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2024年2月29日 (木)

セミヨン・ビシュコフ 21

セミヨン・ビシュコフ指揮WDR交響楽団による
ラフマニノフの合唱交響曲「鐘」 作品35
交響的舞曲 作品45
2006年9月にケルンのフィルハーモニーで収録。
ビシュコフが好きすぎて、この演奏も最初のCDの
発売時に買っているのだが、今回は再発売された、
WDRの録音を集めたボックスセットで聞いている。
ビシュコフの精緻な音作りと透明感のある音色に
すっかり引き込まれてしまう。明るい響きが眩しく、
ロシア的な暗さより研き抜かれた表現は圧倒的で
強いコントロールが冴えわたり、極致の完成度だ。
新しい録音と思いながら、もう18年前なのであり、
現在のチェコ・フィルとのビシュコフの音楽を思うと
明度が優り、色付けは比較的淡白な印象もあって、
音楽の立体感や鋭さの中にある迫力が顕著である。
放送オケということもあって、濃厚な味わいよりは、
高い機能性と平衡感のある調和の響きが目立つ。
チェコ・フィルとのチャイコフスキーは素晴らしくて、
同じ方向性で、ラフマニノフとショスタコーヴィチを
ぜひ聞きたい。さらにプロコフィエフとR.コルサコフ、
欲を出せば、切りはないのだが、いいに違いない。
改めて聞いてみると、ケルン時代のビシュコフは、
洗練が際立っていたか、他の作品でも確認したい。
この時期の演奏を聞いて、ビシュコフにハマったが、
ますますの熟成で現在はさらに深まりを見せている。
しかしそれにしてもこの交響的舞曲は最高である。

Profil PH18052

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2024年2月28日 (水)

エリアフ・インバル 32

エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団で
ブルックナーの交響曲 第4番 変ホ長調(1874年 第1稿)
1982年9月16-18日にフランクフルトのアルテ・オーパー。
エリアフ・インバルによるブルックナーの交響曲全集を
収録順に聞いている。第4番もまた1874年 第1稿で
これが世界初録音である。インバルは1982年8月に
第8番の第1稿を録音し、9月には第3番と第4番を
続けて、同じく第1稿で録音し、それは驚きなのである。
この全集の目的というか、企画の中心はここにあって、
大事業を成し遂げた。インバルにとっても、この録音は、
歴史に名を残せるか?勝負でもあったと思うし、ここで
この企画が不発に終わっていたら、第1稿で演奏する、
この作品も葬り去られたかもしれない。結果としては、
インバルは鮮烈な演奏を行って、世界に知らしめた。
極めて明瞭な表現で、ブルックナーの第1稿における、
あふれ出る発想が、全編にわたって、散りばめられて、
こんなにも面白い音楽はない。天才であり、前衛であり、
宝の山は積み上げられた状態で、手が入る前である。
しかしそれにしても第3楽章は跡形もなく、姿を消して、
現在の形を知る者としては、何度聞いても笑ってしまう。
交響曲 第4番は、現行の1878/1880年版をよく聞き、
最も親しみある作品でもあるので、第1稿というのは、
別の作品といってもよく、楽しくて仕方がないのである。
それにしてもインバルの演奏は、際立って優れている。

TELDEC 2564 68022-8

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2024年2月27日 (火)

ベルナルト・ハイティンク 59

ベルナルト・ハイティンク指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
ブラームスの交響曲 第1番 ハ短調 作品68
1972年12月6-8日にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
ハイティンクの1970年代のブラームスを聞く。
若き日の演奏で、作品に対する誠実さがあふれ、
音楽への真面目な姿勢を貫いて、そのすべてが、
ここでの音色に表れている。その想いを感じると
ただただ感動あるのみで、ハイティンクはやはり
素晴らしい指揮者であり、若いときから晩年まで、
少しも変わらなかった。しっかりと角を描き出して、
隅々まできちっとした表現だが、オーケストラは、
独特の暖かみある柔らかい音色を聞かせており、
そのブレンドと調和がここでの最大の魅力である。
強い結びつきと一体感が、この名演を生み出した。
後の演奏では、重さと軽さを自在に織り交ぜたが、
ここでは力強さと集中力が圧倒的に勝っている。

DECCA 478 6360

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2024年2月26日 (月)

ズービン・メータ 25

ズービン・メータ指揮イスラエル・フィルによる
マーラーの交響曲 第2番 ハ短調「復活」
1994年1,2月にテル・アヴィヴのマン・オーディトリアム。
メータの「復活」というとウィーン・フィルの演奏で
1975年の録音が有名だが、20年が経過して、
イスラエル・フィルと再録音である。旧盤もだが、
時間は短く、CDで一枚に収まる感覚であり、
とはいってもメータはスケールの大きい表現で、
そんなに速い印象はなくて、しっかりと鳴り響く。
流れと勢いに乗って、緻密に精妙な感じはなく、
しかしそこには自然な躍動があって、歌に満ち、
しつこくならない範囲で色彩豊かな音色である。
非常に肯定的なマーラーであり、前向きに進め、
この仕上がりは独特のメータのスタイルだが、
深く突き詰める深刻さみたいなものは見られず、
どこか楽天的に、しかしそれが音楽で感動する。

WARNER 0190295221324

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2024年2月25日 (日)

セドリック・ティベルギアン 7

セドリック・ティベルギアンによるバルトークで
ルーマニア民俗舞曲
14のバガテル 作品6
アレグロ・バルバロ
ハンガリーの農民の歌による即興曲 作品20
ミクロコスモス 第5巻
2015年3月1-3日にロンドンのヘンリー・ウッド・ホール。
近年、人気のある、ルーマニア民族舞曲にはじまり、
セドリック・ティベルギアンはリズムや抑揚を強調して、
大胆に個性を発揮し、そして響きは美しいのである。
独特の民族性は継続されるが、14のバガテルでは、
さらに可能性は広がって、印象派の響きも表れるし、
チック・コリアの曲の原型などは、ここにあったかと
あらゆるところに影響を及ぼしている。素晴らしくて、
アレグロ・バルバロは有名だが、民族性も極まって、
ハンガリーの農民の歌による即興曲は鮮烈であり、
後半のミクロコスモスはさらに重要で魅力的である。
バルトーク以降、20世紀のあらゆる音楽家たちは、
ジャンルを越え、この音楽につながっているのでは、
ということを思うのだが、それはさすがにいい過ぎか。
リゲティの音楽のルーツは間違いなく、ここにある。

hyperion CDA68133

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2024年2月24日 (土)

マグダレーナ・コジェナー 1

マグダレーナ・コジェナーによる「郷愁」で
バルトークの村の情景
ムソルグスキーの歌曲集「子供部屋」
ブラームスのわたしの恋は緑にもえ 作品63-5
ナイチンゲール 作品97-1、失望 作品72-4
わが思いはきみのもとに 作品95-2
永遠の愛について 作品43-1
余韻 作品7-3、乙女は語る 作品107-3
航海 作品96-4、鍛冶屋 作品19-4
ああ、その目をそらして 作品57-4
おお、僕が帰り道を知っていたら 作品63-8
乙女の歌 作品107-5、なまぬるい風 作品57-8
甲斐なきセレナーデ 作品84-4
イェフィム・ブロンフマンのピアノで
2019年5月にベルリンのマイスターザールで収録。
バルトークの民族性とムソルグスキーの諧謔により
そこに感じる郷愁はハンガリーとロシアの地域性で
後半のブラームスもハンガリーのラプソディ風だが、
いつもながら味わい深い世界観が示されている。
コジェナーが長年、興味を示して、研き上げてきた、
この言語と音楽と地域性の深い結びつきなのであり、
ここでも何か究極のものが感じられ、心を打たれる。
歌に合わせるブロンフマンのピアノを聞いていると
昔のシュロモ・ミンツとのデュオの演奏を思い出すが、
たっぷりと深みのある音色を聞かせて、その表現は、
同時に滑らかなのであり、この魅力に引き込まれる。
後半のブラームスの歌曲は、何ともいいのである。

PENTATONE PTC5186777

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2024年2月23日 (金)

エリアフ・インバル 31

エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団で
ブルックナーの交響曲 第3番 ニ短調(1873年 第1稿)
1982年9月14,15日にフランクフルトのアルテ・オーパー。
エリアフ・インバルによるブルックナーの交響曲全集を
収録順に聞いている。第3番の1873年 第1稿による
世界初録音である。現在と違って、初稿による演奏は、
異例でもあったので、珍品を扱う稀少性が評判を呼び、
完成された最終形をよしとして、原典版は欠点ありと、
下手物扱いをしていたところもあったのではないかと、
しかしこのインバルによる、深く読み込まれた解釈と、
その優れた演奏によって、第1稿の価値は認められ、
この後に訪れる原典版ブームへとつながったのである。
研き抜かれた表現で美しい響きが引き出されている。
現行の第3稿で削除された部分や修正されたところも
そこが必要であったと一つ一つに意味を追求していき、
解釈を与え、極めて平衡感のあるバランスを生み出し、
ここでの演奏には、説得力があふれているのである。
この形こそがいいのだとそうした思いに行きつかされ、
するとなぜ改訂が求められたのか、必要はなかったと、
この演奏は、そうした考えまで引き出してくるのだが、
ならば逆に後に削除されたところは欠陥として強調し、
そのアンバランスを示すやり方もあると思うのだけど、
ブルックナーの交響曲は、興味が尽きないのである。
インバルによる、交響曲 第3番は、ファンの間でも
人気があるし、評価も高く、実際に聞けば聞くほどに
明確に優れて、演奏史における、重要な記録である。
まさに新しい一歩が踏み出されて、時代は変わったと、
それからの42年、方角を示し、道標となった演奏だ。

TELDEC 2564 68022-8

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2024年2月22日 (木)

ミヒャエル・ギーレン 62

ザルツブルク音楽祭2013から
ミヒャエル・ギーレン指揮南西ドイツ放送交響楽団で
マーラーの交響曲 第6番 イ短調「悲劇的」
2013年8月21日にザルツブルク祝祭大劇場で収録。
ギーレンの最晩年のライヴ録音だが、夏の音楽祭で
披露したマーラーの交響曲だけど、巨大な演奏であり、
興味深いが、ここまでの雄大さは、それを受け止めて、
ギーレンに心酔していても、やはり、驚きなのである。
1971年の演奏は74分、1999年の録音が84分で、
それから14年でついにこの演奏では、94分である。
これまでの演奏記録でも最長の時間といえるのでは、
第1楽章は特に遅く、最速で聞かせてきたギーレンが、
一体、どうしてしまったのかと思うけれど、細部にまで
光を当て続け、すべての音を明瞭に再現しなければ、
という強い信念を貫き、こだわり抜いて演奏している。
巨大な音響が広がる作品だが、その中に仕込まれた、
効果音の数々が、きれいに聞いて取れるのであって、
ギーレンの狙いは明確である。マーラーが意図して、
スコアの中に散りばめたものを徹底して具現化して、
そのためのバランスや調和というものを追及している。
第2楽章でアンダンテの緩徐楽章を演奏しているが、
そこでは清々しい空気も取り入れられ、神妙な動き、
抑制が効いた印象だが、スケルツォの楽章に進むと
再び、恐ろしくゆったりとした歩みである。しかしもう、
膨張した印象というのは、あまりなくて、慣れてくる。
でもやはりここまで、音楽に存在するあらゆる要素が
あふれ出す、洪水を感じる演奏というのは壮絶であり、
マーラーの音楽における怪奇性というものに意識が、
顕著に向くことも珍しいのであり、やはり怪演であろう。
聞いていても疲れるのであり、これは叩きのめされる。
この演奏スタイルがぴったりなのが第4楽章であり、
そのままずっと、とんでもなく誇張されたディテールが、
示されて、それは強烈であり、この音楽というものは、
巨匠が到達した最後の境地、そこで見た世界なのか、
それともギーレンのギラギラとした前衛性で、最後に
もうひと博打、派手に打ってみたのか、わからない。
これまで聞いてきた中でも最高の衝撃であることは、
間違いなく、マーラーの音楽への新しい道が開けた。

SWR>>music CD-No.SWR19080CD

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2024年2月21日 (水)

カルロス・クライバー 11

カルロス・クライバー指揮ドレスデン国立歌劇場で
ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」~第3幕
1980年8,10月、1981年2,4月、1982年2,4月に
ドレスデンのルカ教会で収録されている。
前奏曲から素晴らしい。あえてエッジを効かせず、
柔らかい感触の角の取れた音を引き出しているが、
一方でトリスタンの苦しみは、痛烈に伝わってくる。
直接的な表現を避けつつも音はストレートである。
クルヴェナールがフィッシャー・ディースカウであり、
独特の歌声で他のクルヴェナールとかなり違うが、
これは聞く価値があり、ここでの魅力なのである。
クライバーが隠れがちの伴奏音型を強調しており、
静かに繊細な進行の中で厚みを引き出している。
倒れ、瀕死のトリスタンであり、ルネ・コロの歌は、
弱く、苦しく、痛みが表現されているが、それゆえ
深く引き込まれ、この感動にはそうは出会えない。
歓喜と失望と感情の細かな動きをクライバーは、
光と陰で描き上げ、まさに奇跡の仕上がりである。
第1場のトリスタンの長大な一人芝居のような、
非常に精妙な世界をクライバーは極端に繊細で
微細な音作りながら、こんなにも豊かに表現して、
時間を忘れ、夢中になり、聞かされてしまうことは
やはりないのである。第2場以降、特に第3場は
凝縮された高揚感がすごいのだが、緊迫の場面で
その後に解放される「イゾルデの愛の死」であり、
クライバーは色付けをせず、明暗だけで描き切り、
光に包まれ、消えていく、この結末は最高である。
不思議なぐらいに柔らかく、軽く浮遊する感触で、
この音はクライバー以外には出せないのである。
流麗で速いテンポのイメージがあるが、ここでは、
余裕をもって、丁寧にじっくりと歌い上げている。
例によって、無限に聞いていたくなるのだけれど、
しっかり堪能したところで、今回はここまでにする。

DG 477 8826

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2024年2月20日 (火)

カルロス・クライバー 10

カルロス・クライバー指揮ドレスデン国立歌劇場で
ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」~第2幕
1980年8,10月、1981年2,4月、1982年2,4月に
ドレスデンのルカ教会で収録されている。
第2幕はルネ・コロとマーガレット・プライスによる
トリスタンとイゾルデの歌を中心に進んでいくが、
クライバーがそれに精妙に合わせ、緻密であり、
その柔らかい音色に感激してしまう。細やかな
表情付けのリアルな音には本当に驚いてしまう。
それというのは、こんな響きは、他ではどこでも
聞くことができないからである。もしあるとすれば、
それはクライバーの模倣であり、この精度を目指し、
このスタイルが引き継がれていくことも重要だが、
元祖はやはりクライバーで、そこは大切にしたい。
オーケストラは豊かによく鳴り響いているのだけど、
歌を圧倒することはなく、スッキリと聞こえてきて、
この上なく一体に結び付き、自然な仕上がりである。
第2場の愛の情景だが、久しぶりに聞いてみたら
クライバーは本当にすごい。わかってはいたけれど、
改めて、それ以上に驚きで感激させてくれるのが、
この演奏である。クライバーには、ワーグナーの
他の作品も指揮してほしかったと思ってしまうが、
しかし考えてみると他の作品は合わないかもって、
そう思わせるぐらいに「トリスタンとイゾルデ」は、
格別で圧倒的で、これしかないという、説得力と
強いものを感じるのである。明日は第3幕を聞く。

DG 477 8826

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2024年2月19日 (月)

カルロス・クライバー 9

カルロス・クライバー指揮ドレスデン国立歌劇場で
ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」~第1幕
1980年8,10月、1981年2,4月、1982年2,4月に
ドレスデンのルカ教会で収録されている。
久しぶりにクライバーの「トリスタンとイゾルデ」で
今回はその後に再発売のボックスセットで聞く。
その間も他のいろいろな演奏を聞いてきたので、
新鮮な感覚で、改めて聞くことができるかと思う。
クライバーの「トリスタンとイゾルデ」は、やはり
何といっても滑らかで、このしなやかさが特長だ。
強烈な表現というのではなく、ごく繊細に透明で
細やかな動きの中に豊かな感情が込められて、
静かに激しいのである。これこそが究極なのだ。
録音から40年以上が経過したが、輝きを失わず、
いまそこで、目の前で音楽が生まれているような、
この感覚というのは奇跡といえる。奇跡といえば、
何か問題が発生すれば、すぐにいなくなってしまう、
あのクライバーが、二年近くをかけて完成させて、
こうして聞けることが何よりすごい。明日は第2幕。

DG 477 8826

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2024年2月18日 (日)

ルドルフ・ブッフビンダー 12

ルドルフ・ブッフビンダーによる
ディアベッリの主題による新しい変奏曲(2020)
(レーラ・アウエルバッハ、ブレット・ディーン
細川俊夫、クリスティアン・ヨスト
ブラッド・ルブマン、フィリップ・マヌリ
マックス・リヒター、ロディオン・シチェドリン
ヨハネス・マリア・シュタウト
タン・ドゥン、イェルク・ヴィトマン)
ディアベッリの主題による52の変奏曲(1824)から
(フンメル、カルクブレンナー、クロイツァー、リスト
モシュレス、フランツ・クサヴァー・モーツァルト
シューベルト、ツェルニー)
2020年1月7,8日にブレーメンのゼンデザール。
例によって、アントン・ディアベッリのワルツの後、
現代の最前線で活躍している作曲家たちによる
様々な変奏曲が登場するのだが、自由すぎて、
これは変奏といえるのか、実に面白いのである。
ディアベッリの主題に基づいて、可能性を追求し、
創作を展開させているのであり、それぞれ単独で
非常に優れた作品といえるのだ。1824年の元の
52の変奏曲についても主題と作曲家たちによる
自由な作品集で、作曲家を集めて、一人一人が、
各変奏を担当し、それで変奏曲を作曲するなど、
無理なことなのであろう。ベートーヴェンもまた、
変奏が進む中で原型をとどめないといわれるが、
変奏曲として、形作られて、成立しているのは、
ベートーヴェンの作品である。原形をとどめない、
という点において、現代の作曲家たちは、まさに
主題はどこに行ってしまったのか、しかしそれを
探すのも面白さであり、引き込まれるのである。
ベートーヴェンの生誕250年に関連する作品で
ブレット・ディーンは、ベートーヴェンの変奏から
引用しているし、細川俊夫による変奏においても
「月光」など、ベートーヴェンの音色を思わせる。
イェルク・ヴィトマンの変奏などは最高に面白く、
ディアベッリのワルツが、気付くといつの間にか
ラデツキー行進曲に変容しており、楽しませる。
そのイェルク・ヴィトマンの後、52の変奏曲で
フンメルの変奏へといきなり200年遡るのだが、
少しの違和感もなく、自然に聞けてしまうのが、
実に不思議。ルドルフ・ブッフビンダーの企画で
これは大成功だ。素晴らしい作品が創造された。
招待されたのは12人で、ここにペンデレツキも
加わっていたのだが、2020年3月に亡くなって、
その最晩年に作曲は進まなかったのであろう。

DG 483 7707

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2024年2月17日 (土)

ルドルフ・ブッフビンダー 11

ルドルフ・ブッフビンダーによるベートーヴェンで
ディアベッリの主題による33の変奏曲 作品120
2019年8月19,20日にベルリンのイエス・キリスト教会。
ルドルフ・ブッフビンダーの若い時代の演奏で、
ディアベッリの主題による変奏曲の録音があり、
それから長い月日も経ての現代の再録音であり、
巨匠としての風格もあるし、解釈も大きく変化して、
聞かせるのであろうと予測して聞きはじめるけれど、
それが思う以上に音楽は若々しく、勢いもあって、
ブッフビンダーは昔と少しも変わらないのである。
これは驚きかもしれない。基本的なところでは、
強い一貫性があって、作品への想いは変わらず、
歳を重ねて、ますます元気な音が鳴り出している。
力強く突き進む作品では、大胆さは増しているかも、
それに対して、後半の深みある世界ではじっくりと
芸の幅は広がっているのであり、もちろん豊かさも
色合いの濃淡なども大いに出て、これは感動する。
明日は続けて、ルドルフ・ブッフビンダーによって、
新たに委嘱、作曲されたディアベッリの主題による
新しい変奏曲(ディアベッリ・プロジェクト)を聞く。

DG 483 7707

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2024年2月16日 (金)

エリーナ・ガランチャ 1

エリーナ・ガランチャとマルコム・マルティノーによる
シューマンの歌曲集「女の愛と生涯」 作品42
ブラームスの愛のまこと 作品3-1
郷愁II 作品63-8、乙女の歌 作品107-5
愛と春II 作品3-3、おお、涼しい森よ 作品72-3
失望 作品72-4、サッフォー頌歌 作品94-4
おお、愛らしい頬よ 作品47-4
ひめごと 作品71-3、我らは彷徨った 作品96-2
昔の恋 作品72-1 五月の歌 作品43-2
永遠の愛について 作品43-1
2020年7月にベルリンのマイスターザールで収録。
エリーナ・ガランチャもメゾ・ソプラノの歌唱であり、
何とも落ち着きある空気感が素晴らしく、感動する。
歌曲集「女の愛と生涯」では、中声用の音域で歌い、
可憐な印象よりもますます静かな深みが感じられ、
人生を歌っているのだが、振り返る印象となるのか。
ブラームスもますます渋い仕上がりであり、ここでの
作品の方向性と世界観が明確に示され、魅力的だ。
エリーナ・ガランチャのドイツ・リートははじめてだが、
次回はぜひ、シューベルトの歌曲を聞いてみたい。
やはりメゾ・ソプラノということで作品も違っており、
エリーナ・ガランチャ自身も人としての成熟により、
作品の選び方、音楽への向き合い方というのも
変わってきているのかもしれない。引き込まれる。
エリーナ・ガランチャに耳が行き、大きな存在感で
さすがに聞かせるけれど、マルコム・マルティノーも
いつもながら安定した表現で、この音色に癒される。

DG 483 9210

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2024年2月15日 (木)

オラリー・エルツ 1

オラリー・エルツ指揮ヘルシンキ・フィルによる
デトレフ・グラナートによる
4つの前奏曲とブラームスの厳粛な歌(2004/2005)
ミヒャエル・ナジーのバリトン独唱で
2014年11月24,25日にヘルシンキ・ミュージック・センター、
デトレフ・グラナートのはるかなる土地(2013)
ブラームスのクラリネット・ソナタ 第1番 作品120-1
ルチアーノ・ベリオ編曲による管弦楽版(1986)
カリ・クリイックのクラリネット独奏で
2016年6月2-4日にヘルシンキ・ミュージック・センター。
これは素晴らしい。すっかり気に入って、感動した。
デトレフ・グラナートはいま最も注目する作曲家だが、
本当に好きらしい。間違いない。それがわかったので、
デトレフ・グラナートはこれからもどんどん聞いていく。
ブラームスの4つの厳粛な歌を管弦楽に編曲して、
4つの曲をつなぐ前奏曲と後奏曲を新たに作曲し、
非常に忠実にブラームスに聞こえる部分もあるし、
何よりもブラームスの音楽への想いにあふれている。
デトレフ・グラナートのはるかなる土地もその冒頭で
交響曲 第4番が、という引用がほんの一瞬、現れ、
現代作品の難解さなどなく、とにかく引き込まれる。
クラリネット・ソナタはベリオ編曲による管弦楽版で
こちらはブラームスの管弦楽法の忠実な再現よりも
さらに美しく、研き抜かれて、輝きの音色なのであり、
ベリオの技が冴えている印象だ。レンダリングでの
シューベルトとのコラボレーションも思い浮かぶし、
さらに有名なのは、シンフォニアでの引用であり、
その路線による、魅力がいっぱいの作品である。
これはいい。いつまででも聞いていたい。最高だ。

ONDINE ODE1263-2

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2024年2月14日 (水)

ダニエレ・ガッティ 3

ダニエレ・ガッティ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
ベルクの管弦楽のための3つの小品 作品6
2006年9月27-30日にアムステルダム・コンセルトヘボウ、
「ルル」からの交響的小品
2005年10月19,20,23日にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
ダニエレ・ガッティが2016年に首席指揮者に就任する、
その10年前の録音である。近年の方がさらにすごいと
こちらはまだ引き締まっているところもあると思うのだが、
やはり壮大な感覚を備え、独特の強い色合いを発散させ、
ひたすらに濃密な音楽を聞かせている。この凝縮されて、
作り込まれている表現には感動する。ベルクは好きだ。
世紀末ウィーンの流れで、どこか病的ではあるけれど、
その深い響きが心に刺さる。ガッティが示す方向性と、
ロイヤル・コンセルトヘボウの特長、その音色の魅力と
そしてここでの音楽が何重にも折り重なる相乗効果で
とにかく引き付けられるものがある。ガッティはその後、
2016年から2018年まで首席指揮者を務めていたが、
ロイヤル・コンセルトヘボウを離れる残念な結果となり、
幻想交響曲やマーラー、ブルックナーの録音を残して、
そうした演奏をこれから収録順に聞いていきたいと思う。

RCO 08004

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2024年2月13日 (火)

マリス・ヤンソンス 29

マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団による
ブルックナーの交響曲 第3番 ニ短調(1889 第3稿)
2005年1月20,21日にミュンヘンのフィルハーモニー。
マリス・ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団による
初期の録音である。2003年から首席指揮者を務めた。
音楽は引き締まって、研き抜かれた輝きの表現であり、
かなり筋肉質な響きは、当時のヤンソンスの特長かと
後年の深みある音色はまだ聞かれない。豊かさよりも
ブルックナーがここで書き上げた緻密な音楽の構築に
すべてを捧げている。ヤンソンスはその後の活動では、
ブルックナーの交響曲に熱心であったのだが、当時は、
あまりイメージがなかったのだけど、残された録音では、
この第3番は古い時期のもので、オスロ時代などでは、
ブルックナーを取り上げていたという記録はあるのか、
実に興味はあるが、バイエルン放送交響楽団とでは、
長い月日に渡り、演奏し続けた。収録順に聞いていく。

BR 900189

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2024年2月12日 (月)

ルドルフ・ゼルキン 4

ルドルフ・ゼルキンによるベートーヴェンで
ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53「ワルトシュタイン」
1986年3月にパーチェス大学リサイタル・ホールで収録、
ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57「熱情」
1989年5,6月にヴァーモントのギルフォード・サウンド。
1980年代の後半であったと思うが、DGの録音情報に
ルドルフ・ゼルキンによるこのベートーヴェンの演奏で
「ワルトシュタイン」と「熱情」はあったのだ。しっかりと
記憶している。しかしゼルキンが亡くなってしまって、
発売されることはなかったので、実現しなかったかと
残念に思っていた。それが録音は完了していたのだ。
編集も済んで、ジャケット・デザインも決まっていたし、
発売に関するゼルキンの承認のみであったという。
それが叶わずにお蔵入りしてしまった。30年以上が
経過して、娘のジュディス・ゼルキンの承認を得て、
ついに発売された。いま出さなかったなら、永遠に
日の目を見ることはなかったであろう。感激である。
1987年のウィーン・コンツェルトハウスでの録音で
ベートーヴェンの最後の3つのピアノ・ソナタが、
非常に有名であり、名盤として、愛されてきたが、
その前後のスタジオ・レコーディングで状態もいい。
穏やかな空気で柔らかい表現も取り入れているが、
無理をせずに音楽を丁寧に再現し、緩急、剛柔の
バランスよく、それはまさに巨匠の芸風なのであり、
音楽への想いの深さに感動してしまう。実にいい。
もうゼルキンの未発表音源というのもないと思うが、
時間も経過して、時代も変わり、さすがにそろそろ、
歴史上の人物となっている気がして、これを聞くと、
決して忘れてはいけない偉大なピアニストであり、
改めてその想いを強くした。この録音を掘り起こし、
世に出してくれたことには感謝しかないのである。

DG 486 4935

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2024年2月11日 (日)

マリア・ジョアン・ピレシュ 15

マリア・ジョアン・ピレシュによるシューベルトで
4つの即興曲 D.935
3つのピアノ曲 D.946
1997年9,10月にリスボンのケルス宮殿で収録。
マリア・ジョアン・ピレシュによるシューベルトの後半で
これはますます素晴らしく、この上ない感動である。
音楽への柔軟な姿勢と響きの穏やかさも加わるが、
細やかに作り込まれた表現に夢中になってしまう。
積極的に前に出てくる音と後ろに退き気味の音と
その揺らぎの感覚はまさに絶妙である。ここまでの
自在な感覚でありながら、決してその場限りでなく、
即興的な要素は見られなくて、緻密な構成により、
隅々にまで、コントロールされた表現なのである。
流れのよい演奏というよりは、その動きを止めて、
音の意味を突き詰め、断絶されるところに陰影や
奥行きが生まれるのであり、神聖な空間が宿る。
この録音はそんなに古いとは思わないのだけど、
すでに26年が経過しており、それは少し驚きで、
マリア・ジョアン・ピレシュという人が重要な存在で、
それは変わらず、音楽も色褪せていないのである。
シューベルトの即興曲は様々な録音が出ているが、
間違いなく最も優れた演奏の一つであり、究極だ。
昨日のアレグレット D.915に加え、ケルス宮殿での
ここでの演奏は本当に美しい。これぞ名盤である。

DG 457 550-2

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2024年2月10日 (土)

マリア・ジョアン・ピレシュ 14

マリア・ジョアン・ピレシュによるシューベルトで
4つの即興曲 D.899
1996年7月にハーレム・コンセルトヘボウで収録、
アレグレット ハ短調 D.915
1997年9,10月にリスボンのケルス宮殿で収録。
マリア・ジョアン・ピレシュは強い決意で音楽と向き合い、
シューベルトという作曲家の中に秘められた悲劇性や
屈折した感情と格闘しているような、そんな激しさが、
ここでの演奏からは伝わってくる。後のピレシュなら、
もっと力は抜けて、柔らかい音で優しく聞かせたかと
そういう想像もできるのだけど、このときはそれよりも
硬質な響きを追及し、その集中力とどこか凄まじさに
圧倒されてしまう。もちろん音は非常に美しいのだが、
何かそれよりも厳しさが勝って、このときだからこその
緊迫感というもので満たされている。そこに惹かれる。
後半のアレグレットは翌年のリスボンでの録音だが、
収録の環境も変わり、音質も変わり、ますます美しい。
ケルス宮殿での収録だが、豊かな残響が素晴らしい。

DG 457 550-2

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2024年2月 9日 (金)

アリス・クート 1

アリス・クートとジュリアス・ドレイクによる
シューベルトの歌曲で月に寄せて D.259
さすらい人の夜の歌I D.224、春に D.882
小人 D.771、セレナード D.957-4
至福 D.433、夕星 D.806、死と乙女 D.531
万霊節の日のための連祷 D.343
憩いなき愛 D.138、ガニュメート D.544
シルヴィアに D.891、ミューズの子 D.764
笑いと涙 D.777、魔王 D.328
夜と夢 D.827、水の上で歌う D.774
夕映えの中で D.799、春の想い D.686
さすらい人の夜の歌II D.768、月に寄せて D.296
2017年12月18-21日にロンドンのオール・セインツ教会。
「月に寄せて」と「さすらい人の夜の歌」ではじまり、
それで終わるという、前後が対称の形で配置されて、
その間に多くの傑作が並び、魅力的な歌曲集である。
アリス・クートの落ち着きある歌声は、実に癒される。
この音域が耳に心地よくて、何とも深い世界である。
ジュリアス・ドレイクはイアン・ボストリッジとの共演で
広く知られるけれど、アリス・クートとの共演も多い。
歌曲ピアニストでジュリアス・ドレイクが好きなのだが、
ここでは穏やかな印象で、攻めの姿勢は感じられず、
イアン・ボストリッジのときとは、また違った印象だ。
あの音楽に深く斬り込んでいくような、内面から鋭く、
その真実が抉り出されてくる感じは、もしかしたら
やはりイアン・ボストリッジの求めによるものなのか。
ここでは心に刺さる痛みのような感覚はあまりなくて、
優しい時間の流れに包み込まれる感覚なのである。
少し思いを切り替えて聞くが、この音楽の連なりは、
なんと美しい時間なのであろう。調和が素晴らしい。
現代人の心は、これを求めており、それに救われる。
「月に寄せて」で締めくくるのが恒例となっているのか、
イアン・ボストリッジとの演奏会でも見られたのだが、
これがいいのである。感謝の気持ちでいっぱいになる。

hyperion CDA68169

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2024年2月 8日 (木)

カラヤンの1970年代 34

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルで
1970年代のベートーヴェンの交響曲全集を聞いている。
交響曲 第6番 ヘ長調 作品68「田園」
1976年10月にベルリンのフィルハーモニーで収録、
序曲「コリオラン」 作品62
1965年9月にベルリンのイエス・キリスト教会で収録、
「プロメテウスの創造物」序曲 作品43
「アテネの廃墟」序曲 作品113
1969年1月にベルリンのイエス・キリスト教会で収録。
カラヤンの「田園」は、独特の流線形が特長である。
非常によい流れで音楽は停滞なく進み、スッキリと
少しの澱みも濁りも存在せず、明るく健康な音色だが、
低音はよく鳴り、かなり増強されている。快調であり、
それが過ぎると少々情緒に欠けるといわれそうだが、
交響曲なのであり、風景画の色彩的な描写ではなく、
これがいい。しかし第2楽章はますます美しくなるし、
小川の清らかな流れは印象的であり、第3楽章の
長閑な情景、そして第4楽章の激しい嵐の描写へと
絵はそこに存在している。そして第5楽章における、
感謝の想いなのであり、人々の心が音楽に表れて、
そこは偉大な作品であり、カラヤンはやはり上手い。
後半の序曲は1960年代の録音だが、雄大であり、
録音の性質もあるけれど、1976年の交響曲の方が
演奏も洗練されて、音質もまたシャープなのである。

DG 477 8005

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2024年2月 7日 (水)

サイモン・ラトル 17

サー・サイモン・ラトル指揮バイエルン放送交響楽団で
ワーグナーの楽劇「ジークフリート」~第3幕
2023年2月3-5日にミュンヘンのイザールフィルハーモニー。
前奏曲から重厚さは増しており、少々増強されているのか、
ものすごい迫力である。ミヒャエル・フォレのさすらい人が、
注目なのであり、すっかり聞き惚れてしまう。力強い響きで
それが第2場になり、ジークフリートが登場するとどこか
清々しさも加わり、改めていうまでもないが、主導動機が
言葉の意味によって、様々な表情を見せるのであって、
そこはラトルが、実に豊かに細やかに描き上げている。
色合いの変化が素晴らしく、そこに強弱や勢いも加わり、
動きを見せるところでの輝きの音色は、実に格別である。
ウォータンの制止を振り切って、あらゆる苦難を乗り越え、
ジークフリートの独壇場となっていくのであり、そこでの
透明感というのは、ここでのジークフリートの表現での
最大の特長なのであり、とにかく釘付けになってしまう。
それがさらにブリュンヒルデが目覚めると神聖な響き、
空気が変わって、不思議なほどの煌めきを発揮して、
これはもう驚きしかない。ラトルはひたすら吟味している。
考え抜いて、精密に音を作り込み、実に聞かせている。
この音楽にはとても敵わない。のめり込むばかりである。
第1幕と第2幕は、速めに引き締まって聞かせたが、
第3幕はたっぷりと聞かせ、この場面に焦点を当てて、
すべてはここへの道のりであったのである。ここに来て、
何もかも合点がいくのだが、もはや感動しかないのだ。
この後半のジークフリートとブリュンヒルデの二重唱は、
あらゆる歌劇の中でも最高の場面であると究極である。
ここでの演奏も引き込まれてしまう。本当に素晴らしい。
サイモン・オニールが歌いっぱなしだが、まさに陶酔で
アニャ・カンペとともに壮大なひと幕を築き上げている。
もうこの感動で、とても待てないのであり、ラトルには、
「神々の黄昏」で一刻も早く「指環」を完成させてほしい。

BR 900211

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2024年2月 6日 (火)

サイモン・ラトル 16

サー・サイモン・ラトル指揮バイエルン放送交響楽団で
ワーグナーの楽劇「ジークフリート」~第2幕
2023年2月3-5日にミュンヘンのイザールフィルハーモニー。
前奏曲から第1場の暗黒の場面では、精妙に描くほどに
変化の少ない停滞する音楽に陥るのだが、ここでもやはり
ラトルは恐るべき緊迫感を強調して、少しの激しさも出して、
冒頭から一気に引き込まれる。さすらい人(ウォータン)は、
ミヒャエル・フォレが歌っており、ベックメッサーの頃から
ファンなので、ウォータンで歌声を聞けるのは喜びである。
アルベリヒとやり合い、ファフナーの重厚な声が鳴り響き、
息苦しいまでの張り詰めた空気には、最高の感動がある。
ラトルも鋭く斬り込んで、バイエルン放送交響楽団がまた、
非常にリアルな響きを生み出して、これは本当にすごい。
舞台に音を付けているという、そんな感覚はどこにもなく、
音楽がここでの物語のすべてを支配し、強く導いている。
ここでもラトルは、速めのテンポで勢いよく進んでおり、
第2幕は73分の演奏という、実際にかなり早いのだが、
聞いている印象では、それほどに速いという感覚はなく、
それはバランスのよさとすべてにおいての説得力である。
ジークフリートと大蛇(ファフナー)の対決は名場面だが、
フランツ・ヨゼフ・ゼーリヒの重低音の迫力には痺れる。
戦いを終えた後のジークリートの清々しさにも感動して、
そこに現れるミーメのまくし立てる感じ、それは焦りだが、
成長するジークフリートと取り残されるミーメとの格差で
サイモン・オニールとピーター・ホーレのこのやり取りは、
面白すぎて、最高なのであり、もう夢中になってしまう。
デフォルメする印象はないが、音楽の要素を抽出して、
豊かな起伏を作っていくのは、やはりラトルは上手い。
ジークフリートは小鳥に導かれ、新たな旅へと出発し、
「指環」の物語は、ここで一つの完結を迎えるのだが、
ただただ心は満たされる感覚なのであり、究極である。
この想いを大切にしつつ、続いて、第3幕を聞きたい。

BR 900211

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2024年2月 5日 (月)

サイモン・ラトル 15

サー・サイモン・ラトル指揮バイエルン放送交響楽団で
ワーグナーの楽劇「ジークフリート」~第1幕
2023年2月3-5日にミュンヘンのイザールフィルハーモニー。
ちょうど一年前のライヴ録音で、2015年の「ラインの黄金」、
2019年の「ワルキューレ」に続き、コロナ禍を経て実現した、
2023年の楽劇「ジークフリート」である。この続編というのが、
パンデミックのために上演できず、世界が平穏を取り戻して、
そこで実現したものかと思っていたが、これまで4年ごとに
制作されてきており、ということは残る楽劇「神々の黄昏」は、
2027年ということになるのか、一寸先は闇ということもあり、
ラトルには「ニーベルングの指環」を急ぎ完成させてほしい。
ベルリン・フィル時代にも取り上げて、重ねて上演しており、
ラトルにとっては可能だと思うけど、歌手の人選もあるし、
現在の望みうる最高のキャストを押さえなくてはならずに、
やはり制作には、それだけの時間がかかるのであろうか。
精妙な響きを極めているが、ラトルは推進力のある音色で、
かなり速めに音楽を進めている。力強く確信に満ちている。
この仕上がりは、やはり演奏会形式ならでは、なのであり、
舞台上での動きに取られる間合いというものが存在せず、
畳みかけるように緊張感ある時間の流れを実現している。
この集中力は、舞台があって、芝居が動いていたら難しく、
理想であり、同時に劇場における楽劇の上演を超越した、
究極の音楽なのかもしれない。かつてのレコード制作で、
スタジオで収録された歌劇の演奏というのは、これであり、
耳としては馴染んでいるはずだけど、それにしてもすごい。
第1幕が78分を切り、時間的にも早く、音楽はよく流れ、
緩み、弛みというものが存在しないのだが、この時間が
あっという間なのであり、密度の高さと圧倒的完成度で
夢中にさせる演奏である。このニーベルングの世界に
引き込まれて、取り込まれてしまう感覚には驚かされる。
明日はこの続きで、第2幕を聞いていきたいと思う。

BR 900211

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2024年2月 4日 (日)

イモジェン・クーパー 2

イモジェン・クーパーによるシューマンの第2集で
フモレスケ 変ロ長調 作品20
ロマンス 嬰ヘ長調 作品28-2
ピアノ・ソナタ 第1番 嬰ヘ短調 作品11
クララ・シューマンのロマンス ロ短調 作品5-3
亡霊たちの踊り ロ短調 作品5-4
2014年3月17-20日にスネイプ・モルティングスで収録。
イモジェン・クーパーのシューマンは、第3集まで
制作されているが、その第2集であり、ここでは
クララ・シューマンの作品が中間に収められている。
思ったよりもスッキリと弾きはじめるが、表情付けは
やはり細やかで、すべての音を鳴らす、というのと
少し違っており、しっかり鳴らす音と宙に舞うように
掠れながら浮遊させてしまう音とその加減は絶妙で
まさにシューマンの幽玄の世界を描き切っている。
それは独特の淡彩の風景であり、さらにいうならば、
水墨のモノトーンな光と陰の情景に近いものがあり、
深く引き込まれてしまう。引きずり込まれる感じか。
近年、再評価が高まっているクララ・シューマンだが、
亡霊たちの踊りの主題が、ロベルト・シューマンの
ピアノ・ソナタ 第1番と共通であり、これは驚いた。
というよりもシューマンが、亡霊たちの踊りを用いて、
クララ・ヴィークに捧げたのである。そういう選曲で、
これは深いし、勉強になった。実際に聞くと面白い。
シューマンの作品は本当に素晴らしく、大好きだが、
クララ・シューマンの曲と並べることは予想以上に
相乗効果もあって、固く通じており、魅力的である。
イモジェン・クーパーというと、師匠のブレンデルを
つい思い出してしまうが、フモレスケを聞いていると
ブレンデルにも録音してほしかったと思ってしまう。
ピアノ・ソナタもだが、細やかな表現を大切にして、
音を丁寧に扱っているが、イモジェン・クーパーは
さらに繊細な響きも加わって、実に感動的である。

CHANDOS CHAN10841

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2024年2月 3日 (土)

ウィグモア・ホール 2014

ウィグモア・ホールのライヴ・シリーズから
アリス・クートによるシューマンの歌曲で
献呈 作品25-1、君は花のよう 作品25-24
ぼくの恋人は赤いばらのよう 作品27-2
はすの花 作品25-7、私のばら 作品90-2
ぼくの美しい星よ 作品101-4
歌曲集「女の愛と生涯」 作品42
歌曲集「詩人の恋」 作品48
(アンコール)夜の歌 作品96-1
ピアノはクリスチャン・ブラックショウである。
2014年6月22日にウィグモア・ホールで収録。
メゾ・ソプラノのズボン役ということではないけれど
アリス・クートは「冬の旅」や「詩人の恋」を歌って、
声の質というか、音域も心地よくて、素晴らしい。
何て魅力的な世界であろう。シューマンの歌曲で
この選曲により、堪能できるといった感じである。
クリスチャン・ブラックショウはこのCDで知ったが、
イギリスでは有名なのか、歌曲を専門にしている、
というわけではなくて、それゆえの味わい深さで
何とも柔らかい音色と角の取れた表現を聞かせ、
ピアノ・マニアを唸らせる。素晴らしい演奏である。
一気に興味が沸くが、CDは少なく、手に入らない。
隠れた名ピアニストでこんな人がいたのかと驚き、
クリフォード・カーゾンの弟子とあり、それは納得。

Wigmore Hall Live WHLive0079

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2024年2月 2日 (金)

ジョージ・セル 12

ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団による
ドヴォルザークの交響曲 第8番 ト長調 作品88
1970年4月28,29日にクリーヴランドのセヴェランス・ホール、
スラヴ舞曲 ホ短調 作品72-2
スラヴ舞曲 変イ長調 作品46-3
1970年4月20日にクリーヴランドのセヴェランス・ホール。
ジョージ・セルの亡くなる少し前の録音である。
続いて、5月には来日し、演奏会のライヴ録音が
CDになっているが、最後の録音として知られる。
あまり音がよくなく、左右のバランスがどうも変で、
聞きにくい思いをするのだが、ジョージ・セルの
引き締まったイメージからするとゆったりと大きく、
かなり豊かに歌って、これは独特な印象がある。
ドヴォルザークの交響曲で、これがいいのだと
そういう思いもあるが、73歳のジョージ・セルで、
その先も長生きしたとして、巨匠のスタイルを示し、
音楽は熟成し続けたならば、もうひと時代を築き、
新しい展開というものも見られたのかもしれない。
同じときのシューベルトの交響曲でもいえるのだが、
後半の楽章へ進むにつれ、燃焼度は上がっていき、
そこはジョージ・セルだと、やはり大きな感動がある。
スラヴ舞曲も歌にあふれており、大好きなのだが、
この濃厚な味わいというのが、少々、意外でもあり、
しかしその魅力には逆らえず、ただただ聞き惚れる。

Warner 0190295267186

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2024年2月 1日 (木)

ベルナルト・ハイティンク 58

ベルナルト・ハイティンク指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
ブラームスの交響曲 第4番 ホ短調 作品98
大学祝典序曲 ハ短調 作品80
1972年6月にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
ハイティンクの1970年代のブラームスを聞く。
やはりこの時代もハイティンクは堅実な指揮で
筋の通った格式ある音楽を目指しているのだが、
まだ若かった43歳の演奏なのであり、推進力で
力強い音楽を展開させ、そこが魅力なのである。
解釈に揺れはないが、極めてスタンダードな中に
旋律をしっかりと歌わせ、そこには味わいを感じる。
録音の特性なのかもしれないが、暖かい音色で
豊かな色合いを聞かせるコンセルトヘボウだが、
ここでは渋い響きを聞かせて、それも好ましい。
ハイティンクのベースとなっている録音であり、
重要な記録だが、よくいわれるように華やかに
開花して、広く受け入れられるようになったのは、
もう少し先の1980年代であろうとそれは感じる。

DECCA 478 6360

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