようだが、
バートウィッスルの時計の作品を聞いていると
狂い出す時間の刻みは派手な混乱を生み出し、
鐘の音色は時を伝えて、空間を表現していると
かなり面白く、深く、引き込まれる作品集である。

PENTATONE PTC5186957

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2023年11月23日 (木)

アンドリス・ネルソンス 4

アンドリス・ネルソンス指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で
ブルックナーの交響曲 第3番 ニ短調
(1888/1889 ノヴァーク版)
ワーグナーの「タンホイザー」序曲
2016年6月にライプツィヒ・ゲヴァントハウスで収録。
アンドリス・ネルソンスによるブルックナーの交響曲が
すべて揃ったので、いよいよ聞きはじめたいと思う。
交響曲 第3番からだが、独特の神秘的な空気と
そこに鳴り響く美しい金管の音色でこれは感動的だ。
主題を象徴的に聞かせ、豊かな残響による余韻も
まさに理想的といえる。深く、厳粛さを求めるよりも
明るい響きは常に音楽を肯定して、楽観的でもあり、
そこはかつての名匠たちとの決別のように思えるが、
現在を感じさせる。新しい風が吹いているのであり、
それは人の心を暖かくして、厳しさを示すことなく、
穏やかである。ネルソンスは鋭く時代の最先端を
切り開いていく感じではないが、これがいまであり、
先鋭的な方向ではなく、どこか懐かしさもあって、
それが新しい形なのだと思う。研究発表ではなく、
ネルソンスにとっては、音楽こそがすべてなのだ。
ここで演奏されているのは、改訂の第3稿だが、
ブルックナーは素朴な方がいいように思えており、
といって、初稿は全く印象が異なることもあるので、
それぞれだが、研き上げられた世界というのでは、
ここでも完成度は高く、それを示した演奏である。
「タンホイザー」序曲はさらにいうことないのだが、
あらゆるものが調っており、その調和が美しい。

DG 479 7208

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2023年11月22日 (水)

シルヴァン・カンブルラン 1

シルヴァン・カンブルラン指揮南西ドイツ放送交響楽団で
ドビュッシーの牧神の午後への前奏曲
2007年2月の収録で演奏会場の記載はなし、
フローラン・シュミットのバレエ「サロメの悲劇」
2007年12月の収録で演奏会場の記載はなし、
ストラヴィンスキーのバレエ「ペトルーシュカ」
2002年1月にフライブルク・コンツェルトハウス。
ディアギレフとロシア・バレエ団にちなんだ作品集で
20世紀初頭の空気が感じられる、この近代の響きは
実に魅力的であり、選曲の素晴らしさで夢中になる。
ディアギレフは作曲家たちに多大な影響を及ぼしたし、
そこで生まれた作品は20世紀を代表する音楽である。
フローラン・シュミットは、「サロメの悲劇」を知るのみで、
この作品は、元は小管弦楽による劇音楽であったが、
ディアギレフの提案によって、大編成のバレエ音楽に
編曲されたと記述にある。「春の祭典」の二週間後の
バレエ初演であり、この時代のパリの熱気に感動する。
フランス印象派の作風で、まさにドビュッシーの音色で、
その影響が感じられるが、しだいに音楽は活気づいて、
後半の大音響はストラヴィンスキーへとつながっていく。
牧神の午後への前奏曲にはじまり、この曲の配置は、
狙いはまさにそこにあったのだ。ペトルーシュカだが、
シルヴァン・カンブルランは派手な音は出さないけれど、
この色彩感覚は独特であり、しかし徹底して、明瞭さを
追及するのであって、この鮮明な響きは圧倒的である。
しかし不思議と洗練された印象であり、緻密な分析、
制御された音響バランスにより調和を感じる空間だが、
シルヴァン・カンブルランの目指す方向性もあるのだが、
表情付けをしない南西ドイツ放送交響楽団の現代性、
やはりそれは存在感があって、実に好きなのである。

Hanssler CD-No.93.223

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2023年11月21日 (火)

ベルナルト・ハイティンク 56

ベルナルト・ハイティンク指揮バイエルン放送交響楽団で
ハイドンのオラトリオ「天地創造」
カミラ・ティリング、マーク・パドモア、
ハンノ・ミュラー・ブラッハマンの独唱、
バイエルン放送合唱団の合唱で
2013年12月19,20日にミュンヘンのヘルクレスザール。
力強く、引き締まった演奏で隅々にまで行き届いて、
このとき、ハイティンクは84歳だが、絶好調である。
力がみなぎっている印象であり、これは素晴らしい。
勢いや熱気も感じられるが、あくまでも格調高い。
やはりハイティンクの造形意識って、別格である。
どこかベートーヴェン的な音楽に感動するのだが、
ハイドンの「天地創造」って、こうした作品なのだ。
ハイティンクのハイドンは、あまりイメージがなく、
録音については思い出せず、交響曲に関しては
もちろん演奏しているとは思うけど、しかしながら
「天地創造」は3度目の録音なのだそうである。
バイエルン放送交響楽団とはオラトリオ「四季」も
取り上げており、1997年の録音がCDで出ていた。
ハイドンのオラトリオで、「天地創造」と「四季」は、
ハイティンクにとっても格別な作品なのであろう。
この響きからは、その強い想いが伝わってくる。

BR 900125

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2023年11月20日 (月)

マリス・ヤンソンス 25

マリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
マーラーの交響曲 第7番 ホ短調
2016年9月28-30日にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
静かに迫りくる巨大な迫力に引き込まれてしまうが、
明るく柔らかい音色を聞かせ、うっとりと美しく響き、
マーラーの演奏における理想形であると感激する。
交響曲 第7番によくいわれる難解さというものは、
もはやここには存在しないであろう。その心地よさで
こんなにも魅力的な音楽はないのである。指揮者と
オーケストラの作品への理解は、究極に達しており、
それを受けとめる聴衆もまた、もう恐いものはない。
緻密に細部にまで分析して、描き上げる精妙さと
ここでのマーラーの歌謡性というものが一体となり、
交響曲 第7番が、これほどまでにリラックスして、
自然体に奏でられることもない。なんて楽しいのか、
この作品も、昔よりも明るく鳴り、健康的に響いて、
知らぬ間に変わってきているということもあるのか。
するとちょっと思いはじめることが、作品の暗黒面で
混沌とした中から現れ出てくるグロテスクな音色が、
以前は聞けたような気がするのだけど、現在では、
そうしたところは現れず、もっと不安な中で憂鬱に
暗い音楽に支配されていたように思うのだけど、
そういうことを感じなくなってしまった。こちらの
理解が深まったのか、感受性が失われたのか、
しかしいえることは、ヤンソンスはここでの音楽に
実に肯定的なのであり、表現に対する強い想いと
バランス感覚やその調和が完璧な一致を見せて、
ここでの演奏の方向性と着地点を決めている。

RCO 17006

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2023年11月19日 (日)

ウィグモア・ホール 2014

ウィグモア・ホールのライヴ・シリーズから
イアン・ボストリッジとジュリアス・ドレイクによる
シューベルトの歌曲リサイタル 第3回で
郷愁 D.456、憧れ D.879、野外で D.880
2つの性格的な行進曲 D.866
月に寄せる旅人の歌 D.870
臨終を告げる鐘 D.871、真珠 D.466
自らの意志で沈みゆく D.700、怒れるディアナ D.707
捕われた狩人の歌 D.843、ノルマンの歌 D.846
さすらい人 D.493、ピッポリートの歌 D.890
リュートに寄せて D.905、私のクラヴィーアに D.342
泉のほとりの若者D.300
ウルフルーが漁をする時D.525
子守歌 D.527、友に D.654、草原の歌 D.917
孤独な男 D.800、夕映えの中で D.799
(アンコール)
月に寄せる嘆きD.436
2014年9月15日にウィグモア・ホールで収録。
イアン・ボストリッジとジュリアス・ドレイクによる
ウィグモア・ホールでのシューベルトの演奏会で
2013年から2015年にかけての4回の演奏から
その第3回を聞いている。選曲はますます渋く、
しかしそれゆえに味わい深く、本当に素晴らしい。
広く親しまれている有名な曲は少ないが、ずっと
シューベルトの歌曲を聞いているとどこかで聞き、
記憶にはある音楽で、引き出しが開けられる喜び、
なかなかのマニアックなシリーズでもあると思う。
イアン・ボストリッジのシューベルト研究はすごい。
それにしてもジュリアス・ドレイクのピアノは最高。
何となく、ではあるが、独特の和声やリズム感の
印象的な雰囲気の曲が選ばれている気もする。

Wigmore Hall Live WHLive0088

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2023年11月18日 (土)

テディ・パパヴラミ 2

テディ・パパヴラミによるパガニーニで
24のカプリース 作品1
1997年にグラディニャンのキャトルセゾン劇場。
テディ・パパヴラミのごく初期の録音であり、
26歳のときの演奏で、このとき、すでに有名で
話題に上っていたのか、わからないのだが、
テディ・パパヴラミに注目するようになったのは、
ずっとずっと後になってからなもので、もっと早く
聞いておくべきであったと反省しても後の祭りだ。
先鋭的な音色と強烈に鮮やかな感覚であり、
そのすごさは一瞬に明らかで、引き込まれる。
正直なところ、弦楽器の技術的な部分について、
実感としては理解できないのだが、開拓者の
パガニーニによる偉大な超絶技巧作品であり、
ピアノでいえば、リストの作品を聞くようなもので
24のカプリースはもっと聞かなければ、と思うし、
聞くとヴァイオリンについて、音色、響き、技術と
様々なことが勉強になる。楽しい作品でもあるし。
どうも弦楽器を聞くのにピアノがないと物足りなく、
ピアノがあるとそちらにばかり耳が行き、しかし
無伴奏ヴァイオリンの作品もバッハだけでなく、
イザイもバルトークもあるが、もっと聞かないと。
テディ・パパヴラミのパガニーニのカプリースは、
2001年の東京でのライヴもあり、そちらも聞く。

Zig-Zag Territoires ZZT320

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2023年11月17日 (金)

フランソワ・フレデリック・ギィ 11

フランソワ・フレデリック・ギィによる
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集(第3巻)から
ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 作品109
ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 作品111
2011年12月6日、2012年4月24,25日に
メッツのアルセナル劇場で収録されている。
フランソワ・フレデリック・ギィのベートーヴェンも
後期の作品でピアノ・ソナタ全集は完成である。
独特の澄みきった感覚や整然とした佇まいが
特長ではあるけれど、細やかに丁寧な表現で
やはりこのにじみ出る深みには感動してしまう。
CDとして完成しているので、当然ではあるが、
ライヴ録音ではありながら、安定感は魅力で
完成度の高さにすっかり引き込まれてしまう。
第30番では、爽やかな風が吹き抜けるようで
第31番に進み、それが少しずつ深まりを見せ、
動き出すところにその想いがあふれ出してくる。
第32番も細部にまで表情付けが行き届いて、
必要以上に激しさを強調せず、よい流れだが、
力強い音楽が表現されている。しかしやはり、
肩の力は抜けている印象もあって、感情より
自己と向き合い、コントロールしている演奏で
ここでも落ち着きある仕上がりは素晴らしい。
しかし第2楽章では、変奏が進んでいく中で
高揚感と同時に現れる浄化される空間であり、
その高みの境地はやはり格別なものがある。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタを堪能したが、
フランソワ・フレデリック・ギィで協奏曲も聞く。

Zig-Zag Territoires ZZT318

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2023年11月16日 (木)

ピエール・ローラン・エマール 5

ピエール・ローラン・エマールによるメシアンで
鳥のカタログから第5巻~第7巻
第5巻
8. ヒメコウテンシ
9. ヨーロッパウグイス
第6巻
10. コシジロイソヒヨドリ
第7巻
11. ノスリ
12. クロサバクヒタキ
13. ダイシャクシギ
2017年8月にベルリンのフンクハウスで収録。
ピエール・ローラン・エマールの鳥のカタログで
その後半を聞いている。13の鳥の名前が並び、
メシアンは鳴き声を取集して、紹介していると
しかしその音楽は楽しい野鳥図鑑などとは違い、
演奏するのも鑑賞するのもたいへんな難曲で、
しかしそれが、聞き続けていると心地よくなり、
メシアンの和音なのか、その音響空間というか、
洗脳されてくる感覚に近いのかもしれないが、
後半はますます素晴らしい。メシアンの音楽が
万人に受けて、幸福の内に楽しまれていると
そうしたタイプの音楽であるはずがないわけで、
しかしこの音楽は素晴らしいとハッキリいえて、
鳥の鳴き声によるリズムか、アクセントなのか、
脳に突き刺さってくる刺激は実によいのである。
鳥について、詳しくないので、全7巻の分類が、
どういう形で分けられているのかわからないが、
曲順が作曲された順なのか、完成された後に
組み替えられているのか、前半の壮大さから
後半に向かうにつれ、しだいに透明感も増し、
心穏やかに受け入れられるようで感動する。
ピエール・ローラン・エマールのメシアンは、
格別な存在ではあるのだが、やはり最高だ。

PENTATONE PTC5186670

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2023年11月15日 (水)

ピエール・ローラン・エマール 4

ピエール・ローラン・エマールによるメシアンで
鳥のカタログから第1巻~第4巻
第1巻
1. キバシガラス
2. キガシラコウライウグイス
3. イソヒヨドリ
第2巻
4. カオグロヒタキ
第3巻
5. モリフクロウ
6. モリヒバリ
第4巻
7. ヨーロッパヨシキリ
2017年8月にベルリンのフンクハウスで収録。
ピエール・ローラン・エマールの鳥のカタログは、
第2巻のカオグロヒタキが、リスト・プロジェクトに
収録されていたが、以前にも第3巻のモリヒバリ、
第5巻のヨーロッパウグイスの録音はあったが、
全曲の録音はこれがはじめてである。壮観だ。
演奏会では、全曲を弾いてしまうこともあって、
それはすごい。聞いていたら、支配されていき、
というか、麻痺してくる部分もあるし、陶酔だが、
演奏するのは、難業なのではないかと思うけど、
それは素人考えなのであり、エマールにとっても
弾きはじめたら、それは止められないのであろう。
メシアンにとっては、描写なのか、対話なのか、
鳥たちの鳴き声が収集され、音へと変換されて、
抽象的な形に音楽として表現されていくのだが、
それを受け止める我々にとっては、この時間は、
自己との対話でもあるように思えてくるのである。
続いて、第5巻から第7巻の6曲を聞きたい。

PENTATONE PTC5186670

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2023年11月14日 (火)

ベルナルト・ハイティンク 55

ベルナルト・ハイティンク指揮バイエルン放送交響楽団で
ブルックナーのテ・デウム
独唱はクラッシミラ・ストヤノヴァ、イヴォンヌ・ネーフ、
クリストフ・ストレール、ギュンター・グロイスベック、
バイエルン放送合唱団の合唱で
2010年11月10-12日にミュンヘンのフィルハーモニー、
交響曲 第8番 ハ短調(ハース版)
1993年12月15-17日にミュンヘンのヘルクレスザール。
新しい時期の録音でテ・デウムから聞きはじめるが、
バイエルン放送交響楽団の明るく、輝きの音色で
ハイティンクは厳粛な響きを引き出し、彫りが深く、
この渋さに感動してしまう。ますます派手さはなく、
高潔な情景へと導かれて、音楽は高められていく。
いつも同じ言葉ばかりだが、晩年のハイティンクは、
本当にどの演奏も不思議なぐらいに心が惹かれて、
素晴らしいので、そう表現するより、ないのである。
交響曲 第8番は、それより20年前の録音だが、
時期による違いはなく、仕上がりの違和感もなくて、
ハイティンクの音楽はやはり一本筋が通っていた。
あえていえば、引き締まった感覚はさらに強固で、
遊びや余裕というのは、それほど見せないので、
響きの生み出す余韻の豊かさより力強さである。
1993年のその時代のミュンヘンというと、一方の
ミュンヘン・フィルのチェリビダッケの存在があり、
それに影響され、ハイティンクも数ある録音の中、
最長の時間をかけて、演奏していると話題だが、
時間などはどうでもよい。そんなものは関係ない。
遅く感じるところはないし、ハイティンクの音楽への
姿勢はいつだって、少しも揺らがず、真摯である。
ひとつひとつの音に誠実に向き合った結果であり、
それが動くことはないし、作為的なものは存在せず、
表面的なところで操作された要素などありえない。
それがハイティンクである。そこは変わらなかった。
2000年以降、2010年以降、最晩年といろいろ聞き、
1993年のブルックナーを聞いて、それを確認する。
チェリビダッケがなぜあれほどに時間を要したのか、
遅いテンポで何か豊かに作り込まれた音にしようと
そうしたことを望んでいたわけではないのである。
音楽にひたすら向き合って、音を丁寧に引き出し、
研き抜かれた造形に作り上げようと、それに尽き、
影響を受けたところがあるとすれば、その音への
こだわりであって、ハイティンクも驚異の集中力を
ここで見せている。バイエルン放送交響楽団もまた
それに応えているのであり、ミュンヘン・フィルへの
ライバル意識が、そこにあったかはわからないが、
ここにはそうした凄みが感じられて、心動かされる。
30年の月日を経て、この演奏が世に出たことは、
実に大きなことだ。バイエルン放送交響楽団には、
偉大な録音が残されている。まだまだあるはずで
特にハイティンクに関しては、聞きたいのである。

BR 900212

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2023年11月13日 (月)

ロリン・マゼール 76

ロリン・マゼール指揮バイエルン放送交響楽団で
R.シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」 作品30
「ばらの騎士」組曲
交響詩「ドン・ファン」 作品20
1995年2月6-8日にミュンヘンのヘルクレスザール。
ロリン・マゼールのRCAの全集ボックスで聞いているが、
バイエルン放送交響楽団とのR.シュトラウスの第1弾で
注目であったので、この演奏は発売時にも聞いていた。
しかしこの時期、マゼールは大きく変わって、膨張型の
雄大な音色へと変貌して、思ったのと違って、当時は、
その続編は聞かなかった。この音色もまた、いま聞くと
少しも嫌ではないのだが、ゆったりとした大きな響きで、
とことん明るい音色であり、細やかに描き尽くしている。
緊張感で突き詰めていき、追い込まれた中で、何か、
とんでもないものが生まれてくるような感じではない。
昔のマゼールはそういう感覚があった。穏やかになり、
リラックスした時間にこそ、温かいものが生まれてくる、
そうした音作りである。じっくりと濃密に歌い込まれて、
この色彩的な情景こそが、聞く人に鮮烈さを与える。
こうしたマゼールの後年の演奏スタイルも現在では、
楽しめるようになったので、いまはいいと思っている。
むしろ魅力的にも感じられて、時間とともに熟成して、
この音楽の深み、味わいは増しているのかもしれない。
その場でわからず、マゼールに申し訳なかったけれど、
亡くなってからいろいろと聞き直し、その素晴らしさは、
底知れずにあふれ出してくるようで、どれも感動する。
マゼールのR.シュトラウスは各年代に録音も多いが、
1990年代後半のバイエルン放送交響楽団との演奏で
あの壮大な交響曲と交響詩を聞いていきたいと思う。

SONY 88697932382

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2023年11月12日 (日)

ウィグモア・ホール 2014

ウィグモア・ホールのライヴ・シリーズから
イアン・ボストリッジとジュリアス・ドレイクによる
シューベルトの歌曲リサイタル 第2回で
春に D.882、ヴィルデマンの丘を越えて D.884
愛らしい星 D.861、深い悩み D.876
ブルックの丘にて D.853、ヘリオポリスより1 D.753
ヘリオポリスより2 D.754、夕暮れの情景 D.650
静かな国へ D.403、墓堀人の郷愁 D.842
リーゼンコッペ山上にて D.611、挨拶を送らん D.741
ここにいたのだ D.775、ます D.550
漁師の愛の幸せ D.933、漁師の歌 D.881
アテュス D.585、夜咲きすみれ D.752
秘めごと D.491、森にて D.708
2014年5月22日にウィグモア・ホールで収録。
イアン・ボストリッジとジュリアス・ドレイクによる
ウィグモア・ホールでのシューベルトの演奏会で
2013年から2015年にかけての4回の演奏から
その第2回を聞いている。圧倒的に素晴らしい。
この惹きつける力というのは、何なのであろうか。
長年、イアン・ボストリッジの歌声を聞いてきて、
耳に馴染んでおり、それだけでも心地よくなり、
いろいろな理由はあるのだけど、好きである。
D作品番号によって、作曲年代ごとに集められ、
そうした印象もあるが、それだけでもなさそうで、
きっと選曲の深い意図があるに違いないのだ。
よく知る曲も含まれているけれど、なかなか渋く、
通好みで歌曲マニア、シューベルト・マニアには
たまらないものがある。その色合いに感動する。
静かな国へ D.403は、ヴィルヘルム・マイスターの
4つの歌曲 D.877~第4曲の元曲であるようだ。
ます D.550を聞くとイアン・ボストリッジの初期の
はじめて手に取った、シューベルトの歌曲集を
思い出すが、ジュリアス・ドレイクも切れ味鋭く、
少しも変わらずに絶品である。それに続いて、
漁師の歌 D.881の軽やかに爽やかなこと。

Wigmore Hall Live WHLive0077

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2023年11月11日 (土)

フランソワ・フレデリック・ギィ 10

フランソワ・フレデリック・ギィによる
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集(第3巻)から
ピアノ・ソナタ 第26番 変ホ長調 作品81a
ピアノ・ソナタ 第27番 ホ短調 作品90
ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106
2011年12月6日、2012年4月24,25日に
メッツのアルセナル劇場で収録されている。
フランソワ・フレデリック・ギィのベートーヴェンも
ここからは後期のピアノ・ソナタへと進んでいく。
「告別」から聞きはじめるが、ここでも実に柔らかく、
細やかな表情付けが美しくて、やはりこれは最高。
なんとも魅力的で本当に素晴らしい演奏である。
会場の音も入っているが、これがライヴ録音で
ホールで聞いていたら、それは幸福に違いない。
聞いている人を包み込んでくれる音楽である。
もちろんベートーヴェンの重厚な深みも存在し、
立体的にしっかりとした構築性も存在しているが、
何よりこのしなやかな感性に惹かれるのである。
後半はついに「ハンマークラヴィーア」が聞けるが、
こちらはまた迫力の力強い推進力が感じられて、
やはりライヴの特性もあるけれど、感動的である。
汚いところはないが、どこか荒々しさみたいなのは、
やはり作品の特性を引き出しているのであって、
それがあの神聖な第3楽章へと進み、厳粛に
凝縮され、高揚感とも違う、迫ってくる感覚には、
夢中になって、引き込まれてしまう。この極みで
その後に来るのが壮大なフーガであり、これは
ベートーヴェンの偉大さだが、真の傑作である。

Zig-Zag Territoires ZZT318

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2023年11月10日 (金)

エマニュエル・アックス 14

エマニュエル・アックスによるドヴォルザークで
ピアノ五重奏曲 イ長調 作品81
クリーヴランド四重奏団との共演で
1977年1月4-6日にニューヨークのRCAスタジオ。
ここからはエマニュエル・アックスによる室内楽で
ブラームスを中心にシューマンやドヴォルザークなど
様々な作品の録音が残されており、収録された順に
時代を追って聞いていく。クリーヴランド四重奏団とは
ブラームスやシューマンのピアノ五重奏曲を演奏して、
このドヴォルザークが最初の録音で、1977年という、
かなり早い時期でエマニュエル・アックスにとっての
はじめての室内楽の録音である。室内楽に熱心で
ヨーヨー・マやアイザック・スターンという名手たちと
共演していることで、そうしたイメージがあるけれど、
それよりもずっと昔にデビューしてまもない時期に
ここでのピアノ五重奏曲に取り組んでいるので、
エマニュエル・アックスの室内楽への情熱である。
独特の柔らかい表情付けが美しい表現を生み出し、
それは魅力的なのだが、やはりこれは素晴らしい。
いきいきとしたリズムが豊かな抑揚を与えている。
クリーヴランド四重奏団との録音を順に聞いていく。

RCA 88985485192

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2023年11月 9日 (木)

ロストロポーヴィチの1980年代 1

ムスティスラフ・ロストロポーヴィチのチェロ、
小澤征爾指揮ボストン交響楽団との協演で
ドヴォルザークのチェロ協奏曲 ロ短調 作品104
チャイコフスキーのロココ風の主題による変奏曲 イ長調 作品33
1985年12月にボストン・シンフォニー・ホールで収録。
ロストロポーヴィチの音色も変わり、若い頃に比べ、
ますますしなやかな表現になり、その柔軟な対応が、
実に魅力である。かつてソ連製の鋼鉄の鎧をまとい、
強靭な迫力で圧倒していたのが、それから20年で
ロストロポーヴィチは様々なものを捨て、それにより
音楽との深いつながり、この上ない一体感を得た。
その音色も歌い上げる音楽もロストロポーヴィチの
心の声、そのものなのであり、何も妨げるものなく、
聞く人の心にごく自然に染みわたってくるのである。
こんなにも素直に心に届く音楽はなく、聞く我々も
気付くと引き込まれているのである。圧倒されるより
この音楽との親密さが素晴らしいのであり、それに
優るものはないと思わされる。チャイコフスキーの
ロココ風の主題による変奏曲もごく自然体であり、
各変奏は様々な形を見せながらもひとつの流れで
有機的につながり、美しく、優しい音楽を聞かせる。
ロストロポーヴィチの数あるドヴォルザークの中で
小澤征爾と協演したCDは、やはり最も評価が高く、
広く知られている演奏であると思うが、改めて聞き、
穏やかに静かな時間の流れだが、最高の感動だ。

Warner 0825646139514

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2023年11月 8日 (水)

ウラディーミル・ユロフスキ 8

ウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルで
ブラームスの交響曲 第2番 ニ長調 作品73
2008年9月27日にロイヤル・フェスティバル・ホール。
交響曲 第2番でもユロフスキは流れるような表現で、
テンポが速いだけでなく、しなやかに歌わせ、それは
推進力に満ち、躍動感があり、クライバーを思わせる。
前へ前へと進む音のつながりが美しくて、無理はなく、
音楽の展開は極めて自然であって、それを思うなら、
テンポ感覚の速さというのは、少しも気にならない。
かつてクライバーの演奏というのが、それであった。
非常に似ているところがあるけれど、真似ではなく、
この手法でこの響きを求めるとこうなるのであろう。
音の連なりを大切にしているのだが、旋律の間にも
空白を入れずに余韻は吸い上げられるようであり、
それゆえに音楽はいきいきと動き出し、その呼吸は
独特の緩急を生み出して、聞く人を夢中にさせる。
これは素晴らしい。今日では、音楽の速度感覚も
かなり急速なものが主流となりつつあると思うが、
最先端でそれが、魅力的であることを示している。
このブラームスはいい。久々の大興奮なのである。

LPO 0043

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2023年11月 7日 (火)

ベルナルト・ハイティンク 54

ベルナルト・ハイティンク指揮ウィーン・フィルで
ブルックナーの交響曲 第5番 変ロ長調
テ・デウム
カリタ・マッティラ、スザンヌ・メンツァー
ヴィンスン・コール、ロベルト・ホルの独唱、
バイエルン放送合唱団の合唱で
1988年3,5月にウィーン楽友協会大ホールで収録。
ハイティンクのブルックナーを聞いてきているが、
昔のCDを出して、久しぶりに聞き直している。
ウィーン・フィルの演奏ということがやはり大きく、
その音色で一瞬にして空気が変わることを感じ、
冒頭からすっかりその世界に引き込まれてしまう。
しかしハイティンクは、いわゆるウィーン風という、
そうした仕上がりは目指さないので、華麗さより
真摯な姿勢が勝るのである。一方で思うのは、
ウィーン・フィルは、その繊細な響きは究極だが、
そちらが輝くと力強く引き締まる感じは薄まって、
いろいろと独特な方向性は示されるのだけれど、
魅力的なブルックナーであることは間違いない。
このCDは中学生のときに第4番、第7番に続き、
はじめて買った第5番であったが、正直にいえば、
当時はすべてを聞き通すのがたいへんなぐらいで、
容易い感じはなく、しかしその演奏を聞き返して、
いま思うのは、こんなにも素晴らしい音楽はない。
ブルックナー・ファンには、この緻密な第5番が
好きという方が多いのだけど、まさにその通りで
感動で胸がいっぱいになる。偉大な作品である。
第4楽章の壮大なフーガにて、心の奥へ奥へと
音楽が侵食してくるような、この感動はたまらない。
なぜいま、この演奏を取り出してみたかというと、
後半にテ・デウムが収録されており、これに続き、
ハイティンク指揮バイエルン放送交響楽団による
2010年のテ・デウムを聞きたいと思うのである。
一緒に収録されているのが、1993年の第8番で
ハイティンクの偉業をたどる注目のライヴ盤だ。

PHILIPS 422 342-2

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2023年11月 6日 (月)

レナード・バーンスタイン 36

レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルによる
マーラーの交響曲 第6番 イ短調「悲劇的」
1967年5月2,6日にニューヨークのリンカーン・センター。
バーンスタインのニューヨーク・フィルとの最初の全集は
これで完成であり、1975年に第10番が追加されている。
バーンスタインというと遅いテンポでこれ以上ないぐらい
想いを込め、熱く、歌い上げていくイメージがあるのだが、
ここでは疾走する印象であり、前のめりに突き進んでいく。
後のバーンスタインとは違った顔を見せて、快速である。
停滞がなく、音楽は明瞭に処理され、快適な進行であり、
それは心地よいはずなのだけど、なぜか心に響かない。
流れはよいが、すると一本調子な印象を与えるのか。
力強い響きで勢いを感じるけれど、いまの感覚で聞くと
どうしても手荒な印象はあって、精細さには欠けており、
速度感覚がまたそれを助長する。後の演奏スタイルで
感情豊かに起伏を大きく演奏すれば、平衡感覚は消え、
ここには存在するバランスも失われるかもしれないが、
この曲に限っては、それを求めているのかもしれない。
バーンスタインは77分で演奏しており、何をそんなに
急いでいたのか。晩年のバーンスタインを基準にして、
どうしても遅いイメージがあるのだが、この時代には、
バーンスタインの正解とは、これであったのであろう。
第3楽章になるとやはりそこではじっくりと歌い込まれ、
この美しい音楽は感動的なのだが、第4楽章は再び、
一気に駆け抜け、突き進む力が圧倒的なのである。
盛り上がるところで、明らかにぐちゃぐちゃになって、
そこは録り直さなくてよかったのかと不思議になるが、
当時はまだ、そんなに細かく、編集、修正することも
なかったのであろう。この演奏もほぼ一発録りなのか。

SONY 19439708562

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2023年11月 5日 (日)

ウィグモア・ホール 2013

ウィグモア・ホールのライヴ・シリーズから
イアン・ボストリッジとジュリアス・ドレイクによる
シューベルトの歌曲リサイタル 第1回で
流れ D565、ドナウ川の上で D553
双子座に寄せる舟人の歌 D360、夜の曲 D672
すみれ D786、夕べの星 D806
ゴンドラの乗り手 D808、解消 D807
水鏡 D949、アリンデ D904、憩いなき愛 D138
ひめごと D719、耽溺 D715
冬の夕べ D938、星 D939、ギリシャの神々 D677
(アンコール)
月に寄せてD259、月に寄せて D296
2013年9月13日にウィグモア・ホールで収録。
イアン・ボストリッジとジュリアス・ドレイクによる
すべてシューベルトの歌曲での演奏会であり、
2013年から2015年にかけての4回の演奏を
ウィグモア・ホールのCDで聞くことができる。
これは素晴らしい演奏で一瞬に引き込まれる。
水の流れや川にまつわる作品が多いのだが、
単純にそれだけでもなくて、もっと深い意味が
プログラムに込められているかもしれないが、
とにかく夢中にさせるものがあり、もう最高だ。
1990年代の後半にシューベルトの歌曲集が
発売されて、イアン・ボストリッジは有名になり、
人気が出たのだが、その頃からの共演である
ジュリアス・ドレイクのピアノが少しも変わらず、
鮮やかな切れ味を聞かせ、世界を作っている。

Wigmore Hall Live WHLive0067

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2023年11月 4日 (土)

ピエール・ローラン・エマール 3

ピエール・ローラン・エマールによるベートーヴェンで
ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106
エロイカの主題による変奏曲 変ホ長調 作品35
2020年7月にグラーツのシュテファニエンザール。
ピエール・ローラン・エマールも現代曲のときとは、
やはり違って聞こえるところもあるのだが、それは
作品の違いで、方針には変わりはないのであろう。
かなり分析的で音楽を解体して再構築だと思うが、
そこで少しの違和感もなく、受け入れられるのに
エマールの演奏にすっかり慣れてしまっていると
ベートーヴェンの演奏としては、独特であると思う。
見通しがよく、一音も逃すまいとすべてを明瞭に
解析されたベートーヴェンではあると思うのだが、
ギレリスの「ハンマークラヴィーア」が思い出され、
その理由は違うであろうけど、到達したところは、
非常に近い仕上がりなのである。明解なのであり、
どこか軽さもあって、第4楽章のフーガにおける、
心地のよい風が吹き抜けていくようなところは
かつて出会ったことのない魅力に感じられた。
ポリーニのように燃焼していく感覚とは違って、
リヒテルの巨大な建造物といった広がりでもなく、
ブレンデルやケンプのように音楽に近付こうと
親しみやすさを醸し出す演奏とも異なっていて、
エマールには、これまでには聞いたことのない、
新しい感覚というのが呼び起こされる部分がある。
現代音楽に積極的に取り組んでいるピアニストが、
ベートーヴェンの作品に熱心なことも多いのだが、
緻密な構築性というのに強く惹かれるのであろう。
最後に壮大なフーガが現れるという共通性から
エロイカ変奏曲が取り上げられ、各変奏の扱いで
新鮮な発見があり、そこには現代性も感じられる。

PENTATONE PTC5186724

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2023年11月 3日 (金)

セミヨン・ビシュコフ 18

セミヨン・ビシュコフ指揮チェコ・フィルと
キリル・ゲルシュタインによるチャイコフスキーで
ピアノ協奏曲 第2番 ト長調 作品44(原典版)
ピアノ協奏曲 第3番 変ホ長調 作品75
2019年2月13-15,20-22日にプラハのルドルフィヌム。
ピアノ協奏曲 第2番は、デニス・マツーエフ以来で、
そんな感じにハッキリと名前を挙げられるぐらいで、
ほとんど聞いていないのだが、それでもギレリスや
何種類かは聞いているかと少しずつ思い出してくる。
第1番のようにピアノが目立って出てくるのではなく、
オーケストラと緊密であり、細やかに一体で動いて、
まさにチャイコフスキーの音楽を堪能して楽しめる。
そうした作品における方向性が大きいと思うのだが、
キリル・ゲルシュタインも素晴らしい演奏をしながら
チャイコフスキーにすべてを捧げている印象であり、
ビシュコフもそれに丁寧に寄り添い、不思議なほど、
音楽のそのものが、くっきりと浮かび上がってくる。
ビシュコフによるチャイコフスキー・プロジェクトも
次回は最終回で、交響曲 第1番と第2番を聞く。

DECCA 483 4942

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2023年11月 2日 (木)

ウラディーミル・ユロフスキ 7

ウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルで
ブラームスの交響曲 第1番 ハ短調 作品68
2008年5月25日にロイヤル・フェスティバル・ホール。
快速というか、流れるように滑らかに聞かせる方法で
第1楽章を反復なしの時間でしっかり繰り返すのには、
ちょっと驚かされて、戻る瞬間には頭が真っ白になる。
しかし一方でこのテンポ感覚も表現もすぐに受け入れ、
現代の演奏スタイルにもすっかり慣れてしまっていると
それは思うのである。しかしここまでハッキリと明確に
過去の名演や名盤に聞かれる表現とよく決別できたと
それはすごい。先入観なく、真っ新な状態で読み解き、
ゼロから無垢の音を創造することができるのであろう。
それとも過去の演奏を参考にした上での構築なのか、
わからないが、それならば、なおさら強靭な音楽性だ。
新鮮な感覚にあふれ、ブラームスの音楽に新しさを
感じるとするならば、それはちょっと不思議な話だが、
中声部の動きや伴奏音型をくっきりと浮かび上がらせ、
解釈上の発見やユロフスキの個性も強く表れている。
しかしそれでどうも心が動かなくなってきていることも
感じているのであり、この演奏から15年が経つので、
時代はもう変わりはじめているのか、考えさせられる。
古典的な様式には、伝統というのがよく似合うのだが、
新しい感覚を持ち込むのが、どうも難しいのである。

LPO 0043

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2023年11月 1日 (水)

ハンヌ・リントゥ 4

ハンヌ・リントゥ指揮フィンランド放送交響楽団による
シベリウスのクレルヴォ交響曲 作品7
ヨハンナ・ルサネン、ヴィッレ・ルサネンの独唱、
エストニア国立男声合唱団、ポリテク合唱団の合唱で
2018年8月14-16日にヘルシンキのミュージック・センター。
ふと気付くのだが、ハンヌ・リントゥの引き出す音色が、
しなやかに滑らかな表現になっている気がするのである。
明瞭で確信に満ちた、この透明感は少しも変わらないが、
筋肉質であったのが、そこに柔軟な音の連なりが加わり、
心地よくて、これはたまらない。素晴らしい音楽である。
初期の作品であり、北欧の民謡風な音色があふれて、
シベリウスの独特の作風というのは、それほど表れず、
しかし人気作品であって、その魅力は確かに存在する。
ハンヌ・リントゥのシベリウスの作品への強い想いから
その魅力がさらに引き出され、感動も増しているのか。
この作曲家の中期以降、後期の作風とは大きく異なるが、
やはりシベリウスの音楽における、その特長というのは、
ここに高い密度で、凝縮されているのかもしれない。
シベリウス好きは、クレルヴォ、クレルヴォ!というが、
最高に素晴らしい音楽だなって、改めて、思わされる。

ONDINE ODE1338

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