2017年5月28日 (日)

ウィーン国立歌劇場 2011/2012

ウィーン国立歌劇場2011/2012シーズンにおける
ワーグナーの「ニーベルングの指環」の上演より
クリスティアン・ティーレマンの指揮による
楽劇「ワルキューレ」から第3幕を聞いている。
2011年11月にウィーン国立歌劇場で収録されている。
冒頭のワルキューレの騎行があえて抑え気味にはじまり、
効果の出やすいところで狙わずにきちんと展開を考えて、
ここで堅実に進むところが熱烈ワグネリアンを唸らせる。
第1場は9人のワルキューレがそれでなくても壮観で
しかしそこにウォータンが猛烈な勢いで迫ってくるところ、
そのものすごさはさすがにティーレマンで強烈な重低音、
この分厚い響きはウィーン国立歌劇場とは思えない…
ずっしりとした感触である。艶のあるしなやかな弦楽器と
巨大な金管の轟音が繰り返されるわけで、無敵である。
しかし第3場になるとその勢いは静まり、実に深まって、
ウォータンとブリュンヒルデの対話が進んで、感動的だ。
最後は有名なウォータンの告別と魔の炎の音楽である。
アルベルト・ドーメンの歌とともにとにかく奇跡的な名演。

DG 00289 479 1560

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2017年5月27日 (土)

ウィーン国立歌劇場 2011/2012

ウィーン国立歌劇場2011/2012シーズンにおける
ワーグナーの「ニーベルングの指環」の上演より
クリスティアン・ティーレマンの指揮による
楽劇「ワルキューレ」から第2幕を聞いている。
2011年11月にウィーン国立歌劇場で収録されている。
第1幕の異常な興奮の後で、第2幕はウォータンの
モノローグが長々と続いて、動きの少なくなるところだが
これがまた何て素晴らしく、ティーレマンの指揮が冴えて、
響きにも研きがかかって、これまででも最上の感動だ。
凝縮されて、密度の高い緊張感が持続し、夢中になる。
逃れてきたジークムントとジークリンデは悲劇的な道を
歩むのだが、音楽もまた重苦しく悲痛な音色が続き、
しかしその聞く人の心を惹きつけること、圧倒的である。
第2幕は、慎重に精妙に物語を聞かせることが多いが、
ティーレマンは、並外れた気合いをここに集中させて、
熱気もあるし、とにかく隙がなくて、この演奏はすごい。
じっくりと丁寧に聞くことの多い第2幕で、こんなにも
引き込まれて一気に聞いてしまったのははじめてだ。

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2017年5月26日 (金)

ウィーン国立歌劇場 2011/2012

ウィーン国立歌劇場2011/2012シーズンにおける
ワーグナーの「ニーベルングの指環」の上演より
クリスティアン・ティーレマンの指揮による
楽劇「ワルキューレ」から第1幕を聞いている。
2011年11月にウィーン国立歌劇場で収録されている。
嵐の情景を示す前奏曲にはじまり、激しい響きというのと
汚い音というのは全くの別なものだが、ウィーンの音色は
追手の迫るジークムントの緊迫した心理を絶妙な具合に
表現している。フンディングの存在による不安の要素が
全体を支配しているけれど、ジークリンデが与えてくれる
束の間の安息が対比となって、その展開の鮮やかさは、
ティーレマンの指揮は上手すぎる。とにかく聞き惚れる。
第3場での未来への絶望感が希望へと転じるところの
弦の音色に一気に輝きが増してきて、その眩しさなど、
こんな音は聞いたことがない。これはすごい。驚いた。
ワルトラウト・マイアーのジークリンデは堂々の歌であり、
比べてジークムントのクリストフ・ヴェントリスは、まさに
傷を負って、力を失っているような印象もあり、それは
物語の上では合っているのだが、音楽の仕上がりでは
バランスがいまひとつ。クリストフ・ヴェントリスに合わせ
もっと可憐な印象の歌手をキャスティングした方が…
とは思ったのだが、しかし聞き直すとジークムントを
迎える前半のジークリンデはぴったりのイメージで、
後半、クリストフ・ヴェントリスが展開の盛り上がりに
付いていけず、息切れしてしまったのかも。それは
あくまでも音で聞いての感想だが。別の方法としては
傷とか疲労という設定はお構いなしに音楽の効果で
ジークムントは英雄として、迫力で歌いきってしまうか。
物語のリアリティと舞台上演の成功は、これも別物か。
異常な興奮での聴衆の拍手が収録されているが、
まさにその感覚を共有でき、これは神がかっている。

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2017年5月25日 (木)

ウィーン国立歌劇場 2011/2012

ウィーン国立歌劇場2011/2012シーズンにおける
ワーグナーの「ニーベルングの指環」の上演より
楽劇「ラインの黄金」を聞いている。今日は後半で
第3場と第4場。指揮はクリスティアン・ティーレマン。
2011年11月にウィーン国立歌劇場で収録されている。
ウィーンのこの音色だとティーレマンの指揮も流麗になり、
やはり独特な仕上がりにはウィーン流を感じるのだが、
それが魅力でもあり、一方で主導動機の扱いはそれほど
強調をしない…音楽全体の流れを大切にしているような
そうした印象を受ける。冒頭のライン河底は特長的だが、
神々の世界と地底のニーベルハイムの場面転換などは、
音楽でハッキリと伝わってくる感じではない。その辺は、
舞台と演出との関係もあるのかもしれないが、例えば、
今日のところで、地底からアルベリヒを捕えた神々が、
地上へ戻ってくる場面転換など、邪悪な暗黒世界から
明るい外の世界に抜け出して、ホッとするところであり、
光を取り戻していくところが音楽にも表現されているが、
劇的に想像力を掻きたてられるような場面転換では
なかったように思う。欲にまみれて、神々と巨人族、
そしてニーベルング族が様々な思惑をここに交差させ、
各場面での世界観の変化が鑑賞の上での面白みだが、
それも音楽でより舞台に表現させるスタイルなのかも。
二時間半の舞台が非常にスムーズに流れていくので
その点では、不思議なぐらいに時間を感じさせない。

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2017年5月24日 (水)

ウィーン国立歌劇場 2011/2012

ウィーン国立歌劇場2011/2012シーズンにおける
ワーグナーの「ニーベルングの指環」の上演より
楽劇「ラインの黄金」を聞いている。今日はその前半で
第3場の途中まで。指揮はクリスティアン・ティーレマン。
2011年11月にウィーン国立歌劇場で収録されている。
音楽が実にしなやかでその滑らかな響きには驚かされた。
というのは、その前のバイロイトでのイメージがあったので
2006年から2010年までバイロイトの指環を指揮していたが、
その5年間でも緩急の動きが自在になって、音に輝きが増し、
毎年、進化し続けていたが、ウィーンとなるとさらに激変である。
ティーレマンの底知れない音楽の深まりと相手次第というか
自らの置かれる状況を果敢に取り込んで、成長し続ける…
「ラインの黄金」から桁外れの密度の高さに叩きのめされた。
好みとしては、ウィーンの響きはちょっと私には軽いのだが、
しかしティーレマンが、時に思い切って豪快な濁音を唸らせ、
清々しく晴れわたる透明感と暗雲立ち込める混沌の対比で
それをことさら際立たせることで、美しい場面の一層の輝きと
音楽が面白いように雄弁に語りかけてきて、それは圧倒的だ。
実はこのCDは買ってからずっと寝かせてしまったのだが、
「指環」は聞くのに時間がかかるもので…しかしこの辺で
ついに聞いてみようと今日から当分の間は「指環」である。

DG 00289 479 1560

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2017年5月22日 (月)

ロイヤル・コンセルトヘボウ

マリス・ヤンソンスの指揮によるマーラーで
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のライブ盤。
今日は、交響曲 第3番 ニ短調を聞いている。
ベルナルダ・フィンクの独唱とオランダ放送合唱団。
2010年2月3-5日にアムステルダム・コンセルトヘボウ。
前に聞こえてくる音と後ろで鳴っている音とのブレンドが
ヤンソンスは絶妙な仕上がりであり、空間の作り方が
なんて上手いのだろうとすっかり聞き惚れてしまった。
録音も素晴らしいのであり、コンセルトヘボウに鳴り響く
豊かな音響をたっぷりとそしてそれをクリアな音質で
見事に収めたCD制作も大きな要因である。感動した。
ヤンソンスの指揮は、基本的にシャープに引き締まって、
しかし同時に鳴らすところでは思い切りよく音が出るし、
マーラーの音楽をしっかり歌い上げて、そうした要素が
不思議なぐらいの調和を保って、これこそが理想である。
ヤンソンスは、ずっとマーラーの指揮に積極的だったが、
それを売り物にしている指揮者ではないと思うのだけど、
いまマーラーを聞くならば、まず思い出すべき存在であり、
このコンセルトヘボウでのライブ・シリーズはどれも凄い。

RCO 10004

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2017年5月21日 (日)

ロンドン交響楽団

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団で
ドビュッシーの牧神の午後への前奏曲(2010.5.12,19)、
交響詩「海」(2009.9.20,24)、バレエ「遊戯」(2009.12.13,18)
ロンドンのバービカン・センターで収録されている。
透明感のある響きと繊細な表現を目指しているが、
じっくりと豊かに描き込まれて、表面的な印象とは別に
表現は濃厚である。聞いては、非常に爽やかなのだが。
ゲルギエフの個性がハッキリと表れていて、そこもいいし、
フランスの指揮者とは、やはり少し違う印象もあるけれど、
私はこの演奏はかなり好きだ。この面白さは楽しめる。
マリインスキー劇場でドビュッシーを聞いてみたいかも。
どうもロシアの作品しか、CDが発売されないのだが、
それかウィーンフィルで取り上げたら、どうなるのだろう。

LSO Live LSO0692

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2017年5月19日 (金)

南西ドイツ放送交響楽団

シルヴァン・カンブルラン指揮南西ドイツ放送交響楽団で
先日のハイドンの続編だが、ヴェルディのレクイエムである。
2008年5月11日にバーデン・バーデンで収録されている。
ヴェルディのイタリア・オペラ的な要素が全く感じられないが、
かつて聞いたことのない完璧な平衡感、研き抜かれており、
ここまで徹底してコントロールされている演奏ってそうはない。
歌手、合唱に至るまで、驚異的な透明感で統一されている。
色彩はないが、モノトーンというのではない強い輝きであり、
この音色は、南西ドイツ放送交響楽団の独特な仕上がり、
シルヴァン・カンブルランの指揮ならではだ。最高である。
この音色で一方のワーグナーを指揮してほしいのだけど、
ブルックナーは多いが、ワーグナーは聞いたことがない。
それよりもやはり、南西ドイツ放送交響楽団の統廃合が
何よりものショックだ。もうこの演奏は聞けないわけで、
シュトゥットガルト放送交響楽団も独特な魅力があって、
それぞれの形で存続してほしかった。今さらなのだけど。

Hanssler SACD-No.93.249

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2017年5月18日 (木)

ウラディーミル・アシュケナージ 17

ウラディーミル・アシュケナージのピアノによる
ベートーヴェンのピアノ三重奏曲を聞いている。
イツァーク・パールマン、リン・ハレルと共演。
ピアノ三重奏曲 第1番 変ホ長調 作品1-1、
創作主題による14の変奏曲 変ホ長調 作品44
1979-1984年にニューヨークのマンハッタン・スタジオ。
ピアノ三重奏曲 変ホ長調 Hess48(アレグレット断章)、
ピアノ三重奏曲 変ホ長調 WoO38(全三楽章)、
ピアノ三重奏曲 変ロ長調 WoO39(アレグレット)、
1979-1984年にロンドンのアビー・ロード・スタジオ。
今回はベートーヴェンの初期の作品ばかりであり、
あとひとつ気付いたのは、変ホ長調が多いのだが、
演奏が素晴らしいので、作品の未熟さは微塵もない。
後半の三曲は、おそらく習作のような印象であろうと
ベートーヴェンらしさはあまり感じられないのだが、
これがまた実にいいのである。ここで楽しめるとは。

CDR909

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2017年5月17日 (水)

ウィグモア・ホール 2010

ウィグモア・ホールのライブ・シリーズから
アンゲリカ・キルヒシュラーガーの歌曲リサイタル。
ウォルフとR.シュトラウスの歌曲が歌われている。
ウォルフのメーリケの詩による歌曲集より
「旅路」「春に」「古い絵に」「めぐりあい」
「見捨てられた娘」「時は春」
ウォルフのケラーの6つの詩による昔の歌
「お入りなさい、気高い戦士たち」「恋人はフィンクのように歌う」
「明るい月の何と輝かしく」「炭焼きの女房は酔っている」
「朝霧のなかを私はさすらう」「乳飲み子よ」
R.シュトラウスの「ひそやかな誘い 作品27-3」
「私の心は沈黙し冷える 作品19-6」
「あなたは私の心の王冠 作品21-2」
「わが子に 作品37-3」「母親の自慢話 作品43-2」
「憩え、わが心 作品27-1」「15ペニヒで 作品36-2」
「あすの朝 作品27-4」、「ツェツィーリエ 作品27-2」
ウォルフの「尽きることのない愛」(アンコール)
R.シュトラウスの「何もなく 作品10-2」(アンコール)
ピアノは、ロジャー・ヴィニョールズである。
2010年2月25日にウィグモア・ホールでライブ収録。
ウォルフとR.シュトラウスの作品によるプログラムは、
その色合いというか、私は大好きである。素晴らしい!
歌曲マニアの通好みというか、なんとも贅沢な時間だ。
ロジャー・ヴィニョールズのピアノに聞き惚れてしまう。
歌曲ピアニストが好きなもので、ついそこに注目だ。

Wigmore Hall Live WHLive0040

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