« 2023年12月 | トップページ | 2024年2月 »

2024年1月31日 (水)

ロリン・マゼール 78

ロリン・マゼール指揮バイエルン放送交響楽団で
R.シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの
愉快ないたずら」 作品28
交響詩「英雄の生涯」 作品40
1996年11月14,15日にバイエルン放送スタジオ。
ロリン・マゼールとバイエルン放送交響楽団による
R.シュトラウスのシリーズを収録順に聞いている。
この時代のマゼールは作り込みが非常に豊かで、
穏やかな流れの中に調和のとれたバランスを保ち、
それがなんとも美しい仕上がりで、この心地よさは
極上の贅沢だと最高である。かつてのマゼールの
刺激なところはなくなっているが、これも素晴らしい。
バイエルン放送交響楽団も暖かく、明るい音色で、
マゼールはたっぷり鳴らし、豊かな音響を引き出し、
とにかく素晴らしくて、感動する。ゆったりと聞かせ、
膨張型の音作りではあるので、かつてであったら、
もっと引き締まった響きを求めたかもしれないが、
いまではこれがいい。好みが変わったことも認め、
この時代のマゼールは、その当時は苦手意識で、
あまり聞かなかったこともあり、惜しいことをしたと
また同時にいまだからわかること、というのもある。
時代も変わって、昔の演奏が浮かび上がってくる。

SONY 88697932382

| | コメント (0)

2024年1月30日 (火)

アンドリス・ネルソンス 6

アンドリス・ネルソンス指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で
ワーグナーの楽劇「神々の黄昏」から
ジークフリートの葬送行進曲
ブルックナーの交響曲 第7番 ホ長調(ハース版)
2018年3月にライプツィヒ・ゲヴァントハウスで収録。
アンドリス・ネルソンスによるブルックナーの交響曲を
収録順に聞いている。このシリーズはワーグナーとの
組み合わせが特長であり、ブルックナーの第7番との
「葬送」つながりで、ジークフリートの葬送行進曲だが、
ワーグナーはそれだけで、しっかりとまとめてほしく、
ブルックナーの交響曲もそれだけでよいと頭では
考えるのだけど、聞くと素晴らしくて、葬送行進曲で
冒頭のもうそこだけで深く感動してしまうのである。
交響曲 第7番は、大きく息を吸って、実に雄弁に
この上なく豊かに歌い上げて、引き込まれてしまう。
雄大な序奏を聞かせるが、動きが加わってくると
ネルソンスは若々しい感覚を積極的に盛り込んで、
少しずつ推進力も加わって、何ともいいのである。
その展開はしなやかで、聞かせ方もまさに絶妙だ。
第2楽章などもエネルギーの巧みなコントロールで
かつてのブルックナーを得意としていた巨匠たちの
格式の演奏とは印象も違うのだが、時代も変わって、
この新しい形を受け入れなくてはいけないのであろう。
21世紀のいまのブルックナーだと、それは強く感じる。
1944年に出版されたハース版と表記されているが、
第2楽章の打楽器の扱いで、シンバルが加えられ、
トライアングル、ティンパニと壮大に盛り上げているが、
ハースは書き加えられている「無効」の文字を採用し、
打楽器は削除したとの認識であったが、版の問題は
本当に難しい。ハース版をベースに解釈が加えられ、
折衷案のネルソンス版ということなのかもしれない。
いろいろと勉強しなければいけないことはあるが、
親しみやすい交響曲 第7番で、音楽は楽しめる。

DG 479 8494

| | コメント (0)

2024年1月29日 (月)

ニューイヤー・コンサート2024

クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィルによる
2024年のニューイヤー・コンサートを聞いている。
第1部
コムザークのアルブレヒト大公行進曲
ヨハン・シュトラウス2世のワルツ「ウィーンのボンボン」
ポルカ・フランセーズ「フィガロ・ポルカ」
ヘルメスベルガー2世のワルツ「全世界のために」
エドゥアルト・シュトラウスのポルカ「ブレーキかけずに」
第2部
ヨハン・シュトラウス2世の喜歌劇「くるまば草」序曲
イシュル・ワルツ、ナイチンゲール・ポルカ
エドゥアルト・シュトラウスのポルカ・マズルカ「山の湧水」
ヨハン・シュトラウス2世の新ピツィカート・ポルカ
ヘルメスベルガー2世の学生音楽隊のポルカ
(バレエ「イベリアの真珠」から)
ツィーラーのワルツ「ウィーン市民」
ブルックナーのカドリーユ(デルナー編曲)
ロンビのギャロップ「あけましておめでとう!」
ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「うわごと」
(アンコール)
ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ「騎手」
ヨハン・シュトラウス2世のワルツ「美しく青きドナウ」
ヨハン・シュトラウス1世のラデツキー行進曲
2024年1月1日にウィーン楽友協会大ホールで収録。
日本では能登半島の震災で大変な元日を経験したが、
ウィーンでは変わらずに新しい年を迎えていたわけで
この音色を聞くと無事に平和な音楽がそこには流れ、
安心するし、喜びであり、これが幸福というものである。
NHKのテレビ放送でティーレマン自身が語っていたが、
前回の2019年は、この大舞台で指揮しているだけで
精一杯であったが、今回は楽しんで、堪能していると。
「くるまば草」序曲などでも力が抜けて、余裕の響きで
ゆったりと聞かせている。ティーレマンらしさは消えて、
柔らかく、穏やかに洗練される方向ではあるのだけど、
ウィーン・フィルのウィーン音楽を聞くコンサートである。
誰が指揮をするのか?というのは、最大の注目だが、
指揮者たちも音楽を楽しみ、一緒に幸せを噛みしめ、
近年、ここに登場する指揮者はその演奏においては、
存在は薄れつつあるように思われる。その点では、
2025年に予定されているムーティは、歴史もあって、
自身の音楽をしっかりと伝えられる貴重な存在である。
そうした中で「美しく青きドナウ」に現れた、これこそが
ティーレマンのパウゼという場面には大興奮であった。
2024年が生誕200年にあたるブルックナーの作品が
演奏されているけれど、酒場で興に乗って作った曲で
新たに管弦楽編曲されており、ニューイヤー仕様で、
なんとも溶け込んでいる。まわりの作品、その音楽に
溶け込ませているところもあるのだが、ブルックナーの
音楽の中にそうした要素がある、ということを知りたい。
シューベルトのドイツ舞曲に近いと思う。ブルックナーも
やはりオーストリア人で、ウィーンの作曲家なのである。
このCDを聞き、改めて、2024年を迎えられた気がした。

SONY 19658858932

| | コメント (0)

2024年1月28日 (日)

グザヴィエ・フィリップス 2

グザヴィエ・フィリップスのチェロ、
フランソワ・フレデリック・ギィのピアノによる
ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集を聞く。
チェロ・ソナタ 第3番 イ長調 作品69
チェロ・ソナタ 第4番 ハ長調 作品102-1
チェロ・ソナタ 第5番 ニ長調 作品102-2
2015年1月にメッツのアルセナル劇場で収録。
非常によい流れであり、テンポも速いのだと思う。
グザヴィエ・フィリップスのチェロが前に出てきて、
初期の作品と比べて、それはベートーヴェンの
作曲の充実を示しており、チェロとピアノの二人が
精度を上げた緻密なアンサンブルを成し遂げて、
第3番は最高傑作であり、後期のチェロ・ソナタは
規模は小さいながらも技法を極めて、偉大である。
第3番に関しては、この速度感はピアノにとって、
少し速すぎるのかもしれない。作品のもつ重みや
深みが出ずに堅牢な構造が浮かび上がらない。
前に前に進み過ぎて、チェロは素晴らしいのだが、
フランソワ・フレデリック・ギィの味わいが伝わらず、
個人的には物足りなくも感じられる。その点では、
第4番と第5番も緻密な作風を噛みしめるように
聞いていきたいのであり、どんどん流れていって、
耳が追い付かないのである。気合いが入り過ぎて、
音楽に没頭しすぎたか。客観性で音楽を細部まで
解き明かしてほしいという気持ちがある。そこだけ、
大切な作品なだけにいろいろと求めてしまうのか。

evidence EVCD015

| | コメント (0)

2024年1月27日 (土)

グザヴィエ・フィリップス 1

グザヴィエ・フィリップスのチェロ、
フランソワ・フレデリック・ギィのピアノによる
ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集を聞く。
マカベウスのユダによる変奏曲 ト長調 WoO45
魔笛の主題による変奏曲 変ホ長調 WoO46
魔笛の主題による変奏曲 ヘ長調 作品66
チェロ・ソナタ 第1番 ヘ長調 作品5-1
チェロ・ソナタ 第2番 ト短調 作品5-2
2015年1月にメッツのアルセナル劇場で収録。
実にいい音色である。グザヴィエ・フィリップスの
しなやかな表現は、同時に深みのある響きを奏で、
フランソワ・フレデリック・ギィのピアノがまた絶品だ。
なんと美しい音色であり、細やかな動きも絶妙に
輝きのあふれる音楽に感動する。心がこもって、
細部にまで、豊かに描き込まれ、そして何よりも
興に乗っている。勢いがあって、引き込まれる。
ライヴ録音の表記はないのだが、強い集中力で
白熱する感じもあり、独特の熱気を帯びてくる。
二人の掛け合いにおける相乗効果がすごい。
精妙にはじまるところから音楽の進行とともに
どんどん立体的になって、迫りくるものがあり、
これぞ名演である。続いて、後半のソナタを聞く。

evidence EVCD015

| | コメント (0)

2024年1月26日 (金)

クリストフ・プレガルディエン 3

クリストフ・プレガルディエンとミヒャエル・ゲースによる
シューベルトの歌曲集「冬の旅」 D.911
2012年9月2-5日にモルのギャラクシー・スタジオ。
テノール歌手による「冬の旅」は抒情的にも感じられ、
優しく、美しい「おやすみ」にはじまり、感情は豊かで
激しい物語へと発展していく。囁くような繊細さから
力のこもった叫びまで、表現の幅は最大まで拡大し、
メリハリが効いている。もちろん相乗効果だと思うが、
ミヒャエル・ゲースのピアノが個性的で主張が強い。
それは魅力ではあるが、歌曲ピアノの領域を越え、
創造性にあふれ、独特の仕上がりを示している。
もちろんクリストフ・プレガルディエンの求めもあり、
それに応えているのだと思うが、耳馴染まないので
最初は違和感もあるけれど、音色を自在に操って、
起伏に富んでいる。歌との一体感は圧倒的であり、
プレガルディエンの歌には欠かせぬ存在といえる。
曲によって、叩きつけるような音がどうも気になり、
すべては対比のため、詩の力を最大に引き出すと
その意図だと思うのだけど、超越したところもある。

CHALLENGE CC72665

| | コメント (0)

2024年1月25日 (木)

ジュゼッペ・シノーポリ 18

ジュゼッペ・シノーポリ指揮シュターツカペレ・ドレスデンで
ベルクの抒情組曲からの3つの楽章
1997年11月にドレスデン国立歌劇場で収録、
「ヴォツェック」から3つの断章
1997年7月にドレスデン国立歌劇場で収録、
「ルル」からの交響的小品
1998年6月にドレスデン国立歌劇場で収録。
このCDは発売された当時にすぐに買っていて、
20年以上も昔のことで旧盤も大切にしているが、
やはり「ヴォツェック」と「ルル」に人を惹きつける、
それだけの力があるということで、実に鮮烈だ。
この演奏にも夢中にさせるものがあるけれど、
シノーポリによる全曲盤がないということが、
残念でならないのである。長生きしていたら、
シノーポリは全曲盤を制作したかもしれない。
抒情組曲は弦楽合奏版になっている段階で、
かなり響きも増強されているのであろうけど、
シノーポリの表現は重厚であり、粘りがすごく、
引っ張って、引っ張って、その先に絶叫して、
爆発させる音楽は恐怖以外の何ものでもない。
表面に映る以上にその内面には壮絶なものが
備われている。歌劇では、元のイメージもあり、
シノーポリはますます本領を発揮しているが、
緻密さが加わり、やはり表現の幅は拡大され、
常に恐怖の感覚が付きまとって、突き刺さる。
「ルル」での美しさは、何か異常なものがあり、
危険そのものであって、透明感とも違うのだが、
その研ぎ澄まされた感覚に強く引き付けられる。
やはりシノーポリは天才である。ベルクの作品で
強く感じるものがある。協調しすぎるのは危険だ。
ベルクの音楽は離れがたい悪魔の薬なのであり、
入れ込んではいけないが、抜け出せずにいる。

Warner 0190295439576

| | コメント (0)

2024年1月24日 (水)

クリスティアン・ティーレマン 16

クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場で
R.シュトラウスの歌劇「影のない女」~第3幕
2019年5月25日にウィーン国立歌劇場で収録。
バラックと妻が堕とされた地底の世界で、第3幕は
暗いますます不気味な音楽にはじまり、それがよく、
前半の怪奇趣味はたまらなく、後半の美しい音楽と
対比をなしている。物語の内容も音楽の展開でも
晴れ渡る効果が、聞く人に大きな感動をもたらす。
バラックと妻は引き裂かれて、幽閉されているが、
天上からの導きにより、階段を上り、霊界に至る。
愛を知った皇后は、バラックの妻から影を奪えず、
霊界を離れ、人間として生きていくことを望むが、
それもまたバラックの妻が影を失うことが条件で、
心の葛藤による不穏な音楽と愛や希望に満ちた、
美しい音楽が、交互に現れて、R.シュトラウスの
まさに絶妙な作風が壮大に奏でられて、ここは
感動しかないのである。泉に皇后の影が映ると、
石にされていた皇帝は、元の姿を取り戻して、
黄金の橋が現れ、バラックと妻も再会を果たし、
後半は四重唱となるが、楽劇「ラインの黄金」の
神々のヴァルハラ場への入城の場面を思い出し、
やはりワーグナーからの影響なのではないかと。
産まれ出ることのできなかった子供たちの声が、
聞こえてきて、これについては、第1幕の後半で、
鍋の中にいる魚たちも同じように歌い出すのだが、
これはどういう意味なのか、解説はないものかと、
影がないことによって、皇后は子供を産むことが
できないのであり、しかし影を手に入れ、この先、
皇帝と皇后には、近く子供が生まれるであろうと、
そういうことを暗示しているのか、とも思うのだが。
バラックの妻は第2幕で、影を皇后に売り渡して、
もう子供は生まないと宣言しており、その辺りにも
深いテーマが盛り込まれていそうではあるけれど、
まだよくはわかってはいなくて、次回また考えたい。

ORFEO C991203

| | コメント (0)

2024年1月23日 (火)

クリスティアン・ティーレマン 15

クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場で
R.シュトラウスの歌劇「影のない女」~第2幕
2019年5月25日にウィーン国立歌劇場で収録。
第2幕は人間界のバラックの家と皇帝の鷹狩りと
場面が行ったり来たりして、話は同時に進行する、
ということなのだが、皇后が影を手に入れるため、
下界にきて、その期限は刻一刻と近付いている。
各場面では、皇帝と皇后の心のやり取りもあるし、
バラックの家では、妻が幻影の男たちに誘惑され、
「パルジファル」第2幕に近い甘美な情景が続き、
対比として、場面転換の音楽が前衛な色合いで、
実に刺激なのである。皇后の乳母が魔法を使い、
妖術使いのようで、それもすべて皇后のためだが、
人間を惑わし、そこまでして影を手に入れることに
戸惑いの感情が芽生え、一方でバラックの妻は、
影を売ることは魂をも失うことに値し、夫を裏切り、
いざというところで我に返る。深いテーマを備え、
しかし荒唐無稽な設定と物語の展開なのであり、
こんな舞台は到底受け入れられないと、そういう
人もまた現れそうだが、不思議な世界を借りて、
それだからこそ自由に描き出せる情景があって、
ますます面白くなってくる。魔法の誘惑から逃れ、
バラックと妻が正気を取り戻した瞬間、すべては
崩壊し、轟音とともに地の底にのみ込まれていく。
大迫力の第2幕の終結であり、客席も大興奮に
盛り上がっている。美しく繊細な音色を聞かせる、
ウィーン・スタイルとは対照的な破壊力なのであり、
ティーレマンの技の冴えで、最高の感動である。
「影のない女」って、俗っぽい「パルジファル」だ。

ORFEO C991203

| | コメント (0)

2024年1月22日 (月)

クリスティアン・ティーレマン 14

クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場で
R.シュトラウスの歌劇「影のない女」~第1幕
2019年5月25日にウィーン国立歌劇場で収録。
この作品の独特な怪奇趣味は魅力なのであり、
霊界と皇帝たちの暮らす領域、それに対しての
人間たちが生きる下界、さらには地に堕ちての
地底の世界とそこを行き来する舞台というのは、
ワーグナーの楽劇に通じる気もして、好きである。
グロテスクに暗黒な色調に彩られていくのだが、
その対比として、ウィーン国立歌劇場の美しく、
しなやかな表現をここでもティーレマンは引き出し、
音で聞いて、そこに豊かな情景が広がっていく。
美しいだけのオペラは単調で、あまり面白くなく、
こうして暗い音色に彩られて、不気味な世界に
足を踏み込んでいる作品ほど、美しさは際立ち、
実に面白い。ウィーン国立歌劇場管弦楽団の
この音色はあまりに魅力的で、陶酔があって、
本当にすごいのだが、かつてのティーレマンの
音が汚いまでの迫力や重厚な響きも懐かしくて、
この演奏は現在のティーレマンを象徴しており、
ウィーンの表現を手中に収め、技を極めている。
皇后は影を持たない霊界のものということで、
東洋的なイメージということではないのだが、
かつての演出からのどこかそういう連想もあり、
するとトゥーランドットを思い出してしまうけれど、
音楽もまた似ているところがあって、興味深い。

ORFEO C991203

| | コメント (0)

2024年1月21日 (日)

エリック・ル・サージュ 5

エリック・ル・サージュによるシューマンで
アベック変奏曲 作品1
トッカータ 作品7
子供の情景 作品15
ベートーヴェンの主題による練習曲
謝肉祭 作品9
2005年8月にラ・ショー・ド・フォンで収録。
エリック・ル・サージュでシューマンを聞いている。
非常に勢いがあって、立体で現れる迫力であり、
そのエネルギッシュな想いは力を与えてくれる。
元気の出るシューマンである。極彩色なのであり、
圧倒的な輝きに引き込まれる。子供の情景では、
少し落ち着いてくるけれど、続く、ベートーヴェンの
交響曲 第7番の第2楽章の主題による練習曲で
これが面白い。聞いたことはあるのだけど、誰で?
忘れたが、セドリック・ティベルギアンが録音して、
そちらも近く聞きたいと準備している。どことなく、
交響的練習曲に通ずるところがあり、興味深い。
謝肉祭では再び情熱が爆発し、力強い推進力で
駆け抜けている。様々な性格の小品が、奥底から
あふれ出してくるようであり、この凝縮度というのは、
巨大な集合体を形成する上でも魅力的なのである。
分散して停滞する感じはどこにもなく、弾力があり、
この抑揚は最高で、やはりスペシャリストである。

Alpha ALPHA813

| | コメント (0)

2024年1月20日 (土)

スティーヴン・ハフ 24

スティーヴン・ハフによる「イン・リサイタル」で
メンデルスゾーンの厳格な変奏曲 ニ短調 作品54
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 作品111
ウェーバーの舞踏への勧誘 作品65
ショパンのワルツ 嬰ハ短調 作品64-2
ワルツ 変イ長調 作品34-1
サン・サーンスののんきなワルツ 作品110
シャブリエのアルバムの綴り
ドビュッシーのレントより遅く
リストの忘れられたワルツ 第1番 嬰ヘ長調
メフィスト・ワルツ 第1番
伝承曲「ワルチング・マチルダ」(ハフ編曲)
2008年7月22,23日にヘンリー・ウッド・ホール。
スティーヴン・ハフによるリサイタル・プログラムで
前半は厳格な様式による威厳に満ちた空気であり、
変奏曲という共通性もあるが、後半はガラッと変わり
古今東西のワルツが集められ、楽しくて仕方がない。
スティーヴン・ハフの高度な技巧で明瞭な響きだが、
メンデルスゾーンでは、一筋の流れを大切にして、
変奏の細部を特徴付けて、克明に描き出すよりも
次々に現れる変奏は、我々に様々な表情を見せて、
求心力と集中度で凝縮された音楽を聞かせている。
この作品は変奏曲でもそうした方向性ではあるか。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタが実に優れている。
深みがないとか、精神性が足りないとか、そうした
意見もありそうではあるけれど、完璧な技巧により
明瞭な造形は揺るぎなく、隅々にまで、鮮やかに
この研ぎ澄まされた細部から現れ出るものがある。
第2楽章の変奏曲は、これまで聞いてきた中でも
最も素晴らしい演奏のひとつである。多層的であり、
複雑に様々な音域に現れる主題をここまで明解に
適切に処理している演奏はない。後半はワルツで
ウェーバーからであるが、前半の厳粛さと対比で
華やかな色合いに心踊ってしまう。緻密な構成で、
ショパンからフランス音楽へとますます洗練されて、
リストのメフィスト・ワルツは圧倒的だ。これは感動。
充実の選曲と演奏は完璧、究極の域なのである。

hyperion CDA67686

| | コメント (0)

2024年1月19日 (金)

クリストフ・プレガルディエン 2

クリストフ・プレガルディエンのテノール、
アンドレアス・シュタイアーのフォルテピアノで
シューベルトのレルシュタープの詩による歌曲
秋に D.945
歌曲集「白鳥の歌」 D.957から
愛の使い、兵士の予感、春の憧れ、セレナード
住処、遠い地にて、別れ
ハイネの詩による歌曲
歌曲集「白鳥の歌」 D.957から
アトラス、君の肖像、漁師の娘
街、海辺にて、影法師
ザイドルの詩による歌曲
鳩の便り D.965A、憧れ D.879、窓辺に D.878
ただあなたのそばに D.866
月に寄せるさすらい人の歌 D.870
弔いの鐘 D.871、野外で D.880
2008年6月27-30日にモルのギャラクシー・スタジオ。
クリストフ・プレガルディエンによるシューベルトの
三大歌曲集を聞いている。これは偉大な傑作である。
美しい歌声が染みるし、アンドレアス・シュタイアーの
フォルテピアノによる素朴な音色が何という心地よさ。
角の取れた柔らかい響きで、流れは滑らかである。
独特の跳ねるような、躍動感や抑揚が魅力であり、
残響が短く、響かないことで音楽は自然と速くなるが、
そこには推進力が生まれ、緊張感が増し、迫ってくる。
現代のグランドピアノの豊かさはないが、これがいい。
歌曲集「白鳥の歌」に登場する詩人でレルシュタープ、
ハイネ、ザイドルと三部構成で晩年のシューベルトの
歌曲がたっぷりと歌われており、もう満足しかない。
深く心に響いて、この上なく、癒しの世界が広がる。

CHALLENGE CC72665

| | コメント (0)

2024年1月18日 (木)

ベルナルト・ハイティンク 57

ベルナルト・ハイティンク指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
ブラームスの交響曲 第3番 ヘ長調 作品90
悲劇的序曲 作品81
1970年5月にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
ハイティンクの1970年代のブラームスを聞く。
交響曲 第3番から収録がスタートしているが、
1970年の録音で音が硬い印象もあるのだけど、
力強い響きを引き出し、そして旋律が流れると
独特の暖かみもあふれ出し、そうしたところは
後年の演奏につながるハイティンクらしさかと
想いは膨らむ。しかしこのとき41歳なのである。
やはり特長は、明解に音楽を運び、動きもよく、
表現もきびきびと俊敏に反応し、その切れ味か。
若々しいところを積極的に聞くべきなのであろう。
つい後の穏やかな音色のハイティンクを思うが、
1970年代は、メリハリの効いた鋭い演奏である。
ハイティンクは1990年代にボストン交響楽団と
2000年代にもロンドン交響楽団と交響曲全集を
再録音しているが、この全集が最初であろうか。
収録された順に聞いていくが、楽しみである。

DECCA 478 6360

| | コメント (0)

2024年1月17日 (水)

ヘルベルト・ブロムシュテット 31

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団で
バルトークの交響詩「コシュート」
管弦楽のための協奏曲
1993年9月30日、10月5日にデイヴィス・シンフォニーホール。
バルトークの交響詩「コシュート」はいまでも珍しいのだが、
ブロムシュテットの演奏が出たときには、はじめてのような、
そんな印象であったと記憶しているけれど、聞けるのは、
貴重なことである。やはりバルトークの初期の作品であり、
ハンガリーの英雄を扱って、バルトークの子供時代には、
コシュートという人は生きていたと記述も出てきたけれど、
伝説上の人物ではなく、身近な存在を音楽に描くのって、
不思議な感覚でもあって、興味深い。親しみやすくもあり、
物語的であり、映像効果のような部分は映画音楽に近く、
そのまま楽しめる。管弦楽のための協奏曲は素晴らしい。
ますます研かれた仕上がりで、誠実に丁寧に音が扱われ、
平衡感覚も高まって、美しいまでの造形バランスである。
この時代、ブロムシュテットは様々な録音を残していたが、
その後、近年は特にバルトークのイメージはあまりなくて、
意外性も楽しみだが、聞くと正攻法に感激するのである。

DECCA 478 6787

| | コメント (0)

2024年1月16日 (火)

アンドリス・ネルソンス 5

アンドリス・ネルソンス指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で
ワーグナーの歌劇「ローエングリン」前奏曲
ブルックナーの交響曲 第4番 変ホ長調
「ロマンティック」(1878/1880 ノヴァーク版)
2017年5月にライプツィヒ・ゲヴァントハウスで収録。
アンドリス・ネルソンスによるブルックナーの交響曲を
収録順に聞いている。ネルソンスは伝統を重んじて、
あまり新機軸の解釈を打ち出さないので、これだと
表面的な部分ではあるが、爪痕を残せないのでは、
どうなるものかと思いはじめてはいたが、ここでの
交響曲 第4番は素晴らしく、安心して満たされる。
ゲヴァントハウス管弦楽団が何ともいい音色であり、
それを引き出したのは、ネルソンスの存在であって、
深い感動とブルックナーの交響曲を聞く喜びとで、
胸がいっぱいになる。こういう体験は貴重であり、
間違いなく、自信をもって、名演といえるのである。
実に奥行きある響きでしっかりと歌い込んでいるが、
音楽が進む中で若々しい躍動や推進力も生まれ、
自然な展開の中で聞く人の心をつかむのである。
強引なところがなく、主張を押し付けないところが、
ネルソンスの特長であり、何よりも音楽を大切に
自身は控えめなところに好感をもつ。繊細らしい。

DG 479 7577

| | コメント (0)

2024年1月15日 (月)

クリスティアン・ティーレマン 13

クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場で
R.シュトラウスの歌劇「ナクソス島のアリアドネ」
2014年10月にウィーン国立歌劇場で収録。
ウィーンの美しい音色でしなやかな表現であり、
これこそが極上の心地よさなのだけど、ここでも
やはり思うのは、ティーレマンは変わったなという、
この音色を手に入れて、昔からこの音を求めて、
しかしその環境が調わず、ということであったか、
間違いなく、技も格段に研かれ、圧倒的である。
かつてのどこか強引なまでの重厚さというのも
懐かしく思えてしまうのだけど、この魅力には、
とても敵わない。それにしても美しい音楽である。
とはいいながら、音で聞いていると一本調子な、
そういう印象がR.シュトラウスの歌劇にはあって、
そこが後半の劇中劇に入ると、ギリシャ悲劇の
アリアドネの物語と同時進行する舞踏の喜劇で
ツェルビネッタの挿入歌との対比で面白くなる。
バッカスの登場以降は、深みも出てくるのであり、
素晴らしい作品なのだけど、いつも聞いている、
というわけではないので、久しぶりだと難しい。

ORFEO C996202

| | コメント (0)

2024年1月14日 (日)

クリストフ・プレガルディエン 1

クリストフ・プレガルディエンとミヒャエル・ゲースによる
シューベルトの歌曲集「美しき水車小屋の娘」 D.795
2007年10月6-8日にモルのギャラクシー・スタジオ。
クリストフ・プレガルディエンによるシューベルトの
三大歌曲集を聞いていきたい。美しい歌声である。
情熱から安らぎ、憧れ、焦り、諦め、死の浄化へと
様々な感情は豊かに歌われ、引き込まれてしまう。
若々しく、繊細な情景は、何とも切ないものがある。
ミヒャエル・ゲースが独特な表情付けを聞かせて、
歌と密接に一体の動きであり、大胆な起伏である。
歌曲のピアノとしては、この積極性は馴染めないが、
情景を限界まで豊かに描き出そうと想いが伝わる。
反復の度に形を変え、装飾も加えられるのだけど、
こうした演奏スタイルがあるのか、他では聞かない。
クリストフ・プレガルディエンもまた、表情を変えて、
ふたりの一致した方向性であるのかもしれない。

CHALLENGE CC72665

| | コメント (0)

2024年1月13日 (土)

ユリアン・プレガルディエン 1

ユリアン・プレガルディエンによるハンス・ツェンダーで
シューベルトの冬の旅 再創造
ロベルト・ライマー指揮ドイツ放送フィルとの共演で
2016年1月22日ザールブリュッケンのハルベルク放送局。
ハンス・ツェンダーの編曲による小オーケストラのための
シューベルトの歌曲集「冬の旅」である。最高の感動だ。
美しい音色が流れ出し、まさにシューベルトの世界だが、
それはツェンダーの創作を追い込み、究極のところで
すべては崩壊し、姿を消して、恐怖と絶望に襲われる。
立ち止まって、荒涼とした情景が広がり、歩むしかなく、
前に進むしかないのであり、シューベルトは戻ってきて、
この浮遊する感覚、揺らぎを止められない心の動きは、
まさに「冬の旅」の世界そのものだ。歌の部分に関して、
ユリアン・プレガルディエンは美しい歌声で、原曲通りに
歌われていると思うのだが、そこもやはり、音楽の崩壊で
響きが破綻すると歌も詩も同時に奈落の底に落とされて、
感情は爆発するのであり、音楽の中に秘められた激情が、
ハンス・ツェンダーによって、極限まで拡大されている。
シューベルトの音楽における、悪魔の誘惑なのであり、
これに魅了されたら、引き返すことはできないであろう。
シューベルトの作品にマーラーの音楽の要素を感じて、
本来は逆で、マーラーがシューベルトから影響を受けた、
ということがあるのか、ないのか、そういうことなのだが、
ここでもやはりツェンダーの編曲からマーラーの世界が
強く感じられる。本当に素晴らしく、ハンス・ツェンダーの
シューベルトへの共感が満ちあふれて、最高の感動だ。

ALPHA 425

| | コメント (0)

2024年1月12日 (金)

フランソワ・グザヴィエ・ロト 15

フランソワ・グザヴィエ・ロト指揮レ・シエクルで
ベルリオーズの幻想交響曲 作品14
2009年8月30日にラ・コート・サン・アンドレで収録。
作曲当時の響きを蘇らせるレ・シエクルの演奏で、
ベルリオーズの作品を聞いていく。ここでもやはり
ピリオド楽器とその奏法による独特の音色である。
古楽器演奏による幻想交響曲は、ガーディナーや
ノリントンの演奏もあり、もう驚きというのはないし、
こうあるべき、こう演奏するのがよいのだと定着し、
説得力がある。聞く人を納得させるものとしては、
フランソワ・グザヴィエ・ロトの解釈が重要であり、
その表現によって、細部までこだわった音作りは、
やはり夢中にさせるし、ここでも感動的なのである。
でもどうも今回も思ってしまうのは、宣伝文句では、
当時の響きで聞くことは、現代の我々には新鮮で
衝撃的体験とそういう先入観があるのだけれど、
慣れている人には、これがすっかり馴染みであり、
1990年代の30年前には、ロマン派初期の作品を
ピリオド楽器で演奏するというのは、実に刺激的で、
目からウロコの感激があったのだが、現在では、
その務めも終わった感があり、もちろん継続して、
火は絶やしてはいけないと思うけど、この表現で
最先端の優れたオーケストラで聞いてみたいと
思ってしまうのである。レ・シエクルは2019年にも
幻想交響曲を再録音しており、違いがあるのか、
この録音を耳に残して、近く聞いてみたいと思う。

Musicales Actes Sud ASM02

| | コメント (0)

2024年1月11日 (木)

カラヤンの1970年代 33

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルで
1970年代のベートーヴェンの交響曲全集を聞きたい。
交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱」
1976年9月にベルリンのフィルハーモニーで収録。
カラヤンが最も充実していた1970年代の時期であり、
次々に交響曲全集を完成させ、歌劇の録音を行い、
圧倒的存在感を示していた頃である。気迫が漲り、
音楽の安定感はこの上なく、すべてが思い通りに
カラヤンの表現とそこから生まれる豊かな音色は
完璧なのである。LP時代のアナログ後期であり、
技術も完成されて、ここに参加している奏者たちの
音は鳴りきり、密度の高さと集中力にも感動する。
この時代のカラヤンは力強く、豪快な響きに加え、
造形を鋭く、明解に描き出すところに優れており、
音楽は押し出すように立体的に迫ってくるのだが、
その音は柔らかく、丸みを帯びたところもあって、
心地よさというものも同時に感じられるのである。
やはり結果的には、1970年代半ばのカラヤンが、
最も条件が揃って、優れているように思えてくる。

DG 477 8005

| | コメント (0)

2024年1月10日 (水)

レナード・バーンスタイン 40

レナード・バーンスタイン指揮ベルリン・フィルによる
マーラーの交響曲 第9番 ニ長調
1979年10月にベルリンのフィルハーモニーで収録。
バーンスタインがベルリン・フィルにはじめて登場した、
有名な演奏のライヴ録音である。唯一といわれるが、
もしバーンスタインが長生きしていれば、カラヤンが
亡くなった後、1990年代には再登場したに違いない。
初共演でマーラーの交響曲 第9番という、何という、
挑戦をしたものだと思うのだが、ベルリン・フィルから
明るめの響きを引き出して、細部の表情付けにまで、
驚くほどに精妙な演奏をしている。描き込んでいるが、
音楽は引き締まって、洗練された技が感じられるのは、
やはりベルリン・フィルの魅力なのであり、奇跡を感じ、
一期一会というのがこんなにもぴったりくることはない。
バーンスタインとベルリン・フィルの出会いというのが、
ここまでのものを生み出すとは、はるかに想像を越え、
その後に共演が叶わなかったことは、ファンにとって、
あまりにも大きな損失なのである。RIAS放送協会が
録音したが、カラヤンは1982年に交響曲 第9番を
わずかな間に再録音を行って、この録音を手に入れ、
聞いたに違いなく、それで心が動かされたのであろう。
それからさらに時間も経過し、この演奏がCD化され、
世界で発売されたのは、1992年のことなのである。

DG 00289 477 8620

| | コメント (0)

2024年1月 9日 (火)

エリアフ・インバル 30

エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団で
ブルックナーの交響曲 第8番 ハ短調(1887年 初稿)
1982年8月24,25日にフランクフルトのアルテ・オーパー。
エリアフ・インバルによるブルックナーの交響曲全集を
収録順に聞いていく。1980年代の有名な全集である。
どこが有名かというと演奏に初稿を採用し、一般的には、
はじめて耳にする、ブルックナーのこれが原典版という、
当時はまさに画期的な企画であったのだ。インバルの
この録音がなかったら、今日の積極的な初稿の使用は
ありえなかったかもしれない。交響曲 第8番の初稿は、
はじめから終わりまで、いろいろと現行版と違っており、
その違和感が最高の面白さで、興味惹かれるのだが、
インバルのこの演奏をいま改めて聞くと意外に自然で
不調和を際立たせることなく、実によい流れなのである。
交響曲 第8番は、かなり不協和音も存在するのだが、
そこも過剰に強調することはなく、最初の段階で初稿が、
きちんと成立していたということを証明しているのであり、
そこから先の推敲と音楽の深化が想起され、感激する。
インバルは想い入れを排し、テキパキと処理する方が、
初稿の特徴というものがより明確になるとその狙いも
あると思うのだが、感情を出さずに突き進むところが、
どこかやっつけ仕事のようでもあって、稚拙な初稿に
やけくそな気持ちで向き合っているとそこがかえって、
生命力を引き出し、力強い表現を生み出していると
やはりインバルのこの演奏は歴史に残り、感動的だ。

TELDEC 2564 68022-8

| | コメント (0)

2024年1月 8日 (月)

リッカルド・シャイー 8

リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
チャイコフスキーのマンフレッド交響曲 作品58
1987年11月にアムステルダム・コンセルトヘボウで収録。
このマンフレッド交響曲は名演である。豊かな音色で
色彩的な響きのするコンセルトヘボウ管弦楽団から
引き締まった音楽を引き出し、細部の洗練された表情、
研き抜かれた音作りに夢中になってしまう。感動的だ。
正直なところ、マンフレッド交響曲って、捉えどころなく、
他の交響曲と比べて、劣るようにも感じられることが、
演奏によってはあるのだが、シャイーの隅々にまで、
完璧に作り込まれた表現であり、作品への深い理解と
隙のない完成度に圧倒される。シャイーはごく初期に
交響曲 第5番を録音しているのだが、マンフレッドを
取り上げているのにチャイコフスキーの交響曲全集が
制作されていないというのは、実に意外なことである。
シャイーは1988年9月にこの楽団の首席指揮者に
就任して、録音はそれに先行していたことになるが、
最初の時期は、シャイーは挑戦的な姿勢であった。

DECCA 483 4266

| | コメント (0)

2024年1月 7日 (日)

セミヨン・ビシュコフ 20

セミヨン・ビシュコフ指揮パリ管弦楽団による
ラフマニノフの交響曲 第2番 ホ短調 作品27
1990年5月にパリで収録されている。
ラフマニノフの美しい旋律だが、甘く聞かせず、
ビシュコフの引き締まった音作りはリアルであり、
動きも明快で、実に若々しい仕上がりである。
今日であれば、もっと濃密にたっぷりと歌わせ、
厚みのある仕上がりになることは予測できるが、
この演奏は若い頃のビシュコフならではであり、
また魅力的なのである。パリ管弦楽団による、
ロシアものというのが、どんな感じになるかは、
あまりイメージもないけれど、洗練されているし、
何よりもこの透明感が印象的である。そこに
ビシュコフの存在感が表れているのであろう。

DECCA 482 6331

| | コメント (0)

2024年1月 6日 (土)

ジョージ・セル 11

ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団による
シューベルトの交響曲 第9番 ハ長調 D.944
1970年4月21,22日にクリーヴランドのセヴェランス・ホール。
ジョージ・セルというと厳格なイメージがあって、
クリーヴランド管弦楽団の引き締まった演奏を
想像するのだが、ここでは穏やかに明るい音で
雄大な広がりを作り出している。とは思うのだが、
第2楽章以降は、やはりそうした傾向が強くなり、
スケルツォの楽章などは、きびきびとした動きで
快調な流れである。これこそがジョージ・セルで
先に進むにつれ、どんどんと引き込まれていく。
シューベルトのハ長調は素晴らしい。感動的だ。
終楽章の力強い推進力など、圧倒的なのであり、
ジョージ・セルの音楽はここでも絶好調であるが、
この年(1970)の夏に急死してしまう。73歳である。
1970年5月にはクリーヴランド管弦楽団と来日し、
日本の音楽史において、いまも語り継がれるが、
その直前の録音が、この演奏ということである。
同じときのドヴォルザークの交響曲も近く聞く。

Warner 0190295267186

| | コメント (0)

2024年1月 5日 (金)

カルロ・マリア・ジュリーニ 13

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーン・フィルによる
ブルックナーの交響曲 第8番 ハ短調(ノヴァーク版)
1984年5月にウィーン楽友協会大ホールで収録。
やはりウィーン・フィルの独特のブルックナーだが、
いま思うことは、どうも重低音が足りない気もする。
ジュリーニの丁寧な音作りであり、細やかな表情は
隅々まで精緻に聞こえてくるのだが、その誠実さで
ウィーン・フィルの輝きの音色は抑制の方向である。
ジュリーニは客観性を保ち、どこまでも冷静であり、
没入することはなく、高揚感はあまりないのである。
そこが魅力でもあり、ときには物足りなさでもあり、
格別な存在であった。ウィーン・フィルの繊細さより
すべての音はしっかりと鳴って、それは貫かれて、
この背筋を伸ばし、真っすぐな姿勢というものは、
ブルックナーの交響曲に求められるものである。
それがジュリーニへの信頼で高く評価されていた。
ウィーン・フィルもこの1980年代前半の時期には、
現在の音色とずいぶんと違っていたと感じられる。

DG 00289 483 5492

| | コメント (0)

2024年1月 4日 (木)

レナード・バーンスタイン 39

レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルによる
マーラーの交響曲 第8番 変ホ長調「千人の交響曲」
1975年8月にザルツブルク祝祭大劇場で収録。
バーンスタインが1990年に亡くなって、再録音が
実現しなかった交響曲 第8番であるが、後に
このザルツブルク音楽祭でのライヴ録音を収録し、
DGによる交響曲全集は完成された。1980年代の
再録音のシリーズとは時期も違うので、これまで
聞いてこなかったが、再発売の交響曲全集により
はじめて聞いている。1970年代のライヴとしては、
録音の仕上がりはよくて、バーンスタインの熱気も
独特の生々しさであり、輝きの大迫力に感動する。
その想いは管弦楽、合唱の隅々にまで伝わって、
全体の気合いの凄まじさに圧倒される熱演である。
バーンスタインの踏み込む足音が激しいのであり、
盛り上がってくると巨大な編成は整理しきれずに
音は渦を巻くようで、まさにこれがライヴの高揚感。
「千人の交響曲」で今日の演奏では、この大音響で
いかに透明感を出し、精緻なコントロールが重要で、
そこに関心が行くけれど、バーンスタインは違って、
勢いもよく、いきいきと表情を雄大に歌い上げて、
これこそが素晴らしいのであり、完成されている。
バーンスタインの1970年代のライヴ録音を集め、
マーラーの交響曲全集をさらに制作してほしいと
思ってしまう。交響曲 第8番の録音があるので、
他の交響曲も揃って、全集が完成しそうである。

DG 477 8668

| | コメント (0)

2024年1月 3日 (水)

正月三日の感想

午前中はついつい箱根駅伝を見てしまって、
二宮でも茅ヶ崎でも戸塚でも大体知っていて、
見続けてしまうのは、風景で飽きないのである。
正月も三日だが、何もしていない。明日からは
普段通りの生活にきちんと戻そうと思っている。
ニューイヤー・コンサートをまだ見ていないので、
正月はわかっているけれど、新年の気がしない。
1月6日の土曜日に再放送の予定で見られるか。

| | コメント (0)

2024年1月 2日 (火)

正月二日の感想

昨日の元日は大変な一日になってしまったが、
日が変わって、箱根駅伝も無事に行われたし、
夕方になって、羽田空港の事故があったけれど、
少しずつ平静を取り戻しているのかと思われる。
北陸や新潟県など、日本海側は本当に大変だ。
今回の震災を見ていては、阪神淡路大震災が
思い出される。能登半島に関しては震源が近く、
被害が大きかった地域では、壊れ方が激烈だ。
震度5以上の規模の大きい余震があまりに多く、
被害を拡大させる。地震の恐怖がよみがえる

| | コメント (0)

2024年1月 1日 (月)

正月元日の感想

あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします

16時10分に発生した能登半島地震で
こんな正月、元日というのははじめてだ。
思った以上に大変な一日になってしまって、
今年もいろいろなことが待ち受けていそうで、
それを思うと不安になるけれど、令和6年は、
歴史に残る年となる。記憶に残る元日である。
放送中止で今年のティーレマン指揮による
ニューイヤー・コンサートも見ていないが、
2025年はリッカルド・ムーティになるらしい。

| | コメント (0)

« 2023年12月 | トップページ | 2024年2月 »