2020年8月 9日 (日)

落語につぶやき 309~ちりとてちん

テレビを見ていてたまたま知ったのだが、
台湾に「腐乳」という食べ物があるそうで、
豆腐を麹で発酵させるそうなのである。
麹菌の力で豆腐を腐らせて食べるのだ。
そこで思い出すのが、「ちりとてちん」で
台湾名物の瓶詰だという。実際に腐乳も
瓶詰だそうで、ちりとてちんは実在した。
腐った豆腐の珍味なんて誰も信じないが、
落語は決してウソをつかないのである。

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2020年8月 3日 (月)

落語につぶやき 308~牛ほめ

「チコちゃんに叱られる」で出てきた話題なのだが、
武家社会の以前には公家の車を引いていたのは、
牛であったと。つまり牛車である。それに対して、
武士は馬に乗り、農耕で活躍したのも馬であった。
そこで思い出すのが、「牛ほめ」の菅原道真公で
「天角地眼一黒鹿頭耳小歯違」というほめ言葉。
湯島天神に行くとそれにちなんだ牛の像があるが、
公家の車を引く名馬ならぬ名牛がいたのである。

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2020年7月26日 (日)

落語につぶやき 307~柳田格之進

NHK-BSの時代劇「大江戸もののけ物語」を見ていて、
吉原の大店で使えなくなった女郎をよその小店?に
転売するのだが、それを請け負う女衒(ぜげん)が
出てくるのだけど、思い出すのが「柳田格之進」。
五十両のために娘が吉原に身を売って金を作ると
「女衒の某に話を持ちかけると、器量がいいために
すぐに百両の値が付いて、差し引き五十両の金が
その日のうちに入った」というので、翌日の正午、
番頭に払う金の準備ができたのである。差額とは
女衒の仲介手数料と郭における仕度金であろうか。
それにしても「女衒」というのは、難読漢字である。

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2020年7月19日 (日)

落語につぶやき 306~電話の散財

今週の「日本の話芸」は大阪の回だが、
「電話の散財」という噺で、聞いてみると
東京でいう「電話の遊び」であった。
これは珍しい。雲助師匠が演っていて、
録音で聞いたことがある程度。珍品だ。
大阪ではよく演じられるのであろうか。
明治か大正になってからの新作である。
堅物の若旦那と道楽の大旦那という
落語の常識と逆の設定が面白いのだが、
若旦那が市会議員に立候補するという。
大阪だと市会議員でも違和感はないが、
東京だと東京市の頃ということになって、
時代がわかるのである。東京の23区は、
昭和18年以降。以前は東京府東京市。

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2020年7月12日 (日)

落語につぶやき 305~もう半分

「博士ちゃん」を見ていたら江戸時代の妖怪の話で
「油赤子(あぶらあかご)」という妖怪が出てきて、
赤ちゃんの姿で行灯の油を舐めるのだが、その元は
猫がよく油を舐めて、その姿であると考えられている。
行灯の油はイワシから油を絞るので、猫が好んだ。
もう半分のおじいさんも赤ちゃんの姿に化けて出て、
夜中に油をちびちびやるが、イワシの油で旨いはず。
そしてこのおじいさんは、油赤子そのものであった。

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2020年5月10日 (日)

落語につぶやき 304~かぼちゃや

三尺の路地入ってきて、六尺の天秤回るわけねえやな
という、与太郎が行き止まりの路地に入ってきて、
路地の幅が三尺しかないところで、六尺の天秤棒を
担いでいるものだから、回れなくなってしまって、
棒を持ちかえればいいじゃねえかと教えてもらい、
ああ、回れたって、与太郎のこの場面が好きで、
落語では当たり前に出てくる尺貫法の表現だが、
現在はわからなくなっているので、確認しておく。
一尺は30.3cmなので、三尺の路地幅は90.9cm、
担いだ六尺の天秤棒は181.8cmということになる。

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2019年9月 3日 (火)

落語につぶやき 303~盗用

20190903

Twitterで「究極の傍観者」なる者に
過去の記事を断りなく利用された。
私はこれを盗用だと思っている。不愉快。
この不愉快の源は何なのか?というと
引用するならば、出典元を明らかにすべき。
記事をシェアとか、リツイートというならば、
その記事に対する何らかの自身の見解を
同時に表記すべきだと思う。それがない。
どういう理由で使用したのかわからない。
ただ勝手に転用しているのだから盗用だ。
いまの時代、人の記事をシェアするとか、
当たり前のことなのかもしれないけれど、
改めていうまでもなく、匿名性によって、
ならば何をしてもいいというのは許されない。
「究極の傍観者」なんという、名前の通りに
勝手なことを無責任にしているのならば、
罰せられるべきだと思う。実に不愉快だ。

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2019年5月14日 (火)

落語につぶやき 302~苫が島

昨日の小満んの会で聞いてきた「苫が島」という噺、
紀州が舞台の紀州徳川家、初代の頼宣公の噺だ。


20190514a

20190514b

淡路島と和歌山の間に二つの島があり、
沖ノ島(左)と地ノ島(右)という二島である。
沖ノ島、神島、虎島でひとつの島であり、
地ノ島を加え、四島の総称で友ヶ島というらしい。


20190514c

この友ヶ島が、噺の苫が島であると思われる。

友ヶ島に伝わる大蛇伝説について調べてみると
友ヶ島のうち、沖ノ島にある湿地帯に大蛇が棲み、
島人はそこを蛇池と呼び恐れたが、夜な夜な暴れ、
娘をひと飲みにし、海上の船を荒らしてまわったので、
島民の嘆きを聞いた役行者(えんのぎょうじゃ)が、
島に鎮座する少彦名命に武運を祈り、神の啓示で
剣の池から一振りの神剣を得て、大蛇をつかまえ、
とどめを刺そうとしたが、大蛇が許しを乞うたので、
助ける代わりに大蛇の爪を剥ぎ、深蛇池に封じた。


こうした伝説が元になり、紀州徳川初代頼宣公の
大蛇退治として、落語にも残っているらしい。

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2019年5月 9日 (木)

落語につぶやき 301~たぬき

五代目小さん師匠の「たぬき」の噺を聞いていると
落語でよく耳にする昔の言葉がいろいろ出てきて、
「気散じ」とか、以前に調べて知っていたのだが、
すっかり忘れてしまって、意味を調べて、もう一度。


「独り者の気散じ」
気散じというのは、「気楽な」とか「気ままな」で、
罠にかかった子狸を逃がしてやって、子供たちに
小遣いをやったために無一文になったものだから
独り者の気軽さで、その晩はそのまま寝てしまう。


「昔気質の一刻者」
一刻者とは、頑固者とか、信念を通す人のことで
子狸がおかみさん代わりでお世話をするといい、
気持ちだけで十分だからもう帰ってくれというと
親狸は昔ながらの一刻者で、恩返しをするまで、
帰ってくるなといわれたという。律儀な狸である。
恩返しをしない狸は人間同様という、許されない。

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2019年3月14日 (木)

落語につぶやき 300~勉強

昨日の小満んの会で開口一番の寿伴さんが、
この噺は新作であろうとは思っていたのだが、
三代目金馬師匠の「勉強」という噺であった。
なんと録音もある。子供が学校に通い出し、
親が無筆だったりするとどうもばつが悪い。
そんな明治、大正、昭和はじめの一場面。
その時代のネタを入れて、金馬師匠の場合、
昭和30年代あたりの雰囲気なのだろうか。

学校から帰って、子供が宿題をやっている。
宿題拵えるをちゃぶ台と聞き違え、指物かと
地理を鯛ちり、鱈ちり、河豚ちり、鍋と勘違い、
地理とは交通、歴史は秀吉の家来が信長、
寿伴さんは、秀吉の弟子といって、笑った。
算数とは算術のこと、それを元日と聞き違え、
掛けたり、引いたりすること、車屋のことかと。
書き方は、学校は背中の掻き方を教えるかと
木と木で林、林に木を乗せると森、もりか、
汁を掛ければ、かけだとそばと間違える。
火事が多いので、「防火週間 火の用心」と
書いて見えるところに貼っておけと、他所は
どこの家も貼ってあるが、うちは貼ってない。
親父は字が書けないので、湯の帰りに
他所の家から剥がしてきて、門口に貼る。
すると「ダンサー募集」としてあった。

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