2018年11月17日 (土)

黒門亭で文雀・木久蔵・一九

一九師匠が「にらみ返し」で黒門亭に行ってきた。
年末ネタがいよいよスタート。文雀さんも楽しみ。

第2部
春風亭与いち:道灌
桂ぽんぽ娘:シングルデブ
桂文雀:七五三
林家木久蔵:天狗裁き
柳家一九:にらみ返し

開口一番は一之輔さんのお弟子で与いちさんだが、
お馴染みの「道灌」だけど上手い。ぽんぽ娘さんにも
ほめられていたが、今年の一月下席からでまだ一年目。
上方からぽんぽ娘さんが出演で、聞くのははじめてで
どんな人かと昨日、調べたぐらいだが、面白かった。
クリスマスの新作で「ジングルベル」からの連想により
それを「シングルデブ」と読み替えるとできてしまう噺。
最後はなんとなくハッピーエンドの展開でかなり爆笑。
自虐的で台詞にも毒の多い印象だけど、後味はいい。
文雀さんは、金馬師匠から教わったという珍しい噺で
それは季節…というか時期の限定される噺で今月、
ちょうど今頃がいい七五三にまつわる噺なのである。
八五郎が二軒の祝いに行くのだが、七五三と還暦。
それがどちらも日延べにしたいといい、理由を聞くと
包みを拾って、中身は坊さんの袈裟や数珠だった。
蜀山人の狂歌で機嫌を治させようとするのだが、
七五三は上手くいったのに還暦の方でやり損う。
数珠の珠数だけ長生きすると百八と思ったところに
五十四しかなくて、還暦の歳数よりも少なかった。
いい噺が聞けた。まさに珍品で、これは宝である。
仲入り後、木久蔵さんが父木久扇さんのマクラで
鉄板ネタなのだろうけど、やはり面白い。噺の方は
お馴染みの「天狗裁き」で、しかしかなり独特であり、
木久蔵ワールドである。夢の聞き出し方は強烈だ。
今日のトリは一九師匠で「にらみ返し」は大好き。
流行語大賞のノミネートで一年を振りかえりつつ、
この空気感が大晦日で「にらみ返し」の特徴である。
何も喋らず、にらみ返して、掛取りを撃退するので
後半は顔芸になってしまうのだが、煙管を使って、
その顔の恐ろしさ、目付きの恐さで何ともよかった。
はじめのうちは威勢がよかったのが、途中からは
怯えながらにヘラヘラ愛想笑いをする那須正和が
言訳屋の恐い顔との対比で、恐い顔同士だったら
収まらず、すっかり圧された負け顔が重要である。
にらみ返す恐さばかりに気が行ってしまうが、実は
それで怯えて、隙を見て逃げ出す掛取りにも注目。
「にらみ返し」は顔の変化、表情で見せる噺であり、
そこに魅せられた素晴らしい一席を楽しんできた。

20181117

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2018年10月21日 (日)

黒門亭で志ん弥・時蔵・小袁治

小袁治師匠が「柳田格之進」で黒門亭に行ってきた。
志ん松さんに志ん弥師匠、時蔵師匠といい顔付け。

第2部
柳亭市朗:牛ほめ
古今亭志ん松:崇徳院
古今亭志ん弥:短命~豆屋
林家時蔵:しわい屋
柳家小袁治:柳田格之進

開口一番は市朗さんが与太郎のお馴染み「牛ほめ」で
言葉も聞き取りやすいし、上手いので、あとはテンポ感、
噺に勢いが出てきたら、展開にもメリハリが出るであろう。
志ん松さんは志ん橋師匠のお弟子さんで、前座の頃の
きょう介の時代から聞いているが、よくなってきている印象。
というのが、テンポよく進む展開と噺の勢いの心地よさだ。
落語に誠実にそして丁寧に接する姿勢は変わらないので、
毎回、書いているけれど、このままで地道にいってほしい。
志ん弥師匠が「嬶を後家にしたい」の小噺など、いろいろと
何事にも色気は大切のマクラから「短命」に入ったのだが、
すると市朗さんが大慌てにネタ帳をもって飛び込んできて、
「短命」は第1部で出ていたそうなのである。時々あると
話には聞くけれど、実際に遭遇したのはこれがはじめてだ。
とっさに噺を切り替えて、演りなおすのって、それは容易に
できるものではないと思うのだけど、そこを見事にかわして、
次に行けてしまうのは、実に鮮やかであり、こういうとき
志ん弥師匠に惚れ惚れしてしまうのである。ということで、
早速、商売のマクラになり、金魚売りと鰯売りの売り声など
噺は「豆屋」となった。途中で終わってしまったことを思うと
志ん弥師匠の「短命」は聞きたかった。それは仕方がない。
この後が長い「柳田格之進」であり、今回の時蔵師匠は、
時間調整のこともあったのだが、「しわい屋」であった。
彦六の正蔵師匠が有名だけど、聞いたことがなかった。
けちん坊の小噺から入って、本編はごく短いのだけど、
こういう噺って、好きである。このバカバカしさが落語だ。
そしてトリは「柳田格之進」。小袁治師匠の「柳田」は、
ずいぶん前に聞いていて、なぜ覚えているかというと、
十代目の馬生師匠の型なのである。番頭の徳兵衛と
おきぬさんが夫婦になる、おめでたいサゲではなくて、
馬生師匠の型は暗い。というのは、リアリティの追及で、
志ん朝師匠の最後のところで強引に明るくなる展開は、
ファンの間でも賛否両論だ。といって、暗く終わるのは、
柳田格之進の堅物ぶりからすると後味の悪さが残る。
実に難しい噺である。しかしだからこそ聞きたくもなるし、
聞いては毎回、考えさせられている。この噺は、途中、
地で進めるところが多くて、そこでの小袁治師匠の
自分の言葉で語っていくスタイルは、私は心地がよい。
通常は年末の煤払いから雪の湯島で年始廻りまで、
わずかな時間での柳田との再会だが、今回のでは、
それから一年が過ぎての正月であり、仲間の助けで
柳田の帰参が叶い、おきぬさんも請け出されるけれど、
食も取らずに老婆の如く、変わり果てていたとのことで
その一年の月日が、何とも重苦しい。極めて深刻だ。
しかし五十両の発見から急展開に解決してしまうのも
たしかに嘘っぽい。噺の中で説明だけであったとしても
一年という時間は必要なのかもしれない。主従の情で
柳田は萬屋の両名を斬れないが、番頭とおきぬさんの
婚礼はなしである。小袁治師匠の「柳田格之進」は、
今日は久しぶりに聞けてよかった。やはり感動した。

20181021

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2018年8月19日 (日)

黒門亭で一左・小きん・小満ん

小満ん師匠を聞きに黒門亭に行ってきた。
昨日、今日と暑くなかったので、8月も終わりに近づき、
少しずつ秋の空気を感じる。また夏は戻ると思うのだが。

第2部
柳家り助:二人旅
春風亭一左:鈴ヶ森
柳家小きん:阿武松
米粒写経:漫才
柳家小満ん:応挙の幽霊

はじめて聞く前座さんであったが、めくりは「前座」で
帰りにわかったのでは、柳家り助さんであった。
海舟さんのお弟子さん。つまり大師匠は小里ん師匠。
「二人旅」で旅の気分。季節はないが、旅といえば夏。
一左さんが泥棒の噺に入り、これは「出来心」かなって
聞きはじめたのだが、「鈴ヶ森」であった。親分の泥棒も
少々ドジな印象で、二人そろって抜けているのが面白い。
「鈴ヶ森」を聞くといつも喜多八師匠を思い出してしまう。
言い回しだけでなく、息遣いや言葉の抑揚の中にも
師匠は生き続けている。話芸の継承であり、すごいこと。
小きんさんが「阿武松」で、出世相撲でおめでたいのだが、
いい噺なのだけど、最初から最後まで米と食にこだわって、
戸田の渡し、板橋宿の旅籠で米を夢中で食べるところは
やはり面白い。まだ一度も満腹というのを知らないのだ。
トリは小満ん師匠で、お馴染みの「応挙の幽霊」である。
何度か聞いているが、今日が一番というぐらいによかった。
道具屋さんに関するマクラが、師匠の経験と知識に基づく、
独特の深みがあるのだけど、その流れで道具屋の描写、
店の様子などが、まさに映像になっていて、よくわかる。
そこが違うのである。幽霊を相手に祝杯を上げるのは、
市で見付けたスコッチウイスキーの「スマグラー」であり、
日本酒と違って、それはウイスキーの酔いだからか?
幽霊の洒落が、気が利いて、英語、オランダ語混じりの
その緩い雰囲気がたまらない。絶妙な空気感である。
「京都に来た応挙先生が描いてくれた本物よ」だけど、
その「応挙先生が偽物だった」は笑ってしまう。最高だ。
「ゴースト・ゴー・ホーム!」で、絵の中に戻すけれど、
すっかり酔っぱらってしまった幽霊は、何とも行儀が悪く、
腕枕で寝込んで、朝には旦那が引き取りに来るのだから
きちんと幽霊の格好に戻ってくれと道具屋が必死に頼み、
その慌てぶりはいいのである。師匠の「応挙の幽霊」は
聞けば聞くほどに魅力的。すっかり楽しくなってしまった。
幽霊なのに…。陰気な噺が人を陽気にしてくれるのは、
それは師匠の工夫であり、洒落心、大満足であった。

20180819

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2018年4月28日 (土)

黒門亭でしん平・勢朝・歌武蔵

この顔付けならば、きっと面白いに違いないと
何となく誘われているような気分で行ってきた。
お昼に蓬莱屋でヒレかつ定食を食べてきた。
落語の前のランチでは高いけれど、本当に旨い。
満足度がまるで違うので、食べたくなってしまう。

第2部
柳家小ごと:強情灸
林家しん平:死なない男
柳家さん光:熊の皮
春風亭勢朝:荒茶
三遊亭歌武蔵:池田屋

前座の小ごとさんから今日は全員、絶好調な感じで
何かいい空気になっているのか、本当に面白かった。
お客の空気なのか?それとも楽屋の雰囲気なのか?
勢いがあって、熱気に湧いて、実に楽しいこの時間。
予想が当たった喜びもあるけれど、笑いの密度が違う。
小ごとさんは「強情灸」のような迫力ある噺がいいのか、
上手かった。その見た目でも大きい印象があるけれど、
江戸っ子の様子で、テンポ感のある展開がよかった。
順番が変わって、しん平師匠から。恐らくかなりの昔、
まとまって稼いだ9万円のギャラを鶯谷のパチンコで
全部摩ってしまって、次の仕事までの無一文の生活、
兄弟子に助けてもらって、食いつないで、苦労の中で
作った噺が「死なない男」だそうである。題名だけは
何となく知っていたのだが、聞くのは今日がはじめて。
これが面白い!傑作。今日、間違いなく、一番笑った。
新作なので、内容は書かないが、その辺にありそうな、
リアルに感じ取れる情景であり、噺の中に入り込んで、
感情移入できるか、やはり新作は共感が大切である。
落語的奇想天外さとしん平師匠の場合には、映画的、
独特なこだわりと細部の描き込みがあるので力強い。
しっかりと映像になっているので、説得力がある。
また聞きたい。「死なない男」は覚えておいてほしい。
続いて、入れ替わって、ここで、さん光さんが登場。
お馴染みの「熊の皮」だが、落語によくある夫婦像、
おかみさんの尻に敷かれた気弱な甚兵衛さんだが、
さん光さんの独自の空気感があって、それが魅力で
何ともいい仕上がりだった。さん光さんの色が出た。
仲入り後は、歴史ものの二席であり、勢朝さんが、
こちらもお得意の「荒茶」である。三成に対抗する
加藤清正、福島正則、細川忠興らが、徳川方の
本多正信に茶会に招かれ、武将を噺家に喩えて、
面白おかしく、茶の湯の風景が描写されていく。
トリの歌武蔵さんも地噺で行く同傾向の流れだが、
こちらは幕末の「池田屋事件」。つまりは新撰組。
近藤勇に土方歳三、沖田総司と人気の志士である。
有名な大事件を次々脱線しながら面白く語っていく。
地で歴史の部分は、歌武蔵さんは講談のスタイルで
硬派な感じに侍の斬り合いで恐ろしさもあるけれど、
それが脱線するとグズグズにくだらなさ満載であって、
そのメリハリ、鮮やかさに引き込まれていたと思う。
本当に楽しくて、笑いに笑った土曜の午後であった。

20180428

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2018年4月22日 (日)

黒門亭で小袁治・小満ん・扇兵衛

小袁治師匠と小満ん師匠で黒門亭に行ってきた。
実は今日が誕生日でお祝いしてくれているような
秘かにひとりで盛り上がっている一日であった。

第1部 二ツ目がトリ
柳家小ごと:たらちね
柳家小袁治:長短
柳家小満ん:雁風呂
月の家小圓鏡:たけのこ
林家扇兵衛:幇間腹

記録を見たら、二か月前に小ごとさんを聞いたときも
「たらちね」だったようで、どうも気になってしまうのが、
隣のお婆さんの声色であって、無理に年寄りの声を
作らなくてもいいのではないかと思う。落語の場合。
二ツ目がトリを取る企画なので、今日はベテランから、
「たらちね」の後なので、結婚式の司会のマクラから
夫婦は性格が不一致している方が長続きするという、
その流れで「長短」である。この自然な入り方は素敵。
噺は短めだが、小袁治師匠の「長短」は大好きだ。
この簡潔さでたっぷりの満足度であり、というのは、
「長短」という噺は、間の使い方、細かい所作の扱い、
様々な要素が盛り込まれているのであり、実に深い。
穏やかな長さんと短気で荒っぽい短さんの描き分け、
しかしその違いが際立ちすぎては、わざとらしいし、
小袁治師匠はきっちりと変化を付けながらも自然体。
「雁風呂」は、この数年、小満ん師匠のお気に入り。
春、常盤の国に雁が帰るときに大量の柴が残って、
それだけの命が失われたのかと、雁の供養をして、
残された柴を焼いて、風呂を沸かし、振る舞いをする、
それが雁風呂の由来であり、その点では春の噺かと、
春の季語にもなっているそうだが、そういえば師匠も
この季節に取り上げていた。圓生師匠の「雁風呂」が
残されているのだが、淀屋辰五郎の詳細に関しては、
小満ん師匠が調べ直して、史実に基づき、いろいろと
修正を加えているので、理解も深まって、愛着もあり、
師匠にとってのお気に入りとなっているのであろう。
仲入り後は小圓鏡さんの「たけのこ」、「筍」であり、
まさにいまが「旬」の噺だけど、聞いているとやはり
喜多八師匠を思い出す。小圓鏡さんも喜多八師匠に
教わったのではないかと思うのだが、雰囲気は違うけど、
言葉の端々から喜多八師匠の空気感が伝わってくる。
第1部のトリは扇兵衛さんで、ネタ出しの「幇間腹」だ。
道楽を尽くした若旦那が、もう何もすることがないって
「木久蔵ラーメンで焼そばを作っちゃった」というのは、
面白かったのだが、木久扇一門のネタがあちこちに
頻繁に出てくるのは、慣れないとどうも違和感がある。
芸風だし、わかりやすく、ウケるので仕方ないけれど、
勢朝師匠の彦六ネタみたいなもので、時間をかけて、
扇兵衛さんの芸として定着していけば、さらにこれから
噺の展開の中においても必然性が生まれてくるだろう。

20180422

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2018年2月11日 (日)

黒門亭で小袁治・錦平・志ん橋

小袁治師匠と志ん橋師匠で黒門亭に行ってきた。
気温も高めで、並んでいてもこれなら楽だった。

第2部
柳家小ごと:たらちね
柳家かゑる:たまげほう
柳家小袁治:女天下
林家錦平:引越しの夢
古今亭志ん橋:二番煎じ

小ごとさんははじめて聞いたが、一琴さんのお弟子さんだ。
変に慣れた感じがなく、きちんとして、このまま行ってほしい。
かゑるさんが新作で「たまげほう」という噺だが、この噺は…
どこかで聞いたことがある。思い出せないが、実演ではなく、
ということは、テレビか?上方の噺家さんの作のようだが。
小袁治師匠もお得意にされている「女天下」で、楽しかった。
「かんしゃく」とか「意地くらべ」に似て、明治・大正の雰囲気。
陸蒸気(おかじょうき)が電車になり、「鉄道も電化された」、
そこから「女も電化だ(女天下)」というオチであり、いかにも
明治の空気が感じられる。男尊女卑が男女同権に変わり、
身分を問わず、男の権威が失われていくのだが、その辺が
落語の中に面白く描かれているのであり、結局のところ、
現代の社会にも通ずることなので、共感が得られるのかも。
落語は江戸の空気というだけでなく、大正から戦前の頃の
昭和初期の風景も私は好きで、この噺も時代感覚がいい。
居候だった魚屋の金太、苦学生だった銀行員の山田さんと
おかみさんが凄まじく恐妻キャラで、一段と責められていた。
錦平師匠が「引越しの夢」だが、新しく来た女中さんではなく、
中二階で梯子を片付けてしまうのは、とんでもない女中で
奉公人全員に「今日は来ないのかい?」と声をかけている…
そういう設定である。梯子を片付けてしまっているという点で、
男たちをいいようにからかっているのだが、新入り女中への
番頭さんの一人喋りがないので、短縮版の「引越しの夢」か?
トリは志ん橋師匠。師匠の「二番煎じ」を聞くのは四度目か?
今回は、煎じ薬を出されて、色と匂いで「これが煎じ薬か?」と
お役人がすべてを悟っているバージョンである。わかった上で
夜回りの宴会に付き合っているのであり、私はこちらが好き。
お役人も万が一、番小屋で酒を飲んでいることが知られると
たいへんにまずいのだが、飲んでいるのが酒だとわかると
「心張りをかってしまえ」とここははじめて聞いたが、面白い。
志ん橋師匠の「二番煎じ」は、ますます丁寧にじっくりと進み
今日の高座は50分程。本当に素晴らしい。聞けてよかった。

20180211

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2018年1月28日 (日)

黒門亭でほたる・小ゑん・小里ん

小ゑん師匠と小里ん師匠で黒門亭に行ってきた。
朝早くから並んで、雲って気温も低く、命懸けだった。
大袈裟なって思うだろうけど、この時期は真剣に寒い。
朝が零下で、それから数時間では、気温も上がらず、
この数日の低温って、ちょっと異常だ。それを体感。

第1部
柳亭市坊:転失気
柳家ほたる:たらちね
柳家小ゑん:長い夜 改II
米粒写経:漫才
柳家小満ん:御慶

市坊さんはよかった。「転失気」は知ったかぶりの噺だけど
和尚さんだけでなく、門前の花屋さんも適当なことをいって、
結局はすべての人間が、知ったかぶりをするのだなって。
逆に噂話のように知っていることは自慢で喋りたがるもので、
人間って困った生き物だけど、そう考えるとますます面白い。
今日は小学生の女の子が来ていて、退屈そうにしていたが、
ほたるさんの「たらちね」は、何とか笑わせようとしていたか?
途中から大袈裟になり、臭くなって、つまりは変なお嫁さん、
そこでほたるさんのキャラとぴったり一致していたのが魅力。
小ゑん師匠は「長い夜」だった。この噺、私は大好きである。
どこが好きかって、北千住のデニーズの家族連れが最高だ。
私の中では「弟子に食事を勧める小さん師匠」というイメージ。
現在は「改II」となっていて、つまり時代の流れ、社会の変化で
人間の進化の様子にも違いが見られ、すると描写も変わり、
噺も変わって、だとしたら、昔の「長い夜」を聞いてみたくなる。
時代を映し出しているのである。本当に笑いっぱなしだった。
小ゑん師匠のリサーチ力はすごい。鋭い観察、話題の吸収。
仲入り後、米粒写経の後、小里ん師匠は「御慶」をネタ出し。
27分ほどで2時過ぎに終了、ちょうど寄席のトリの長さか。
大家さんに家賃を払った後、市ヶ谷の甘酒屋さん(古着)へ
裃を買いに行く場面は省略。なくても全く問題はないのだが、
ないと何か足りないような気がしてしまうのは、すぐに正月で、
あっという間に時間が過ぎてしまうのである。当たった金も
使う場面が少ないので、富くじの八百両の実感がないのかも。
オチは「恵方詣り」で、正月の恵方詣りは知られなくなったが、
節分の恵方巻きがすっかり一般的になったので、来週だが、
ここで「御慶」が聞けてよかった。今年の恵方は「南南東」。

20180128

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2017年12月 9日 (土)

黒門亭で馬治・左龍・小満ん

小満ん師匠を聞きに黒門亭に行ってきた。
暮れも近づき、開場待ちの寒さが堪える。

第2部
三遊亭ぐんま:のめる
金原亭馬久:真田小僧
金原亭馬治:棒鱈
柳亭左龍:猫怪談
柳家小満ん:大神宮

馬久さんの「真田小僧」は、「薩摩に落ちた」のオチまで。
馬治さんは、その薩摩の芋侍が登場する「棒鱈」であり、
侍の田舎っぷりが一段と凄まじく、薩摩侍というより田舎侍。
店の女中さんや芸者さんの感じがよくて、女性が魅力的。
左龍さんの「猫怪談」は、以前に落語研究会で放送されて、
よく覚えているが、夜中に不忍池の畔で早桶を運ぶ場面で
月番の吉兵衛さんが尋常でない臆病者であり、怯えの形相、
少しも感じない与太郎とのやり取りが可笑しくて好きである。
大家さんとの三人の演じ分けが、実演で聞くと実に明解で
噺に引き込まれた。与太郎が一人残されて、一所懸命に
死んだお父つぁんに話しかけるところは、感動的でもある。
小満ん師匠は「大神宮」をネタ出しで、この噺は浅草案内。
もうひとつ年末の歳の市の情景が描かれる「姫かたり」も
この季節に師匠は取り上げているが、歳末の活気であり、
十一月の酉の市以降、師走はやはり浅草なのであろう。
雷門は暮六つの鐘で閉められて、磯部大神宮の脇門で
吉原への客は待ち合わせをしたという。そこで、前回の
モテた、モテなかったの噂話を聞かされているものだから、
大神宮様が吉原にすっかり興味をもって、門跡様と一緒に
遊びに行く。その客たちの女郎買いについての噂話だが、
関内の小満んの会(2010年11月)のときにはなかったので
そちらは短縮版、今回が丁寧に本寸法ということなのかも。
浅草紹介のマクラも充実していて、勉強になることばかり、
それに対して、噺の方は軽く、バカバカしいのが楽しさだ。
中継ぎで一杯やってから吉原に繰り込むものだと耳学問、
「精進もらいはいけません」と大神宮様、門跡様が揃って、
「前川」で鰻の白焼きを食べて行くところはお気に入り。

20171209

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2017年7月15日 (土)

黒門亭で小満ん・はん治・小団治

小満ん師匠を聞きに黒門亭に行ってきた。
はん治師匠と小団治師匠でうれしい顔付け。
前座さんまで、なんと全員が柳家という第1部。

第1部
柳家あお馬:道具や
柳家花ごめ:元犬
柳家小満ん:幽女買い
柳家はん治:粗忽長屋
柳家小団治:一分茶番

小満ん師匠は13日と同じくお盆で先祖を迎える話題から入り、
これはもしや「茶漬幽霊」をもう一度聞けるかも!と思ったが、
ゲーテや司馬遼太郎の義理の祖父、おじいさんの小勝という…
洒落た辞世の句を残した方々の紹介で、これは「幽女買い」だ。
「棚卸し」のときに聞いたけれど、その後は毎年、お盆というと
師匠は「幽女買い」を演られているようで、八月のお盆でも
また聞けるチャンスはあるのではないかと。本当に楽しい噺で
あの世では、縁起の悪いことばかりをいって、喜んでいる。
言葉が巧みであり、よく出来ているのだ。大好きな噺である。
今日はトリではないので、普通の噺だろう…と思っていたので
ちょっと得した気分である。季節感もあって、これは最高だ!
はん治師匠はお馴染みの「粗忽長屋」なんだけど、実にいい。
独特な調子の喋りだが、マメな粗忽者とボーっとした粗忽者で
その対比がキッチリとしているし、印象も変わって、楽しめる。
小団治師匠が「一分茶番」をネタ出しで、前半の「権助芝居」は
寄席などでもよく演じられていると思うけれど、今回は権助が
舞台に上がって、縄で締め上げられて、「誰に頼まれたか?」
「番頭さんに一分の金で頼まれた」のオチまで。素人芝居だが、
権助の失敗が並外れて大袈裟なのであり、愉快な噺である。

20170715

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2017年4月29日 (土)

黒門亭で市江・小歌・小満ん

小満ん師匠を聞きに今週も早朝から黒門町へ。
「らくだ」のオチまで期待していたのだが、残念。

第1部
春風亭朝七:真田小僧
柳亭市江:黄金の大黒
三遊亭小歌:師圓歌を語る
松旭斎美智:奇術
柳家小満ん:らくだ

開口一番は朝七さんで「真田小僧」だが、面白い。
細かいところでかなり作り込まれていて、盛り上がった。
金坊がお父つぁんから巻き上げるのは、十円玉を六枚で
金額設定でも現代に近いけど、台詞の仕上がりも今の感覚。
だから面白いのだが、前座さんの高座としては冒険に思える。
市江さんが「黄金の大黒」で、声もよく出ているし、情景も豊か、
しかし客が付いてこなくて、どうも上手く行っていない。なぜか?
ひとつ気になったのは、端正なお顔立ちで長屋の衆を描くとき、
わざとらしく間抜け面になる…ということがあり、それが際立つと
噺に集中できない。所作、表情で、細かいところにまで丁寧で
熱心に取り組んでいるのかもしれないけれど、楽しそうならば
聞いている人も楽しいのであり、結果、それだけでいいのかも。
続いて小歌師匠が亡くなられた圓歌師匠の想い出をたっぷり。
自身の噺家人生五十年を振り返りつつ、そこに師匠が絡んで、
圓歌師匠の貴重な話も聞けたが、長かった。これが後に影響。
小満ん師匠が上がったのが13時40分。残り20分で「らくだ」。
もう無理だ…って印象だが、屑屋さんの月番さんとのやり取り、
八百屋との菜漬けの樽の件も説明のみ。大家さんのところで
かんかんのうを歌って、酒を三杯飲み、酔っぱらったところで、
お煮しめを食べるが、それで刺身が食いたい…って、魚屋で
出すの…出さねえのを云ったらかんかんのうを踊らせる…
というところでサゲ。でもすごくよかったのが、大家のところへ
屑屋さんが酒とお煮しめの催促をしに行き、らくだのことでは
話を聞きたがらない大家に「らくださんが死にました」というと
その途端、大家はにっこり、うれしそうな顔になって、婆さんに
「らくだが死んだとよ…」って、たった一言でのその変わり様に
こちらも思わず笑ってしまう。僅かなことだけど、見事だった。
14時03分の終演、23分の短縮版「らくだ」だったのだけど、
こういう場面を見られると…もうすっかり大満足なのである。

20170429

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