2017年2月27日 (月)

ベルナルト・ハイティンク 18

ベルナルト・ハイティンクの指揮によるショスタコーヴィチで
今回は歌曲だが、ユダヤの民族詩より 作品79(全11曲)
マリーナ・ツヴェタエワの6つの詩による歌曲 作品143a
管弦楽は、同じくロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で
1983年12月にアムステルダム・コンセルトヘボウで収録。
ハイティンクはこの1983年12月に管弦楽伴奏の歌曲と
交響曲 第6番 作品54を録音している。この歌曲の方は
正直なところマニアックであり、でも繰り返し聞いていたら
やはり独特な雰囲気で、すっかり好きになってしまった。
ユダヤの民族的な響きとツヴェタエワの6つの歌曲では、
さらにショスタコーヴィチの世界が広がっており、音の傾向、
描き出される情景というべきか、その暗さに引き込まれる。

CDR898

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2017年2月26日 (日)

アルバン・ベルク四重奏団 23

アルバン・ベルク四重奏団のドヴォルザークで
弦楽四重奏曲 第10番 変ホ長調 作品51
弦楽四重奏曲 第14番 変イ長調 作品105
1999年5,6月にウィーン・コンツェルトハウスで収録。
ドヴォルザークの音楽は、すべてといっていいぐらいに
祖国チェコへの想いにあふれているが、ここでの二曲も
まさにそうであり、こういう作品での躍動感ある演奏って
アルバン・ベルク四重奏団は何とも魅力的だ。癒される。
元々は現代的でドライな演奏のイメージもあったのだが、
特に後年は、ロマン派の作品をライブ収録で録音して、
そこでは表情豊かに情緒のある音色であったと思う。
この二曲は、エマーソン四重奏団で昨年、聞いたので、
頭に残っているので思い出すが、有名な「アメリカ」で
第12番以外の弦楽四重奏曲ももっとふれる機会が
あってほしいとドヴォルザークの室内楽も素晴らしい。

Warner 0825646090334

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2017年2月25日 (土)

サカリ・オラモ 1

サカリ・オラモ指揮フィンランド放送交響楽団による
プロコフィエフの交響曲 第6番 変ホ短調を聞いている。
2010年9月9-11日にフィンランディア・ホールで収録。
シャープな音作りで丁寧に聞かせていくサカリ・オラモと
透明感あふれる響きのフィンランド放送交響楽団なので
何とも清々しいプロコフィエフだ。予測はしていたのだけど。
熱い感じに畳み掛けるようなプロコフィエフではないので、
この独特の洗練された感覚はイメージと違う部分もあって、
しかし私的には、フィンランド放送交響楽団が好きなので、
北欧の空気は気持ちいいし、これはうれしくなってしまう。
次回は翌年の夏の演奏から交響曲第5番を聞きたい。

ONDINE ODE1181-2

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2017年2月24日 (金)

ダニエル・バレンボイム 24

バレンボイムが開発に加わった新しいピアノによる録音。
様々な作品を弾いて、可能性を確かめようという企画で
スカルラッティのピアノ・ソナタ(K.159, K.9, K.380)
ベートーヴェンの創作主題による32の変奏曲、
ショパンのバラード 第1番、そしてリストの作品から
ワーグナーの「パルジファル」~聖杯への厳かな行進
詩的で宗教的な調べ~葬送曲、メフィスト・ワルツ 第1番
2015年10月にベルリンのテルデックス・スタジオで収録。
通常のグランド・ピアノは中音域の弦が斜めに張られており、
低音の弦と交差していることで、振動が干渉し、音が濁る。
その問題を解消するためにすべての弦を平行に張ったのが、
バレンボイム・モデルのピアノで、その楽器を使用して演奏。
スッキリとした響きでファツィオーリに似ている印象だが、
リストの作品で思いきり大音響を弾いても和音が濁らない、
ベートーヴェンのハ短調でも澄み切った空気が漂っている…
そういうことだと思う。バレンボイムには、この楽器を弾いて、
モーツァルトのピアノ協奏曲を録音してほしいと思ってしまう。

DG 00289 479 6724

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2017年2月23日 (木)

クラウディオ・アバド 27

クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団による
チャイコフスキーの交響曲全集を聞いていきたい。
幻想序曲「テンペスト」と交響曲第2番「小ロシア」
1984年5月15日にシカゴ・オーケストラホールで収録。
作品17の「小ロシア」と作品18の「テンペスト」であり、
同時期の作品が選曲されているのはいい企画である。
「テンペスト」はあまり聞かないので、勉強の機会だ。
「小ロシア」は素晴らしい。シカゴ交響楽団の独特な
ドライでくっきりとした響きだが、アバドが指揮すると
そこに少し厚みが加わって、何とも深みのある音色。
引き締まった短調の響きとその対比として存在する
明るい要素には、民族的な旋律があふれており、
そうしたところでアバドは実に魅力的に聞かせる。
何て上手いのだろうって、1980年代の名演である。

SONY 88697836722

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2017年2月22日 (水)

ギャリック・オールソン 1

ギャリック・オールソンのピアノによるドビュッシーで
ベルガマスク組曲と練習曲集(全12曲)を聞いている。
1988年12月28-30日にコンコーディア大学で収録。
ドビュッシーの練習曲集をギャリック・オールソンの
新しい演奏(2013年)で聞きたいと思っているのだが、
今日はその前に1988年の前回の録音を聞いている。
ベルガマスク組曲は思い入れたっぷりに繊細な表情、
それが少々作為的で、作り過ぎの印象もあるのだが、
現在ならば、もっと自然体な仕上がりになるであろうと
思うのである。練習曲は素晴らしい。絵画的な要素が
入り込む余地のない凝縮された緻密な音楽なのであり、
鮮やかな演奏に感動した。使用されているピアノは、
ベーゼンドルファーであり、粒の際立つ音色と独特な
弾力のある運動性が、ここでの演奏にぴったりだ。

CDR897

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2017年2月21日 (火)

ロリン・マゼール 34

ロリン・マゼール指揮クリーブランド管弦楽団で
今日はベルリオーズの幻想交響曲を聞いている。
1977年1月11日にクリーブランドで収録されている。
とにかくシャープな切れ味でこの鮮やかさはすごい演奏。
やり過ぎの感はあるけれど、これぞマゼールの天才ぶり。
とことんこだわり抜いて、隅々にまで徹底して、精密に
鋭角に表情を作り上げていくのは、驚異の完成度である。
端正な造形というのではなく、折衷的にいろいろな要素を
持ち込みすぎではあるので、好みは分かれると思うのだが、
しなやかに滑らかな動きでまとめていくので、不思議とこれが
極めて自然な仕上がりなのである。そう感じるのは私だけ?
ちょうど40年前ということになるけれど、この演奏が現れて、
後に続いて行く指揮者が出なかったのはなぜであろうか。
やはりさすがに個性的過ぎる…という判断だったのか。
しかし面白いので、夢中になって聞いてしまう49分間。

SONY 88697932382

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2017年2月20日 (月)

クラウディオ・アバド 26

クラウディオ・アバド指揮ベルリンフィルによる
プロコフィエフのバレエ「ロメオとジュリエット」(抜粋)
1996年4月にベルリンのフィルハーモニーで収録。
アバドが非常に研ぎ澄まされた感じになっていくのは、
このもう少し後のことで、プロコフィエフの豊かな響きに
のびのびと取り組んでいる印象がある。ゲルギエフの
しなやかな躍動感に比べるとアバドはきちっとしていて、
やはり端正にまとめる傾向はあるのかなと思うのだが、
ベルリンフィルもドイツ的という感じではないけれど、
ドイツのオーケストラ的な仕上がりではあると思う。

DG 453 439-2

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2017年2月19日 (日)

セミヨン・ビシュコフ 2

セミヨン・ビシュコフの指揮によるベルリンフィルで
ショスタコーヴィチの交響曲 第11番 ト短調「1905年」
1987年3月にベルリンのフィルハーモニーで収録。
このCDは久しぶりに聞きたいとすぐに出せるところに
ずっと置いてあったのだが、ハイティンクの演奏を聞いて、
すると一気に興味が湧いてきて、今晩こそは出してみた。
こちらの方が明るい響きで、緩急もたっぷりと豊かであり、
つまりは盛り上がるところの大迫力は凄まじいものがある。
中学生のときだったと思うのだけど、発売と同時に買って、
当時はショスタコーヴィチの交響曲なんて、第5番ぐらい、
他には聞いたこともなかったので、少しずつ他の交響曲に
手を出したのであって、何でも聞ける今とは大違いである。
この頃、期待の若手として注目されていたビシュコフが、
天下のベルリンフィルを相手にこのCDを出したのって、
ショスタコーヴィチの音楽が一般的になっていく過程では
重要な役割を果たしたのかもしれない。影響されたのが、
ここにも一人いるわけで、ビシュコフのファンなのである。

PHILIPS 420 935-2

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2017年2月18日 (土)

ベルナルト・ハイティンク 17

ベルナルト・ハイティンクの指揮によるショスタコーヴィチで
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団との交響曲第11番。
1983年5月にアムステルダム・コンセルトヘボウで収録。
ショスタコーヴィチの交響曲でも最も映像的な作品において、
純音楽的な仕上がりにこだわって、引き締まった表現は、
何とも感動的だ。「1905年」という、立ち上がる民衆たちを
銃殺で制圧する第2楽章の描写も映画にならないのには、
むしろ驚きというべきか。派手になりがちの巨大な効果を
ハイティンクは少し抑制することで、美しい響きが生まれ、
結果的に音楽の真価が真っ直ぐに伝わってくるのを感じる。
各楽章には標題が付けられており、4つの楽章は連続して、
血の事件の惨劇が、時間の流れの中に描写されていく。
そうした方向性は交響詩のようにも考えられているのだが、
ここで音楽を構成している要素は、革命歌からの引用も
多いそうで、作曲技法の極致に研究材料は尽きない。

CDR896

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