2020年1月25日 (土)

キース・ジャレット 32

1981年のキース・ジャレットを聞いている。
ブレゲンツでのソロ・コンサートのライブ録音で
1981年5月28日にフェストシュピールハウス。
後半の演奏とアンコールが収録されているのかと。
ソロ・コンサートも聞き続けていると驚かなくなるが、
その点では、有名なケルン・コンサートなど衝撃で
全く出会ったことのない興奮があったのであろう。
より多様に研き抜かれていく過程をここで聞ける。
美しい旋律にはじまり、ジャズ的な躍動が加わり、
即興による流れの亀裂が音楽に変化をもたらして、
混沌とした時間が存在し、そこから抜け出す瞬間、
スッキリと晴れ渡る輝きの素晴らしさは感動的だ。
キース・ジャレットの強さと集中力は圧倒的である。

ECM 1227-1229 279 4570

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2020年1月24日 (金)

イゴール・レヴィット 3

イゴール・レヴィットによるベートーヴェンで
ディアベッリの主題による33の変奏曲 作品120
2015年1,2月にベルリンのフンクハウスで収録。
ピアノ・ソナタ全集を聞こうとしているが、録音順に
後期のソナタから聞いて、そこでまたちょっと脱線で、
今日はディアベッリの主題による変奏曲を聞いている。
バッハとジェフスキーが一緒に収録された変奏曲集。
前のめりに勢いのある表現ではじまり、力強い響きで
作品の諧謔性は実に楽しく、しかしそれが先に進み、
しだいに深まりを見せ、神秘の境地まで達するのは、
いつもながら感動的だ。それを経て、最後の最後に
モーツァルトの世界が現れる仕掛けだけど、そこは、
レヴィットは若々しい表現でいきいきと好感がもてる。
昨日も聞いたレーガーの作品やブラームスの変奏曲も
素晴らしいのだけど、やはりベートーヴェンは偉大だ。

SONY 88875060962

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2020年1月23日 (木)

マルク・アンドレ・アムラン 19

マルク・アンドレ・アムランでレーガーの変奏曲集。
バッハの主題による変奏曲とフーガ 作品81
5つのフモレスケ 作品20
1997年4月にブリストルの聖ジョージ教会、
テレマンの主題による変奏曲とフーガ 作品134
1998年4月にブリストルの聖ジョージ教会で収録。
バッハの変奏曲の方には、ゼルキンの録音があり、
そしてテレマンは、ホルヘ・ボレットが弾いているが、
この2曲を一気に聞かせてくれるのは貴重なことだ。
レーガーの深い響きと厳格な構築性は感動的で、
アムランのシャープで圧倒的に鮮やかな響きが
そこに加わるのだから、奇跡のような仕上がりだ。
傑作だけど、なかなか聞けないこうした作品を
1990年代のアムランは、熱心に録音していた。
要求を出したレコード会社もすごいし、宝である。

hyperion CDA66996

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2020年1月22日 (水)

ヴァレリー・アファナシエフ 18

ヴァレリー・アファナシエフの1985年のライブで
シューベルトのピアノ・ソナタ 変ロ長調 D.960
1985年7月にロッケンハウス音楽祭で収録。
シューベルトの変ロ長調の最後のピアノ・ソナタは
アファナシエフの代名詞のように昔から有名であり、
3種類の録音が存在しているが、私はこの演奏が
たいへん好きである。音楽の流れが自然であり、
柔らかく繊細な表情が美しい。この少し前の頃に
クレーメルと一緒にアファナシエフが西側に登場し、
ECMによって収録されたこの演奏で、広く世界に
知られるようになったのではないか。名演である。
アファナシエフにしては標準的ともいえるのだが、
独特な揺らぎはすでに存在して、絶妙である。

ECM 462 707-2

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2020年1月21日 (火)

キース・ジャレット 31

1980年のキース・ジャレットを聞いている。
ECMのInvocationsでソロ・アルバム。
1980年10月にオットーベウーレン修道院で収録。
パイプ・オルガンとソプラノ・サックスを即興演奏して、
修道院内での音響空間が素晴らしい。感動的だ。
後に「Book of Ways」という1986年にライブ収録の
ハープシコードのアルバムが出て、そちらは以前に、
興味をもって聞いたのだが、あまり気に入らなかった。
しかしこちらは全く印象も違って、すごく惹かれたので、
どうも私はオルガンが好きらしい。はじめて知った。
立ち会った修道院の関係者も驚いたことであろう。
このオルガンでこんな音楽が生み出されるのかと。

CDR962

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2020年1月17日 (金)

内田光子 2

内田光子でシューマンの作品を聞いていく。
クライスレリアーナ 作品16、謝肉祭 作品9
1994年5月にスネイプ・モールティングスで収録。
本当に素晴らしい演奏で、まずその驚異の運動性、
鮮やかな切れ味に感動。細やかな表情の美しさ。
シューマンの音楽の奥深くに存在する熱い想いを
しっかりと引き出して、雄弁に語っているのだけど、
造形的にはスッキリと見通しよく、端正な佇まい。
あくまでも透明な仕上がりである。天才的な感覚と
非常に緻密に丁寧な作業で作り上げられた表現が
完璧なバランスで、間違いなくこれは究極である。
内田光子のクライスレリアーナは、この録音の頃、
サントリーホールで聞いており、その集中力は、
何かにとり憑かれているかのような凄まじさで、
シューマンの音楽に秘められた狂気が滲み出し、
悪魔が舞い降りてきているような衝撃であった。
それは忘れられない。30年近くたって宝である。

DECCA 475 8260

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2020年1月16日 (木)

コヴェントガーデン王立歌劇場

ラファエル・クーベリック指揮コヴェントガーデン王立歌劇場で
ヴェルディの歌劇「オテロ」から第3幕と第4幕を聞いている。
1955年10月19日にコヴェントガーデン王立歌劇場で収録。
「オテロ」の後半は、ますます素晴らしい。疑念や復讐心が
音楽に反映されて、オテロの心は、憎しみに満たされていく。
そのすべては、イアーゴの裏切りと嫉妬によるものであり、
そこが面白さだ。敵役の重要さで、イアーゴは別格である。
オタカール・クラウスって、フィッシャー・ディースカウの声に
よく似ていて、フィッシャー・ディースカウのイアーゴって、
録音はないのだろうか。調べてみるとバルビローリ盤で
歌っていた。そして第4幕では、柳の歌とアヴェ・マリアで
デズデモナはグレ・ブロウエンスティーンが歌っている。
1954年のバイロイトでフルトヴェングラー指揮の第9に
出演している人であった。その翌年の録音ということか。
オテロは信じやすく、思い込みも激しく、歌劇の英雄には
よくありがちな欠点というものが、悲劇の展開を生み出し、
客観的には愚かなことだけど、作品としては最高の感動だ。

OPUS ARTE OA CD9024D

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2020年1月15日 (水)

コヴェントガーデン王立歌劇場

ラファエル・クーベリック指揮コヴェントガーデン王立歌劇場で
ヴェルディの歌劇「オテロ」から第1幕と第2幕を聞いている。
1955年10月19日にコヴェントガーデン王立歌劇場で収録。
この時代の特徴ともいえないのかもしれないが、突き進み、
澱みなく音楽が流れていく感じって、独特な印象がある。
ヴェルディならばなおさらで、「オテロ」のこの豪快な響きは、
モノラルの歴史録音だとちょっと厳しいけれど、BBC音源で
まあ聞きやすい方である。歌手に関しては、十分に満足だ。
オテロ歌手だったという、ラモン・ヴィナイが出演しているし、
ケンペの「指環」でアルベリヒを歌い、注目するようになった、
オタカール・クラウスがイアーゴを歌っており、素晴らしい。
イアーゴの裏切り、策略によりオテロがデズデモナを疑い、
復讐心が芽生え、狂気の道へと歩みはじめる第2幕で、
「オテロ」はすべての場面において、緊張感が持続して、
感動的である。クーベリックはその力強い響きを緩めない。
1954年から1958年にコヴェントガーデン王立歌劇場の
音楽監督を務めていたのが、クーベリックだそうである。

OPUS ARTE OA CD9024D

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2020年1月14日 (火)

オスロフィル 1998/1999

マリス・ヤンソンスの指揮によるオスロフィルで
R.シュトラウスのティル・オイレンシュピーゲルの
愉快ないたずら(1998.10.22,23)
ストラヴィンスキーの「火の鳥」全曲(1998.8.20,21)
オスロ・コンサート・ホールでライブ収録されている。
ヤンソンスのR.シュトラウスは、その後、いろいろと
王立コンセルトヘボウとバイエルン放送交響楽団の
ふたつの楽団で録音されているのだが、この演奏が
それよりも前の最初の録音なのではないかと思われる。
「火の鳥」に関してもこの後は1919年または1945年の
組曲版による演奏で、全曲版が聞けるのはうれしい。
鮮やかな響きで物語性を強調し、スリリングな展開で
実に面白いし、音楽に引き込まれる。オスロ時代の
少し前のヤンソンスであり、これは名演で感動的だ。
近年の演奏よりも鋭くシャープな音作りに思える。

SIMAX PSC1188

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2020年1月12日 (日)

キース・ジャレット 30

1979年のキース・ジャレットを聞いている。
ECMのThe Moth And The Flameでソロ・アルバム。
1979年11月にルードヴィッヒスブルクのスタジオ・バウア。
5つのパートからなる39分間で、ソロ・コンサートの前半、
後半というよりは前半のような雰囲気がするのだけれど、
スタジオ録音なので、綿密に設計された平衡感覚もあり、
客観性を保ちつつ、強い集中力による完成度の高さは、
独特の研ぎ澄まされた仕上がりである。5つの部分は、
それぞれ別々の方向性を示し、その変化も楽しめるし、
ライブの高揚感とは違う凝縮された時間に感動した。

CDR961

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