2017年1月19日 (木)

第137回 柳家小満んの会

今年の最初の横浜小満んの会である。
余裕をもって出かけて、関内ホールへ。
順調に到着できたが、外は風が冷たい。

柳家寿伴:まんじゅう怖い
柳家小満ん:千早ふる
柳家小満ん:姫かたり
柳家小満ん:質屋庫

最近は正月の気分も失われて、ただの連休のような…
昔の子供はというと凧揚げに独楽回し、女の子は羽根突き、
室内の遊びというと双六にかるた取りという懐かしい話題から
正月の雰囲気を味わってほしいというところで「千早ふる」。
お馴染みの噺だが、小満ん師匠で聞くとすごくいいのである。
柳家でよく聞ける忠実に小さん型の「千早ふる」だが、味わい。
以前にやはり正月、日本橋でも演じられているし、年末の向島で
たしか聞いている気がする。それに対して、「姫かたり」はというと
この数年で何回か師匠が演じているという話は聞いていたけれど
私は聞き逃していたので、今日は収穫だ!浅草の歳の市の風景。
12月17日と18日の二日で、正月の飾りと台所用具を売っていた。
あちゃ負けた、こちゃ負けた、注連(しめ)か飾りか、橙(だいだい)か、
騙りにあった医者には、姫が騙りか、大胆な…と聞こえてしまう。
年末の浅草の賑わい、活気が伝わってきて、私にはそこが魅力。
仲入り後、三席目は「質屋庫」である。この噺は、私は大好きで
「質屋庫」もかなり以前に同じく正月、日本橋で演じられているし、
それに「棚卸し」で聞いた記憶があるのだけど、という点では、
今回の三席は、師匠もときどき取り上げている噺ということか。
「質屋庫」は、旦那が番頭さんに質物の気が残っている…って
カラカラストンのへそくりで買った帯の話と出入りの熊さんが
店の酒と沢庵を樽で持ち出していた件、そこがやたら長いので、
どう聞かせるか…だけど、小満ん師匠の「質屋庫」は面白い。
実にいいのである。そして私が一番好きなのが、小僧の定吉が
芋羊羹を三本、見事に手に入れるところ。本当に楽しかった。
ということで、次回は3月21日(火)の第138回であり、
演目は「和歌三神」「鶯宿梅」「味噌蔵」の三席、楽しみだ。

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2017年1月13日 (金)

第283回 柳家小満んの会

今年最初の小満んの会で、夕方から急ぎ日本橋へ。
早めに準備して、余裕をもって出かければいいのだけど、
夕方から東京に出るのって、何だか忙しい。慌ててしまう。

柳家寿伴:真田小僧
柳家小満ん:成田詣り
柳家小満ん:一刀成就
柳家小満ん:うどんや

「成田詣り」は、ごく短いバレ噺が見事に一席になってしまって、
マクラで江戸っ子の憧れの伊勢詣り、お馴染みの大山詣り、
そして最も簡単に遊山できた成田詣りと旅の解説が入って、
成田山へは、小名木川から中川へと、舟で行徳まで行って、
その先の陸路も平らで歩きやすく、宿場も松戸に船橋、佐原と
旅がしやすかった。成田への旅の気分を十分に感じたところで
明日は旦那のお供で、成田のお詣りに出立するというところ。
前夜のその一幕である。こまっちゃくれた子供が活躍するが、
翌朝、向かいの搗米屋の鶏が出てきて、酉年にちなんだ一席。
「一刀成就」は、古本屋で出会った一冊からはじまったそうで、
幸田露伴の「一口剣」という小説だそうである。ネタ下ろしだ。
悪妻に五十両の金を持ち逃げされるという災難を乗り越えて、
三年の間、命を懸けて、ついに名刀を鍛え上げる。殿様より
お褒めの言葉をいただいて、試しに斬ってみたいと…そこで
自らが的になると申し出たことから殿様は驚いて、その言葉に
「余が真二つにされた」というオチで…これはどういう意味?
殿様への言葉、切り返しがそれだけ鋭かったということか?
原作の「一口剣」が読んでみたくなるけれど、こういう古い話、
そういうときは青空文庫だが、作業中でまだ公開されていない。
今後もチェックしておきたい。すっかり落語化されているが、
やはり元は小説で、地味な中に味わいが存在するのであり、
この穏やかな空気に喜びを感じるのは小満んファンならでは。
仲入り後は、お馴染みの「うどんや」である。小満ん師匠のが
一番好きで、横浜の会でも演ったし、「棚卸し」でも聞いたし、
よく知っている気はしていたのだが、時間にも余裕があったし、
細かいところがすごく丁寧な印象もあって、これまでの中でも
一番よかった気がする。うどんを食べるところが記憶に残るが、
風邪っぴきの奉公人の具合が悪そうながら、温かいうどんに
ホッとして、美味しそうに完食をして、代金を払ってしまうので
やっぱり一杯だけかと残念そうに引き上げようとするのだけど
風邪声で「うどん屋さん」と呼び止められて、「へい!」って、
一瞬、うれしそうな表情を見せるところ、そこは最高だった。
思い返すといつもそうだったかもしれないけれど、でも今日も
すごくよかったのだ。薄い土鍋にわずかばかりのうどんで
寒い冬の夜に暖が値打ちだが、おいしそうに見えるのである。
ということで、来週の木曜日、19日は関内の小満んの会で、
「千早ふる」「姫かたり」「質屋庫」の三席。楽しみである。

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2016年11月27日 (日)

第136回 柳家小満んの会

今年の最後となる11月の小満んの会である。
日曜日の昼の開催で、なんと「子別れ」の通しだ。
会場へ向かうタクシーが渋滞に巻き込まれたそうで
師匠が到着できず、少々混乱気味の開場となった。

柳家小満ん:子別れ(上)こわめし
柳家小満ん:子別れ(中)
柳家小満ん:子別れ(下)子は鎹

そんなトラブルで、焦って、慌てて、イライラして、余裕もなく、
師匠はとても冷静にはいられなかっただろうと思うのだけど、
それが開演すると何にもなかったかのようにいつも通りに
淡々と会場の空気を和らげていって、そこはプロなのだけど、
それにしてもやはりすごいなと改めて感じさせられたのである。
「子別れ」だが、(上)の「強飯の女郎買い」は、2010年5月の
第98回で演じられ、その際の演目は「強飯の遊び」だったが、
二年が過ぎて、2012年11月の第113回には、続きの(中)が、
早いもので、それから四年が経つけれど、その大まとめとして、
今回の通し口演があると感じられている。後半の「子は鎹」は、
いろいろな人が演じているし、非常に有名な噺で、珍しくもなく、
それに比べると「強飯の女郎買い」や(中)の別れの場面は、
聞き応えがあって、面白いと私は大好きなのだけど、今回は
小満ん師匠の「子は鎹」であり、その納まりがどうなることか、
注目であったのだ。前半は、弔いで酔っ払い、悪態をついて、
吉原へと遊びに行く「強飯の女郎買い」であり、四日の居続け
戻ってきたかと思うと花魁の惚気をいう始末、女房のお徳と
息子の亀ちゃんを叩き出すという…とんでもない展開であり、
どう考えても大工の熊さんは酷い人なのだけど、仲入りの後、
心を入れかえて、立派な職人に生まれ変わる熊さんを見て、
その清々しい空気、気持ちも晴れるその心地よさに…これは、
通し口演で聞いたからこそ味わえる喜びであると格別であった。
前半の熊さんが酷すぎるから…後半の立派な更生を目にして、
その分、感動が大きいのかも。どれだけくっきり演じられるか?
そして仲入りでの切り替えが、重要な役割を果たすということ、
そこに気付かされる。「子は鎹」はこれまででも一番よかった。
ということで、次回は新年、1月19日(木)の第137回であり、
演目は「千早ふる」「姫かたり」「質屋庫」、2017年も楽しみだ。

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2016年11月13日 (日)

第282回 柳家小満んの会

今年最後の小満んの会は、日曜日の開催で
早めに出掛けて、御茶ノ水から神田明神にお参り。
いろいろ寄り道をして、日本橋まで歩いていった。

20161113b

あちこちで再開発中の日本橋界隈だが、
「室町三丁目」交差点がすっかり更地になって、
驚きの状況だ。これもいまだけと記録写真。

柳家小多け:道灌
柳家小満ん:裸の嫁入
柳家小満ん:黒雲お辰
柳家小満ん:富久

神無月の十月には、出雲に神様が集まって、つまりは
出雲は神有月なのだけど、そこで縁結びが行われて、
縁というと御夫婦の縁ということで噺に入っていくのだが、
「裸の嫁入」という噺、もちろん今回はじめて聞くけれど、
全体に「たらちね」にそっくりである。裸の嫁入というのは、
何も持たずに嫁に来るという。夏冬の物は持ってくるが、
行火(あんか)と渋団扇だけ。この台詞も「たらちね」で聞く。
しかしこちらは、言葉が丁寧という傷はなく、歳は二十三で
顔の具合も十人並。ただ嫁ぐのは二度目ということで、
先の旦那は亡くなっている。八つぁんは喜んでいるが、
婚礼の席で、三々九度の真似事で、仲人の大屋さんは、
謡のひとつも吟いたいところだけど、不調法だから…って、
するとお嫁さんは、二度目で慣れているからと唄い出し、
街道の雲助の唄で、(裸の嫁入だが)、唄の文句で、
後から長持がやってくるというオチである。これまた珍品。
続く「黒雲お辰」は、大岡政談にある噺で、実話に基づく…
ともいわれるそうだけど、奈良から七十五両の金を預かり
江戸へ出てきた真正直な百姓が、つい広小路の賑わいに
気を取られて、金を掏られ、昌平橋で身を投げようとするが、
それを助けるのが黒雲お辰、七十五両を与え(返す?)、
帰りの路銀に十両の金も与える。黒雲お辰は八辻が原を
縄張りとしている掏り、盗みの頭であり、その十年後には
お縄になって、処刑が言い渡されるが、老中の手続きに
不備があり、黒雲お辰がたくさんの人助けをしていたことで
大岡越前は助ける裁きをする。十年前の七十五両の一件で
御赦免となるのだ。黒雲お辰は改心して、身延山で出家して、
諸国を巡礼しているが、奈良の山村で助けた百姓に再会し、
かつて助けたことでいま助けられているのだけど、縁あって、
というところは、一席目の「裸の嫁入」に通ずるのである。
黒雲お辰はそこに庵を構え、余生を送ったということらしい。
仲入り後は「富久」。師匠の「富久」は、思い出すので四度目か、
もうちょっと聞いているような気もするのだけど、正直に書くと
はじめてのときが最も衝撃的にとにかく感動したのだが、
今回は二年ぶりになるのか?少々久しぶりでもあって、
ものすごくよかったのである。先日の余一会で聞いた…
「明烏」じゃないけれど、余裕があって、じっくりと丁寧に
演じられていた気がする。それは、酔っぱらう場面であったり
火事場に向かう緊迫感、その様子が目に浮かぶようであり、
久蔵の暑い寒いの温度感や時間の経過、心の変化の含めて
落語の見て楽しむ部分である。基本的に小満ん師匠の落語は、
オーバーに見せるのではなく、話芸に徹していると思うのだが、
それが創り出す聞く人の心の中でのイメージの広がりであり、
その豊かさであり、かなり映像的な噺でもある「富久」であって、
非常に中身の詰まった一席であったと思う。富くじの一件と
火事に振り回される久蔵の生活が、同時進行に進むのであり、
壮大な物語と劇的な展開で、こんなにドキドキする噺はないが、
やはり黒門町から伝わる「富久」で、小満ん師匠が最高だと思う。
いろいろ好みがあって、人によって、意見も様々だろうけれど、
小満ん師匠の「富久」が、私にとっては、間違いなく究極である。
ちょっと細かいことを書くと富興行の場所だが、文楽師匠は、
深川八幡だったそうだが、小満ん師匠は湯島天神にしていて、
奉加帳で寄付を募ってまわるのに蔵前から本郷へ向かう途中、
湯島の切通しで、大そうな賑わいに富の当日に遭遇するという
ここは非常に合理的で説得力があって、小満ん師匠らしい。
こういうところがリアリティであって、私は好きである。重要。
ということで、ちょうど二週間後、27日は関内の小満んの会で、
「子別れ」の(上)(中)(下)の三席。通しである。これは期待!

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2016年10月31日 (月)

末廣亭余一会 小満ん独演会

新宿末廣亭の10月の余一会は小満ん独演会。
13時開演なので、少しゆっくり出掛けて、助かる。
でも新宿三丁目へは、東横線経由で行ったので
西武か東武かどこかで遅延が発生したらアウトなので
結局は12時10分頃の到着を目指して、早すぎた。

柳家あお馬:小町
柳家やなぎ:松竹梅
柳家一九:時そば
柳家小満ん:長者番付
桃月庵白酒:四段目
柳家小満ん:がまの油
柳家小菊:俗曲
柳家小満ん:明烏

あお馬さんが「小町」で、久しぶりに聞いた。「道灌」の前半。
やなぎさんが汗だくの「松竹梅」で、いつもこんなに汗っかき?
すごく余裕があって演じているようだけど、内心は緊張か?
一九師匠が「時そば」だったが、これがものすごくよかった。
もちろん小満ん師匠から伝わっている「時そば」で、昨日で
十月の下席の十日間が終わっているが、すると今日から
気分は11月に入っているようで、つまりはもう冬である。
「時そば」のシーズン到来。つゆの湯気が温かそうだった。
小満ん師匠の「長者番付」は大好き。2010年3月の関内で
師匠の「長者番付」をはじめて聞いたのだが、それ以前は
実はこの噺は嫌いだったのだけど、田舎者を馬鹿にして、
仕返しをされて、恐ろしい目に合うというのが何とも不快で
基本的にはそういう噺だが、小満ん師匠で聞いてからは、
何となくそれも落語として受け入れられたような。後半の
「うんつく」で、鴻池の澄み酒と三井の井戸から三千両は、
実に面白い。作り酒屋の親父も騙され、私も騙されている。
今回のゲストは白酒さんで、近年のハロウィンの過熱ぶりを
いじった後、噺は「四段目」だ。旦那に楯突いている定吉が、
かわいいながらも悪質で、この辺は最高!芝居を見ていて、
昼飯を食べ損ねている…というのが、噺の伏線なのだが、
好きな芝居の真似事をしていれば、空腹も忘れられる…
というのは、素直でもあって、まだ子供らしいところもあって、
小僧である。口はませているけれど、結局は子供なのが、
重要なのであって、白酒さんは、そこが絶妙なのである。
仲入り後、小満ん師匠の二席目は「がまの油」。5月の会で
この噺も聞いているが、がまの油売りの口上がよかったのと
マクラの見世物興行から大道商いの話題で、焼継ぎ屋という
割れた瀬戸物を呼び継ぎで元に戻して、その材料を売る…
つまり実演販売だが、その小噺があって、はじめて聞いたが、
それが「がまの油」のオチに効いてくるのである。刀で切った…
血が止まらず、「お立ち合い、血止めはないか!」というのが、
一般的なオチだが、そこで「焼継ぎ屋はいないか!」と繋げる。
小菊さんが、新内の「明烏」から有名な一節を聞かせた後、
いよいよ落語の「明烏」である。小満ん師匠の「明烏」は、
これまでに何度か聞いているが、大体が最後の三席目で、
終演時間までに急ぎ足の27分ほどで聞かせてしまうという、
そういうことが多かったので、今日は時間に余裕があって、
吉原に関するマクラをたっぷりの解説で聞かせて、それから
じっくりと聞かせる「明烏」であった。これまで聞いた中でも
一番よかったと思う。時次郎は本を読んで、学問があって、
ひとり理屈っぽいのが面白いのだが、それゆえに翌朝、
「結構なお籠もりで…」という、その落差が絶品である。
やはり末廣亭の空気は心地よく、楽しい余一会であった。

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2016年9月27日 (火)

第135回 柳家小満んの会

ずっと雨だったけど、今日は晴れてくれて、
すると汗が流れるように暑くなったのだが、
今日は夕方から横浜の小満んの会である。
余裕をもって出かけて、関内ホールに到着。

春風亭一花:牛ほめ
柳家小満ん:名人昆寛
柳家小満ん:男の花道
柳家小満ん:鉄拐

今日の三席は、彫物の名人で昆寛という変わり者にはじまり、
長崎で西洋医学の修業をしてきた眼科の名医で半井源太郎が、
名優中村歌右衛門の病気を助け、そして最後は中国の仙人が
愉快に大活躍という…名人尽くしの会である。珍品三席だけど
小満ん師匠だと、こういう噺は楽しくて仕方なく、他では聞けない。
「名人昆寛」は本当にもう聞けないかも。これが面白いのである。
お寺の山門の彫刻でその礼が暦にちなんで二百文ということに
昆寛が腹を立てて、大暴れするのだけど、ちょうど十日で仕上げ、
今日は二百十日だから、二百文を彫り代に払うといわれるのだが、
立春から数えて二百十日目、九月一日の頃とされているけれど、
二百十日の大荒れとは、つまり台風のことを表しているのである。
昆寛が本堂で仏像を倒し、木魚を蹴り飛ばし、銅鑼を引っくり返す…
この状況は台風なのである。ということで、この季節の噺であった。
今日は二百十日の解説はなかったが、噺の面白みはそこにある。
今年は毎週のように台風が来ているので、当たらなくてよかった。
続いて「男の花道」で、友情を描き、恩を忘れず、それに報いる…
という、その辺はいいのだが、中村歌右衛門が呼び出されるのが、
酒の席で一差し舞えという理不尽な理由なのが、どうも気に入らない。
そしてもし歌右衛門が一刻の猶予で五つの鐘に間に合わなかったなら
半井は腹を斬るといっているのであり、これだけの名医がそんなことに
命を掛けているというのもどうも愚かしい。つまりは権力をふるっている
側用人だったか?その家臣だったか?この侍がとんでもないのである。
しかしその後に十一代将軍家斉が目を患うのであり、この一件により、
町医者ながら名医がおりますと老中に進言したとか…たちどころに治り、
半井源太郎は江戸でも評判の名医となる。後味、清々しい印象もある。
歌右衛門がすべてを投げ打って、半井の元へ駆けつける理由付けに
何か適切で深い訳があれば、この噺はもう完璧だと思うのだけど…
親の死に目にも合えない役者が、半井との約束を優先するところに
救ってくれたことの恩の重み、それは何事にも代えがたいという…
そこを理解して、深く感じ入らなければいけないか。考えさせられる。
仲入り後、三席目は「鉄拐」である。小満ん師匠が時々演っていて、
この数年、お気に入りの噺なのか?中国にありがちな…荒唐無稽で
バカバカしい可笑しさもあるけれど、そろそろ私も好きになってきた。
仙人が一身文体の術を見せるところなど、どこまで様子が伝わるか?
そこは小満ん師匠の技であり、どこかほのぼのとしてくるところに
独特な魅力がある。奇譚にたっぷり付き合うほどに幸福なのである。
真剣に聞くなというのが落語だが、特に考えてはいけない噺であり、
ありえないところを素直に受け入れられるとそれは楽しいのである。
ということで、次回は11月27日(日)の第136回 柳家小満んの会、
演目は「子別れ(上)(中)(下)」の三席、なんと通しである!必聴。

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2016年9月13日 (火)

第281回 柳家小満んの会

今日は13日で、日本橋亭での小満んの会である。
朝から大雨だったが、午後は上がってくれて助かった。
天気も悪く、寄り道もせずに横須賀線で新日本橋へ。

三遊亭歌むい:鮑のし
柳家小満ん:高尾
柳家小満ん:嵩谷
柳家小満ん:佃祭

今回はちょっと…仲入り後の三席目で「佃祭」から。
江戸時代の佃祭は、六月の三十日(みそか)あたりと
決まっていて、新暦に直すと八月上旬ということになるが、
現在は八月六・七・八日で、時期は一致しているそうである。
祭りの当日、暮六つの終い船が沈んでしまい、その翌日から
与太郎が懐に三両の金を入れ、身投げを探して回るのだから、
少し月日が流れ、七月の上弦の月が頭上に煌々と輝いているが、
同様に新暦に直すならば、つまりは八月の下旬から九月の上旬、
ちょうど今頃ということになる。それで梨の季節ということなのだ。
与太郎が身投げと勘違いしたのは、戸隠様の歯痛の願掛けであり、
梨の実に所・名前、歯痛の場所を書いて川に流す。懐の中の物は、
重しの石ではなく、梨の実だったのだ。「佃祭」は祭の噺なので、
祭のシーズンで、盛り上がる初夏に演じられることも多いような?
そんなこともないのか?しかしこの噺に関しては、夏の終わりか、
秋祭りの感覚で聞く方がいいということに気付かされたのである。
祭好きの小満ん師匠は、佃祭にも参加するほど、精通しているし、
何より佃島の風景が見えているので、伝わってくる情景がまるで
違っている。私も佃島に行っているが、船着場があって、そこから
真っ直ぐに住吉神社への参道がのびていて、描写にもあったけど、
船から上がり、まずは住吉神社にお参り、それから獅子頭を見たり、
御輿を追っかけたり、佃の狭い路地を歩き回り、いつの間にか日は
西に傾いて、気付くと暮六つ(日の入り)の鐘が鳴り、慌ただしい…
祭の一日を感じながら、佃島を訪ねて聞くと100倍楽しいのである。
落語ファンの方は、とにかく一度、ぜひとも佃島に行ってみてほしい。
本当に素晴らしい場所である。今日の「佃祭」もすごくよかったので、
実は前の二席をすっかり忘れてしまった。必死に思い出すことにして、
「高尾」は、十一代あった高尾太夫の内、仙台高尾に関する噺である。
つまりは仙台の伊達様に身請けされたが、手痛く当たって降り続け、
高尾丸という太夫の名を付けた船の上で、吊るし斬りにされたという。
それが元で伊達政宗の孫、綱宗公は二十一の若さで隠居させられる。
二席目の「嵩谷」は、絵師高嵩谷(こうすうこく)の噺であり、こちらは
温州公の招きで、鍾馗(しょうき)様の画を描くという。しかしこの方が…
またたいへんな大酒飲みであり、嵩谷の腰を上げさせるのは一苦労、
そこが物語である。使者として迎えに来たお侍とのやりとりも面白さ。
以前に同じく大酒飲みの俳人で、関津富(せきしんぷ)の噺を聞いたが、
どこか似ているかも。そのイメージで聞くとさらにわかりやすくも感じる。
ということで、少し先になるが27日は、関内での横浜小満んの会で、
「名人昆寛」「男の花道」「鉄拐」の三席。名人・名医名優・仙人が登場。

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2016年7月21日 (木)

第134回 柳家小満んの会

もうまもなく梅雨明けだと思っているのだけど
今日は雨で、夕方にはきっとやむだろう…って、
結局、傘をさして、関内ホールに行ってきた。
横浜の小満んの会である。ホールの玄関で
ご案内ポスターを準備中の師匠にご挨拶。

柳家小はぜ:転失気
柳家小満ん:千両みかん
柳家小満ん:那智の滝
柳家小満ん:天災

夏の噺で三席である。「天災」は一年中、寄席で掛かるけれど、
「夏の雨は馬の背を分ける、にわかの夕立」で、ずぶ濡れに。
「那智の滝」で滝に打たれるところにも通ずるが、噺で涼しく。
小満んの会での「千両みかん」は、2009年の日本橋以来であり、
間に「棚卸し」で聞いていると思うのだけど、師匠のマクラが好き。
紀州から命がけでみかんを運び、財を築いた紀伊国屋文左衛門、
このように江戸のみかんといえば、紀州みかんだったのだが、
明治以降、種なしの温州みかんに代わり、その歴史が面白い。
みかんが香り出すようで、あるはずのない夏場のみかんへの憧れ、
現在のように一年中、冷蔵庫に何でも揃っていると演りにくいのだが、
季節外れ、時期外れというのが、重要なのだ。そこをふまえないと
番頭さんの苦労も報われない。猛暑の中で汗だくで、みかんを求めて、
江戸を彷徨い歩く…というイメージがあるけれど、今日の高座では、
それほど強調されず、雨で涼しかった天候にも左右されるのかも。
水菓子問屋は蔵で大量のみかんを腐らせており、べら棒な価格にも
実は説得力があるのだが、みんなが振り回されて、金の価値観を
見失って行くところは、少々、夏バテの夏ボケもあるのかもしれない。
普段、二朱の金にもうるさいお父つぁんが、倅の命には代えられず、
千両を安い!というところは、親子の情であり、そこに番頭さんが、
疎外感や仕える身の情けなさで、狂ってしまうところは悲劇かも。
そこまで考えることもないのだけれど、三房のみかんを三百両と
数えてしまうところが、この噺の傑作といえるところだなと面白い。
二席目は「那智の滝」である。去年の日本橋を聞き逃しているので
楽しみにしていた。落語の「袈裟御前」は地噺で進められていって、
脱線ばかりでもあり、上っ面を撫でているだけの印象もあるけれど、
今回は物語もより深く、講釈が元になっているのかもしれないが、
会の案内ハガキに平家物語の「文覚荒行」が紹介されていたので
小満ん師匠なので、おそらくそちらもじっくり参照して、いろいろと
盛り込まれているのだろう。長谷寺での修行で、追願…追願と
三七、二十一日の満願の日、文覚が突然に悪態をつきだして、
師匠も指摘の通り、「景清」の定さんにそっくりなところは面白い。
しかしそれらを乗り越えて、文覚上人が修業を極めていくわけで
那智の滝への道のりとしては、重要なのだなと考えさせられた。
そこで滝に打たれる場面だけど、なるほどこの蒸し暑さも忘れて、
噺のクーラーは効果絶大である。笑いは抜きに真剣に聞かされて、
こういう噺は大好きだ。きっと聞けば聞くほど味わいは増していく。
仲入り後は、師匠のお得意の「天災」である。何度聞いても楽しい。
婆あに離縁状をくれてやる!あんなのは、お袋ではない…って、
大家さんとのやり取りが面白いのだが、結局、親父の嬶だって。
八五郎さんと呼ばれたら、自分とはわからず、八つぁんでなくては、
通じない…八五郎の間抜けぶりは天下一品としかいいようがなく、
「天災」って、隙なく笑いが仕掛けられているのであり、最高だ。
もちろん熊五郎のところに行って、オウム返しで失敗する場面、
そこが頂点なわけだけど、これぞ落語という感じである。堪能!
ということで、次回は9月27日(火)の第135回 柳家小満んの会、
演目は「名人昆寛」「男の花道」「鉄拐」の三席である!楽しみだ。

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2016年7月13日 (水)

第280回 柳家小満んの会

今日は13日で日本橋亭での小満んの会である。
雨の予報で、昼過ぎはしばらく降っていたのだが、
出掛ける頃にはやんでくれて、傘は持っていたけれど、
降られずに済んで助かった。横須賀線で新日本橋へ。

柳家小はぜ:牛ほめ
柳家小満ん:てれすこ
柳家小満ん:高田の馬場
柳家小満ん:鰻の幇間

今回の三席で共通項というと「変わる」ということであろう。
「てれすこ」では、魚の名前が変わる。珍魚「てれすこ」が、
干物になったら「すてれんきょう」になる。イカとスルメ的な。
続く「高田の馬場」では、敵(かたき)同士と思っていたら、
がまの油売りの姉弟は、侍の娘と息子なのであり、茶番。
からくりがわかった瞬間、敵が味方になって、酔った侍は
敵討屋だと名乗る。浅草奥山での一幕は、客寄せの芝居。
お馴染みの「鰻の幇間」では、贔屓の旦那と思っていたのが、
すっかり騙され、逃げられてしまうのであり、鰻を三人前、
「お土産(みや)に持って帰った」と聞かされ、思わず一八は、
「敵ながらあっぱれ」と漏らし、味方と思っていた旦那は、
敵となってしまうのだ。というか、すべては思い込みと勘違い。
「てれすこ」では、「所変われば、品名が変わる」というので、
知識の豊富な師匠が、各地の呼び名の違いを様々に紹介、
たくさん可笑しな名前が出てきたところで、ここで「てれすこ」。
でもこの噺、改めて気付いたのでは、捕えられた旦那を思い、
おかみさんが火物断ち(火を使ったものを食べない)をして、
そのお陰もあって、無罪放免に亭主の身は助かるけれど、
それもそのはず、干したイカをスルメといってくれるなの遺言、
火物と干物を掛けて、「あたりめえ(あたりめ)」って、面白い。
細かいところは忘れてしまったが、このオチは好きである。
「高田の馬場」では、両国広小路の見世物興行で「鬼娘」から、
そして大道商いのがまの油の口上となり、そのまま噺に入る。
「高田の馬場」は生で聞くのははじめてだ。昔の録音では、
彦六の正蔵師匠だった気がするのだけど、どうも見当たらず、
すると三代目の金馬師匠かもしれないけれど、聞いたのだが、
あんまり面白くなかったのか?すっかり記憶になくて、しかし
今日の小満ん師匠のでは、すごく引き込まれたので、情景が
いかに目の前に広がるか?それは実演で見ているというのも
重要なのかもしれないけれど、絵になっているか?そこである。
それに毎回いっていることだが、マクラでの情報量で決まる。
見世物興行や大道芸、そして大道商い、その解説と実演、
それによって、聞いている人が見たことある気がしてきたら、
噺に入れる。縁日のテキ屋さんの商い方は、寅さんなどでも
多少は知っているので、記憶の中にイメージぐらいはあるか。
「高田の馬場」は志ん朝師匠の録音が残されていたと思うので
音源で聞くならば、そちらがいいのかもしれない。きっと面白い。
仲入り後は「鰻の幇間」である。小満ん師匠でも何度か聞いて、
改めていうまでもなく最高だ。羊羹の陸釣り(おかづり)もあって、
本寸法だけど、一八が鰻を食べるところで、小骨が歯に挟まり、
苦労をして、嫌な顔をする。これは志ん生師匠の仕草だそうで、
小満ん師匠の「鰻の幇間」は、完璧なまでに文楽師匠の型だが、
でも今日はちょっと遊び心があって、師匠も楽しんでいたのかも?
「鰻の幇間」は大好きである。「つるつる」とか「愛宕山」もだけど、
師匠の一八は、なんともいえなく魅力のキャラ。原型は黒門町だが、
でも聞けば聞くほど、小満んスタイルの一八が見えてくる気がする。
ということで、来週の木曜日(21日)は、関内での横浜小満んの会、
「千両みかん」「那智の滝」「天災」の三席。一週間後が待ち遠しい。

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2016年5月19日 (木)

第133回 柳家小満んの会

今日は横浜の小満んの会で夕方から関内へ。
「ちょいと早いけど」って、おかみさんの開場で
その少し前に到着して、入口で並んでいた。

春風亭一猿:道灌
柳家小満ん:がまの油
柳家小満ん:馬の田楽
柳家小満ん:抜け雀

一猿さんの「道灌」にちなんで、昔の名人による興味深い話から。
黒門町の文楽師匠が前座のときに最初の一年は、「道灌」しか
教えてもらえず、当時の寄席は、噺家が歩いて移動していたので、
穴が空くことも多かったそうだが、文楽師匠は「道灌」ひとつしか
できなかったので、一日に同じお客さんの前で「道灌」を三回も
演じたことがあったそうである。お客も気まずく、聞いていないし、
やめたくなっちゃったそうだが、すると…「おい、若いの!」って、
切れるようなお札で、一円札を三枚、三円のご祝儀をくれたという
そういう粋なお客さんがいたそうなのである。「道灌」一席が一円だ。
生真面目な文楽師匠なので、きっと一所懸命に喋っていたのだろう。
三度とも…同じように…手を抜かず。見ている人はちゃんと見ている。
同じく名人の盲(めくら)の小せん(初代小せん)もやはり前座の頃、
「道灌」ひとつで一年を演じ通したらしい。ネタの多い三代目圓馬は、
毎日、別の噺を演じていたが、小せんには敵わないと褒めたとか。
昔の名人の話って大好きなのだけど、そういうところにはじまって、
今回の三席に共通のテーマはあるのか?って、考えていたのだが、
特に思い浮かぶところはなくて、聞いていても気付かなかったし、
素直に行くならば、がま(蛙)、馬、雀で、生き物シリーズという。
ついでに最初に上がったのがお猿さんで。他に何かあるのかも?
なんて深読みしたくなるけれど、おそらく師匠は関係ないと仰る。
「がまの油」は、前半のがまの油売りの口上で聞かせて、それが
後半、酔っぱらったために大失敗して、壊れたところで笑わせる…
でもそれに関しては、大して面白い噺でもなくて、しかしそこで
マクラで昔の縁日の見世物小屋の様子が語られて、それがいいと
大道商いの情景、そのイメージも膨らむのか?「がまの油」って、
素晴らしいのだ。今回はお馴染み「蛙娘」の呼び込みにはじまって、
「べな(逆さ鍋)」「大笊小笊(大猿小猿)」「六尺の大イタチ(板血)」。
二席目は「馬の田楽」で、師匠のこの噺は二度目だが、私は好き。
見るからに田舎なのだろうけど、風景に合わせて、登場人物も
その全員がのんびりしているという。でもここでの馬子さんは、
馬が姿を消すと大慌てになり、そこで他の人物たちが、まるで
嫌がらせのようにゆっくりとした対応で、ますます慌てるのだが、
そこが面白い。こんなに抜けている人もいるか!って、じいさん、
ばあさんばかりだけど、噺の中でも地方は高齢化しているらしい。
そして「抜け雀」だが、後半は小満ん師匠のアレンジが絶妙で、
一文無しの絵師は、駿河の城に画(襖絵だったか?)を描きに
小田原を立つという設定。画を仕上げて、たっぷり礼を貰って、
それで江戸への戻りは、立派な形(なり)をしているのである。
雀の画を見に来た父上が描くのは鳥籠ではなく、呉竹であり、
竹に雀の画になって、小田原城主、大久保加賀守は、その画に
二千両の値を付けたが、旅籠の主人は、絵師にこの画は売らず、
家宝にするという。文無しの絵師は、今度は懐も温かくなって、
早速に泊まり賃の前の五両、今度の五両、それに祝いで五十両、
しめて六十両を払うが、主人は「こんなにはいただけません」と
すると「ほんの雀の涙である」というオチである。五羽の雀に
黒々と呉竹の画が描かれていると…そこで文無しの絵師は、
衝立の裏に讃をして、さらには狂歌で「旅人は雪呉竹の村雀、
止まりては立ち、止まりては立ち 文無」と書く。描き足すところで
止まり木はわかるけど、鳥籠を描くというのはおかしいと思っていた。
雀が画から抜け出る…といっても鳥籠の画に二千両はどうも変で
狂歌に絡んでの呉竹だけど、画として、この方が合理的である。
またサゲが「籠描き」でないので、マクラにおいても街道の雲助で
駕籠舁きが忌み嫌われた…というのは、なかったことに後で気付く。
そして文無しの注文通り、旅籠のおかみさんがすっかり愛想よく、
客扱いがよくなったのも愛嬌だ。この辺の工夫はさすがに師匠!
ということで、次回は7月21日(木)の第134回 柳家小満んの会、
演目は「千両みかん」「那智の滝」「天災」の三席である!楽しみだ。

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