2019年5月14日 (火)

落語につぶやき 302~苫が島

昨日の小満んの会で聞いてきた「苫が島」という噺、
紀州が舞台の紀州徳川家、初代の頼宣公の噺だ。


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20190514b

淡路島と和歌山の間に二つの島があり、
沖ノ島(左)と地ノ島(右)という二島である。
沖ノ島、神島、虎島でひとつの島であり、
地ノ島を加え、四島の総称で友ヶ島というらしい。


20190514c

この友ヶ島が、噺の苫が島であると思われる。

友ヶ島に伝わる大蛇伝説について調べてみると
友ヶ島のうち、沖ノ島にある湿地帯に大蛇が棲み、
島人はそこを蛇池と呼び恐れたが、夜な夜な暴れ、
娘をひと飲みにし、海上の船を荒らしてまわったので、
島民の嘆きを聞いた役行者(えんのぎょうじゃ)が、
島に鎮座する少彦名命に武運を祈り、神の啓示で
剣の池から一振りの神剣を得て、大蛇をつかまえ、
とどめを刺そうとしたが、大蛇が許しを乞うたので、
助ける代わりに大蛇の爪を剥ぎ、深蛇池に封じた。


こうした伝説が元になり、紀州徳川初代頼宣公の
大蛇退治として、落語にも残っているらしい。

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2019年5月 9日 (木)

落語につぶやき 301~たぬき

五代目小さん師匠の「たぬき」の噺を聞いていると
落語でよく耳にする昔の言葉がいろいろ出てきて、
「気散じ」とか、以前に調べて知っていたのだが、
すっかり忘れてしまって、意味を調べて、もう一度。


「独り者の気散じ」
気散じというのは、「気楽な」とか「気ままな」で、
罠にかかった子狸を逃がしてやって、子供たちに
小遣いをやったために無一文になったものだから
独り者の気軽さで、その晩はそのまま寝てしまう。


「昔気質の一刻者」
一刻者とは、頑固者とか、信念を通す人のことで
子狸がおかみさん代わりでお世話をするといい、
気持ちだけで十分だからもう帰ってくれというと
親狸は昔ながらの一刻者で、恩返しをするまで、
帰ってくるなといわれたという。律儀な狸である。
恩返しをしない狸は人間同様という、許されない。

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2019年3月14日 (木)

落語につぶやき 300~勉強

昨日の小満んの会で開口一番の寿伴さんが、
この噺は新作であろうとは思っていたのだが、
三代目金馬師匠の「勉強」という噺であった。
なんと録音もある。子供が学校に通い出し、
親が無筆だったりするとどうもばつが悪い。
そんな明治、大正、昭和はじめの一場面。
その時代のネタを入れて、金馬師匠の場合、
昭和30年代あたりの雰囲気なのだろうか。

学校から帰って、子供が宿題をやっている。
宿題拵えるをちゃぶ台と聞き違え、指物かと
地理を鯛ちり、鱈ちり、河豚ちり、鍋と勘違い、
地理とは交通、歴史は秀吉の家来が信長、
寿伴さんは、秀吉の弟子といって、笑った。
算数とは算術のこと、それを元日と聞き違え、
掛けたり、引いたりすること、車屋のことかと。
書き方は、学校は背中の掻き方を教えるかと
木と木で林、林に木を乗せると森、もりか、
汁を掛ければ、かけだとそばと間違える。
火事が多いので、「防火週間 火の用心」と
書いて見えるところに貼っておけと、他所は
どこの家も貼ってあるが、うちは貼ってない。
親父は字が書けないので、湯の帰りに
他所の家から剥がしてきて、門口に貼る。
すると「ダンサー募集」としてあった。

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2018年11月19日 (月)

落語につぶやき 299~七五三

土曜日の黒門亭で聞いてきた文雀さんの「七五三」だが、
落語事典で振り返ってみた。それが載っていない。
金馬師匠から教わったとのことだったけど、新作?
八つぁんがご隠居さんに蜀山人の狂歌を教わって、
それで上手くいくのとやり損うのとオウム返しの噺であり、
印象としてはよくある古典落語の展開だが、どうなのか?
ネットでいろいろ検索してみたが、結局、よくわからず。

蜀山人の狂歌が、「今朝(袈裟)拾い 頃も(衣)霜月十五日
坊っちゃんの年も 数珠の数まで」という、袈裟・衣・数珠を
詠み込んで、七五三の祝いに百八つまで長生きすると
おめでたく詠んだ狂歌なのだが、七五三に坊さんの包みを
拾ってしまったものだから近く坊さんの世話になるものかと
縁起の悪いことを気にしていたのだけど、読み方しだいで
考えはすっかり変わるのである。八つぁんは調子に乗って、
還暦の祝いにまたこれをやったのだが、数珠を数えたら、
門徒の数珠で五十四しかなかったとこれでは足りない。

もう一つ出てくる言葉で「本卦還り」だが、還暦のことで
干支が一回りし、生まれた年と同じ干支になることである。
干支とは、十干と十二支を組み合わせたものであり、
十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)
十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)の組み合わせで
六十年に一度、同じ干支が巡ってくる。還暦を迎えると、
生まれ変わったという意味で赤いものを羽織るのである。

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2018年10月29日 (月)

落語につぶやき 298~錦の舞衣

プッチーニの歌劇「トスカ」を聞くのにちょっと調べると
3年の年月をかけ、1899年に完成、翌年の初演とある。
1900年1月14日にローマのコスタンツィ劇場で初演。
それに対して、三遊亭圓朝が舞台を江戸に改作して、
大塩平八郎の乱を絡めて「錦の舞衣」を演じたのが、
1889年(明治22年)であったと圓朝の方が早かった。
サルドゥの「ラ・トスカ」が日本に入ってきていたことに
驚かされるのだが、文明開化の明治は進んでいた。

サルドゥの戯曲「ラ・トスカ」がパリで上演されたのが、
1889年であり、プッチーニがこの作品にふれたのは、
圓朝と同じ頃であったようだが、オペラ化に向けて、
直ちにサルドゥから権利を買うよう依頼したそうだけど、
1893年、アルベルト・フランケッティに奪われてしまう。
しかし作曲は進まず、プッチーニに改めて依頼が来た。
プッチーニは感情を害し、気が進まなかったようだが、
ヴェルディの仲介もあり、最終的に作曲することになる。
しかし台本制作におけるサルドゥとの調整や作曲でも
プッチーニの要求に様々な議論を要し、完成までに
時間がかかってしまった。圓朝が早かったというより
歌劇の完成にまで様々な困難が存在していたらしい。

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2018年10月28日 (日)

落語につぶやき 297~三人旅

「行きがけの駄賃」という言葉があるけれど、
何となく耳で知っている程度で調べてみると
「馬子が問屋へ荷物を取りに行くついでに
他の荷物を運んで、手間賃を得ること」とある。
転じて「事のついでに他の事をする」で使う。
馬子さんから来ているとは知らなかった。

「三人旅」で荷物を運んだ帰り道、ついでに
客を馬に乗せるというのが出てくるけれど、
旅人を少々バカにしているところもあって、
人力車やタクシーなど、帰り車に客を乗せ、
拾い物で得をしたというようなのが多いか。

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2018年10月22日 (月)

落語につぶやき 296~しわい屋

昨日の黒門亭で時蔵師匠の「しわい屋」を聞いて、
この噺は八代目の正蔵師匠が有名で聞いてみた。
時蔵師匠の師匠だが、忠実に再現されていた。

まずは「けちん坊」の別のいい方であり、しみったれ、
しわい屋、がめつい奴、六日知らずで指を数えるが、
せっかく握ったものは放すのは惜しい…という。
隣に金槌を借りに行く小噺、屁をもらって一目散、
裏の菜畑の肥やしにするという、こちらも小噺で、
ここからが噺の本編だが、ご飯のおかずは梅干しで
一つの梅干で三週間、最初の週はただ梅干を睨んで、
しゃぶりはじめる、かじりはじめる、食べ尽くすのには、
三週間はかかって、でも人は贅沢なもので飽きが来る、
それで「はさめず」がいい。醤油のこと。箸で挟めない。
ご飯は水漬けにして、箸に十分に水が付いているのを
はさめずの中に入れるから、最近では量が増えてきた。
いただいてきた扇子を半分開いて、そちらで五年間、
残りの半分でもう五年間、一本の扇子で十年は使う。
するとそんなケチはいわない、扇子は全部開いて、
私は首を振るという。金を残す極意を教えてもらう。
梯子で松の木に上り、これはと思う枝に足を掛けたら、
両手で上の枝をつかんで、すると梯子は取り除かれ、
「お金を貯める極意なんだから命がけで覚えておくれ」
左手を放し、右手の小指を放し、薬指、中指、人差し指、
順に指を放して、人差し指を放したら落ちてしまうが、
親指と人差し指で輪を作り、「どんなことがあっても
これだけは放しちゃいけない」というサゲである。

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2018年10月 4日 (木)

落語につぶやき 295~柳の馬場

10月1日、小金馬師匠が亡くなられた。69歳。
思い出すのは「柳の馬場」の噺。実演で聞いたのは、
小金馬師匠のみなので。あまりにバカバカしすぎて、
いまでは演らなくなった噺とおっしゃっていたが、
大ボラ吹きの按摩さんを少々懲らしめてやろうと
目の見えない人を馬に乗せるという、酷いイジメで
ちょっと残酷な印象は、いかにもブラックな内容だ。
というような噺だった気がするのだけど、だとしたら
この時代にふさわしくなく、その珍品を聞けたのは、
まさに貴重な機会であった。小金馬師匠は、たしか
はじめて聞いたのは、「近日息子」だった気がして、
あと「へっつい幽霊」とか、その辺の噺も思い出す。

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2018年9月14日 (金)

落語につぶやき 294~近江八景

昨日の小満んの会で聞いてきた「近江八景」だが、
近江八景が読み込まれた女からの文を読み解く。
圓生師匠の録音があって、改めて聞いてみた。

恋しき君の面影を しばしがほども見いもせず
文の矢橋も通い路や 心かただの雁ならで
われから先の袖の雨 濡れて乾かぬ比良の雪
瀬田の夕べと打ち解けて かたき心も石山の
月も隠るる恋の闇 会わずに暮らすわが思い
不憫と察しあるならば また来る春に近江路や
八つの景色にたわむれて 書き送る あらあらかしこ

三井晩鐘(みいのばんしょう)⇒見いもせず
矢橋帰帆(やばせのきはん)⇒文の矢橋も
堅田落雁(かたたのらくがん)⇒心かただの雁ならで
唐崎夜雨(からさきのやう)⇒われから先の袖の雨
比良暮雪(ひらのぼせつ)⇒乾かぬ比良の雪
瀬田夕照(せたのせきしょう)⇒瀬田の夕べと
石山秋月(いしやまのしゅうげつ)⇒石山の月も隠るる
粟津晴嵐(あわづのせいらん)⇒会わずに暮らす

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2018年8月20日 (月)

落語につぶやき 293~船徳

昨日の黒門亭 第1部のトリが藤兵衛師匠の「船徳」で
私はそのとき、下で並んでいたので聞いていないのだが、
八代目正蔵師匠の型による本来の「お初徳兵衛」の前半、
江戸の設定という形で演じられたそうである。つまりは
どこが違うかというと蝙蝠傘の件が出てこないらしい。
徳さんの操る船が、どうしても川の真ん中に出ていかず、
岸の石垣を擦って、客が蝙蝠傘で突いて押し返すのだが、
傘の先が石垣の隙間に刺さって、抜けなくなってしまう。
蝙蝠傘というのは、明治以降のものであり、江戸にはない。
なるほど、たしかにそうだ。というのも「船徳」という噺は、
江戸の人情噺で「お初徳兵衛」の前半部分、若旦那が
船頭になる稽古をして、ある日、客を乗せて大失敗する、
そのほんの短い部分を明治の鼻の圓遊(初代圓遊)が、
独立した一席にまとめ上げたのである。ということで、
様々に明治の話題が盛り込まれているのであろう。
四萬六千日で観音様にお参りしようとする客二人も
明治の頃の会社の社長か、大店の旦那ということだ。
例えば、有名なところで五代目小さんの「船徳」でも
明治から大正、それか戦前の昭和の初期の雰囲気が
どこか感じられる。目白の師匠が誰に教わったのか?
先代の四代目小さん?八代目文楽師匠かもしれないし、
どちらにしても現在、一般的によく聞かれる「船徳」は、
明治、大正、昭和初期の空気を感じながら聞くのがよい。
一方で「お初徳兵衛」は、江戸の風情ということである。

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