2017年11月20日 (月)

第142回 柳家小満んの会

関内ホールが改修工事中で、今回から
吉野町市民プラザに会場が変更されたが、
この新しい環境に早く慣れなければ。
やはり場所が不便だけど、聞いてみて
高座との距離は近いように感じられた。

柳亭市若:初天神
柳家小満ん:奈良名所
柳家小満ん:なめる
柳家小満ん:お直し

一席目は「奈良名所」で、小満ん師匠がこの噺を演る
ということは知っていたが、聞くのははじめてである。
前半は「二人旅」の雰囲気だが、お伊勢参りの後で
奈良に行くという設定で、この噺も「三人旅」シリーズの
ひとつなのであろう。宿の客引きをかわす場面があって、
逃げにかかるとそこが探していた宿である。一晩泊まり、
翌日、主人の勧めもあって、奈良の名所をまわって歩き、
案内人が洒落たくさんで道案内をしていく。後半になると
江戸っ子二人の出番はなく、そこはちょっと不思議な印象。
その洒落案内であるが、もうすっかり忘れてしまったので、
また聞いてみたいところ。珍しい噺でなかなか聞けない。
「なめる」は2009年1月に関内で、そしてその翌年の7月、
日本橋でも演じられているが、それ以来で久しぶりである。
芝居小屋の様子や上演の仕組みなど、かなり緻密な説明で
格調高くはじまるのだけど、それが後半、この噺は艷笑噺。
師匠で聞くとごくお洒落な情景だが、翌日、お嬢さんの元を
訪ねてみると転宅してしまっている。「転宅」にそっくりだ。
ここで覚えておきたいのが、「守田の寶丹(宝丹)」という薬。
気付け薬ということになっているが、胃腸薬と書いてある。
不忍池のすぐわきにある守田治兵衛商店で1680年の創業。
仲入り後、今年の締めくくりは「お直し」である。この噺は
よく覚えているのは、関内の小満んの会で100回記念のとき
演じられており、それから42回なので、すでに7年が過ぎて、
あっという間に同じく久しぶりということになってしまった。
吉原についての研究発表だと大見世から小見世、切見世、
けころの羅生門河岸に至る吉原を構成する店の詳細な説明、
解説があり、表の大通りがあれば、裏通りもあって、陰日向、
明暗があって、その裏通りの情景が頭に描かれたところで
「お直し」の夫婦の物語となっていく。酔っ払いの左官職人が
滑稽な三枚目で、そこで笑いを取り、ジメジメさせないのが、
いいのだが、そうでなければ、救いのない暗い物語となって、
時間の更新をする「直してもらいなよ」が嫉妬の表現となり、
その意味をどこかで取り違えてしまうところが実に落語らしい。
ということで、次回は新年の1月22日(月)の第143回であり、
演目は「お楠物語」「花筏」「火事息子」の三席。楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月13日 (月)

第288回 柳家小満んの会

出掛けるときに快晴だったので、雨の予報は知っていたが
すっかり傘のことは忘れてしまって、案の定、終演時には
降っていたのである。しかし横浜に戻ってくると雨は止んで、
今日は付いていた。日本橋の今年の締めくくりの会である。

柳亭市若:孝行糖
柳家小満ん:居酒屋
柳家小満ん:九段目
柳家小満ん:居残り佐平次

今回は「のようなもの」の三席か?私の勝手な関連付けで
「居酒屋」の「鮟鱇のようなもの」という台詞は有名であり、
「のようなもの」を注文して、小憎さんを困らせるのだが、
「九段目」では、針医の先生が素人芝居の代役に呼ばれ、
「のようなもの」である。そして「居残り」、芝の勝っつぁんに
「見かけねえが若い衆か?」と「若い衆のようなものです」って、
佐平次は答える。まあ偶然だが、ちょっとした共通項は面白い。
「居酒屋」で、番頭鍋を食べたいと言い出した後、小憎さんと
流行り歌の「まっくろけ~のけ」を唄って、洒落を言い合うサゲ。
これがオチという感じでもなかったが、寄席の「居酒屋」だと、
番頭鍋を一人前注文すると「番頭は半人前です」といった、
そういうサゲを聞くので、この流行り歌の場面ははじめてで、
きっと古くは、たっぷり本寸法でこういう展開があったのだろう。
二席目は「九段目」である。この噺は、圓生百席の録音を昔、
聞いたことがあったのだが、なんだかよくわからなかったので、
どうも苦手のイメージで、今回もよくわからないのではないかと
心配があったのだが、やはり難しい。というのもこの忠臣蔵で
九段目というところが、よくわからないというのが大きいか。
他の場面だって知らないが、四段目や五段目、それに七段目、
落語の方ではよく聞いているので、何となくは知っている。
知っている気がしているだけで、知ったかぶりの領域だが、
親しみあるかないかでは大きな違い。九段目については、
正直なところ、登場人物も馴染みがないし、よくわからない。
その一方で素人芝居の情景については、よく落語で聞いて、
わかっている気がする。理解はその程度か。ここではむしろ、
導入のオチに関係してくる煙草の蘊蓄の方が面白かった。
刻み煙草だが、細く切ることを賃粉切りといい、江戸時代の
特に細かく刻んだもの(0.1mm)を「こすり」といったそうである。
上等なものは、よく煙草の方から火を呼ぶというけれど、軽く、
綿のような仕上がりだったのではないか。代役の針医の先生、
内職で賃粉切りの細かい仕事をしており、それがオチに絡む。
仲入り後、「居残り佐平次」である。文楽師匠の提案をヒントに
小満ん師匠が作り上げた新オチで、ちょっとした話題である。
ご祝儀の稼ぎが減ってしまったと他の若い衆たちからの苦情で、
旦那が居残りさんに灸を据えると佐平次を呼び出すが、結局、
着物から帯、小遣いまでせびられて、悠々と店を出ていって、
「灸を据えるといったじゃないですか!」と店の者たちの追及に
「下駄の裏に灸を据えてやった」というのがオチである。これは、
箒を逆さまに立てておく、というのに似ていて、長居の厄介者を
追い出すお呪いである。従来は「御強(おこわ)にかけやがって」
「旦那の頭が胡麻塩ですから」だか、この相対間男が語源の
「騙す」の意味での「御強にかける」が全く通じなくなっており、
文楽師匠が「下駄に灸を据える」のオチを提案したそうだが、
圓生師匠に却下されてしまって、それを小満ん師匠がずっと
温めてきたのであり、師匠の想いを実現させたオチである。
私はこのオチが好きで、聞いていても自然な仕上がりがいい。
でもひとつ残念なのが、佐平次が店から出て、追いかけてきた
若い衆に「俺は居残りを商売にしている佐平次というものだ。
お前もこの仕事を続けていくのなら、名前ぐらい覚えておけ」と
佐平次の正体を明かす場面がないのである。ちょっと惜しい。
でもこの旦那もいい人で、佐平次のこれまでの働きを評価して、
店も繁盛したからと借金を棒引きにしてやると、人柄のよさで
噺の印象は何ともいい。三大極悪噺だけれども爽快であった。
ということで、ちょうど来週、20日(月)は横浜の小満んの会、
「奈良名所」「なめる」「お直し」の三席。会場は吉野町である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月31日 (火)

末廣亭余一会 小満ん独演会

新宿末廣亭の10月余一会は今年も小満ん独演会。
開場の少し前、向かう途中に新宿三丁目の交差点で、
偶然におかみさんにお会いして、すれ違いにお喋りして、
テンションが上がる。毎年、この会を楽しみにしている。

春風亭きいち:道灌
柳家小はぜ:加賀の千代
柳家一九:だくだく
江戸家小猫:ものまね
柳家小満ん:文違い
入船亭扇遊:天狗裁き
柳家小満ん:社長さん
柳家小菊:俗曲
柳家小満ん:胴乱幸助

小満ん師匠は「文違い」から、末廣亭のある新宿三丁目は、
甲州街道の宿場で内藤新宿であり、最後にできた宿場で、
内藤家の屋敷の一部を切り取って、新しくできた宿場という、
それで「新宿」だそうだが、その新宿にちなんだ噺である。
師匠の「文違い」は、以前に日本橋でも聞いているけれど、
私は大好きで、お杉は芳次郎の忘れていった手紙を見つけ、
半七もまた、お杉宛の手紙を見つけ、騙されていたのを知り、
怒り狂っていい合う掛け合いが最高。「色男がいるんだろう」
「色女がいたんだい」って、激しい応酬は実によいテンポ感。
ヒステリックなお杉とどうにも治まらない半ちゃんで、それに
割って入ろうとする田舎者角蔵が、おっとりとしていい仲裁。
というのを書いて思い付いたが、今回の三席のキーワードは
「仲裁」?「胴乱幸助」の幸助さんは、喧嘩の仲裁が生きがい。
仲入り後の二席目は、「社長さん」という噺だそうで、ここでの
小使いの熊さんという人は、癇癪持ちの社長と社員の間で、
ある意味、仲裁役なのである。テーマは「仲裁」?偶然か。
「社長さん」は、初代の林家正楽作による新作だそうである。
正楽の名跡は紙切りで有名だが、新作をいくつも作っている。
時代としては、大正から昭和の初期といった感じであろうか。
聞いての印象は、戦後昭和の雰囲気。というのも師匠は、
セピア色で「三丁目の夕日」の感じだとマクラで仰っていた。
癇癪持ちの熊谷社長と小使いの熊さんがそっくりであり、
晩ごはんに熊さんを招待するはずが、急遽の変更によって
社長が来てしまったものだから、奥さんは熊さんと勘違いで、
いいようにからかってしまう。怒って帰ってしまった社長に
翌日、平謝りして、「社長が家内と思われたのは女中です」
というオチ。忘れていたのが出てきたので、記録しておいた。
そして三席目は「胴乱幸助」である。「棚卸し」で聞いて以来、
関内でも聞いたし、いろいろな場面で、師匠が演じている、
お馴染みになった噺である。上方の噺であり、大阪の人は
浄瑠璃に慣れ親しんで、「お半長右衛門」も誰でも知っている
というので成立する噺なのだと思うが、師匠は会話の中に
「お半長」の筋をうまく入れて、何にも知らない幸助さんと
「嫁いじめ」の状況を一緒に学んでいく仕掛けとなっており、
わざわざ京都へ仲裁に行くところでは、気持ちもひとつに
そのちぐはぐさがおかしくて、こんなにも面白い噺はない。
東京版の「胴乱幸助」では、東京駅から神戸行の鈍行で
三十数時間もかかって京都へ行くのであり、明治である。
東京の町に義太夫が大流行したのも明治になってからで
そこもぴったりだ。お半と長右衛門はとっくの昔に桂川で
心中したと聞かされて、下関行の急行で来ればよかったと
そうしたオチで、明治の雰囲気たっぷりなのが好きである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月24日 (火)

落語研究会 柳家小満ん

落語研究会で放送された小満ん師匠の「髪結新三」。
師匠のは日本橋と関内で二度、聞いたことがあるのだが、
研究会では、昨年の五月と六月、(上)と(下)に分けて、
二回で演じられた。(上)は車力の善八が弥太五郎源七に
拐かしの解決を頼みに行き、源七の女房の勧めもあって、
渋々承諾してもらうところまで。(下)では、源七の交渉が
不首尾に終わり、そこへ大家が現れて、新三をいいように
やり込めていくという、痛快な場面である。一番の悪党は
大家だったというのが面白くて、無宿人の入れ墨新三を
長屋に置いている段階で、かなりの悪徳家主なのである。
三十両のうち、二十両を大家に巻き上げられてしまい、
結局、新三は十両しか手にできないという。しかしその後、
新三はこの件で名を上げ、源七の恨みを買って殺される。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月19日 (火)

第141回 柳家小満んの会

夕方から横浜の小満んの会で関内ホールへ。
その関内ホールが11月から工事で休館となり、
会場が吉野町市民プラザへと変更になる。
長年、通い馴れた会の様子が変わるのは、
寂しい気もするのだが、それは仕方ないか。

春風亭きいち:芋俵
柳家小満ん:渡しの犬
柳家小満ん:酢豆腐
柳家小満ん:九州吹き戻し

「九州吹き戻し」が出ていたので、この時期、台風の襲来が
恐いなと思っていたのだが、案の定、これに合わせたように
台風18号が来て、そのまさに九州で大きな被害が出たけれど、
台風一過の晴天で、こうして無事に聞けたことは幸いである。
前の棚卸しのときもそうだったが、師匠の「九州吹き戻し」は、
本当に台風を呼んでしまうので、すごい。直前に過ぎてくれて、
そのお陰で、前回も今回も聞けているのだ。それはいいとして、
一席目は「渡しの犬」で、四年前の日本橋の会で聞いているが、
旧制高校というから戦前か?英語の教科書に載っていたという
ナサニエル・ホーソンの「デヴィッド・スウォン」の翻案ものであり、
辞書を引きつつ原文も読まれたそうで、ニューハンプシャー州の
デヴィッド・スウォンが、ボストンで鞄を売っているおじさんの元へ
旅しているのであり、泉のほとりで、次々起こる物語というのが、
この話なのだが、ちょうどその頃…時は江戸であり、矢切の渡し、
舟を待つ間、木陰の昼寝で、そこで起こる出来事が落語である。
寝ている間に自分の知らないところで、よいことも…悪いことも…
いろんな事件が目の前で起きては何もなかったように過ぎていく。
人生とはそういうもの、それをプレイバック、時間の巻き戻しで
紹介していくこの手法は、落語では珍しい。ちょっとしたきっかけ、
それはほんの些細なことだけど、人生を大きく変えてしまうような
そんなことも起こりうるし、しかしそれも僅かにかすめ、指の間を
すり抜けては、我々は平穏無事に生きている。というのを夢の中、
三幕の物語で語られるのだが、ふと目が覚めると何も変わらず、
渡しの舟が出るのであり、そうなるはずの人生が回りはじめる。
のんびりとした時間が流れ、これまた実に独特の味わいである。
二席目はお馴染みの「酢豆腐」だが、小満ん師匠も夏というと
毎年のようにどこかで演じているのではないかと思うのだが、
滑らかに快調なお喋りで楽しかった。「ちりとてちん」と違って、
こちらは腐って変色のしている豆腐をそのまま出すのであり、
見た目も「酢豆腐」、酸っぱい臭いで「豆腐の腐った味」って、
若旦那もそれに気付いているはずなのだが、乙を気取って、
変なプライドがあって、決して断らない。口を付けているのは、
ほんの一口、僅かなのだけど、臭いと目に染みるのがきつく、
扇子を大きく広げて、バタバタと仰ぎながら、口元を隠して、
無理をしている姿をまだ隠し続けているのは何とも面白い。
こういう場面を過剰に演出しないのが、師匠の演り方だが、
それは同時に気障な若旦那の意地であり、面白がっている
江戸っ子たちの遊び心、茶番劇のような…夏の風情である。
そして「九州吹き戻し」である。棚卸しで聞いて以来、二度目。
前に聞いたときははじめてだったので、探りながらでなかなか
すべてを把握できた印象はなかったのだが、それからすっかり
筋も忘れてしまっていたけれど、今回は実に面白かったのだ。
肥後熊本を出て、九州を北上、しかし玄界灘で台風に見舞われ、
そのまま流され、薩摩に打ち上げられる…江戸とは逆の方角に
吹き戻されてしまった、という展開だが、玄界灘へということは、
九州から江戸へ向かう船は、太平洋でなく、瀬戸内海を進む
ということだろうか。北前船などと同様に海岸線から離れず、
港で取引をしながら進んでいくのだろうけど、瀬戸内海を経由、
大坂へという海路だったのかも。もうひとつ、前回も同じことを
書いたと記憶しているのだが、熊本から江戸が二百八十里、
薩摩から江戸が四百里、差し引き「百二十里吹き戻される」
というサゲだけど、熊本から鹿児島が距離で120里≒480㎞、
ここが謎なのである。参考にGoogleで熊本駅から鹿児島駅、
歩いての移動をコース検索すると170㎞を37時間と出る。
百二十里だと遠すぎるのだが、別の意味があるのだろうか。
ちなみに熊本城から江戸城までを検索してみると1157㎞である。
計算して里に直すとこれは二百八十九里となった。概ね正しい?
鹿児島駅から江戸城で検索してみると1330㎞と出て、里に換算、
およそ三百三十二里である。しかし薩摩藩島津家の参勤交代は、
1700㎞で四百四十里とあり、「薩摩から江戸が四百里」というのも
どうも昔からそういわれていたようである。おそらく昔の速記にも、
四百里とあるのだろうけれど、この辺りがどうもスッキリしない。
ということで未解決のまま、次回は11月20日(月)の第142回、
演目は「奈良名所」「なめる」「お直し」の三席、会場は吉野町。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月13日 (水)

第287回 柳家小満んの会

13日でお江戸日本橋亭の小満んの会である。
スッキリとした青空が気持ちよかったが、今日は暑い!
「かんしゃく」の扇風機で涼みながらのアイスクリームが
何ともうらやましい。しかし日本橋亭は冷房が効き過ぎ。

春風亭きいち:金明竹
柳家小満ん:かんしゃく
柳家小満ん:大関稲妻
柳家小満ん:今戸の狐

「かんしゃく」といえば、黒門町の文楽師匠なのであり、
小満ん師匠でもとっくに聞いていそうな気がするのだが、
今回がはじめてである。「てきすと」ではすでに読んでいた。
マクラでも文楽師匠の癇癪(かんしゃく)の話題が出たが、
お手本であるだけでなく、モデルは文楽師匠なのであろう。
時は大正時代、会社の社長さんで癇癪もちの旦那様だが、
ちょっとだけ説明が多く、描写が細かいだけなのだけど、
描き込みが具体的であり、人物像がしっかりとしていて、
その結果、お宅の情景も目の前に豊かに広がるのである。
実家のお父さんは優しいのだが、厳しかったり、叱ったり、
とにかく激しいストーリーで、「かんしゃく」ってやはり面白い。
小満ん師匠も普段以上にメリハリで、いきいき絶好調だった。
続いて「大関稲妻」だが、第七代横綱が稲妻雷五郎だそうで、
しかし今回はその人の噺ではなく、小説を元に小満ん師匠が
落語に仕立てたそうな、ここに登場の大関稲妻は架空の関取。
大坂の相撲興行に来た江戸の稲妻を江州屋のご隠居が試す。
心持ちがよければ贔屓になるというところは、「稲川」に似て、
そちらは大坂の相撲が江戸に来るので、場所は逆なのだが、
世話になった平野屋のお嬢さんで、今は芸者のおのぶさんを
身請けしたいとそのための二百両の金に千秋楽の大一番、
八百長の話が持ち上がるのだが、そこは「佐野山」にも似て、
しかし稲妻は八百長を撥ね付けることで、へそ曲がり隠居の
贔屓心をつかむのであり、おのぶの身請けも叶って、見事に
故郷に錦、恩ある平野屋の墓参りも済ませることができた。
お目出度い展開が気持ちいいのであり、既存の噺の要素も
いろいろあって、わかりやすく、馴染みやすく、相撲の噺に
追加して、広く演じられたらいいのにと私には感じられた。
仲入り後は「今戸の狐」である。2009年11月の日本橋で
演じられているのだが、その後、横浜の会、他の会では
聞いていなくて、久しぶり。「今戸の狐」は小満ん師匠のが
一番好きである。噺に入るまで、物語の背景や説明を長く、
聞かされることを嫌がる人もいるが、「狐チョボ」「骨の賽」と
最初にしっかり頭に入れておくことで、この噺は明解になるし、
そこを疎かにすると後半に行くにしたがって、ハッキリしない。
そういう「今戸の狐」って、結構多いのだが、師匠の場合には、
江戸の空気を感じさせつつ、その世界に導く説明なのであり、
私にとっては、それも心地よいのだけど、この噺の場合には
重要なのである。それによって、「狐ができている」の言葉に
「狐チョボ」と「今戸焼の狐」の誤解、ちぐはぐなやりとりが
大いに面白いのであり、間違いが広がるほど笑ってしまう。
(博打の)商売人が使う骨でできた賽子と「コツの妻(さい)」で
コツとは小塚原、橋手前(千住大橋の江戸寄り)の岡場所で
女郎上がりのおかみさんを「コツの妻」と陰では呼んでいて、
それがオチになるのだが、小満ん師匠で聞くと鮮やかだけど、
ここもどうも説明が伝わらない「今戸の狐」って多いのである。
噺をより深く楽しむには、そのための説明が重要となって、
その説明で飽きさせてしまっては台無しになってしまうのだが、
この噺ではそれをいつも思わされるのである。小満ん師匠は
そこが本当に上手く構成されており、緻密な設計でもあると
そういえるのかもしれないが、とにかく私の好きな噺の一つ。
ということで、来週の火曜日、19日は関内の小満んの会、
「渡しの犬」「酢豆腐」「九州吹き戻し」の三席。楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月25日 (金)

柳家小満ん 夜会

常連さんのお知り合いが、友達が行けなくなったと
誘ってくださり、夕方から小満ん師匠を聞きに
人形町に行ってきた。社会教育会館は久しぶり。

春風亭一花:転失気
柳家小満ん:宮戸川
柳家三三:元犬
柳家小満ん:唐茄子屋政談

後半にネタ出し「唐茄子屋政談」なので、前半は
比較的短めの時間配分だったのかもしれないが、
小満ん師匠の一席目はお馴染みの「宮戸川」で
師匠の十八番、得意ネタというと、プロフィールでは
文楽師匠の「お前は居残りですよ」の言葉による
「居残り佐平次」ということになっているが、たしかに
そうだとは思うけど、でも師匠の寄席の定番でもあり、
やっぱり「宮戸川」が一番なのではないだろうか。
何度聞いても楽しいし、明るく、そして味わい深く。
小網町から霊岸島へ箱崎を通り、出てくる地名も
人形町のこの会場で聞いているとまさにその現地、
噺との一体感は格別だ。半七が機転を利かせて、
帯をほどき、布団を左右に仕切るところも帯を川に
見立てて、それを挟んで、茅場町とどこだったか?
日本橋ネタなのであり、そこはちょっと普段と違い、
今回は何となく人形町バージョンだった気がする。
ゲストは三三さんで「元犬」だが、この噺は前座さんや
真打の噺家さんでも寄席の12分高座でよく聞くが、
馬石さんや菊之丞さんで聞いた印象が強いのだけど、
三三さんは多少、クスグリたくさんというか、工夫して、
しっかりとした本寸法「元犬」に仕上がっていたのだが、
聞いてみるとどうも、その感想は、寄席の12分高座は
よくまとまっていて、一切の無駄がなく、実に面白いなと
改めて思わされた。新しい奉公人(タダシロウ)の登場で
女中のおもとさんも急に「おワン、おワン」と吠えだして、
犬にかえって、「おっかさんに会えました」というのがオチ。
その伏線としては、母犬も自分と同じ全く差し毛のない
真っ白な犬だった、というのが付け加えられていた。
仲入り後は「唐茄子屋政談」である。たっぷり48分。
出てくる人のみんなが徳さんのことを助けてくれるけど、
何が違うのかはよくわからないのだが、師匠で聞くと
すごく人情味があって、たとえ乱暴でも思いが詰まって、
その印象の違いは不思議である。贔屓目かもしれないが、
小満ん師匠の落語のそうした作り方が、私は好きなのだ。
金の切れ目が縁の切れ目で、若旦那は勘当になった途端、
まわりから人が離れていき、自分がモテていたのではなく、
金がモテていたのだと、はじめてそのことに気付いて、
川に身を投げて死のうとするのだけど、偶然通り掛かり、
止めてくれた叔父さんに「助けてください」と口にする。
自然に出た言葉であり、素直な気持ちがあふれ出て、
そこには人が変わって、すっかり改心した徳さんがいた。
誓願寺店で残った二つの唐茄子を気前よく八文で売り、
腹を空かせた子供には弁当を与えて、そこでの徳さんは
もう道楽者の若旦那ではなく、すっかり商人になっており、
徳さんの成長ぶりに感動した。情けは人のためならずで
若旦那自身も勘当が揺れるのだが、身勝手な徳さんが、
人の気持ちを理解できるにまで、立派な人になっていく…
そこが伝わってきたことで、何か普段以上に素晴らしく、
私には格別な「唐茄子屋政談」であった。よかったのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月18日 (火)

第140回 柳家小満んの会

午後はものすごい雷雨で、これで梅雨明けか?
夕方はやむだろうと雨雲予報を見ていたけれど
空は明るくなっているのに出た途端に降ってきて、
駅に着いたらびしょ濡れ、汗だく、かなり蒸し暑い。
天気に振り回されたけれど、会は無事に開演した。

柳亭市坊:転失気
柳家小満ん:王子の幇間
柳家小満ん:大名房五郎
柳家小満ん:湯屋番

「大名房五郎」と「湯屋番」では、夕立の場面があって、
今日の天気にそっくりなのは、絶好のタイミングだったが、
「王子の幇間」には夕立はないので、三席に共通ではない。
夏の噺でいまの季節というとやはり夕立ということだろうか。
「王子の幇間」は、小満ん師匠が寄席でときどき演じていると
その辺は知っていたのだけれど、聞くのははじめてである。
私が知っていたのは、文楽師匠の録音で…そちらで聞いても
この噺、「王子」が出てこない。今日も王子の場面はなかった。
ずっと謎だったのだが、その答えは今回の案内ハガキにあり、
鼻の圓遊の速記に幇間の平助が旦那のお供で東京中を巡り、
ついに王子で腹が減って倒れる…という、そういうのがあって、
それで「王子の幇間」なのである。この平助は野幇間であり、
上手に持ち上げ、ご機嫌を伺わなくてはならない幇間なのに
人の嫌がることをいっては、すっかり嫌われているという。
マメに顔を出すのが商売だが、こうなるとただのタカリだ。
今日も平助が訪ねてくるけれど、旦那は隠れて、懲らしめる。
二席目は「大名房五郎」である。この噺は宇野信夫の作で、
三年ぐらい前だったか、日本橋の会で一度、聞いている。
古典の雰囲気だが、画(岩佐又兵衛)をすり替えるトリックや
飢饉と米の高騰が絡んでいる設定に新作の空気を感じる。
横谷宗珉の目貫も出てくるし、噺の小道具は高尚なのだが、
強欲な旦那(質の萬屋)とそのおかみさんは、落語っぽい。
この噺は面白いし、夏の季節感と画の中の風景が絡んで
荒唐無稽でない人の成せる技なところに説得力がある。
仲入り後は「湯屋番」で、小満ん師匠のでは、若旦那が
自分で奉公先の「梅の湯」に話を進めて、決めてきており、
湯屋の旦那が死んで、半年後に自分が主人になる筋書きを
妄想している長い方の「湯屋番」である。でも今日は前半を
かなりカットして、トントン進む印象でぴったり30分の高座。
若旦那の妄想も短めで、長屋を出て、梅の湯に着くまでも
ほんの一曲だけ唄って、あっという間に着いてしまった。
番台の上でも再び妄想がはじまるが、お妾さんの話が
噺のメインになるのではなくて、あくまでも若旦那が中心。
途中で客が茶々を入れたり、下駄のなくなった客が止めて、
文句を言い出して、いい下駄から順番に履かせて帰らせ、
最後の客は「下駄を預ける」というオチとなる。「湯屋番」は
寄席でよく掛かるお馴染みのイメージがあるが、こちらの
長い方の「湯屋番」を聞くと、大ネタだなって思うのである。
しかし今回はその長いのがコンパクトにまとまっていたので、
これだと時間的には、寄席のトリにちょうどいいサイズで、
師匠が寄席で演じるときの仕立てだったのかもしれない。
楽しかった。軽くって、バカバカしくって、実に愉快である。
ということで、次回は9月19日(火)の第141回であり、
演目は「渡しの犬」「酢豆腐」「九州吹き戻し」の三席で、
当日、台風に当たりませんように。噺の方は台風襲来。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月13日 (木)

第286回 柳家小満んの会

13日の小満んの会である。横須賀線で新日本橋へ。
余裕をもって、早めに出掛けたので、慌てず順調。

桃月庵はまぐり:つる
柳家小満ん:茶漬幽霊
柳家小満ん:船弁慶
柳家小満ん:寝床

お盆の入りで、幽霊の噺から。といっても恐くない幽霊。
一席目は「茶漬幽霊」で、「三年目」の元の噺だそうである。
名人の四代目橘家圓喬が上方の「茶漬幽霊」を東京に移して、
三年目の幽霊、「三年目」を完成させた。ということを知って、
この元の噺を聞くと「三年目」という噺は実によくできている。
圓喬は名人っていうけれど、やはりすごいって再認識である。
しかしこちらの「茶漬幽霊」もいかにも落語らしくて、楽しい。
私は大好きだ。飾り職人が近江屋の旦那とお喋りをしていて、
「先々月にかみさんが亡くなりました」と回想で噺を進めていく。
職人を物持ちの旦那という設定に変えたのが圓喬の技だが、
「茶漬幽霊」もここは同じく、もし新しいかみさんを貰ったなら
婚礼の晩に幽霊になって化けて出ると約束をして、そこで
近江屋の旦那は、幽霊が出たら、引き受けてあげるからと
新しいかみさんの世話をする。婚礼の晩、何も起こらずに、
そのまま三年が過ぎて、(ここも「三年目」と同じで)髪も伸び、
ついに幽霊が出てくるが、昼飯どきの茶漬をすすっていて、
後ろから「怨めしい~」と、それを「うらやましい」と聞き違え、
様子が可笑しくて、なんとも愉快な噺だ。幽霊は丑三つ時で
なぜ、夜中に出てこない?と聞くと「夜は恐いから」というオチ。
続いて二席目、「船弁慶」である。こちらも上方の噺だそうで、
後半、船の場面で、鳴り物入りだが、いかにも上方の印象。
お供で歩いている人のことを「弁慶」というのか?今日は
三分の割り前を払っているので、弁慶とはいってくれるな!
というのがオチにつながる。船の上で紅白の褌で踊りだし、
酒も入って機嫌だが、橋の上を通りかかったおかみさんに
見付かって、船まで乗り込んで来られて、川に突き落とし、
ずぶ濡れ、ざんばら髪のおかみさんが、壇ノ浦で入水の
平知盛の真似をして、周囲はそれを知盛と弁慶の合戦と
囃し立てたものだから、「弁慶ではない、三分の割り前を
払ってきた」というオチになる。舞台は大坂のままだが、
船遊びに連れ出す男が江戸からの流れ者というところが、
小満ん師匠の演出なのか?その辺はどうなのだろう。
上方落語を聞かないものでわからないのだが、これは
「船弁慶」という噺を一度聞いてみなくては。探してみよう。
そして「寝床」だが「浄瑠璃の元祖は通な女なり」の川柳で、
織田信長の侍女で小野お通が「浄瑠璃姫物語」という、
浄瑠璃の元祖を作った話から義太夫の歴史が語られて、
これは、小満ん師匠の「寝床」のフルバージョンである。
十年ぐらい前の日本橋の小満んの会でもこの形だったが、
その後に数年前の関内の小満んの会で演じられたときには、
寄席バージョンの25分版だったので、今日はたっぷりである。
明治になってからの義太夫ブームで女義太夫の追っかけや
興味深い話が盛りだくさん、貴重な解説だと思う。噺に入って、
「寝床」はいうまでもなく小満ん師匠の十八番であり、最高だ。
喜怒哀楽の激しい旦那が、怒りが頂点に達し、抑えがきかず、
しかしやはり義太夫のことで機嫌を直していく様子は絶品。
長屋の衆も断れない中でちくりちくり皮肉をいう小さな反抗、
真剣な旦那と逃げ回る周囲のここでも合戦が繰り広げられ、
バカバカしいながらも命懸けの駆け引きについ笑ってしまう。
ということで、来週の火曜日、18日は関内の小満んの会、
「王子の幇間」「大名房五郎」「湯屋番」の三席。楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月23日 (火)

第139回 柳家小満んの会

関内ホールへは、関内駅の後ろの改札が
便利なのだが、横浜駅の乗り換えは、
前の方が乗りやすく、市役所側の改札で
出たのだけど、ベイスターズの試合のようで
電車も改札も駅周辺もたいへんな混雑だ。
それが原因で、電車も少し遅れていた。
夕方は先頭車両に乗らない方がいい。
スタジアムで試合がなければ平和だけど。
それで帰りだが、なんと横浜寄りの改札が
新しくなっていて、驚いた。関内駅の話題。

柳家あお馬:やかん
柳家小満ん:しびん
柳家小満ん:三方一両損
柳家小満ん:御神酒徳利

今日の三席は、小満ん師匠ではお馴染みの噺である。
それぞれ過去に聞いているので、安心して聞くと楽しい。
はじめて聞く噺はうれしいが、一言も聞き逃せないという
変な緊張感はなくて、すっかり気楽に余裕をもって鑑賞。
小満ん師匠の「しびん」は好きである。何が好きかって、
マクラの道具に関する話がいい。道具屋さんの符丁や
その辺に詳しい小満ん師匠ならではの話題が満載で
それにここでは、武士の嗜みとして、華道や茶道の話も。
でも噺に入って、穏やかだった侍が、騙されたと知ると
急に怒り狂って、道具屋に駆け込み、その道具屋もまた
口から出まかせで必死に命乞いをするのであり、間に
本屋さんが礼儀正しく、丁寧な口調で登場するけれど、
登場人物がいきいきとして、各場面に変化があって、
本当に道具屋の店先にいるような、実によかったのだ。
二席目は「三方一両損」で、江戸っ子の雰囲気だが
大工と左官で最も気の荒いのであり、そして大家さんが、
きちんと務めを行って、正しく公平でありそうながら…
そういう長屋なのであり、やっぱり気が荒いのである。
左官の金太郎は疾うにサッパリして帰ってきたのに
話を聞いて、いまさらに煽っているのは大家さんだから
何とも面白い噺だ。江戸っ子のこの空気感、テンポは
なかなか出せるものではない。今日もまた絶品だった。
仲入り後は「御神酒徳利」である。今回は大坂まで?
それとも小田原止まり?箱根を越えるか?越えないか?
「八百屋の占い」といわれる柳家の「御神酒徳利」は、
日本橋の会で聞いたのと「棚卸し」でも聞いているが、
その後、落語研究会で大坂までの「御神酒徳利」を
演られていて、今日は大坂まで行くのではないかって
どこかで期待をしていたのだが、しかしそのためには、
50分以上はかかるのであり、時計を見るとスタートが
19時50分だったので、これはやっぱり無理かなって、
やはり今回も小田原止まりだった。三島への道中である。
「今度は先生が紛失をした」というオチ。もう小満ん師匠の
大坂の「御神酒徳利」は聞けないかも。何となく思った。
でも一方で、この八百屋の「御神酒徳利」は何しろ楽しく、
八百屋さんが罪のない嘘をついて、最後は逃げちゃって、
どこか…こちらの方がいいかもって、最近は思っている。
今日もそう感じた。録音などで静かに真剣に聞くのなら
鴻池の娘さんを助ける大坂版の御目出度い展開もいいが、
会場で聞くならば、軽くてバカバカしいぐらいの八百屋は、
かえっていいのである。でも終わってみるとやはり45分。
かなりじっくりと丁寧に描き込まれていたのだ。堪能した。
ということで、次回は7月18日(火)の第140回であり、
演目は「王子の幇間」「大名房五郎」「湯屋番」、楽しみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧