2017年9月19日 (火)

第141回 柳家小満んの会

夕方から横浜の小満んの会で関内ホールへ。
その関内ホールが11月から工事で休館となり、
会場が吉野町市民プラザへと変更になる。
長年、通い馴れた会の様子が変わるのは、
寂しい気もするのだが、それは仕方ないか。

春風亭きいち:芋俵
柳家小満ん:渡しの犬
柳家小満ん:酢豆腐
柳家小満ん:九州吹き戻し

「九州吹き戻し」が出ていたので、この時期、台風の襲来が
恐いなと思っていたのだが、案の定、これに合わせたように
台風18号が来て、そのまさに九州で大きな被害が出たけれど、
台風一過の晴天で、こうして無事に聞けたことは幸いである。
前の棚卸しのときもそうだったが、師匠の「九州吹き戻し」は、
本当に台風を呼んでしまうので、すごい。直前に過ぎてくれて、
そのお陰で、前回も今回も聞けているのだ。それはいいとして、
一席目は「渡しの犬」で、四年前の日本橋の会で聞いているが、
旧制高校というから戦前か?英語の教科書に載っていたという
ナサニエル・ホーソンの「デヴィッド・スウォン」の翻案ものであり、
辞書を引きつつ原文も読まれたそうで、ニューハンプシャー州の
デヴィッド・スウォンが、ボストンで鞄を売っているおじさんの元へ
旅しているのであり、泉のほとりで、次々起こる物語というのが、
この話なのだが、ちょうどその頃…時は江戸であり、矢切の渡し、
舟を待つ間、木陰の昼寝で、そこで起こる出来事が落語である。
寝ている間に自分の知らないところで、よいことも…悪いことも…
いろんな事件が目の前で起きては何もなかったように過ぎていく。
人生とはそういうもの、それをプレイバック、時間の巻き戻しで
紹介していくこの手法は、落語では珍しい。ちょっとしたきっかけ、
それはほんの些細なことだけど、人生を大きく変えてしまうような
そんなことも起こりうるし、しかしそれも僅かにかすめ、指の間を
すり抜けては、我々は平穏無事に生きている。というのを夢の中、
三幕の物語で語られるのだが、ふと目が覚めると何も変わらず、
渡しの舟が出るのであり、そうなるはずの人生が回りはじめる。
のんびりとした時間が流れ、これまた実に独特の味わいである。
二席目はお馴染みの「酢豆腐」だが、小満ん師匠も夏というと
毎年のようにどこかで演じているのではないかと思うのだが、
滑らかに快調なお喋りで楽しかった。「ちりとてちん」と違って、
こちらは腐って変色のしている豆腐をそのまま出すのであり、
見た目も「酢豆腐」、酸っぱい臭いで「豆腐の腐った味」って、
若旦那もそれに気付いているはずなのだが、乙を気取って、
変なプライドがあって、決して断らない。口を付けているのは、
ほんの一口、僅かなのだけど、臭いと目に染みるのがきつく、
扇子を大きく広げて、バタバタと仰ぎながら、口元を隠して、
無理をしている姿をまだ隠し続けているのは何とも面白い。
こういう場面を過剰に演出しないのが、師匠の演り方だが、
それは同時に気障な若旦那の意地であり、面白がっている
江戸っ子たちの遊び心、茶番劇のような…夏の風情である。
そして「九州吹き戻し」である。棚卸しで聞いて以来、二度目。
前に聞いたときははじめてだったので、探りながらでなかなか
すべてを把握できた印象はなかったのだが、それからすっかり
筋も忘れてしまっていたけれど、今回は実に面白かったのだ。
肥後熊本を出て、九州を北上、しかし玄界灘で台風に見舞われ、
そのまま流され、薩摩に打ち上げられる…江戸とは逆の方角に
吹き戻されてしまった、という展開だが、玄界灘へということは、
九州から江戸へ向かう船は、太平洋でなく、瀬戸内海を進む
ということだろうか。北前船などと同様に海岸線から離れず、
港で取引をしながら進んでいくのだろうけど、瀬戸内海を経由、
大坂へという海路だったのかも。もうひとつ、前回も同じことを
書いたと記憶しているのだが、熊本から江戸が二百八十里、
薩摩から江戸が四百里、差し引き「百二十里吹き戻される」
というサゲだけど、熊本から鹿児島が距離で120里≒480㎞、
ここが謎なのである。参考にGoogleで熊本駅から鹿児島駅、
歩いての移動をコース検索すると170㎞を37時間と出る。
百二十里だと遠すぎるのだが、別の意味があるのだろうか。
ちなみに熊本城から江戸城までを検索してみると1157㎞である。
計算して里に直すとこれは二百八十九里となった。概ね正しい?
鹿児島駅から江戸城で検索してみると1330㎞と出て、里に換算、
およそ三百三十二里である。しかし薩摩藩島津家の参勤交代は、
1700㎞で四百四十里とあり、「薩摩から江戸が四百里」というのも
どうも昔からそういわれていたようである。おそらく昔の速記にも、
四百里とあるのだろうけれど、この辺りがどうもスッキリしない。
ということで未解決のまま、次回は11月20日(月)の第142回、
演目は「奈良名所」「なめる」「お直し」の三席、会場は吉野町。

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2017年9月13日 (水)

第287回 柳家小満んの会

13日でお江戸日本橋亭の小満んの会である。
スッキリとした青空が気持ちよかったが、今日は暑い!
「かんしゃく」の扇風機で涼みながらのアイスクリームが
何ともうらやましい。しかし日本橋亭は冷房が効き過ぎ。

春風亭きいち:金明竹
柳家小満ん:かんしゃく
柳家小満ん:大関稲妻
柳家小満ん:今戸の狐

「かんしゃく」といえば、黒門町の文楽師匠なのであり、
小満ん師匠でもとっくに聞いていそうな気がするのだが、
今回がはじめてである。「てきすと」ではすでに読んでいた。
マクラでも文楽師匠の癇癪(かんしゃく)の話題が出たが、
お手本であるだけでなく、モデルは文楽師匠なのであろう。
時は大正時代、会社の社長さんで癇癪もちの旦那様だが、
ちょっとだけ説明が多く、描写が細かいだけなのだけど、
描き込みが具体的であり、人物像がしっかりとしていて、
その結果、お宅の情景も目の前に豊かに広がるのである。
実家のお父さんは優しいのだが、厳しかったり、叱ったり、
とにかく激しいストーリーで、「かんしゃく」ってやはり面白い。
小満ん師匠も普段以上にメリハリで、いきいき絶好調だった。
続いて「大関稲妻」だが、第七代横綱が稲妻雷五郎だそうで、
しかし今回はその人の噺ではなく、小説を元に小満ん師匠が
落語に仕立てたそうな、ここに登場の大関稲妻は架空の関取。
大坂の相撲興行に来た江戸の稲妻を江州屋のご隠居が試す。
心持ちがよければ贔屓になるというところは、「稲川」に似て、
そちらは大坂の相撲が江戸に来るので、場所は逆なのだが、
世話になった平野屋のお嬢さんで、今は芸者のおのぶさんを
身請けしたいとそのための二百両の金に千秋楽の大一番、
八百長の話が持ち上がるのだが、そこは「佐野山」にも似て、
しかし稲妻は八百長を撥ね付けることで、へそ曲がり隠居の
贔屓心をつかむのであり、おのぶの身請けも叶って、見事に
故郷に錦、恩ある平野屋の墓参りも済ませることができた。
お目出度い展開が気持ちいいのであり、既存の噺の要素も
いろいろあって、わかりやすく、馴染みやすく、相撲の噺に
追加して、広く演じられたらいいのにと私には感じられた。
仲入り後は「今戸の狐」である。2009年11月の日本橋で
演じられているのだが、その後、横浜の会、他の会では
聞いていなくて、久しぶり。「今戸の狐」は小満ん師匠のが
一番好きである。噺に入るまで、物語の背景や説明を長く、
聞かされることを嫌がる人もいるが、「狐チョボ」「骨の賽」と
最初にしっかり頭に入れておくことで、この噺は明解になるし、
そこを疎かにすると後半に行くにしたがって、ハッキリしない。
そういう「今戸の狐」って、結構多いのだが、師匠の場合には、
江戸の空気を感じさせつつ、その世界に導く説明なのであり、
私にとっては、それも心地よいのだけど、この噺の場合には
重要なのである。それによって、「狐ができている」の言葉に
「狐チョボ」と「今戸焼の狐」の誤解、ちぐはぐなやりとりが
大いに面白いのであり、間違いが広がるほど笑ってしまう。
(博打の)商売人が使う骨でできた賽子と「コツの妻(さい)」で
コツとは小塚原、橋手前(千住大橋の江戸寄り)の岡場所で
女郎上がりのおかみさんを「コツの妻」と陰では呼んでいて、
それがオチになるのだが、小満ん師匠で聞くと鮮やかだけど、
ここもどうも説明が伝わらない「今戸の狐」って多いのである。
噺をより深く楽しむには、そのための説明が重要となって、
その説明で飽きさせてしまっては台無しになってしまうのだが、
この噺ではそれをいつも思わされるのである。小満ん師匠は
そこが本当に上手く構成されており、緻密な設計でもあると
そういえるのかもしれないが、とにかく私の好きな噺の一つ。
ということで、来週の火曜日、19日は関内の小満んの会、
「渡しの犬」「酢豆腐」「九州吹き戻し」の三席。楽しみである。

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2017年8月25日 (金)

柳家小満ん 夜会

常連さんのお知り合いが、友達が行けなくなったと
誘ってくださり、夕方から小満ん師匠を聞きに
人形町に行ってきた。社会教育会館は久しぶり。

春風亭一花:転失気
柳家小満ん:宮戸川
柳家三三:元犬
柳家小満ん:唐茄子屋政談

後半にネタ出し「唐茄子屋政談」なので、前半は
比較的短めの時間配分だったのかもしれないが、
小満ん師匠の一席目はお馴染みの「宮戸川」で
師匠の十八番、得意ネタというと、プロフィールでは
文楽師匠の「お前は居残りですよ」の言葉による
「居残り佐平次」ということになっているが、たしかに
そうだとは思うけど、でも師匠の寄席の定番でもあり、
やっぱり「宮戸川」が一番なのではないだろうか。
何度聞いても楽しいし、明るく、そして味わい深く。
小網町から霊岸島へ箱崎を通り、出てくる地名も
人形町のこの会場で聞いているとまさにその現地、
噺との一体感は格別だ。半七が機転を利かせて、
帯をほどき、布団を左右に仕切るところも帯を川に
見立てて、それを挟んで、茅場町とどこだったか?
日本橋ネタなのであり、そこはちょっと普段と違い、
今回は何となく人形町バージョンだった気がする。
ゲストは三三さんで「元犬」だが、この噺は前座さんや
真打の噺家さんでも寄席の12分高座でよく聞くが、
馬石さんや菊之丞さんで聞いた印象が強いのだけど、
三三さんは多少、クスグリたくさんというか、工夫して、
しっかりとした本寸法「元犬」に仕上がっていたのだが、
聞いてみるとどうも、その感想は、寄席の12分高座は
よくまとまっていて、一切の無駄がなく、実に面白いなと
改めて思わされた。新しい奉公人(タダシロウ)の登場で
女中のおもとさんも急に「おワン、おワン」と吠えだして、
犬にかえって、「おっかさんに会えました」というのがオチ。
その伏線としては、母犬も自分と同じ全く差し毛のない
真っ白な犬だった、というのが付け加えられていた。
仲入り後は「唐茄子屋政談」である。たっぷり48分。
出てくる人のみんなが徳さんのことを助けてくれるけど、
何が違うのかはよくわからないのだが、師匠で聞くと
すごく人情味があって、たとえ乱暴でも思いが詰まって、
その印象の違いは不思議である。贔屓目かもしれないが、
小満ん師匠の落語のそうした作り方が、私は好きなのだ。
金の切れ目が縁の切れ目で、若旦那は勘当になった途端、
まわりから人が離れていき、自分がモテていたのではなく、
金がモテていたのだと、はじめてそのことに気付いて、
川に身を投げて死のうとするのだけど、偶然通り掛かり、
止めてくれた叔父さんに「助けてください」と口にする。
自然に出た言葉であり、素直な気持ちがあふれ出て、
そこには人が変わって、すっかり改心した徳さんがいた。
誓願寺店で残った二つの唐茄子を気前よく八文で売り、
腹を空かせた子供には弁当を与えて、そこでの徳さんは
もう道楽者の若旦那ではなく、すっかり商人になっており、
徳さんの成長ぶりに感動した。情けは人のためならずで
若旦那自身も勘当が揺れるのだが、身勝手な徳さんが、
人の気持ちを理解できるにまで、立派な人になっていく…
そこが伝わってきたことで、何か普段以上に素晴らしく、
私には格別な「唐茄子屋政談」であった。よかったのだ。

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2017年7月18日 (火)

第140回 柳家小満んの会

午後はものすごい雷雨で、これで梅雨明けか?
夕方はやむだろうと雨雲予報を見ていたけれど
空は明るくなっているのに出た途端に降ってきて、
駅に着いたらびしょ濡れ、汗だく、かなり蒸し暑い。
天気に振り回されたけれど、会は無事に開演した。

柳亭市坊:転失気
柳家小満ん:王子の幇間
柳家小満ん:大名房五郎
柳家小満ん:湯屋番

「大名房五郎」と「湯屋番」では、夕立の場面があって、
今日の天気にそっくりなのは、絶好のタイミングだったが、
「王子の幇間」には夕立はないので、三席に共通ではない。
夏の噺でいまの季節というとやはり夕立ということだろうか。
「王子の幇間」は、小満ん師匠が寄席でときどき演じていると
その辺は知っていたのだけれど、聞くのははじめてである。
私が知っていたのは、文楽師匠の録音で…そちらで聞いても
この噺、「王子」が出てこない。今日も王子の場面はなかった。
ずっと謎だったのだが、その答えは今回の案内ハガキにあり、
鼻の圓遊の速記に幇間の平助が旦那のお供で東京中を巡り、
ついに王子で腹が減って倒れる…という、そういうのがあって、
それで「王子の幇間」なのである。この平助は野幇間であり、
上手に持ち上げ、ご機嫌を伺わなくてはならない幇間なのに
人の嫌がることをいっては、すっかり嫌われているという。
マメに顔を出すのが商売だが、こうなるとただのタカリだ。
今日も平助が訪ねてくるけれど、旦那は隠れて、懲らしめる。
二席目は「大名房五郎」である。この噺は宇野信夫の作で、
三年ぐらい前だったか、日本橋の会で一度、聞いている。
古典の雰囲気だが、画(岩佐又兵衛)をすり替えるトリックや
飢饉と米の高騰が絡んでいる設定に新作の空気を感じる。
横谷宗珉の目貫も出てくるし、噺の小道具は高尚なのだが、
強欲な旦那(質の萬屋)とそのおかみさんは、落語っぽい。
この噺は面白いし、夏の季節感と画の中の風景が絡んで
荒唐無稽でない人の成せる技なところに説得力がある。
仲入り後は「湯屋番」で、小満ん師匠のでは、若旦那が
自分で奉公先の「梅の湯」に話を進めて、決めてきており、
湯屋の旦那が死んで、半年後に自分が主人になる筋書きを
妄想している長い方の「湯屋番」である。でも今日は前半を
かなりカットして、トントン進む印象でぴったり30分の高座。
若旦那の妄想も短めで、長屋を出て、梅の湯に着くまでも
ほんの一曲だけ唄って、あっという間に着いてしまった。
番台の上でも再び妄想がはじまるが、お妾さんの話が
噺のメインになるのではなくて、あくまでも若旦那が中心。
途中で客が茶々を入れたり、下駄のなくなった客が止めて、
文句を言い出して、いい下駄から順番に履かせて帰らせ、
最後の客は「下駄を預ける」というオチとなる。「湯屋番」は
寄席でよく掛かるお馴染みのイメージがあるが、こちらの
長い方の「湯屋番」を聞くと、大ネタだなって思うのである。
しかし今回はその長いのがコンパクトにまとまっていたので、
これだと時間的には、寄席のトリにちょうどいいサイズで、
師匠が寄席で演じるときの仕立てだったのかもしれない。
楽しかった。軽くって、バカバカしくって、実に愉快である。
ということで、次回は9月19日(火)の第141回であり、
演目は「渡しの犬」「酢豆腐」「九州吹き戻し」の三席で、
当日、台風に当たりませんように。噺の方は台風襲来。

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2017年7月13日 (木)

第286回 柳家小満んの会

13日の小満んの会である。横須賀線で新日本橋へ。
余裕をもって、早めに出掛けたので、慌てず順調。

桃月庵はまぐり:つる
柳家小満ん:茶漬幽霊
柳家小満ん:船弁慶
柳家小満ん:寝床

お盆の入りで、幽霊の噺から。といっても恐くない幽霊。
一席目は「茶漬幽霊」で、「三年目」の元の噺だそうである。
名人の四代目橘家圓喬が上方の「茶漬幽霊」を東京に移して、
三年目の幽霊、「三年目」を完成させた。ということを知って、
この元の噺を聞くと「三年目」という噺は実によくできている。
圓喬は名人っていうけれど、やはりすごいって再認識である。
しかしこちらの「茶漬幽霊」もいかにも落語らしくて、楽しい。
私は大好きだ。飾り職人が近江屋の旦那とお喋りをしていて、
「先々月にかみさんが亡くなりました」と回想で噺を進めていく。
職人を物持ちの旦那という設定に変えたのが圓喬の技だが、
「茶漬幽霊」もここは同じく、もし新しいかみさんを貰ったなら
婚礼の晩に幽霊になって化けて出ると約束をして、そこで
近江屋の旦那は、幽霊が出たら、引き受けてあげるからと
新しいかみさんの世話をする。婚礼の晩、何も起こらずに、
そのまま三年が過ぎて、(ここも「三年目」と同じで)髪も伸び、
ついに幽霊が出てくるが、昼飯どきの茶漬をすすっていて、
後ろから「怨めしい~」と、それを「うらやましい」と聞き違え、
様子が可笑しくて、なんとも愉快な噺だ。幽霊は丑三つ時で
なぜ、夜中に出てこない?と聞くと「夜は恐いから」というオチ。
続いて二席目、「船弁慶」である。こちらも上方の噺だそうで、
後半、船の場面で、鳴り物入りだが、いかにも上方の印象。
お供で歩いている人のことを「弁慶」というのか?今日は
三分の割り前を払っているので、弁慶とはいってくれるな!
というのがオチにつながる。船の上で紅白の褌で踊りだし、
酒も入って機嫌だが、橋の上を通りかかったおかみさんに
見付かって、船まで乗り込んで来られて、川に突き落とし、
ずぶ濡れ、ざんばら髪のおかみさんが、壇ノ浦で入水の
平知盛の真似をして、周囲はそれを知盛と弁慶の合戦と
囃し立てたものだから、「弁慶ではない、三分の割り前を
払ってきた」というオチになる。舞台は大坂のままだが、
船遊びに連れ出す男が江戸からの流れ者というところが、
小満ん師匠の演出なのか?その辺はどうなのだろう。
上方落語を聞かないものでわからないのだが、これは
「船弁慶」という噺を一度聞いてみなくては。探してみよう。
そして「寝床」だが「浄瑠璃の元祖は通な女なり」の川柳で、
織田信長の侍女で小野お通が「浄瑠璃姫物語」という、
浄瑠璃の元祖を作った話から義太夫の歴史が語られて、
これは、小満ん師匠の「寝床」のフルバージョンである。
十年ぐらい前の日本橋の小満んの会でもこの形だったが、
その後に数年前の関内の小満んの会で演じられたときには、
寄席バージョンの25分版だったので、今日はたっぷりである。
明治になってからの義太夫ブームで女義太夫の追っかけや
興味深い話が盛りだくさん、貴重な解説だと思う。噺に入って、
「寝床」はいうまでもなく小満ん師匠の十八番であり、最高だ。
喜怒哀楽の激しい旦那が、怒りが頂点に達し、抑えがきかず、
しかしやはり義太夫のことで機嫌を直していく様子は絶品。
長屋の衆も断れない中でちくりちくり皮肉をいう小さな反抗、
真剣な旦那と逃げ回る周囲のここでも合戦が繰り広げられ、
バカバカしいながらも命懸けの駆け引きについ笑ってしまう。
ということで、来週の火曜日、18日は関内の小満んの会、
「王子の幇間」「大名房五郎」「湯屋番」の三席。楽しみである。

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2017年5月23日 (火)

第139回 柳家小満んの会

関内ホールへは、関内駅の後ろの改札が
便利なのだが、横浜駅の乗り換えは、
前の方が乗りやすく、市役所側の改札で
出たのだけど、ベイスターズの試合のようで
電車も改札も駅周辺もたいへんな混雑だ。
それが原因で、電車も少し遅れていた。
夕方は先頭車両に乗らない方がいい。
スタジアムで試合がなければ平和だけど。
それで帰りだが、なんと横浜寄りの改札が
新しくなっていて、驚いた。関内駅の話題。

柳家あお馬:やかん
柳家小満ん:しびん
柳家小満ん:三方一両損
柳家小満ん:御神酒徳利

今日の三席は、小満ん師匠ではお馴染みの噺である。
それぞれ過去に聞いているので、安心して聞くと楽しい。
はじめて聞く噺はうれしいが、一言も聞き逃せないという
変な緊張感はなくて、すっかり気楽に余裕をもって鑑賞。
小満ん師匠の「しびん」は好きである。何が好きかって、
マクラの道具に関する話がいい。道具屋さんの符丁や
その辺に詳しい小満ん師匠ならではの話題が満載で
それにここでは、武士の嗜みとして、華道や茶道の話も。
でも噺に入って、穏やかだった侍が、騙されたと知ると
急に怒り狂って、道具屋に駆け込み、その道具屋もまた
口から出まかせで必死に命乞いをするのであり、間に
本屋さんが礼儀正しく、丁寧な口調で登場するけれど、
登場人物がいきいきとして、各場面に変化があって、
本当に道具屋の店先にいるような、実によかったのだ。
二席目は「三方一両損」で、江戸っ子の雰囲気だが
大工と左官で最も気の荒いのであり、そして大家さんが、
きちんと務めを行って、正しく公平でありそうながら…
そういう長屋なのであり、やっぱり気が荒いのである。
左官の金太郎は疾うにサッパリして帰ってきたのに
話を聞いて、いまさらに煽っているのは大家さんだから
何とも面白い噺だ。江戸っ子のこの空気感、テンポは
なかなか出せるものではない。今日もまた絶品だった。
仲入り後は「御神酒徳利」である。今回は大坂まで?
それとも小田原止まり?箱根を越えるか?越えないか?
「八百屋の占い」といわれる柳家の「御神酒徳利」は、
日本橋の会で聞いたのと「棚卸し」でも聞いているが、
その後、落語研究会で大坂までの「御神酒徳利」を
演られていて、今日は大坂まで行くのではないかって
どこかで期待をしていたのだが、しかしそのためには、
50分以上はかかるのであり、時計を見るとスタートが
19時50分だったので、これはやっぱり無理かなって、
やはり今回も小田原止まりだった。三島への道中である。
「今度は先生が紛失をした」というオチ。もう小満ん師匠の
大坂の「御神酒徳利」は聞けないかも。何となく思った。
でも一方で、この八百屋の「御神酒徳利」は何しろ楽しく、
八百屋さんが罪のない嘘をついて、最後は逃げちゃって、
どこか…こちらの方がいいかもって、最近は思っている。
今日もそう感じた。録音などで静かに真剣に聞くのなら
鴻池の娘さんを助ける大坂版の御目出度い展開もいいが、
会場で聞くならば、軽くてバカバカしいぐらいの八百屋は、
かえっていいのである。でも終わってみるとやはり45分。
かなりじっくりと丁寧に描き込まれていたのだ。堪能した。
ということで、次回は7月18日(火)の第140回であり、
演目は「王子の幇間」「大名房五郎」「湯屋番」、楽しみ。

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2017年5月13日 (土)

第285回 柳家小満んの会

土曜日の小満んの会で、早く出てぶらぶらしたかったのだが、
午後になってもひどい雨が続いて、歩くのはすっかりあきらめて、
結局、開場の時間に日本橋亭に直行。今日と明日は神田祭で
日本橋もいい雰囲気だったが、何しろ雨で遠くの音だけ。残念。

三遊亭歌実:元犬
柳家小満ん:辻八卦
柳家小満ん:野ざらし
柳家小満ん:愛宕山

一席目「辻八卦」ははじめて聞く噺だ。題名の通りなのだけど、
大道占いの小噺がいろいろ出てきて、それが面白いのだが、
つまりは胡散臭い易者の噺、それらが占いのサンプルとなって、
忠臣蔵の芝居を見てきた男が、五段目の山崎街道の場面を
あれこれと情景豊かに面白おかしく、さんざん喋って、易者は
何を占ってほしいのか?って、呆れて聞いているが、それで
猪と間違えて撃たれた斧定九郎の後生を占ってもらいたいと
わざわざ見料の二十四文を払うのだから物好きなことである。
それを聞いていたまわりの者まで、勘平、おかるに斧九太夫と
次々に後生を占わせて、最後にお武家が、忠義で武士の鏡、
身共もこうありたいと大星由良助を占わせ、そこで出た卦が、
易者はなかなか話したがらないのだが、侍にしつこく聞かれて、
「未だ誕生(参上)つかまつりませぬ」と四段目にちなんだオチ。
続いて、お馴染みの「野ざらし」である。幇間が訪ねてきて、
「さっきの骨は馬の骨だったか」のオチまで。陽気な噺だけど、
小満ん師匠の調子は軽やかで実に愉快。賑やかな向島が、
一番盛り上がるところだが、夜になって、ちょっとひっそり、
八五郎は幽霊の女の訪ねてくるのを待っているのだけど、
外から聞こえてきた声が男の太い声でびっくりするところ、
好きである。それでも宝を運んで、腹に力が入っていると
負けていないところが、また何ともバカバカしくて、最高だ。
仲入り後は、同じくお馴染みの「愛宕山」である。十八番。
「野ざらし」の最後のところでちょっとだけ幇間が出てきたが、
こちらは本格的に一八が大活躍である。その前にマクラで
昔、師匠とおかみさんが京都の愛宕山に登りにいった話で
聞いていたら私も愛宕山に行ってみたくなった。噺で聞くと
どうも実際にそこへ行ってみたくなる方で、困ったものだ。
今日はアクションの多い噺が続いて、師匠も楽しそうで、
聞いているこちらもまた楽しくなる。竹を満月にしならせて、
飛び上がって、戻ってくるところは、今日も大熱演であった。
旦那の「お前は生涯、贔屓にするぞ!」という一言も好き。
一八は、芸の力で見事に旦那に認めてもらったのだが、
次の瞬間、「金はどうした?」「忘れました」で、やっぱり
所詮は目の前の金に目がくらんでいるのであり、本当は
旦那に一生、面倒を見てもらって、その安定感の方が、
価値があるだろうに…目先の利益に負けるのが人間だ。
そこがリアリティ、人間臭さで、この噺の味、面白さである。
ということで、再来週の火曜日、23日は関内の小満んの会、
「しびん」「三方一両損」「御神酒徳利」の三席。楽しみである。

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2017年3月21日 (火)

第138回 柳家小満んの会

往きも帰りもひどい雨だった。濡れた。
県庁に年次報告書を出しに行って、
受付時間が16時30分までなので
出してから小満んの会まで時間があって、
伊勢佐木町の有隣堂で本を見ていた。
でもこういう雨の日は、関内から県庁も
県庁から伊勢佐木町も遠く感じられる。
結局、関内ホールに早く着いてしまって、
しばらくエントランスのチラシ置き場で
時間を潰していたのだが、告知があって、
11月13日から関内ホールが改修工事で
来年の9月末まで、休館になるらしい。
ちょうど師匠が到着されて、挨拶をして、
話してみたところ、もちろんご存知で
11月からは新しい会場に変わるようだ。

春風亭きいち:二人旅
柳家小満ん:和歌三神
柳家小満ん:鶯宿梅
柳家小満ん:味噌蔵

一席目は「和歌三神」だが、師匠がかなり昔にこの噺を
小満んの会で取り上げているのは何となく知っていたが、
やっと聞けた。旦那が権助を供に連れて、雪の向島に行く。
三人のお薦(こも)さんが雪見で狂歌を詠んでおり、粋な姿に
酒を差し入れるのだが、洒落た狂名を名乗っているあたり…
かつては地位のあった方に違いないと「和歌三神」と称えると
謙遜して「いいえ、馬鹿三人」と応えるオチ。雪景色も美しく、
そして登場する人みんなが洒落た振る舞い。権助は除いて。
二席目は「鶯宿梅」である。2010年3月に日本橋で聞いて、
そのときがネタ卸しだったのかもしれないけれど、それ以来、
小満ん師匠が所有している珍品でも一番好きな噺であり、
そのことを話したら「棚卸し」で演じてくれて、それが二度目、
今日も「面白くないからそれっきり…」とおっしゃっていたが、
面白くない…なんて、とんでもない!たいへん面白いのだ。
小満ん師匠ならではの小ネタ、洒落が盛りだくさんであり、
ファンにはたまらないものがある。仲入りで端唄の「春雨」が
会場に流れていたが、どうしてもその辺に馴染みがないので、
取っ付きにくいのかもしれないけれど、養子くさい若旦那は
愛すべき存在に親しみを感じるし、芸者さんとのやり取りで
お座敷風景などは、黒門町の文楽師匠の演じる噺の世界を
どこかイメージさせるところもあって、その辺で私にとっては
小満ん師匠の逸品になるのかも。今回もたくさん笑った。
そして仲入り後は「味噌蔵」だ。正月が過ぎて、冬から春へ
二月、三月の頃は「二番煎じ」と「味噌蔵」をよく聞くけれど、
考えてみると「味噌蔵」はかなりの久しぶり。やっぱり面白い。
しわいやの旦那が、風が強くて店が心配だと帰ることにして、
帰り道、ドジな定吉に小言を連発して、提灯を持たされたら
料理を詰めた重箱を忘れてきたと…旦那はさすがに切れて、
その勢いには圧倒されて、おかしくて仕方がない。番頭が
帳面をいいようにドガチャカする…と旦那はそれを聞いて、
番頭さんは生涯、給金から差っ引きますから!と傑作だ。
ということで、次回は5月23日(火)の第139回であり、
演目は「しびん」「三方一両損」「御神酒徳利」の三席だ。

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2017年3月13日 (月)

第284回 柳家小満んの会

何となく余裕をもって出かけたので、順調に着けた。
夕方からお江戸日本橋亭で柳家小満んの会である。

春風亭きいち:寄合酒
柳家小満ん:伽羅の下駄
柳家小満ん:小いな
柳家小満ん:小言幸兵衛

伽羅の下駄といえば、吉原通いの仙台の伊達様だか、
銘木に六つの穴を開けて下駄にしてしまったという、
川柳が紹介されて、穴を開けてというのでつながるのが、
続く覗きからくりの「小いな」かと。一方「伽羅の下駄」で
活躍するのが、豆腐屋の六さんだが、「小言幸兵衛」でも
豆腐屋がひと暴れする場面があり、豆腐屋つながりか?
何となく関連ありそうな演目の選び方ではあるけれど、
これも毎回、私の考えすぎで、まあ、偶然なのだと思う。
去年だったか?関内の小満んの会で「仙台高尾」を
聞いているのだが、すると「伽羅の下駄」という題名で
連想するのは仙台の伊達様である。伽羅の下駄を履き、
吉原の三浦屋高尾太夫の元へ通い詰めていたという。
その途中、暴漢に襲われ、豆腐屋に逃げ込んだそうな、
その辺を踏まえた落語であり、このところ商売をサボって
朝起きてこない豆腐屋の六さんが大家さんに説教をされ、
今日は夜明け前から大豆をごろごろ挽いているのだが、
そこに訪ねてきたのが派手な形のお侍で、水を所望せれ、
汲みたての井戸水を差し上げるのだが、礼に…といって、
伽羅の下駄を置いていく。竈の下にあったので、香りが
漂いはじめたのだか、そこで小満ん師匠は、お香の演出、
ニッキのような甘い香りが会場に漂って、実に洒落た一席。
大家さんに片っ方で百両、一足で二百両はする下駄だと、
家宝にしろと教わるのだが、そこで六さん、ゲタゲタと笑い、
おかみさんはキャラキャラと笑う少々バカバカしいオチで、
軽くて楽しい何ともいい噺だ。こういう噺は大好きである。
続いて二席目は「小いな」だが、時代は明治の頃であり、
三井物産の創始者で益田孝の息子、益田太郎は英国に
留学をして、本場の喜劇を日本に伝え、その脚本も書き、
落語の方では、益田太郎冠者の名前で知られているが、
品川の御殿山にある豪邸で派手な暮らしをしていたという
その辺の情景が盛り込まれての噺であり、幇間の一八が
新富座の芝居へと迎えに来る。主人は調べもので忙しく、
代わりに女房と女中を連れていき、その流れで湯河原へ
ゆっくりしてくるといい…と送り出すが、するとその間に
柳島の芸者で小いね(演目「小いな」だが)を連れてきて、
芸者、幇間の鳴り物に料理を誂え、離れの広間で大宴会。
観劇中の奥様だったが、ふとこの悪巧みに気付き、急遽、
戻ってきてしまったが、広間の襖に心張りをかって、撤収。
女中に無理に襖を開けさせようとするが、引手が取れて、
穴が開いてしまった。中の大慌てを一八が覗きからくりで
語り聞かせるが、時間を稼ぎ、奥様が覗き穴から様子を
伺ってみると主人は元の通りに中で調べものをしていた。
明治の派手な遊びで、ここでの空気にちょっと感じたのは、
どこか小満ん師匠の「つるつる」に通じる気がしたけれど
それは幇間が、見事な裁量で場をやりくりする…という
可笑しいながらも細やかな気遣いで、やはり幇間の芸が
印象的だったからであろうか。前半のはじめて聞く二席は、
楽しかった。仲入り後はお馴染みの「小言幸兵衛」である。
こちらも師匠のお得意の噺であろう。今日、気付いたのは、
最初の乱暴な豆腐屋が戸を閉めずに帰ってしまうのだが、
仕立屋は中の様子を伺って、気難しい家主の小言を聞き、
格別に気を使って、丁寧な口をきいていたのかもしれない。
家主の立て続けの質問に周到に答えていく仕立屋であり、
豆腐屋とのやり取りを外でずっと聞いていた可能性もある。
それによって見事に模範解答の受け答えをしていくのだが、
雑でも丁寧でも家主はどちらも気に入らないのであって、
幸兵衛さんの逆鱗に触れて、追い返されてしまうのだ。
どう答えても小言をいわずにいられないのが田中幸兵衛、
そこで小言幸兵衛なのである。続いて花火職人の登場で、
今回もオチは、「花火職人!どうりでポンポン言い通し」。
ということで、来週の火曜日、21日は関内の小満んの会、
「和歌三神」「鶯宿梅」「味噌蔵」の三席。楽しみである。

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2017年1月19日 (木)

第137回 柳家小満んの会

今年の最初の横浜小満んの会である。
余裕をもって出かけて、関内ホールへ。
順調に到着できたが、外は風が冷たい。

柳家寿伴:まんじゅう怖い
柳家小満ん:千早ふる
柳家小満ん:姫かたり
柳家小満ん:質屋庫

最近は正月の気分も失われて、ただの連休のような…
昔の子供はというと凧揚げに独楽回し、女の子は羽根突き、
室内の遊びというと双六にかるた取りという懐かしい話題から
正月の雰囲気を味わってほしいというところで「千早ふる」。
お馴染みの噺だが、小満ん師匠で聞くとすごくいいのである。
柳家でよく聞ける忠実に小さん型の「千早ふる」だが、味わい。
以前にやはり正月、日本橋でも演じられているし、年末の向島で
たしか聞いている気がする。それに対して、「姫かたり」はというと
この数年で何回か師匠が演じているという話は聞いていたけれど
私は聞き逃していたので、今日は収穫だ!浅草の歳の市の風景。
12月17日と18日の二日で、正月の飾りと台所用具を売っていた。
あちゃ負けた、こちゃ負けた、注連(しめ)か飾りか、橙(だいだい)か、
騙りにあった医者には、姫が騙りか、大胆な…と聞こえてしまう。
年末の浅草の賑わい、活気が伝わってきて、私にはそこが魅力。
仲入り後、三席目は「質屋庫」である。この噺は、私は大好きで
「質屋庫」もかなり以前に同じく正月、日本橋で演じられているし、
それに「棚卸し」で聞いた記憶があるのだけど、という点では、
今回の三席は、師匠もときどき取り上げている噺ということか。
「質屋庫」は、旦那が番頭さんに質物の気が残っている…って
カラカラストンのへそくりで買った帯の話と出入りの熊さんが
店の酒と沢庵を樽で持ち出していた件、そこがやたら長いので、
どう聞かせるか…だけど、小満ん師匠の「質屋庫」は面白い。
実にいいのである。そして私が一番好きなのが、小僧の定吉が
芋羊羹を三本、見事に手に入れるところ。本当に楽しかった。
ということで、次回は3月21日(火)の第138回であり、
演目は「和歌三神」「鶯宿梅」「味噌蔵」の三席、楽しみだ。

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