2014年10月27日 (月)

夏目漱石 小さんと圓遊

朝日新聞で夏目漱石の「三四郎」が連載中だが、
今日が、寄席で三代目小さんを聞く場面である。
与次郎は三四郎を木原店という寄席へ連れて行き、
三代目小さんと鼻の圓遊について、下記の芸論を展開。

小さんは天才である。あんな芸術家は滅多に出るものじゃない。
何時でも聞けると思うから安っぽい感じがして、甚だ気の毒だ。
実は彼と時を同じゅうして生きている我々は大変な仕合せである。
今から少しまえに生まれても小さんは聞けない。少し後れても同様だ。
―― 円遊も旨い。しかし小さんとは趣が違っている。
円遊の扮した太鼓持は、太鼓持になった円遊だから面白いので、
小さんの遣る太鼓持は、小さんを離れた太鼓持だから面白い。
円遊の演ずる人物から円遊を隠せば、人物がまるで消滅してしまう。
小さんの演ずる人物から、いくら小さんを隠したって、
人物は活溌溌地に躍動するばかりだ。そこがえらい。

しかしながら三四郎は、「どうだ」と聞かれて…

実をいうと三四郎には小さんの味いが善く分からなかった。
その上円遊なるものはいまだかつて聞いた事がない。
従って与次郎の説の当否は判定しにくい。
しかしその比較のほとんど文学的といい得るほどに
要領を得たには感服した。

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2014年7月 9日 (水)

正岡容 わが寄席青春録

正岡容の「わが寄席青春録」を読んでいるのだが、
このところ、ちょっと止まってしまっているけれど、
その話題で。正岡容は、毎晩、寄席にいたのだが、
同じ顔付けの席にばかりに通っていたために
ある日、突然、笑えなくなってしまったそうである。
それで決意した。もう寄席には行かない。
しかしその翌日もやはり同じく寄席にいた。
その日の楽しかったこと。たくさん笑えた。
悟りを開いたそうである。よく寄席の常連で
落語通を気取って、これしきのことで笑えるかと…
全く笑わない客がいるが、正岡容にいわせれば、
そんな客は、悟りを開いておらず、通でも何でもないと。
深いお言葉。寄席を楽しんでいる者が本当の客。

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2014年6月13日 (金)

岡本綺堂 圓朝に関する記述

岡本綺堂による圓朝「牡丹燈籠」に関する記述である。

恰もその夜は初秋の雨が昼間から降りつづいて
怪談を聴くには全くお眺え向きの宵であった。
「お前、怪談を聴きに行くのかえ」と、母は赫すように言った。
「なに、牡丹燈籠なんか怖くありませんよ」
速記の活版本で多寡をくくっていた私は、平気で威張って出て行った。
ところが、いけない。圓朝がいよいよ高座にあらわれて、燭台の前で
その怪談を話し始めると、私はだんだんに一種の妖気を感じてきた。
満場の聴衆はみな息を嚥んで聴きすましている。伴蔵とその女房の
対話が進行するに随って、私の頸のあたりは何だか冷たくなってきた。
周囲に大勢の聴衆がぎっしりと詰めかけているにも拘らず、
私はこの話の舞台となっている根津のあたりの暗い小さな古家のなかに坐って、
自分ひとりで怪談を聴かされているように思われて、ときどきに左右に見返った。
今日と違って、その頃の寄席はランプの灯が暗い。高座の蝋燭の火も薄暗い。
外には雨の音が聞こえる。それ等のことも怪談気分を作るべく
恰好の条件となっていたには相違ないが、いずれにしても私が
この怪談におびやかされたのは事実で、席の刎ねたのは十時頃、
雨はまだ降りしきっている。私は暗い夜道を逃げるように帰った。

この時に、私は圓朝の話術の妙ということをつくづく覚った。
速記本で読まされては、それほどに凄くも怖しくも感じられない怪談が、
高座に持ち出されて圓朝の口に上ると、人を悸えさせるような
凄味を帯びてくるのは、じつに偉いものだと感服した。
時は欧化主義の全盛時代でいわゆる文明開化の風が
盛んに吹き捲っている。学校に通う生徒などは、もちろん怪談のたぐいを
信じないように教育されている。その時代にこの怪談を売物にして、
東京中の人気をほとんど独占していたのは、怖い物見たさ聴きたさが
人間の本能であるとはいえ、確かに圓朝の技倆に因るものであると、
今でも私は信じている。(岡本綺堂「寄席と芝居と」より)

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正岡容 我が圓朝研究

あれこれと…読みたい本がいろいろあるのだけど、
ちっとも進まず…正直、本を読むのは苦手である。
耳から聞いた話は、私は吸収のよい方だと思うのだが、
目で、活字で読んだものは、情けないほど、残らない。

という中で、ちょっとずつ…正岡容の「我が圓朝研究」を
読みはじめた。「怪談牡丹燈籠」のところを読み終えて、
正岡容は、圓朝の速記をかなり細かく読み解いており、
非常に興味深いし、勉強にもなって、そして面白い。
しかし速記から伝わることというのは、限界があって、
その点は、正岡容自身、はっきり認めているのであり、
そこでは、圓朝を実際に聞いている岡本綺堂の文章が
引用されている。それがまた、すごいのである。

圓朝の怪談噺は、本当に怖かったらしい。世の中は、
明治の文明開化にあって、幽霊など、信じるものでは
なくなりつつあった。しかしそれでも怖かったらしい。
私も怪談噺は好きなので、実演も聞いたことはあるけれど
でも真剣に怖いと思ったことって、一度もない。怖くない。
それは演者の実力とか、そういうことではなくて、むしろ
物語の力と話芸の素晴らしさで、深く引き込まれる。
だからこそ怪談噺が好きで、また聞きに行きたくなる。
聞く環境も違うし、百年が過ぎた現在で、何もかもが…
違うということもあって、怪談噺への接し方も変わった。
しかしそうであったとしても、三遊亭圓朝という人は、
あまりにも特別な人であった…そのことは、こうして、
残されている文章を読んでいてもわかるのである。

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