2018年10月 7日 (日)

横浜の風景から 538

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瀬谷区阿久和南4丁目の県営阿久和団地付近で
松陽高校近くのイチョウ並木だが、先週の台風による塩害か、
雨風が吹き付けたであろう南側の半分が枯れてしまっている。
この状態では、今年のイチョウの黄葉は、もうダメだろう。

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横浜の風景から 537

三連休、真ん中の日曜日、天気は快晴である。
梅雨から猛暑の夏、秋雨で歩いていなかったので、
今日はゆめが丘から境川の方面へ出かけてきた。

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相鉄いずみ野線のゆめが丘駅だが、去年ぐらいから
駅周辺の工事が行われており、内容はわからないが、
この長閑な景色が失われてしまったらそれは残念だ。

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泉区下飯田町にて、お馴染みの左馬神社。

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境川の方へ下りて行って、田んぼは実りの季節だ。
稲刈りははじまっており、ちょうどいいタイミングだった。

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渡戸橋にて、境川。しばらく藤沢市の方を歩く。

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藤沢市高倉の稲作。こちらも稲刈りの時期。

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2018年9月28日 (金)

横浜の風景から 536~常盤園

相鉄線の本を読むと和田町駅はかつて、
「常盤園下」という駅名であったらしい。

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横浜市建築局都市計画課の昭和18年の地図を見る。
たしかに「たしんゑはきと」とあった。「常盤園下」である。
場所は現在の和田町よりも少し星川寄りであったらしい。

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常盤園とは明治時代の岡野欣之助の別荘であったらしい。
祖父の岡野良親は保土ヶ谷宿の豪商であり、遺志を継ぎ、
岡野新田の開発を成し遂げたのが、父岡野良哉であった。
現在の西区岡野の周辺で、岡野公園や岡野神社もある。
岡野欣之助は、岡野家の広大な別荘を一般に公開して、
運動施設もある公園に造成し、「常盤園」と名付けた。

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昭和38年の地図では、現在の位置で和田町駅である。
常盤園下駅は、戦後休止していたのだが、和田町駅は、
現在の場所に移転して、昭和27年(1952)に開業。

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昭和17年(1942)、常盤園の一部(1/6)を横浜市が買い入れ、
それが現在の常盤公園であるらしい。かつて大学への通学で
毎日、公園を通り抜けていた。前身の程ヶ谷カントリー倶楽部、
そして横浜国立大学のキャンパスも古くは岡野家の常盤園だ。

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2018年9月24日 (月)

横浜の風景から 535~昭和14年

横浜ユーラシア文化館の上で4階にある
横浜都市発展記念館の展示の中に
横浜市の拡張の歴史が紹介されていた。

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横浜市建築局都市計画課が公開している
横浜市の昭和初期(昭和3~28年)の地図を見ると
私がよく知る範囲で瀬谷区や泉区の地図がないのだが、
現在の旭区で都筑郡都岡村と二俣川村が保土ヶ谷区に
編入されたのが昭和14年であり、つまりそれ以前は、
横浜市ではなかったのだ。同じく都筑郡の新治村は、
港北区へ編入、現在の新治・三保周辺は緑区である。
また鎌倉郡の瀬谷村と中川村は戸塚区に編入され、
後に瀬谷は瀬谷区に中川は戸塚区から泉区に変更。
すべて昭和14年の第6次横浜市拡張計画である。

昭和44年の戸塚区の分割をもう少し正確に書くと、
旧瀬谷村と旧中川村内の阿久和町が瀬谷区となり、
中川村の他の地域は戸塚区、さらに後の昭和61年、
新橋町と岡津町が戸塚区から泉区に分割されている。

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2018年9月23日 (日)

横浜の風景から 534~日本大通

横浜ユーラシア文化館にバリ島の伝統衣装を紹介する
「バリを抱きしめて」という展覧会を見に行ってきたのだが、
かつて横浜市外電話局だった歴史的建造物(1929)からは
ちょうど正面にKRC BUILDING(1973)が見える。

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アントニン・レーモンドの設計で学生の頃から知っていたが、
当時はあまり興味なかったのだけど、いま見るとなんと美しい。
好みが変わったというよりも昔はこの価値がわからなかった。

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2018年8月18日 (土)

横浜の風景から 533~鶴見川

鶴見川の花火大会に行ってきた。
旧東海道の鶴見川橋からの風景。

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日没の頃、鶴見川は刻一刻と色の変化。

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最初のうちは、空はまだ少し明るく、
一発ずつの打ち上げ。

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最後の連射は、やはりきれいだった。

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2018年7月26日 (木)

横浜の風景から 532

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泉区新橋町の瀬谷柏尾道路の水田を見に行ってみると
青々としていたが、ちょうど稲の花が咲いていた。

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お馴染みのお墓山の風景。瀬谷区阿久和南1丁目にて。

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2018年7月18日 (水)

新府の桃の風景

今年も「新府の桃」を買いに
梨北農協の新府共選場に行ってきた。

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「新府の桃」の持ち帰り用を三箱購入。

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新府共選場から見える新府城址と桃畑。

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帰りに「ひまわり市場」に寄ってみた。
テレビでも紹介されている地産地消のスーパー。
マイクパフォーマンスで有名な社長はいなかった。

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2018年7月17日 (火)

7月17日の風景~上田

母方の祖母は長野県の上田の生まれだが、
若い頃に一家で東京に移り住んできて、
昭和30年代までは、先祖の墓が上田の寺に
あったそうだけど、すでに記録は失われていて、
先祖のルーツを探りに上田市を訪れてみた。

山梨県北杜市大泉町の叔父の家に
埼玉の叔父も集合して、揃って上田へ。

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上田の駅前にある「よろづや」というお蕎麦屋さんが
遠い親戚にあたると母が祖母から聞いていたそうで
食事をして、会計を済ませ、ちょっと聞いてみたところ
接客をしていた若い男の子が店の息子さんで
厨房にいる現在のご主人を呼んできてくれて、
唯一、祖父が残したアルバムにある白黒写真で
墓参の折の祖母の姉妹の写真を見てもらうと
そのうちの一人が「これは私のおばあさんです」と
それで「この墓はうちの墓のところです」って、
菩提寺と墓地の場所が分かった。奇跡が起きた。

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「よろづや」の長田さんに教えていただいて、
浄楽寺というかつて菩提寺だったお寺にお参り。
50年前のことだが、このお寺にお世話になっていた。

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少し離れた山の上にある浄楽寺の墓地。
もちろん墓はないが、古い先祖はこのどこかに
眠っていると思う。当時は土葬だったようで
墓を移すときにその場所の土を持ってきたらしい。

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古い戸籍謄本に載っている祖母の父、
祖母の祖父の本籍地付近。現在の上田市上田。

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2018年6月 9日 (土)

柿生の風景~浄慶寺

紫陽花が有名だそうで柿生にあるお寺に行ってきた。
川崎市麻生区上麻生6丁目にある浄慶寺。

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山門のまわりにある紫陽花。

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境内にはたくさんの羅漢像があり、
そのお姿が楽しくて、紫陽花よりも
羅漢様に夢中になってしまった。

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境内の紫陽花。いろいろな種類があって、
これだけの手入れをするのは大変だろう。

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庭園は秋の紅葉もきれいに違いない。

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