2018年10月29日 (月)

落語につぶやき 298~錦の舞衣

プッチーニの歌劇「トスカ」を聞くのにちょっと調べると
3年の年月をかけ、1899年に完成、翌年の初演とある。
1900年1月14日にローマのコスタンツィ劇場で初演。
それに対して、三遊亭圓朝が舞台を江戸に改作して、
大塩平八郎の乱を絡めて「錦の舞衣」を演じたのが、
1889年(明治22年)であったと圓朝の方が早かった。
サルドゥの「ラ・トスカ」が日本に入ってきていたことに
驚かされるのだが、文明開化の明治は進んでいた。

サルドゥの戯曲「ラ・トスカ」がパリで上演されたのが、
1889年であり、プッチーニがこの作品にふれたのは、
圓朝と同じ頃であったようだが、オペラ化に向けて、
直ちにサルドゥから権利を買うよう依頼したそうだけど、
1893年、アルベルト・フランケッティに奪われてしまう。
しかし作曲は進まず、プッチーニに改めて依頼が来た。
プッチーニは感情を害し、気が進まなかったようだが、
ヴェルディの仲介もあり、最終的に作曲することになる。
しかし台本制作におけるサルドゥとの調整や作曲でも
プッチーニの要求に様々な議論を要し、完成までに
時間がかかってしまった。圓朝が早かったというより
歌劇の完成にまで様々な困難が存在していたらしい。

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2018年10月28日 (日)

落語につぶやき 297~三人旅

「行きがけの駄賃」という言葉があるけれど、
何となく耳で知っている程度で調べてみると
「馬子が問屋へ荷物を取りに行くついでに
他の荷物を運んで、手間賃を得ること」とある。
転じて「事のついでに他の事をする」で使う。
馬子さんから来ているとは知らなかった。

「三人旅」で荷物を運んだ帰り道、ついでに
客を馬に乗せるというのが出てくるけれど、
旅人を少々バカにしているところもあって、
人力車やタクシーなど、帰り車に客を乗せ、
拾い物で得をしたというようなのが多いか。

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2018年10月22日 (月)

落語につぶやき 296~しわい屋

昨日の黒門亭で時蔵師匠の「しわい屋」を聞いて、
この噺は八代目の正蔵師匠が有名で聞いてみた。
時蔵師匠の師匠だが、忠実に再現されていた。

まずは「けちん坊」の別のいい方であり、しみったれ、
しわい屋、がめつい奴、六日知らずで指を数えるが、
せっかく握ったものは放すのは惜しい…という。
隣に金槌を借りに行く小噺、屁をもらって一目散、
裏の菜畑の肥やしにするという、こちらも小噺で、
ここからが噺の本編だが、ご飯のおかずは梅干しで
一つの梅干で三週間、最初の週はただ梅干を睨んで、
しゃぶりはじめる、かじりはじめる、食べ尽くすのには、
三週間はかかって、でも人は贅沢なもので飽きが来る、
それで「はさめず」がいい。醤油のこと。箸で挟めない。
ご飯は水漬けにして、箸に十分に水が付いているのを
はさめずの中に入れるから、最近では量が増えてきた。
いただいてきた扇子を半分開いて、そちらで五年間、
残りの半分でもう五年間、一本の扇子で十年は使う。
するとそんなケチはいわない、扇子は全部開いて、
私は首を振るという。金を残す極意を教えてもらう。
梯子で松の木に上り、これはと思う枝に足を掛けたら、
両手で上の枝をつかんで、すると梯子は取り除かれ、
「お金を貯める極意なんだから命がけで覚えておくれ」
左手を放し、右手の小指を放し、薬指、中指、人差し指、
順に指を放して、人差し指を放したら落ちてしまうが、
親指と人差し指で輪を作り、「どんなことがあっても
これだけは放しちゃいけない」というサゲである。

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2018年10月 4日 (木)

落語につぶやき 295~柳の馬場

10月1日、小金馬師匠が亡くなられた。69歳。
思い出すのは「柳の馬場」の噺。実演で聞いたのは、
小金馬師匠のみなので。あまりにバカバカしすぎて、
いまでは演らなくなった噺とおっしゃっていたが、
大ボラ吹きの按摩さんを少々懲らしめてやろうと
目の見えない人を馬に乗せるという、酷いイジメで
ちょっと残酷な印象は、いかにもブラックな内容だ。
というような噺だった気がするのだけど、だとしたら
この時代にふさわしくなく、その珍品を聞けたのは、
まさに貴重な機会であった。小金馬師匠は、たしか
はじめて聞いたのは、「近日息子」だった気がして、
あと「へっつい幽霊」とか、その辺の噺も思い出す。

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2018年9月14日 (金)

落語につぶやき 294~近江八景

昨日の小満んの会で聞いてきた「近江八景」だが、
近江八景が読み込まれた女からの文を読み解く。
圓生師匠の録音があって、改めて聞いてみた。

恋しき君の面影を しばしがほども見いもせず
文の矢橋も通い路や 心かただの雁ならで
われから先の袖の雨 濡れて乾かぬ比良の雪
瀬田の夕べと打ち解けて かたき心も石山の
月も隠るる恋の闇 会わずに暮らすわが思い
不憫と察しあるならば また来る春に近江路や
八つの景色にたわむれて 書き送る あらあらかしこ

三井晩鐘(みいのばんしょう)⇒見いもせず
矢橋帰帆(やばせのきはん)⇒文の矢橋も
堅田落雁(かたたのらくがん)⇒心かただの雁ならで
唐崎夜雨(からさきのやう)⇒われから先の袖の雨
比良暮雪(ひらのぼせつ)⇒乾かぬ比良の雪
瀬田夕照(せたのせきしょう)⇒瀬田の夕べと
石山秋月(いしやまのしゅうげつ)⇒石山の月も隠るる
粟津晴嵐(あわづのせいらん)⇒会わずに暮らす

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2018年8月20日 (月)

落語につぶやき 293~船徳

昨日の黒門亭 第1部のトリが藤兵衛師匠の「船徳」で
私はそのとき、下で並んでいたので聞いていないのだが、
八代目正蔵師匠の型による本来の「お初徳兵衛」の前半、
江戸の設定という形で演じられたそうである。つまりは
どこが違うかというと蝙蝠傘の件が出てこないらしい。
徳さんの操る船が、どうしても川の真ん中に出ていかず、
岸の石垣を擦って、客が蝙蝠傘で突いて押し返すのだが、
傘の先が石垣の隙間に刺さって、抜けなくなってしまう。
蝙蝠傘というのは、明治以降のものであり、江戸にはない。
なるほど、たしかにそうだ。というのも「船徳」という噺は、
江戸の人情噺で「お初徳兵衛」の前半部分、若旦那が
船頭になる稽古をして、ある日、客を乗せて大失敗する、
そのほんの短い部分を明治の鼻の圓遊(初代圓遊)が、
独立した一席にまとめ上げたのである。ということで、
様々に明治の話題が盛り込まれているのであろう。
四萬六千日で観音様にお参りしようとする客二人も
明治の頃の会社の社長か、大店の旦那ということだ。
例えば、有名なところで五代目小さんの「船徳」でも
明治から大正、それか戦前の昭和の初期の雰囲気が
どこか感じられる。目白の師匠が誰に教わったのか?
先代の四代目小さん?八代目文楽師匠かもしれないし、
どちらにしても現在、一般的によく聞かれる「船徳」は、
明治、大正、昭和初期の空気を感じながら聞くのがよい。
一方で「お初徳兵衛」は、江戸の風情ということである。

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2018年4月16日 (月)

落語につぶやき 292~残り富

テレビで宝くじの一億円に当たった人が、
買い方や当たる秘訣を話していたのだけど、
「残り物には福がある」そうで、それを思うと
「富久」でも「宿屋の富」でも最後の一枚である。
江戸の頃にも残り物の福が信じられていたのか。
また「最後の日に買うべし」という教えもあり、
それは「宿屋の富」でも「御慶」でも札を買うと
富の当日ですぐに突きはじめるので直前である。
当たる秘訣はあるのかもしれない。もうひとつ、
連番ではなく「バラで買う」のがいいそうだ。

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2018年4月15日 (日)

落語につぶやき 291~松葉屋瀬川

去年、安倍首相が森友か加計問題の答弁で
「李下に冠を正さずの例えもある」として
李(すもも)の木の下で冠をかぶり直すと
実を盗んでいるのと勘違いされることがある、
そういう誤解を招くようなことはするなという、
諺が引用されたのだったが、圓生師匠で
「松葉屋瀬川」を聞いていると出てくるのだ。
若旦那が吉原の花の会に行くといい出して、
儒者と偽った幇間が「君子危うきに近寄らず、
李下に冠を正さずという例えもある」と戒める。
それは策略なのであり、行くなといわれると
行きたくなるものであって、案の定、その後、
若旦那の吉原通いがはじまり、勘当になる。
落語には、そういう難しい言葉が使われて、
それを口にするのが幇間だったりもする。

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2017年9月 2日 (土)

落語につぶやき 290~雁風呂

先週の「日本の話芸」は、講談の方の「雁風呂」で
神田松鯉さんの「水戸黄門記~雁風呂由来」であった。
落語の方は、東京では圓生師匠の「雁風呂」が有名で
私は小満ん師匠で聞いているけれど、雁風呂の画が
落語の方では、「函館の松」ということになっているが、
講談では、青森の外ヶ浜となっていた。雁風呂の話が
残っているのは、外ヶ浜だそうで、この点については、
どうも講談の方が、筋が通っている。一方で噺の舞台、
つまり水戸黄門が昼食(ちゅうじき)を取る場所だが、
講談では奥州(東北)となっており、落語は掛川だが、
闕所になった淀屋辰五郎が、金を貸した柳沢吉保に
いくらでも返してもらいたいと江戸を目指しているので、
東海道を西に向かう水戸黄門と掛川で出会う設定は、
大坂との中間で、私はいいと思う。何となく合点が行く。
落語の函館の松は、紀貫之の歌が根拠となっている。
秋は来て 春帰り行く 雁の 羽がい休めぬ 函館の松

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2017年7月23日 (日)

落語につぶやき 289~庖丁

「日本の話芸」の後、「落語 THE MOVIE」を見ていて、
一朝師匠が「庖丁」を10分ちょっとで演じてしまったのは
驚きだったのだけど、ということは、寄席の浅い出番でも
「庖丁」は演じられるのである。私が好きなところがあって、
寅さんが、久次が厄介になっている清元の師匠の家に
上がり込んで、揚板の三枚目をあげて、糠味噌を取り出し、
漬け物を食べて、「うまい!ばかうま」って、この「ばかうま」、
圓生師匠がCMで使って、当時の流行語になったらしい。
もちろん圓生師匠の「庖丁」でも「ばかうま」といっている。

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