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2024年3月31日 (日)

マウリツィオ・ポリーニ 19

マウリツィオ・ポリーニによるシューマンで
ピアノ・ソナタ 第1番 嬰ヘ短調 作品11
幻想曲 ハ長調 作品17
1973年4月にミュンヘンのヘルクレスザールで収録。
ポリーニの初期の録音でシューマンを聞いている。
1972年のショパンの練習曲の後、シューマンが続き、
集中力と強い緊張感で隙のない力強い演奏である。
感情の揺らぎや色合いの変化も見せず、引き締まり、
若い頃のポリーニに特有のこの立体感は実に特長だ。
かなり硬質な響きに存在感があって、色を付けない。
幻想曲に関しては、ポリーニはずっと弾き続けたが、
1995年と2004年に実演で聞いており、色彩が増し、
2004年のときには、第3楽章での柔らかい表現で
聞く人を夢の世界に誘う、あの感覚は絶品であった。
若い頃の演奏には、このときだからこそのよさがあり、
ポリーニには、ぜひ幻想曲を再録音してほしかった。
1990年代から2000年頃のライヴ録音が聞けたら、
さらにうれしい。その魅力、素晴らしさは保証できる。

DG 423 134-2

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2024年3月30日 (土)

ジャン・フィリップ・コラール 13

ジャン・フィリップ・コラールによるフォーレで
舟歌 イ短調 作品26、ト長調 作品41
変ト長調 作品42、変イ長調 作品44
嬰ヘ短調 作品66、変ホ長調 作品70
ニ短調 作品90、変ニ長調 作品96
イ短調 作品101、イ短調 作品104-2
ト短調 作品105、変ホ長調 作品106b
ハ長調 作品116
バラード 嬰ヘ長調 作品19
2020年9月6-8日にメス音楽都市で収録。
ジャン・フィリップ・コラールのフォーレは有名だが、
最初に録音されたのが舟歌であり、1970年のことで
50年ぶりの再録音ということになる。車に乗っていて、
たまたま流れてきた舟歌を聞き、いろいろ思っていたら
それがなんと自身の昔の演奏で、再録音しなければと
この演奏に結び付いたという。いま、新たに弾くならば、
ますます渋く、枯れた印象に仕上がるのではないかと
そんな想像をしてしまうのだけど、実際は全く逆であり、
色彩豊かに表現の幅は大胆に雄弁になって、驚きだ。
72歳のジャン・フィリップ・コラールがなんとも若々しく、
自由な発想を得て、輝きは増し、花開いた印象である。
では一方の旧録音に対して、どんな思いを抱いたのか、
まだ表現に堅さがあり、色合いも足りないということか、
それはここで、聞き直してみたくなってくる。確認したい。
こうなると続いて、夜想曲も現在の演奏を聞きたくなる。
完成しつつある偉大な芸術であり、フォーレの作品に
取り組んでほしい。バラードも実に引き込まれてしまう。
やはりジャン・フィリップ・コラールは、名ピアニストだ。

la dolce volta LDV91

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2024年3月29日 (金)

ジェラルド・フィンリー 3

ジェラルド・フィンリーとジュリアス・ドレイクによる
シューベルトの歌曲集「美しき水車小屋の娘」 D.795
2021年2月22-24日にロンドンのヘンリー・ウッド・ホール。
ジェラルド・フィンリーによるシューベルトの三大歌曲集を
収録順に聞いてきた。「美しき水車小屋の娘」で完成する。
バリトンの歌声は落ち着き、優しく、暖かく、感動的である。
音域としては低いが、色合いは明るく、耳にはこの印象が、
最も心地よくて、癒しの情景である。しかしここでの物語に
意識は向かわず、ジェラルド・フィンリーは言葉に徹して、
ジュリアス・ドレイクは絵画的な表現を避け、歌曲として、
詩とともにある音楽というものからはみ出すことがない。
やはり非常にシンプルである。劇的な要素を打ち消す。
ここでの20曲の展開には、ストーリーの楽しさがあるが、
あえてそれは出さずに歌曲なのである。原点に立ち返る。
ジュリアス・ドレイクは、やはりくっきりと明瞭に聞かせて、
際立つリズムと滑らかな流れが共存して、完璧である。
前半の力強く激しかった響きが、後半には力を失って、
これは水車小屋の恋に破れる青年、そのものなのだが、
情熱や優しさ、様々な感情があふれ出していたのが、
色を失い、灰色の情景となり、ついにこと切れてしまう、
過剰に描きすぎないところが、かえって切ないのである。

hyperion CDA68377

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2024年3月28日 (木)

クリストフ・エッシェンバッハ 23

クリストフ・エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団で
サーリアホのノーツ・オン・ライト(2006)
オリオン(2002)
蜃気楼(2007)
チェロ独奏はアンシ・カルットゥネン、
ソプラノ独唱はカリタ・マッティラにより
2008年3月12,13日にパリのサル・プレイエル。
人の手により作り込まれた音楽というのではなく、
自然界に湧き起こって来た響きが音楽を作り出す、
そういった作風は、聞く人に独特の印象を与える。
環境音楽やヒーリングに向かいそうな印象だけど、
そこには技があり、手法が存在し、単調ではない、
深い考察が求められるところは、現代音楽である。
音の平原に身をおき、音の波に身を沈めていって、
じわじわと静かに感じられてくる深い想いがある。
現代音楽の強烈な音響で体験させる感覚はなく、
動きは少ないし、変化は静かで、時間をかけて、
こちらから少しずつ、心を開き、響きを受け入れ、
音楽に接触していくしかない。難解さはないが、
単純なものではなく、そこは奥深い難しさである。
「ノーツ・オン・ライト」には、楽器ごとに存在する
固有の音の異なる光度が表現されているそうで、
直観としては、そう簡単にはわからないのだが、
参考にして、各楽章(全5楽章)を聞くと面白い。
「オリオン」はギリシャ神話のオリオンを思うが、
狂乱と平衡の表現を試みたと説明されている。
「蜃気楼」では、チェロとともにマッティラが歌うが、
詩はメキシコのシャーマンでマリア・サビーナの
呪文の言葉から採られているらしく、神秘主義の
要素も込められているのか、そこは魅力でもある。
サーリアホの音楽は聞けば聞くほどに深い感動。

ONDINE ODE1130-2

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2024年3月27日 (水)

リッカルド・シャイー 10

リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
プロコフィエフ 交響曲 第3番 ハ短調 作品44
1991年5月にアムステルダム・コンセルトヘボウ、
モソロフの鉄工場 作品19
ヴァレーズのアルカナ
1992年4月にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
リッカルド・シャイーのボックスセットから聞いている。
これは面白い。モソロフとプロコフィエフの作品では、
ロシア・アヴァンギャルドの過激な音響を追及して、
シャイーの指揮は鮮烈であり、夢中になってしまう。
モソロフの鉄工場は、工業の近代化を音に閉じこめ、
ごく短い作品ではあるのだが、その存在感がすごい。
プロコフィエフの交響曲 第3番は久しぶりなのだが、
こんなに面白かったか。シャイーの指揮がいいのか、
好きである。なぜこれまで、あまり興味なかったのか。
この時代のプロコフィエフの作風はやりたい放題で、
音色はプロコフィエフを感じるのだけど、作曲技法は
かなり先鋭的で踏襲的な形式の中に新しい可能性が
あふれ出している。後半はエドガー・ヴァレーズで
ここでの作品はすべて、1920年代に作曲されている。
この並びでは、「アルカナ」の前衛性は失われるが、
すると親しみしかなく、楽しくて、素晴らしい音楽だ。
この魅力を引き出し、聞かせたのはシャイーであり、
近代的な作風と現代音楽には、適性があるようだ。

DECCA 483 4266

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2024年3月26日 (火)

ベルナルト・ハイティンク 61

ベルナルト・ハイティンク指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
ブラームスのセレナード 第1番 ニ長調 作品11
1976年7月にアムステルダム・コンセルトヘボウ、
セレナード 第2番 イ長調 作品16
ハンガリー舞曲 第1番 ト短調
ハンガリー舞曲 第3番 ヘ長調
ハンガリー舞曲 第10番 ヘ長調
1980年10月にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
ハイティンクの1970年代のブラームスを聞く。
交響曲に続き、1980年のセレナード 第2番で
シリーズは完結である。セレナードは久しぶりで
それにアバドの演奏で聞いたぐらいなのであり、
この演奏で勉強している。交響曲よりも以前の
若いときの作品であり、牧歌的な雰囲気だが、
親しみやすく、芸術性よりも大衆的な印象は、
ハンガリー舞曲との組み合わせもあるなって、
ここでの3曲のハンガリー舞曲というのは、
作曲者自身が管弦楽に編曲した曲であり、
残りの曲は、様々な作曲家が編曲を試みた。
セレナードは若々しい音楽を感じさせながら、
作品の仕上がりは成熟したものを感じさせ、
しかし後年に改訂されたという記述はなく、
20代のブラームスの作品は完成されている。
天才的というのではない、職人的気質により、
ブラームスの作品は、完成度に偏りがなくて、
すべての作品が傑作であるということがいえ、
その生涯を知りたくなるし、それに合わせて、
作品鑑賞をしてみたいという思いになってくる。
ハンガリー舞曲は作品番号も付いていないし、
アンコールなどで演奏されて、軽く扱われて、
低く見られている部分もあるようだが、ここで
ハイティンクの演奏は素晴らしいし、こうして
真剣に聞くとその音楽も魅力的で感動する。
民族音楽と芸術の両立で、そこを聞きたい。

DECCA 478 6360

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2024年3月25日 (月)

ジョナサン・ノット 7

ジョナサン・ノット指揮バンベルク交響楽団で
マーラーの交響曲 第2番 ハ短調「復活」
2008年3月14,15日にバンベルクのコンツェルトハレ。
ジョナサン・ノット指揮バンベルク交響楽団による
マーラーの交響曲全集を収録順に聞いている。
まさにイメージ通りのスッキリとした明瞭な響きで、
背筋も凍る鋭さで、切り刻まれていく感覚なのだが、
ここで不思議と冷たさを感じないのは、その根底に
音楽を表現する熱い想いがあふれているからである。
緻密で精妙な響きながら、激しい感情の揺れ動きが
最大限に引き出されている。冷静に客観的な姿勢を
保ちながらも絶妙なコントロールにより、演奏効果を
明確に形にしていく。聞いている我々にある熱い心を
開放する演奏なのであり、演奏者の熱気をこちらに
押し付けてくることは、一切しない。独特な方向性で
それがジョナサン・ノットなのであり、そこに惹かれる。
かなり精密に細かく表現を作っているのだが、それを
意識させず、大きく盛り上がるこの音楽体験というのは、
マーラーの作曲とジョナサン・ノットの完全勝利である。

TUDOR 1670

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2024年3月24日 (日)

マウリツィオ・ポリーニ 18

マウリツィオ・ポリーニによるシューベルトで
ピアノ・ソナタ 第19番 ハ短調 D.958
1985年6月にパリのサル・ワグラムで収録、
ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D.959
1983年12月にウィーン楽友協会大ホールで収録、
ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D.960
1987年6月にミュンヘンのヘルクレスザールで収録、
アレグレット ハ短調 D.915
1985年9月にミュンヘンのヘルクレスザールで収録、
3つのピアノ曲 D.946
1985年6月にパリのサル・ワグラムで収録。
マウリツィオ・ポリーニの死を悲しんで、続いて、
シューベルトのピアノ・ソナタを聞いている。
最初に買ったポリーニのCDかと思うのである。
それか、ベートーヴェンの「ワルトシュタイン」
「テンペスト」「告別」のCDのどちらかなのだが、
その時代の最新盤であった。私は中学生ながら
未熟な感性ではあったけれど、シューベルトの
最後のピアノ・ソナタに興味をもち、好きになって、
音楽の本当の深みを知るのは、ずっと後のことで
当時は実に浅かったであろうが、その一方では、
若い感性でなければ気付けぬこともあったかと
ポリーニのシューベルトの演奏を聞き、感激して、
その魅力にハマったのだ。久しぶりに出したが、
思った以上にますます素晴らしい。弾力があり、
運動性が特長で、力強く、立体的でありながら、
しなやかに滑らかな流れは、最高なのである。
シューベルトのピアノ・ソナタは、以来、ずっと
たくさんの演奏を聞いてきたが、原点に戻って、
最初に聞いたのが一番よかったではないかと
改めて、思ってしまった。1980年代の名盤だ。
実はこの時代のポリーニが、一番好きである。

DG F66G20191/2

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マウリツィオ・ポリーニ 17

マウリツィオ・ポリーニが2024年3月23日に
ミラノの自宅で亡くなった。82歳。

マウリツィオ・ポリーニの演奏を聞く。
ストラヴィンスキーのペトルーシュカからの3楽章
プロコフィエフのピアノ・ソナタ 第7番 作品83
1971年9月にミュンヘンで収録、
ウェーベルンのピアノのための変奏曲 作品27
ブーレーズのピアノ・ソナタ 第2番
1976年6,7月、1977年9月にミュンヘンで収録。
ポリーニの近年の演奏はとても聞けない気持ちで、
それはリアルすぎて、ポリーニの現在に結び付き、
死の悲しみがあふれ出してしまう。耐えられない。
若いときの演奏がいいように思えて、選んでみた。
ペトルーシュカからの3楽章で、それは1991年に
高校生のときに学校が終わって、そのまま上野へ、
東京文化会館ではじめて聞いたポリーニの実演で
ペトルーシュカからの3楽章が聞きたくて、この日の
プログラムを選んだ。ショパンの24の前奏曲が前半、
ベルクのピアノ・ソナタとウェーベルンの変奏曲で、
最後にペトルーシュカからの3楽章が演奏された。
CDは1971年でポリーニのデビューの録音だが、
それから20年が経過した演奏は、さらに豊かに
巨大な響きは、色彩に輝いて、圧倒的であった。
ポリーニの代名詞ともいえる作品であると思う。

DG POCG-1297

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2024年3月23日 (土)

ジェラルド・フィンリー 2

ジェラルド・フィンリーとジュリアス・ドレイクによる
シューベルトの歌曲集「白鳥の歌」 D.957
ブラームスの4つの厳粛な歌 作品121
2018年10月4-6日にロンドンの殉教者聖サイラス教会。
ジェラルド・フィンリーによるシューベルトの三大歌曲集を
収録順に聞いている。ただただ素晴らしく、感動的である。
バリトンの低声で今日の最も人を惹きつける歌手であると
絶望の淵にある歌曲集「白鳥の歌」で少ない望みを見出し、
暖かい光が差し込むところは、この上ない癒しなのであり、
ジェラルド・フィンリーの歌は、生きる喜びを与えてくれる。
暗黒の中にある閉ざされた心に再生のきっかけを促して、
偉大な作品のこんなにも素晴らしい演奏はないのである。
ジュリアス・ドレイクの「白鳥の歌」のCDははじめてだが、
私にとっては最高の歌曲ピアニストなので、隅々にまで、
夢中で聞かされてしまう。驚きの連続の素晴らしさである。
非常に細やかに心の揺れ動きで精妙に描き込まれるが、
独特のクリアな表現が冴えわたり、音楽を支える低音で
そのコントロールが際立つ。表と裏の深い陰影を感じて、
彫りのある造形は見事だ。後にジュリアス・ドレイクは、
テノールとの歌では、クリストフ・プレガルディエンとも
録音して、音域も変わって、違いを聞いてみたいと思う。
ブラームスの4つの厳粛な歌でその暗く沈む世界の中、
かつてなく鮮やかにくっきり描き上げる演奏にも感動する。

hyperion CDA68288

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2024年3月22日 (金)

ハンヌ・リントゥ 5

ハンヌ・リントゥ指揮フィンランド放送交響楽団で
リゲティのロンターノ(1967)
ベンヤミン・シュミットの独奏による
ヴァイオリン協奏曲(1989-1993)
アトモスフェール(1961)
2012年8月29-31日にヘルシンキのミュージック・センター、
サンフランシスコ・ポリフォニー(1974)
2013年3月1,2日にヘルシンキのミュージック・センター。
1960年代の「アトモスフェール」と「ロンターノ」は、
かつてはじめて聞いた頃には、大オーケストラによる
巨大な不協和音の集合体だと認識していたのだが、
いま聞くと全く印象は異なっており、美しいのである。
清々しいもの、不思議な輝き、透明度が感じられて、
改めて驚いてしまう。強い光が発せられる感覚は、
当初から感じていた。それはときに騒音の中から、
はみ出してくるものであると考えていたのだけれど、
その騒音の感覚が、完全に抜け落ちたのである。
やはり美しい。「アトモスフェール」は格別である。
20世紀の最も偉大な傑作だ。大興奮してしまう。
ヴァイオリン協奏曲は、30年ぐらい前になるが、
ブーレーズのCDが出たときにはじめて聞いて、
その異様な世界観に夢中になってしまったのだが、
21世紀になり、現在では演奏も増えているけれど、
やはり独特の音色が刺激的である。最高に面白い。
ブーレーズの録音は、当時、最新作であったのか。
リコーダーとオカリナが不気味な音を出している。
サンフランシスコ・ポリフォニーは、「ロンターノ」の
延長線上にある作品ともいえるのであろうけれど、
作曲技法も複雑に動きは激しく、ますます緻密で、
本当に素晴らしい。より凝縮された密度を感じる。
リゲティの代表作が集められたが、やはり天才だ。

ONDINE ODE1213

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2024年3月21日 (木)

ダニエレ・ガッティ 4

ダニエレ・ガッティ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
ベルリオーズの幻想交響曲 作品14
2016年3月31日、4月1,3日に
アムステルダム・コンセルトヘボウで収録。
ダニエレ・ガッティがロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の
首席指揮者になって、最初のCDであったが、就任は
2016年の秋であり、その直前の演奏ということになる。
イメージ通りに雄大なスケールであり、巨大な印象だが、
その表現は極端に繊細であり、美しい音色を引き出し、
精妙に仕上げられていた。この存在感と一方にある、
ちょっとしたことでも壊れてしまいそうなデリケートさで
その両立は不思議な感覚でもあって、謎は興味を引く。
この方向性は第3楽章までとことん追求されるのだが、
第4楽章以降の爆発の開放へとつながり、でもやはり
現在のガッティは、エネルギーを破裂させる感じではなく、
しっかりと制御が行き届いているようで、怪奇ではない。
ガッティの幻想交響曲というと、さらに破壊があって、
極限的なものを聞きたかったが、どうやらそれはなく、
それによって、ここでのポストが与えられているのか、
結論は続くマーラーの交響曲に持ち越すことにしよう。
次回は就任披露の演奏からマーラーの「復活」を聞く。

RCO 16006

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2024年3月20日 (水)

アンドリス・ネルソンス 8

アンドリス・ネルソンス指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で
ワーグナーの舞台神聖祝典劇「パルジファル」前奏曲
ブルックナーの交響曲 第9番 ニ短調(1894 ノヴァーク版)
2018年12月にライプツィヒ・ゲヴァントハウスで収録。
アンドリス・ネルソンスによるブルックナーの交響曲を
収録順に聞いている。前半は「パルジファル」前奏曲で
美しい音色を引き出しているが、真摯に硬質な音楽を
突き詰めていく感じはないし、その逆で細やかな表現を
豊かな表情付けで描き出していくでもなく、バランスに
入念に配慮し、完成度の高い明瞭な造形を聞かせるが、
何かが足りない。既成概念を壊すことになったとしても
ネルソンスは自らの主張を出し、さらに踏み込んだ方が、
より説得力は生まれたのかもしれない。平坦に感じる。
ブルックナーになると奥行きが生まれ、立体感が増し、
豊かな音色になるのだが、音のない間に神聖なものを
感じ取り、そこに現れる旋律に深みがないのである。
音はよく鳴って、盛り上がっているが、心に響かない。
第4番、第7番あたりはよかったし、楽しんだのだが、
ネルソンスのこのブルックナーのシリーズを進めると
しだいに心が離れてきてしまった。どうしたらいいか。
何か気付いていないことがあるはずで探さなければ。
未完の第9番が、ブルックナーの最後の境地ならば、
そこに深く共感するのにネルソンスは見切り発車で
まだ道半ばであるかもしれず、10年後、20年後と
取り組み続け、さらなる開けた世界を示してほしい。
第3楽章の後半は、やはり研ぎ澄まされていって、
高みの情景に到達したところでそっと開放してほしく、
そんな演奏で聞きたいのである。それはここにはない。
次回は交響曲 第8番なので、そこでどうなるのか、
心して臨み、気合いを入れ直して、聞きたいと思う。

DG 483 6659

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2024年3月19日 (火)

サイモン・ラトル 18

サー・サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団で
ストラヴィンスキーのバレエ「火の鳥」(1910年版)
バレエ「ペトルーシュカ」(1947年版)
バレエ「春の祭典」(1947年版)
2017年9月21,24日にロンドンのバービカン・センター。
ラトルがロンドン交響楽団の音楽監督に就任した際の
記念演奏会のシリーズから2017年9月のライヴで、
一晩のうちに三大バレエがすべて演奏されるという、
気合いの入った企画である。珍しいのではないか。
ラトルはバーミンガムで1980年代に録音しているが、
聞き直さないと怪しいが、もっと熱かった記憶があり、
それがベルリン・フィルの時代にある程度、洗練され、
今日に至っていると思うけれど、この演奏ではさらに
熱気や色彩があふれ出す感覚はなく、軽やかに響き、
子供に優しくお伽話を語り聞かせているような印象は、
かなり独特だ。おどろおどろしさみたいなものはなく、
暗黒の領域はすっかり消え去り、健全な仕上がりに
安心して、のめり込めるのである。ラトルの洗練度は、
ますます進んでいるようであり、しなやかな躍動感は、
ここでの方向性を強く示して、これがつまりラトルの
ロンドンでのスタイルだと、やりたいことなのであろう。
独特の作り込み表現は、少しずつ消えつつあったが、
自然体な音作りがラトルの最大の特長となっている。
「ペトルーシュカ」の人形が発する人間臭は薄らいで、
物語よりは純粋に音楽として聞かせているのであり、
「春の祭典」も原始的な色合いや大地の泥臭さはなく、
バレエの動きも消え、音楽に特化している感がある。
コンサートで聞くバレエ音楽の極致ともいえるのか。
100年前の20世紀の古典であり、これらの作品に
前衛的なものへの拒絶感を抱く人も減ったと思うが、
ストラヴィンスキーは苦手だという人がいたならば、
これは聞きやすく、それがラトルの音楽なのである。

LSO 5096

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2024年3月18日 (月)

レナード・バーンスタイン 42

レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルで
マーラーの交響曲 第7番 ホ短調
1985年11,12月にエイヴリー・フィッシャー・ホール。
バーンスタインのマーラーを再録音で聞いている。
この演奏もまた、1987年の秋に、私にとっては、
はじめて聞いた交響曲 第7番であったのだが、
バーンスタインの作り込まれた表現が独特であり、
しかし現在では、さらに細部を浮かび上がらせる、
怪演というものはいくらでもあるし、そこは驚かず、
遅いと思っていたイメージもまた、実際のところは、
緩急のメリハリが効き、音楽の流れに停滞はない。
バーンスタインのテンポ感が遅くなったのではなく、
遅く表現しているのであり、そこに濃密さが宿って、
高い集中力と凝縮された表現が特長なのである。
マーラーの音楽に独特のどこか心は彼方にあり、
諦めを感じさせる乾いた音色は、実に素晴らしく、
スケルツォの楽章も不気味さを際立たせているが、
もはやグロテスクなものは感じなくなってしまった。
ここでの夜の音楽としては、悪魔的なものが現れ、
怪奇な踊りを披露しているとも思わせるのだけど、
バーンスタインの愛すべきユーモアが勝ったか。
ここで遅いとすれば、第4楽章の夜の音楽IIで、
いかにもバーンスタインの表現が表れているが、
意識が向くのは速度ではなく、豊かな歌であり、
交響曲 第4番の「楽園」と対比させるならば、
こちらは「夜の天国」、ということなのであろう。
終楽章も素晴らしく、集中力は少しも途切れず、
バーンスタインは隅々まで心を込め、歌い上げ、
何もかもが充実しきった印象である。このとき、
バーンスタインは67歳であり、芸術の極みで
完成を迎えつつあるが、亡くなる5年前であり、
体調面はどうであったのか。音楽は順調である。

DG 477 8668

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2024年3月17日 (日)

ジェラルド・フィンリー 1

ジェラルド・フィンリーとジュリアス・ドレイクによる
シューベルトの歌曲集「冬の旅」 D.911
2013年2月26-28日にロンドンのオール・セインツ教会。
ジェラルド・フィンリーによるシューベルトの三大歌曲集を
収録順に聞いていきたい。ピアノはジュリアス・ドレイクで
イアン・ボストリッジとの共演が有名だが、CDでは聞けず、
ジェラルド・フィンリーとの録音で歌曲集を聞けるのである。
囁くように細やかな歌が聞けるのであり、精妙な世界で、
これはまた、深く心に響いてくる。ジュリアス・ドレイクが、
シンプルな音作りでスッキリと風通しよくしているのであり、
そこで悲劇的ともいえる狂気の響きを引き出し、恐ろしい。
優しく、柔らかい音の連なりが彼方へと続いているのだが、
それを乱し、壊す、不吉な不協和音の創造性に感動する。
これはかなり心に刺さるものがある。耐え抜くのが難しい。
非常に平坦な音の情景のようであり、内面に踏み込むと
思った以上に起伏は激しく、多くの危険が待ち受けている。
聞きはじめて、少しすると気付いてくるのだが、この壮絶で、
静かに鋭利な侵食はきついのである。乗り越え、最後まで
行きつくことはできるのか。凄まじさと同時に感動は大きい。

hyperion CDA68034

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2024年3月16日 (土)

テディ・パパヴラミ 10

テディ・パパヴラミのヴァイオリン、
フランソワ・フレデリック・ギィのピアノによる
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集を聞く。
ヴァイオリン・ソナタ 第8番 ト長調 作品30-3
ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 作品47
ヴァイオリン・ソナタ 第10番 ト長調 作品96
2016年11月22-26日、2017年3月1-5日に
メッツのアルセナル劇場で収録されている。
テディ・パパヴラミは激しく、鋭く斬り込む表現を
徹底して追及しており、その美しい音色ながらも
優雅なところはどこにも聞かれない。挑む姿勢は
どこか過激な反逆活動をも思わせて、30年前の
クレーメルの演奏に似ており、思い出してしまう。
刺激的な演奏は、やはり聞く人を夢中にさせて、
だからといって、奇を衒ったところはどこにもなく、
ただただ真剣に音楽に向き合っているのであり、
すべては必死なのであって、それが心を打つ。
テンポの速い遅いでなく、音が引き出されたら
後は突き進んでいく。その求心力はすさまじい。
フランソワ・フレデリック・ギィは、完全にここで
テディ・パパヴラミに引き寄せられた表現だが、
新しい境地が示されて、ここでの共演は大きい。
可能性は無限に広がっている。この二人により
ブラームスのヴァイオリン・ソナタが聞きたい。
プロコフィエフやバルトークもまた面白そうだ。
全く予測がつかないのである。期待は膨らむ。

evidence EVCD037

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2024年3月15日 (金)

ピエール・ブーレーズ 16

ピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団で
ストラヴィンスキーのバレエ「火の鳥」(全曲)
幻想曲「花火」 作品4
管弦楽のための4つの練習曲
1992年12月にシカゴのオーケストラ・ホールで収録。
1990年代のブーレーズによるDGへの再録音で、
「ペトルーシュカ」と「春の祭典」に続く三大バレエで、
そちらがクリーヴランド管弦楽団であったのに対して、
シカゴ交響楽団の演奏であり、少しその仕上がりが、
違っている気もするが、そこには狙いがあったかと
推測されるので、いつも気にして聞くことにしている。
1990年代にブーレーズが華やかに再録音を開始し、
CDが次々発売されるようになるのだが、そこでは、
かなり変わってしまっていたとよくいわれるけれど、
その中では、この「火の鳥」などは非常にドライで、
機能性を追求し、研ぎ澄まされているこの感覚は、
特長である。そこでこの演奏を聞かせてみせたのが、
シカゴ交響楽団であり、やはり注目すべきであろう。
でもブーレーズはブーレーズなのであり、感動する。

DG 437 850-2

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2024年3月14日 (木)

エミリオ・ポマリコ 1

エミリオ・ポマリコ指揮南西ドイツ放送交響楽団で
ハンス・ツェンダーのロゴス・フラグメンテ
Logos-Fragmente (Canto IX)
SWR シュトゥットガルト声楽アンサンブルで
2011年12月14,15日にフライブルクのコンツェルトハウス。
32の声と4つのグループ・オーケストラのための作品で
9つの断片から構成されている。不協和音の咆哮により
巨大な騒音的音響が展開されるところとその一方での
調性音で旋律的要素が流れる部分が組み合わされて、
ハンス・ツェンダーの作品は緻密でいかにも大胆であり、
面白いのである。直接に訴えかけてくるところに興奮し、
その音楽と格闘しては、深い考察に知的快感が沸く。
突き刺さる不快さとその直後に現れる美しい響きに
緊張と喜びは目まぐるしく入れ替わり、打楽器による
効果音の空間体験は鮮烈なのであり、これは感動だ。
全体では77分に及ぶ巨大な作品で存在感がすごい。

WERGO WER6765

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2024年3月13日 (水)

アンドリス・ネルソンス 7

アンドリス・ネルソンス指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で
ワーグナーのジークフリート牧歌
ブルックナーの交響曲 第6番 イ長調(1881 ノヴァーク版)
2018年12月にライプツィヒ・ゲヴァントハウスで収録。
アンドリス・ネルソンスによるブルックナーの交響曲を
収録順に聞いている。前半はジークフリート牧歌だが、
楽劇「ジークフリート」の第3幕で、この旋律が現れる、
あの感動を思うと慣れ親しんだジークフリート牧歌への
関心というのが、いつの間に薄れてきてしまうのだが、
久しぶりに聞くとやはり美しい音楽である。安らかだ。
ブルックナーの交響曲 第6番へと移り、今回もまた
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のこの音色が、
何よりも最大の魅力である。音楽には躍動感があり、
独特のこちらへ語りかけてくるような、豊かな情感は、
これはライヴ録音ということも大きな要因なのであろう。
まだ残してはいるが、このシリーズの特長に思うのは、
ネルソンスのブルックナーの音楽への共感が率直に
こちらに伝わってくるのであり、我々にとってもまた、
それに対して協調できるのか、そこが重要であって、
指揮者への想いというものが、影響するのだと思う。
それにしても動きの部分で独特のしなやかさがあり、
やはり若々しい感覚にあふれたブルックナーである。
間違いなく、現代の上質な演奏の記録といえるのだが、
聞き続ければ、もっと深まりを感じることができるのか、
それについては、聞き込んで、確認してみたいと思う。
自身の想いや感情の動きを音楽に反映させることは、
大切なことではあるのだが、ノリで演奏してしまったと
そういうことを聞き手に感じさせてはいけないのだと
ブルックナーでは、特にそのことがいえるのだと思う。

DG 483 6659

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2024年3月12日 (火)

クリスティアン・ティーレマン 17

クリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデンで
シェーンベルクのグレの歌
2020年3月10日にドレスデンのゼンパーオーパー。
ヨーロッパがロックダウンになる直前の公演である。
この後に予定されていたザルツブルクのイースターで
そちらの公演は中止となってしまった。その点からも
貴重なライヴ録音なのであり、聞けるのは喜びである。
恐ろしく繊細な音色を引き出しており、そこで最初から
すっかり驚かされてしまうのだが、この数年の録音で
ティーレマンは明らかに変わってきており、かつての
重厚でしっかり低音が支える演奏というのは姿を消し、
しなやかで細い透明な音色が、小さな穴を通り抜けて、
鋭く、この研ぎ澄まされた音楽は、実に奇跡的である。
ちょっと無神経と思わせるような、武骨さや豪快さが、
かつてのティーレマンには存在して、それが音楽で
独特の魅力を生み出していたのだが、変化し続けて、
現在はまるで違っている。その変貌が人を惹きつけ、
目が離せないのだが、不思議なぐらいの美しい響き、
細部の隅々にまで、心が行き届いている音楽である。
このデリケートな音はどうしたのであろう。どこか儚く、
ちょっとしたことでも壊れてしまいそうな緻密さであり、
ティーレマンが目指しているところは、クライバーか。
滑らかな音の運びであり、ごく自然な調和が生まれ、
音楽のキレや表現の鋭さが圧倒的心地よさを生む。
巨大なグレの歌が、聞くとその大きさは感じさせず、
それはこれまでもずっと感じてきたことだし、精妙な
この音楽に不思議な魔力を感じるのだが、それが
こんなにも繊細に聞こえたことはなく、やはりこれは、
まさしく奇跡であって、ここまでの感動はそうはない。

Profil PH20052

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2024年3月11日 (月)

ベルナルト・ハイティンク 60

ベルナルト・ハイティンク指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
ブラームスの交響曲 第2番 ニ長調 作品73
1973年6月にアムステルダム・コンセルトヘボウ、
ハイドンの主題による変奏曲 作品56a
1974年9月にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
ハイティンクの1970年代のブラームスを聞く。
交響曲はこれで4曲が揃って、残すところは、
続編の2曲のセレナードである。後のイメージで
ハイティンクのブラームスというと渋い印象があり、
交響曲 第2番には、格別な思いがあるのだが、
コンセルトヘボウの明るい音色で豊かに歌って、
停滞がなく、いきいきとよい流れである。そこは
ハイティンクの若さなのか、その一方では底から
しっかりと鳴り出す、重く、深い響きというものは、
まだあまり聞かれないか。ハイティンクというと
1980年代から一気に成熟し、表現が深まったと
一般的によくいわれるが、ここでもそれはいえて、
1970年代のブラームスはやはり若々しいと感じる。
音楽にもオーケストラの音色にも実に誠実であり、
それは後のハイティンクに通ずる一貫した特性で、
そこは強く意識しながら聞くことになるのだけれど。
思ったよりも清々しく、明朗な境地に驚くであろう。
一年でこの時代のハイティンクは深まりを見せたか、
ハイドンの主題による変奏曲では色合いも豊かに
変奏曲のメリハリをくっきりと描き出し、鮮やかに
彫りが深くなっていることを感じる。こちらはいい。
断然に素晴らしく感じられる。何が変わったのか、
音の角は取れて、一方でますます躍動感は増し、
その強いところでは、大胆さが特長といえるのか。
そこがハイティンクの主張であると伝わってくる。

DECCA 478 6360

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2024年3月10日 (日)

エリック・ル・サージュ 6

エリック・ル・サージュによるシューマンで
3つのロマンス 作品28
アラベスク ハ長調 作品18
アルバムの綴り 作品124
花の曲 変ニ長調 作品19
7つのフゲッタ形式による小品 作品126
主題と変奏 変ホ長調「幽霊変奏曲」
2005年8月にラ・ショー・ド・フォンで収録。
エリック・ル・サージュでシューマンを聞いている。
アラベスクや花の曲も入っているのだが、選曲が
非常にマニアックであり、これは興味惹かれる。
3つのロマンスが好きなのだが、聞く機会はなく、
気に入っている思いとその一方で、よく知るのは
マリア・ジョアン・ピレシュの演奏であり、ここでの
エリック・ル・サージュはまた違った印象もあって、
爽やかな語り口で、ますます興味が沸いてきた。
エリック・ル・サージュのシューマンは最高である。
アルバムの綴りは、若い時代から中期の頃まで
書きためられた作品を晩年にまとめて出版して、
7つのフゲッタ形式による小品は最晩年の作曲、
主題と変奏は、シューマンの最後の作品である。
晩年にフーガや変奏曲の世界に到達したのは、
どこかベートーヴェンを思わせるが、その音楽は
シューマンなのであり、その境地は実に清々しい。
エリック・ル・サージュの音楽への深い共感により、
すっきり晴れ渡った情景がそこには広がっている。

Alpha ALPHA813

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2024年3月 9日 (土)

テディ・パパヴラミ 9

テディ・パパヴラミのヴァイオリン、
フランソワ・フレデリック・ギィのピアノによる
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集を聞く。
ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 作品24
ヴァイオリン・ソナタ 第6番 イ長調 作品30-1
ヴァイオリン・ソナタ 第7番 ハ短調 作品30-2
2016年11月22-26日、2017年3月1-5日に
メッツのアルセナル劇場で収録されている。
優雅に穏やかな音色のはずの「春」のソナタが、
予想を超えて、テディ・パパヴラミが強烈であり、
鋭く、バッサリと斬り込んで、これは驚かされる。
この挑戦的な姿勢に拍手を送らずにいられない。
音色は輝きに満ち、美しい色合いを生み出すが、
音楽の表情が鋭く、触れたら怪我をしそうであり、
距離を保つよう、求められる。ピアノに関しては、
テディ・パパヴラミにぴったりと合わせているが、
フランソワ・フレデリック・ギィは、余裕があって、
間があり、穏やかなヴァイオリンと共演した方が、
豊かな表情を聞かせるのではないかとも思われ、
この緊迫感ある空間において、何を感じたのか、
それは本人にしか、わからないことなのである。
テディ・パパヴラミの揺らがない強靭な精神性が、
フランソワ・フレデリック・ギィもすっかり巻き込み、
出会ったことのない境地のベートーヴェン像を
ここに示していることは、間違いないのである。
作品30になり、イ長調の明るい曲調になると
少し救われるのだが、それが、続くハ短調では、
再び緊張の連続となり、この興奮は止まらない。

evidence EVCD037

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2024年3月 8日 (金)

フローリアン・ベッシュ 2

フローリアン・ベッシュとロジャー・ヴィニョールズによる
シューベルトの歌曲集「冬の旅」 D.911
2016年9月11-13日にサフォークのポットン・ホールで収録。
フローリアン・ベッシュが優しい歌声で静かに囁くように
独特の印象である。吸い込まれるような感覚が魅力だ。
ピアノとの音量バランスで、歌をもう少し強調した方が、
聞きやすいようにも思うのだが、実に繊細なのである。
ロジャー・ヴィニョールズのピアノも抑制が効いており、
動きをなくし、シンプルに捉え、スッキリした表情で描き、
モノトーンにさざ波も立たぬ中にあるこの輝きは最高だ。
不思議なぐらいに惹きつけられる。角が取れたようだ。
この「冬の旅」は素晴らしい。聞けば聞くほどにそう思う。
フローリアン・ベッシュはマルコム・マルティノーと組み、
すでにシューベルトの三大歌曲集を完成させているが、
こちらはロジャー・ヴィニョールズとの再録音なのであり、
しかしそれからすでに7年が経過しており、この続編を
制作してもらえないか。ロジャー・ヴィニョールズがいい。

hyperion CDA68197

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2024年3月 7日 (木)

ミヒャエル・ギーレン 63

ハンス・ツェンダー指揮ザールブリュッケン放送交響楽団と
エドゥアルト・ブリュンナーのクラリネットによる
ヘルムート・ラッヘンマンのアッカント
1977年5月20日にザールブリュッケン放送で収録、
クリトゥス・ゴットヴァルト指揮
スコラ・カントルム・シュトゥットガルトで
コンソレーションI
1968年1月30日に南西ドイツ放送で収録、
ミヒャエル・ギーレン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団で
コントラカデンツ
1971年4月22,23日に南ドイツ放送で収録。
アッカントはクラリネットと管弦楽のための音楽とあり、
クラリネット協奏曲を思わせるけれど、全く違っており、
特殊奏法の連続でイメージするクラリネットの音色は、
ほとんど聞こえてこないのである。強い緊張感が漲り、
点描的な手法で集中力が求められる。そこに独特の
快感が存在して、凄まじく凝縮された音楽に感激する。
この時間に耐えられなくなった人のためにか、後半で
モーツァルトのクラリネット協奏曲が聞こえてくるのだが、
遠くから微かにあっという間に消えてしまう。拷問である。
コンソレーションIは、声と打楽器のための作品であり、
さらに激しくなって、恐怖の緊迫感でとにかく素晴らしい。
ラッヘンマンは本当にすごく、ここまでやってしまうと、
あまりの衝撃で、超越してくるとその先にあるものは、
感動しかないのである。極限状態にあり、そうすると
この騒音の音楽が美しく思えてくる。実に偉大である。
コントラカデンツはラッヘンマンの代表作といえるのか、
このギーレンの演奏しか聞いたことがないのだけど、
他の演奏でも聞きたいけれど、やはり極めて困難か。
サンプリング音声がミックスされた大胆な音響である。
ラッヘンマンの音楽は大好きで、つい熱くなってしまう。

WERGO WER6738

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2024年3月 6日 (水)

マリス・ヤンソンス 30

マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団による
ブルックナーの交響曲 第4番 変ホ長調
(1878/1880年 ノヴァーク版)
2008年11月26-28日にミュンヘンのフィルハーモニー。
マリス・ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団による
ブルックナーの交響曲を収録順に聞き進めているが、
2005年1月の第3番、2007年11月の第7番に続き、
3曲目である。何よりもスタンダードで、安定感があり、
均整のとれた造形からは、誠実さがあふれ出ている。
美しく調和に満ちた響きは、独特の情景を描き出す。
ヤンソンスの音楽性から作り込まれた表情などはなく、
どこまでも自然体であり、高い完成度は、この作品の
素朴さなどもあまり意識させないが、隅々まで調って、
完璧な印象とは逆に何か足りない気もするのである。
端正な造形により、動きが少ないのかもしれないのと
細部にまで、精密な表現によって、そこには揺らぎが、
生まれないのかもしれない。そこに何かがあるのか、
そのわずかな振動が人の心を動かして、神聖なもの、
ブルックナーの交響曲においては、神の存在といった、
強い輝きがそこに宿るのかもしれない。ヤンソンスは、
さらに後年に交響曲 第4番を演奏していないのか。
ロイヤル・コンセルトヘボウを指揮した録音もあるが、
2008年9月の演奏であり、この直前ということになる。

BR 900187

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2024年3月 5日 (火)

リッカルド・シャイー 9

リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
ベリオのシンフォニア(1968/1969)
1989年5月13-17日にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
リッカルド・シャイーのボックスセットから聞いている。
ベリオのシンフォニアは、当初はフォルマツィオーニ、
フォーク・ソングズと収録されていたが、残念ながら
ここではシンフォニアのみである。しかし素晴らしい。
美しい音色は、スッキリと研ぎ澄まされ、輝きがあり、
それは豊かに鳴り響く。シャイーの指揮が冴えている。
この鋭さと畳みかけるような激しいリズムの連続であり、
20世紀を代表する現代音楽に興奮せずにいられない。
イタリア人のシャイーにとって、ベリオは格別であろう。
第3楽章におけるコラージュはやはり最高に面白く、
マーラーの「復活」の第3楽章を下敷きに「春の祭典」、
ドビュッシーの「海」が登場、「ばらの騎士」のワルツが
瞬時にラヴェルのラ・ヴァルスに変わったかと思うと、
もうとっくに「ばらの騎士」に戻って、ほんの一瞬だけ、
ベートーヴェンの「田園」が現れるのが好きである。
ベリオが影響を受けたであろう様々な作品が現れて、
他の楽章でもヴァレーズからの引用が多々見られる。
第3楽章から第4楽章への移り変わりもマーラーの
「復活」のそれと同じであり、技巧の極致に感激する。
シンフォニアはブーレーズが指揮したし、それに続き、
ここでのシャイーやビシュコフの録音もあって、一時期、
現代音楽の古典として、流行ったが、久しぶりに聞いて、
やはりいいのである。すっかり引き込まれてしまった。

DECCA 483 4266

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2024年3月 4日 (月)

レナード・バーンスタイン 41

レナード・バーンスタインの指揮による
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
マーラーの交響曲 第9番 ニ長調
1985年6月にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
ここからはDGでのバーンスタインの再録音を聞く。
新しい全集録音は交響曲 第9番から開始された。
録音からは40年近くが経過し、はじめてこの演奏を
聞いたのは、1987年であったか、同時に私にとって、
はじめて聞くマーラーの交響曲 第9番であったのだ。
その後も何回かは聞き直しているのだけど、改めて、
現在の耳で冷静に聞き込むと当時は、音楽評論家の
熱くなっている文章に踊らされ、影響を受けていたと
いまは思うのである。バーンスタインは丁寧に精密で
非常に繊細な部分もあるし、演奏の時間は長いが、
そうしたことは気にさせず、圧倒的集中力なのである。
マーラーの音楽を知り抜いて、最も深く理解している、
バーンスタインであるが、この演奏で同時に思うのは、
時代は変わった現在の演奏解釈で、いま聞くものも
ますます優れて、素晴らしい。やはり、この演奏から
学ぶことは多いのである。この作品の決定盤という
その位置付けは変わっていないということであろう。
バーンスタインのマーラーというと濃密な描き込み、
あふれ出す熱いものを思っていたけれど、いまは
そうしたものをあまり感じなくなった。時間が経過し、
音楽との一体感が得られた、ということであろうか。
それにしても第3楽章での燃え上がるような感覚と
その後の第4楽章でのただならない深い共感には
やはり引きずり込まれてしまう。第4楽章も時間が、
普通では考えられない長さなのだが、その感覚が
全くないのは不思議でならない。名演とか、名盤、
そういうものを超越して、歴史的な記録なのである。

DG 477 8668

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2024年3月 3日 (日)

アントニオ・パッパーノ 21

アントニオ・パッパーノの指揮による
ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団で
ヨナス・カウフマンとルドヴィク・テジエの二重唱
プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」第4幕
~四輪の幌つき馬車でか?~ミミよ、きみはもうもどってこない
ポンキエッリの歌劇「ジョコンダ」第1幕
~アンタフィオルの公爵、エンツォ・グリマルド、何を考えている?
ヴェルディの歌劇「シチリア島の夕べの祈り」第1幕
~お前の名は何という?
夢を見ているのか、それとも目覚めているのか?
歌劇「ドン・カルロス」第2幕
~ここにおいでか、たしかに王子だ!
歌劇「運命の力」第3幕~いま、この厳粛な時に
私には許されない、一時の安らぎを味わうことも
歌劇「運命の力」第4幕~無駄だったな、アルヴァーロ
歌劇「オテロ」第2幕
~貴様か、下がれ、立ち去れ!~夜のことでした
~そうだ、不動の天にかけて誓う
2021年4月27日-5月4日に
ローマのパルコ・デラ・ムジカで収録。
男の二重唱で重厚な世界には心奮えるものがある。
ここでもアリア集というよりは、名場面を切り取って、
その情景に引き込まれるような感覚には感激する。
男同士の友情、友情を交わした相手が敵でもあり、
信頼から裏切りへ男の嫉妬や憎しみの感情という、
壮絶な世界観をここに集約し、凝縮して、実に熱い。
ヨナス・カウフマンはやはり迫力があり、圧倒的だ。
すっかり二人の歌に夢中なのだけど、この熱気は、
密度の高さなのであり、アントニオ・パッパーノは、
いつもながらシャープに鮮やかな演奏を聞かせて、
透明感にあふれ、明るく輝きに満ちた音作りである。
音楽がしなやかで、歌を引き立てているのであり、
作品もなんて素晴らしい構成か。これは楽しめた。

SONY 194399870020

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2024年3月 2日 (土)

テディ・パパヴラミ 8

テディ・パパヴラミのヴァイオリン、
フランソワ・フレデリック・ギィのピアノによる
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集を聞く。
ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ニ長調 作品12-1
ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 作品12-2
ヴァイオリン・ソナタ 第3番 変ホ長調 作品12-3
ヴァイオリン・ソナタ 第4番 イ短調 作品23
2016年11月22-26日、2017年3月1-5日に
メッツのアルセナル劇場で収録されている。
テディ・パパヴラミの独特の鋭く、辛口の音色で
突き刺さってくるこの感覚は一種の快感があり、
恐るべき美音ながら、それだけでなく、抉られる。
驚異の歯切れよさで、危険な感じもするのだけど、
快調なテンポ感で進み、音楽の展開も鮮やかに
フランソワ・フレデリック・ギィのピアノも合っている。
ピアノ・ソナタ全集で、一人で弾いていたときとは、
明らかに変わってきており、チェロ・ソナタ全集、
さらにヴァイオリン・ソナタの全曲録音となって、
弦楽器との共演によって、化学反応は進んだ。
ベートーヴェンの作品はピアノが重要なのであり、
気を付けないとついピアノを聞き込んでしまう。
それにしてもテディ・パパヴラミは切れ味よくて、
音楽の流れは快適で、この気持ちよさは最高。

evidence EVCD037

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2024年3月 1日 (金)

フローリアン・ベッシュ 1

フローリアン・ベッシュとロジャー・ヴィニョールズによる
シューベルトの「さすらい人」による歌曲で
さすらい人 D.489、さすらい人 D.649
さすらい人が月に寄せて D.870
ヘリオポリスI D.753、ヘリオポリスII D.754
ドナウ河の上で D.553、ブルックにて D.853
舟乗り D.536、郷愁 D.456
十字軍 D.932、別れ D.475
さすらい人の夜の歌 D.224
さすらい人の夜の歌 D.768
秋 D.945、海の静けさ D.216
巡礼者 D.794、ギリシャの神々 D.677
森にて D.708、母なる大地 D.788
2012年11月11-13日にロンドンのオール・セインツ教会。
「さすらい人」と題して、放浪がテーマの作品集である。
シューベルト・マニアには、お馴染みの作品も多いけど
これはかなりマニアックな選曲であり、実にたまらない。
渋すぎるし、しかしそれゆえに味わい深く、感動する。
フローリアン・ベッシュの優しい歌声に心が癒される。
やはりこの音域が耳に馴染むのか、声なのだと思う。
ロジャー・ヴィニョールズのピアノも素晴らしく、端正で、
実に彫りの深い表現なのだが、正直いえば、浅くても
もう少し柔らかい音色が好みではある。ここでの作品の
方向性もあり、心に刺さってくるような切実さが感じられ、
音楽に向き合う厳格な姿勢というのがにじみ出てくる。

hyperion CDA68010

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