2019年1月21日 (月)

第149回 柳家小満んの会

駒六さんは去年の1月の会にも出ていたそうで
ちょうど一年前のあのときは、大雪でたいへんだった。
吉野町から関内に戻ってきて、今回は快晴の満月だ。

金原亭駒六:不精床
柳家小満ん:天狗裁き
柳家小満ん:ふぐ鍋
柳家小満ん:紺屋高尾

「天狗裁き」はやはり初夢の正月バージョンであった。
正月二日、枕の下に宝船の絵を敷いて、寝かされる。
「天狗裁き」の正月版で「羽団扇」という噺があるのだが、
師匠はそちらも演じているけれど(2011年1月の関内)、
その「羽団扇」を「天狗裁き」に戻したような仕上がりだ。
天狗から羽団扇を取り上げて、上空高くに舞い上がり、
見事に逃げ果せるが、落ちたところが宝船というのも
枕の下に敷いているので、理に適った展開である。
弁天様が一所懸命に起こしてくれるが、それが次第に
雑なおかみさんへと変わって、「羽団扇」とも共通で
そこが好きである。それで「どんな夢みたの?」となる。
続いて「ふぐ鍋」だが、師匠で聞くのははじめてだ。
この噺はどうも短そうで、マクラではふぐの毒に関する
講義をたっぷり。ふぐに関して勉強するきっかけがあり、
するとこの噺への愛着も深まり、そうした師匠の想いが
ひしひしと伝わってくる。この噺もいかにもという幇間が
活躍するけれど、小満ん師匠の一八は本当に最高だ。
乞食の毒見も済んだと思い、美味しい、美味しい…と
一気にふぐ鍋を頬張るのだが、その様子はもう絶品。
ご飯を入れ、卵をかけ、締めは雑炊に仕上げるのだが、
湯気が立ち上って、晩飯前の空腹には何とも耐え難い。
仲入り後は「紺屋高尾」であり、2013年1月の日本橋で
聞いており、早いもので6年が過ぎていることになる。
「幾代餅」の方がよく聞いている気がするが、こちらは
ちょっと久しぶりな気もして、改めて今回、聞いてみると
「幾代餅」と同じのようで、意外に細々、違っていた。
紺屋の職人の久蔵さんが患いつくのだけど、話を聞き、
恋煩いを言い当てるのもお玉が池の先生(藪医者)で、
高尾太夫に会わせてやるからと励ますのも先生だ。
親方は後で先生からこっそりと報告を聞くだけであり、
おかみさんに限っては登場もない。「幾代餅」と違う。
「来年三月…」で腑抜けになってしまうところもなく、
紺屋の久蔵は、その点、しっかりしていて、現実的。
しかし三年働き続けて、それを一晩で使い果たそうと
そこまでする久蔵の振る舞いが理解に苦しむのと
昔の人は、そこまで純粋だったということなのだが、
ならば一層、ズレを感じるところであり、その一方で
高尾はというと久蔵の想いを知り、今夜の支払いは、
私の方で何とか用立てるからと十両の金は大切に
所帯をもったときのために蓄えておいてほしいと
持ち帰らすのである。太夫の賢明さは素晴らしい。
久蔵も先生も親方もここでの登場人物は、みんな、
ちょっとおかしいので、高尾太夫の言葉は救いだ。
ということで、次回は最終回、2019年3月16日(土)、
「長屋の花見」「狸の鯉」「らくだ」の三席。14時の開演。

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2019年1月13日 (日)

第295回 柳家小満んの会

今年最初の小満んの会である。日曜日の開催で
それも三連休の真ん中だ。寄席は正月二之席で
落語の方では、まだまだこの時期、正月であり、
今日の噺も「御慶」だけど、正月気分って最高。
実際は、世間はもう新年の祝いでもないけれど、
終わるとすっかり現実に引き戻されるのであり、
その点では、この二時間って、本当に格別だ。
日本橋亭の入口にも正月飾りが付いていた。

金原亭駒六:元犬
柳家小満ん:弥次郎
柳家小満ん:二段目
柳家小満ん:御慶

今年は「弥次郎」から。途中で思い出したのだが、
南部の恐山の山賊の後、イノシシが出てくる。
猪の子供が16匹、シシ(4×4)十六ってギャグ、
そういうことだったのか。今年の「亥年」、干支で
「弥次郎」なのである。ここでのホラ話、嘘つきって、
落語的ということだが、センスがよくて何とも好きだ。
寒くて寒くて、水も氷り、湯も氷り、氷った湯をかじると
お腹の中で溶けだして、煮えたぎった熱湯になる。
火事の燃え盛る炎があっという間に氷って、それを
鋸で切り出し、持ち帰ろうとするが、南部の辺りで
すっかり陽気がよくなったものだから、炎が溶け出し、
荷を引いていた牛車が焼ける。消してくれ!というが、
それも無駄、というのも「焼け牛に水」というギャグ。
後半は「道成寺」のウソになったが、それにちなんで
逃げられて「安心した」と「安珍」を掛けたオチである。
続いて「二段目」、つまりは「忠臣蔵」に絡んでの噺。
これは圓生師匠などの録音がある「芝居風呂」かと。
でも喧嘩の内容で忠臣蔵の松の廊下でもめるので、
そこが少し違っているようで、速記本に残っている、
小満ん師匠のは、「二段目」という噺であるらしい。
詳しいことはわからないが、そういうことも書いてある。
風呂場での喧嘩に巻き込まれまいと帰ろうとする客が、
「着物はどこだ?」「棚の二段目」というオチであり、
これは「どこから落ちた?」「七段目」に似ているかも。
仲入り後は、新年の噺の代表ともいっていい「御慶」、
今しか聞けない。師匠の「御慶」はこれで四度目かと
この数年、定期的に演じられていて、よく聞いているが、
何度聞いても面白い。富くじで江戸時代の設定であり、
するとオチは「恵方詣り」でないといけないというのは、
以前も書いているが、「初詣」の言葉が広まったのは
明治の後半のことで、ここでの年末年始の風景って、
当時のことがいろいろとわかるのである。挨拶に来て、
それは二日以降のことかもしれないが、出入りの者は、
何軒も旦那方をまわって歩いて、つまり上がりこんで
振る舞い酒に酔っぱらっていては、しくじってしまう。
それで、正月も過ぎて、日が長くなってきたころには、
また改めて伺うことにいたしますと「永日」なのである。
日本人の新年に対する思いや風習って素晴らしい。
考えれば考えるほど、「御慶」は魅力的ではないか。
ということで、21日の月曜日が横浜の小満んの会、
「天狗裁き」「ふぐ鍋」「紺屋高尾」、再び関内ホール。

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2018年12月15日 (土)

川瀬忍展~小満ん 落語の会

川瀬忍さんを紹介して下さったのは小満ん師匠だが、
何年か前に個展に伺って、その色も形も感動してしまい、
陶芸に興味があったわけではない私が、そのときから
すっかりファンになってしまったのだから、素晴らしい。
いつも案内状を下さって、行かせていただいている。
今回は港区虎ノ門の菊池寛実記念 智美術館で
これまでの作陶50年を振り返る展覧会(~3/24)で
今日はナイト・ミュージアムの小満ん師匠の落語会。
作品を見せていただいた後、18時30分から落語。

「日本文化の間を体験する」
柳家小満ん:夢の酒
対談:柳家小満ん×川瀬忍

川瀬さんは実にいい酒(勧め上手の酌上手)だそうで、
やはり「酒」がよかろうと「夢の酒」を選んだそうである。
「橋場の雪」は逆に聞いたことあるのだが、意外にも
師匠の「夢の酒」って、おそらくはじめてだ。有名な噺は、
かえって聞いたことなかったりするもので、その点では、
うれしい。聞けてよかった。若旦那とおかみさん、そこに
大旦那が加わって、さらには夢の中の情景もあるけれど、
夢の中の浮気ごとにヒステリックに騒ぎ出すおかみさんで
その嫉妬深さが物語の展開を形作っていくと思うのだが、
目に浮かぶようであり、今回は落語のお客ばかりでなく、
川瀬さんの陶芸ファンも多かったと思うので、これならば
みなが楽しめて、落語の魅力が伝わったのではないかと。
落語の後はトークショーだが、これが目当てのところもあり、
話題に上ったことは概ね知っている感じだったと思うけど、
こういう対談が貴重なことで、生で聞けたのは喜ばしい。
いい言葉がたくさんあったのだが、でも終わって、改めて
いま冷静に考えてみるとやはりイベントの前に鑑賞した
川瀬さんの作品のことを思い出すのである。それが一番、
大きいのだ。師匠は花を添えたのであり、主役は作品。
鑑賞にイベントと楽しんで、この年末によい一日だった。

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2018年11月21日 (水)

第148回 柳家小満んの会

吉野町での小満んの会は今回で最終回だ。
来年の1月と3月は、関内ホールに戻る。
そしてその3月16日の会が150回記念で
平成の終わりとともに横浜の会もついに終了。

三遊亭歌つを:子ほめ
柳家小満ん:近日息子
柳家小満ん:粗忽の使者
柳家小満ん:富久

今回の三席も笑いがたくさんですごくよかったのだが、
先回りして失敗する「近日息子」と粗忽者は健忘症で、
慌てて出掛けたものだから大失態の「粗忽の使者」、
「富久」も早とちりで大騒ぎとなるのであり、どことなく
方向性では共通のものが感じられて、その早とちりで
今回の三席はまとめられている気がする。よい流れ。
小満ん師匠の「近日息子」ははじめて聞いた。記録で
2002年に日本橋、2003年に関内で演じられているが、
近年、他の会で演じられているか?その辺は不明だ。
与太郎が相変わらずのバカをして迷惑をかける噺だと
思われているけれど、その愚か者をずっと見守っている
お父つぁんの存在があり、親子の噺であるともいえて、
実にいい。小満ん師匠のお父つぁんは穏やかな印象で
与太郎の愚かさを受け入れて、どこか諦めているような。
「近日忌中」と近日って書いてあるという、そういうところは
頭が回って、ただのバカではないのであり、むしろ天才?
とまではいわなくても真っすぐで、実に素直なのである。
そういうところを大切にしたいし、すると噺も変わってくる。
「粗忽の使者」は、2012年11月の関内で聞いている。
六年ぶりにということになる。他の演者でもよく掛かるし、
いろいろ聞くとさすがに前回のことは忘れてしまったが、
こんなに面白かったっけ…というぐらいにたくさん笑った。
使者の地武太治部右衛門と迎える田中三太夫さんで
お侍のやり取りだが、そこに職人の留っこが加わるので
それで一段と可笑しくなる。治部右衛門の粗忽っぷりは、
とにかく突拍子もなくて、それは面白いのだが、留っこの
命知らずの振る舞いも奇想天外。侍と町人が隔てなく、
楽しいやり取りをしているのって、実に気持ちがよくて、
「妾馬」や「松曳き」などもそうだけど、落語の中だけの
理想郷なのかもしれない。現実はありえなかったのか?
私は「富久」が大好きで、中でも小満ん師匠が一番だが、
師匠も毎年一度は演っているので、何度か聞いている。
それが何度聞いても魅力的だ。劇的な展開でハラハラ、
緊迫感のある噺だけど、大袈裟にならないよう努めて、
サラっと聞かせていたようだけど、実に華やかである。
文楽師匠の型が、小満ん師匠に受け継がれているが、
久蔵さんが何とも人間味があっていい。こういうところは、
文楽師匠の最大の遺産だけど、小満ん師匠も大切にして、
そこは心得ているので、本当に宝物のような「富久」である。
ということで、次回は2019年1月21日(月)の第149回、
「天狗裁き」「ふぐ鍋」「紺屋高尾」の三席。楽しみである。

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2018年11月13日 (火)

第294回 柳家小満んの会

13日で小満んの会である。夕方から日本橋へ。
横須賀線が品川で人身事故であり、東海道線で
新橋からは銀座線で三越前に向かおうとしたが、
そのルートの方が正規であり、時間も早いのである。
メトロに乗り換えで高いのだが、こういう日は仕方ない。

三遊亭歌つを:牛ほめ
柳家小満ん:風呂敷
柳家小満ん:大仏餅
柳家小満ん:三井の大黒

今回の三席は、共通ではないのだが、布(風呂敷)を
さっと取るというので、「風呂敷」と「三井の大黒」に
似た場面があり、大黒様の目が開く、政五郎には
そう見えたのだが、開眼するというので「大仏餅」に
関係してくる。その辺で繋がっている気がするのだが、
まあ、例によって考えすぎで、それは偶然であろう。
お馴染みの「風呂敷」だが、寄席でもよく掛かるけど
師匠で聞くのははじめてである。小満ん師匠のでは、
お得意の「厩火事」と同じパターンの展開なのであり、
雰囲気もよく似て、その辺でわかりやすく、楽しめる。
逆に文楽師匠の得意ネタで小満ん師匠にとっても
重要な噺であろう「大仏餅」は、他であまり聞けない。
そんなに面白い噺でもないと思っていたが、そういう
笑いの噺ではなくて、気付かないところで人と人との
つながりがしっかりと存在しているのであり、目が開く
最後のところでの感動もあるし、文楽師匠らしい噺で
そのイメージが湧いてきたのは小満ん師匠だからだ。
今日、聞いての印象にもより文楽師匠の「大仏餅」が
改めて聞いてみたくなった。違う聞き方ができそうだ。
師匠の「三井の大黒」は二度目で、2012年11月の
関内での小満んの会で聞いている。六年ぶりか。
普請場で板を削るのは、小僧上がりの仕事だそうで、
客人の扱いの職人にそれをさせるのは失礼であり、
という前提があるのだが、ポンシュウも一日かけて、
板を削り、挙げ句、二枚を一枚にしてしまうというのも
皮肉なことではないか。火事の後で年末なのであり、
忙しく人手が足りないというのになんと無駄なこと。
左甚五郎はのんびりとした性格でそんなにひねくれた
嫌味な人でもなさそうだが、どういう意図だったのか、
そこだけ不思議。後半の大黒様を彫り上げるところで
大工が小遣い稼ぎに道具や縁起物の木像を彫るのは、
歳の市で売るためであり、つまりここは年末に向けて、
年の瀬の風景や空気の感じられるところなのである。
師匠の「三井の大黒」は、二回とも11月の会で聞いて、
まさに今年の締めくくりである。甚五郎が彫った大黒様に
光が当たると目がパッと開く…という、何ともおめでたく、
「三井の大黒」って、やはりいい噺である。後味がいい。
ということで、来週21日の水曜日が横浜の小満んの会、
「近日息子」「粗忽の使者」「富久」の三席、楽しみである。

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2018年10月31日 (水)

末廣亭余一会 小満ん独演会

今年も10月余一会の小満ん独演会に行ってきた。

三遊亭あおもり:十徳
柳亭市弥:粗忽の釘
柳家一九:寄合酒
柳家小満ん:妾馬
古今亭文菊:権助提灯
-仲入り-
柳家小満ん:呼び継ぎ
柳家小菊:俗曲
柳家小満ん:坊主の遊び

あおもりさんが「十徳」で、私はこの噺が大好きである。
比較的珍しい噺だと思うのだけど、何回かは聞いていて、
一石橋の由来が出て来て、橋が流されて、川の両岸の
後藤さんと後藤さんがお金を出して、復興をしたので
名前を残そうと「五斗と五斗で一石」の話が出てくる。
小満ん一門から一九師匠が出演で「寄合酒」だった。
鯛を捌いていると犬が寄ってきて、兄貴分に追っ払えと
「食らわらせてやれ!」と言われるのだか、すると鯛を
食らわせてしまって、なくなってしまったのには笑えた。
これはあまり聞いた記憶がないのだけど、逆に鰹節で
出汁をとって、出汁の方を捨ててしまうのはなかったし、
よく聞ける「寄合酒」とは少し違った型のようで、新鮮。
小満ん師匠の今回のネタ出し「妾馬」は、一席目に登場。
お大名が町人の娘(お鶴)を見初める井戸替えの場面と
後半の八五郎が士分に取り立てられ、使者に行く場面、
馬が暴走し「文箱を抱え、火急のこと、どちらまで?」
との問いに「馬に聞いてくれ!」のオチまで。本寸法だ。
2011年の日本橋亭の小満んの会では、この形だったが、
2014年の関内では「八五郎出世」で、酒を馳走になって、
八五郎が酔って、陽気に歌うのは少々短縮版だったが、
馬に乗って使者に行くオチはありだった。それも4年前。
仲入り後は、新作の「呼び継ぎ」で、これが聞けたので、
今日はもう大満足である。2014年の棚卸しで聞いている。
面白かった。久しぶりの二度目だが、より楽しめたのは、
陶芸に関して、少しだけ知識が増えて、親しめたのかも。
前に聞いたときは、呼び継ぎの手法も知らなかったので、
噺で聞きながらその辺は想像していたのだろうけれど、
それに徳利の作者で「仁清(にんせい:野々村仁清)」も
その後、作品を見てきたので、一晩、水に浸けていたら
底にあった銘がなくなってしまったには、大笑いである。
そして三席目は「坊主の遊び」であった。これは珍しい。
この十年間ほどの小満んの会では出ていないのだが、
別の会では、何年か前に演じられているらしい。私は
小満ん師匠の「坊主の遊び」は、はじめてだったので
こちらも聞けてよかった。ちょっと調べてみたのだが、
2006年の関内で演じられている。と思ったら違った。
2015年5月の日本橋で出ていた。行けなかったので、
私が聞いていないだけだった。失礼。坊主の花魁は、
その後、どうなってしまうのだろうと考えると気になる。
少々ブラックな噺だけど、落語と思えば許されるのか。
しかしこういった花魁に仕返しする噺ってあるけれど、
実は意外に本当にあったことなのか?落語の中で
そういう意趣返しを果たし、気持ちを静めていたのか?
どちらにしても面白い。剃刀は持ち歩かない方がいい。

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2018年9月20日 (木)

第147回 柳家小満んの会

横浜での小満んの会で夕方から吉野町へ。
思ったよりもひどい雨で駅に着くとずぶ濡れ。
気温は低く、寒いぐらいだが、歩くとまだ暑い。

金原亭小駒:強情灸
柳家小満ん:お見立て
柳家小満ん:疝気の虫
柳家小満ん:試し酒

三席ともすごくよかった。明るく楽しい噺ばかりである。
機会も多いお馴染みの「お見立て」だが、師匠で聞くのは
今回がはじめてだ。いま風な感じとはどこか違って古風。
師匠が教わったときの当時のスタイルをしっかり守って、
その空気感が何か独特であり、ここでもそれが心地いい。
田舎から通ってくるお大尽は、信州のお方だそうである、
汽車で上野に着くと旅館にも立ち寄らずに喜瀬川の元へ
真っ先にやって来るという。いかにも明治の雰囲気だ。
長野まで鉄道が開通しており、碓氷峠を便利に越えて、
毎月、東京にやって来る(信州のお大尽は毎月来る)
というと思い浮かべるイメージとは違って、大正かも?
また喜瀬川は、御職の花魁だそうである。それゆえの
気位の高さかもしれないが、ならばいくら金を積んでも
信州のお大尽が相手にされるわけがない…ということ。
その辺の細かな設定って、あまり聞いたことがなかった。
喜助が上手に言い訳をしていくのだが、それを上回る
お大尽の強引な追及に詰めの甘さが露呈して、そこは
若い衆のいい加減さによるものだけど、やはり面白い。
そして小満ん師匠の「疝気の虫」というのもはじめてだ。
「虫が起こる」「腹の虫がおさまらない」などなど、虫も
いろいろあって、そこから秋の虫の鳴き声の話題となり、
この9月に「疝気の虫」が出たのには、理由があった。
先生も秋の夜長で、書見の最中にウトウトしてしまう。
他のでは、疝気の研究をしている先生ということに
なっていたようにも思うのだが、小満ん師匠のでは、
そこまで専門に研究しているのではなく、患者の中に
疝気もちがいて、その治療について気になっている、
という程度、親切なお医者ならば、ありそうなことかと
そこがいい。サゲについては、疝気の虫は陰嚢に隠れ、
そこを別荘と呼び、蕎麦につられて、おかみさんの口に
飛び込むのだが、唐辛子の汁を飲まれたものだから、
逃げようものにも別荘がないという考えオチである。
仲入り後、三席目は「試し酒」であった。こちらの噺は
日本橋で数年前に聞いている。今回もすごくよかった。
以前も書いていると思うけど、五升の酒を飲むのに
一升の盃で五つの場面で構成されているのであり、
それぞれに見せ場、物語があって、よくできている。
特に好きなのが、四升目はそれまでと様子が変わり、
久蔵の飲み様を見ながら、旦那の方が酒の蘊蓄で
冷静を装いながらもその豪快な飲み方に驚かされて、
旦那の口を借りて、その情景が伝わってくるのだ。
昭和初期の新作落語であり、いまはもう古典だけど、
多くの演者によって、研きに研き抜かれていると思う。
酒飲みの見せ場もあって、賑やかに盛り上がった。
ということで、次回は11月21日(水)の第148回、
「近日息子」「粗忽の使者」「富久」の三席。楽しみだ。

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2018年9月13日 (木)

第293回 柳家小満んの会

13日で小満んの会である。夕方から日本橋へ。
この数日、涼しくなったと思ったら、今日はまた暑い。
日本橋に着いて、開場までの時間、汗が流れていた。

柳家小はだ:たらちね
柳家小満ん:近江八景
柳家小満ん:駒長
柳家小満ん:三十石

どうも西に向かう三席だったような。気のせいか?偶然。
花魁からの文に近江八景が読み込まれている「近江八景」、
上方者の丈八と大坂に逃げる「駒長」、そして京伏見から
淀川下りの「三十石」である。「近江八景」は難解な噺だ。
最初に近江八景について、そして八景に含まれていない
膳所(ぜぜ)の説明があって、それを頭に入れないと
オチもわからないのだが、今回、ひとつ気付いたことは、
近江八景の「暮雪」「晩鐘」「夜雨」「落雁」「晴嵐」といった
呼び名が、地名を変え、こちらで馴染みの「金沢八景」と
同じであり、「八景」とはそういうものかとよくわかった。
「ぜぜ」とは「銭」のことかと思ったが、子供は銭のことを
ぜぜというそうで、それを掛けていると説明を見付けた。
近江八景を後半の噺の核心に取り入れているところで、
八卦と掛けて、易者、占い者が登場するのかもしれない。
「駒長」は好きな噺だが、でも考えてみると美人局であり、
企みについては、ひどいことである。江戸落語によくある
上方者をバカにして、でも真っすぐな丈八に心を動かされ、
お駒さんは出て行ってしまうのであり、長兵衛の間抜けさ、
その辺の抜けっぷりがおかしく、角のない噺となっている。
サゲでは江戸の名物、烏にまで、あほ~とバカにされる。
仲入り後、「三十石」である。師匠の「三十石」は大好きだ。
最初に黒門亭で聞いて、棚卸し、関内と今回で四度目。
思ったよりもよく聞いている印象。この数年、定期的に
演じられているような気がする。旅の風景で夏が似合う。
川面に照らされる東の空に昇ってきた月、夜も遅くなり、
すると満月ではなく、二十三夜の下弦の月のようだが、
噺の中では、明かりのない船の中が、月に照らされ、
すると満月のイメージ、今ならば、中秋の名月であろう。
しかし夜明けが早く、空が白んでくる描写が美しいが、
もう少し夏至に近いような感覚であり、旧暦の八月で
ちょうど今頃の季節よりもう少し夏本番といったところか。
でも師匠が9月の会にこの噺を選んでいるということは、
夏の名残を感じつつ、中秋の名月なのかもしれない。
そこは勝手な推測で三十石船の川風が心地よかったが、
ということで、来週20日の木曜日が横浜の小満んの会、
「お見立て」「疝気の虫」「試し酒」の三席、楽しみである。

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2018年7月19日 (木)

第146回 柳家小満んの会

横浜での小満んの会で夕方から吉野町へ。
出るのが少し遅くなってしまって、この暑さで
汗かきながらヘトヘトになって会場に到着。

春風亭朝七:のめる
柳家小満ん:道具屋
柳家小満ん:麻のれん
柳家小満ん:付き馬

小満ん師匠の「道具屋」は、髭抜きやお婆さんの木魚で
長い型だが、教わったのは五代目小さん師匠なのだけど、
四代目小さんの「道具屋」だそうである。目白の師匠は、
自分が四代目から教わった通りに稽古を付けてくれたと
以前にお話を聞いたことがあった。四代目の型の特長は
与太郎が洒落ていて、台詞の一つ一つで気がきいている。
36歳の与太郎は、与太郎なりに人生経験を積んでいる。
おじさんに元帳をもらって、儲け方を教わり、儲かった分で
旨いものでも食ってこいといわれるのだが、天婦羅の屋台が
出ていて、客の冷やかしに付き合って、時間ばかりが過ぎ、
だんだん腹が減ってきて、無茶に儲けようとするところが
面白い。元帳で五円の小刀を客は三円で買うといい出すし、
ガラクタ同然の品物で、刃先が痛んで、「先が切れなくて、
元が切れてしまいます」というオチ。ここも難しいことを
いっていて、与太郎の馬鹿と天才は紙一重なのであり、
四代目小さんの凄いところだ。「お雛様の首が抜けます」
「値は?音はズドーン」とかだと与太郎はかわいらしい。
今日の「道具屋」「麻のれん」とこれらは「棚卸し」で
聞いているのだが、師匠の「麻のれん」も洒落ている。
それは按摩の杢市さんが、枝豆で直しを飲む辺りだが、
今回、聞いて、この噺は夏だなって強く感じたのは、
蚊帳の中に上手く入れなくて、蚊に刺されるところである。
暑い夏の夜がすごく伝わってきた。蚊帳が重要であり、
それはわかっていたのだけど、なぜか蚊の飛び交う音に
夏を感じてしまった。ちょっと皮肉なことのようにも思うけど、
それだけ蚊に悩まされている。そういうことかもしれない。
「付き馬」は、2013年の日本橋の会で演じられていると
記録してあるが、私は聞き逃して、師匠でははじめて聞く。
吉原の若い衆が、客に引っ張りまわされて、大門を出て、
浅草まで来て、観音様にお参りして、最終的に田原町で
早桶屋さんのところまで来るのだが、浅草の描写では、
他の噺家さんとはかなり違っている。粋で通な浅草案内。
雷門が慶応の火事で焼けて、再建されず、門がないのに
雷門と呼ばれているというところに時代が感じられるが、
昭和35年に再建されるので、つまりは明治から大正、
それか昭和の初期、前半という感じで、朝飯の湯豆腐が
二人前で五円弱という感じだから、昭和なのだろうけど、
一晩、盛大に遊んで、五十円、巨大な早桶の木口代、
つまり材料費だけで二十円とそこに雰囲気を感じる。
最後の早桶屋さんのところでちぐはぐな会話ながら
「拵える、拵える」と見事に若い衆が騙されてしまって、
その辺はとにかく面白いのだが、極悪ながら傑作!
ということで、次回は9月20日(木)の第147回であり、
「お見立て」「疝気の虫」「試し酒」の三席。楽しみだ。

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2018年7月13日 (金)

第292回 柳家小満んの会

13日で小満んの会である。夕方から日本橋へ。
横須賀線で新日本橋へ行ったが、電車を降りて、
駅構内は暑いし、地上へ上がってくるとさらに暑く、
この蒸し暑い空気で、それでなくても体力消耗。

春風亭朝七:牛ほめ
柳家小満ん:浮世床
柳家小満ん:化物娘
柳家小満ん:涼み船

小満ん師匠の「浮世床」を聞くのは、今回がはじめてで、
寄席版とは違って、いろいろな挿入もあって、本と夢の間に
将棋の場面があり、駒の進め方で差しながら洒落をいい合う。
夢の後、髪結の親方が、代金を置かずに帰った者がいると。
畳屋の職人だから、とってきてやるということになるのだが、
「畳屋だけに床を踏みに来た」というオチ。畳の芯が畳床で、
藁やら土を踏み固めて作るのであり、畳屋の用語としては
イメージできるのだが、「床を踏む」で調べてみたのだが、
よくわからなかった。「太閤記」を読み上げる本の部分は、
くどくてしつこく、あまり好きじゃないのだが、でもなぜか?
小満ん師匠だと不思議に素直に笑えた。つかえて先に
進めないというのではなくて、読み違えて、間違えている、
音が異なると意味まで違ってきて、そうした言葉遊び的な
もって行き方なので、そこが重要なのかも。しつこくって、
もういいと不愉快になってくるのは、吃音的な演り方だ。
「化物娘」は、「本所の七不思議」のひとつだそうである。
実は行く前にちょっと検索してみたら、あらすじが出てきて、
つい読んでしまったものだから、話をしっかりなぞって聞いて、
年頃の娘さんを化物扱いするという、とんでもない噺ながら、
面白くて、大いに笑ってしまった。了見が問われてしまう。
禽語楼小さんというから明治前半の二代目の小さんだが、
速記(百花園)が残っていると書いてあって、近いところでは
志ん生師匠の録音が残されているらしい。帰ってきてから、
改めて落語事典で調べてみたのが掲載はなく、どことなく
圓生師匠の「遠山政談」に似ているのだが、それは別の噺。
「涼み船」は「汲みたて」である。しかしそこはサゲが違って、
「糞でも食らえ!」「食ってやるから持ってこい!」と船と船で
いい争っているところに肥船が一艘、抜けていくのではなく、
熊さんだったか、風呂上がりに師匠のところで一杯飲みたい、
刺身が食いたいと、なのに煙草まみれの湿気た塩煎餅を
食わされたものだから、食い物の恨みは恐ろしいのであり、
師匠と栄さんの船に飛び移ってきて、殴りかかると思いきや
「一杯飲ましてくれ!」と頼み込むオチ。抜け駆けをして、
師匠といい仲になった栄治を袋叩きにしてやろうという
なんとも物騒な展開なのだが、そういう嫌な雰囲気はなくて、
ただ陽気に楽しい印象なのは、小満ん師匠の工夫であろう。
肥船の「汲みたて」が出てこないので、よって題名も変わり、
「棚卸し」の際に「囃子船」の題名で演じられていたのだが、
その後、三遊亭圓右の公演記録に「涼み船」を見付けて、
内容は不明ながら、師匠はその題名が気に入られたそうで
今後は「涼み船」で演じてみたいとお聞きしたことがあった。
今回は「浮世床」と「涼み船」と仲間がワイワイ盛り上がり、
夏のノリでドタバタ騒動も沸き起こるものだから、より一層、
楽しく、笑って、なんとも心地のよい小満んの会であった。
ということで、来週19日の木曜日が横浜での小満んの会、
「道具屋」「麻のれん」「付き馬」の三席である。楽しみだ。

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