2009年11月14日 (土)

バイロイト音楽祭2008

20091114

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第3幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
今日は第3幕を第1場の途中から…じっくり堪能した。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による8月2日の上演である。
第3幕第2場で記憶がよみがえる薬を飲んだジークフリートは
これまでの武勇伝を語り、誓いが偽りであったことを自ら証明してしまう。
物語を総括するように楽劇「ジークフリート」の音楽が流れ、
「森のささやき」の場面は美しい。ここでのティーレマンの指揮が
驚くほどの透明感と強い輝き、何て素晴らしいのだろう。
そしてジークフリートの死から葬送行進曲への
聞いたことのないような深みのある音色、奇跡である!
とにかく感動。オーケストラの響きが清らかになった。
2008年のバイロイト音楽祭はこれで終了。
2009年は、新演出はなく、すべて同じ演目だが、
年末の放送を楽しみに今から期待している。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2009年11月13日 (金)

バイロイト音楽祭2008

20091113

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
今日は第3幕を第1場の途中からで準備ができたところ。
明日、じっくりと聞きたいと思っているが、
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による8月2日の上演である。
画像は第3幕第1場のラインの乙女たちだが、
胸がはだけちゃって、何だかだらしない…という。
ラインの黄金をアルベリヒに奪われて、
その後取り戻すことのできない堕落ぶりを表しているのか…
神々の世界を擬人化して描く演出もあるが、
ドルストの演出は何となくその点でも中途半端で
ならばラインの乙女たちも中性的な表現がいいのだけど…
一方でティーレマンの指揮による音楽は、何というか…
ただただ素晴らしくって、圧倒的完成度である。感動。
「神々の黄昏」も第3幕に来るといよいよ終わりなので
特別な思いがこみ上げてくる。それはいつものことだが。

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http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2009年11月12日 (木)

バイロイト音楽祭2008

20091112

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第2幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
今日は第2幕と第3幕第1場の途中までを聞いている。
第3幕がCD一枚に収まらないため…残念ながら
前奏曲と第1場の冒頭部分を第2幕の続きに。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による8月2日の上演。
「ニーベルングの指環」ではじめて合唱団が登場するのが
この第2幕で、画像は最も盛り上がる第2幕第4場。
ティーレマンの音作りはよく鳴るし、基本的に膨張傾向の音楽で
最初の2006年などは、主導動機が流れの中に埋没しているような
そういう印象が強かったのだが、ここでは大きく変貌している。
非常に鋭く、フレーズの形成がとにかく明瞭。
もちろん迫力は相変わらずで巨大な存在を感じるのだが、
音楽の隅々にまでティーレマンの意図が反映されている。
本当に素晴らしくて、ただただ聞き惚れるばかり。

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2009年11月11日 (水)

バイロイト音楽祭2008

20091111

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第2幕からアルベリヒとハーゲン。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
今日は第2幕と第3幕前半を準備中。ただ今編集中。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による8月2日の上演。
これは毎年書いていると思うのだが、
第2幕の第1場が私は大好きで
アルベリヒが最後に少しだけ登場するのだけど、
息子ハーゲンの夢枕に表れるのである。
舞台写真を見てみるとハーゲンは寝ているのか?
実際に語りかけているようで、ハーゲンも応えているような印象だが。
不気味であり、ニーベルングの呪いはここに極まるのである。
アルベリヒのアンドルー・ショアとハーゲンはハンス・ペーター・ケーニヒ。
2008年の写真は公開されておらず、2009年のものである。

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2009年11月10日 (火)

バイロイト音楽祭2008

20091110a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」の舞台からグンターとハーゲン。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
今日は第1幕の後半で第2場と第3場。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による8月2日の上演。
序幕から間奏曲「ジークフリートのラインへの旅」へと
最高の盛り上がりをみせ、場面はギービヒ家へと変わって、
第1幕は少々地味であるのかもしれない。
しかしここがワグネリアンにはたまらない。
序幕と第1幕で二時間にも及ぶ…長いのである。
第1幕に関しては2008年の舞台写真は公開されていない。
ということでここから登場して、「神々の黄昏」の中心的な配役である
グンター(ラルフ・ルーカス)とハーゲン(ハンス・ペーター・ケーニヒ)。
第3場では再びブリュンヒルデの元にジークフリートが現れるが
隠れ頭巾によってグンターに姿を変えているのであり、
ブリュンヒルデは衝撃を受ける。

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2009年11月 9日 (月)

バイロイト音楽祭2008

20091109a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」序幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
今日は序幕と第1幕の前半で第1場まで。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による8月2日の上演。
こういう書き方はあまりティーレマンにはしないのだが
細部にまで繊細な表現が冴えわたり、
輝きに満ちた響きは圧倒的!とにかく完璧である。
音楽の全体像や聞かせ方は実に骨太だが、
研き抜かれた表現と重厚な響きとが
絶妙な一体感をなしている。
ほとんど奇蹟的である。これ以上の何を望もう?

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画像は序幕の前半で3人のノルンが、
運命の黄金の綱を編んでいる。
しかし綱はもつれ、ついには切れてしまう。
ジモーネ・シュレーダー、マルティーナ・ディーケ、
エディット・ハラーの3人で下には骸骨が並んでいる?
モノトーンな衣装と照明の効果が素晴らしい。

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2009年10月22日 (木)

バイロイト音楽祭2008

20091022_2

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」の指揮者クリスティアン・ティーレマン。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
今日は下調べに全体を通して聞いてみている。
詳しく改めてじっくりと聞きなおすのだが、
昨日、一昨日とプッチーニを聞いていたので
頭を切りかえるのがたいへん!って、思ってしまうけれど
それがそうでもないので、やはり私はワーグナーが最高!
クリスティアン・ティーレマンの指揮だが、
基本的には楽劇「ジークフリート」の延長線上にあって
研き抜かれてきたな…細かいところまで聞こえるようになった!って、
響きには輝きが増し、表現もかなり洗練されてきた印象ではあるけれど
しかしそれぞれの部分では、当初からの骨太な音楽は全く変わらずに
いかにもドイツのワーグナーである渋い音色も生きているし
ただひたすらに感動的である。この2008年の「指環」では、
ティーレマンの音楽の動きや表現における躍動感に関して、
より自然に軽やかさすら感じられる…とにかく完成されてきていると
私は以前から絶賛してきているのだが、そう書いて…
誤解を生んではいけないのだけど、重心の低い音作りはもちろんで
このバランス感覚はワーグナー表現の極致であると思う。
戦後バイロイトの歴史でついにここまで来たな…って
ウォルフガング・ワーグナーさんなどは
喜びをかみしめているのではないだろうか。

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2009年8月21日 (金)

バイロイト音楽祭2008

20090821

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
今日は第3幕の後半で第2場の途中から長大な第3場。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月31日の上演。
さすらい人(ウォータン)の制止を振り切って
一気に岩山へと上り詰めるジークフリート。
ここがまたものすごい迫力で圧倒される。
ブリュンヒルデが炎に包まれ眠っており、
「ワルキューレ」の第3幕に戻ってきた。
炎の恐ろしさを知らないジークフリートは
ブリュンヒルデを眠りから呼び覚まして、
しかしもうワルキューレとしての役割を失った
ブリュンヒルデなので、ワルキューレの動機は姿を消して
そこにも単なる「ワルキューレ」第3幕の続きではない
「ジークフリート」第3幕なのであって、指環の後半へ
「神々の黄昏」へのつながりを強く感じる。
いつ聞いても思うのだが、この第3幕まで来ると
いよいよ「指環」も終盤だな…って
「ジークフリート」第3幕は愛の歓喜の中に
激しく盛り上がるのだが、同時に悲劇のはじまりである。
ティーレマン指揮の2008年の「ニーベルングの指環」だが
楽劇「ジークフリート」はすごくよかった。
「ラインの黄金」も非常に感動したのだが、
どうも「ワルキューレ」は、私はあまり集中できなかったけれど
「ジークフリート」は細部まで冴えわたって、輝きも増して、
いよいよ「神々の黄昏」への期待が高まってくる。

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2009年8月20日 (木)

バイロイト音楽祭2008

20090820

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
今日は第3幕の前半で第2場の途中まで。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月31日の上演。
第3幕の前奏曲からティーレマンの引き出す音が
恐るべき重量感で鳴りっぷりもよく、雄大である。
わりとゆったりのテンポ設定だが、
もう慣れてしまっているので全く気にならない。
とにかくオーケストラがすごい迫力だが、
さすらい人(ウォータン)のアルベルト・ドーメンも負けずに
気迫に満ちた響きが隅々にまで行きわたって、感動的である。
画像は第1場でエルダに神々の未来を予言させるところ。
エルダは2007年までは藤村実穂子が歌っていたが、
「パルジファル」のクンドリに移って、
2008年からはクリスタ・マイアが歌っている。

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2009年8月19日 (水)

バイロイト音楽祭2008

20090819a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第2幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
今日は第2幕を聞いている。昔からここが大好きで。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月31日の上演。
アルベリヒが時折登場してくるが、ここでの第1場、
そして「神々の黄昏」の第2幕第1場など
ニーベルングの呪いを確認しているのであり、
音楽は暗く、不気味に…まさに暗黒の森だが、
「ニーベルングの指環」の物語が進んでいく中で
重要なスパイスになっている気がする。
第1場はアルベリヒとさすらい人ウォータンが
ファフナーから指環を奪い取ろうと
それぞれ言葉巧みにそそのかすのだが、
ふたりは全く相手にされないのであり…
その内容はこれからの展開を予告しているのである。
アルベリヒのアンドルー・ショアは素晴らしい!

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第2幕の舞台写真。森の中は設定の通りだが、
背後に建設中の高速道路が横たわっており、
ファフナーの大蛇を連想させる。

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ジークフリートが大蛇(ファフナー)を退治したところであろう。
第2幕第2場である。ファフナーはジークフリートに
「こうしたことをさせた者にこそ注意しろ!」と警告を与え、
ジークフリートは大蛇から剣を抜いた熱い返り血を口にして
すると小鳥の声を理解できるようになる。最も面白いところ!
大蛇との格闘の場面はものすごい重量感と迫力だが、
その後の小鳥の声で「森のささやき」が戻ってくると
何ともいえない美しい透明な響きでこの辺の描きわけの見事さ、
ティーレマンという人は何てうまい!表現の幅が広いのである。

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2009年8月18日 (火)

バイロイト音楽祭2008

20090818

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
今日は第1幕の後半で第2場の途中から第3場。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月31日の上演。
画像はミーメのゲルハルト・ジーゲル。
2009年はミーメも交代でウォルフガング・シュミットが出演。
ゲルハルト・ジーゲルのミーメを聞けるのもこれで終わりである。
ウォルフガング・シュミットは、かつてはジークフリート歌手で
1994年から1998年のアルフレッド・キルヒナーの演出で
そしてその後のユルゲン・フリムの演出でも一部で
ジークフリートを歌っていた。2000年はすべてシュミットである。
ジークフリートからミーメへ移ることはたまにあるようだが、
でも注目の配役であり、楽しみである。
そこでここでのゲルハルト・ジーゲルだが、
第1幕はミーメが大活躍なのでじっくり聞いた。
活躍といっても哀れな役柄なのだが。
ジークフリートにいじめられ、ウォータンにも脅かされ…
それにしてもティーレマンが創りだす音楽というのは
第3場後半でのあまりの巨大さには圧倒される。
雄大に豪快に強靭に…そして同時に細部に関しては
明瞭に透明な響きが聞こえてくるのだからとにかくすごい。

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2009年8月17日 (月)

バイロイト音楽祭2008

20090817_2

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第1幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
今日は第1幕の前半で第2場の途中まで。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月31日の上演。
ティーレマン独特の豊かな広がりの感じられる音響。
それが「ジークフリート」だと加えて細部まで研き抜かれて
やはり素晴らしい。私は好きである。これに比べると
「ワルキューレ」はちょっと粗かったような?
第1幕はジークフリートとミーメ、そしてさすらい人(ウォータン)、
この3人しか登場人物がいなくて、音楽も極めて緻密であり、
最初のうちは捉えにくいのだが、はまるとたまらない。
ジークフリートのスティーヴン・グールドだが、
さすがに慣れた。3年聞いているので。
今ではこの声に安心感すらもおぼえるのである。
しかし2009年からはジークフリートはクリスティアン・フランツで
ということは、スティーヴン・グールドはこれで聞き納めか。
でもクリスティアン・フランツの復活はうれしいな!

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2009年7月13日 (月)

バイロイト音楽祭2008

20090713

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月29日の上演。
今日は第3幕である。鳴りっぷりがよくて、かなりの強靭さ、
圧倒的な重量感はさすがとしかいいようがなく…
でも考えてみるとこの前日の「ラインの黄金」で
だいぶ洗練されて、研き抜かれた印象だったのに比べると
「ワルキューレ」は勢いに乗って、思い切りいいなと。
「ジークフリート」では、この辺がどうなっていくのか?
楽しみである。少し休んで、続いて「ジークフリート」に進みたい。

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2009年7月12日 (日)

バイロイト音楽祭2008

20090712

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第2幕第5場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月29日の上演。
今日は第2幕の後半で第2場の途中から第5場。
第3場ではジークムントとジークリンデが登場。
第4場でブリュンヒルデはふたりの運命を聞かせ、
それに必死に抵抗しようとするジークムント、
絶望の空気が漂うが、感動的な音楽である。
そして第5場では、フンディングを倒そうとするジークムントに
ウォータンは槍でノートゥングを折ってしまって、
ジークムントはフンディングの槍に敗れる。
フンディングもまた、ウォータンの一撃に倒れ、
ブリュンヒルデはウォータンの命令に背き、
ジークリンデを連れ、姿を消してしまう。
すべてが悲劇的な展開であり、音楽も劇的に
第2幕の幕切れは圧倒的な盛り上がりである。

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2009年7月11日 (土)

バイロイト音楽祭2008

20090711

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第2幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月29日の上演。
今日は第2幕の前半で第2場の途中まで。
毎年同じようなことを書いている気がするのだけど、
「ワルキューレ」の第2幕は聞くと思っている以上に感動する。
というのは、「指環」前半の最高の盛り上がりである第1幕の後、
有名な第3幕の前にあって、中間の第2幕は地味である。
第1場と第2場の前半部分はモノトーンな響きで暗いし、
第2場ではウォータンが若き日のことを(物語の内容を確認)
ブリュンヒルデに語り聞かせるモノローグが続く。
抑制の表現であり、沈んだ世界が永遠に連なって…
しかしそこがいいのである。これこそが求めているもの。
「指環」に魅せられている人はみんな好きだろう!
画像は第1場でウォータンがフリッカにさんざん言われるところ。
ウォータンのアルベルト・ドーメンとフリッカはミシェル・ブリート。
アルベルト・ドーメンが、あんまり評判がよくないようだが、
録音でのみ聞いているとなかなか存在感があるけれど。

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2009年7月10日 (金)

バイロイト音楽祭2008

20090710

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
だいぶ遅くなってしまったが、今日は第1幕である。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月29日の上演。
公開されている2008年の舞台写真は画質が悪いのだが、
第2場でフンディングの一行が戻ってきたところ。
ティーレマンの指揮に関して、何となく感じたのだが、
遠く彼方からの響き、そして彼方への響き、
音楽が生み出す遠近感のイメージが素晴らしい。
つまり前奏曲と第1場では、追手が迫ってくるのを意識し、
目の前の舞台があって、さらに見えないところにある
フンディングたちの存在。非常に奥行きが感じられる。
そして第3場まで行くと目の前にいるジークリンデの存在と
ジークムントの心の中にある明日の果たし合いへの意識、
ティーレマンの手法というのは、輪郭を際立たせることはしないのだが、
しかしそこから創造される音楽は、彫りの深い立体的な印象がある。

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2009年6月10日 (水)

バイロイト音楽祭2008

20090610_2

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」のリハーサル風景。
ブリュンヒルデ役のリンダ・ワトソン、
そしてジークムント役のエントリク・ウォトリヒ。
中央にいるのが演出のタンクレッド・ドルストである。
ということは、場面は第2幕の後半であろう。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から
楽劇「ワルキューレ」を最初に一度通して聞いてみた。
トラック設定のための各場の位置の確認で
詳しくは来週以降…もしかしたら再来週か?
じっくり改めて聞くので、今日は全体を把握した程度。
ティーレマンの指揮は「ワルキューレ」になると
ますます豪快さと力強さが増しているようである。

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2009年5月27日 (水)

バイロイト音楽祭2008

20090527a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ラインの黄金」。
今日は後半の部分で第3場の途中から第4場である。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月28日の上演。
第3場のこの画像はあまり注意していなかったのだが、
前の二人はもちろんウォータンとローゲ。
そして正面の光っているところは、大蛇?それともカエル?
アルベリヒははじめ大蛇に化けて驚かせるが、
ローゲにそそのかされて、次にカエルに化けて見せる。
危険が迫ったときは、小さなものに化けて逃げるのが一番だと。
そこをウォータンとローゲは捕まえて、縛り上げてしまう。
音楽は闇に包まれている印象だが、一番面白いところ。

20090527b

そして地下のニーベルハイムから地上に戻って第4場。
第2場と同じくこの演出では都市公園の設定である。
左にいる白い衣装の配役はみな神々だが、
右にいる普通の服装をした人?これは…
もしかしたら神々の存在には全く気づかずに
普通に公園で時間を過ごしている人間を表しているのかも。
ワーグナーの設定にはない役柄を配置、という話を
どこかで聞いたような気もするのだが、ちょっとあやふや。

来月は続く楽劇「ワルキューレ」を聞く予定である。
2008年はティーレマンの解釈にさらに研きがかかっているが、
「ワルキューレ」でどう聞かせてくれるのか?大いに期待。

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2009年5月26日 (火)

バイロイト音楽祭2008

20090526

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ラインの黄金」。
今日も前半部分で第3場の途中まで。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月28日の上演。
画像は第2場でワルハラ城の見える山頂の場面だが、
ファゾルトとファフナーの兄弟は、ワルハラ城建設の報酬を
ウォータンに要求し、フライアを連れ去ろうとしているところである。
これより先は、ここで登場するローゲが重要な役になってきて、
やはり映像で見たくなってしまう。ローゲはアルノルト・ベゾイエン。
中央にいる赤い髪が立っている男が火の神ローゲである。
ワーグナーの設定では山頂になっているが、
ドルストの演出では「ごくありふれた都市公園」。
天上の神々の世界だが、実は我々の身近な所に存在する…
というコンセプトであるらしい。第4場も同じ情景である。

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http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2009年5月25日 (月)

バイロイト音楽祭2008

20090525a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「ラインの黄金」。
今日はその前半部分で第3場の途中まで。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月28日の上演。
いよいよ今年も「ニーベルングの指環」を聞きはじめた。

画像は冒頭のラインの川底の場面だが、
アンドルー・ショアのアルベリヒが素晴らしい。
録音で聞いているのでどういう動きで演じているのか?
ラインの乙女たちとのやり取りはいかに?というのが
わからないのが残念だが、それにしても緊張感があり、
幕が開いてすぐ、最初の見せ場を見事に作り上げている。

20090525b_2

この指環も2008年で3年目であり、
ティーレマンの指揮がずいぶん変わってきた気がする。
軽くなったと書くと誤解を生みそうだが、
そういう印象があるのも…響きが薄くなることは決してないけれど
動きがシャープになり、ディテールの鮮やかさは断然増して
音が明るくなっているのである。輝きがすごい!透明感も。
ティーレマンの重厚さには、どこか鈍さがあったと思うのだが、
ここではワーグナーの音楽を鋭く、切れ味よく描き出していて
ついに完成させたなという…そういう感想が出てくるのである。
バイロイトの上演というのは、5年間で毎年少しずつ
確実にクオリティを高めていくという方法だが、
ティーレマンの場合には、ここである程度の結果を出せているような
さすがである。残りの2009年と2010年は保証付きという感じか?
2009年は歌手の変更があるので、そちらに注目が集まるかもしれず
その辺については、各場面でふれていきたい。

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2009年4月25日 (土)

バイロイト音楽祭2008

20090425

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第3幕第5場
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
今日はいよいよ第3幕の後半で第5場を聞いている。
「マイスタージンガー」の音楽は極めて緻密にして
精妙に多様な要素が盛り込まれていると思うのだが、
この最後の歌合戦の場面は実に単純明快である。
これまで丁寧に濃密に積み上げてきたものを
ここで一気に解き放っているような
聞いているこちらにとってもその解放感が心地よく
清々しい晴れやかな舞台は圧倒的な感動だ。
しかし写真を見るとこの演出の舞台というのは、
どうも暗くて、陰気な印象も漂っているが…
実際の感想ではどうなのだろうか?

来月からは「ニーベルングの指環」で
連休明けには「ラインの黄金」を聞きたいと思っている。
今年もいよいよリングである。夏はこれに限る!

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2009年4月24日 (金)

バイロイト音楽祭2008

20090424

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第3幕第4場
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
今日は第3幕の前半で第4場の途中までを聞いている。
ここでは入れ替わりでいろいろな登場人物が出るが
そのやり取りは非常に精妙な表現で描かれており、
内面的な心の動きを音楽が伝えてくることも多く、
感動して、夢中になって聞かされるところである。
セバスティアン・ヴァイグレの指揮は透明な感覚で
繊細な表情によって細部までいきいきと語らせ
的確で説得力ある仕上りは素晴らしいと思う。
ワーグナーというと音の厚みが重要であり、
内から湧き起こってくる重厚な感動を求める向きもあるが、
セバスティアン・ヴァイグレの今日的な発想も魅力である。

やはりここで一番面白いのは、第3場のベックメッサーではないかと。
その壊れっぷりはまさに喜劇の核心であり、同時に
カタリーナ・ワーグナーの解釈における前衛性を表現している。
ベックメッサーの動機が哀れに鳴り響いて、
ミヒャエル・フォレの破壊のエネルギーは見事!
この前衛性が第5場の歌合戦における
ベックメッサーの無調音楽へとつながっていく。
通常のとらえ方ならば、音をはずして音痴と考えればいいのだろうが、
ここでは無調音楽を確立する偉大な前衛アーティストなのであり、
それが審査の聴衆にハッキリと拒否されるというのも皮肉である。

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2009年4月23日 (木)

バイロイト音楽祭2008

20090423

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第3幕第1場
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
今日から第3幕を聞きはじめた。第4場の途中まで。
音源をパソコンに取り込み、現在編集中。
私は第2幕が好きなのだが、この第3幕の前半も
非常に緻密で多様な印象は実に面白く、やはり好き。
カタリーナ・ワーグナーの解釈では、
第1幕と第2幕は非常に革新的な音楽だけど、
第3幕になると極めて保守的に戻ってしまうということだが、
ここでの第3幕第1場から第4場を聞いている感じでは、
どういう点を指摘しているのか、あんまりよくわからない。
これからじっくり聞いていきたいと思っているが…

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2009年4月22日 (水)

バイロイト音楽祭2008

20090422a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第2幕第6場
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
今日は第1幕第3場の終わりの部分と第2幕を聞いている。
「マイスタージンガー」はそのすべてが素晴らしいのだが、
私は特にこの第2幕が一番好きである。
変化に富んで、圧倒的に面白い。もちろん音楽は美しく。
主導動機の緻密な扱いも何度聞いても興味は尽きない。

写真は第2幕第6場なのだが、これがまた
どういう状況を語っているのか、知りたいのである。
第5場のザックス、ヴァルター、エヴァなどに加えて
第6場ではさらにベックメッサーが登場し、
自ら奏でるラウテに合わせて、エヴァにセレナーデを歌う。
ザックスは靴型を叩く金槌でベックメッサーの歌を採点する。
窓に姿を現したエヴァと思われる女性は、
実はマグダレーネであり、恋人のダヴィットは怒って
ベックメッサーを殴りつけ、第7場の大乱闘へと発展する。
ここでのカタリーナ・ワーグナーの演出では、
ザックスは金槌ではなく、タイプライターをカチャカチャ叩いて、
第2幕の後半では、ずっとその音が入っている。
ザックスの後ろでダヴィットがベックメッサーの行動を観察していて、
その辺は話の筋に合っているのだが、どういう設定なのか?

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ここで大活躍のベックメッサーはミヒャエル・フォレが演じており、
評判だったと聞いているが、残念ながら2008年が最後の出演である。
今年2009年はアドリアン・エロエドという歌手が予定されている。
フィガロやパパゲーノ、グリエルモ(モーツァルト)、
プッチーニの「ボエーム」でマルチェルロ、
「マノン・レスコー」のレスコーなどを演じているようで
ベックメッサーの滑稽ぶりは強まるか?
ウィーンではティーレマン指揮の2007/2008シーズンの公演で
すでにベックメッサーを歌っているようである。楽しみだ。

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2009年4月21日 (火)

バイロイト音楽祭2008

20090421a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕第3場
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
今日は午後ずっと外出していたので
夜になってから第1幕を少しだけ聞いている。
昨日と同じ第3場の途中までである。
CDの収録時間の関係で第3場の終わりの部分は、
第2幕と一緒に聞きたいと思っている。

20090421b

ヴァルターを演じているクラウス・フロリアン・フォークト。
第3場の後半で美しい歌を聞かせてくれる。
写真もその場面でこの演出では画家という設定。

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2009年4月20日 (月)

バイロイト音楽祭2008

20090420

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕第1場
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
今日から第1幕を聞きはじめた。第3場の途中まで。
カタリーナ・ワーグナー演出の2年目の上演である。
音源をパソコンに取り込み、現在編集中。
セバスティアン・ヴァイグレの指揮だが、
細部に研きがかかって、決して濃厚ではないが、
表情付けにより輝きが増しているような印象も。
最初の年もそうだったのかもしれないけれど。
しかし二年目で余裕も出て、きっとよくなっているはず!

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2009年4月16日 (木)

バイロイト音楽祭2008

20090416_2

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を指揮する
セバスティアン・ヴァイグレである。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
今日は最初に一度通して聞いてみた。
「マイスタージンガー」はやはり感動する。最高だ。
ハンス・ザックスを歌っていたフランツ・ハヴラタだが、
どうもこの2008年で聞き納めのようで…残念。
今年2009年はアラン・タイタスの出演が予定されている。
久しぶりではないだろうか?2004年のウォータン以来?
そしてもっとびっくりしたのが「ジークフリート」「神々の黄昏」で
ジークフリート役のスティーヴン・グールドも2008年が最後。
何と2009年はクリスティアン・フランツが復活!
クリスティアン・フランツのジークフリートは大好きなので
そちらはかなりうれしい。しかし5年前に逆戻りは不思議。
2008年の「マイスタージンガー」は来週じっくり聞いていきたい。

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2009年3月12日 (木)

バイロイト音楽祭2008

20090312a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「トリスタンとイゾルデ」。
第3幕第1場の途中から最後の「愛の死」まで聞いている。
長大な第1場だが、傷を負ったトリスタンは夢と現実の間をさまよい
ロバート・ディーン・スミスの歌が感動的である。
第3幕は中央に病人ベッドがずっと置かれている。

20090312b

そして第3場になるとベッドの上には今度はイゾルデがおり、
そこで「愛の死」を歌うのではないかと…
おそらく第2場でイゾルデがトリスタンの元へ駆け寄ってきたところで
最後の力を振り絞り、トリスタンはベッドから下りて、
イゾルデの元へ近寄ろうとするのではないかと思うのだが…
画像は2006年のものなので、イゾルデはニーナ・ステメ、
同じくマルケ王の軍勢により切りつけられ横たわっているのは
ハルトムート・ウェルカーのクルヴェナールである。
2008年に出演しているのは、イゾルデがイレーネ・テオリン、
クルヴェナールはユッカ・ラシライネンである。
私はハルトムート・ウェルカーのアルベリヒやテルラムント、
そしてクルヴェナールが大好きだったのだが、残念ながら
現在はバイロイトの顔ぶれから離れてしまったようだ。

今週は7月26日に上演された楽劇「トリスタンとイゾルデ」を聞いてきたが、
少し休んで次は、7月27日の楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
カタリーナ・ワーグナー演出による二年目の公演を聞きたいと思う。

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2009年3月11日 (水)

バイロイト音楽祭2008

20090311c

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第2幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「トリスタンとイゾルデ」。
第2幕第2場の後半から第3幕第1場の前半までを聞いている。
2008年からはマルケ王はローベルト・ホルが歌っている。
深く信頼していたトリスタンの裏切りを知り、
その苦悩を切々と歌うマルケ王のモノローグ。
ローベルト・ホルで聞くとどうしてもこれまでのイメージで
ザックスであり、グルネマンツを思い出してしまう。
でも私はローベルト・ホルが大好きなので
マルケ王での出演は大歓迎。うれしい。

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ローベルト・ホルのマルケ王役の写真を見つけた。
マルターラーの演出では、グレーのコートを着ていて、
衣装は国王という感じではないけれど。

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2009年3月10日 (火)

バイロイト音楽祭2008

20090310

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第2幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「トリスタンとイゾルデ」。
第1幕第5場と第2幕の前半で第2場の途中までを聞いている。
停滞から最後に一気に活気を帯びて第1幕は閉じられるが、
第2幕になると進むだけ進めと暴走の勢いは止められず、
しかしペーター・シュナイダーの指揮はどこまでも丁寧に
明るくて軽めの音色がこの第2幕の音楽にはぴったりである。
まさに夢の世界に包まれる優しさにも満ちた響き。
もちろん第2場の前半でトリスタンとイゾルデがお互いの情熱により
激しく盛り上がる場面では、オーケストラもよく鳴っている。
しかし押しつけの表現は一切なく、よく通る美しい音色は極上の心地よさ。
提供されている画像は2006年のときのもののようで
イゾルデはニーナ・ステメ、ブランゲーネはペトラ・ラングである。
2008年はトリスタンのロバート・ディーン・スミス以外は大幅に入れ替えで
イゾルデをイレーネ・テオリン、ブランゲーネをミシェル・ブリートが歌っている。
私はロバート・ディーン・スミスの熱烈なファンなので最高!

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2009年3月 9日 (月)

バイロイト音楽祭2008

20090309

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「トリスタンとイゾルデ」。
第1幕の後半で第5場と第2幕の前半を聞いている。
画像は第1幕の舞台だが、クリストフ・マルターラーの演出による
このプロダクションも3年目なので見慣れたけれど
全三幕で大枠では舞台に変化はないので、
観ている人にとっては退屈なのか?
そうでもないのか?どうなのだろう。
第1幕のこの写真では、暗いし、殺風景で
元々の設定が船の上なのでいいのかもしれないが、
現代の感覚からするとクラシカルなデザイン。
作曲された19世紀の当時の視点からすると
シンプル・モダンであり、視覚的には簡潔にまとめたいのかと。
演出の中身で勝負なので舞台は刺激的ではなく。
この舞台デザインだが、どうもクラウス・グート演出の
「さまよえるオランダ人」のセットに似ているような印象なのだが。

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2009年3月 8日 (日)

バイロイト音楽祭2008

20090308_2

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」の指揮者
ペーター・シュナイダーの写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から楽劇「トリスタンとイゾルデ」。
今日から第1幕を聞きはじめた。前半で第4場まで。
近年のバイロイトの指揮者陣でティーレマンの存在感は圧倒的だが、
もちろんティーレマンのリングはこの上なく感動的で
しかしそうした中であえて私の好みにすごく合うのが、
アダム・フィッシャーとペーター・シュナイダーである。
ここでの「トリスタンとイゾルデ」第1幕では、
あくまでも録音を聞いての印象だが、
歌手の歌声に比べるとオーケストラのバランスが少々控えめのようで
しかししっかり聞くと驚異的なしなやかさと流麗な輝きであり
何というか、格の違う、次元の違う仕上がり、完成度なのである。
若い指揮者や全体の方向性としても現代は
音楽を明瞭に角をはっきりと立体的に聞かせようというのを感じるが、
シュナイダーはあえて輪郭をぼやかしているようなところもあり
ワーグナーの音楽における永遠性、彼方への響きにぴったりである。
「トリスタンとイゾルデ」の必死につかもうとしてもすり抜けて、
この不安定さと決してとらえきれない存在、無限への憧れ。
そうはいっても主導動機の扱いや場面の展開ははっきりと浮かび上がり、
さすがに熟練の極みというか、見事としかいいようがないのである。
強引さは全くなくて、肩の力も抜け、音楽は自然体に進行して、
何という自在さであろう。悟りの域にあると私は感じるのだけど。

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2009年2月 9日 (月)

バイロイト音楽祭2008

20090209

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
今日も第3幕を聞いている。スローテンポにもすっかり慣れ。
写真は後半の寺院の場面であると思うが、
中央の脇腹に傷を負った男がアンフォルタスで
しかしステファン・ヘアハイムの今回の演出では、
配役それぞれに脇腹から血が流れているそうで
全員がその苦しみを共に分かち合っていると
そうした意図が込められているそうである。
パルジファルの背中には、無数の傷があり、
つまりキリストの鞭打ちの痕だそうだが、
それについては、確認できる写真がない。

初年度の「パルジファル」を堪能した。
できれば2009年はもう少しスッキリさせて
停滞感は控えめにせめて第3幕がCD1枚に収まるよう!
少し休んで、続いて7月26日の公演から
楽劇「トリスタンとイゾルデ」を聞きたいと思う。

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2009年2月 8日 (日)

バイロイト音楽祭2008

20090208a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
今日から第3幕を聞いている。音を取り込み、現在編集中。
第2幕は迫力で盛り上がったのだが、第3幕に進むと
再びガッティの指揮はスローテンポになって、
とにかく丁寧に音楽を扱って、しかしちょっと遅い…
会場の聴衆もさすがに我慢の限界だったのか?
最後のところで音が鳴りやむ前に拍手が起きてしまう。
ひとりがはじめると後は雪崩のように…という感じだが、
しかし「パルジファル」の音が消えていく感動的な幕引きに
拍手やブラヴォーの掛け声、これではすべてが台無しである。
なんか、残念というか、悲しい。これはないでしょ!

20090208b

第3幕のグルネマンツ、パルジファル、クンドリーの登場シーン。
「聖金曜日の音楽」の場面かどうかはわからないが、
グルネマンツがパルジファルに洗礼を施し、
クンドリーもまた救済されるというところ。
軍人の服装をしているのがパルジファルだと思うのだが、
戦争から帰還してきたということなのか?
この演出で第3幕は第二次世界大戦後の情景であるらしい。

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2009年2月 6日 (金)

バイロイト音楽祭2008

20090206a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
今日から第2幕を聞いている。時間の関係上、第3幕の冒頭も一緒に。
第3幕が82分ほどでCD1枚に収まらないという…ちょっと遅い。
ガッティの指揮があまりのスローテンポで、第1幕ではさすがに
ところどころ構造も崩れ気味に大袈裟な表現が気になって、
しかし第2幕になると劇的で迫力の表現は素晴らしく、
ガッティの雄弁な歌わせ方にも感動してしまう。
鳴りっぷりもよくって、しかしティーレマンの音とも違うし、
バイロイトのドイツっぽいワーグナーとは少し方向性の異なるような…

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第2幕は全体に非常に素晴らしいのだけど、前半でいうと
クリングゾル(トーマス・イェザトコ)とクンドリーのやり取りは聞かされる。
2007年までのクリストフ・シュリンゲンジーフの演出では
クリングゾルがまっ黒のバイ菌のような衣装だったのだが、
今回はタキシード姿という。変なメイクは魔術師風といったところか?
クンドリー(藤村実穂子)もクリングゾルの配下のときには
同じくタキシード姿であるという。どういう意味があるのだろう…

20090206c_2

もっとわからないのが、クリングゾルの花園にいる
6人の乙女たちが看護婦姿という…
愚か者のパルジファルを誘惑するのは看護婦さん。
でもここでの演出テーマが「ドイツの歴史」ということで
第2幕は第2次世界大戦中ということになるのではないかと
戦場におけるドイツ軍を救済する看護婦なのか?

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2009年2月 5日 (木)

バイロイト音楽祭2008

20090205a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
第1幕を聞いている。今日は後半で舞台転換よりも後の部分。
寺院の場面で神聖な儀式が行われるが、
ダニエレ・ガッティの指揮は非常に柔らかい響きを引き出し、
ここでも丁寧に優しさまでもが感じられる繊細な歌い方である。
でも何となく思うのは、ドイツ人指揮者による引き締まった印象、
厳粛にして厳しい音作りとはずいぶんと違っており、
その辺はイタリア人的なワーグナーなのかなと…
2008年のガッティ指揮による第1幕の演奏は115分で
2005年のブーレーズが91分だから、ずいぶん違ってくる。
極端に速いブーレーズと遅さが目立つガッティなのだが、
2007年のアダム・フィッシャーは101分であり、
そのぐらいがちょうどよかったのかな?って、
今さらながら思うのである。完璧だった。

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写真は寺院における儀式の場面と思われるが、
正直、詳しいことはよくわからない…
でも今回のステファン・ヘアハイムの演出では、
ドイツの歴史がテーマとなっているようで
第3幕は第2次世界大戦後を表現しているそうなので、
ということは、第1幕はそれよりも前ということになるのだが。

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2009年2月 4日 (水)

バイロイト音楽祭2008

20090204

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
今日から第1幕を聞きはじめた。前半で舞台転換よりも前の部分。
2006年と2007年はアダム・フィッシャーの指揮で
この上なく緻密にして精妙な響きに私は虜になっていたわけだが、
2008年からは演出も変わり、指揮もダニエレ・ガッティである。
ガッティの初年度の評判はあまりよくなかったらしいが、
でも聞くとただ遅いだけでなく、そこには深い解釈が存在するのであり、
極めて丁寧に表現を創り上げ、このテンポだから集中力も相当である。
しかし感じられるのは、劇的な展開がより前に来て、
スケール雄大で音楽の透明感は今ひとつといった印象か。
現在、最も注目されている存在のガッティだから
2009年以降にどう変貌していくのか楽しみである。

グルネマンツがヨン・クワンチュル、クンドリーが藤村実穂子と
パルジファルのまわりで物語を進行させていく配役が東洋人である
というのが面白い。狙っているのかどうかはわからないが。
ステファン・ヘアハイムの新演出についてはわからないことが多いが、
登場人物がみな天使であり、同時に鷲の翼でもあるということである。
写真は第1幕のアンフォルタスの水浴びの場面であるかと思われるが、
ここでのクンドリーは黒い天使(堕天使?)であり、
アンフォルタスに対しても何か威圧的な印象だ。
でも第1幕で聖杯騎士の元では、クンドリーは従順な存在のはずで。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2009年2月 2日 (月)

バイロイト音楽祭2008

20090202

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」のリハーサル風景。
指揮のダニエレ・ガッティ、演出のステファン・ヘアハイム、
そしてクンドリー役の藤村実穂子である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2008年のバイロイト音楽祭から舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
今年もバイロイトの音源を聞きはじめた。
「パルジファル」を最初に一度通して聞いてみている。
これから時間をかけて、ゆっくりと聞いていくが、
感想もそのとき、詳しく書けたらと思っているけれど、今日は少しだけ。
7月25日の音楽祭初日の公演でステファン・ヘアハイムによる新演出上演。
どこかで読んだ批評によるとダニエレ・ガッティの指揮があまりに遅くて
鑑賞に支障が出るほどとのことだったが、たしかにテンポはゆっくりで、
間をとるとしばらく休んでいるようなところもあり、それは明らかだけど、
でもこうして音で鑑賞していると私なんかは無事に聞けてしまったので
ダニエレ・ガッティなので、やはりそこには魅力も詰まっているのだと思う。
その辺はこれからゆっくり考えていきたい。

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2008年11月 3日 (月)

バイロイト音楽祭2007

20081103

バイロイト音楽祭のホームページより
「パルジファル」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から
8月2日に上演された舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
今日も第3幕だが、順番に聞いてきた2007年の録音も
これでいよいよ終わりとなる。少し寂しいが、全7作を堪能した。
蛇足ながら、2007年の演目をもう一度振り返ると
カタリーナ・ワーグナーによる新演出で
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が登場。
一方で「タンホイザー」と「パルジファル」が終了となった。
しかし「パルジファル」に関しては、休むことなく、2008年に
シュテファン・ハーハイムの演出で新しいシリーズがはじまっている。
また2008年は「トリスタンとイゾルデ」が復活した。
指揮者では「パルジファル」でダニエレ・ガッティがバイロイト・デビューで
その他の演目では、指揮者の変更はなし。
そして2009年だが、まだキャストに関しては発表されていないのだけど、
来年は新演出の上演はなく、2008年と同じ演目である。
2010年に新演出で「ローエングリン」がはじまるらしい。

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2008年11月 2日 (日)

バイロイト音楽祭2007

20081102

バイロイト音楽祭のホームページより
「パルジファル」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から
8月2日に上演された舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
今日はいよいよ第3幕を聞いている。
やはりアダム・フィッシャーの指揮が圧倒的だと思う。
あと私にとっては、ローベルト・ホルのグルネマンツ。
4年間ずっと、ホルのグルネマンツを聞いてきたので、
その前のハンス・ザックスに続いて、特に思い入れがある。
これまでいろいろな「パルジファル」を聞いてきたけれど、
オーケストラの響きが実に清々しく、繊細な表情で
「パルジファル」の最も美しい演奏の一つであると私は思う。
第3幕の冒頭でクンドリがうめき叫んでいるところ、
エヴェリン・ヘルリツィウスがあまりにもリアルですごい迫力、
ここでつい考えてしまうのが、今年の新演出上演では
藤村実穂子がクンドリを歌っているが、どうだったのだろう?
年末の放送が楽しみである。指揮もガッティだから、
結構印象は変わってくるのかもしれない。

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2008年11月 1日 (土)

バイロイト音楽祭2007

20081101

バイロイト音楽祭のホームページより
「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から
8月2日に上演された舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
今日も第1幕を聞いていて、舞台転換よりも後半の部分。
寺院の場面で神聖な儀式がとり行われるが、
パルジファルはその意味を理解することができず、
ただの愚か者であったとグルネマンツは失望する。
といってもワーグナーによる設定がそうなっているのであり、
クリストフ・シュリンゲンジーフの演出では、
内容的に結びついているのかはよくわからない。
いろいろな話を聞いているとどうも関係なさそうな…
その辺に批判が集まっているのか?
この8月2日の上演でも本来は第1幕の終わりでは
拍手を行わないというのが慣習だったのだが、それも破られ、
何か会場からヤジのような声がして、ザワザワと拍手が起こる。
写真は第1幕なのだが、これもどの場面なのか、よくわからない。
しかし録音で聞いている分には、オーケストラの透明な音色、
バイロイト祝祭合唱団の厳粛な歌声、このあまりにも上質な音楽、
やはり「パルジファル」は心にしっかりと響いてきて、感動的なのである。

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2008年10月31日 (金)

バイロイト音楽祭2007

20081031

バイロイト音楽祭のホームページより
「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から
8月2日に上演された舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
今日から第1幕を聞きはじめて、舞台転換よりも前半部分。
さらに音楽について、アダム・フィッシャーのことを書いてしまうが、
真剣に聞くととにかく精妙の極みで、繊細な表情には圧倒される。
何て素晴らしい!隅々まで徹底して丁寧に進められる表現に感動。
クンドリは2006年に続いてエヴェリン・ヘルリツィウスが歌っているが、
どうもブリュンヒルデのイメージが抜けなくって…
きっと演技を見れば、全く印象も変わるのだろうけど…
写真は第1幕の舞台だが、バイロイト音楽祭のサイトが
夏にリニューアルして以来、2007年のは小さい写真しかないので、
これだけでは全くわからない…シュリンゲンジーフの演出に関しては、
音楽にだけ集中した方がよさそうなのだけど。

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2008年10月30日 (木)

バイロイト音楽祭2007

2007年のバイロイト音楽祭から
8月2日に上演された舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
まずは一回通して聞いてみている。今日は第2幕と第3幕。
アダム・フィッシャーのワーグナーはとにかく素晴らしい。
バイロイトでは2001年からの4年間「指環」を指揮して、
2005年は休んで、2006年と2007年が「パルジファル」。
今年はバイロイトには出演していない。
どうなのだろう?この「パルジファル」が最後になってしまうのか?
2009年は新演出の演目はないので、何も起きなければ、
今年の指揮者がそのまま引き継いでいくと思うし、
すると2010年の「ローエングリン」で戻ってくるのか?
でも「パルジファル」にダニエレ・ガッティが抜擢されるぐらいだから、
「ローエングリン」にも新鮮な顔が登場するような気がして…
さらにローベルト・ホルのグルネマンツもこれで終わりか…残念。
調べてみたところ、2008年はヨン・クワンチュルが歌っている。
これからじっくり聞いていきたいと思う。

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2008年10月29日 (水)

バイロイト音楽祭2007

2007年のバイロイト音楽祭から最後の演目となった。
8月2日に上演された舞台神聖祭典劇「パルジファル」。
まずは一回通して聞いてみている。今日は第1幕。
クリストフ・シュリンゲンジーフの演出による舞台も2007年で終了。
不評だったので2004年からの4年間という短い期間であった。
しかし音楽の方では、最初の二年がブーレーズの指揮、
そして後半の二年がアダム・フィッシャーに引き継がれ、
音源としては実に貴重な録音が残されたと思う。
まだ聞きはじめたところだけど、アダム・フィッシャーの指揮は見事であり、
これまでずっとティーレマンの「指輪」を聞いてきたということもあると思うが、
「パルジファル」になった途端、断然クリアな響きになって、
非常に柔らかい表情から鋭い切り口を見せる鮮やかな表現まで
緻密に丁寧に音楽を扱って、感動的である。
基本的には抑制による美意識であり、
室内楽的な効果が最大の魅力であろう。

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2008年9月27日 (土)

バイロイト音楽祭2007

20080927a

バイロイト音楽祭のホームページより
「神々の黄昏」第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
いよいよ第3幕である。「指環」もこれで完成。
第1場でジークフリートがラインの乙女たちと戯れているシーン。
楽劇「ラインの黄金」の冒頭でラインの乙女たちが
アルベリヒをからかったことにすべてがはじまっているが、
ここでもジークフリートへの不用意な言葉で
指環を取り戻すことはできず、すべての原因は
黄金を守っているラインの乙女たちの愚かさにあるのではないかと
ジークフリートを軽く笑い飛ばす声を聞いて、そう思ってしまうのである。
あと去年も同じことを書いたのだが、ジークフリートのボロボロの衣装、
ここでの登場人物でひとりだけ継ぎ接ぎだらけの服であり、
他の人はみなきちっとした服装で、ジークフリートのこれは
どうしても気になってしまう。それにすごく顔色悪いし。

20080927b_2

こちらは第2場の写真でハーゲンがジークフリートの背を
槍で突き刺すシーン。先日は練習風景の画像を見たが、
今回は本番である。ハーゲンはごつい!迫力。

20080927c

第3場より「ブリュンヒルデの自己犠牲」の場面だが、
上に仏像のようなものが4体見えるが、これは何だろう?
物語的には、ワルハラ城のようにも思うのだが、
多神教世界なので、仏教に飛躍してしまったのか?
この点については、2006年公開の写真では気付かなかった。

20080927d

最後のシーンで仏像が焼けている。
薪の炎がワルハラ城に燃え移るのだが、
まさに多神教の神々の没落を示しているような?
ふたりの子供を連れた夫婦が逃げようとしており、
これも今回はじめて気付いた点で、何なのだろう?
特に意味がないということは考えられないので。
ハーゲンがその様子を覗きこんでいるのも謎…

疑問が残って終わるが、2008年以降の課題ということで
10月は最後の演目となる「パルジファル」を聞こうと思う。

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2008年9月26日 (金)

バイロイト音楽祭2007

20080926a

バイロイト音楽祭のホームページより
「神々の黄昏」第2幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
昨日に続いて第2幕を聞いている。素晴らしい。
合唱団が加わり、最も盛り上がるのが第2幕。
ブリュンヒルデを伴って、グンターが登場してくる第4場。
群衆はそろって祝福するが、ひとり逆らって
ジークフリートは自分の夫であると主張するブリュンヒルデ。
記憶を失っているジークフリートはブリュンヒルデには反応せず、
グンターに改めて潔白の誓いを立てる。

20080926b

こちらは続いて、第5場の舞台写真である。
失意のブリュンヒルデに復讐に力を貸そうと申し出るハーゲン。
すべてはハーゲンの策略であり、謀は順調である。
第2幕の後半、ジークフリートの裏切りに怒り込み上げ、
復讐を決意するブリュンヒルデの毅然とした態度、
リンダ・ワトソンの決して負けない筋の通った歌唱は感動的である。
同時にハンス・ペーター・ケーニヒのハーゲンが迫力で盛り上げ、
緊迫した展開、張りつめた音楽、何て充実しているのだろう!

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2008年9月25日 (木)

バイロイト音楽祭2007

20080925

バイロイト音楽祭のホームページより
「神々の黄昏」第2幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
第2幕を聞きはじめた。第3幕の最初の部分も一緒に準備中。
バイロイトでは「指環」は5年間同じ指揮者が担当するのが基本で
毎年指揮していれば、無駄な表現がなくなってくるし、
特に初年度、新演出では慎重に取り組んでいたのが、
しだいに舞台もスムーズに流れ、要領もよく、少しずつ速くなって、
演奏時間の点では短くなっていくように思うのだが、
ティーレマンの場合にはちょっと違うのか?
2006年は第3幕が79分でCD1枚にギリギリ納まっていたのが、
2007年は80分を超えてしまい、仕方なく今回は、
第3幕の冒頭部分を第2幕の後ろに収録する。
ブーレーズの「パルジファル」のように
30年以上が経過しても全く演奏時間が変わらないような例もあるし、
最後の2005年は多少速めのテンポになって、
その流麗さは極めて印象的であったが、それに対して、
ティーレマンはやはり表現したいことがたくさんあるのだろうと
より多くの想いが込められて、熱っぽい、確実に深みは増している。
2006年は最初の年であったから、もっと淡々と進められていた気がする。
2年目にして、こちらの方が本来のティーレマンの解釈が全開に
そして2008年以降、どう展開されていくのか、それが注目だ。

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2008年9月24日 (水)

バイロイト音楽祭2007

20080924a

バイロイト音楽祭のホームページより
「神々の黄昏」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
今日は第1幕の後半で第2場と第3場を聞いている。
序幕と第1幕は続けて演奏され、2時間弱に及ぶが、
管弦楽による間奏で有名な「ジークフリートのラインへの旅」の後、
第1幕が正直長い。そして今ひとつ劇的な展開に乏しいような。
舞台もギービヒ家となり、新しい登場人物となる
グンター、グートルーネ、ハーゲンと
それまでとは少し雰囲気が変わってしまう。
不思議なぐらいにすぐに打ち解けてしまうジークフリートも変だし、
楽劇「ジークフリート」第3幕でブリュンヒルデと出会ったとき、
ならばなぜ?あんなに激しいショックを受けて
初めてとなる恐怖というものを感じていたのか?
ジークフリートはここで一気に成長しているとはいえ、
人懐っこすぎるし、警戒心もなく、甘すぎる。
ハーゲンの復讐に気付くこともなく、策略にはまり、記憶を失い…
でも今回聞いていて、第2場にすごく充実したものを感じた。
グンターとハーゲンの低声の魅力、その迫力であり、
特にハーゲンのハンス・ペーター・ケーニヒに聞きほれる。

第3場の後半で壮大な音楽(ジークフリートの角笛)とともに
ジークフリートが登場してくるが、その姿はグンターであり、
それに落胆するブリュンヒルデ、その悲劇的な展開、
ここは第1幕でも最大の見せ場である。
画像を見てもジークフリートは隠れ頭巾をかぶり、
グンターの白いスーツを着て、
その情景を岩陰から見守るグンターの姿もある。

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楽劇「ジークフリート」のエルダのときにも書いたが、
2008年から「パルジファル」のクンドリ役に出演で
藤村実穂子によるワルトラウテも2007年が最後となった。
2004年、2006年、2007年の3年間、この役を歌っていた。

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2008年9月23日 (火)

バイロイト音楽祭2007

20080923

バイロイト音楽祭のホームページより
「神々の黄昏」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
序幕と第1幕の前半は繰り返し聞いてしまった。
第1幕の第2場と第3場をただ今準備中。
画像はギービヒ家にジークフリートが登場する第2場であり、
左からジークフリートのスティーヴン・グールド、
ハーゲンのハンス・ペーター・ケーニヒ、
そしてグンターのラルフ・ルーカスである。

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2008年9月22日 (月)

バイロイト音楽祭2007

20080922

バイロイト音楽祭のホームページより
「神々の黄昏」序幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
今日は序幕と第1幕の前半で第1場。
クリスティアン・ティーレマンの指揮で
タンクレッド・ドルストの演出による8月1日の上演。

序幕の前半では3人のノルンが神々の運命を予言し、
不吉な展開が待ち受けているその音楽は、
やはり決して晴れることのないモノトーンな色調だが、
それが夜明け(間奏)とともに一気に勢いづいて、
ジークフリートとブリュンヒルデの登場で
力強い推進力により音楽が前面に押し出されてくるところ、
この辺はティーレマンの指揮が圧倒的で感動。
もしかしたら2006年も同じようなことを書いているかもしれない。
ティーレマン独特の聞かせ方なのだと思う。
画像はそのジークフリートとブリュンヒルデの二重唱の場面。

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2008年9月21日 (日)

バイロイト音楽祭2007

20080921

バイロイト音楽祭のホームページより
「神々の黄昏」第3幕のリハーサル風景
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「神々の黄昏」。
まずは一回通して聞いてみている。
クリスティアン・ティーレマンの指揮で
タンクレッド・ドルストの演出による8月1日の上演。
詳しくはこれからじっくり聞いて、感想など述べていきたい。

画像は第3幕第2場でハーゲンがジークフリートの背に
槍を突き刺す場面での練習風景である。
ジークフリートはスティーヴン・グールド
ハーゲンはハンス・ペーター・ケーニヒ

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2008年8月22日 (金)

バイロイト音楽祭2007

20080822

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
今日も第3幕で第2場の途中から第3場を聞いている。
ジークフリートが魔の炎を越えて、ブリュンヒルデを救出する第3場は、
「ニーベルングの指環」全体でも最も感動的な場面のひとつであろう。
楽劇「ジークフリート」は登場人物が少なくて、
室内楽的な緻密さが魅力であると私は思っているのだけど、
第2幕の後半で鳥の声がソプラノで歌われるのは別にして、
女性の役が登場するのは第3幕のみである。
第3幕第1場で智の神エルダがメゾ・ソプラノで、
そして第3場でブリュンヒルデが再登場で一気に盛り上がる。
第3場は45分ほどで第3幕の半分以上の時間を占めている。
今さらいうまでもないが、ブリュンヒルデとジークフリートの二重唱、
その素晴らしさは、楽劇「ジークフリート」のフィナーレであると同時に
「ニーベルングの指環」後半のひとつの頂点をここに迎える。

今週はずっと楽劇「ジークフリート」を聞いてきた。
少し休んで来月は楽劇「神々の黄昏」である。

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2008年8月21日 (木)

バイロイト音楽祭2007

20080821a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第3幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
いよいよ第3幕を聞きはじめ、今日は前半の第2場途中まで。
写真は第2場で先に進もうとするジークフリートを
さすらい人(ウォータン)は遮ろうとするが、
それを力で圧倒する場面である。
無敵の英雄ジークフリートを創造するという
ウォータンの企みはここに達成され、
それを自ら確認した喜びの中、さすらい人は姿を消していく。
ウォータン(アルベルト・ドーメン)はここまで。

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その前の第1場では、さすらい人は智の神エルダを呼び起こし、
藤村実穂子が登場。存在感のある歌で毎年、本当に素晴らしい!
しかし藤村実穂子のエルダは、2007年で終わりとなった。
というのは、2008年からは何と「パルジファル」のクンドリー役に抜擢で
うれしいではないか!年末の放送が楽しみである。
ウォータンはエルダに神々の未来が幸福であることを予言させたいのだが、
エルダはそれに答えられず、ブリュンヒルデとジークフリートが
ニーベルングの呪いを解放し、指環をラインの乙女たちに返すであろうと予言する。
ウォータンはそれを聞いて、不機嫌になり、再びエルダを眠りにつかせる。

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2008年8月20日 (水)

バイロイト音楽祭2007

20080820a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第2幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
今日も第2幕をくり返し聞いている。素晴らしい!
赤い炎が吹いているのは何なのだろう?
大蛇の登場だろうか?

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ジークフリートの後ろに写っているのが、
大蛇に化けたファフナーのハンス・ペーター・ケーニヒで
ノートゥングで勝利を宣言しているような様子であり、ということは、
この赤い光は、大蛇から血が噴き出す情景を示しているのかも。
大蛇の熱い返り血を浴びて、火傷をして、思わず指を口にすると
小鳥の声を理解できるようになり、第2幕第3場から第3幕へと
ジークフリートは小鳥に導かれ、話は進んでいくのである。

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2008年8月19日 (火)

バイロイト音楽祭2007

20080819a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第2幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
今日から第2幕を聞きはじめた。
「ニーベルングの指環」でも昔から最も好きなところ。
大蛇に化けたファフナーとの対決や小鳥と話せるようになったり、
ジークフリートの冒険と大活躍が描かれている幕である。
タンクレッド・ドルストの演出では、第2幕の設定は
建設中の高架橋の下で森の中にいるという情景だが、
この高架橋がちょうど大蛇を表現しているのだろうと
すぐに思ったのだが、特別そういう指摘は見たことがなくて…
一方でこの演出で全体に一貫しているのは、
「ニーベルングの指環」の世界が
ごく我々の日常の生活に隣り合わせで
いつでも当たり前に起こりうるのだ
というメッセージが込められているらしい。

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第2幕第1場の写真でファフナーの前で
アルベリヒとさすらい人(ウォータン)が口論となり、
競ってファフナーの財宝を奪い合おうとするのだが、
ファフナーはそれを全く相手にせず、しだいに夜が明け、
ミーメとジークフリートがやってくるのである。

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2008年8月18日 (月)

バイロイト音楽祭2007

20080818

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
今日も第1幕で第2場の途中から第3場を聞いている。
第1幕のここでの設定は、理科実験室ということである。
もちろんそれは演出のドルストの読み替えによる。
ジークフリートが映写機で目の絵を映し出しているが、
これはウォータンの目を意味するのか?
実際は絵なので、ウォータンではないけれど。
その下でミーメが化学実験のようなことをしているけれど、
これは第2幕でジークフリートに飲ませようとする
毒薬を調合しているのか?いろいろと面白い舞台。
ミーメはジークフリートの育ての親であり、
先生(ミーメ)が生徒(ジークフリート)に教育を施している
という図式も教室の中で成立している。
先生と生徒の関係は、アルベリヒとハーゲンの親子にも成り立つわけで。

第3場の後半でジークフリートの鍛冶の場面など、
ティーレマンはぐっとテンポを落として、それがまた非常に露骨なのだが、
まさに場面作りであり、ここで一気にジークフリートが前面に押し出されてくる。
もっと透明でスッキリとした演奏もあるのだけど、
ティーレマンは本当にその全く逆を行っていて、
音の隅々にまでじっくり鳴りきっており、それが勢いを生み出していく。
この独特のスタイルが「ジークフリート」の前半にして、結果を出してきている。

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http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2008年8月17日 (日)

バイロイト音楽祭2007

20080817

バイロイト音楽祭のホームページより
ミーメのゲルハルト・ジーゲル
(楽劇「ジークフリート」第1幕より)
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
今日から第1幕を聞きはじめた。最初に第2場の途中まで。
第1場や第2場の舞台写真が公開されていないので、
ここで大活躍のミーメ(ゲルハルト・ジーゲル)の写真を。
かなりはじけているし、強烈な存在感だ。
場面によってはジークフリート以上によく聞こえてくる。
キリギリス模様の衣装をまとって、動き回っているよう。

ティーレマンの音は、それぞれの場面の特徴を創っていくのがうまい。
主導動機を分析して、音楽の構造を明瞭にしていくタイプではないが、
ひとつひとつの音が表情豊かに語りだして、さらに発展すると、
主導動機にも役割が与えられて、音楽が自発的に伝わってくる。
「ジークフリート」の第1幕は暗い音がして、停滞する演奏もあるが、
ティーレマンは明るい響きで起伏に富み、躍動する音楽を聞かせている。

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2008年8月16日 (土)

バイロイト音楽祭2007

20080816

バイロイト音楽祭のホームページより
ウォルフガング・ワーグナー総監督と
ジークフリートのスティーヴン・グールド
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
まずは一回通して聞いてみた。今日は第3幕。
クリスティアン・ティーレマンの指揮で
タンクレッド・ドルストの演出による7月30日の上演。
詳しくはこれからじっくりと聞き、感想など述べていきたい。

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http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2008年8月15日 (金)

バイロイト音楽祭2007

20080815

バイロイト音楽祭のホームページより
演出のタンクレッド・ドルスト
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ジークフリート」。
まずは一回通して聞いてみているが、今日は第1幕と第2幕。
クリスティアン・ティーレマンの指揮で
タンクレッド・ドルストの演出による7月30日の上演。
詳しくはこれからじっくり聞いて、感想など述べていきたい。
「ジークフリート」は非常に楽しみである。

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2008年7月22日 (火)

バイロイト音楽祭2007

20080722a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
今日も第3幕。じっくり何度もたくさん聞いた。
この第3場の後半、魔の炎の音楽の場面は美しい色彩だ。
無表情な「採石場」が鮮やかな情景を描き出す。
ウォータンは愛する娘ブリュンヒルデを眠りにつかせ、
告別を歌い、そのまわりに魔の炎をかける。
この炎を乗り越え、ブリュンヒルデを最初に救いだす男、
その男こそが真の英雄である。つまりジークフリートなのである。

20080722b

ウォータンのアルベルト・ドーメン。
楽劇「ジークフリート」ではさすらい人に姿を変えて、
また登場してくれるが、ジークフリートと対面する第3幕第2場、
今から楽しみである。待ち遠しい。
少し休んで、8月は楽劇「ジークフリート」を聞いていく。

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2008年7月21日 (月)

バイロイト音楽祭2007

20080721

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第3幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
今日から第3幕をじっくりと聞いている。
第3幕のこの舞台だが、何となく気に入らない。
本物を見れば、もちろん印象は変わるかもしれないけれど、
でもガンダム・カラーの衣装で仮面ライダーごっこをしているような…
そういえば、ここは採石場の設定だと聞いたような?
「採石場」に何か深い演出意図が込められているのだろうか?
もっと踏み込んで読み替えを行い、新しい設定の中で
適切な形で新鮮な舞台が創造されてきてほしいとそう願う…
タンクレッド・ドルストは、安心のできる演出で
そこがまた驚き(面白さ)に欠けるところでもあり…

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2008年7月20日 (日)

バイロイト音楽祭2007

20080720

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
今日から第3幕だが、パソコンに取り込み、現在は編集中。
クリスティアン・ティーレマンの指揮について、
初年度の2006年の録音を聞いた際には、
主導動機を分析的に扱っている印象ではなく、
流れを大切にして、全体が大きく浮かび上がってくる感じだと
そういうようなことを書いたと思うのだが、
2007年の演奏では、様々な要素は丁寧に整理され、
かなりスッキリと響き、細部も冴えわたっているように感じられる。
つまり響きも明るく、輝きも増して、これは素晴らしい。
2007年はカタリーナの新演出による「マイスタージンガー」に
すべての注目が向いていたので、そういう状況において、
ティーレマンは淡々と自分のするべき仕事をこなし、
着実に結果を出していったという。作品に集中できたのだ。
「ワルキューレ」でこの仕上がりだから
続く「ジークフリート」はさらに楽しみで、大いに期待できる。

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2008年7月19日 (土)

バイロイト音楽祭2007

20080719a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第2幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
今日もさらに第2幕を聞いている。
バイロイト音楽祭のホームページがリニューアルされたようで、
今回新しく公開された写真かどうか?はっきりしないのだが、
第4場の写真でジークリンデをいたわるジークムント、
そしてその姿に感動して、ふたりを生かすと約束するブリュンヒルデ。

20080719b

さらに第5場の写真だが、ジークムントとフンディングの決闘の場面で
ジークムントは剣ノートゥングでフンディングを突き刺そうとするが、
ウォータンの槍によって、ノートゥングは折られてしまう。
フンディングは槍でジークムントを突き刺し、という場面であろう。
気を失ったジークリンデが左の方に倒れているが、
ブリュンヒルデはこの後、ジークリンデを馬に乗せ、連れ去る。

20080719c_3

ジークムントのエントリク・ウォトリヒは第2幕で終わりである。
2008年もジークムントで出演予定であり、
今年はさらにいい歌を聞かせてほしい。
でも2006年の最初のときにも感じたのだが、
私はロバート・ディーン・スミスのジークムントが大好きで
どうもエントリク・ウォトリヒの歌は馴染めない。第1幕は特に。
今年で3年目なので、そろそろ慣れてきそうな気もするけれど。

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2008年7月18日 (金)

バイロイト音楽祭2007

20080718

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第2幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
昨日に続いて第2幕で第2場の終わりから第5場を聞いている。
第3場からジークムントとジークリンデが登場。
第1幕であれだけ情熱的に歌っていたふたりであるが、
すでに疲れきっており、音楽も暗く、不吉な展開を予感させ、
さらには「運命の動機」が不気味に鳴り響き、悲劇的である。
第4場では、ブリュンヒルデにより
「ジークムントがフンディングによって殺される運命にある」ことを告げられ、
ここはあまり元気に勢いよくジークムントに歌われるとちょっと違う感じだが、
今回はかえって、エントリク・ウォトリヒが苦しみの中で歌っているようであり、
苦悩の音楽とともに感動的である。
まさにサイボーグのようであったブリュンヒルデが、
人間の愛の深さを知り、豊かな感情をもつようになって、
ウォータンの命令に逆らってまでふたりを助けようとする。
第5場では追い立ててくるフンディングの角笛によって、
事態は極めて緊迫した状況にあり、
稲妻と雷鳴が轟いて、ウォータンも現れ、激しく盛り上がる。
第2幕の音楽は地味な印象もあるのだが、
じっくり聞き込んで、ひとつずつ検証していくと
本当に素晴らしく、感動的である。

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2008年7月17日 (木)

バイロイト音楽祭2007

20080717

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第2幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
今日から第2幕で前半の第2場途中までを聞いている。
第2幕からは再びウォータン(アルベルト・ドーメン)が、
そしてワルキューレのテーマとともに
ブリュンヒルデ(リンダ・ワトソン)が登場し、
写真の第2場でウォータンが若い頃の話、
つまり「ラインの黄金」のストーリーを語り聞かせる場面、
ここでは音楽はあまり動きを見せず、地味なところではあるのだが、
暗く悲劇的な展開を暗示してのこの響き、
アルベルト・ドーメンの低く響く声は迫力の歌で感動的。
リンダ・ワトソンのブリュンヒルデも貫録がある。

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2008年7月16日 (水)

バイロイト音楽祭2007

20080716

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
今日も第1幕を聞いている。もう何度も聞いてしまった。
ティーレマンの指揮による音楽の部分は、
とにかく隅々まで充実の極みで感動的である。
骨太によく鳴りまくって、立体的に音が立ち上がってくるところ、
よどみなく流れ、その勢いは無骨なまでに堂々と振る舞い、
かつての歴史的な巨匠を思わせる貫録の「ワルキューレ」である。

写真は第1幕第3場のもので
大戸が開き、月の光が差し込むところ。
同じ場面の写真は2006年のでも見た気がするが、
月がでかくて、実に象徴的な情景である。
夜に包まれ、冬を思わせる暗く閑散とした舞台だが、
だからこそふたりを覗きこむ鮮やかな月の姿に望みを抱き、
第1幕の後半、大きく盛り上がっていく。
しかしながら第2幕の悲劇的な展開があるわけで、
「ニーベルングの指環」前半の山場である。

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2008年7月15日 (火)

バイロイト音楽祭2007

20080715

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
今日から第1幕を聞きはじめた。
ジークムントのエントリク・ウォトリヒが不調で
8月5日の公演では、ロバート・ディーン・スミスが代役を務めたが、
この録音を聞いてもエントリク・ウォトリヒの声が通らない。
ジークリンデのピエチョンカとフンディングのヨン・クワンチュルは、
すごく声が響いて、比べるとバランスの点で残念。
ウォトリヒがかなり絶叫のような歌声で、抑揚がなく、きつそうだ。
しかしその苦しみの歌が第2幕の後半で何とも心に訴えてくるのは、
皮肉な展開のような気もするのだが、ジークムントは悲劇的である。
2006年に続き、ジークリンデのアドリアンヌ・ピエチョンカが素晴らしい。

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2008年7月14日 (月)

バイロイト音楽祭2007

20080714_2

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ワルキューレ」。
まずは一回、全体を通して聞いてみた。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月28日の上演。
詳しくはこれからじっくり聞いて、感想など述べていきたい。
写真は第1幕の3人の登場人物がそろった第2場のもので
左からジークムントのエントリク・ウォトリヒ、
ジークリンデのアドリアンヌ・ピエチョンカ、
そしてフンディングのヨン・クワンチュルである。

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2008年6月25日 (水)

バイロイト音楽祭2007

20080625a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ラインの黄金」。
今日もその後半で第3場の途中から第4場。
写真は第4場で、ワーグナーの設定では、
第2場と同じ「山頂の空地」となっているのだが、
ドルストの演出では、都市にある公園のような場所である。
このようなごく普通の場所、よく知っている場所、
我々のすぐ近くに神々はいるということを表現しているらしい。
「ニーベルングの指環」における神々は極めて擬人化されており、
根底にはそうした理解があるのではないかと思うのだが。

20080625b

ドンナー(雷の神)、フロー(幸福の神)、フライア(美の神)、
そして中央に主神ウォータンがいて、神々が勢ぞろい。
他にフリッカ(縁結びの神)、ローゲ(火の神)、
第4場の後半にはエルダ(智の神)も登場して、
アルベリヒによって呪いのかけられた指環を渡すように忠告する。
エルダは藤村実穂子だが、2007年が最後となり、
2008年は新演出の「パルジファル」でクンドリーに出演予定である。
フリッカ、ワルトラウテ、エルダと来たが、ついにクンドリーだ!

「ラインの黄金」を十分に堪能したが、すると先へ進みたくなる。
少し休んで、来月は楽劇「ワルキューレ」である。

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2008年6月24日 (火)

バイロイト音楽祭2007

20080624a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ラインの黄金」。
今日から後半で第3場の途中から第4場。
写真は第3場で、ウォータンはローゲに案内されて、
鍛冶の音(ニーベルングの動機)に導かれ、
地下のニーベルハイムにやってきた。
この写真は2006年も似ているカットが公開されていて、
地下の工場のような場所に突如穴が開き、
そこからはニーベルング族を断面のように覗きこめるという、
非常に印象的な情景で面白い。
設備むき出しのメタリックな内装と
その対比で洞窟の中にはラインの黄金が輝いて、
視覚的にもカッコいい素晴らしい舞台だ。

20080624b_2

ニーベルング族がきわめて気持ち悪く描かれている。
中央で指環を手にして、ニーベルング族を支配すると
宣言しているのが、アルベリヒのアンドルー・ショア。
この第3場の音楽が独特なのだが、
暗い色調でグロテスクでもあり、何とも虚しいというか、
そこが魅力、大好きなのである。
アルベリヒは得意げに大蛇に化けて驚かせるが、
悪知恵のローゲにそそのかされて、
ひきがえるに化けたところを捕らえられてしまう。
その辺のやり取りが最高に面白いのである。

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2008年6月23日 (月)

バイロイト音楽祭2007

20080623a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ラインの黄金」。
今日も前半で第3場の途中までを聞いている。
写真は第2場で神々が登場、
そこに巨人族のファゾルト、ファフナーの兄弟が
ワルハラ城建設の報酬として
美の神フライアを差し出せと迫ってくるのである。
ウォータンはフライアを献上する気はなく、
といって、その代わりとなる資金もないし、
神々の天上世界は何という無計画経営。
最初から破綻しているのである。

20080623b

2007年に初登場のアルベルト・ドーメンのウォータン。
続いて2008年も出演が予定されている。
そしてアルノルト・ベゾイエンのローゲ。
火の神とはいえ、この燃えているみたいな頭、笑える。
調べてみたら、アルノルト・ベゾイエンは、
1999年からバイロイト音楽祭に毎年出演しているが、
2002年の第3サイクルでローゲをはじめて歌って、
それ以来、2003年、2004年、2006年、2007年と
ずっとローゲはベゾイエンが歌っている。
もちろん2008年も出演が予定されている。
他に「パルジファル」の聖杯守護の第一の騎士と
「トリスタンとイゾルデ」の牧童の役。
牧童も2005年の新演出以来ずっと歌っている。

クリスティアン・ティーレマンの指揮について
相変わらず何て素晴らしいのだろう。
細部の聞かせ方で独特の表現をさせるところがあるのだが、
もうすでに慣れてしまっていて、音楽がすぐに入ってくる。
ゆったりと落ち着きのある大きさを示しながらも
力強く引き締まった響きは独特の存在感があり、
陰影に富み、深みのある重低音は最大の魅力だ。
同時に輝きに満ちた高音は、不思議な柔らかい感触もあって、
ティーレマンは力みがとれてと最初に書いたが、
自在に操る何という幅広い豊かな表現なのだろう。
すでにいろいろな指摘がされているが、
たしかに2006年の上演に比べ、
確実に充実度は増しているように感じられる。
「ラインの黄金」という入口においてこれだけの凄さなのだから、
これから物語が進むにつれ、どう展開していくのか、楽しみである。
そして2008年以降、今度はどう進化していくのか?注目だ。

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2008年6月22日 (日)

バイロイト音楽祭2007

20080622

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ラインの黄金」。
その前半で今日は第3場の途中までを聞きはじめた。
第1場の写真でアルベリヒがラインの乙女たちを口説くが、
逆にその醜い姿をからかわれてしまうという場面。
醜いかどうかは、ドルストの演出では際立って描かれているが、
アルベリヒがキリギリスであり、ミーメがコオロギのイメージだと思うが、
そのアルベリヒにラインの乙女たちがラインの黄金の話をしてしまう
というのが、すべての源、ここにはじまるのである。
ラインの乙女たちは黄金を見張るという役割を忘れ、
アルベリヒには黄金は奪えまいという見下しの姿勢、
それに切れたアルベリヒが、愛を断念して、黄金を持ち去ってしまう。
ラインの乙女たちに隙があったのだ。
しかし考えてみると指環の力により、愛を断念するかわりに
世界を支配する権力を手にするのだが、
愛を失うということは結局のところ、孤独の中、滅びゆくのであり、
悲劇を呼ぶ運命にあって、指環の力とは、魔力なのである。

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2008年6月21日 (土)

バイロイト音楽祭2007

20080621

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から楽劇「ラインの黄金」。
まずは一回、全体を通して聞いてみた。
クリスティアン・ティーレマンの指揮
タンクレッド・ドルストの演出による7月27日の上演。
2007年の「ニーベルングの指環」を順番に聞いていく。
これからじっくり聞きこむと感想も変わってくるかもしれないが、
最初の印象として、ティーレマンの指揮にすごく余裕が感じられる。
力技で豪快に押し切っていくような
迫力に満ちた響きはもちろんティーレマンの最大の魅力なのだが、
初年度(2006年)に比べて、何となく肩の力が抜けて、
より自由度が増しているような。響きも明るくなって。
手を抜いているというのではない。すべては良い方に作用し、
力みがとれて、自在に動ける、何事にも対応できるだけの安定感。
詳しくは、これからさらに聞いていくとわかってくることもあるだろう。

第1場の写真でライン河の河底だが、
2007年の舞台で公開されているものには、
誰かが河の様子を覗きこんでいるところが写っている。
2006年の写真ではこの視線の存在は知らなかった。
これから指環にまつわる物語をまさに覗きこんでいく
「我々」と解釈してもいいのだろうか?
もう少し深読みするならば、ここで描かれる多神教世界、
つまり天上の神々、地上の巨人族、地下のニーベルング族の争い、
この指環物語そのものが虚構のものなのであり、
それを知り、さらに上の世界から覗き込んでいる存在、
その存在こそが真実の神である。というのは、創りすぎか?
多神教に対する一神教の神である。
そこまででなくても、物語をそのまま読むのなら、
黄金をラインの乙女たちからアルベリヒが強奪した
という話をウォータンに聞かせるのはローゲなのであり、
ならば、旅をしているローゲが見ているということもいえるのか。

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2008年5月24日 (土)

バイロイト音楽祭2007

20080524

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から歌劇「タンホイザー」。
今日も第3幕を聞いている。
写真は第3幕第3場でタンホイザーとウォルフラム。
タンホイザーは許しを乞うためローマに赴いたが
許しは得られずに傷ついて戻ってきた。
ウォルフラムに語って聞かせる「ローマ語り」。
タンホイザーを歌ったフランク・ファン・アーケンと
ウォルフラムのロマン・トレケルだが、
二人とも今年は出演の予定はないらしい。
ロマン・トレケルのウォルフラムは、
バイロイトでも絶大な人気だったようだが
聞けなくなってしまうのは残念。
キース・ウォーナー演出の「ローエングリン」でも
式部官を歌っていたが、ワーグナーの作品で
何か他の役柄は歌っていないのだろうか?

今週は歌劇「タンホイザー」を聞いてきたが、
6月は楽劇「ラインの黄金」をと思っている。
いよいよティーレマンの2年目のリングを。

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2008年5月23日 (金)

バイロイト音楽祭2007

20080523

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から歌劇「タンホイザー」。
今日からいよいよ第3幕を聞きはじめた。
2007年の舞台で公開されている写真は、
第3幕については第3場のみである。
タンホイザーはウォルフラムにしがみつき、
舞台全体がピンク色の照明に変わり、
ヴェーヌスベルクの情景に変わって、
後ろにヴェーヌスが登場するという場面。

この前の第2場でウォルフラムが歌う「夕星の歌」。
ウォルフラムはロマン・トレケルだがいつもながら感動的。
フィリップ・アルローの演出によるこのプロジェクトでは、
2002年からずっとロマン・トレケルが歌い続けた。
ウルリヒ・マイアの音楽も透明な響きで絶妙のサポートである。

CDR433/434/435

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2008年5月22日 (木)

バイロイト音楽祭2007

20080522

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第2幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から歌劇「タンホイザー」。
今日も第2幕を聞いている。
写真は第2幕第4場の歌合戦の場面。
第2幕は充実の極みだ。安定している。
ウルリヒ・マイアの指揮はここでも
重厚さよりは美しさ、明瞭な響きが際立つが
何か気になったり、考えたりする時間は存在しなくて、
ただひたすらその素晴らしさに感動して物語は進んでいく。
「タンホイザー」の第2幕は、前半に華やかに盛り上がって、
後半には悲劇的展開に一気に陥っていく、
ワーグナー独特の物語手法だと思うのだが、
「トリスタンとイゾルデ」第2幕がちょうど同じような感じで
「神々の黄昏」や「パルジファル」も方向性は一緒。
ワーグナーは第2幕がすごく面白いのである。
「ローエングリン」や「マイスタージンガー」も第2幕は最高!

CDR433/434/435

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2008年5月21日 (水)

バイロイト音楽祭2007

20080521

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第2幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から歌劇「タンホイザー」。
今日は第2幕を聞いている。
写真は第2幕第2場でワルトブルク城内「歌人の広間」。
戻ってきたタンホイザーとエリーザベトが再会している場面。
距離をおいて、後ろからそれを見守るウォルフラム。
2004年か2005年のときにも書いたと思うが、
中央に斜めに立っている柱は何なのだろう?
バイロイト音楽祭から公開されている写真では、
このように青い光を発しているときと白い光のときがある。
歌合戦の会場だが、シンプルな造形配置と
大胆な色使いの対比が見事で、これもまた印象的である。

CDR433/434/435

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2008年5月20日 (火)

バイロイト音楽祭2007

20080520_3

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から歌劇「タンホイザー」。
今日も第1幕を聞いている。
ヴェーヌスベルクの情景は消え去り、
第3場と第4場はワルトブルクの山麓。
写真だが第3場ということになっているけれど、
ウォルフラムのロマン・トレケルが右に写っているので
となると領主ヘルマンと騎士たちが登場している第4場なのでは?
山麓の花畑という設定なのだと思うが、すごい色使いである。
思いきった原色の採用により、その鮮やかさは強く印象に残る。
タンホイザーとウォルフラムはモノトーンな衣装というのもいい。

クリストフ・ウルリヒ・マイアの音にもすっかり慣れてしまった。
たっぷりと鳴りまくっていたティーレマンとはずいぶん違い、
第1幕ではかなり抑制をきかせて、
コントロールされている気がするけれど、
楽器のバランスやフレーズの流れがスッキリと浮かび上がり、
決して個性的ではないが、はっきりと独自性が感じられる。
でもティーレマンにしてもウルリヒ・マイアにしても
バイロイト祝祭管弦楽団の演奏がとにかく素晴らしい。
指揮者が誰であっても、どんな場合にも
極めて高水準の響きを保っているのだ。
ウルリヒ・マイアは「よくやった!」と広く評価されている。

CDR433/434/435

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2008年5月19日 (月)

バイロイト音楽祭2007

20080519a

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から歌劇「タンホイザー」。
フィリップ・アルローの演出による舞台も2007年が最後の上演。
今日は第1幕を聞きはじめた。7月26日の公演である。

20080519b

写真は第1幕第2場でヴェーヌスベルクの場面。
鮮やかな色使いが非常に印象的である。
ヴェーヌスとタンホイザーをアップにしたのがこの写真。
タンホイザーは初登場のフランク・ファン・アーケン。
ヴェーヌスは2004年以降、この役を務めてきたユディト・ネーメト。

CDR433/434/435

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2008年5月14日 (水)

バイロイト音楽祭2007

2007年のバイロイト音楽祭から歌劇「タンホイザー」。
まずは一回、全体を通して。今日は第3幕。
クリストフ・ウルリヒ・マイアの指揮は
基本的にはさっぱりした音作りだが、
前半のゆったりと落ち着いた響きは心地いいし、
タンホイザーが戻ってきた後の展開では、
シャープに鮮やかな方法で盛り上げて
この録音は初日の7月26日の公演だが、
昨年は6回上演されているので
後半の方はさらに感動的であっただろう。
アシスタントが代役で本番を指揮する
という異例の事態だったのだが、
昨年の「タンホイザー」は意外に好評だったので。
フィリップ・アルローの演出が、評価が高く
きっと舞台も安定して進んだに違いない。
フランク・ファン・アーケンのタンホイザーが、
第1幕第2場のヴェーヌスベルクの場面では
何となく不安定な感じがしたのだが、
第2幕以降は気にならなくなった。
慣れてしまうとわからなくなってしまうのだけど
これからじっくり聞きこんでいきたい。

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2008年5月13日 (火)

バイロイト音楽祭2007

20080513

バイロイト音楽祭のホームページより
2007年の歌劇「タンホイザー」の指揮者
クリストフ・ウルリヒ・マイア
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から歌劇「タンホイザー」。
まずは一回、全体を通して。今日は第1幕と第2幕。
フィリップ・アルロー演出の舞台も
2007年が最後の上演となった。
指揮のファビオ・ルイージがキャンセルになり、
クリストフ・ウルリヒ・マイアが代役を務めた。
バイロイトでティーレマンのアシスタントをしていた人であり、
この舞台を知り尽くしているということもあって、大抜擢となった。

最初の印象としては、これまでのティーレマンに比べて
軽いというか、ちょっと弱々しい印象もある。
でも響きは非常に美しいし、独特の丁寧さが新鮮でもあって、
これから聞きこんでいくのが楽しみになった。
第2幕以降は次第に鳴り出して、重みも出てきて、いい感じ。
あと2004年、2005年とタンホイザーを歌っていた
スティーヴン・グールドが、2006年からジークフリートに移っているので
ここではフランク・ファン・アーケンがバイロイト・デビュー。
こちらも何となく、音楽に引きずられたのか、弱々しい。
でもタンホイザーは元々そういう繊細な要素のある役柄でもあり、
声の印象としては、私は何となく好き。

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2008年4月22日 (火)

バイロイト音楽祭2007

20080421d

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第3幕第5場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
この写真も第3幕第5場なんだけど、
どんな場面なのだろう?ますますわからない。

20080421e

ヴァルターのクラウス・フロリアン・フォークトである。
花輪をのせているので、民衆たちに歌が評価された後だろう。
バイロイト音楽祭のホームページを確認すると
今のところ、今年も昨年の配役そのままで発表されているが、
ザックス、ポーグナー、ベックメッサー、ヴァルター、ダヴィット…
ぜひ今年もさらに完成度をあげて、聞かせてもらいたい!

バイロイト音楽祭2007の録音から
次は7月26日に上演された「タンホイザー」を聞こうと思う。

CDR417/418/419/420

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2008年4月21日 (月)

バイロイト音楽祭2007

20080421a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第3幕第5場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
第3幕の後半。第4場の終わりから第5場を聞いている。
この写真もよくわからなくて、かぶりものをした人がたくさん。
中央にいるのは、ダヴィットとマグダレーネらしいのだが。
というのがわかるのが次の写真で

20080421b

ダヴィット(ノルベルト・エルンスト)が鬼ごっこ?
ここに登場しているかぶりものの正体は、
ドイツの有名な方々ばかりのようである。
芸術や文学や哲学や各分野の偉人たちらしい。

20080421c

その中にはワーグナーらしき人もいて、
というか、どう見てもこれはワーグナーだけど、
アヒルを捕まえているのか?
これが原因かはわからないが、
第3幕が終わるとブーイングの嵐である。
今年以降、またいろいろなことがわかってくるのではないか。

CDR417/418/419/420

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2008年4月20日 (日)

バイロイト音楽祭2007

20080420

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第3幕第5場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
今日から第3幕の後半。第4場の終わりから第5場。
写真は歌合戦の場面だと思うのだが、
やはり詳しいことはわからない。
左にいる黒いTシャツ姿がベックメッサーらしいのである。
右がヴァルター(クラウス・フロリアン・フォークト)。
すると中央にいる劇をやっているような人は誰?
でも音楽はいつもながら素晴らしく感動的である。
もうここは楽しめばいいかな…って思うのだが。

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2008年4月19日 (土)

バイロイト音楽祭2007

20080419a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第3幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
今日も昨日に続き、第3幕の前半。
前奏曲と第1場から第4場の途中まで。
この写真、よく見かけるのだが、どういう場面なのだろう…
家とその家族を表現しているのか?
中央にいるのは、ザックス(フランツ・ハヴラタ)?
左にマグダレーネとダヴィット。
右がヴァルターとエヴァ、そしてポーグナー。
第5場の歌合戦の結果を見なくとも、
第4場でヴァルターとエヴァは結ばれ、
ダヴィットも職人として独り立ちし、マグダレーネと。
ザックスは一人だが、第5場で偉大なマイスターとして称えられる。
ヴァルターとエヴァの恋愛劇は第4場ですでに完結し、
第5場はザックスのために存在するのだということを表しているのか?

カタリーナの解釈を聞いて、つい意識してしまうのだが、
するとたしかに第3幕のワーグナーの作曲は保守的な印象も。
特にそう感じるのは、ヴァルターが明け方に見た夢を詩に歌う
「朝はばら色に輝き…」の場面など、あまりの音楽の美しさで
革新的な響きなど、消え去ってしまうのである。
そして説得力を感じるのが、第3場に進んで
ベックメッサーが登場してくると、音楽は一変して、
カタリーナは第5場のベックメッサーの歌は前衛音楽のよう
って、指摘しているが、この第3場の音楽も
その展開を予感させるというか、前段のような流れである。
第2幕の時点ですでにブーイングがおきており、
舞台の見せ方に関しては、あまり評判よくないのかもしれないけれど、
録音を聞いているとカタリーナの発想はうなずけることも多くて、
というのは、セバスティアン・ヴァイグレもその意図をよく理解して
音楽作りで応えているということかもしれないが。

20080419b_2

第3幕は第1場でのザックス、第3場でのベックメッサーというふうに
心の動きを音楽で表現している場面が素晴らしく、夢中にさせられる。
特に第3場のベックメッサーの壊れぶり、私は大好きだ。
第3幕のベックメッサーの写真を探しているのだが、
残念ながら見つからない。ミヒャエル・フォレのベックメッサー。
写真は第1幕第3場のものだと思う。
ミヒャエル・フォレのファンになった。

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2008年4月18日 (金)

バイロイト音楽祭2007

20080418

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
今日からいよいよ第3幕を聞きはじめた。
前奏曲と第1場から第4場の途中まで。
第2場と第4場でのヴァルターの歌がやはり素晴らしくて、
クラウス・フロリアン・フォークトは最高だ。
そして第3場のベックメッサーの登場が面白い。
ここの音楽は大好きである。
「ベックメッサーの動機」がどんどん自在に発展していく。

写真は第3幕第1場である。
ダヴィットはすでにいないみたいだが、
中央右にいるのはザックスで
「諦めの動機」で物思いに沈んでいるところだろうか?
エヴァのことを諦め、昨晩の騒ぎを後悔しているという。

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2008年4月17日 (木)

バイロイト音楽祭2007

20080417a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第2幕第7場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
昨日に続いて今日も第2幕を聞いている。
もちろん第3幕も最高に素晴らしくって、面白いのだが、
私はこの第2幕が大好きである。
写真は第7場の乱闘大騒ぎの場面。

20080417b_2

録音を聞いているとザックスとエヴァのやり取りの第4場で
ポンって、破裂音がなるのだが、写真を見つけた。
やはり正体はシャンパンの音だった。

20080417c_2

ドイツのサイトでこの「マイスタージンガー」の画像を探していたら、
面白い写真を見つけた。
セバスティアン・ヴァイグレとカタリーナ・ワーグナー。
なぜか?爆笑のシーン。

カタリーナ・ワーグナーの解釈では、
ワーグナーのスコアに注目して、
第1幕と第2幕は非常に革新的な作風を示しているのだが、
第7場の乱闘シーン(音楽はフーガ)に到達し、
すると第3幕は保守的な作風に戻るという。
私は作曲に関する専門的なことはわからないけれど
聞いている範囲でどうもそれがよく理解できない。
作曲分析の解説をしていただけるのなら、ぜひ聞いてみたい。
ここでの音楽は、主導動機の扱いが極めて複雑に
響きのつくりは精緻にして、その完成度は圧倒的である。
でも同時に非常に柔和な表情をみせていて、
前衛に挑戦的な音は聞かれない。
一方、第3幕を聞いていて、やはり緻密にして、
ますます変化に富み、単調に陥ることはなく、
ワーグナーの作風がそんなに劇的に変化している印象はないのだけど。
どの辺を指摘しているのだろうか。もう少しヒントが欲しい。

2000年から2002年の指揮はティーレマンだったのだが、
ティーレマンは木管も金管も独特な表情付けで
その豊かさ、ある意味、くどいぐらいに創りこんでいたのだけど、
それを知っていると、ちょっとヴァイグレの指揮はあっさりして、
ここ!というところで、何にもなかったように通り過ぎ、
少しだけ物足りなくもなってくる。自然な流れはいつも快調だ。
でも聞いていて、確実にセバスティアン・ヴァイグレという指揮者を
もっともっと聞いてみたいという気持ちになっているのは事実で、
これから注目の存在だ。聞くチャンスも増えるだろう。

20080417d_2

第2幕から物語の中心になっているザックスとベックメッサー。
おそらく第6場でベックメッサーがセレナードを歌う場面だろう。
ここでの演出では、いかにもお役人というイメージか、
グレーのスーツを着て、いつも文庫本を読んでいるという
そんなベックメッサーだそうである。
ミヒャエル・フォレもカッコいい。

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2008年4月16日 (水)

バイロイト音楽祭2007

20080416a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第2幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
第1幕第3場の後半と今日から第2幕。
写真は第2幕第4場だが、後ろに置いてある手の置物は何?
カタリーナの演出の解説ってないのだろうか?
左に座っているのがザックスだと思う。
頭を抱えて、何か考え込んでいるような?
ということは、「ヴァルターを助けるいい方法はないのか?」
って、いろいろ思案している場面だろうか?

20080416b

ザックスの写真を探してみた(ドイツのサイトより)。
カタリーナの演出により、第1幕と第2幕におけるザックスは、
極めて革新的な自由主義者だということで
どうも歌の仕上がりもそういう方向性のようで
マイスターの貫録はあまり感じられない、そういうところ
人によっては批判的な感想も見られたが、
フランツ・ハヴラタの声の印象が、私はすごく好きになってしまった。
黒いシャツを着て、少しだらしない感じ、それがカッコよく。

20080416c

でも何でタイプライターを打っているのか?なぜ?
白いスポーツシューズが登場する。
第6場でベックメッサーが下手くそなセレナードを歌っていると
上からそのスポーツシューズが落ちてきて、周囲に散乱する。
ここでのザックスは靴屋の親方ではなく、
スポーツシューズの製造会社の社長で仕事中?
しかし今時、タイプライターを使っているという設定も不明?
きっとカチャカチャの音が欲しかったのだと思うが。

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2008年4月15日 (火)

バイロイト音楽祭2007

20080415a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

今日も昨日に続いて昨年のバイロイト音楽祭から
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕。
写真は第1幕第3場だが、これもどういう状況なのか、
詳しいことはわからない?中央で机の上に登って、
白ペンキをまわりに塗り散らかしているのが、
クラウス・フロリアン・フォークトのヴァルター。
右に座っているグレーのスーツ姿(市役所の書記)が
ベックメッサー(ミヒャエル・フォレ)である。
左に座っている黒いシャツ姿の男は、
もしかしたらザックス(フランツ・ハヴラタ)かもしれない。

20080415b_2

ヴァルターは上で何をやっているのだろう?
カタリーナの演出では、ヴァルターは絵描きということだったか?
でも何だか、白ペンキをあたり一面に汚らしく、ちょっと…
録音を聞いているとそんな騒動が起きているとは思えない、
第3場は平和に進んで、ヴァルターもきれいな声で歌っているし。
クラウス・フロリアン・フォークトの圧倒的な美声と
舞台でのめちゃくちゃな振る舞い、そのギャップが埋まらない。
第3場の前半ではファイト・ポーグナーが長々と歌うが、
アルトゥール・コルンが演じている。
調べてみたら、2007年にポーグナーでバイロイト・デビュー。
2008年もポーグナー役で出演が予定されている。
考えてみるとフランツ・ハヴラタもミヒャエル・フォレも
そしてクラウス・フロリアン・フォークトも
2007年のこの公演でバイロイト・デビューである。
カタリーナの新演出は新鮮な顔ぶれで臨んだということか。

セバスティアン・ヴァイグレの指揮は、
前奏曲では結構な勢いだったのだが、
舞台がはじまるとすごく丁寧に進めている印象。
私は安心して聞いていられる。すっきりときれいな仕上がり。

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2008年4月14日 (月)

バイロイト音楽祭2007

20080414

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第1幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

ずいぶん時間があいてしまったが、
2007年のバイロイト音楽祭の録音をこれから聞いていく。
まずは初日の公演で「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
カタリーナ・ワーグナーによる新演出で話題になった公演である。

写真は第1幕第1場のものだが、どういう場面なのか?
元の設定では教会内部で礼拝の場面となっているが、
この演出で読み替えをしているのは明らかとして、
しかしどういう状況でエヴァやマグダレーネ、
ヴァルターはどこにいるのか?わからない…

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2008年1月30日 (水)

バイロイト音楽祭2007

2007年のバイロイト音楽祭から初日の公演
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
まずは一回、全体を通して。今日は第3幕。
カタリーナ・ワーグナーによる新演出上演である。

カタリーナ・ワーグナーの解釈による
ベックメッサーの扱い。これもたいへんに面白い!
ザックスとの対比で全く逆の展開。

20080130a 20080130b

バイロイト音楽祭のホームページより
http://www.bayreuther-festspiele.de/
左は第1幕、右は第3幕におけるベックメッサー。
第1幕ではスーツを着て、ネクタイを締めて、
文庫本を持って、いかにも役人風である。
第2幕でも同じで、やはりグレーのスーツ姿。
それが第2幕第7場での大乱闘を経て、
頭でも打ったのか?それは冗談だけど、第3幕に進むと
それまで保守的なまじめ人間(市の書記)だったのが
革新的な自由主義者に変貌している。
上の写真では詳しくはわからないのだが、
黒いシャツを着て、スニーカーをはいているような印象?

第3幕第3場でベックメッサーがザックスの仕事場を訪ねて、
何か吹っ切れたかのような、ザックスを圧倒するような勢い?
ミヒャエル・フォレの歌がすごいのである。
カタリーナの演出意図が音を通して伝わってくる場面。
そして第5場の歌合戦でベックメッサーが聴衆から笑われて、
この詩はザックスがくれたものであることを白状してしまうところ
追い詰められて一気にしゃべりまくる感じ、
緊張感と迫力で聞かされてしまう。
ここは音楽もすごくいいので、ヴァイグレの指揮も
カタリーナの演出と一体となって、非常に説得力がある。

歌合戦のところのベックメッサーの音痴な歌だが、
ここもカタリーナの解釈では、この不安定なメロディーが
極めて斬新な前衛芸術なのであり、
そういう表現に目覚めたベックメッサーは、
革新的で自由な発想に恵まれた人間なのである。
つまりはこの旋律は現代音楽と理解していいのだと思うのだが、
それに「NO」を言いわたす民衆、この場面は
まさに今日の現代音楽のおかれた状況を表しているのである。

最初からいろいろ書いてしまって、これではネタが尽きてしまうが、
2007年の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は、
2月中旬から月末に向けて、じっくり聞き込む予定。

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2008年1月29日 (火)

バイロイト音楽祭2007

20080129

バイロイト音楽祭のホームページより
2007年の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
リハーサル風景。中央にカタリーナ・ワーグナー。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から初日の公演
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
まずは一回、全体を通して。今日は第2幕。
カタリーナ・ワーグナーによる新演出上演である。

カタリーナ・ワーグナーの解釈を聞いて、
改めてこの演奏を聞くとなるほど納得できる部分も多い。
第2幕第3場のザックスのモノローグのところで
ヴァルターの歌を思い出して、「情熱の動機」とともに
彼のことが気に入ったとつぶやく。
ヴァルターは騎士なのにいきなりマイスターの試験を受けて、
その理由もエヴァに一目惚れだから…というメチャクチャである。
そういうヴァルターに熱心に肩入れするのだから
ザックスだって革新的な自由な発想をもつ人物というのは正しい。
靴屋の親方なのに靴もはかずに裸足で歩き回り、
格式あるマイスターなのにTシャツ姿で軽装。
そしてそのヴァルターの扱いにしても
チェロを弾き、絵を描き、芸術を愛し、それを自由に表現する
そこも説得力あるではないか!服装も派手に遊び人風?
録音を聞いていてもローベルト・ホルの重々しいザックスに比べて
フランツ・ハブラタのザックスは、何となく都会的というか、
あくまでもイメージではあるが…先進的に振舞っている。
カタリーナの意図は音を通しても大いに伝わってくる。
そして注目はザックスとの対比としてベックメッサーの存在であろう。
ベックメッサーの人格表現は第3幕で面白い。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2008年1月28日 (月)

バイロイト音楽祭2007

20080128_2

バイロイト音楽祭のホームページより
2007年の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
指揮者のセバスティアン・ヴァイグレ。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2007年のバイロイト音楽祭から初日の公演
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
まずは一回、全体を通して。今日は第1幕。
カタリーナ・ワーグナーによる新演出上演である。

録音を聞いていると音楽が中心になるので
そこで全体を統括しているのは
指揮者セバスティアン・ヴァイグレともいえるが、
前奏曲を聞いていると勢いがあって、表現に活気もあるけれど
少々荒っぽくて、ちょっと雑に響いている印象がある。
歌が入ってくるとそんなに気にならなくなるし、
音楽の進行とともにどんどんよくなっていると思うのだが。
クラウス・フロリアン・フォークトのヴァルター、
ノルベルト・エルンストのダヴィットが素晴らしい美声!
合唱がいまひとつまとまっていないような気もするのと…
ティーレマンと比べるとどうしても薄味のような
ちょっと一本調子な感じもあり、
でも私は嫌いではないので、これから聞き込めば、
どんどんよいところは見つかってきそう。
そしてこれから第2幕、第3幕へと
フランツ・ハヴラタのザックスが楽しみである。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2008年1月 8日 (火)

バイロイト音楽祭1985

バイロイト音楽祭1985から歌劇「さまよえるオランダ人」。
指揮はワルデマール・ネルソン。
この指揮者は現在では聞いたことがないのだが、
70年代後半にソ連から西側に亡命して、
無名の新人ながらいきなりバイロイトに抜擢されたらしい。
それが1980年の歌劇「ローエングリン」で
そのまま1982年まで担当している。
その後、1984年と1985年に「オランダ人」を指揮した。
当時の記録を調べてみると1979年の「ローエングリン」は
エド・デ・ワールトが担当している。理由はわからないが、
結果として、1年だけでバイロイトを去ってしまった。
それを引き継いだのが、ワルデマール・ネルソン。
そしてこの1985年の「オランダ人」というのは、
1978年に登場したクプファー演出の最後の年である。
1978年から1980年の3年間は、
デニス・ラッセル・デイヴィスが指揮している。
その後の1981年と1982年がペーター・シュナイダー。
ペーター・シュナイダーは現在もバイロイトに出演しているが、
この1981年の「オランダ人」がバイロイト・デビューだった。
1983年はペーター・ホール演出の「指環」がスタートして、
(初年度を指揮したのはゲオルグ・ショルティ)
「さまよえるオランダ人」は休演している。
1984年と1985年には再演されて、
そこで指揮したのが、ワルデマール・ネルソンだった。

オランダ人を歌っているのが、サイモン・エステス。
この人は黒人のワーグナー歌手ということで注目を集め、
力強い輝きの歌声で非常に評判だったそうである。
そして注目なのが、グレイアム・クラークが舵手を歌っている。
グレイアム・クラークといえば、2001年から2004年の4年間、
ユルゲン・フリム演出の「指環」でミーメが当たり役だった。
かなりの昔のことになるが、80年代の当時は脇役で
でも聞いていると何か非常に貴重な出会いのような気がしてくる。
グレイアム・クラークは1981年がバイロイト・デビューだそうだ。
演奏は快適なテンポ設定が心地よく、重みはあまり感じられないが、
その爽やかな仕上がりはむしろ非常に現代的で、
何か特別ということはないけれど、私には好感触の「オランダ人」である。
マッティ・サルミネンのダーラントも素晴らしく、
エステスのオランダ人とのやり取りは聞き応えがある。

PHILIPS 475 8289

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2007年12月30日 (日)

バイロイト音楽祭2007

バイロイト音楽祭2007から昨晩放送されたのは、
7月25日の楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
カタリーナ・ワーグナーによる新演出上演の録音である。
こちらも詳しくは来年になって、じっくり聞きなおすことにして、
その感動が冷めぬうちに少しだけ第一印象で感じたことを。

クラウス・フロリアン・フォークトのヴァルターは
たいへんな美声でもう最高!
歌を聞かせるシーンが多いがうっとりである。
でもダヴィットとかぶるのでその辺はどうなのだろう?
ということでノルベルト・エルンストのダヴィットもお気に入り。
フランツ・ハヴラタのハンス・ザックス、
ミヒャエル・フォレのベックメッサーもよかった。
この数年はローベルト・ホルの歌で
ザックスのイメージができあがってしまっている部分もあり、
しかし今回のハヴラタは新鮮な感動を与えてくれそう。
アマンダ・メースのエヴァがちょっと金切り声を張り上げて
お転婆娘の印象である。でもしっかり主張する女性という
もしかしたら演出上の全体の方向性にのっているのかもしれない。

セバスティアン・ヴァイグレの指揮を聞くのはほとんどはじめてで
しかし音がすごくきれいだし、私は好感をもった。
若々しく、しなやかな運びは、この作品にもふさわしい。
フォークトのヴァルターをはじめ、全体に軽やかな展開を目指しているようで
そうした中で音楽がこうなるのは自然な流れである。
さっぱりした歌い方で表情付けを意識的に避けているような
同じオーケストラでもティーレマンとは逆の印象。
第3幕第5場で歌合戦の場面になると
急に派手になりだす傾向があって、ちょっとそこは気になった。
最後まで一貫して、透明な響きで統一した方がよかったのでは…

20071230

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第2幕第6場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第1幕のヴァルターの歌の試験で
ベックメッサーが減点を黒板に殴り書きして歌の邪魔をする音。
第2幕でのベックメッサーの歌を邪魔するザックスが靴の底を叩く音。
(今回の演出では、ザックスがタイプライターをカチャカチャ打っている。)
第3幕でのザックスが本を閉じて大きな音をさせる場面。
これらの効果音はすべて省略されている。
カタリーナの読み替えは興味あるところ。
第2幕第6場でザックスのタイプライターは邪魔になっていなかったが、
ここはベックメッサーの歌が減点されるたびに
上からスニーカーが落ちてくるという演出だったらしい。
その場面が上の写真なのだが、よくわからない。
スニーカーらしきものが散乱している。

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2007年12月29日 (土)

バイロイト音楽祭2007

バイロイト音楽祭2007から
「ニーベルングの指環」の放送が昨日までで終わった。
詳しくは来年になって、じっくり聞きなおしたいと思っているので、
今は少しだけ第一印象で感じたことを。
「ワルキューレ」の第3幕あたりから
ティーレマンはすごく音を鳴らして、
それは続く「ジークフリート」「神々の黄昏」へと
信じられないほどに充実した音楽の厚み、密度、
ここまでの凄みって、聞いたことがあっただろうか?
何で?ティーレマンという人は、こんなに特別なのだろう?
話を聞くとワーグナーを指揮するために生まれてきたような人である。
オーケストラが前に出るところでは、とにかく恐ろしい迫力で圧倒し、
歌手が出るべきところでは、一歩下がって、輝きは失わず、
その絶妙な運び、これだけの高度な水準だと、
操作してそうなっているような感覚ではないのだが、
何か全体が不思議なぐらいに強い力によって、まとめ上げられている。
昨年の録音では、どちらかというと細部よりは物語の流れで
主導動機の扱いはそれほど明瞭な印象はなかったのだが、
どうも聞いていると今年は格段に精度を上げて、
重厚さに加えて、研き抜かれた精巧な表現にも驚かされた。
ティーレマンは響きの作り方がうまい。
この点でも今年は群を抜いて素晴らしく、
これまでのあらゆるワーグナー演奏においても
ティーレマンのような演奏って、出会ったことがない。
ちょっと褒めすぎのような…でも2年目にしてこれで、
これから先、どうなっていくのだろう?
歌手ではリンダ・ワトソンのブリュンヒルデがやはり最も印象に残った。
今年登場のアルベルト・ドーメンのウォータンは、
これからじっくり聞きなおしてみるのを楽しみにしている。
スティーヴン・グールドのジークフリートは歌としてはうっとりなのだが、
どうも私には、話の流れにおいて、一本調子のような気がして、
それだけが気になるのだけど…そんなことをいっているのは私だけ?
噂には聞いていたが、エントリク・ウォトリヒのジークムントはちょっと悲惨。
聞いていて、かわいそうなぐらいである。
8月後半の公演では、その後復活したそうだが、
元気に歌えたのだろうか?

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2007年12月26日 (水)

バイロイト音楽祭2007

昨日からはじまったバイロイト音楽祭2007の放送で
楽劇「ラインの黄金」の後に行われた講評、
舩木篤也さんと高辻知義さん(ドイツ文学者)の対談。
バイロイト音楽祭の昔と現在ということで、
1960年代の話、1980年代からそして現在へと
非常に興味深い話だった。
後半は今年の演目について。
話題の中心はカタリーナ・ワーグナーだが、
新演出「マイスタージンガー」の舞台については、
あまり細かく解説されることはなく、
何かヒントが見つかるのではないかと
期待していたので、ちょっと残念。
ひとつ興味深かったのは、カタリーナの解釈は、
ワーグナーのスコアにぴったりと沿った演出を試みていて、
第1幕と第2幕は非常に革新的な作曲を施している。
それに対して第3幕は、音楽はむしろ古くなっている。
第2幕後半の乱闘の場面ですべてはひっくり返る。
前半は革新的であったザックスが、
乱闘騒ぎを引き起こした反省から
こんなことではいけないと第3幕では
伝統を重んじる保守的な人間へと変わる。
それが第3幕の最後でザックスによる民衆へのメッセージ、
マイスターを敬おう!敬わなくては、ドイツ芸術は廃れてしまうのだ。
これはワーグナーにとっての「芸術のユートピア」だそうだが、
そこにつながっていくというのは、説得力を感じる。
面白かったので、忘れないうちに残しておこうと思った。

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2007年12月19日 (水)

バイロイト音楽祭1955

バイロイト音楽祭1955から楽劇「神々の黄昏」。
ヨゼフ・カイルベルトの指揮によるライブ録音である。
ひたすら感動的だ。重厚な中に力強さをあわせもち、
音楽の美しさ、「神々の黄昏」における独特の透明感、
すべてにおいて、恐るべき集中力で聞かされてしまう。
序幕から間奏曲の「ジークフリートのラインへの旅」を経て、
第1幕はちょっと気を抜いてしまう演奏もあるのだが、
カイルベルトだと全く隙がなく、何て素晴らしい緊張感!
一切の迷いはなく、完成された表現は自信に満ち溢れている。
カイルベルトは1952年にバイロイトに初登場して、
1956年までリングを毎年指揮し(1953年と1956年は1公演のみ)、
1955年は4年目ということになるのだが、充実の極みである。
すべての場面で素晴らしいので、特別書くことはしないが、
歌手の存在感も凄いし(ステレオ録音である!)、
とにかく感動。偉大な記録。これは大切にしたい。
1950年代のカイルベルト、クレメンス・クラウス、
そしてクナッパーツブッシュによるリングは、
結構いろいろな録音が出回っているように思うのだが、
今度は1960年代前半のルドルフ・ケンペの演奏が聞いてみたい!
著作権やその他いろいろな理由もあるのだろうけれど、
これから何年かで出てきそうな気がする。期待!

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2007年12月18日 (火)

バイロイト音楽祭1955

バイロイト音楽祭1955から楽劇「ラインの黄金」。
昨年も年末はカイルベルトのリングを聞いていたのだが、
去年は「ワルキューレ」と「ジークフリート」で
今年は残りの「ラインの黄金」と「神々の黄昏」である。
ちょうど来週の今日は、バイロイト音楽祭2007の
「ラインの黄金」が放送されるので、気持ちは高まってくる。
1955年のカイルベルトのリングはステレオ録音で残されていた
ということは鑑賞する上でたいへんに重要なことなのだが、
でも翌年1956年のクナッパーツブッシュのリングだと
すごく古くてまさに歴史上の記録のような、そんな印象であり、
カイルベルトだと古い感じはなくて、今でも十分に通用するのである。
それは録音のリアリティもあるけれど、表現の点でもそうなのであり、
カイルベルトの職人芸的ともいえる、ワーグナーの音楽を丁寧に扱って、
ここでの美しさは、音楽そのものが輝いているのであって、
誠実な気持ちにより、作品に語らせるということに尽きるのである。
そこが素晴らしく、これこそが本質であり、本格的であり、
渋い中にも深い感動がゆっくりと立ち上ってくる。
決してクナッパーツブッシュを批判するということではないのだけれど、
ワグネリアンというとクナッパーツブッシュは神様のような扱いで
でもどうも私はカイルベルトの方が好みで
戦後バイロイトはやはりカイルベルトにはじまっている。

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2007年12月 7日 (金)

バイロイト音楽祭2002

バイロイト音楽祭2002から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
第3幕後半の第5場を聞いている。
昨日はベックメッサーが逆切れして、
詩を盗んだことを白状したところまで書いたが、
そこでザックスがすかさず本当の詩の作者、
その人こそがマイスターにふさわしいと
ヴァルターを呼び入れるのである。
「朝はばら色に輝き…」を歌う。
民衆をはじめ、ポーグナー、我々聴衆も
最高の感動のひとときであり、幸せ!
ザックスはヴァルターを称え、そしてザックスもまた
親方衆からも民衆からも褒め称えられる。
ドイツの芸術の永久性を称える合唱。
ワーグナーは喜劇の結末に
ドイツの芸術の偉大さを高らかに歌い上げた。
何という素晴らしい作品なんだ!
聞いていると永遠に聞き続けていたいような気分になってくるので、
2002年の「マイスタージンガー」はこの辺で。

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2007年12月 6日 (木)

バイロイト音楽祭2002

20071206

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
第3幕第5場の舞台写真である。
(ウォルフガング・ワーグナー演出による舞台)
http://www.bayreuther-festspiele.de/

バイロイト音楽祭2002から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
第3幕後半の第5場を聞いている。
クレメンス・ビーバーのダヴィットがお気に入りって
昨日書いたのだが、ダヴィットは第4場で
徒弟から職人に昇格することが許された。
第5場で徒弟たちが踊ったり、騒いでいるので
ダヴィットは頼もしく、叱りつけるのだが、
逆に「恋人マグダレーネが来た!」とか冷やかされ、
(実際にはマグダレーネはいないのだけど)
状況は何にも変わってなくて、喜劇である!
第5場の歌合戦がはじまるまでの盛り上がり、
ここはまさに楽しく、最高の気分である。
その次の自然を讃える合唱。感動的!
そしてザックスが歌合戦の意義を伝える。
優勝者はエヴァと結婚し、ポーグナーの財産を受け継ぐ。
ローベルト・ホルのザックスが、またすごい声で歌いだす。
何という太い声!親方だ。思わず笑ってしまった。失礼。

そしてお笑いはまたベックメッサーである。
歌合戦がはじまり、盗んだヴァルターの詩を歌にして、
でも何というか、音痴?根暗な歌、お経のような(笑)
ザックスもエヴァも我々聴衆も第2場と第4場で
ヴァルターの歌を聞いているので本物を知っている。
そのあまりものギャップにおかしくてたまらない。
喜劇である!ベックメッサーはちょっとかわいそう。
民衆から笑われ、親方衆からも笑われ、
今度はベックメッサーが逆切れで
「ザックスの責任だ!」と詩を盗んだことを白状してしまう。
あまりにも情けないベックメッサーにはもう同情してしまう。
ということで、ザックスが仕組んだ計画は順調に運び、
いよいよヴァルターが登場してくるのである。

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2007年12月 5日 (水)

バイロイト音楽祭2002

バイロイト音楽祭2002から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
第3幕も後半に入って、いよいよ第5場を聞いている。
でもその前にちょっとだけ寄り道をして、
第3幕の前半(第1場~第4場)、CDでいうと3枚目だが、
少しだけバレンボイム盤(TELDEC)を聞いてみた。
そちらはバイロイト音楽祭1999からの演奏。
6月に録音ということなので開幕前に収録されたのだろう。
ウォルフガング・ワーグナー演出による同じ舞台だが、
指揮者は2000年からクリスティアン・ティーレマンが担当。
バレンボイム指揮のこのCDは私のお気に入りなのだが、
でも今聞くと渋い。CD化の際の音響編集もあるかもしれないが。
しかし慣れとは恐ろしい。ティーレマンは断然豊かなイメージ。
私の耳はティーレマンのワーグナー専門になってしまっている。
バレンボイムの第3幕は約122分で特別速くはないと思うのだが、
引き締まった響きは、バレンボイムらしい印象ではあるけれど、
しかしティーレマンは比べると遅すぎる。第3幕は約132分。
全体でいうと89+67+132=288分ほどである。
ティーレマンの表現は、とにかくじっくり描きこまれているので、
それだけの多くの内容をすべて表現し尽くそうとしたら、
時間がかかるのである。この充実の音楽にはかえられない。
バレンボイムも素晴らしいので聞いていれば
すぐに耳がバレンボイムに慣れると思うのだけど、
でもこのところティーレマンばかり聞いているので
ちょっと今は、ティーレマンでなくてはダメなようである。

歌手については1999年と2002年で
ローベルト・ホルのハンス・ザックス、
アンドレアス・シュミットのベックメッサー、
エミリー・マギーのエヴァなどは変わっていない。
一方でヴァルターは、1999年はペーター・ザイフェルト。
ダヴィットも1999年はエントリク・ウォトリヒである。
2002年はロバート・ディーン・スミスと
ダヴィットはクレメンス・ビーバーという二人。
ここが聞いてみるとずいぶん違う。
耳の慣れが大きいと思うのだが、
2002年の方がやはり断然素晴らしい。
特にダヴィットは、クレメンス・ビーバーの新鮮な印象は最高!
1999年には、エントリク・ウォトリヒがダヴィットを歌っていたのだ。
現在は「ワルキューレ」でジークムントを歌っているという大活躍。
今年のジークムントは不調だったという話で、一部の公演では、
前任者のロバート・ディーン・スミスが代役している。
そういえばウォトリヒは、2004年はパルジファルも歌っていた。
演出家との衝突で2005年はパルジファルの出演を拒否したという。
調べてみたら、2001年と2002年のダヴィットがクレメンス・ビーバー。
その後、クレメンス・ビーバーは「タンホイザー」でヴァルター、
2006年からの「ラインの黄金」でフローを歌っている。
ティーレマン指揮の演目に出続けている。
私的には、クレメンス・ビーバーのダヴィットがお気に入り。

20071205

写真はロバート・ディーン・スミスとクレメンス・ビーバー。
「トリスタンとイゾルデ(2006)」のリハーサル。
バイロイト音楽祭のホームページより
http://www.bayreuther-festspiele.de/

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2007年12月 4日 (火)

バイロイト音楽祭2002

今日もバイロイト音楽祭2002から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第3幕。
第3幕第3場でベックメッサーが登場。
ベックメッサーの存在がこの作品の面白さで
もしいなかったら「マイスタージンガー」は何てつまらない!
「ベックメッサーの動機」を聞いても
かわいそうなぐらいに憎まれ者の扱いというか
ひねくれ者といったイメージが音からの印象である。
でも登場人物を表す主導動機の点では、
ヴァルターもお調子者って感じだし、
ダヴィットはおとぼけというか、間抜けな印象もあり、
ワーグナーが役に与えた動機は、
やはりいかにも喜劇なのである。
ここでのベックメッサーは滑稽さの固まりであり、
ヴァルターの歌をザックスが記したメモを盗み出し、
ザックスはそれに気付いて、わざと見逃すのだが、
ベックメッサーは自分の手にそのメモがあるにもかかわらず、
忘れたと探し回ったり、そこでつまずいたり、
ここまで来ると「ジークフリート」のミーメである。
ザックスはそんなベックメッサーを軽蔑し、
計画は上々に運んでいるのだ。

そして第4場では、ヴァルターがエヴァに
「朝はばら色…」の続きの愛の歌を聞かせて、
エヴァは感激して、激しく泣き出し、
この辺は音楽もまた、聞いているこちらも
熱烈に感動的な場面である。
ティーレマンの指揮がまたとことん盛り上げて、
いきいきと情熱的な感情が豊かに伝わってくる。
他の指揮者はこの辺をどうやって響かせていただろう?
ティーレマンの表現は、強い個性を打ち出しているけれど
舞台との一体感、歌手との結びつきでも圧倒的だと思う。

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2007年12月 3日 (月)

バイロイト音楽祭2002

バイロイト音楽祭2002から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
今日からいよいよ第3幕を聞きはじめた。
第3幕は長いので、少し時間をかけてじっくりと。
各場面で素晴らしいのだが、お気に入りを上げていくと
第3幕の前奏曲は「諦めの動機」で厳粛な中にはじまり、
ハンス・ザックスの気持ちが表現されているわけだが、
第1場に進むとザックスの仕事場にダヴィットが登場してきて、
目の前にいるダヴィットとのやり取りの間は
明るく軽やかな「ダヴィットの動機」が流れているのだけど、
ダヴィットが姿を消すと再びザックスは物思いに沈み、
音楽も「諦めの動機」に支配されてきて、
ザックスの心の移り変わりが主導動機で描き出されている。
エヴァに対する気持ちは「諦めの動機」、
これから行われる歌合戦への心配は「聖ヨハネ祭の動機」、
昨晩(第2幕)の大騒ぎへの後悔は「殴り合いの動機」、
というふうに音楽で心の情景が伝わってくる。
この辺は聞けば聞くほど感動的である。

そして第2場に進むとヴァルターが登場して、
明け方に見た夢を詩にして、「朝はばら色に輝き…」が歌われる。
ザックスはそれを筆記しながら、規則にあてはめて、
直したり、注意したり、ヴァルターに手を貸すのである。
その歌を第4場でエヴァに歌って聞かせ、
ザックスはヴァルターの優勝を確信する。
この辺は音楽の美しさが圧倒的で感動的な場面。
一方でその第2場と第4場の間にくる第3場が
ベックメッサーの登場でここは最高に面白いのだが、
そちらについてはまた明日。

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2007年12月 2日 (日)

バイロイト音楽祭2002

今日もバイロイト音楽祭2002から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第2幕。
ワーグナーの英雄の扱いについて、
ヴァルターを例にして考えてみると
第1幕においてマイスターの試験で失格となり、
すると第2幕第5場で、エヴァに
「歌合戦(第3幕)で優勝するように」と励まされるのだが、
(歌合戦の優勝者がエヴァと結婚することになっている)
ヴァルターは「マイスターに対して幻滅した」と
駆け落ちしようとエヴァを誘うのである。
ヴァルターは挫折に弱いのか?
でもジークフリートについてもそうだし(弱点があった)、
パルジファル(目覚めるまではただの愚か者)、
トリスタン、ローエングリン、タンホイザー、…
みんな共通して欠点があるところ、同じなのである。
完璧な英雄など存在しないということか?
ある意味、極めて人間的でもあり、
英雄的振舞いの逆として、その弱さが強調される。

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は
ヴァルターとエヴァの恋愛で物語が進行していくが、
ダヴィットがヴァルターを手助けし、
さらにはその背後にハンス・ザックスの大きな存在がある。
一般的なオペラの発想からすると、
テノールが歌うヴァルターが主役のように思われるのだが、
ハンス・ザックスが真実の主役であると
よくそういわれるのはその辺の理由から。
恋敵のベックメッサーの存在、その滑稽さがこの作品の面白さであり、
ベックメッサーはことあるごとにヴァルターの邪魔をして、
それに対して、ヴァルター自身が克服するというよりも
すべて背後でザックスが手を貸すのであり、
「友情」とも違うけれど、ザックスの器の大きさ、偉大さである。

第1幕ではベックメッサーがヴァルターの歌の記録係となって、
黒板にチョークで減点を殴り書きする音で歌の邪魔をするが、
第2幕第6場では、ベックメッサーがセレナードを歌って、
エヴァに呼びかけようとするところで
今度はザックスが金槌で靴型を叩いて、歌の邪魔をする。
つまりザックスがヴァルターの仇を討つ。
この場面だが、2007年のカタリーナ・ワーグナーの新演出では、
ザックスがタイプライターをカチャカチャ打ち鳴らして、
ベックメッサーの邪魔をしたそうである。
どんな仕上がりになっているのか楽しみだ。

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2007年12月 1日 (土)

バイロイト音楽祭2002

今日もバイロイト音楽祭2002から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第2幕。
第2幕はお気に入りの場面がたくさんあるが、
第2場の父ポーグナーと娘エヴァの対話で
後ろに流れる「ニュルンベルクの動機」にはじまり、
ここはすごくロマンティックな音楽でムードがある。
第3場ではローベルト・ホルのザックスが再び登場し、
ここは有名なザックスのモノローグだが、
(第1幕第3場での)ヴァルターの歌を思い出して、
すると後ろでは「フォーゲルワイデの動機」が流れて、
でも回想なのでまた少し雰囲気が違って美しい。
そして第5場である。ヴァルターとエヴァのやり取りを聞いていると
ロバート・ディーン・スミスなのでトリスタンを思い出してしまった。
「マイスタージンガー」は作曲年代のこともあるし、
ワーグナーがわざわざ仕込んでいる主導動機の共通性もあって、
「トリスタンとイゾルデ」の響きが時折聞こえてくる。
さらには「ジークフリート」っぽい表現も見つかるし、
第5場のヴァルターの登場の場面で
明るくいきいきと「ヴァルターの動機」が現れるところ、
ここなどは「パルジファル」でパルジファルが登場する場面、
ジークフリートもそうだけど、主導動機の扱いがすごく似ている。
この辺はワーグナー作品における英雄のあり方で
いろいろ共通性が見えてくるような気がするのだけど、
長くなるので続きはまた明日にしよう。

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http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年11月30日 (金)

バイロイト音楽祭2002

昨日に続いて、バイロイト音楽祭2002から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
今日は第2幕である。ティーレマンの指揮。
バイロイトでは2003年から2006年まで
「マイスタージンガー」の上演はなかったので、
この2002年の放送を聞いて以来、
バイロイトの録音に関しては聞く機会がなかったし、
CDもその頃、カラヤン盤(ドレスデン国立歌劇場)、
クーベリック盤(バイエルン放送交響楽団)を買って、
その後は買っていないので、新たに聞いていないし、
今月は本当に久しぶりの「マイスタージンガー」なのだが、
ワーグナー好きの人(ワグネリアン)って、
実は「マイスタージンガー」が一番好きという人が
多いのではないだろうか?どうでしょう?
まあ「リング」を聞いているときは「リング」が最高だし、
「パルジファル」を聞いているときは「パルジファル」は格別で
毎回同じようなことを感じているのだけど。
でも「マイスタージンガー」のこの親しみやすさ
そして同時に清らかでもあり、
偉大な芸術を讃える深い精神性による音楽、
ちょっと他には存在しえない特別な作品である。
しかしワーグナーの作風は極めて高度なレベルに到達して、
主導動機の扱いはもうとにかく複雑で
逆にそこから解きほぐせば、わかってしまうのだが、
でもすべてを聞き出して、分析して理解してしまうのには、
私はまだまだ…もっともっと聞き込まなければ!
特に第2幕など、登場人物がめまぐるしく入れ替わり、
第7場まで変化に富んで、物語は一気に進行する。
しかしその面白さといったら!たまらない。
第2幕第7場ではついに喧嘩の大騒ぎに発展して、
有名なフーガの合唱である。その盛り上がりに興奮!
でも直後には静まって、夜警が11時を知らせる。
第2幕第5場では、同じく夜警が10時を知らせており、
実はわずか1時間の物語なのである。
聖ヨハネ祭(6月24日)の前日、夏の夜に大はしゃぎ!
なんて楽しいんだ!素晴らしい。究極の喜劇である。

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2007年11月29日 (木)

バイロイト音楽祭2002

今日もバイロイト音楽祭2002から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕。
ティーレマンの指揮は、時間的にも聞いた印象でも
かなりゆったりとしたテンポ設定だが、
でも遅いという感じはしないし、むしろ
この細部まで丹念に表情を作りこんでいって、
歌手が気持ちよさそうに伸びやかな声で歌っているのには、
何とも感動的でたまらない。さすがである。
第1幕第3場でヴァルターが自分の経歴を歌う
「冬の静かな炉ばたで…」が美しいし、
マイスターの試験を受けて、春に寄せて愛の喜びの歌、
こちらはベックメッサーの嫌がらせで
減点の記録を黒板に殴り書きするチョークの音が入って、
ここは聞いていてもすごく面白い場面だと思うのだが、
ヴァルターのロバート・ディーン・スミスが最高で、
相変わらず私は大ファンである。
聞いているとジークムントが聞きたくなってしまう。
(「ワルキューレ」第1幕のジークムントも最高!)
話を「マイスタージンガー」に戻して
第3場ではローベルト・ホルのハンス・ザックスも登場しているが、
ザックスの活躍は第2幕以降堪能できるので楽しみだ。

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2007年11月28日 (水)

バイロイト音楽祭2002

今日からバイロイト音楽祭2002の
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
指揮はクリスティアン・ティーレマンである。
「マイスタージンガー」は感動的だ。
明るく、楽しく、そして崇高な別格の存在。
最初に有名な前奏曲について、
ティーレマンがとにかく聞かせている。
すごい演奏でなんという充実感だ。
2002年に「マイスタージンガー」のこのプロダクションは終わり、
歌劇「タンホイザー」がフィリップ・アルローの演出で
新たにスタートしているが、この両作品を担当したのがティーレマン。
歌劇「タンホイザー」では15分にも及ぶ長大な序曲を
ティーレマンは暗闇の中でひたすら音楽だけを聞かせたそうだが、
ここでの「マイスタージンガー」前奏曲を聞いても
その音楽の凄みでは、「タンホイザー」序曲に通ずると思う。
「マイスタージンガー」前奏曲の最後の力強い和音のまま
第1幕第1場の教会の礼拝の場面へと続くが、
「洗礼の合唱」は美しく、ここは素晴らしい!
オルガンの音色も流れて、まずいきなりで
「マイスタージンガー」はやっぱりいいよな…
って思ってしまう、なんて魅力的音楽、舞台なのだろう。

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2007年11月12日 (月)

バイロイト音楽祭2002

2002年のバイロイト音楽祭から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。
まずは一回目、全体を通して。
今日は第3幕を聞いている。
クリスティアン・ティーレマンの指揮である。

第3幕は素晴らしい。感動的だ。
ハンス・ザックスはローベルト・ホルが歌っている。
ついこの前、2006年の「パルジファル」で
ローベルト・ホルのグルネマンツを聞いていたので、
重なってしまう。頭を切り替えねば…
ティーレマンの前の1990年代後半には、
ダニエル・バレンボイムが指揮をして、
同じ舞台のライブがCD化されているが、
そこでのヴァルターはペーター・ザイフェルトであった。
2002年のこの録音ではロバート・ディーン・スミス。
(他の公演ではエントリク・ウォトリヒも歌っていた)
ロバート・ディーン・スミスの録音を聞けるのはうれしい。
ティーレマンの指揮はひたすら雄大である。
偉大な芸術を讃えるのにはこれがふさわしい。

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2007年11月11日 (日)

バイロイト音楽祭2002

2002年のバイロイト音楽祭から
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を聞きはじめた。
まずは全体を通して一回聞こうと思っている。
ウォルフガング・ワーグナー演出の最後の上演。
指揮はクリスティアン・ティーレマン。
昨日の第1幕と今日は第2幕。明日は第3幕。

「マイスタージンガー」はこの2002年以降、
バイロイト音楽祭では上演されていなかったので
(2007年は新演出上演が行われた)
ずっと聞いていなくて、久しぶりである。
話の筋は頭に入っているのだけど、
実際に聞くと音楽をかなり忘れてしまった…
ここで聞いておいて、よかった。
勉強しないといけない…
「マイスタージンガー」は有名な前奏曲で
これから登場してくる主導動機がいろいろ示され、
「マイスタージンガーの動機」
「愛の情景の動機」「行進の動機」
「芸術の動機」「仕事の動機」
「情熱の動機」「陽気の動機」
その後も実際の舞台に入ると
「ヴァルターの動機」「ダヴィットの動機」
「ベックメッサーの動機」「組合の動機」
「聖ヨハネ祭の動機」「ニュルンベルクの動機」
「殴り合いの動機」「騒ぎの動機」
「諦めの動機」「目覚めよの動機」、きりがない…
今の私には、聞けば聞くほど、複雑である。
しっかり聞き込まないといけない…
でも本当に感動的だ。素晴らしい。

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2007年11月 2日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20071102a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2006年バイロイト音楽祭から
「パルジファル」第3幕を聞いている。
録音として聞く「パルジファル」は、
音楽もここでの演奏もとにかく感動的だ。
画像は第3幕の後半で、パルジファルが
アンフォルタスの傷に聖槍を当て、
するとたちどころに傷は癒えるという場面であろうか。
ここでも後ろにあらゆる人種、というか今度は職種であろうか?
怪我をして、右手にギブスをしている中東系の人?
右側には工事現場のヘルメットのおじさん、
左にも農兵のような不思議な人がいるけれど、
どういうことだろうか?わからない。
キリスト教世界における「パルジファル」の宗教性を
世界のあらゆる宗教、あらゆる人種に開放して、
過去の呪縛から解き放つという意図のようだが。
グルネマンツは引き続き山賊のような衣装である。

20071102b

「パルジファル」は聞いていると永遠に聞き続けたくなるような
逃れられなくなる、他の音楽を聞くのが恐ろしい…
そんな気持ちになるのである。
「リング」も「トリスタンとイゾルデ」も大好きなのだが、
でも「パルジファル」を聞いたときのこの特別な心境、
こういうことは他には決してないので、やはり特殊である。

2006年のバイロイト音楽祭の録音をすべて聞き終えた。
11月は2002年のバイロイト音楽祭から
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を聞こうかと思っている。
ウォルフガング・ワーグナー演出の最後の年となった録音であり、
そこで指揮していたのがクリスティアン・ティーレマン。
「マイスタージンガー」はここ数年、全く聞いていなかったので、
久しぶりに聞きたくなっている。
というのは、そろそろ2007年バイロイト音楽祭の
新演出「マイスタージンガー」の放送が待ち遠しいが、
その予習も兼ねて、勉強しておかないと。

あと今いろいろ考えているのだが、
これからモーツァルトのオペラを積極的に聞こうかなと。
iTunesでアルノンクール指揮の名盤を見つけてあるが、
「イドメネオ」から順番に聞いていきたいと思って。
「後宮からの逃走」や「皇帝ティートの慈悲」は、
これまで序曲しか聞いたことがないし、
有名なんだけど「コシ・ファン・トゥッテ」もCDを持っていない。
「コシ・ファン・トゥッテ」がないのに「イドメネオ」は持っている。
ジェームズ・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場のDG盤である。
この辺って、モーツァルト通の方からすると
「何で?」っていわれてしまいそう。
これから勉強したいと思います。
でも私のはじめて買ったオペラのCDって、
「魔笛」だった。ショルティ指揮ウィーンフィル。

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2007年11月 1日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20071101a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2006年のバイロイト音楽祭もいよいよ最後の一幕。
「パルジファル」第3幕を聞きはじめた。
結果から書いてしまうけど、終わると激しいブーイングである。
これはクリストフ・シュリンゲンジーフの演出に対して。
少しして今度はブラヴォーの嵐になるので
歌手や指揮のアダム・フィッシャーや祝祭管弦楽団、
音楽に対しては、聴衆も絶賛の拍手を贈っている。
アダム・フィッシャーの「パルジファル」は感動的だ。
第3幕の精妙な響きを実に丁寧に
音楽の隅々にまで完璧なコントロールが行き届いて、
これ以上のない清らかな音が奏でられてい
る。
ティーレマン、ブーレーズももちろん素晴らしかったが、
しかしそれにしてもアダム・フィッシャーは私にすごく合う。
2005年のブーレーズの指揮のときに比べ、
ここでの第3幕はちょうど10分長くなっているが、
遅くなったという印象は全くないから不思議である。
集中力の持続と引き締まった音楽に引き込まれる。

20071101b

パルジファル、グルネマンツ、クンドリーだが、
それから数年が経ち、儀式を拒否するアンフォルタスにより
聖杯騎士団は没落してしまい、という設定で
しかしこのグルネマンツ、第1幕では雪男だったが、
第3幕になるともう山賊のような出で立ちである。
ライオンの鬣は少し色褪せ、しかしますます伸びているようで。
この虐げられたグルネマンツの扱いだが、
舞台と関係なく音楽としては、ローベルト・ホルはやはりいい。

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2007年10月31日 (水)

バイロイト音楽祭2006

20071031a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「パルジファル」第2幕を聞いている。
クンドリーのエヴェリン・ヘルリツィウス。
昨日も書いたけど、存在感のある歌で素晴らしい。
第2幕の前半では写真のような黒い衣装だが、
二重人格のクンドリーが聖杯騎士に仕えているときの服装か。

20071031b

花園の魔女たちの合唱の後、第2幕の後半で
クンドリーがパルジファルを誘惑する場面では
衣装も変えて、ピンク色の髪に変身するらしい。

魅惑的な音楽で劇的に盛り上がる第2幕だが、
ずいぶん堪能したので、いよいよ次は第3幕へと進みたい。
第3幕は再び厳粛な空間へと引き戻されるのである。

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2007年10月30日 (火)

バイロイト音楽祭2006

20071030a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「パルジファル」第2幕を聞いている。
第2幕では、登場する順番に
クリングゾル、クンドリー、パルシファルと存在感があって、
特に前半、ジョン・ウェグナーのクリングゾルは素晴らしい。
クリストフ・シュリンゲンジーフのこの演出では、
クリングゾルが舞台の上を縦横無尽に行き来すると
どこかで聞いたか、読んだかした気がするのだが、
画像でも梯子を上って、高いところにいる。

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クリングゾルのジョン・ウェグナーと
クンドリーのエヴェリン・ヘルリツィウス。
ヘルリツィウスも聞いていると、
ついブリュンヒルデを思い出してしまうような
心に響いてくる歌で感動的。
ヘルリツィウスがブリュンヒルデを歌っていたとき
そこで指揮していたのもアダム・フィッシャーであった。
本当に素晴らしい。引き締まっている。
そして第2幕の後半は、すべてを悟ったパルジファル。
圧倒的な迫力と緊張感で音楽も盛り上がる。

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2007年10月29日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20071029

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「パルジファル」第1幕を聞いている。
この画像も寺院における儀式のものではないかと思うのだが、
クリストフ・シュリンゲンジーフの演出では映像を多用して、
それで気が散って、音楽に集中できないということだそうで、
まさにその状況がこの写真であると思う。
グルネマンツはパルジファルに儀式の様子を見せるが、
パルジファルは全く理解できないという場面。
舞台の写真としてはカッコいいが、
極めて複雑に多様な要素が存在するわけで、
そしてそれがうまく整理されていないということがあるのだろう。

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2007年10月28日 (日)

バイロイト音楽祭2006

20071028

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「パルジファル」第1幕を聞いている。
画像は場面転換後の寺院における儀式のものではないかと。
中央にアンフォルタスがいて、その左にパルジファル。
クリストフ・シュリンゲンジーフの演出では、
なぜかスーツ姿の黒人がいるし、他にも様々な人種が集合、
そして背後には地球上のありとあらゆる宗教者がいて、
日本からは神主さんも登場しているそうだが、
宗教上の解釈では、その辺が非常に反感を買ったようで、
今さらいうまでもなく、演出は評判が悪かったのだけど…
写真を見ても挑戦の多い演出であることはよくわかるのだが。

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2007年10月27日 (土)

バイロイト音楽祭2006

20071027a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「パルジファル」第1幕を聞きはじめた。
厳粛な音楽とはあまりにもかけ離れた舞台。
アダム・フィッシャーの指揮は、精妙な表現を丁寧に進め、
こうして録音で音楽として鑑賞していると
その感動と実際の上演とのギャップにはとにかく驚かされる。
ゴミの山は毎年少しずつ整理されているようで、
かなり見られるようになったとのことだが、
でもこれでは、ゴミ屋敷の主がグルネマンツのようである。
ここでのグルネマンツの扱いってやはり問題あり?

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グルネマンツのローベルト・ホルと
パルジファルのアルフォンス・エーベルツ。
2006年の「パルジファル」はかなりの写真が公開されており、
今まで見ることのできなかった細部を確認できるのだが、
でも私には、それでもわからないことばかり。
なぜか白い毛皮をまとって、雪男のようなグルネマンツ。
ライオンのような鬣は何?足には水筒をぶらさげている?
後ろに紅い手形がたくさんつけられているが、
それはアンフォルタスの傷から出た血を意味するのだろう。

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2007年10月19日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20071019

バイロイト音楽祭のホームページより
「パルジファル」のリハーサル風景。
指揮する後姿はアダム・フィッシャー
クンドリのエヴェリン・ヘルリツィウス
パルジファルのアルフォンス・エーベルツ
http://www.bayreuther-festspiele.de/

去年のバイロイト音楽祭から「パルジファル」。
まずは一回、全体を通して。今日は第3幕。

アダム・フィッシャーの指揮は本当に素晴らしい。
ワーグナーを指揮させたら、現在最高の指揮者だ。
2006年の一番の注目はティーレマンの「指環」新演出。
そしてたいへんに評価が高かったのが、
ペーター・シュナイダーの「トリスタンとイゾルデ」である。
2006年のバイロイトは、どの演目も非常に質が高い。
しかし私の感想としては、最後に聞くこの「パルジファル」、
アダム・フィッシャーの「パルジファル」が最高であったように思う。
でもそれは音楽(録音)を聞いての感想であり、
実際の上演としては、ご存知の通り、
演出に関して、極めて厳しい批判が集まっているわけで。

第3幕の後半で寺院の場面での厳粛な音楽から
アンフォルタスの傷は癒え、平和の鳩が舞い降り、
明るい音楽へと転じて、感動的なフィナーレとなるが、
ブーレーズのときは、ちょっと速くて、流れすぎで、
それがすごくよかったのだけど、軽い印象があり、
偉大な作品の結末としてはあっさりしているような気がして、
その点、アダム・フィッシャーはじっくり聞かせてくれて、
これが普通かもしれないけど、やはりこちらの方がいいのかなと…
しかし終わると2006年も凄まじいブーイング。
もちろんそれはシュリンゲンジーフの演出に対して。
第2幕ではブーイングがなかったのだが、
第3幕では、きっちり意思表示しておかないとってこと?
音楽の充実感とのギャップには毎年驚かされ、
2004年からの「パルジファル」の録音は変なところで興味深い。
でもそれも今年で終わり、2007年で聞き納めである。

アダム・フィッシャーのワーグナーはこれからも聞き続けたい。
でもこの数年、バイロイトのライブ録音ばかり聞いているので、
他の歌劇場、オーケストラでワーグナーを聞くのはちょっと恐い。
2009年よりも先のことになるのか、
アダム・フィッシャーにはぜひバイロイトに戻ってきてほしい。

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2007年10月18日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20071018

バイロイト音楽祭のホームページより
「パルジファル」を指揮したアダム・フィッシャーのリハーサル。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

去年のバイロイト音楽祭から
最後の演目になるが、「パルジファル」を聞きはじめた。
まずは一回、全体を通して、今日は第1幕と第2幕。

アダム・フィッシャーの指揮が圧倒的に素晴らしい。
期待していたのだが、すごく感動した。
2004年、2005年と「パルジファル」はブーレーズの指揮で
速いテンポの流れる演奏にすっかり慣れていて、
普通のテンポ設定は久しぶりのような気がしてしまうのだけど、
ブーレーズの精妙さはオーケストラに受け継がれ、
ゆったりと響いているのに、集中力の持続と凝縮された表現に
夢中になって聞いてしまった。何て素晴らしい音楽だろう。
これは絶対に最高評価の「パルジファル」であると思う。
驚いたのは、第2幕で(演出に対する)ブーイングが起きない。
さすがに三年目で聴衆もシュリンゲンジーフの演出は無視して、
音楽のみに集中して、感動を分かち合ったということか?

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2007年10月 4日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20071004a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「トリスタンとイゾルデ」第3幕を聞いている。
私はトリスタンのロバード・ディーン・スミスの大ファンで
この第3幕ですごくよかったところがあり、
第1場の最初のところでクルヴェナールに呼びかけて、
傷ついたトリスタンのその何とも痛々しい
細い声ながら、舞台に吸い込まれてしまう。
そして第2場でイゾルデが駆けつけてくるが、
最後の力を振り絞って、優しい声でイゾルデの名を呼ぶ。
感動的である。第3幕は素晴らしい。
長大な第3幕第1場で活躍するもうひとりが、
クルヴェナールのハルトムート・ウェルカーで
ウェルカーも私は大ファンなので、もう最高だ。

第3場の写真で右下に倒れているのは
クルヴェナールだと思うのだが、
何でスカートをはいているのだろう?
演出の意図があるのだろうか?
それとも何か別の理由?わからない。

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クルヴェナールのウェルカーの写真だが、
これを見るとスカートでもないような印象だけど…

2006年の「トリスタンとイゾルデ」は本当によかった。
今年は上演されなかったので、しばらく聞けなくなるが、
2008年は再演の予定で指揮もペーター・シュナイダーである。
ぜひともシュナイダーでもっと聞いてみたい!
昨年のバイロイト音楽祭も残すところ「パルジファル」のみとなった。
しばらく休んで今月末から来月はじめに聞きたいと思っている。

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2007年10月 3日 (水)

バイロイト音楽祭2006

20071003

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から「トリスタンとイゾルデ」
いよいよ第3幕を聞きはじめた。
流れるように、急き立てるように
追い詰めていくような緊張感の演奏もあるのだが、
ペーター・シュナイダーの指揮は丁寧で余裕があり、
悲痛な前奏曲から恐ろしく感情がこもっている。
第1場のトリスタンが夢と現実の間で苦しみ、
光と闇が交互にうなされるような微妙な感覚、
とにかく感動的で聞き入ってしまう。
そして第3場の精妙に音が静かに遠のいて、
そこから優しい響きで「愛の死」に入っていくところ
何て美しく、素晴らしいのだろう。
ニーナ・ステメのイゾルデも最高だ!

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2007年10月 2日 (火)

バイロイト音楽祭2006

20071002

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第2幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「トリスタンとイゾルデ」第2幕を聞いている。
写真は第3場の舞台でトリスタンはイゾルデに
「夜の国に自分と行くか」と
自らメロートの刀に飛び込み倒れる。深い傷を負う。
夜の国とは、死によって愛は永遠のものになるという
トリスタンもイゾルデも愛のために
ひたすら死に急ぐという…

2005年の大植英次指揮の録音を聞いたときにも
同じことを書いていると思うのだが、
この前の第2場(愛の二重唱)を中心にして
ワーグナーの全作品においても
「トリスタンとイゾルデ」第2幕は最も美しく、
何度聞いても感動的な音楽である。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年10月 1日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20071001

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第2幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「トリスタンとイゾルデ」第2幕を聞きはじめた。
素晴らしい。ひたすら感動だ。
ペーター・シュナイダーの指揮は、
一段としなやかさが増して、無理なく自在である。
第1場から第2場の前半では、希望と喜びに満ちて、
今回の上演でも最も勢いのある音を響かせているが、
トリスタンとイゾルデのまわりは何も見えない
一途でがむしゃらの心理状態を思い切りよく表現。
そして第2場の半ばから有名な愛の二重唱へと進むと
まさに夢の世界にいるような感覚であり、
少し輪郭をぼやかして、うっとりの響きはとろけるようである。
ブランゲーネの警告が遠くから聞こえてくるが(見張りの歌)、
もはや耳には届かないという微妙な加減、
そして永遠の彼方に鳴り響いていくような管弦楽、
ペーター・シュナイダーが創り出した究極の境地である。
2006年の全公演においても最高の場面かもしれない。
ロバート・ディーン・スミスとニーナ・ステメの長大な二重唱で
歌が細かく入れ替わり、それが融合していくようなところでは
あまりの美しさに涙が出てきてしまう。
その後の第3場では一気に現実に呼び戻され、
夢を失って、大きな落胆と停滞の音楽、
その精妙さと透き通るような空気、緊張は緩まない。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年9月30日 (日)

バイロイト音楽祭2006

20070930

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕第5場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「トリスタンとイゾルデ」第1幕を聞いている。
写真は第5場でイゾルデのニーナ・ステメと
トリスタンのロバート・ディーン・スミス。
私はロバート・ディーン・スミスの大ファンであり、
第5場でトリスタンが歌いはじめるとうれしい。
「トリスタンとイゾルデ」第1幕への前奏曲は有名だが、
この第1幕は全3幕における巨大な前奏曲のようでもあり、
そして第5場の最後の5分間への前奏曲のようでもある。
毒薬のはずが、飲んだのは愛の酒であり、
「トリスタン…イゾルデ…」互いの名を呼び合って抱擁の場面、
第1幕の山場であり、すべてはここに至るためにあった。
そして活気を取り戻し、希望に満ちた喜びのフィナーレ。

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2007年9月29日 (土)

バイロイト音楽祭2006

20070929

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「トリスタンとイゾルデ」第1幕を聞いている。
写真は第2場のイゾルデとブランゲーネの二重唱のところで
イゾルデのニーナ・ステメとブランゲーネのペトラ・ラング。
ペーター・シュナイダーの指揮が無理のない自然な展開で
特別な主張を押し通そうとするような表現は皆無なのであり、
ひたすら安定感に包まれて、こういうのもいい!
もっとカッコいい演奏は他にいくらでもあるのだが、
表面的な効果は求めない、じっくりと味わう高級感。
静かに迫ってきて、その中には本物の凄さが漂っている。
第1幕では淡々とそして確実さで物語を進めている。

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2007年9月28日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20070928

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕第5場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「トリスタンとイゾルデ」第1幕を聞きはじめた。
第1幕の舞台全体の写真は、
第5場しか公開されていなくて、
トリスタン、イゾルデ、ブランゲーネ、
一番奥の壁際に立っているのはクルヴェナールか?
主要な役柄が全員そろったところの写真である。
2006年のクルヴェナールはハルトムート・ウェルカー。
「トリスタンとイゾルデ」は2005年(新演出)と
あまり配役の変更がなく、クルヴェナールと
メロート(ラルフ・ルーカス)ぐらいである。
写真だけではわからないのだが、
なぜたくさんのイスが倒れているのだろう?
舞台は部屋なのだが、でも見方によっては、
「船の上」というふうにも見えなくはない?

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2007年9月21日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20070921

バイロイト音楽祭のホームページより
「トリスタンとイゾルデ」に出演した
ロバート・ディーン・スミスとクレメンス・ビーバー。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から「トリスタンとイゾルデ」。
全体を通して、一回目を聞き終えた。
じっくり聞くのはこれからでそのときまた考えてみたいが、
しかし何度聞いても、なんて素晴らしい作品なのだろう!
絶賛されたペーター・シュナイダーの指揮も
第2幕、第3幕へと進むうちにどんどんよくなってくる。
特別なことは何もないけれど、これ以上の感動はありえない。

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2007年9月20日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20070920_2

バイロイト音楽祭のホームページより
「トリスタンとイゾルデ」を指揮したペーター・シュナイダー。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

今日の朝日新聞朝刊に吉田秀和さんの
今年のバイロイトのリングの感想が掲載されていて、
面白くて、夢中になって読んだのだが、
でも一番驚いたのは、バイロイトまで行ったんだ…という
お元気そうで、リングの4作をすべて鑑賞されたそうな。
リングに絞って、マイスタージンガーは観なかったそうである。

私も去年のバイロイト音楽祭から
「トリスタンとイゾルデ」を聞きはじめた。
まずは一回、全体を通して、
今日は第1幕を聞いている。

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2007年8月29日 (水)

バイロイト音楽祭2008

バイロイト音楽祭2008の概要が発表されている。
http://www.bayreuther-festspiele.de/
来年は新演出の「パルジファル」が登場で
以前の発表の通り、ステファン・ハーハイム演出、
指揮はダニエレ・ガッティである。
ガッティの登場は楽しみだ。今から興奮!
そしてクリストフ・マルターラー演出による
「トリスタンとイゾルデ」が復活する。
指揮は来年もペーター・シュナイダー。
これもうれしい。シュナイダーが残ってくれた。
シュナイダー指揮の2006年の録音を
これから聞こうと思っているので、期待が高まる。
「マイスタージンガー」と「ニーベルングの指環」は
現在のチームで行くらしい。よかった。
でも来年は久々に重厚である。
すべてワーグナー後期の作品。
調べてみたら1996年と1997年以来のこと。

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2007年8月28日 (火)

バイロイト音楽祭2006

20070828a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」第3幕を聞いてきた。
ついに第3幕第3場である。さらなる悲劇が。
グンターもハーゲンの剣に倒れ、
グートルーネもまた、すべてを悟り、
グンターの遺骸の上に倒れる。
ニーベルングの呪いによるものなのか?
そしてブリュンヒルデの自己犠牲。
ここもティーレマンの盛り上げがすごい!
力強い響きに圧倒される。
リンダ・ワトソンも存在感がある。

20070828b

すべては炎に包まれ、ライン河の氾濫に飲み込まれる。
「ニーベルングの指環」のフィナーレである。
ティーレマンのリング、一年目だが、素晴らしかった。
これから5年間(残り4年)でどうなっていくのだろうか。
より大胆にそしてますます洗練されていくと思う。
2007年のバイロイト、年末の放送が待ち遠しい。
9月は続いて、バイロイト音楽祭2006から
楽劇「トリスタンとイゾルデ」を聞く予定である。

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2007年8月27日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20070827a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第3幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」第3幕を聞いている。
第2場では、ハーゲンの陰謀により
ジークフリートは記憶を取り戻す薬を飲んで、
これまでのすべてを語りだす。
回想とともに楽劇「ジークフリート」の音楽がよみがえり、
私はここが大好きである。
2004年のアダム・フィッシャー指揮のときには、
その透明感と丁寧な音作りが印象的だったのだが、
今回のティーレマンも最高の美しい響きを引き出して、
より表情も豊かにやはり感動的だ。素晴らしい。

20070827b_3

そしてこの語りは、グンターへの偽り、裏切りの告白であり、
ハーゲンはジークフリートの背に槍を突き刺す。
写真はその場面である。

ジークフリートはブリュンヒルデに告別の言葉を述べて息絶える。
そのシーンだが、やはり思ったとおり、
スティーヴン・グールドの透明な歌声が悲しみを誘う。
続いてジークフリートの葬送行進曲。
ティーレマンは、管弦楽のみの部分では思い切った豪快さで
ここも一気に盛り上げ、派手に大袈裟な迫力である。

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2007年8月26日 (日)

バイロイト音楽祭2006

20070826a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から「ニーベルングの指環」も
いよいよ「神々の黄昏」第3幕を聞きはじめた。
第3幕の前奏曲では冒頭「角笛の動機」が鳴り響き、
音楽は静かに「ラインの乙女たちの水の戯れの動機」が登場して、
楽劇「ラインの黄金」の冒頭が思い出されてくる。
これまで長大な指環の物語を聞いてきて、
「ラインの黄金」の入口が何とも懐かしいような、
長い道のりを経て、ついにここまで来たか…という
いつもそういう想いになる。

20070826b_2

第1場では、音楽の通り、ラインの乙女たちが登場して
ジークフリートに指環を還すよう勧めるが、それを拒否する。
ラインの乙女たちが胸を出して(という衣装)みっともない。
中途半端である。ここももっとデザイン的に
しっかりとした方向性を示せないのか?
一方でラインの黄金を奪われ、乙女たちも
すっかり没落してしまっているという状況を表現したいのか?
しかしこういった表面的小細工はあまり意味がないと思う。

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2007年8月25日 (土)

バイロイト音楽祭2006

20070825a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第2幕第5場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」第2幕を聞いてきた。
盛り上がった後で第5場は再び緻密な音楽になり、
ここでハーゲンの陰謀によりそそのかされて
ブリュンヒルデはジークフリートの弱点を告白してしまう。
いよいよ「ニーベルングの指環」も大詰めである。
続いて「神々の黄昏」第3幕へ進みたいと思う。

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2007年8月24日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20070824a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第2幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」第2幕を聞いている。
第1場のハーゲンの夢は消え、夜明けの間奏曲の後、
第2場からはジークフリートやグンター、ブリュンヒルデも登場。
ジークフリートとグートルーネ、そしてグンターとブリュンヒルデ、
二組の結婚式が行われると家臣たちが集まってくる。
「ニーベルングの指環」ではじめて合唱団が登場し、
最高に盛り上がる場面である。ここが素晴らしい!
ティーレマンは、一気に音楽を開放して、
鳴りっぷりもいいし、合唱の迫力も圧倒的で
この辺の展開はさすがに喜ばせてくれる。

20070824b

目の前のジークフリートにブリュンヒルデはショックを受ける。
ジークフリートは記憶を失い、ブリュンヒルデを見ても反応がない。
そして指には、奪われた指環がある。

しかしジークフリートのこのボロ服は何とかならないのだろうか。
楽劇「ジークフリート」で森の中を駆け回ったり、
ミーメとのやり取りや大蛇との格闘など、
その辺では、この服装はちょうどよかったけど、
「神々の黄昏」でここまで来ると、ちょっと浮いている。
というのは、集まった家臣は正装をしている。
ハーゲンや後ろにいる兵士は制服だろうか?
何でそういう中でジークフリートだけこうなの?
統一の衣装で最後まで行くならば、
全体の流れでどう展開していくか?を考慮して、
衣装のデザインを決めるべきだと思うけど。
第1幕でジークフリートはギービヒ家を訪れ、
そこで飲み物(実は記憶を失う毒薬)を振舞われ、
その辺で何か衣装にも一工夫が加わればいいのに。
上に羽織る立派なコートとか。
グンターとの兄弟の契りを結ぶシーンで
何かその証として、グンターが身に着けるものを差し出すとか。
鎧を着けると第3幕でハーゲンの槍が刺さらなくなってしまうので、
槍が突き刺さる衣装か、それとも装飾に限定される?
「ジークフリートの衣装はそのままである」というような
ワーグナーのト書きはあるのだろうか?
でも東京リング(キース・ウォーナー演出)では、
ジークフリートは途中で、スーパーマンのトレーナーの上に
ジャケットを羽織っていた(楽劇「ジークフリート」第2幕第3場)。

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2007年8月23日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20070823a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第2幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」第2幕を聞きはじめた。
「憎悪の動機」で不気味な前奏曲に続き、
写真の第1場へと進むが、私はこの場面が大好きで、
槍を抱き眠っているハーゲンの夢に父アルベリヒが出てきて、
息子に神々への復讐と指環の奪還を告げる。
ユルゲン・フリム演出の前のプロダクションで
2003年と2004年に歌っていた
ハルトムート・ウェルカーのアルベリヒではまってしまった。
2006年はアンドルー・ショアが歌っている。
この後、派手に盛り上がる第2幕の前にあって、
第1場のグロテスクな印象はかえって魅力的。

20070823b

「ジークフリート」第2幕第1場で、
まるでコオロギだったアルベリヒだけど
写真では、こちらはそれほどでもないが、
しかしかなりすごい風貌である。

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2007年8月22日 (水)

バイロイト音楽祭2006

20070822a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第1幕第3場(後半)はブリュンヒルデの元に
再びジークフリートが登場。
しかし隠れ頭巾でグンターの姿に変えて、
舞台上でも頭巾をかぶっているし、
第2場でグンターが着ていた
白いコートのようなものをまとっている。
この姿はちょっと恐い…
頭巾をかぶって、ブリュンヒルデを追い掛け回している光景は、
さらに恐ろしいのだけど…

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実際にジークフリートが布をかぶっているが、
毒薬で記憶を失っているジークフリートには、
もはやブリュンヒルデの姿は見えないということも
ここで表現しているのかもしれない。
ユルゲン・フリムの演出(2000-2004)ではどうだったのか
確認してみたのだが、この場面の写真は公開されていなかった。
今年の舞台でも変更はなく、同じ芝居が採用されている。

ワーグナーはいろいろ考えながら聞くと面白し、
すごく深いのだけど、さすがにこの暑さにまいっているのか、
あまり頭が働いていない…
序幕と第1幕はずいぶん聞いたので、この辺で第2幕へ。

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2007年8月21日 (火)

バイロイト音楽祭2006

20070821_2

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」序幕と第1幕を聞いている。
第1幕第3場は、再び序幕の舞台に戻って、
ブリュンヒルデがいる岩山の場面である。
第3場では、ワルキューレの一人ワルトラウテが、
ブリュンヒルデに指環をラインの乙女たちに返すよう
説得にやってくる。写真はその場面。
後ろに写っているワルトラウテは2006年も藤村実穂子である。
藤村実穂子は今年もエルダとワルトラウテを歌っているはず。

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2007年8月20日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20070820a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」序幕と第1幕を聞いている。
長いのでゆっくりとしたペースで繰り返している。
ティーレマンも比較的抑え気味に進めているのかな?
って、最初は思ったのだが、よく聞くと
そうした表現が美しい響きを創りだしているし、
序幕後半の「ジークフリートのラインの旅」に向かって、
ひとつの山場を築いて、かなり盛り上がるし、
また第1幕も第3場のブリュンヒルデの場面へと
徐々に緊張感を高めていく、決して平坦な演奏ではなかった。
演奏する側にとっても聞く側にとっても
ティーレマンは物語の聞かせ方をよく心得ているという
その辺の采配もさすがなのだろう。
第1幕第1場と第2場のギービヒ家の場面って、
派手な「ラインの旅」の後にあって、
何となく地味な印象もあるのだが、
主導動機の扱いも細かく動くし、
聞けば聞くほど、面白さの見つかるところである。

20070820b_3

写真は第1幕第1場と第2場のギービヒ家の場面である。
中央にいるグンター、ハーゲンそしてジークフリートを
大きく写しているのがこの写真。

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2007年8月19日 (日)

バイロイト音楽祭2006

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バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「神々の黄昏」序幕と第1幕を聞きはじめた。
写真左は第1幕第1場、右が第1幕第2場である。
ギービヒ家の第1幕での登場人物。
グンター、ハーゲン、グートルーネに
第2場ではジークフリートが加わる。
グンターの衣装が興味深い。
第1場では頭に王冠を乗せているが、
しかし何となく僧侶のようなイメージで
それが第2場になると真っ白な制服?
どういう意味があるのだろうか?
ジークフリートと兄弟の契りを交わすので
真っ白でそこに偽りがないという証なのか?
グンターはアレクサンダー・マルコ・ブールメスター。

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2007年8月18日 (土)

バイロイト音楽祭2006

20070818a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「神々の黄昏」序幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から「神々の黄昏」
2時間にも及ぶ序幕と第1幕をCD化中。
写真は序幕の前半で3人のノルン。
もつれてしまった運命の綱が、
ノルンの衣装の一部になっているようで面白い。
序幕の舞台全体の写真が公開されていないのだが、
おそらく「ジークフリート」の第3幕とほとんど同じ。

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序幕の後半でジークフリートとブリュンヒルデ。
「ジークフリート」第3幕の続きだ。
音楽は最も感動的で盛り上がるところである。

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2007年8月 3日 (金)

バイロイト音楽祭2007

今年のバイロイト音楽祭も昨日の「パルジファル」で
全演目一回目の公演が終わったはずである。
ネットラジオで生中継を聞くこともできるのだが、
年末のFM放送を新鮮な気持ちで聞くことにして、
私はそれまで待つことにしたのだ。
でも気になる関心は抑えられないので、
情報として、いろいろな記事を読んでは楽しんでいる。

カタリーナ・ワーグナーによる新演出
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は、
すでに書いているけれど、演出は不評。
こういう展開だと、来年以降どう改善していくか?
カタリーナは切ることが出来ないので、
セバスティアン・ヴァイグレを切るという展開にならないことを祈る。

ファビオ・ルイージの直前のキャンセルで
「タンホイザー」はかなり混乱したようだが、
クリストフ・ウルリヒ・マイアーで見事に乗り切ったらしい。
中途半端によそから指揮者を連れてくるよりも
アシスタントとはいえ、舞台を知り尽くしている
マイアーの起用は正解だったようだ。
しかし知名度がないという点は明らかなので、
それで会場の聴衆が納得するのか?
という指摘はずいぶんあった。
でもその一方で土壇場になって起用される恐ろしさ、
それは容易に想像できるけれど、
無事にこなすことができれば、暖かく迎えられる。
バイロイトでもそういうことは大いにあって、
結果的にかなりの好印象につながった。
勢いはあるけれど、響きが雑という指摘も見られるが、
音楽祭期間中、公演を繰り返していれば、
きっと見違えるように素晴らしくなるに違いない。
演奏しているのは、バイロイト祝祭管弦楽団である!

ティーレマンのリングは、昨年以上という評判。
でもドルストの演出については、
今年はブーイングも出たらしい。
2006年のあの異常な喝采ぶりは、
やはりティーレマンに対してだったのか…
ジークムントのエントリク・ウォトリヒが降板して、
第2サイクルからロバート・ディーン・スミスが歌うらしい。
ロバート・ディーン・スミスのジークムントはいい!

そして最後に「パルジファル」。
シュリンゲンジーフの舞台は、今回もブーイングで
でも今さらそういうのが話題にならなくなってきているのは
少しずつ改善(舞台の上を整理)されてきているのと
さすがに毎年見てきて慣れてきた…というのと
あとは、今年で終わりだから…というのと、そんなところか。
2004年のあの大騒ぎ(大スキャンダル)はすごかったけれど、
早いもので、今年で4年目だ。演出が悪評でも
いままで耐えてこられたのは、ブーレーズの存在があったのと
それをアダム・フィッシャーが上手に受け継いで、
音楽面での充実が舞台を支えてきたということか。

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2007年7月30日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20070730

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から「ジークフリート」を聞いてきた。
「ニーベルングの指環」は大好きなので、
どこを聞いても感動でいっぱいになるのだが、
その中でも「ジークフリート」第3幕はやっぱりいい!
そして幸福の絶頂に至る第3幕第3場。
「指環」全体でも最高の山場である。
2006年は新演出なので、舞台を確実に進行させるためにも
ティーレマンは安全運転だなと最初は感じたのだが、
(ティーレマンの本当の凄さはこんなものではない!)
でもずっと聞いているとやはり圧倒的満足度で最高だ。
十分に美しいものをさらに膨らませて際立たせる高音の艶やかさ、
と同時に底から響く低音が劇場全体をはいずり回るように
それらが不思議な落ち着きを保ちながら奥行きを創って、
何という濃密さだろう。この音楽の中に大切に包まれながら
ジークフリートとブリュンヒルデが歌っている。
抜け出せなくなりそうなので「ジークフリート」はこの辺で。
少し休んで8月は「神々の黄昏」へと進みたい。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年7月29日 (日)

バイロイト音楽祭2006

20070729

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第3幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ジークフリート」第3幕を聞いている。
第3幕第2場でジークフリートとウォータンがはじめて対面。
ジークフリートはノートゥングでウォータンを圧倒し、
ウォータンは自分の目論見が順調であることを確認して、
これでウォータンは「指環」における役割を終える。
(ファルク・シュトルックマンご苦労様でした!)
映像はないので、あくまでも録音の印象だが、
シュトルックマンのウォータンは、ある意味、
ウォータンは神々の長ではあるけれど、
一方で極めてワル(悪)な一面をよく出していると思うのだけど、
…というのが私はたいへん気に入っているのだが、
その対比として、第2場になって、
スティーヴン・グールドのジークフリートが登場すると
不思議なぐらいに爽やかな空気になって、独特であると思う。
でも正直、ジークフリートも英雄であるとはいえ、
かなり欠点の多い、どうしようもないようなところがある、
というのが人間の弱さなのかもしれないが、
そういう点で考えるとこの爽やかさも何か違和感がある。
音楽としては、スティーヴン・グールドは魅力的なのだが…

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バイロイト音楽祭2007

Kw  Weigle

今年のバイロイト音楽祭の新演出
ニュルンベルクのマイスタージンガー
初日(7/25)の批評がいろいろ出ているみたいで
日本語に要約して下さっているものを読んだのだが、
カタリーナ・ワーグナーの演出も評判がよくないらしい。
ドイツのサイトにカタリーナとセバスティアン・ヴァイグレの
途方にくれている表情?があったのでいただいてきた。
別に批判に耐えているのではなくて、
関係ないときの写真だとは思うけれど。
そしてヴァイグレの祝祭劇場の前での記念写真。
本当に今年かぎりという思い出の写真にならないといいのだが。
でも2005年の「トリスタンとイゾルデ」のこともあるので、
実際のところ、かなり心配である。
私はどうも、批判にさらされて、追い詰められているのを見ると
応援したくなってしまうのだが(シュリンゲンジーフのときもそうだった)、
どうなるのだろう…でもカタリーナは切られる心配はないのか?
2004年のシュリンゲンジーフ(パルジファル)といい、
2005年のクリストフ・マルターラー(トリスタンとイゾルデ)といい、
批判を浴びて、つぶされることが多くなっている…
今年の「マイスタージンガー」も危険…
その点では、2006年のリングは何だったのだろう?

攻撃的に斬新な発想というのは、批判もあると思うが、
挑戦したということには価値があると思う。
でもちょっと行き過ぎというのが多くなっているのか?
内容のともなっていないものは結果的に残らない。
存続の危機にまで追い込まれては仕方ないし、
表面的な刺激、過激さばかりが目立って、
深みのないものが多くなっている現実もある。
まあ、具体的なことがわからないと意味ないし、
今年のカタリーナの演出、詳しい内容が知りたい。

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2007年7月28日 (土)

バイロイト音楽祭2006

20070728

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ジークフリート」第3幕を聞きはじめた。
順番にここまで聞いてきて、
さすがにこれだけの長い時間、
ティーレマンのワーグナーを聞きっぱなしだと
耳がすっかりその音に慣れてしまうのだが、
この第3幕の演奏は本当に感動的である。
力強く、ぐいぐい引っ張られていくのだが、
重厚な低音がしっかりと鳴り響き、
深みのある音楽に圧倒される。

写真は第1場でエルダが登場する場面。
エルダは藤村実穂子である。
何にもないけれど、真っ青の照明に
エルダの存在が浮かび上がって、
これがすごく評判よかったようで、
写真を見ても、実際に素晴らしい!
録音で聞いていても、エルダの存在感、
しっかりとしたものが伝わってきて、
注目とひいきがあるのは認めつつ、
それにしてもやはり感動的である。

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2007年7月27日 (金)

バイロイト音楽祭2007

カタリーナ・ワーグナーによる新演出の
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」について、
初日(25日)のレポートを探してみたのだが、
どうもブーイングの嵐でスタートしたらしい。
でも正直なところ、そういう記事を読むと
ワクワクドキドキしてしまう。
シェロー、クプファー以来、バイロイトの新演出で
ブーイングが起きるぐらいの問題作、衝撃作!
というのは、ある程度当たり前になっているような…?
昨年のドルスト演出のリングで大喝采の拍手を聞いていると
そちらの方が、かえって違和感をおぼえるのだが…
でもシュリンゲンジーフのケースのように
それが問題外の出来の場合もありうるわけで、
さすがにカタリーナ・ワーグナーが
作品を理解していないというようなことはないと思うのだが。
でもレポートを見るかぎり、ドイツでの反応は、
演出以上に歌手の出来に批判が集まったようである。
舞台に関しても来年以降大幅な修正が加えられることは考えられる。
カタリーナも今回の完成度については、コメントを出しているようで。

「マイスタージンガー」は2002年のティーレマン指揮のとき以来
実は聞いていないので、話もだいぶ抜けてしまって、
これから秋以降、勉強しなおしたいと思う。
何か情報があったら、ぜひ教えてください。

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バイロイト音楽祭2006

20070727

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第2幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ジークフリート」第2幕第3場の写真で
アルベリヒとミーメが言い争いをしている場面。
ふたりともすごい風貌で衣装も昆虫を思わせる。
一見どちらがどうだかわからなくなってしまうので、
茶色いのがアルベリヒで緑がミーメである。
まるでコオロギとキリギリスだ。

「ジークフリート」の第2幕は
大蛇と格闘したり、小鳥と語り合ったり、
舞台も森の中にあって、最も冒険的な場面だが、
ここでのスティーヴン・グールドのジークフリートは、
やはりちょっとカッコよすぎる印象か?
音だけ聞いているとそんな気がしてくる。
というのが、もしかしたら確認できるところがあって、
第2場でジークフリートが葦笛を吹いて、
小鳥の鳴き声を真似するけれど、
ちっともうまくいかないというところ。
ユルゲン・フリム演出のクリスティアン・フランツのときは、
会場からクスクスとつい笑いがもれていたのだが、
今回は静寂の中で緊張すら伝わってくる。
おそらくフランツはコミカルな演技をしていたのだろう。
グールドはどういう演技だったのだろうか?
ミーメもアルベリヒもこの姿だけでも笑えるが、
「ジークフリート」の第1幕と第2幕は、楽しんで聞きたい。
逆にその分グールドのジークフリートに期待したいのは、
ブリュンヒルデと出会う第3幕や「神々の黄昏」であろう。

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2007年7月26日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20070726

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第2幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ジークフリート」第2幕第1場の写真で
深い森、暗闇の夜の場面だが、
これは建設中の高速道路だろうか?もしかしたら、
大蛇に化けたファフナーを表現しているのかもしれない。

第2幕の前奏曲は「巨人の動機」「大蛇の動機」
さらに「呪いの動機」「憎悪の動機」が鳴り響き、不気味さが漂う。
「巨人」「大蛇」というところでファフナーが中心にいて、
「呪い」「憎悪」とそこにはアルベリヒの存在が見え隠れする。
第1場では、さすらい人のウォータンとアルベリヒが
指環をめぐって、駆け引きする。
大蛇に化けて指環を守っているファフナーは相手にしない。
第2幕の前半がそういう薄気味悪い暗い場面だからこそ、
第2場でジークフリートが登場し、夜明けの場面へと展開して、
有名な「森のささやき」の音楽が流れるが、格別に美しいのだ。
「ジークフリート」においてもちょうど真ん中だし
「ニーベルングの指環」全体でも中心にあって、
最も重要な場面であると私はここが大好きである。
「ラインの黄金」以来、指環は巨人族(ファフナー)の元にあったが
ここでついに、ジークフリートのものとなるのである。
物語の大きな転換であり、そして同時に
ジークフリートの悲劇はここにはじまる。

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2007年7月25日 (水)

バイロイト音楽祭2007

今日は7月25日、バイロイト音楽祭2007が開幕!
ちょうど今頃、新演出の「マイスタージンガー」がはじまっているだろう。
演出はカタリーナ・ワーグナー、指揮はセバスティアン・ヴァイグレ。
新演出の舞台だが、写真がホームページで公開されている。
詳しいことはわからないけど、何となく、よさそうである。
演出の点でも、何か意味ありげな印象で?面白そう。
楽しみである。期待している。

私の方は昨日までに続いて、昨年のバイロイト音楽祭から
「ジークフリート」第2幕をCD化している。

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2007年7月24日 (火)

バイロイト音楽祭2006

20070724a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ジークフリート」第1幕第3場の写真で
舞台はおそらく第1場、第2場と変わらないと思うが、
照明が赤くなっているのは、きっと鍛冶の場面。
第1幕は何となく廃墟っぽいイメージだが、
タンクレッド・ドルストの演出は色彩が美しい。

20070724b_3

ジークフリートのスティーヴン・グールドが素晴らしい。
でも何となく、録音で聞いていると
最初から勇ましく、完成された大人の印象が…
映像があれば、違うのかもしれないけど。
クリスティアン・フランツのときは、
もっとやんちゃで暴れん坊のような
最初はそういう感じではじまるのだけれど、
第2幕、第3幕へと進むうちに成長していく
そういうのが音からも感じられて、
そういう性格描写が魅力だったように思われる。
クリスティアン・フランツの風貌がまたそれによくあっていた。
スティーヴン・グールドのジークフリートはボロ服を着ているけれど、
隠しきれずに英雄っぽいイメージがにじみ出ているのだろうか。
いつもながら鍛冶の歌から第1幕の後半は最高にカッコいい!

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2007年7月23日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20070723

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ジークフリート」第1幕第2場の写真で
ジークフリートが姿を消して、代わりに旅人の姿をした
ウォータン(ファルク・シュトルックマン)が現れる場面。
この写真を見ると第1幕がどんな舞台なのか
というのがわかるのだが、これは「廃校になった学校」?
時間割表のようなものが壁にかかっていて、
一応ミーメがジークフリートに教育を施しているということか?
机の上に地球儀が置いてあり、
でもミーメは旅人ウォータンとの問答の中で
地下に住む種族、地上に住む種族、天上に住む種族と
それぞれ問いかけているので、ここにある地球儀が
ミーメには何の役にも立っていないということなのか?
机の上にいろいろなものがあって、意味ありげである。
ミーメがジークフリートを教育するという対立構造としては、
アルベリヒがハーゲンに「復讐」という英才教育に熱心なのであり、
その辺を明確にしたのが、ユルゲン・フリムの演出だった。

ティーレマンの指揮はよく鳴っていて、
たっぷりとした厚み、凄みのある音に包まれて、
これこそ待っていましたという理想的ワーグナー演奏を実現しているが、
一方で緻密な構成で編みこまれている主導動機の関係性
「ジークフリート」の室内楽的な要素にはあまり意識が行かない。
さすがティーレマンというような力強い大きな流れに
すべてが飲み込まれていく感じである。
この巨大さと迫力は絶対に失いたくないものではあるけれど、
しかし同時に主導動機をさらに精妙に扱って、
もっと全体の構成が明瞭に聞こえたらという
何とも贅沢な要求もしたくなってくる。
しかしそれについては、ティーレマンは年数を重ねて、
これからますます洗練されていくに違いない。
初年度(新演出)は無難に慣らし運転である。
今年(2007)はどんな展開があるのだろうか?

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2007年7月22日 (日)

バイロイト音楽祭2006

20070722

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ジークフリート」第1幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から
「ジークフリート」第1幕をCD化している。
いよいよジークフリートのスティーヴン・グールドが登場。
ミーメはゲルハルト・ジーゲルである。
第1幕ではミーメは出っぱなしの大活躍。
ティーレマンの指揮も実に雄弁で感動的である。

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2007年7月 8日 (日)

バイロイト音楽祭2007

ペーター・シュナイダーについて、
バイロイトへの出演記録をちょっと調べようと
バイロイト音楽祭のホームページを見たのだが、
びっくり!ショックである。
「タンホイザー」のファビオ・ルイージが降板したらしい。
指揮はクリストフ・ウルリヒ・マイアー(Christoph Ulrich Meier)。
ベルリンではバレンボイムのアシスタントを務め、
バイロイトでもこのフィリップ・アルロー演出の「タンホイザー」で
ティーレマンのアシスタントを務めていたらしい。
それに続いて、現在の「指環」でも
ティーレマンについているとのことである。
大抜擢だろう。成功をつかんでほしい。
どうなるかわからないが、期待している。
もしかしたら将来のバイロイトを背負うような
逸材なのかもしれないし。

ファビオ・ルイージの降板について、
ご存知の方がいらしたら、ぜひ教えてください。
すごく残念です。ショック…
今年の「タンホイザー」を楽しみにしていました。

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2007年6月 8日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20070608_1

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

今週は「ワルキューレ」の第3幕を聞いてきた。
第1場の「ワルキューレの騎行」が有名だが、
第3場の「ウォータンの告別と魔の炎の音楽」も聞く機会は多い。
2006年はティーレマンの最初の公演だが、
もちろん圧倒的な素晴らしさで聞き込んだけれど、
でもティーレマンはこれからのバイロイトで、
さらにさらにもっと凄いことになっていくであろうというのは、
いまから何となく予測できるのである。
「ラインの黄金」のときにも同じようなことを書いたと思うが。
少し休んでから、続く「ジークフリート」を聞いていきたいと思う。

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2007年6月 7日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20070606d

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第3幕は岩山のシーンで変化がないのではないかと
しかし第3場では、ブリュンヒルデを眠りにつかせ、
真の英雄が現れるまで、決してそれを越えることのできない
炎をブリュンヒルデのまわりにウォータンはかけさせる。
ここでも色彩の美しい舞台が展開されている。

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でも先日も書いたけど、9人のワルキューレが
岩山の前で戦隊もののショーを演じているようで、
こんな写真も公開されていて、記念写真であろうか?
ワルキューレの真紅の衣装はいいとして、
でもそれがグレーの岩山の舞台だと、
わざとらしく感じられるのか?

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2007年6月 3日 (日)

バイロイト音楽祭2006

20070603

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第3幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

「ワルキューレ」第3幕をCD制作中。
写真は、ブリュンヒルデがワルキューレの仲間の元へ
ジークリンデを連れてくる場面であろう。
ワルキューレの真紅の衣装はいいのだが、
しかしこの岩山のシーンは、戦隊もののショーを見ているようで
何か安っぽい印象?たまたま写真のせいだと思うが。
実際はきっと素晴らしいんだろうけど、というのは、
第3場で炎がかけられたシーンなどは、すごくいいと思うし。

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2007年6月 1日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20070601

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第2幕第5場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

今週は「ワルキューレ」第2幕を聞いてきた。
残念ながら、あまり時間を取れなかったが。
しかし第4場以降、第2幕の後半は感動的である。
死を予感する「運命の動機」に支配され、
悲劇の展開が悲しみを誘うのだが、
ここには「神々の黄昏」第3幕と共通のものを感じる。
ジークムントは様々な犠牲を背負って死ぬが、
ジークフリートもまた同じ運命をたどるのである。

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2007年5月30日 (水)

バイロイト音楽祭2006

20070530_1

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第2幕第5場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

ジークムントがジークリンデに別れをして、
フンディングとの決闘に向かうシーンだと思う。
第2幕は第3場以降、少し音楽の感じが変わる。
というのは、ジークムントとジークリンデが再び登場。
しかし夢と希望に満ちていた第1幕とは違って、
悲劇的な展開である。悲しみに包まれているような。
第4場では「運命の動機」が不気味に鳴り響く。
ジークムントの死を暗示しているかのように。
第2場までは、最も忠実なワルキューレであったブリュンヒルデが、
第4場でジークムントとジークリンデの愛の深さに触れ、
人間的な感情をもち、少しずつ変化していく心情、
ワーグナーの壮大な音楽と結びついて、注目である。
「ジークフリート」「神々の黄昏」と進むと
ある意味、全くの別人のようになるのが極端なのだが。
というより、神(ワルキューレ)であったのが人間に、
ひとりの女性になってしまうのだから、それも当然である。
そこに「人間というものは…」という、
ワーグナーの思想的な部分が表れていると思う。

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2007年5月29日 (火)

バイロイト音楽祭2006

20070529b

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第2幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第2幕のCDができあがって、聞いている。
とりあえず一回目。これからゆっくりと。
写真はウォータンとブリュンヒルデで
ファルク・シュトルックマンとリンダ・ワトソン。
黒と紅の衣装が鮮やかだ。
第2場のウォータンのモノローグも感動的である。

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2007年5月28日 (月)

バイロイト音楽祭2006

20070528

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第2幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

いま第2幕のCDを制作中で
じっくり聞くのはこれからだが、
美しい第2幕の前奏曲に続き、
ウォータンとブリュンヒルデの登場、
つまりファルク・シュトルックマンとリンダ・ワトソンだが、
すごい存在感で、いきなり感動的である。
一気に引き込まれてしまった。
舞台写真を見てもカッコいい!
前奏曲の音楽はしっかり聞かせて、
歌手が入ると舞台に集中を向けていく
この辺の絶妙なコントロールもやっぱりティーレマン。

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2007年5月26日 (土)

バイロイト音楽祭2006

20070526

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

「ニーベルングの指環」全体で見たときに
「主役の不在」というのがよくいわれるけれど、
「ワルキューレ」においては、
ジークムントとジークリンデを中心に話が展開される。
しかしはっきりそういえるのは、第1幕ぐらいで、
ジークムントは第2幕でフンディングとの決闘に倒れ、
ジークリンデも第3幕前半の第1場で哀れに去っていく。
第1幕での扱いを考えるとそれ以降の
ジークムントとジークリンデはあまりにも悲劇である。
そのかわり、第2幕以降の中心は、
ウォータンと9人のワルキューレたちに移っていく。

なぜ「主役の不在」なのか?
最も長く登場するのがウォータン。
しかし「神々の黄昏」には出てこない。
「ラインの黄金」で神々の長であったのが、
「ワルキューレ」では、フリッカの夫、ワルキューレたちの父になり、
「ジークフリート」では、さすらい人(旅人)となって、名も伏せて。
扱いとしては、征服欲に取り付かれ、落ちぶれていくという印象である。
「ジークフリート」第3幕第2場でジークフリートの成長を見届けて、
さすらい人ウォータンは、役を終える。

ジークフリートも「ニーベルングの指環」後半の中心人物であるが、
言うまでもなく、はじめて登場するのが「ジークフリート」であり、
「ラインの黄金」「ワルキューレ」ではいない。
ブリュンヒルデも大活躍するが、「ラインの黄金」にはいない。
「ワルキューレ」においては、主役的な要素もあるのだが。
そして「神々の黄昏」第3幕第3場で
壮大なフィナーレへと導くのはブリュンヒルデである。

一方のニーベルング族でアルベリヒも重要である。
決して主役のイメージではないのだが。
「ラインの黄金」では大活躍だが、
「ワルキューレ」には登場しないで、
「ジークフリート」と「神々の黄昏」ではちょっとだけ。
「神々の黄昏」第2幕でハーゲンの夢に出てくるぐらい。
しかし「アルベリヒの呪いがハーゲンに受け継がれていく」というのは、
ウォータンのラインの黄金への執着(征服欲)が、
息子であるジークムント、さらにはジークフリートに受け継がれていく、
その対立構造として、理解できるのであろう。

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2007年5月25日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20070525

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第1幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

タンクレッド・ドルストの演出による第1幕の舞台である。
ちょっと見たところ、電信柱が倒れていて、
廃墟みたいなデザインだが、青を基調とした色彩は美しい。
嵐(前奏曲)にはじまった第1幕が、
第3場でジークムントがジークリンデのために復讐を誓い、
ふたりが抱き合うと月の光は部屋に差し込み、という場面で
写真を見ると窓の外に巨大な月が見えるので、
この辺は設定の通りなのか、わかりやすい。
というふうに考えると、トネリコの木とノートゥングはどれ?
この倒れている電信柱が、トネリコの木を表しているのだろうか?

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2007年5月24日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20070524

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第1幕の第1場そして第3場は、
ジークムントとジークリンデのやり取りなので、
美しい音楽が流れるのだが、
第2場ではフンディングが登場し、
重苦しいフンディングのテーマがじわりじわりと
ジークムントを追い詰めていくような展開。
昨年、大植英次指揮(ハノーファーNDRフィル)の
「ワルキューレ」第1幕(演奏会形式)を聞いて、
この第2場のフンディングにしびれてしまった。
そのときはクリストフ・シュテフィンガー。
フンディングはバスで今回はヨン・クワンチュル。
歌の内容は、ジークムントがこれまでのことを語り、
追っ手から必死に逃げてきたこと、
そしてフンディングは、目の前の相手が、
自分の敵であることを知るという、
一触即発のやり取りが交わされ、
その後の戦いにつながる美しい内容ではないのだが、
バスの低い声は、ビリビリと響いてきて、
その美声につい感動してしまう。
ヨン・クワンチュルはバイロイトではよく聞く名前だが、
2004年と2005年は「パルジファル」のティトゥレル、
そして2005年からは「トリスタンとイゾルデ」のマルケ王も
昨年はそのマルケ王と「ラインの黄金」のファゾルト
そしてここでのフンディングに出演している。
今年は「トリスタンとイゾルデ」は休みになるので、
ファゾルトとフンディングのみの予定らしい。

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http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2007年5月23日 (水)

バイロイト音楽祭2006

20070523

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ワルキューレ」第1幕第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨年のバイロイト音楽祭から「ワルキューレ」を聞きはじめた。
クリスティアン・ティーレマンの指揮である。
写真はジークムントのエントリク・ウォトリヒと
ジークリンデのアドリアンヌ・ピエチョンカ。
「ワルキューレ」では、ピエチョンカが絶賛されたようで、
なるほど本当に素晴らしくて、追い詰められたジークムントを
優しくいたわるような歌にうっとりしてしまう。
ジークムントについては、この数年、
すっかりロバート・ディーン・スミスの歌に慣れてしまっていて、
まだエントリク・ウォトリヒには、どうも耳が慣れていない。

前奏曲では、迫り来る追っ手による
ジークムントの追いつめられた状況が描き出され、
緊迫感の中で舞台(第1場)に登場し、
その疲労と緊張状態をジークリンデが癒し、
しだいにふたりの歌はひとつの調和を描き出していく。
この辺の劇的な展開は、さすがにティーレマンはうまい。
骨太な音楽ながら、細やかな情景描写であり、すごい。
しかしその生まれつつある調和をかき乱すのが、
フンディングの登場(第2場)である。
これからじっくり聞いていきたい。

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2007年4月13日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20070413a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第4場は第2場と同じ山頂の場面。
ここでも色彩が美しい。
今週は「ラインの黄金」を聞いてきたのだが、
ティーレマンの指揮にやはりはまる。
最初聞いたときは、何となく野暮ったいような
あからさまに創りこんだ表情付けで
全然スタイリッシュじゃないし、
そういうのばかりが気になってしまうのだけど、
聞けば聞くほどに知ってしまうとそれが癖になって、
逆に時折見せる何とも美しく歌いこむところなど、
まさにティーレマンならではの部分であるが、
それらがどんどん聞こえてくるようになって、
これでなくてはならないというような術中にはまっていく。
ワーグナーの音楽の特長でもあるのだけれど、
こうやって聞き込んでくると
永遠にこれだけを聞き続けていたい
というような思いになってくるのである。
ここではそこにティーレマン効果が加わって、
もうどうしようもないので、この辺にしようと思う。

20070413b_2

第4場ではエルダの藤村美穂子が登場。
2004年まではフリッカを歌っていたのだが、
今回から「ラインの黄金」と「ジークフリート」でエルダ役。
2004年に続いて「神々の黄昏」のワルトラウテにも出演。
前回のフリッカのときもそうだったのだが、
今回もエルダが歌い始める(指環の呪いの忠告)と
はっきりすぐにわかるので、すごい存在感だ。
録音で聞いていても情景が浮かぶような素晴らしさで
実際の舞台を見ていたら、感動するに違いない。
今年(2007)もエルダで出演の予定。

CDR273/274

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2007年4月12日 (木)

バイロイト音楽祭2006

20070412c_1

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第3場は地底のニーベルハイムが舞台。
この写真は何となくいいな!と私は好きだ。
地下の世界を覗き込んでいるような。
見たところ工場風であり、すでに知っている感じではあるが。
地上から下りてくる階段もちゃんと付いている。
この階段を使って、ウォータンとローゲが下りて来るのか?
その辺はわからないのだが、飾りではないと思うのだけど。
新演出のタンクレッド・ドルストの舞台は、
色彩が魅力的なのだが、それに加えて、
視覚的に感じられる質感が素晴らしいと思う。
第1場のラインの川底もそうだし、
この地底における、色はないのだけれど
金属の質感と奥に覗ける地中のイメージ、
そして中央に輝いているニーベルング族の財宝、金塊?
ある程度、そのままだけど、でもこの心地よさは強みだ。
床が照明になっているのもよくって、
それが地下だからなのか?
地上世界とは逆という意味なのか?
理由はわからないけれど、舞台としてはカッコいい。

「ラインの黄金」はストーリーも面白いし、
音楽が非常に美しいのだが、
この第3場は、地底ということもあるのか?
その中では、グロテスクな音楽が流れるところで、
でもそれがまたワグネリアンにはたまらないのだけれど。
アルベリヒが得意げに大蛇に化け、
するとローゲは「今度は小さいものに化けてみろ」と
アルベリヒがカエルに化けたところを捕えてしまい、
ウォータンとローゲにそそのかされて、
その場面の音楽が大好きで、というのは、
毎回書いているような気がする。

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2007年4月11日 (水)

バイロイト音楽祭2006

20070411a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第2場は神々を中心に展開される場面で
写真は、左からフロー(幸福の神)、ドンナー(雷の神)、
フリッカ(縁結びの神)、ウォータン(神々の主神)。
ウォータンはファルク・シュトルックマンである。
神々が白い衣装をまとっているというのも平凡な気がするが、
でもデザインは何となく好きである。
ドンナーの頭のかぶりものや肩につけている貝殻のような
装飾も工夫されていて、その辺がすごくいい。
この少し後に登場するローゲ(火の神)は、
世界を巡る旅から戻ってくるという設定だけど、
皮の黒いコートを着ていて、その違いも面白い。

20070411b_1

一方、そこに登場する巨人族のファフナーとファゾルト
ワルハラ城の建設費を求めて、神々に詰め寄る。
巨人族といっても、巨人のイメージを
いかに舞台上で表現するかということだが、
この衣装デザインも何となくいい感じ。
でもまさに親方というのもストレートすぎるか?
ファゾルトは写真の通り東洋人だが、
ヨン・クワンチュルである。韓国人。
「ワルキューレ」でも再びフンディングで登場する。

ティーレマンの指揮だが、やはりこれは、
聞けば聞くほどにはまるかもしれない。
重みと深み、要所要所で見せる凄み、迫力、
やはり感動してしまう。さすがだ!

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2007年4月 8日 (日)

バイロイト音楽祭2006

20070408a

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「ラインの黄金」第1場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

しばらくの間、昨年のバイロイト音楽祭から
楽劇「ラインの黄金」を楽しみたいと思う。
2006年は「指環」の新演出の年であり、
そして注目は今さらいうまでもなく、
クリスティアン・ティーレマンの指揮であった。
まず感じるのは、思った以上に素朴な音で
ところによっては無骨な振る舞いをするし、
音楽は決してスタイリッシュとはいえない。
しかしそこがティーレマンの目指すところであり、
少し前のドイツの巨匠風ということなのだろう。
これから聞き込むと音に慣れてくる部分もあるし、
感想も変わってくるかもしれないが、
最初の印象はそんなところであった。
主導動機についても分析するように扱うのではなく、
音楽の流れと場面の展開が重要なのであり、
アダム・フィッシャーのときのほうが、
ずっと明瞭に聞こえてきた気がするのだが、
その辺は、どうだろう?そうでもないか。
しかしこれから三年目、四年目…と続いたら
それはすごいことになるのかもしれない。
最初の年は慣らし運転みたいな、これからだと思う。
ティーレマンって、そういう指揮者だと、
私は思っているのだけれど。
「タンホイザー」のときもそうであったように。

20070408b_1

舞台が明るくなって、最初が写真の場面であった。
ラインの河底を素直に表現している。
青い光が浮かび上がり、美しい色彩が評判になった。
そこに3人のラインの乙女たちが登場。
美しいものに対して、醜いアルベリヒ。
アルベリヒと後に登場するミーメも同じだが、
昆虫を連想させるような色使いで、かなり滑稽。
あまり衝撃はないが、でもキャラクターが明解で
理解はしやすいのかもしれない。

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2007年4月 3日 (火)

バイロイト音楽祭2008

バイロイト音楽祭のホームページで
http://www.bayreuther-festspiele.de/
来年2008年の新演出が発表されており、ちょっと驚き。
予測はしていた展開ではあるのだが、現実のことに。
2004年にスタートしたクリストフ・シュリンゲンジーフの演出による
「パルジファル」の舞台が消える。
つまり今年の公演が最後となるわけだ。
最悪の評判ながらも4年間(2004-2007)耐え続けた。
しかし休みなしに来年、新演出の「パルジファル」が登場する。
演出はシュテファン・ハーハイム(オスロ出身)。
読み方が正しいかわからないけれど、Stefan Herheimという綴り。
ザルツブルク音楽祭やいろんな歌劇場で
ブーイングの飛ぶ演出をしているようだ。楽しみ。
シュリンゲンジーフの後だし、大いに話題になるかもしれない。
そして指揮がすごい。ダニエレ・ガッティである。
これは期待だ。なんと素晴らしい人選。
今年はファビオ・ルイージがバイロイトデビューするし、
イタリア人の起用が続く。

あと今年のリングだが、
ファルク・シュトルックマンが降りてしまったらしい。
残念。2006年の録音が宝となるか?
今年のウォータンは、アルベルト・ドーメン。

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2007年2月24日 (土)

バイロイト音楽祭2006

20070224b

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「さまよえるオランダ人」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

今週は一週間、昨年のバイロイト音楽祭から
歌劇「さまよえるオランダ人」を楽しんだ。
「オランダ人」はワーグナーの初期の歌劇だが、
私は非常に好きである。
独特の雰囲気、暗さが漂っているが、
オランダ人の苦悩が共感を呼ぶのか?

たしか去年も同じようなことを書いていると思うけど、
第3幕の盛り上がりは最高である。
祭りを楽しむ群衆が、加わるようオランダ船に呼びかけるが、
オランダ船は沈黙を守って、しかしそのうちに
不気味な合唱が響いてくる。舞台は嵐の場面になって。
ここは何度聞いてもカッコよくって、引き込まれる。
クラウス・グートの演出では、写真がちょうどその場面であると思われる。

虐げられているオランダ人に対して、
狩人のエリックが登場する場面では音楽も叙情的である。
第2幕の第5景などが特にそうであり、
最後に第3幕の第8景でも再び登場して。
2006年の舞台では、エリックはアルフォンス・エーベルツ。
アルフォンス・エーベルツは、2005年、2006年と
パルジファルを歌っている。なるほど!

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2007年2月23日 (金)

バイロイト音楽祭2006

20070223

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「さまよえるオランダ人」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

結局あまりブログには書いていないが、
昨年の「オランダ人」を楽しんでいる。
通してゆっくり聞く時間というのがなかなかないのだけれど。

写真は第2幕の後半で
オランダ人とゼンタが対面しているところを見ると
おそらく第6景だと思うのだが、
オランダ人が登場しているからなのか?
すごい色彩である。呪われているオランダ人?
全3幕が連続して演奏されるが、
クラウス・グートの演出では、
「螺旋階段がある家の中」という
舞台の転換は一度もなく、
でも例えば、第2幕の前半で紡ぎ歌の場面などは、
どういう感じで上演されているのだろうか?
残念ながら、それらしき写真は公開されていない。

20070223b

その紡ぎ歌の場面、バイエルン国立歌劇場の
ペーター・コンヴィチュニーの演出では、
船員(恋人)を待つ乙女(今風の女の子)たちが集まって、
スポーツジムで汗を流しているとか。
糸紡ぎの回転を自転車こぎの回転で表現しているという。
そういうレポートを読んだのだが、面白い!
さすがにペーター・コンヴィチュニーである。

CDR264/265

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2007年2月21日 (水)

バイロイト音楽祭2006

20070221a

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「さまよえるオランダ人」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

最近はあんまり自由な時間が取れていないのだが、
今日から少しずつ「さまよえるオランダ人」を楽しみたい。
昨年のバイロイト音楽祭からのライブ録音である。
2003年にスタートしたこのプロダクションも4年目で
毎年聞いてきたので、すっかり耳に慣れていて、
充実感と安心感は最高だ!
マルク・アルブレヒトの指揮は、最初の頃は、
響きがやせているような印象があったのだけど、
2006年の録音を聞くと、よく鳴っているような気もする。
決して膨張型のワーグナーではない
シャープな現代性が感じられるところが魅力なのだが。

20070221b_1

オランダ人役のジョン・トムリンソン。
素晴らしい!低声の迫力にしびれてしまう。
クラウス・グート演出によるこの舞台では、
オランダ人とダーラントは同じ衣装で演じているのだが、
このふたりのやり取りは、見ものであったろう!
というのは、オランダ人のモノローグ「期限は切れた」に聞きほれて、
それに続く第3景でダーラントが登場してくるあたりなど。

CDR264/265

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2007年2月 7日 (水)

バイロイト音楽祭2006

20070207

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「さまよえるオランダ人」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

バイロイト音楽祭2006のライブ録音。
今年も一年かけて、順番に聞いていきたい。
最初は7月25日の音楽祭初日の公演、
歌劇「さまよえるオランダ人」である。
マルク・アルブレヒトの指揮。
2003年にはじまったクラウス・グート演出によるオランダ人も
昨年で4年目、2006年でいったん終了だそうである。
マルク・アルブレヒトが指揮するオランダ人も毎年聞いてきて、
すっかりお馴染みになっているし、
聞いていて、安心すらおぼえる充実感である。
一回目を聞き終えた。少ししてから、
今月中旬あたりにじっくり聞きたいと思っている。

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2007年1月10日 (水)

バイロイト音楽祭1959

ロブロ・フォン・マタチッチ指揮による歌劇「ローエングリン」
1959年8月4日バイロイト祝祭劇場におけるライブ録音。
今日も家にこもって、ずっと図面を描いていたのだが、
さすがにいったん、目標までとりあえず完成。
明日は図面を届けよう。明後日はまた現場で打ち合わせ。

マタチッチがバイロイトに登場したのは、
この1959年の「ローエングリン」(4公演)のみである。
1年だけでバイロイトから姿を消した指揮者はたくさんいるが、
しかしこの録音を聞くと演奏に問題があったわけではなさそうだけど。
60年代を目前にして、比較的聞きやすくなってきたモノラル録音。
この密度の高さ、まさに力演という豪快さ、たくましい響きであり、
オーケストラも独唱も合唱も隙なく、集中力が持続する。
当時のバイロイトは、録音で聞くと
やはり力強く、重厚でもあり、歴史に残る貫禄がある。
1950年代後半は、クナッパーツブッシュやクリュイタンス、
そして若き日のサヴァリッシュ、すごい顔ぶれだが、
その中でもマタチッチは独特のサウンドを鳴らして、
まさにマタチッチのワーグナーがここで聞けるのが喜びである。
当時の歌手のことはあまりわからなくて、
ハンス・ホッターやウォルフガング・ヴィントガッセンという
有名なところは、ここでは歌っていないのだが、
ローエングリンのシャーンドル・コーンヤという歌手、素晴らしい美声で
第3幕第3場の自分の素性を群衆に語り聞かせるところ
やはり感動してしまった。この場面は好きだ。
同時期の録音でサヴァリッシュの「トリスタンとイゾルデ」など、
ぜひCD化してもらえないだろうか。もちろん正規録音で。

ORFEO C691 063D

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2007年1月 9日 (火)

バイロイト音楽祭1979

ピエール・ブーレーズ指揮の「ニーベルングの指環」
いよいよ楽劇「神々の黄昏」である。
他は1980年の収録だが、「神々の黄昏」は1979年だそうだ。
今日も家にこもって施工用の詳細図を描いているので、
一気に全3幕を聞いてしまった。
音を鳴らすという点では、もっとよく鳴っている演奏は、
他にいくらでもあるのだけれど、ここでのブーレーズの
精妙な読み込みで細部まで克明に描き出す
この表現を丁寧に聞かなければならない。
序幕の部分は、例によって快調に流れるけれど、
鮮やかな切れ味が何とも気持ちよくて、
そして第1幕のギービヒ家の場面に入ると
今度は入念に描きこまれていて、
ここでも場面転換の特徴づけには説得力を感じる。
第2幕もまた感動のしっぱなし。
第1場の眠りにつくハーゲンの元にアルベリヒが立つところ、
ここでの繊細な表現には引き込まれた。
ただしそのアルベリヒについては、私にとっては
2004年のハルトムート・ウェルカーが最高なので、そこは譲れない。
第3場以降の婚礼の場面、ここは最も盛り上がるところだが、
速いテンポで強く導いて、こんなにカッコいい演奏は他にありえない。
そして目の前に指環を付けているジークフリートを見て、
落胆と失望の中にあるブリュンヒルデ、
ここでも表現は大きく変貌して、緻密の極み、
ブーレーズは知的に捉えて、冷静な判断なのだが、
しかし結果的に聴衆に与えるその劇的な効果、
それはもう、鳥肌が立つほどの感激である。
そして第3幕だが、第1場から第2場の
透明感あふれる響きが私は大好きで
もちろんブーレーズはその辺の表現は群を抜いているが、
ジークフリートの死、そして葬送へと続く展開は激しくて、
ここは特に圧倒される。凄まじい。
ブーレーズの無駄を排除し、鋭く迫っていく音楽、
どうも私はカール・ベームのリングを思い出してしまう。
響きはかなり違うのだが、方法は別だとしても
究極的に行き着くところは同じような気がして、
それは私の勝手な思いなのだが。
1970年代の後半にブーレーズの演奏があってこそ、
その後のバレンボイム、レヴァイン、シノーポリ、…
そして現在のティーレマンであるが、
その後のバイロイトのリングがあるようにも思われる。
「ニーベルングの指環」という作品の見直しがここでなされた。
これはブーレーズだからこそできたのである。

PHILIPS 475 7960

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2007年1月 8日 (月)

バイロイト音楽祭1980

ピエール・ブーレーズ指揮の「ニーベルングの指環」
今日は楽劇「ジークフリート」である。
図面を描きつつ、一気に全3幕を聞いた。
ブーレーズの「ジークフリート」は昔からよく聞いているので、
だからかもしれないけれど、私にとっては、
ブーレーズはそれほど特別な解釈をしているという印象はなくて、
全体に引き締まって、快調に流れてはいるけれど、
このバランス感覚や響きは極めて合理的であり、素晴らしいと思う。
「ジークフリート」は室内楽的な緻密さで
主導動機も複雑に編みこまれているけれど、
ブーレーズの精妙な扱いは、究極の域に達していると思う。
第2幕の森の場面での響きの美しさ(小鳥の歌など)、
その一方で皮肉も込められているミーメに関連するコミカルな動機、
ここでの鮮やかな変化は最高の仕上がりで聞かされてしまう。
ミーメがすごくいい!当時の歌手のことはあまりわからないが、
ハインツ・ツェドニクという人がミーメを演じている。
そして第3幕は、とにかくひたすら感動的。
第3場でジークフリートとブリュンヒルデが出会い、
ふたりの心の繊細なうつろいが、
ブーレーズの精妙な表現で輝いて聞こえてくる。
尋常でない透明感の中で、あらゆる困難を乗り越え、
ふたりの愛の力強さが表現される後半の盛り上がり、
音楽の流れを維持しつつものびやかに歌われて、
圧倒的な集中力と緊張感である。すごい!

PHILIPS 475 7960

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2007年1月 6日 (土)

バイロイト音楽祭1980

ピエール・ブーレーズ指揮の「ニーベルングの指環」
今日は楽劇「ワルキューレ」から第2幕と第3幕。
そろそろブーレーズのリングに耳が慣れてきたようだ。
響きの軽さは気にならなくなって、鋭さや勢いに力強さを感じる。
ブーレーズのリングは久しぶりに聞くので、
年末にカイルベルトを聞いてしまったし、
しかししだいに耳がブーレーズ対応になってきた。
やっぱりこの音作りだと第2幕も冴えている。
第3幕はさらにいい。停滞なく音楽は流れ、明解だ。
この明解さに学ぶことは多いのである。
ここまではっきりやってくれる演奏もなかなかないので、
聞いていて、本当に視界がきれいに晴れてくる。
改めて聞くとこの第3幕は特に素晴らしくて、
思えば2000年のシノーポリなどはここで
停滞の中で解剖していくことで
ひとつずつ丁寧に明らかにしようというような演奏、
その後のアダム・フィッシャーは、
もう少し自然に音楽が流れ、つながりを取り戻していたが、
それよりもブーレーズは、第3幕だけでも10分早くて、
澱みなく流れる音楽の中でこの明瞭な解像度といったら、
それはそれは快感で輝きも増す。
第3幕第1場の9人のワルキューレが登場し、
第2場ではそこにヴォータンが加わって、
要素の多いところを超快速に一気に描き上げて、
一方で第3場に移り、ブリュンヒルデとヴォータンによるやり取り、
そこではぐっとテンポを落として精妙に
場面転換での特徴づけ、メリハリのきいた描き分け、
この鮮やかさといったら、何ともたまらなくお見事!
ブーレーズである。とにかくすごい!

PHILIPS 475 7960

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2007年1月 5日 (金)

バイロイト音楽祭1980

ピエール・ブーレーズ指揮の「ニーベルングの指環」
今日は楽劇「ワルキューレ」から第1幕。
この第1幕だが、ワーグナーの作品の中でも
最も情熱的に響きも厚く、感動に酔いしれ、
会場のすべてが熱狂する場面なのだけど、
ブーレーズはあえて逆説的な手法を示そうとしたのか?
研きに研いて、温度が上がらないように
しっかりコントロール、冷静に引き締めて、
しかし結果的には美しい響きに包まれて、
濃厚ではないが、ブーレーズにしては、
ずいぶんロマンティックである。これがブーレーズ流?
でも実演におけるブーレーズは、CDとは少し違って、
豊かな音で結構よく鳴らすので、
ここでもこれはCDの仕上がりであり、
実際の祝祭劇場における音というのは、
また違った印象であったのかもしれない。
26年前ということもあるし、その後の時間の経過で
ブーレーズの音作りにも変化が生まれているのか?
その辺もどうなのだろう。興味あるところ。

PHILIPS 475 7960

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2007年1月 4日 (木)

バイロイト音楽祭1980

今年最初のワーグナーということで
ピエール・ブーレーズ指揮の「ニーベルングの指環」
今日は楽劇「ラインの黄金」である。
いつ頃からリングを聞くようになったのか?
もう忘れてしまったが、90年代前半の頃のような
CDでは当時まだ新しかったレヴェインとメトロポリタン歌劇場。
年末のバイロイトの放送では、そのときは
バレンボイムの指揮、クプファー演出の時代で
カセットテープに録音しては、繰り返し聞いていた。
でも長大な指環を簡単に吸収できるはずもなく、
しかしこのブーレーズのCDと出会って、
あらゆるすべてがクリアであるこの演奏、
はじめて「ニーベルングの指環」を聞けたという気がした。
バレンボイムではじまり、ブーレーズで一歩進めたという
私にとっては特別な想いのある指環である。

ブーレーズの「ラインの黄金」は久しぶりだが、
今聞くとやはり軽いなという感想が出てくる。
これは録音の特徴でもあり、本当のところがどうなのか?
それはその場にいたわけではないので、わからない。
しかしこの何年かはアダム・フィッシャー指揮の
あの豊かな響きに慣れてきたので
そしてつい先週の年末に聞いたのが、
ティーレマン指揮の2006年のリングである。
それらと比べたら、やはりずいぶん大きな違いである。

記録という点で当時を振り返ってみると
1970年代の前半、ブーレーズの前年(1975)までは、
ホルスト・シュタインの指揮で上演されており、
1976年から1980年の5年間がブーレーズ。
1981年と1982年はお休みで
1983年はゲオルグ・ショルティの登場。
しかし結果的にはショルティは一年のみに終わって、
翌年1984年から1986年はペーター・シュナイダー。
このシュナイダーの登場も突然のことだったようだが、
これらの顔ぶれを見ても、ブーレーズの存在が
当時いかに画期的なことだったか?
1960年代後半に「パルジファル」を指揮していたので
ブーレーズのワーグナーに対しては
ある程度の予測や期待もあったのだろうけど、
しかしこのリングは衝撃として受け止められたに違いない。
クライバーがバイロイトにいたのもこの時期だし、
1975年にはハンス・ツェンダーが「パルジファル」を指揮
などという驚きの記録も残っていて、
1970年代中頃って、バイロイト音楽祭は、
かなり大胆な挑戦に思い切りよく取り組んで、
そして結果を残していたということが記録から伝わってくる。

ここでの演奏に話題を戻して、
第3場のニーベルング族の場面における演奏など、
鮮やかでますます冴え渡り、さすがにブーレーズである。
主導動機の描き方や各場面での特長の出し方、
メリハリがきいて、あらゆる要素を明瞭に扱って、
そのすべてに説得力が感じられるところ、
これはブーレーズ以外には考えられない、
やはり歴史に残る偉大なリングである。

PHILIPS 475 7960

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月31日 (日)

バイロイト音楽祭2006

バイロイトの放送は、いよいよ「パルジファル」である。
アダム・フィッシャーの再登場は喜びだ。
来年じっくり聞くとして、今日は少しだけ。
2004年以降、ブーレーズのパルジファルばかりを聞いて、
先月も2005年のバイロイトにおける
ブーレーズ指揮の演奏を聞きまくってしまったので、
それぞれの幕で演奏時間が10分長い
アダム・フィッシャーのパルジファルをどう感じるのだろう?
というのは、正直不安もあったのだが、
さすがに素晴らしくて、緩んだ印象は全くない。
明確なブーレーズに比べると
遅いテンポは主導動機を曖昧な方向へと導きそうなのだが、
昨年までのクリアさは見事に踏襲して、
アダム・フィッシャーの豊かな音楽作りは、
2004年までのあの感動的なリングを思い出させる。
アダム・フィッシャーには続投してほしいのだが、
相変わらず、第3幕が終わると激しいブーイングで、
今後のことは、演出しだいということか?
2007年はパルジファルの上演が決まっている。

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http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月30日 (土)

バイロイト音楽祭2006

バイロイトの放送は、今日は「トリスタンとイゾルデ」である。
ここでのペーター・シュナイダーの指揮は、
ファンにとっては、今年の目玉のひとつであると思う。
2005年の「ローエングリン」に続いて、
ペーター・シュナイダーの登場は、最高の喜び。
「トリスタンとイゾルデ」についていえば、
2005年の大植英次の録音は、私にとっては宝となっているが、
ここでシュナイダーの演奏を聞くとやはりさすがである。
大植英次のクリアな音楽と猛烈に突進する勢い、
それは最高の輝きで強烈な衝撃を与えられた。
しかしここでペーター・シュナイダーの豊かな表情を聞くと
去年の演奏は一本調子だったという印象もなくはない。
それぐらいにシュナイダーの指揮は、自由自在な手腕を発揮しており、
一方で指揮者の主張が全体を支配しているというような
気負っている部分、押し付けているところは全くなくて、
ある意味、淡々と仕事をこなして、歌手を支え、舞台の進行を支え、
ワーグナーの音楽を何よりもまず最高の状態に導くことに
すべてを捧げているような印象を受けるが、
結果として、ペーター・シュナイダーの存在は偉大なのである。
本当に感動的な演奏である!というのは、最初の印象であり、
年末の雑事に追われながらの鑑賞で、じっくりは来年になって、
時間をかけて聞いていきたいが、詳しくはまたいずれ。
歌手についても、最高のチームが実現されているように思うが、
私にとっては、何よりもロバート・ディーン・スミスのトリスタン。
そして今年からクルヴェナールを歌っているハルトムート・ウェルカー!
イゾルデのニーナ・ステメ、ブランゲーネのペトラ・ラング、
女性陣も豪華な顔ぶれで、挙げだしたら、きりがない。

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http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年12月29日 (金)

バイロイト音楽祭2006

バイロイトの放送は、昨日で「ニーベルングの指環」が終わり、
今日は歌劇「さまよえるオランダ人」。
早く終わる。今日は早寝しよう!
明日はもう30日で門松をつけたり、大掃除をしないと…
先週も今週も現場で外にいる時間が長くて、
寒い中、ずっと立ちっぱなしでいると
知らぬうちに疲れがたまっているみたいで。

20061229b

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「さまよえるオランダ人」から
ダーラント:ヤーッコ・リュヘネン
オランダ人:ジョン・トムリンソン
http://www.bayreuther-festspiele.de/

「さまよえるオランダ人」のクラウス・グートの演出について、
舩木篤也さんの解説があったのだが、
この話は何度も聞いて知っているのだけれど、
どうも時間が経つと忘れてしまって、
一方で非常に面白い演出なので、今回は少し書き記しておく。
この演出では、3人のゼンタが登場する。
いつも舞台にはゼンタの少女時代(パントマイムの子役)がいて、
そして本来のゼンタ、乳母のマリーがやはりゼンタと同じ服装で
どうもマリーは、年老いたゼンタを表しているらしい。
この物語は、少女時代のゼンタが思い描いているものなのか?
通常の舞台上のゼンタがオランダ人を想っての視線なのか?
一方で年老いたゼンタ(マリー)が昔を振り返るという視線なのか?
いろんな角度からの解釈が可能なのである。
画像にも示されている通り、ダーラントとオランダ人も同じ衣装であり、
オランダ人がゼンタの妄想であるならば、
オランダ人への想いは、父ダーラントへの想いなのであると。
この演奏では、初演時の「救済」の動機がない版を採用しており、
その点を舞台で表現しているのは、
最後にオランダ人を助けようとゼンタが、
屋外(本来の設定はで海)へ飛び出そうとするが、
扉が開かないという、それによって、
この物語は、すべてゼンタの妄想にすぎなかったのだと
そこにたどり着くのである。面白い!

オランダ人のこのプロダクションは2006年でいったん終わりだが、
非常に評判の演出だったようで、きっと近い将来、
再演されるのではないかと期待している。

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2006年12月26日 (火)

バイロイト音楽祭1955

バイロイト音楽祭1955から歌劇「タンホイザー」
指揮はアンドレ・クリュイタンス(1905-1967)で
記録によるとこの年「タンホイザー」でバイロイトデビュー。
昨日までのカイルベルトのリング(ステレオ録音)の
当時にしては驚異的な迫力の音響で
それに比べるとこちらはいかにもモノラル録音、
音も小さいし、広がりもなく、がっかりしてしまう。
しかしそれも最初のうちである。
序曲を聞いているうちにすっかり引き込まれ、
こちらも重厚な響きにやはり圧倒!すごい。
この数年は、ティーレマンの「タンホイザー」を聞いてきたので、
特に2004年、2005年あたりのあの仕上がりを思ったら、
ちょっとした普通の名演では、私は驚かないのだけど、
このクリュイタンスの演奏を聞いて、やっぱり感動してしまって、
バイロイトは50年前も現在も変わらず特別なのである。
第3幕では、フィッシャー・ディースカウのウォルフラムにうっとり!
そしてウォルフガング・ヴィントガッセンは、
1955年はタンホイザーとジークフリートを掛け持ちしていたようで、
しかしあまりの素晴らしさに今回も夢中になってしまった。

ORFEO C643 043D

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2006年12月25日 (月)

バイロイト音楽祭2006

夜はFMで「バイロイト音楽祭2006」の放送を聞いている。
初日は「ラインの黄金」で終わりが早いので、
ゲストが登場して、対談である。出演者は
江川紹子(ジャーナリスト)
広渡勲(昭和音楽大学教授)
舩木篤也(音楽評論家)

その中で「ニーベルングの指環」の演出(衣装)に関して、
江川紹子さんからの素朴な質問。
ブリュンヒルデが「ワルキューレ」第3幕第3場の炎の山で眠りにつくシーン
「ワルキューレ」の終わりでは、真紅の衣装だったのに、
「ジークフリート」第3幕第3場でジークフリートが迎えに行くシーンでは、
オレンジ色の衣装に変わっているのが不思議であるって。
舩木篤也さんは、放送なので突っ込みをいれるのは控えて、
「時間がたっていますから」と簡単に話をそらしたが、
「ならば色あせているはず」と反論して、
バイロイト音楽祭が公開している画像で確認したが、
「時間の経過で色あせている」という印象もなくはないが、
この辺は難しく考える必要はないのでは。

20061225a  20061225b_1

バイロイト音楽祭のホームページより
ブリュンヒルデ役のリンダ・ワトソン
http://www.bayreuther-festspiele.de/

色の変化には、演出上の意図があると思う。
私は舞台を見ているわけではないので、本当のところはわからないけれど、
「ワルキューレ」では、ブリュンヒルデは9人のワルキューレの一員であり、
神々に属しているわけだが、ウォータンにそむいた罪で、神としての地位を失う。
よって次に登場する「ジークフリート」の第3幕では、
ブリュンヒルデではただの人間の女性である。
画像の通り、表情にも大きな違いがあり、
「ワルキューレ」では、まさに戦場を駆け巡る戦士。
「ジークフリート」では、ジークフリートへの愛に目覚めるまるで少女のような表情。
その辺のブリュンヒルデの心理状態なども色に反映されていると思う。
「ワルキューレ」では、ウォータンの真意を悟り、強い意志で行動して、
ワルキューレの戦士としての性格を真紅の衣装で表現。
それに対して「ジークフリート」では、オレンジ色の衣装に変わり、
印象も和らいで、模様も入っているようだが、コントラストを出していると思う。
現実的には、「いつ着替えたの?」「誰が着替えさせたの?」…
という問題もあるが、そういうのはくだらない疑問であり、
むしろ演出家の意図を汲み取ろうとすることの方が大切。

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バイロイト音楽祭1955

バイロイト音楽祭1955から楽劇「ジークフリート」
図面を描きながら、全三幕を一気に聞いてしまった。
ヨゼフ・カイルベルトの指揮による
昨日までに聞いた「ワルキューレ」も素晴らしかったが、
この「ジークフリート」は圧倒的で、感動しすぎて言葉もない。
すごい迫力で、力強く迫ってくる。重厚である。
「ニーベルングの指環」の解釈としては、
主導動機をいかに分析して、音楽の中で明らかにしていくか、
それは内容を理解する上で重要な手がかりとなり、
ひとつひとつ丁寧に解きほぐしていくような演奏もあるのだが、
カイルベルトは一方であまり神経質になりすぎずに
もっと音楽の流れに乗って、勢いよく
一気に語り聞かせてしまうような演奏である。
各場面をひとつずつ結び付けていくというよりは、
全部聞き終えた後に、いつのまにか
物語の全体像が頭の中に叩き込まれているような、
それにしても存在感の強い音、説得力ある響きである。
カイルベルトのワーグナーは、速いテンポで引き締まっており、
戦後バイロイトはここにはじまっているわけだが、
なぜかワーグナーというと膨張傾向の雄大なイメージがあって、
私はこういう凄まじく突き進むワーグナーが大好きである。
1960年代後半のカール・ベームのリングもそうであり、
真実の響きが聞こえてくるワーグナー演奏は偉大だ。
カイルベルトの「ジークフリート」は、すべてにおいて感動的なのだが、
第3幕のさすらい人(ウォータン)の制止を振り切って、
炎の山に上り詰め、深く眠るブリュンヒルデの元へ行く場面、
この辺の壮大な音楽、喜びに輝いて、情熱的な表現、
あまりの素晴らしさに夢中になって聞き入ってしまった。
ハンス・ホッター、ウォルフガング・ヴィントガッセン、
アストリッド・ヴァルナイなど、迫力の歌唱で歌手もすごい。

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2006年12月24日 (日)

バイロイト音楽祭1955

バイロイト音楽祭1955の楽劇「ワルキューレ」
今日は第2幕と第3幕である。
図面を描きながら、時間が経つのが早いが、
あっという間に聞いてしまった。
最近はゆっくりパソコンに向かって、
CADで図面を描いているような余裕もなかったので、
いろいろな詳細図はすべて手書きのスケッチで対応していたが、
それらをCAD図面にしておかないといけないと思い、
今日は日曜で静かなので、少し作業を進めた。

カイルベルトの指揮は、何か精妙に描きこんでいくような表現とは違って、
骨太な造りで非常にストレートなところが、
こちらに率直に訴えかけてくるようなところがあり、
歴史的な重みを感じつつ、深い響きに吸い込まれてしまう。
美しく輝きに満ちた第2幕の前半、しっかりとした足取りであり、
しだいに混沌とした苦悩の響きへと変貌していくが、
フリッカに責められ、自らの意志に反して、
苛立ちのウォータンの心理状態、
この灰色の響きは渋く、感動的である。
第3幕もいい!「ワルキューレ」はやはり素晴らしい。
録音テープが一部、破損してしまったようで
残念ながら、モノラル音源に置き換えられている箇所もあるが、
この際、そんなことはどうでもいいという
音楽の圧倒的な勢い、迫力、戦後バイロイトの偉大な記録だ。

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2006年12月23日 (土)

バイロイト音楽祭1955

今日から当分の間、年末年始、
ワーグナーにどっぷり浸ろうと思っている。
バイロイト音楽祭1955から「ワルキューレ」の第1幕。
今年大いに話題になったヨゼフ・カイルベルト指揮のライブ。
カイルベルトのリングはバイロイト音楽祭1952のものを持っているので、
その素晴らしさは知っていたが、今回はステレオ録音であり、
やはり感動の度合いは格段に違う。それは当たり前か。

これから聞こうと思っているCDは結構あり、
バイロイト音楽祭1955の「ワルキューレ」「ジークフリート」
これらはカイルベルト指揮の録音だが、他に1955年は、
アンドレ・クリュイタンス指揮の「タンホイザー」もある。
バイロイト音楽祭1959からマタチッチ指揮の「ローエングリン」が
最近CD化されて、ぜひ聞きたいのだが、まだ手に入れていない。
同じく今年、ブーレーズ指揮の「ニーベルングの指環」が再発売されて、
ブーレーズのリングは昔から持っていたのだが、
新たにコンパクトなボックス仕様になって、
もしかしたら多少は音質も変わってくるのか?
新しく手に入れたので、ブーレーズのリングも近く聞こうと思っている。

そして来週は、いよいよバイロイト音楽祭2006の放送である。
新演出の「ニーベルングの指環」(指揮はクリスティアン・ティーレマン)
歌劇「さまよえるオランダ人」(マルク・アルブレヒト)
楽劇「トリスタンとイゾルデ」(ペーター・シュナイダー)
舞台神聖祭典劇「パルジファル」(アダム・フィッシャー)

今年は夏にバイロイト音楽祭1966のベーム指揮のリングを聞いたが、
私としては珍しく、それ以外にリングは聞かなくて、
というのは、今年からティーレマン指揮のリングがはじまるので、
それはわかっていて、ぐっと我慢して、これまで盛り上げてきたのである。
年末から復活であり、来年以降、また熱心に聞こう。

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2006年11月22日 (水)

バイロイト音楽祭1962

今月はずっとブーレーズ指揮の「パルジファル」を聞いてきて、
昨日はその延長でエッシェンバッハ指揮の第3幕を聞いたが、
そうしたらちょっと止まらなくなってしまって、
今日は1962年のバイロイト音楽祭で
有名なクナッパーツブッシュ指揮の「パルジファル」である。
夜になって、全3幕を一気に聞いてしまった。
戦後バイロイトの歴史の中で、録音も残されており、
このクナッパーツブッシュの「パルジファル」が
最も偉大な存在として、伝説化されているようにも思われるのだけれど、
どうだろう?「パルジファル」といえば?クナッパーツブッシュである!
という方も多いのではないだろうか。
私は以前から述べている通り、1970年のブーレーズ盤で入ったので、
いまだに「パルジファル」といえばブーレーズなのだが。

でも1962年の演奏だし、さすがにちょっと古臭い感じもするのだけど。
そんなことを書いたら、世界中のワグネリアンを敵にまわすことになってしまう!
1962年ということを思えば、録音はたいへん聞きやすいし、音に不満はない。
クナッパーツブッシュの巨匠風のスタイルも古びているし、
オーケストラの音色もいかにも1960年代という感じか?
しかしやはりひとつ思うことは、ブーレーズの演奏では、
最初から最後まで同じ音で、非常に均質な印象、
すべての音に同じ価値観を与えているというか、
それに比べ、クナッパーツブッシュは聞かせてしまうという点では、
さすがに凄まじいまでの音楽的深まりに圧倒されるのである。
第1幕では重厚な足取りで濃密な世界が迫ってくるし、
第2幕になるとそこにしなやかさが加わって、
第3幕では力強さと柔らかさが絶妙に溶け合って、
全体の流れの中で、高揚していく感覚と
そこに引き込まれていく決して抜け出せない深まり、
この辺はクナッパーツブッシュなのである。
後半での信じられないような雄大さ、
それを受け止められるだけの準備をこちらもしなければいけない
って思ってしまうが、本当にすごい広がりで言葉を失う。
バイロイトにおけるクナッパーツブッシュの業績は有名だが、
録音を通して、50年前を振り返ることしかできないのだけれど、
当時はきっと、それは毎年すごいことになっていたに違いない。

PHILIPS 475 7785

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2006年11月21日 (火)

バイロイト音楽祭2005

20061121

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

クリストフ・シュリンゲンジーフの演出は、
舞台セットと映像を組み合わせ、映像効果を多用しているようだが、
内容は別にするならば、その技術的な部分に関しては、
さすがだって思わせる部分も多々あるのだけど、
とはいえ、この「ゴミの山」にも例えられた舞台が汚い。
(この写真の場面はそうでもないが…)
アンフォルタスの「苦悩」を舞台上の「混沌」で表現したのか?
よくわからない。

音楽が終わると盛大な拍手に包まれ、
ブラヴォーの声もかなり聞こえる。
同時に会場全体がブーイングとなり、
そのブラヴォーの声だが、どうも聞いていると
演出については完全に無視して、舞台のこと(視覚)はあきらめて、
歌手たちと音楽(ブーレーズとバイロイト祝祭管弦楽団)に
ひたすら声援を贈っているような、そんな印象である。
このシュリンゲンジーフの演出は、今後どうなっていくのだろうか?
今年もアダム・フィッシャーの指揮で上演されたし、
詳細はわからないが、来年も続く。

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2006年11月20日 (月)

バイロイト音楽祭2005

20061120

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

ブーレーズ指揮の「パルジファル」第3幕。
2005年のバイロイト音楽祭もいよいよ最後の幕である。
苦悩の響きにはじまり、混沌とした世界がしだいに開放へと
幸福の光が差し込んでくるフィナーレ、最も感動的であり、
これほどまでに清らかな音楽は、
他では決して聞かれないのである。
その暗から明へと光に満たされていく場面が
有名な「聖金曜日の音楽」であり、
ワーグナーの全作品の中でも最も偉大な時間であるといえよう。

ブーレーズの第3幕は、他の指揮者よりも10分は早くて、
テンポ設定もかなり速いはずなのだが、
そういうことはもうそれほどには問題ではなくて、
とにかく深くこみ上げてくる感動、
それはやはり音楽そのものの崇高さであると
「パルジファル」という作品は、とにかくすごいのである。
ブーレーズはくっきりと明解に響かせることに
ひたすら力を注いでいるが、
そのクリアな音楽が作品のすべてに透明感を与えて、
やはり私にとっては、「パルジファル」はブーレーズである。

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2006年11月17日 (金)

バイロイト音楽祭2005

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第2幕出演者の写真。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

20061117a

昨日も話題にしたクリングゾルの写真。
バスのジョン・ウェグナー。
ちょっと笑える。といったら失礼か?

20061117b_1

そしてクリングゾルの花園の乙女たち。
こちらも完全に壊れている!
「パルジファル」はキリスト教の宗教色が強いのだが、
シュリンゲンジーフの演出では、
わざわざ土着の多様な民族宗教などを盛り込んだりして、
この6人の乙女たちを見ても、
多様性を表現したいという意図があるのか?
本当のところはよくわからないけど。

そういうことで第2幕から激しいブーイングである。
もちろんシュリンゲンジーフの演出に対して。
一方で少しの時間をおいて、今度はブラヴォーの嵐なので、
それは歌手や感動的な音楽に対してであろう。
2004年が新演出で指揮のブーレーズは、
予定通り2年契約の2005年で出演を終えたし、
2006年はアダム・フィッシャーが引き継いだが、
あまりの批判の大きさでシュリンゲンジーフの演出は
すぐに終わるのでは?という話もどこかで聞かれたが、
2007年はなぜか?トリスタンとイゾルデが休みになって、
パルジファルはそのまま続行される。
これはウォルフガング・ワーグナー総監督の意地なのか?

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2006年11月16日 (木)

バイロイト音楽祭2005

20061116

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

ブーレーズ指揮の「パルジファル」第2幕。
緊張感の持続、迷いなく直進する感じが素晴らしい。
劇的で迫力に富む展開は申し分ないが、
テンポ設定における音楽の起伏は抑制気味で
しかし寄り道のなく力強く音楽を運んでいく
ブーレーズの指揮は快調で感動的。
クリングゾルの花園の場面はいつもながらうっとりしてしまう。
美しく、香りだすようで、まさに悪魔的誘惑だが、
しかしブーレーズの指揮で慣れてしまうといつもこうだけど、
他の指揮者の場合、もっとここはためて、
じっくり歌い込んでいるような。

クンドリーの接吻でパルジファルが目覚め、
「アンフォルタス!」と叫ぶところ、
パルジファルはアルフォンス・エーベルツだが、
迫力の歌声にしびれてしまった。
その一方で画像の中央にも写っているが、
クリングゾルの黒づくめの衣装、
漫画の1コマじゃないが、バイ菌のような扱い?
クリングゾルのジョン・ウェグナーがかわいそう。
喜んでやっているのかもしれないけれど。
その辺はわからない。

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2006年11月13日 (月)

バイロイト音楽祭2005

20061113

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

今日から第2幕を聞いている。
厳粛な第1幕と清らかな第3幕の間にあって、
第2幕は全体の中でも最も劇的な展開であり、
音楽もまた緊張感に満ちて、そして美しい。
ブーレーズはここでも流れるような音楽づくりであり、
ティーレマンのような起伏のある演奏に比べると
ある程度、平坦な印象もなくはないのだが、
しかしこの徹底ぶりこそがブーレーズであるともいえるだろう。
情景を音楽で、豊かな表情をもって伝えてくる
という点においては、ティーレマンの演奏は別格であった。
ブーレーズは40年前も現在もブーレーズ流を貫いている。
これからじっくりと聞いて、それからまた感想を。
しかしそれにしてもゴチャゴチャした舞台だ。

CDR245/246/247/248

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2006年11月11日 (土)

バイロイト音楽祭2005

20061111a

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

画像中央にいる白い衣装がアンフォルタスの
アレクサンダー・マルコ・ブールメスターで
ということは、第1幕の前半
「アンフォルタスの苦悩」の場面であろう。
背後のスクリーンにウサギの映像が映し出されて、
クリストフ・シュリンゲンジーフの演出では、
全編を通してウサギのモチーフが多用されているようなのだが、
最初の年(2004年)は、そのウサギについて意味がわからないと
映像の醜さもあって、批判の的だったのだが、
その後、このウサギが広く理解されたのか?
それはわからないが、私にとっては情報がないので、
今も意味不明である。

「グルネマンツの語り」の場面で、
クリングゾルとその花園について話題が及んだときに
背後で流れる音楽は、第2幕の花園の場面で
乙女たちがパルジファルを誘惑する動機が引用されて、
ほんの短い時間だけど、私はそこが大好きである。
第1幕は非常に厳粛に堅い空気に支配されているのだけど、
そこだけが少し俗っぽさが感じられて、
甘美な旋律が流れだすのである。

20061111b_1

グルネマンツのローベルト・ホルは素晴らしいのだが、
しかしこの風貌、もちろん演出上の要求だが、ひどい。
雪男みたいな衣装で、ライオンの鬣のような。
グルネマンツの威厳に満ちた役柄はどこへ?
「グルネマンツの語り」は第1幕の中でも重要な場面だが、
その感動的な音楽と舞台上の場面との不一致!
音楽が素晴らしければ素晴らしいほどに、
舞台から目を背けたくなるという批評、
激しいブーイングも納得である。

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「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年11月10日 (金)

バイロイト音楽祭2005

20061110

バイロイト音楽祭のホームページより
舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

音で聞いているので、ブーレーズ指揮の「パルジファル」は、
それはそれは、この上なく素晴らしい演奏だが、
というのも、私がはじめて聞いた「パルジファル」も
ブーレーズ指揮のバイロイト1970のCDだったので
いつまでもブーレーズが基準となっていて、
ブーレーズで聞くときが一番落ち着くのである。
今日の演奏では、いわゆるブーレーズのイメージで
鋭く、どこまでも明瞭に音楽を解決していくブーレーズならではの感覚、
そして一方の今度はまさにワーグナーというべき、
たっぷりとした豊かな音響に包まれて、その心地よさといったら、
それは感動的な、この両者が共存する見事さといったら、
さすがにブーレーズならではの絶妙な「パルジファル」であり究極だ。
鋭く切り込んでいくところや速いテンポ設定で
無駄に動機を引きずらないというところに注目すれば
それはブーレーズ的ともいえるのかもしれないけれど、
響きとしてはよく鳴っているし、むしろそのメリハリに魅力があると
バイロイトのブーレーズがこれで聞き納めとなるならば、
それは残念で仕方ない。

一方で問題のシュリンゲンジーフの演出だが、
写真にもあるとおり、「ゴミの山」というような評価もあって、
混沌とした舞台は、ブーレーズの音楽とは非常に対称的である。
音楽が絶え間なく流れ続けるので、
ブーレーズは醜い舞台を完全に無視して、
一方的に音楽にひたすら集中しているというような
そんな評価もどこかで読んだような気もするのだが、
決してそんなことはないと私は思うのだけれど。
指揮者のところには舞台を映し出すモニターがあって、
それを見ながら、音楽の進行をコントロールしているのだが、
シュリンゲンジーフのような複雑な舞台セットでは、
舞台上の歌手に注意しなければ、きっと崩壊してしまう。
実際に第2幕の花園の場面では、
乙女たちの6重唱で困難を極めているそうな。
バイロイト音楽祭は、2006年の舞台写真については、
さらに詳しく内容を把握できる画像を発表しており、
それを見るとますますわからなくなるのだけれど、
また2006年の演奏についてのときにしよう。
しかしそれにしても、舞台のイメージと音とが、
これほどまで一致しないのも実に不思議である。

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2006年11月 9日 (木)

バイロイト音楽祭2007の話題

ちょっとだけバイロイト音楽祭2007の話題を。
注目は新演出の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」である。
演出はカタリーナ・ワーグナーでバイロイト・デビュー。
カタリーナはウォルフガング・ワーグナー総監督の娘。
指揮はすでに発表されている通り、セバスティアン・ヴァイグレ。
これは今年の新演出リング(ティーレマン指揮)に続いて、
たいへん期待の存在なのだが、驚いたことに、
2007年は「トリスタンとイゾルデ」が消えた。
クリストフ・マルターラーの演出だが、たった2年で消えてしまって、
一体どういうことだろう。おそらくいずれ復活すると思うのだが。
その際に演出の大幅な変更がなされるのか?
でもこういうことならば、ペーター・シュナイダーの存在は偉大だが、
しかし2006年も大植英次で続行してほしかった!と
これはやはり厳重抗議である(笑)

かわりに「タンホイザー」が早くも復活。
ティーレマンがリングに移ったため、今年は上演されなかったが、
来年の指揮は、ファビオ・ルイージが予定されているらしい。
素晴らしい!うれしいではないか!ルイージの大ファンである。
こういう展開は大歓迎なのだが、実は私は、
フィリップ・アルロー演出の「タンホイザー」は
きっと復活するだろうと予想していたのだけれど、
その際にはぜひ準・メルクルが登場しないかと
ひそかに期待していたのだが、ルイージだった。
ライプツィヒMDRつながりではあるのだが、
前任者ですでに実績のある方に行ったということだ。
2007年はまた話題の年になると思う。

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2006年11月 8日 (水)

バイロイト音楽祭2005

フィラデルフィア管弦楽団のダウンロード・サービスで
昨シーズンのエッシェンバッハの指揮による
ベートーヴェンの交響曲を聞いてきたのだが、
演奏された順に1,5,2,4,3と来たところで、
後半の4曲をダウンロードしようとしたところ、
次に聞こうと思っている第6番「田園」が
「プレ・オーダー」で待機となってしまったのである。
第7番以降はすでに手に入っているのだが、
しかしせっかく順番に聞き進んできたので、
ここで逆転してしまうのもつまらないので、
ちょっとお休みすることにした。

そこで今日からバイロイト音楽祭2005で
こちらも長い時間をかけて順番に聞いてきたのだが、
ついに最後となる「パルジファル」である。
ピエール・ブーレーズがバイロイトで指揮するのは、
おそらくこの2005年が最後となると思われる。
実際に今年2006年は、「パルジファル」は、
アダム・フィッシャーが引き継いだ。
これからじっくり聞いて、感想はまた改めて。

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2006年9月13日 (水)

バイロイト音楽祭2005

20060913a

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第3幕第3場から幕切れの場面である。
ヴェーヌスが現れ、タンホイザー、ヴェーヌス、
そしてウォルフラムの三重唱となるが、
ウォルフラムが「エリーザベト!」と叫ぶと
タンホイザーは狂気から目覚め、
ヴェーヌスベルクの情景も姿を消す。
エリーザベトの葬列を見て、ウォルフラムが叫んだのだ。
「聖なるエリーザベトよ、わがために乞え!」と
エリーザベトの横でタンホイザーもまた命を落とす。
ローマ法王がタンホイザーに与えた杖に葉が出て、花が咲き、
タンホイザーは救済された、というフィナーレの場面である。

20060913b

ウォルフラム役のロマン・トレケル。
カッコいいではないか!騎士ということでカツラをかぶっている。
第3幕は、ウォルフラムが歌う有名な「夕星の歌」もあるが、
ウォルフラムの活躍、ロマン・トレケルの歌にしびれてしまう。
第3幕前半の厳粛にして美しい音楽、
背後にローマ巡礼の合唱(序曲に登場するテーマ)が遠くに響き、
マリア像の前にひざまずくエリーザベトを見守るウォルフラム、
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のハンス・ザックスではないが、
ダメな主役のタンホイザー(英雄としての傾向は最も低い)に比べて、
陰で真の主役はウォルフラムではないのか?というような、
ロマン・トレケルのウォルフラムは圧倒的な評価を得ていたようだ。

惜しまれつつティーレマン指揮の「タンホイザー」は完結したが、
これからの5年間は指環であり、さらなる圧倒的感動が期待できると思う。
バイロイト音楽祭2005を日程の順に聞いてきたが、
残すところ7月29日の「パルジファル」のみとなった。
「パルジファル」もまた、ブーレーズ指揮による最後の上演であり、
ブーレーズのバイロイトにおける最後の夏ということで、
注目して、気合を入れて聞きたいと思う。

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2006年9月12日 (火)

バイロイト音楽祭2005

20060912

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第3幕第3場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

第3幕第3場からタンホイザーとウォルフラムのやり取りの中で
タンホイザーはローマでのこと(許しを得ることはできなかった)を語り、
「ヴェーヌスよ、お前のところに行くのだ!」というと
突如、ヴェーヌスベルクの情景が現れ、という場面だが、
そんなこと舞台では現実的に不可能なわけで、
フィリップ・アルローの演出では、照明(色彩)で表現しているようだ。
その間、音楽は艶やかに活気を帯びて、
ヴェーヌスベルクの音楽を奏でている。
ローマ語りの音楽とのコントラストは鮮やかで、
第3場の音楽の流れ、後半はエリーザベトの葬礼、
さらにタンホイザーの救済という展開だが、感動的である。
重低音を基本としながら、華麗な高音を自由自在に操って、
ティーレマンの「タンホイザー」は、とにかく最高!
白い衣装(巡礼の衣装)をまとっているのがタンホイザーのグールド、
一方の黒尽くめの衣装が、ウォルフラムのロマン・トレケルである。
真紅の衣装は、ヴェーヌス役のユディト・ネーメト。

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2006年9月 8日 (金)

バイロイト音楽祭2005

20060908

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第2幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

2005年のバイロイト音楽祭から歌劇「タンホイザー」の第2幕。
第2幕第4場の舞台写真は8月12日にも一度取り上げたのだが、
そちらの画像は、どういう場面かというと、おそらく、
領主ヘルマンが歌合戦の開幕を宣言して、
タンホイザーが勝利した場合には、エリーザベトを彼に与えると
観衆の前で語っている場面だと思うのだが、
今回のは、その後、歌合戦が進み、
タンホイザーがヴェーヌスベルクでのことを暴露して、
場内が混乱に陥る場面?の前後のようで、
エリーザベトに動きがある様子をみると、
タンホイザーに戦いを挑む騎士たちを止めに入って、
タンホイザーの命乞いをしているところか?
推測の域で、詳しくはわからないのだが、
フィリップ・アルローの派手な色彩が強烈な個性を放っている。
歌の殿堂に関しては、原色を多用しているのが特徴であり、
中央の青い柱、これはなんなのだろうか?
どういう意味があるのだろうか?興味深い。

第1幕のときにも書いたのだが、
スティーヴン・グールドのタンホイザー!
ウォルフラムなどが純愛の美しさを賛美する一方で、
タンホイザーは愛の歓楽をたたえ、ついにはヴェーヌスを
ヴェーヌスベルクにいたことを自白してしまうところ、
威勢のいい声を張り上げて歌っているグールド、
ここを聞くとジークフリートが楽しみでならない。
ミーメとのやり取りから楽劇「ジークフリート」第1幕第3場の
有名な鍛冶の歌、きっと素晴らしいに違いない。早く聞きたい。

第4場の歌の殿堂における歌合戦の場面は、
時間にして50分ほどでほとんど第2幕の大半を占めているが、
とにかく感動的で、迫力ある力強い音に包まれ、
第2幕の最後など、音が止むまで待てず、
会場全員が熱い想いで自然に拍手が起こるところなど、
録音を聞いているだけでも、一緒に興奮してしまい、
いかに素晴らしかったかが伝わってくる。

次はいよいよ第3幕。
ティーレマンの「タンホイザー」もついにこれで完結だ。

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2006年9月 5日 (火)

バイロイト音楽祭2005

20060905

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第1幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

昨日に続くがティーレマンが指揮する序曲、
何度聞いても感動的である。
序曲に続いて、ヴェーヌスベルクの場面だが、
濃厚な音楽が流れて、ティーレマンの指揮は、
どっしりとした重厚な響き、まさにドイツ的な音作り、
そして同時に一方の高音の美しさを際立たせ、
なんとも艶やかな感触、細かな部分も芸が細かく、
こういう演奏ができる人はなかなかいない。
バレンボイムのCDが同じような印象もあって、
私は大好きな名演なのだが、
2002年以降、毎年ティーレマンの録音を聞いてきて、
さすがに慣れというのもあるし、4年間の積み重ねで
やはりティーレマンこそが最高であると思ってしまう。

ヴェーヌスベルクが崩れ去り、
ワルトブルクの山麓の場面(画像)へと進んで、
このフィリップ・アルロー演出の舞台は色彩が美しく、
非常に印象的な舞台である。
ウォルフラムがタンホイザーに語りかける場面。
ティーレマンの人気もあるし、このプロダクションは
失敗が少なかったのではないかと思うのだが、
2005年の公演でいったん終了である。非常に残念だ。
音で聞く限り、あまりの素晴らしさもあって、
いつまでもずっと聞き続けていたいというような気持ちになる。

ここでタンホイザーを歌っていたスティーヴン・グールドは、
今年(2006)からニーベルングの指環に登場して、
楽劇「ジークフリート」と「神々の黄昏」に出演、
ジークフリートを歌っているようなので、注目である。
グールドは2004年、2005年にタンホイザーを歌って、
今年一気にジークフリートに抜擢されて、
これから世界のワーグナー上演において、
中心的な存在となっていくのかもしれない。
第1幕第2場のヴェーヌスとのやり取りで
威勢よく歌い上げているところなどを聞くと
ジークフリート役にも期待が高まり、早く聞いてみたい。

(第2幕へとつづく)

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2006年9月 4日 (月)

バイロイト音楽祭2005

20060904

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第1幕第2場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

約60分の第1幕のうち、14分ほどが序曲であり、
非常に長いのだが、ティーレマンは暗闇の中で、
ひたすら序曲を堪能させるという演出で、
その充実の音楽は圧倒的である。
例えば1980年代のウォルフガング・ワーグナー演出の舞台では、
序曲の段階で舞台はすでに明るくなっており、
巡礼のテーマの際には、ローマ巡礼の人々が行進し、
ヴェーヌスのテーマへと突入するとバレエが乱舞するという、
音楽と舞台が一体に序曲が物語への導入であった。
しかしティーレマンは、ここは音楽だけを聞かせたいと
そのこだわりといったらさすがで、自信に満ち溢れた演奏である。
ティーレマンの指揮によるタンホイザー序曲はとにかくすごい。
そしてこの2005年の上演で感じたことは、
それ以前に比べ、多少テンポが速めに設定されており、
ある程度、勢いに任せる、深く没頭するあまり、
冷静な展開は根本から拒否しているのだが、
これ以上はないという熱い心を込めて、
下手にそんなことをしたら、
全体像がめちゃめちゃになりそうなのだが、
そこがティーレマンのすごいところ、尋常ではなく、
深く地の底からわきあがってくるような熱い感動、
序曲から熱狂的に会場全体を導いていく。
ティーレマンのその場主義的な異常な盛り上がりに
見事にひとつになってついていくバイロイト祝祭管弦楽団、
奇跡的な深まりを実現させて、
他では絶対に聞けない序曲である。
今日は冒頭の序曲について。つづく。

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2006年8月12日 (土)

バイロイト音楽祭2005

20060813

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「タンホイザー」第2幕第4場の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

バイロイト音楽祭2005で上演されたのは、
トリスタンとイゾルデ、ローエングリン、さまよえるオランダ人、
タンホイザー、そしてパルジファルという5作品である。
それらの録音を今年は順番に偶数月に聞いてきているが、
すでに8月の中旬になろうとしているので、
「タンホイザー」を聞きはじめた。
2002年からスタートしたフィリップ・アルロー演出、
クリスティアン・ティーレマン指揮の上演もこれで最後である。
この演出は、少し時間をおいて、いずれ再演されることもあるのか?
しかしご存知の通り、ティーレマンは今年からリングを担当しているので、
ティーレマンの指揮という点では、正真正銘、最後の上演となるに違いない。
本当に感動的な「タンホイザー」である。
心の底から深く熱いものがこみ上げてくる。
ここまでの極みにまで導いていくティーレマン、
なんという存在感であろう。
これまで聞いてきたタンホイザーの中でもやはり最高だ。
2002年からの4年間、毎年聞いてくると
ティーレマンの「タンホイザー」こそ、絶対である!
というような、不思議な説得力に洗脳されてしまう。
この辺の盛り上がりと一年一年のさらなる充実はバイロイト流だが、
この2005年の完成度、達成感は特別である。
2004年の段階で、ティーレマンの「タンホイザー」はかなりいいなあ!
という思いがあったのだが、今年はまたさらに、
何か格別なことがプラスされていて、ティーレマンという指揮者、
本当に計り知れないほどに人をひきつける魅力を備えた人だ。
第2幕では、最後の音が鳴り止むまで待っていられない
会場の拍手は異常な熱狂ぶりであり、
そして第3幕の後半の音に夢中にさせられて、
どこかへ連れていかれてしまうような感覚、
音楽への感動が何よりも勝るという、
もう正常な精神ではとてもいられない
奇跡のような舞台、特殊な音楽体験。
こんなのそうはない。
8月後半でじっくり聞き込んでいきたいと思っている。

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2006年8月 3日 (木)

バイロイト音楽祭2006

7月25日に開幕した今年のバイロイト音楽祭も
昨日の「パルジファル」(アダム・フィッシャー指揮)で
すべての演目の第1サイクルが終了したと思う。
ドイツの放送局やハンガリーのバルトーク・ラジオでは、
ネットで生中継(時間差中継)されたりもするのだけれど
今年は年末の放送まで楽しみにすることにした。
新演出リングや他の演目でも指揮者の交代など、
注目しないではないが、ちょっと今は時間がないだけ。
ティーレマンの指揮による新演出リングが
すべての話題をさらっていくと思うのだけど、
実際のところ、どうだったのだろう?
気になるのだが、いまのところ特に情報は集めていない。
(時間があるとき、ゆっくり調べたいと思います。)
しかしバイロイト音楽祭のホームページで
すでに今年の各演目の舞台写真が公開されているので、
それを見るとリングは美しい色彩と落ち着きのある舞台構成で
無難な展開(保守的な方向)となっているのか?
詳しくはわからないが、客席での反応にも注目である。
でもティーレマンの絶大なる人気、
そしてティーレマンが指揮したワーグナー作品への期待といったら
異常な盛り上がりを見せているので、
楽劇の場合、音楽のみならず、演出も大きな要因となるので、
演出への批判によって、ティーレマンの舞台を台無しにしてはならない
という、まわりの空気も漂っているのか?
今回のリングは、ここまで来るのに予定の演出家の変更が繰り返されて、
ある程度、安心して高いレベルが期待できる演出・舞台を目指した
というのがあるのかもしれない。
しかし「ジークフリート」のミーメの家については、
何か明確な設定がありそうで、
それが全体の流れにも関係しているのだろうけど、
ちょっと気になった。
工事現場の事務所(所長室)のようである。

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2006年6月27日 (火)

バイロイト音楽祭2005

Fd2005b

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「さまよえるオランダ人」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

引き続きバイロイト音楽祭2005から「さまよえるオランダ人」。
第3幕でノルウェー船の船員の合唱とオランダ船の船員の合唱が
激しく交錯して最も盛り上がる場面、
突如嵐となり、オランダ船から不気味な合唱が響いてくる
ここの迫力や劇的な展開が大好きである。
クラウス・グートの演出では、すべてはゼンタの幻覚、妄想にすぎないと
オランダ人の姿をした人々が舞台にあふれてくるという展開だそうだが、
心理劇の謎解きの面白さが好評で、
これまで評価は高いという話だったのだが、
この録音では、演奏終了と同時に会場からブーイングが起きている。
それ以前はあまりブーイングの印象はないのだが、どうだったか?
舞台の写真を見て思うことは、「オランダ人」においても
場面で照明の変化はあるけれど、舞台は全体を通して共通で
それは2005年新演出の「トリスタンとイゾルデ」も同じだが、
さらに極端に簡素な舞台とミスマッチなクラシカルなデザイン、
その辺の視覚的な部分における聴衆の不満もきているのか?
ある程度、飽きもあるのだろう。
といって、シュリンゲンジーフの「パルジファル」における
「ゴミの山」的舞台も聴衆は拒否しているわけで、いろいろ難しい。
保守的なワグネリアンたちを唸らせるのは至難の業である。
フィリップ・アルロー演出の「タンホイザー」は
極度に色彩華やかな舞台だが、聴衆の反応はたいへんよいけれど、
しかしそれはティーレマンの音楽に酔いしれているからこそであり、
舞台に関しての反応はあまりよくわからない。
次回は「タンホイザー」を聞こうと思っているので、
そのときは音からいろいろと探ってみたいと思う。

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2006年6月26日 (月)

バイロイト音楽祭2005

Fd2005a

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「さまよえるオランダ人」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

この週末から「さまよえるオランダ人」を聞いている。
2003年からのクラウス・グート演出
マルク・アルブレヒトの指揮によるオランダ人も2005年で3年目。
今年(2006)も同じくアルブレヒトの指揮で上演される予定。
私はマルク・アルブレヒトの指揮は、
最初の年からたいへん気に入っているのだが、
その方向性は基本的には変更もないような気がするし、
引き締まった音楽作り、舞台進行は一貫しているように感じられる。
よって劇的に成長したり、充実してきたという印象はないのだが、
それは一年目から高いレベルに達していたからということではないか。
しかし今回聞いていて、少し感じることは、
ドライな音色が特長ではあるのだが、
少し乾いた響きがしているという印象もあり、
今の私にはそれが気になった。
しかしそれは先ほどからも指摘している通り、
マルク・アルブレヒトが現在変わったというのではなくて、
今の私がたまたま感じること、一時的な好みの問題であると思う。
基本的には、端整に音楽を構築して、集中力も強く、
素晴らしいワーグナー演奏である。
この緊張感を持続しつつ、さらに豊かな音が響いてきたならば、
もっと巨大な陶酔というものが生まれるのかもしれない。
しかし作品はオランダ人であり、若いワーグナーによる新鮮な感覚、
特に今回の演出では、救済の存在しないバージョンでの上演だし、
過度に感動を増長させるよりもむしろコンパクトな全体像、
しっかりとした方向性がここに示されているとも感じる。
明確な解答が存在しているのであり、
これもまた非常に適切であると深く納得させられるのである。
マルク・アルブレヒトのオランダ人は、
今年もまた聞けるであろうし、私にとっては期待の存在だ。
この舞台もそろそろ完成なのだと思うが、
マルク・アルブレヒトのさらなる発展が見たい。

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2006年6月19日 (月)

バイロイト音楽祭1967

カール・ベーム指揮のニーベルングの指環を聞いてきたが、
今日はいよいよ「神々の黄昏」。
1967年のバイロイト音楽祭における録音である。
ストーリーの面白さでは「ラインの黄金」がいいし、
全体の充実感としては「ワルキューレ」、
さらに「ジークフリート」では緻密さが加わり、
しかし最後の「神々の黄昏」まで来ると
登場人物がずいぶん入れ替わってしまって、
ジークフリートは記憶を失って、裏切りや欺きに支配されるし、
第3幕では次々に登場人物が死んでいくという、
あまりよい話ではないし、まさに崩壊、没落が表現されているわけだが、
しかし音楽の素晴らしさでいったら「神々の黄昏」は圧倒的である。
ベームの指揮は、音楽の流れが非常にスムーズで、
また音の構造を極めて明瞭に響かせるので、とにかく心地よい。
しかし序幕から第1幕へと続く長大な前半の展開では、
その引き締まった音楽が、一方でちょっと淡々と流れているような
そういう印象もあり、ずっと聞いていると
たっぷりと鳴らしている演奏がちょっと恋しくなってくる。
しかしベームの素晴らしさは、やはり後半の盛り上げ、
圧倒的な緊張感による第3幕であろう。最高だ。
フィナーレの部分がまた特長的で、
長大な指環物語のエンディングにふさわしく雄大な演奏が多い中で、
ベームはあくまでもシンフォニックに一気に駆け上がっていくような
この辺がまさにベームならではであり、私ははまる。
無駄のない徹底的に切り詰めたワーグナーなので、
好みは分かれるだろう。でも本当にすごい迫力。力強さ。
歴史的瞬間が40年を経て、ここによみがえる。

PHILIPS 446 057-2

「カール・ベーム」に関する記述はホームページにもございます
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2006年6月17日 (土)

バイロイト音楽祭2005

このところずっと、あまり余裕がなかったので、
新譜のディスクやライブ録音は聞かなくて、
昔のCDを出して、気軽に楽しんでいたのだが、
カール・ベームの指環も「ジークフリート」まで来ているけれど、
ちょっと時間を見つけては、昨年のバイロイト音楽祭から
「さまよえるオランダ人」を聞き始めた。とりあえず一回目。
これから何回か、じっくり聞き込みたいと思う。
オランダ人はいろいろな演奏があるが、
やはりバイロイトの演奏は格別だ。
現在のマルク・アルブレヒトの演奏もこれで三年目であり、
かなり完成されてきている印象がある。

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2006年6月13日 (火)

バイロイト音楽祭1966

昨日に続いて、今日もベームの指環より
バイロイト音楽祭1966の「ジークフリート」。
素晴らしい!この感動、聞きはじめると止まらない。
1967年の「ワルキューレ」に比べると
多少音質の点で劣っているという気もするが、
ここでもやはりこの緊迫感、一気に登りつめる感覚、
圧倒されてしまい、聞けば聞くほど、夢中にさせられる。
第1幕では、後半のジークフリートが粉々のノートゥングを鍛え上げ、
第2幕では、有名な「森のささやき」で夜明けから大蛇との格闘へ、
第3幕では、炎を乗り越え、ブリュンヒルデとの出会い、
このように各幕、暗から明へと発展していく展開だが、
その転換の鮮やかさ、鋭い切り口には、感動させられる。
ベームの統率力は凄まじい。
歌手も舞台も驚異的な集中力でまとめ上げられていく。
演奏があまりにもすごい勢いなので、
聞く我々も気を抜く余裕など全く存在しない。
これは奇跡的な素晴らしさによる究極の記録である。

PHILIPS 446 057-2

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2006年6月12日 (月)

バイロイト音楽祭1967

明日は工務店との打ち合わせがあるので、
今日は一日家にこもって、そこで使う図面を書いていた。
そういうときは、長大な作品がいい。
ということで、先日の「ラインの黄金」に続いて、
カール・ベーム指揮の「ワルキューレ」。
1967年のバイロイト音楽祭における録音である。

感動的な第1幕など、ワーグナーの雄大さ、
音楽の豊かさをより強調する演奏は多いと思うのだが、
ベームは全く逆の方法に向かっているような、
ロマンティックな情景や感情面での動きに流されず、
ひたすらの凝縮と緊張感、これが最高の感動を生み出すのである。
ベームの指環は、やはり偉大な存在だ。
後半の第3幕へ向かって、その求心力はどんどん強まっていくようで、
シンフォニックな響きは圧倒的な力強さを示し、
明快な造形が舞台全体に曖昧さなど存在しないことを伝えている。
ベーム特有の厳しさ、厳格さであり、あくまでも交響的なスタイルで、
劇的な盛り上がりを築いていることに、時間を忘れ引き込まれる。

PHILIPS 446 057-2

「カール・ベーム」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年6月 7日 (水)

バイロイト音楽祭1966

明日はハノーファーNDRフィルハーモニーの演奏会で
楽劇「ワルキューレ」第1幕(演奏会形式)を聞きに行くので、
今日はその前日ということで楽劇「ラインの黄金」を聞いている。
カール・ベーム指揮の「ニーベルングの指環」を
久しぶりに聞きたいと思っていたので、
今日から指環を順番に聞いていきたいと思う。
「ラインの黄金」と「ジークフリート」が1966年、
「ワルキューレ」と「神々の黄昏」が1967年、
それぞれベームがバイロイト音楽祭に出演した際の
歴史的な名演である。

ベームの指環は本当に感動的である。
久しぶりに聞いてみるとその凄まじさに改めて圧倒される。
もっと豊かな音がして、色彩的だったり、
鳴りっぷりのいいワーグナーはいくらでもあると思う。
ベームの演奏は渋い。引き締まった音で派手な部分がない。
しかしここまでの緊張感や真実の存在する音、
こういう演奏って他にあるだろうか。
心の底から込み上げてくる熱いもの。
ベームの演奏は、表面的には爽やかな音がしているのに
しかしなぜこんなにも音楽に没頭させられるのか、
この演奏の凄さ、それはそこにあり、
だからこそ40年経った現在も
最高の名演として決して輝きを失わないのである。
音は古い。1960年代の録音である。
しかし今、この興奮はまさに今のものであり、
新鮮な感覚、なんという強い光を放っているのか、
バイロイトの歴史におけるひとつの頂点、
それに立ち会える喜び、この録音は本当に貴重な財産である。

PHILIPS 446 057-2

「カール・ベーム」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

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2006年4月 7日 (金)

バイロイト音楽祭2005

Lohengrin5

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「ローエングリン」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

バイロイト音楽祭2005の「ローエングリン」も
今日でいよいよ第3幕である。
ここまで来ると、もうとにかく感動的で充実感も極まった。
有名な第3幕への前奏曲から結婚行進曲へ。
第3幕の前奏曲は世界中のオーケストラが、
コンサートのアンコールなどで頻繁に演奏しているが、
しかし歌劇の全曲として、やはりバイロイトで演奏されると
独特の重みが感じられて、さすがに違って聞こえる。
それは先入観とか思い込みかもしれないが、
バイロイトにおける演奏というのは、それだけの力があって、
聞いているこちらも心動かされるのである。
ペーター・シュナイダーの指揮は、表面的なカッコよさとか、
スタイリッシュに決めるとか、そういう部分はそれほど求めないが、
手堅くじっくりと聞かされて、それこそきびきびとした動きの中にも、
適度な質感と重量感が存在していて、
少しずつ迫力を引き出していくその丁寧な運び、
これはまさに本物の音楽に触れるという満足感である。

キース・ウォーナーの演出について、極めて高い評価がされているが、
第3幕第2場の最後の方で、水が噴出する音が収録されており、
この演出についての解説を聞いたとき、
非常に感心して、面白いし、合理的だし、
さすがにキース・ウォーナーはすごいなと感じたのだが、
残念ながら、その内容はというと、すっかり忘れてしまった。
けしからん!とお叱りを受けそうだが、しかし逆に言うと、
現代への読み替えが見事で、斬新さを表出しつつ、
同時にそれが非常に自然な展開で、ピッタリとはまっていて、
だからこそ記憶から消えてしまったのである。
おかしな展開だったり、斬新すぎて、イメージに反したりすると
それはかえって、印象に残っているものだが、
キース・ウォーナーは、ワーグナーの演出では、
現在最高の解釈者のひとりであろう。

あとローエングリン役のペーター・ザイフェルトも
このプロダクションでは高く評価されており、
第3幕第3場でローエングリンが自らのことを語るシーンがあるが、
その前後の音楽というのは、美しさの極みであり、
ペーター・シュナイダーの指揮では、透明感、清潔感が印象的だが、
それが盛り上がっていき、「私の父はパルジファル」というところなど、
私は個人的に「パルジファル」が大好きなので、意味なく興奮してしまう。
本当に素晴らしい。とにかく感動的な「ローエングリン」である。
演出が高く評価されて、登場した指揮者の
アントニオ・パッパーノ(1999-2001)、
アンドルー・デイヴィス(2002-2003)も絶賛されたが、
やはり2005年のペーター・シュナイダーの指揮で
最後にきっちり締まったなという印象である。
シュナイダーは、今年は「トリスタンとイゾルデ」であり、
今から期待が高まる。

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2006年4月 6日 (木)

バイロイト音楽祭2005

Lohengrin3

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「ローエングリン」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

「ローエングリン」と「パルジファル」、
それぞれ第2幕における何となく感じられる類似性、
それがローエングリンとパルジファルの
親子つながりに関係があるのか?
それについて、昨日書いたのだが、
「ローエングリン」の第2幕前半を聞いていて、
ここでの音楽が何かに似ていたような気がして、
ずっと気になっていたのだが、ふと今日になって思い出した。
「ローエングリン」第2幕の前奏曲から第1場は、
「オルトルートの魔法の動機」や「呪いの動機」など、
魔法や呪いという独特の色合いを出しているが、
そこで思い出した場面というのが、
ニーベルングの指環「神々の黄昏」の第2幕第1場である。
ハーゲンが眠っていると夢に父アルベリヒが現れて、
神々の没落を予言して、ジークフリートを殺し、
指環を取り返して復讐せよと語りかけるシーンがある。
ここで登場するアルベリヒは、
やはり呪いに彩られて、まるで幽霊のようだが、
音楽も「憎悪の動機」に支配されて不気味な展開である。
どこか似ている要素もありそうな、何か共通性を感じてしまった。

しかしそれだけではなかったのだ。
ここで独特な雰囲気をかもし出している
テルラムントと妻オルトルート(魔法使い)のやり取りだが、
テルラムントがバリトンのハルトムート・ウェルカーであり、
もしかしたらと調べてみたところ、
ハルトムート・ウェルカーは2002年から2004年の3年間、
「神々の黄昏」でアルベリヒを歌っていたのだ(なるほど!)。
アルベリヒの印象が知らぬうちに残っていて、
「ローエングリン」でもテルラムントでかなりインパクトが強い。
さらに調べてみたところ、2001年の「ローエングリン」で
テルラムントはバスのオスカー・ヒレブラント、
2002年のテルラムントはバリトンのジャン・フィリップ・ラフォン、
2003年のテルラムントはバリトンのジョン・ウェーグナーであり、
2004年は「ローエングリン」は上演されず、
そして「ニーベルングの指環」も2004年で終わったので、
ハルトムート・ウェルカーはテルラムントに移ってきたのだろう。
さらにもっと調べてみたところ、ハルトムート・ウェルカーは、
今年は「トリスタンとイゾルデ」でクルヴェナールである。
昨年も「トリスタンとイゾルデ」の後半の公演では、
クルヴェナールを歌っていたようだ。
私が持っている初日(7月25日)の録音は、
アンドレアス・シュミットがクルヴェナールなので知らなかった。
そして面白いのが、2002年にアルベリヒに移る前は、
2000年、2001年と「パルジファル」のクリングゾルを歌っている。
やはりこういう役柄がうまいのだろう、きっと。
今年のクルヴェナールはぜひ注目して聞きたいと思う。

Lohengrin4_1

バイロイト音楽祭のホームページより
テルラムント役のハルトムート・ウェルカーである。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

「ローエングリン」第2幕の前半は、
圧倒的に素晴らしくて、何度聞いても感動した。
ペーター・シュナイダー指揮のオーケストラも最高!

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2006年4月 5日 (水)

バイロイト音楽祭2005

Lohengrin2

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「ローエングリン」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

バイロイト音楽祭2005から
歌劇「ローエングリン」の第2幕を聞いている。
「ローエングリン」の第2幕は素晴らしい。
今回の演奏でも、ここでの第2幕は圧倒的に感動した。
「ローエングリン」は全体に合唱が活躍するという印象があるが、
この第2幕では、どちらかというと登場人物の細かいやり取りが多く、
私はそこにひかれているのかもしれない。
テルラムントとオルトルートのやりとり、そこにエルザが加わり、
緊張感のある展開、緻密な舞台が魅力である。
心を操ろうとしたり、心理面でのやり取りも多く、面白い。
この辺はある程度「ニーベルングの指環」に通ずる要素も
すでに見え始めているようで、
さらには、音楽は「パルジファル」第2幕にも
どこかイメージが似ていて、
というのは、このローエングリンは、
聖杯騎士パルジファルの息子であり、
ワーグナーも後の「パルジファル」の作曲の際に
「ローエングリン」との関係性を意識したのかもしれない。
「ローエングリン」の第2幕の前半で、オルトルートの魔法により、
領主ゴットフリート(エルザの弟)は白鳥に姿を変えられ、
ということが語られ、このオルトルートの存在というのは、
ちょうど「パルジファル」第2幕におけるクリングゾルに近いのである。
オルトルートは異教徒の魔法使いということだが、
パルジファルにとって、クリングゾルが異教徒の存在というのにも通ずる。
第2幕前半の魔術やら、心を操ってのこのオカルト的要素は、
「パルジファル」の第2幕にどこか似ている。
しかし「ローエングリン」が非常に若々しく、爽やかなのは、
その後、夜明け(第3場以降)とともに、音楽は明るく、勢いづいて、
暗から明への転換で心理面でも晴れるという
この辺が「パルジファル」と大きく違って、
「ローエングリン」の大きな特徴なのだと感じるのである。
多くの物語がここで語られる、そしてここでのはじまりが、
第3幕に大きな影響を及ぼし、全体を結論付けるという点で、
この第2幕は非常に重要で、内容も濃くて、やはり面白い。
そういう中で、音楽も極めて充実しているが、
ペーター・シュナイダーの指揮の冴えが、次第に本領を発揮して、
その素晴らしさがひしひしと伝わってくるのである。

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2006年4月 4日 (火)

バイロイト音楽祭2005

Lohengrin1_1

バイロイト音楽祭のホームページより
歌劇「ローエングリン」第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

詳しいことはわからないが、
中央にいるのがローエングリン(ペーター・ザイフェルト)であり、
ということは第1幕第3場なのだと思うが、
もしかしたら第2場の終わりで、
ローエングリンの登場のシーンかもしれない。
しかし白鳥はいないので、別れの後のシーンなのか?
中央の光の柱は、何なのだろう?
幻想的といってもいいのか?
闇の中に光がともっている感じであり、
照明の感じも色使いもこういう舞台は素晴らしいと思う。
このキース・ウォーナーの演出はかなり評価の高いものだが、
実際に祝祭劇場でこの舞台を目の当たりにしたら、
きっと感激して、気持ちを抑えられないだろう。
しかしこのプロダクションも2005年が最後である。
その最後にペーター・シュナイダーがバイロイトに復帰するなんて、
うれしいではないか!何と素晴らしい!!

ペーター・シュナイダーは、1980年代にバイロイトの常連だったようだが、
ここでの「ローエングリン」は、十数年ぶりの登場だと思う。
1990年代の前半、私がバイロイト音楽祭に興味をもちはじめた時期、
当時の「ローエングリン」を指揮していたのが、ペーター・シュナイダーだった。
カセットテープに録音して、よく聞いたものである。
私にとって、「ローエングリン」の原点は、
まさにペーター・シュナイダーなのである。
そういう意味でも、バイロイトに戻ってきてくれたことは、
私個人的には、最高の喜びだった。
前のプロダクションで90年代前半の「ローエングリン」は、
シュナイダーが非常に誠実な解釈で作品と向き合っており、
折り目正しく、独特な透明感が美しかったのだが、
よく批評でいわれていることは、「まじめすぎて、面白くない」など、
基準点を確実にクリアしている一方で個性不足が指摘されている。
しかし今回は違う。キース・ウォーナーへの絶賛もあるのだろうが、
音楽に関しても、最高の評価が与えられたようである。
「ペーター・シュナイダーは見違えるようだ」って。
誰もが認める、現在最高のワーグナー指揮者の一人である。

今日は第1幕を聞いているが、
特に第2幕以降、音楽は最高の展開で、本当に感動的である。
第1幕での印象は、この美しい透明感で、
以前からのペーター・シュナイダーの「ローエングリン」を思い出し、
個性的な発想とか、ユニークな解釈など、全く無縁で、
ひたすら作品に丁寧に接して、そこからにじみ出てくる
深い感動に何ともいえなく満足感を堪能するのである。
シュナイダーといえば、ドイツやウィーンでは最高の評価であり、
しかしレコードというものがほとんどないので、
日本ではあまり馴染みのない存在だと思うが、
こういうワーグナーを聞かされると
これが本物なんだ!って、教えられる気がする。
これぞ!という感じである。
今日は最初なので、この辺にして、
これから全3幕を聞いていく中で、音楽を堪能しつつ、
ペーター・シュナイダーの存在(偉大さ)を再認識していきたい。

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2006年2月 6日 (月)

バイロイト音楽祭2005

3act

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第3幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

いよいよ第3幕である。繰り返し書いているけれど、
ドイツの批評家たちが何と書こうが、
この「トリスタンとイゾルデ」は私の宝物である。
この新鮮な喜び、超新星のような強い輝きは、
かつてのワーグナーの伝統、「トリスタンとイゾルデ」ならば、
1952年にカラヤンがバイロイトで指揮して、
その後は、ヨッフム、サヴァリッシュ、ベーム、…と続き、
そういった歴史的な響きとは、少し方向性の異なる存在なのかもしれない。
しかし1974年にカルロス・クライバーが登場したときに
それまでの伝統なんて、ふっ飛ばしてしまうような
圧倒的なパワーで一気に駆け抜けたに違いない。
この大植英次の演奏にクライバーを持ち出すのがいいのか知らないが、
しかしこの輝きこそが最大の力であり、私はそこにひかれる。

第3幕の舞台写真である。
ここでも基本的に舞台はあまり変わっていない印象だが、
重傷を負ったトリスタンのためのベッドが横たわり、
そして内装が少し違っていて、集中治療室のようなイメージも。
まあ、舞台のことは先日も書いたので、もういいか。
というぐらい、この第3幕の演奏は圧倒的である。
年末に放送で最初に聞いたときも書いたが、
前半の第1幕や第2幕よりも格段に違って、
この第3幕は本当にびっくりするぐらいに輝いていた。
大植英次はこの公演を終えて、直後の新聞記事に
「信じられないぐらいにしなやかな響きを出せた」というような
インタビューにそういうことを応えていたような気がするが、
まさに直後のその興奮の言葉は、
この第3幕のことであると私は受け取っている。
オーケストラの素晴らしさ、それを讃えれば讃えるほどに
つまりは歌手との一体感の不足もあって、
オーケストラが突出してしまった、ということもあるのか
批評家や保守的なワグネリアンたちは
それを問題にしたがっているのか、それとも違うのか?
でも私はこの演奏に感動して、本当に素晴らしいと思うのである。
いいではないか。最高だ!
ドイツの批評家たちが何と書こうと
この「トリスタンとイゾルデ」は最高だ!

先週から「トリスタンとイゾルデ」をじっくり聞いてきたが、
この素晴らしさにはまると、つい永遠にこのまま
ずっと聞いていたいと思いはじめるが、
ワーグナーを聞くことをやめる方が恐くなるが、
年中ワーグナーだけを聞いているわけではなく、
少し休んでから、次は「バイロイト音楽祭2005」の
順番に7月26日の歌劇「ローエングリン」を聞きたいと思う。
ペーター・シュナイダーの復活に最高の期待。

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2006年2月 4日 (土)

バイロイト音楽祭2005

2act

バイロイト音楽祭のホームページより
楽劇「トリスタンとイゾルデ」第2幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

今日は第2幕を聞いているが、大植英次指揮の演奏については、
もうくどいぐらいに書いているけれど、私はかなりはまっていて、
ドイツの批評家たちが何と書こうが、
この「トリスタンとイゾルデ」は私の宝物である。

第2幕の舞台写真を見ると、基本的に部屋の様子はそれほど変わりないが、
ここでは天井があり、照明がついている。
先日の写真で第1幕のときは天井もなく、上は闇という感じだった。
第3幕では再び天井はなく、照明もなく、闇となっている。
その点を少し考えてみたい。

第1幕について、ワーグナーの台本では、
船の上という設定になっているが、それで天井がない、
というのが単純な理解だけれど、そんな簡単なものでもなく、
同時にイゾルデの心理状態の不安定を闇に表現しているのか?
第1幕第1場では、マルケ王に嫁がなくてはならない未来を憎み、
「上陸したくない」「嵐が来て沈没してしまえばいい」という。
第1幕第3場から第4場においては、
イゾルデはブランゲーネに毒薬を預け、
想いを寄せながらも仇であるトリスタンを殺し、
自分もまた毒薬を飲んで死ぬと決意して、
ブランゲーネに別れを告げる。
また第2幕でトリスタンは死(永遠の愛)を「夜の国」と表現しているので、
その点で第1幕後半の二人が死のうとする場面が闇というのも納得である。

そして第2幕であるが、愛の酒(ほれ薬)の力を借りているとはいえ、
ここでトリスタンとイゾルデが愛し合っているのは事実であり、
それが現実であるという点で、天井から照明をあびているのか。
第2幕第2場で愛の絶頂の中、トリスタンは「死のう」と叫ぶ。
そして第3場でメロートの陰謀により、二人の密会は明るみになり、
ここでトリスタンは、「夜の国に自分と行くか?」とイゾルデにたずねる。
そしてトリスタンは、メロートの刀に自ら飛び込み、重傷を負う。
つまり死のうとして、夜の国、愛の世界に行こうとしているのである。
実際に第3幕では、再び天井と照明がなくなって、闇になるが、
明から暗に行くという点での第2幕は「明」なのかもしれない。
第3幕では、トリスタンは重傷に倒れ、夢と現実の間をさまよい、
トリスタンの死の後、追うようにイゾルデもまた、
幕切れ「愛の死」で夜の国に旅たつ。
つまり舞台もまた、死を表す闇なのか、天井の照明はない。
第3幕については、また詳しく第3幕を聞くときに。

第1幕「暗」 ⇒ 第2幕「明」 ⇒ 第3幕「暗」という流れであり、
第1幕「夢(憧れ)」 ⇒ 第2幕「現実そして発覚」 ⇒ 第3幕「夢(さまよい)」
第1幕「死」 ⇒ 第2幕「生」 ⇒ 第3幕「死(夜の国そして愛は永遠)」
という、物語の流れを、変化のないほぼ同じ舞台上において、
天井と照明が表現しているのかと写真からそんな想像をしているが、
深読みしすぎなのか?もっとそこには違う狙いがあるのか?
実際のところはわからない。でもこの写真は、
飾りの少ない殺風景な舞台だけど、
いろいろと面白い想像を提供してくれた。

しかし第2幕は本当に素晴らしい。やはり最高である。
その美しさ、陶酔感、熱狂的な盛り上がり、永遠に続く高揚感、
引き込まれる。感動的である。熱くなる。

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2006年2月 3日 (金)

バイロイト音楽祭2005

Smith

バイロイト音楽祭のホームページより
トリスタン役のロバート・ディーン・スミスの写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

クリストフ・マルターラーの演出が、
ワーグナー自身による台本とかなり設定を変えている
ということは、明らかであり、昨日も書いたが、
この衣装は、どのように理解すればいいのか?
衣装担当は、アンナ・ヴィーブロックである。
役人のような堅い印象も受けるし、
タクシー運転手か駅員さんのような、
とにかく制服のようなイメージである。
ブルーのスーツ姿。グレーに近いブルーで、これは制服の色である。
男性の役柄は、色は違っていても、みなこんな感じの衣装であり、
特にこのトリスタンだが、スーツの下にねずみ色のセーターのような
間に着込んでいて、ちょっときつそうだけど、
スーツのボタンはきっちりとめている。
このイメージは、先ほど役人と書いたけど、
まじめなイメージを強調しているかのようである。

イゾルデはマルケ王の妻になるわけであり(第1幕)、
第2幕では、すでに結婚しているイゾルデが、
狩に出ている夫の留守にトリスタンを呼び出して密会、
これは完全に不倫である。
第1幕第5場で毒薬を飲んで死のうとしたイゾルデに
ブランゲーネが機転を利かせて、
二人にほれ薬を飲ませるという、これがすべての原因だが、
密かに想いを寄せていた二人、その想いを断念しようとしていた二人が、
そんな展開によって、信じられないような大胆な行動へと出て、
衣装でそのギャップを強調しているような印象も受ける。
その第1幕第5場でトリスタンはイゾルデに
「仇である自分を殺せ」と、しかしイゾルデは、
「マルケ王の最勇の部下であるトリスタンは殺せない」と返し、
本来のトリスタンはそういう人物なのである。
イゾルデに対しても、マルケ王に対しても、
極めて堅い人柄であり、マルケ王に忠実に仕えている、
その辺で役人的なのか、今回の衣装を見ると
ついそっちの方に注意が向いてしまう。
舞台衣装としては、パッとしない、こんな制服のような地味な印象で
どういう意図でこうなったのか、それについては詳しくは知らないが、
第1幕第5場でトリスタンとイゾルデがほれ薬を飲んで
話が全く違う方向に動き出すこの物語のその前後のギャップ、
現実と比較すれば、矛盾のような、皮肉のような、
その辺をあまり変化しない舞台と地味な服装で表現しているようでもある。
というのが写真の感想だが、映像を見ているわけではないので、
実際のところはどうなのだろうか?

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2006年2月 2日 (木)

バイロイト音楽祭2005

act1

バイロイト音楽祭のホームページより
第1幕の舞台写真である。
http://www.bayreuther-festspiele.de/

「トリスタンとイゾルデ」から第1幕を聞いている。
すでに何度か聞いて、大植英次の指揮による音楽は
前回あたりからすっかり私は気に入ってしまっているが、
今回CD-Rに焼いて、再びじっくり聞いていると
最初のときに感じたこと、それは
音質は悪いながらも無理にウェブラジオで聞いたとき、
そしてきちんとした音質で昨年末のFM放送で聞いたときに
まず思ったこと、オーケストラが中心になって
全体を引っ張っている、そのことを今回改めて感じつつ、
つまり第1幕の特に前半では、
どういうふうに書けばいいか難しいが、
オーケストラの鳴らし方がちょっと自分勝手に
舞台の上でのことや歌手がどのように歌っているかなど
あまり注意がいっていないような、そんな印象もある。
しかしこの勢いとか非常に前向きな姿勢で音楽が進行していくという、
私はすでにはまりつつあるので、聞けば聞くほどに魅力となって、
悪く考えるということはなくなってしまうのだが、どうなのだろうか。
この辺は音を聞いている分には素晴らしくて、
映像がないので、もし舞台の上で無理な展開があって、
その原因としてオーケストラに対する批判があったのならば、
詳しくはよくわからないが、音で楽しんでいる分には、
ここが限界であるようにも思う。

ということで、視覚的に少しでも知ろうと舞台の写真を見てみるが、
三幕を通して、基本的には同じ情景であり、
内装や照明のスタイルが変わる程度で、
第1幕の船の上の場面など、全体に大広間のような印象となっているから、
設定を変更して、新たに創り出していることは明らかである。
クリストフ・マルターラーの演出には、
はじめからかなり批判があったようだけれど、
この前の1990年代のハリー・クプファー演出には、
さらに激しいブーイングが集中していたので、
舞台としては、それほど挑発的ではないし、
やはりあとは内容次第ということなのだろう。
写真から想像できることにとどまるが、
もう少しこれから、いろいろ考えつつ、聞いていきたいと思う。

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2006年1月25日 (水)

バイロイト音楽祭2005

バイロイト音楽祭2005の「トリスタンとイゾルデ」
今日は第3幕を聞いている。素晴らしい。
年末に最初聞いたとき、とにかく第3幕が感動的だったのだが、
今改めてじっくり聞くと、第1幕と第3幕で何かが違うということはない。
もちろん後半に向かうにつれて、どんどん盛り上がってきているが、
やはり聞き進むうちに引き込まれていったのだろう。
しかし第3幕での魅力は何よりこの圧倒的な「冴え」である。
オーケストラと歌手のバランスという問題はあるのだろうが、
ここでのオーケストラの壮絶な力強さに
絶賛された歌手たちも最高潮にものすごい迫力、
凝縮の音楽には圧倒される。
オーケストラの響きが美しい。
軽いという印象はないが、独特の透明感が印象的である。
大植英次の美意識をはっきりと感じる。

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2006年1月24日 (火)

バイロイト音楽祭2005

昨日に続いて、バイロイト音楽祭2005の
「トリスタンとイゾルデ」から第2幕を聞いている。
素晴らしい。聞いているうちに私はすっかり
大植英次の「トリスタンとイゾルデ」にはまってしまった。

ライブドアの堀江社長が逮捕されたが、
これまでタレントのような活躍をしてきたし、
流行語大賞とか、選挙のときの注目度とか、
相当な人気者であったことは事実だと思うが、
今回の逮捕で世の中の反応はどうなるのだろうか?
手のひらを返したように悪人扱いをするのか?
私はご存知の通り、「構造強度偽装問題」でも
近年のIT関連企業の急成長でも
人の犠牲の上にのし上がってきた人は大嫌いなので、
というか、そんな人のことを好きな人はいないと思うが、
勝ち組といわれるIT長者たちに極めて批判的できているので、
まあそれは、そういうふうに振舞えない者の嫉妬なのだけれど、
しかしだからといって、無視したりはしない。
日本の社会がどう裁くのか?それはきちんと見届ける。
去年の衆議院選挙では志をひとつにした
小泉総理は「法律は守らないといけない」とか言っていたが、
もちろん法律は大切な基準ではあると思うけれど、
それより何より、人の道を踏み外した生き方をしてきたのか?
それこそが重大な問題だと私は思う。
報道では、堀江社長は実刑を免れず、
責任追及や損害賠償等で最終的に自己破産に追い込まれ、
つまりいったんはこれで破滅である。すべては終わりだ。
しかし堀江さんという人は、頭もいいし、
人並みはずれた強運、人の目を集める、まわりに人が集まる
という特別なキャラクターの持ち主である。
このまま消えるのか、またいつの日か復活して、
再び頂点にのし上がってくるのか?それは、
人としての道を正しく生きられるかどうかだと私は思っている。

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2006年1月23日 (月)

バイロイト音楽祭2005

昨年のバイロイト音楽祭を聞きはじめた。
もちろん7月25日の開幕公演
「トリスタンとイゾルデ」からである。
大植英次の指揮に批判があったのは事実だが、
改めて聞くと、素晴らしく感動的ではないか!
繰り返し聞くことで慣れてくるということはあるので、
最初に聞いたときの素直な感想の方が
本当は当てになるのかもしれない。
年末の放送で聞いたときに思ったことは、
後半に行くにつれ、どんどん素晴らしくなっていったのだが、
第1幕では、オーケストラの勢いが、
歌手を押しつぶしているような印象もあったのだけれど、
しかし今はあまりそういうことは気にならなくて、
とにかく充実した表現につい知らぬうちに熱くなってしまう。
そういう音楽であり、そういう演奏である。
聞けば聞くほどに感動的であり、
私は大植英次の「トリスタンとイゾルデ」は好きだ。
重すぎず、しかし隅々にいたるまで充足感に満たされて、
音楽の流れがしなやかであり、動きがあって、
最初に聞いたとき、第3幕では何となく気づいていたのだが、
非常に輝きがあって、強い光を放っているワーグナーである。
あえていえば、ここが個性的な主張であり、
大きな存在感であるとも思うのだが、
このワーグナーは、バレンボイムとも違うし、
レヴァインとも違うし、ティーレマンとも違っている。
簡単にいうと怒られてしまいそうだが、
この勢い、力強く音楽を進めていくところ、
そのしなやかな流れ、持続する緊張感、
その先に爽快感や達成感があるならば、
どちらかというとクライバーのタイプの演奏である。
クライバーの「トリスタンとイゾルデ」が好きな人には、
向くのかもしれないと少し思ってしまった。
第2幕第2場の前半、トリスタンがイゾルデの元に現れ、
激しく盛り上がっていくところなど、
ここでの演奏は壮絶を極めて、オーケストラのバランスも大きいが、
批評家にいわせるとここがうるさいのかもしれないけど、
この興奮と絶頂感、聞いていて、これがなかったら、
なんと色あせてしまうことだろう。
そしてその後にくる、トリスタンとイゾルデの愛の二重唱、
ワーグナーのあらゆる作品の中でも最も美しい音楽だと思うが、
このコントラストである。これがすべてである。
これからじっくり聞き込みたいと思うので、また詳しくは改めて。

「バイロイト音楽祭」に関する記述はホームページにもございます
http://homepage3.nifty.com/tsukimura/

ライブドアの堀江社長が逮捕されたようだ。
ニュースになっている。今夜はこれで持ちきりだ。
それ以上に明日、また大混乱になるだろう。東証…。
どうなるのか?それもまたよく見極めてから。

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2005年12月30日 (金)

バイロイト音楽祭2005

今日でバイロイトの放送は最終回であり、
いよいよ「パルジファル」である。
ブーレーズがバイロイトに登場するのも
今年で最後であり、注目の公演である。
クリストフ・シュリンゲンジーフの演出だが、
今年もまた激しいブーイングを浴びて、
音だけ聞いていても、なかなかのスキャンダルだ。

ブーレーズの指揮は、昨年以上に主張がはっきりと
力強い音と前進する推進力で統率していたが、
きっと昨年の演奏と比べると特別変えているところはないのに
(ブーレーズはそういう指揮者である)
しかしいま今年の演奏を聞いて、より素晴らしく感じられるという
それはやはり演奏の魅力であり、ブーレーズの存在であると思う。
第3幕の後半でどんどんテンポを上げて、
流れるように音楽を完成させていくあたりは、
ブーレーズならではであり、今年も独特であった。

今後詳しく音楽を聞く前に、あえてここで
客観的なデータとして演奏時間を比較すると
テンポは昨年よりも速くなっているようだ。
2004年: 94分+61分+67分=約222分
2005年: 92分+59分+65分=約216分
おおよその数字だが、各幕で2分ずつ短い。
これらの前の最も新しい公演で
2001年のティーレマン指揮の演奏が、
たしか250分ぐらいだったと記憶している。
その前年2000年のエッシェンバッハ指揮の公演は放送されず、
詳しくはわからないのだが、かなりのスローテンポだったようで、
参考にハンブルクNDR交響楽団の2004年4月2日の演奏会で
第3幕(演奏会形式)の演奏時間を見ると約80分である。
ブーレーズはエッシェンバッハよりも15分早い!
バイロイトの記録の中ではっきり時間が出ているもので
おそらく最も長いと考えられるのが、
1986年のジェームズ・レヴァイン指揮の278分である。
ブーレーズの方がレヴァインよりも62分早い!
先日の真峰紀一郎さんのお話の中でも
「ブーレーズはエッシェンバッハより1時間早く終わります」
といっておられた。
ちょっと面白かったので、書いておくことにした。

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2005年12月29日 (木)

バイロイト音楽祭2005

年末ということで何かとあわただしく、
夜はひたすらバイロイト音楽祭であり、
最近はCDを聞く時間がないが、
今日の放送は歌劇「タンホイザー」。
ティーレマンの最後の「タンホイザー」である。
フィリップ・アルローの演出は、
今年の「ローエングリン」のように、何年かして、
また復活するという可能性もありそうだが、
ティーレマンは来年からリングなので、
指揮者は変わるだろう。
来年に大きなプロジェクトを控えているので、
「タンホイザー」のことはそれほど気にしていなかったが、
改めて今年が最後と思うとやはり残念である。
ティーレマンの「タンホイザー」の素晴らしさは圧倒的であり、
今年もまた完成度の高さと自信に満ちた安定感、
昨日の真峰紀一郎さんのお話ではないが、
やはりバイロイトでのティーレマンの存在は格別である!
「タンホイザー」において、ここまで深く、心の底から
吹き上がってくるような熱い感動を体験するということは、
そうはないであろう。陶酔の響きが存在している。

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2005年12月28日 (水)

バイロイト音楽祭2005

今日のバイロイト音楽祭の放送は、
「さまよえるオランダ人」なので、
時間も短く、ちょっと一息である。
音楽は11時半よりも前に終わるだろうということで。
その後、ゲスト出演が予定されていて、
詳しくは確認していなかったのだが、
評論家による今年の公演の講評かなと
話も楽しみにしていたのだが、そうしたら、
バイロイト祝祭管弦楽団のヴァイオリン奏者
真峰紀一郎さんがゲストだった。
普段はベルリン・ドイツ・オペラに所属しておられるが、
夏のバイロイトへの出演は、1973年からだそうである。
興味深い話ばかりで興奮してしまった。
1973年からということは、今回は話に出なかったが、
クライバーの「トリスタンとイゾルデ」でも弾いていた
ということだろうか?
もっともっとずっと話を聞いていたかった。
1983年のショルティの「指環」なども話題に上ったが、
やはり特に印象的だった話は、
今年は「ローエングリン」でペーター・シュナイダーが久々に登場し、
その成長ぶり、圧倒的な素晴らしさについて語られた。
そして最も人気があるティーレマンについてである。
来年はいよいよ新演出リングがはじまるので、
注目されているが、オーケストラのメンバーからも信頼され、
何より奏者たちが期待し、楽しみ、夢中になっているわけで、
やはりそれはそれは感動的なリングへと仕上がることであろう。
演出については、今のところ情報は
ないが…。
今年はリングがないので、やはり寂しいが、
しかしその分、来年への期待も高まり、
聞く側にとっても、今年のような休みの年は重要となろう。

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2005年12月26日 (月)

バイロイト音楽祭2005

年末恒例の今年のバイロイト音楽祭の放送がはじまった。
詳しくはいずれ改めてじっくり聞きなおしたいと思っているが、
今年の新演出「トリスタンとイゾルデ」を聞いて、少しだけ。

大植英次の指揮はいきいきとした表情を作り出して、
オーケストラがよく聞こえてくる。
音楽がすごくよく心に響いてくる。
そこを肯定的に聞くならば、本当に素晴らしい。
しかしその一方で歌とのバランスを考えると
オーケストラが目立ちすぎなのかもしれない。
ドイツだが、どこだったか?批評に書かれたという
例の「騒音と化したオーケストラ」というのは、
この印象のことをいっているのか?どうなのだろうか。
近年のバイロイトでティーレマンやアダム・フィッシャーの演奏を聞くと
オーケストラは同じくよく鳴っているが、
歌手と親密に寄り添って、歌を妨げたりはしないし、
必然的ともいえる調和の中にすべてが成立している。
今回の公演では、歌手は絶賛されている通り、
素晴らしい歌声が聞こえてくるが、
オーケストラに溶け込むどころか、
競い合っているような、張り合っているような、
なんだかそういう印象もなくはない。
というのが、第1幕であった。
でも、まあ新演出の初日の公演だし、
指揮者も歌手も気合が入って、
元気にやっているではないかとそういうのも思うのだが。

しかしその辺のバランスのことや声を張り上げていることも
後半に向かうにつれて気にならなくなって、
特に第3幕では、響きもしなやかになって、
勢いだけではない、精妙な表現が中心になって、感動的だった。
第3幕の充実は圧倒的だったと私は思う。
ワーグナーの音楽からキラキラと輝かしい音を引き出して、
夢見るような、ひたすらワーグナーに陶酔する時間、
ここに到達するなんて、やはりバイロイトである。
そこに大植英次の存在があるなんて、
同じ日本人であることを私は誇りに思う。
バイロイトでは久々の新しい「トリスタンとイゾルデ」ということもあるが、
(1980年代から90年代はずっとバレンボイムが指揮していた)
とにかく興奮する。新しい響きがある。
大植英次が指揮した今年の「トリスタンとイゾルデ」
私はこの録音を宝物としたい。

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2005年12月25日 (日)

バイロイト音楽祭2005

いよいよ明日から今年のバイロイト音楽祭の放送がはじまる。
例年は12月25日からだが、今年は「ニーベルングの指環」が
お休みの年なので、26日からである。
明日は7月25日の開幕の公演から
大植英次指揮の新演出「トリスタンとイゾルデ」
その後公演順に「ローエングリン(7/26)」
「さまよえるオランダ人(7/27)」「タンホイザー(7/28)」
「パルジファル(7/29)」と続く。
今年は演奏時間の長い作品がないので、
すべて放送は午前1時で終了であり、ちょっと気が楽だ。
「パルジファル」は通常長い(250分程度)のだが、
今年もブーレーズの指揮は快速に昨年以上の速さで
第1幕が91分、第2幕が59分、第3幕が64分である。
最も神聖で厳粛に、美しい音楽が流れる作品なので、
どういう展開を聞くことができるのか注目だ。

今晩はどれかCDを一枚聞いて感想も書こうかと思っていたのだが、
明日からの一週間が一年で最も重要な日々であり、
風邪など絶対にひけないので!今日は早寝することにした。
明日から夜更かしの日々である。
全国のワグネリアンのみなさん、
寝不足に負けずにがんばりましょう!!
気合を入れて、ワーグナーに酔いしれます。

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2005年11月21日 (月)

バイロイト音楽祭2004

2004年のバイロイト音楽祭も最後の演目
「さまよえるオランダ人」である。
クラウス・グートの演出に関して
この上演では「ゼンタの救済」がない、それによって
「すべてはゼンタの幻想にすぎなかった」という演出が現れたのだろう
幻想では救済のしようがないということで
それについては以前に書いたが、
しかしワーグナーのヒロインでは、
エリーザベト、イゾルデ、ブリュンヒルデ、…、いろいろ出てくるが、
その中でも「オランダ人」のゼンタは、ちょっと変わっている。
この勝手な思い込みや自分のことしか見えていない部分で、
ここでの演出のように心理劇みたいな展開も生まれてくるのだろう。
「パルジファル」のクンドリーもまた、その強烈さでは負けていないが。

マルク・アルブレヒトの指揮はきびきびしていて、私は好きだが、
でもそれゆえに、オーケストラの響きが、
ちょっと肉薄のような印象も受ける。
豊かな響きではなく、どちらかといえば脂肪分の少ないワーグナー。
この肉薄で機能的によく動き回るワーグナー演奏は、
非常に今日的な感じを受けるが、
保守的なワグネリアンならば一言いいたいだろうけど、
しかしマルク・アルブレヒトのことって、あまり問題にならない。
というよりもこの演目は順調のようである。
クラウス・グートの演出が評価高いからではないか。
演出がこけなければ、これで(このまま)行こうというようなことになりそうだ。
今年の「トリスタンとイゾルデ」だが、まだ聞いていないのでわからないが、
しかし演出に批判が集まらなければ、
大植英次の指揮でそのままだった気がする。
来年は「指環」の新演出も控えており、
例年以上に練習不足での上演が余儀なくされる
その意味でもバイロイト経験の豊かなペーター・シュナイダーが選ばれた
という説明もよくわかるが、しかしアダム・フィッシャーも
バイロイトの音響に慣れるまでには時間がかかったそうだし、
あのティーレマンでさえも「タンホイザー」の新演出の年(2002)には、
オーケストラに対して、結構批判に近い意見もあったと記憶している。
今ではもう誰もティーレマンの悪口なんていいそうにないし、
とにかく大植英次の指揮が聞けないのは本当に悲しいことである。
それも今年のバイロイトの放送をまだ聞いていないというので
そういう思いが強くなってしまうのだが、
しかしウェブラジオ(音質的には厳しい環境)で聞いた限りでは、
私はかなり楽しみにしている。
どちらにしても日本の「年末バイロイト」はまもなくである。

マルク・アルブレヒトの「オランダ人」は来年も聞ける予定なので、
2003年も2004年も素晴らしかったし、このままの好調で進んでほしい。

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2005年11月 8日 (火)

バイロイト音楽祭2004

バイロイト2004年の最後の演目
「さまよえるオランダ人」の一回目を聞き始めた。
ちょうど今、第二幕に入って、
紡ぎ歌の場面を聞いているところである。

ここでのクラウス・グートの演出というのが、
詳しくは覚えていないのだが、
すべてはゼンタの幻想であった
つまりはオランダ人などいなかったという
そういう結末に導いていたというのを聞いた気がするのだけれど、
(よって全体は同じ舞台、ダーラントの家の広間で展開される)
心理劇に仕上がって、この演出は最初の年から好評のようである。
たしか憧れのオランダ人の存在を
ゼンタは父ダーラントに重ね合わせたというような展開だったと思う。
しかしオランダ人の存在を心の中の幻影としてしまうなんて、
かなり大胆な演出だと思うのだが、
それがドイツの保守的なワグネリアンたちに受け入れられるというのも、
この「さまよえるオランダ人」のかなり特殊なストーリー展開ゆえにだと思う。
ゼンタがいかなる心理状態だったのかというのは、
かなり理解に苦しむところがある。
会ったこともない、さまよえるオランダ人の肖像画に対して、
自分こそがオランダ人を救い出すのだと勝手に思い込んで、
その執着ぶりは、常識的に考えて、ちょっと変わった人である。
しかしそれゆえに、ここでのクラウス・グートの演出が出てきて、
ピッタリはまってしまうということなのか。
私は演出の表面的な報告のみしか知らないので、
もっと奥深いものがあってのことかもしれない。
しかしひとついえることは、オランダ人は幻想の中での存在だったので、
この舞台の最後の場面では、ゼンタの救済はないのである。
初演版による上演で、当初はゼンタの後追いにより
オランダ人が救済されるというのがなかったそうだが、
この初版での上演を正当化する意味でも、
ここでのクラウス・グートの演出が登場してきたということなのであろう。
詳しくはまた今後じっくり聞き進む中で考えてみたい。

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2005年10月26日 (水)

バイロイト音楽祭2004

バイロイト音楽祭2004のニーベルングの指環も
いよいよ「神々の黄昏」第3幕を聞いている。
昨年末のFM放送の録音を繰り返しながら
これまで順番にこつこつ聞きこんできたが、
ニーベルングの指環は、内容の深まりはもちろんのこと、
この壮大な規模だし、音楽史上における
最高の傑作であるといってもいいのではないか。
というのは、ワーグナー好きの人限定の話で、
広くはいろいろな意見がありそうだが、
私はそう思っている。

「神々の黄昏」第3幕は、リングのこれまでのまとめも含んでおり、
そこがまた、聞いていて、最後になんともいえない気持ちにしてくれる。
ジークフリートの角笛にはじまって、その存在が明確に表現されるが、
その後にラインに関係した主題が流れはじめて、
登場するのはラインの乙女たちである。
「ラインの黄金」の前半部分が懐かしく、
ニーベルングの指環を聞き始めたときの
あの新鮮な喜びをここで再び思い出す。
そして第2場へ進むとこれまたハーゲンの陰謀により、
魔薬を飲まされて、ジークフリートの失われていた記憶が、
順番に思い出され、それらを語りだす。
ここでの音楽は「ジークフリート」の第2幕でのものであり、
ミーメとの滑稽なやり取りや大蛇との戦い(冒険)などを思い出しつつ、
しかし物語は刻一刻とジークフリートの死へと向かっているわけだが、
ここでの音楽はこの上なく透明な響きで美しい。最高である。
ジークフリートはハーゲンの復讐に倒れるが、
ブリュンヒルデへの告別の言葉を述べて、
そこの音楽がまた、何ともいえなく切ない気持ちになるのである。

クリスティアン・フランツの声を聞いていると
思い出してしまうのは「トーキョー・リング」のときの
スーパーマンのトレーナー姿なのだが、
ジークフリートのまっすぐでそれゆえにまわりのことが見えていない
(後ろを見ないのでハーゲンの槍に倒れるのだが)
そういうところ、イメージの話だけれども、本当に素晴らしいと思う。
一方でブリュンヒルデのエヴェリン・ヘルリツィウスも
この人はシノーポリの大抜擢によってバイロイトに来た
という記事を以前に読んだことがあるが、
第3場の後半「ブリュンヒルデの自己犠牲」での凛々しい姿、
これはブリュンヒルデの本来の部分、聡明で強い意志をもち、…、
そういう部分を取り戻し、ジークフリートとの対比となっているが、
迫力があって、やはりここでの顔ぶれって最強なのではないか。

ジークフリートの死の後も、これはニーベルングの呪いによるものなのか、
さらにグンターもハーゲンの剣によって倒れ、
「ラインの黄金」で指環を手にした巨人族の兄弟、
ファフナーとファゾルトが殺し合いをはじめたところから
最後の最後まで血生臭い憎しみと争いの物語である。
しかしすべてはライン河の洪水に飲み込まれ、
最後はワーグナー的にいう「救済」により平和に満たされるので、
音楽は素晴らしく、感動的なフィナーレだ。
この幸せな満足感があるので、何度も何度も繰り返して聞くのである。

ユルゲン・フリムの演出では、2000年の最初の年は、
ライン河にすべてが飲み込まれ、何もかもが失われた後に、
少年が現れ、ジークフリート亡き後、その子供が新たな英雄に育つ、
つまりパルジファルの存在を暗示しているのだが、
その話を聞いたときに、私は素直なので、面白いなと思ったのだが、
これは不評だったそうで、翌年には削除されてしまったそうである。
仕掛けは必要なのだが、見え見えのおせっかいは邪魔のようで、
ワーグナーの演出はすぐに問題となるので、難しい。

しばらく休憩して、11月にはバイロイト音楽祭2004の
残りの最後の演目「さまよえるオランダ人」を聞こうと思っている。

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2005年10月22日 (土)

バイロイト音楽祭2004

今日は引き続き「神々の黄昏」から第2幕を聞いている。
ニーベルングの指環のこれまでの印象と比べると
「神々の黄昏」第2幕はちょっと感じが違うのだが、
ここから後半は合唱が登場して、
特に第2幕では、結婚式を祝う合唱が大活躍するので、
大いに盛り上がって、すごい迫力である。
しかしリングの舞台というのは、
配役のひとりひとりに重要な言葉が託されており、
余分な脇役など一人もいなくて、
動きやひとつひとつの言葉に主導動機が絡んで、
緻密な構造で室内楽的な効果が圧倒的であり、
その辺が最大な魅力のようにも感じられるが、
その点では、ここでの第2幕は、合唱が騒いでいると
そこらの普通のオペラと変わらなくなってしまうような気もする
そんなことも最初の頃は思っていたのだが、
ブリュンヒルデの言葉に合唱が反応したり、
それにジークフリートが答えたり、
舞台の上で明確な関係性が成立しているのであれば、
かえってそこにも面白さが発見できそうで、
最近はすごく興味をもって聞くようになってきた。
まあ、あまり考えて聞かなくても
素直にいくなら、ここでの盛り上がりはたいへんに感動的だし。
第3幕はこれまた非常に透明感のある音楽で、
「ニーベルングの指環」を総括するような部分もあり、
俗っぽい部分も認めて、ここでの第2幕が、
物語の展開も音楽の盛り上がりでも
最高のピークが形成されているのかもしれない。

くどいけど、2004年のリングは素晴らしい!
音楽も(おそらく舞台も)物語が進行する上で
全く迷いなく、停滞なく、まっすぐに進んでいる。
テンポが速いというのではない。
どっしりと重厚だし、よく鳴っているし、
これは密度の高さだ!
2000年以降、ユルゲン・フリム演出による
このプロジェクトも5年目で、ここまで来た!
考えてみると本来はシノーポリの指揮だったので、
極めてユニークな展開になったとしてもおかしくなかったわけで、
しかし結果的には、アダム・フィッシャーの登場で危機を乗り越え、
終わってみれば、誰もが納得の充実の極みとなって、
それは第2幕が終わった瞬間におこる
会場からの心のこもった拍手にも示されている。
あとは残すところ、ついに「神々の黄昏」第3幕だけだ。

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2005年10月20日 (木)

バイロイト音楽祭2004

バイロイト音楽祭2004のニーベルングの指環から
「神々の黄昏」の序幕と第1幕を聞いている。
序幕の部分には有名な音楽があふれていて、
夜明けの情景の後、ジークフリートとブリュンヒルデが登場し、
ジークフリートは指環を贈り、ブリュンヒルデは愛馬を差し出し、
それによって愛の証として契約が成立するが、
そのすぐ後(第1幕第2場)には、
今度はグートゥルーネとの結婚、そして
グンターとの義兄弟の誓い(偽りのもの)をかわし、
ブリュンヒルデとの愛は薬によってその記憶が失われるという、
なんとも悲劇的、というより皮肉な展開だが、
音楽は美しく、愛好家(ワグネリアン)にはたまらないのである。
音楽でいうと私はやはり「神々の黄昏」が最も好きなのだが、
うっとりの場面があふれて、充実の極みである。

序幕と第1幕をつなぐのがこれも有名な
「ジークフリートのラインの旅」と呼ばれる間奏曲で、
ここでの演奏がもう極楽的に美しい。
なんて書くと誤解を招きそうだが、ご存知の通り、
音楽は激しく盛り上がり、雄大な広がりのある
ワーグナー音楽のあらゆる要素が理想的に結晶化されているような
そんな音楽だが、アダム・フィッシャー指揮のバイロイト祝祭管弦楽団は、
研きぬかれた響きでいきいきと、そしてきびきびと自在に動き回り、
音楽の流れは、あくまでもつややかに感動的である。
バイロイト音楽祭のリングを指揮して、
「ラインの黄金」から「神々の黄昏」へここまで来ると
やはり特別な思い、気持ちの高揚があるのではないかと
勝手ながら推測してしまうのだが、いかがなものなのだろう?
計り知れないものがある。
もちろん何回もリングのサイクルをこなしているわけだけれど、
しかし毎回、それぞれに驚くべき高揚が存在して、
それは演奏者が生み出すもの、というよりも
ワーグナーの音楽にすべてが支配されているような
聴衆も含め、ワーグナーに操られているような、
そういうところがあるのではないかと、私は感じているのだが、
これは本当にすごい。ため息がもれる。

アダム・フィッシャーはウィーン国立歌劇場でもリングを指揮しているが、
ウィーンは世界の歌劇場の最高峰といっていいのではないかと思うけど、
それらに比べ、バイロイト音楽祭というのは、
演奏者にとっては、どういう思いが込められているのだろう。
ヴェルディにとってミラノ・スカラ座があるように、
ワーグナーの場合には、バイロイト祝祭劇場が存在するので、
必ずしも「ウィーンが最高」というのは当てはまらないような気もするのだが、
ここでの「神々の黄昏」を聞いていると、
そういうことをはっきりと実感できるような充実した空間に満たされる。

第1幕第3場で面白いと思うことがあるのだが、
ブリュンヒルデはジークフリートから贈られた指環に見とれて、
ワルトラウテ(ワルキューレのひとり)に
神々の黄昏が近い警告の内容を告げられても耳を貸さずに
ついには「神々の幸福よりも愛が大切だ」とまでいう。
ブリュンヒルデはワルキューレの中でも最も賢く、
自分を犠牲にしてもウォータンの真意を貫こうとした
神々の意向に最も忠実に行動するワルキューレ、
「ワルキューレ」において、そういう存在だったのだが、
「ジークフリート」の第3幕で目覚め、神としての位を失い、
ジークフリートとの愛によって、ここではひとりの人間の女性なのである。
愛の力によるものなのか、ここに描かれる神々と人間の対立構造は面白い。
神々という存在を創り出すことによって、
「人間はこういうものだ」というワーグナーの考え方が
より強調されて伝わってくるような気がして、興味深い。

しかしブリュンヒルデがここまで一途に
ジークフリートのことを愛している間に
第1幕第2場では、ジークフリートは、
ハーゲンによる陰謀により魔薬を飲まされたとはいえ、
今度はグートゥルーネにうっとりして、愛を語っているわけで、
全くジークフリートとは、「どこが真の英雄なんだよ!」って
突っ込みを入れたいとこだが、
ここにもワーグナーの「男なんてこんなものだよ」という
そういうメッセージも伝わってくる。
ワーグナーの人生観とはあまりいいたくないが、
人間観察の結果は示されているのだろうか。
皮肉な展開だが、これまで神々を中心とする物語だったのが、
「神々の黄昏」になって、人間の物語となっていることを
そこに示しているのである。

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2005年10月 5日 (水)

バイロイト音楽祭2004

バイロイト音楽祭2004のニーベルングの指環を
ラインの黄金、ワルキューレ、ジークフリートと聞いてきたが、
9月はずっとステレオを修理に出していたので、
「神々の黄昏」をやっとここで再開して聞いている。
ひと月ぶりにワーグナーを聞くと、
何ともいえない幸福感がこみ上げてきた。
やはりワーグナーは特別だ。

「神々の黄昏」の音楽は素晴らしい。
でもストーリーはというと、ひどい話で、
騙し合い、憎しみ合い、裏切り、呪いと復讐、
登場人物は次々に倒れ、
この結末はすべてが終末を迎えることにより、
元の秩序が回復されるというような悲惨な展開である。
しかしそのマイナスな要素の集合体にあって、
ひとつひとつを解き明かしながら聞く音楽は、
最高の面白さと充実感に満たされているのである。

「神々の黄昏」第1幕の前におかれた序幕は、
「ジークフリート」第3幕の延長であり、
つまりは「ワルキューレ」の第3幕と
「ジークフリート」第3幕第3場と同じ舞台であり、
音楽もまた、これまでの流れの上に成立している。
しかし第1幕がはじまると場面は変わり、
「神々の黄昏」のその後はギービヒ家を中心とする場面で展開し、
配役もグンター、ハーゲン、グートゥルーネの3人に
ジークフリート、ブリュンヒルデが加わる形となって、
主導動機もかなり変わり、新しい動機も加わり、印象が変わる。
「ニーベルングの指環」は誰が主役なのか?
というのは判断が難しく、善も悪もない、敵も味方もない
というような、そういう傾向にあるが、
しかしそれにしても、ハーゲンは、
ニーベルングの呪いの原因でもあるアルベリヒの息子であり、
復讐に燃え、そして復讐を成し遂げる役柄でもあって、
限りなく黒に近い役柄である。
そんなハーゲンの謀略が「神々の黄昏」の筋書きそのものであり、
とにかくひどい話の展開なのだが、
しかしここで流れる音楽は、なんとも透明な響きであり、
美しく、清らかな流れなのである。
作曲技法も高度を極めていると思うのだが、
様々な主導動機が複雑に絡み合い、
ひとつひとつを理解しながら聞こうと思ったら、
音楽をぶつ切りにして聞かなくてはならない。
解析しながらの鑑賞は極めて困難だ。
「神々の黄昏」のストーリーは、あまり好きではないが、
音楽はとにかく感動的であり、最高であると思っている。

「神々の黄昏」のストーリーの中にも
いろいろ面白いテーマがあり、
これから少しずつ考えをまとめていきたい。
しかしバイロイト音楽祭2004の指環の演奏、
アダム・フィッシャーの指揮は感動的である。
素晴らしい!充実の極みだ。
自然な流れの中にこうあるべきだというのが感じられる。
作為的な部分がなくて、膨大な内容が不思議なぐらいに
見事な調和の中にまとめ上げられている。
先日はアダム・フィッシャーのバルトークを堪能したのだが、
やはり私にとっては、こうしてワーグナーを聞いてしまうと
アダム・フィッシャーのワーグナーをもっと聞き続けていたいと
どうしても思ってしまう。

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2005年8月30日 (火)

バイロイト音楽祭2004

「ジークフリート」もいよいよ第3幕まで来た。
この第3幕はもう「神々の黄昏」にしっかり結びついて、
ここから一気に「ニーベルングの指環」も
完結に向かって盛り上がっていくと思う。
聞いていると自然にそういうのを音楽の中に感じるのだが、
話の中にもいくつかそれを示す要素を見つけることができる。

まず第1場のさすらい人(ウォータン)と智の神エルダのやり取りで
エルダは「ジークフリートとブリュンヒルデがニーベルングの呪いを解放し
指環をラインの乙女たちに返すであろう」と予言して、
ウォータンの意向に反して、「神々の没落」を暗示する。
「神々の黄昏」におけるこれからの展開がすでにここで示されている。

また第2場で小鳥に導かれてジークフリートが登場してくるが、
先日も書いたとおり、ここでのジークフリートは、
もはや第2幕までの彼ではないのである。
戦いに勝ち抜いて、勝利における孤独を知り、
成長したジークフリートは妻を娶る資格を得た
ということをあらわしているのだろうか。
バイロイトとは関係ないが、
以前キース・ウォーナー演出の「トウキョウ・リング」で
非常に感激したことがあって、
それまでの幼稚なジークフリートは、
ジーパンにスーパーマンのトレーナーを着て暴れまわっているが、
小鳥からブリュンヒルデの存在を聞くと
身支度を整え、女性を迎えに行くということで
しっかりジャケットを羽織って、出発するのである。
それによって、子供のジークフリートが、
大人の男性に成長することが表現されていて、
スーパーマンのトレーナーからジャケットへというのは、
本当に鮮やかな展開であった。
ちなみに東京でのジークフリートも
バイロイトと同じくクリスティアン・フランツである。

第3場からは再びブリュンヒルデが登場して、
ここから「神々の黄昏」まで舞台の中心人物となっていくが、
「ワルキューレ」のときと違うのは、ここからのブリュンヒルデは、
ワルキューレの資格を失い、つまりもはや神々ではなく、
ひとりの人間の女性なのである。

さらにあげれば、ウォータンは第3幕第2場で
すべてをジークフリートに託し、この後は登場しない。
ジークフリートの目は、ウォータンの片目であり、
ジークフリートはウォータンの身代わりというわけだが、
「神々の黄昏」におけるジークフリートの死と
最後の場面で天上のワルハラ城が炎で燃え落ちるという背景のみで、
神話における神々ではあるが、ワーグナーも
神々の終焉を直接的に描くのは避けたのかもしれない。

音楽も緻密で室内楽的だった第1幕、第2幕に比べると
第3幕は圧倒的に雄大であり、明らかに違って盛り上がっていく。
そういえば、この第3幕ではニーベルング族が誰も登場しないので、
主導動機の点からもブラックなテーマが消え、ひたすら美しく展開する。
第1幕、第2幕は、「ニーベルングの動機」にのって、
「呪い」「憎悪」「大蛇」といった不気味なテーマが常に鳴り響いていた。

少し休む予定だが、9月にはいよいよ、
バイロイト音楽祭2004の「ニーベルングの指環」から
「神々の黄昏」を聞きたいと思っている。

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2005年8月26日 (金)

バイロイト音楽祭2004

引き続き「ジークフリート」の第2幕を聞いている。
ここまで来ると「ニーベルングの指環」も
いよいよ後半へ向かうなって、いつも感じる。
この第2幕がなぜか昔から大好きで、
森の情景、特に夜明けの場面
つまり「森のささやき」がお気に入りなのは間違いないが、
しかしここでのジークフリートは、
大蛇(ファーフナー)を殺し、そのすぐ後、ミーメを殺して、
よくもまあ、次々と…って、笑ってしまうが、
しかし実際、生きるか死ぬかの展開だし、
とはいっても、これまで自分を育ててくれたミーメをあっさり殺して、
それも何の躊躇もなく、これで「真の英雄」なのだろうか?
って思ってしまうが、まあ物語である。
先に仕掛けたのはミーメだって?そうだし。

それはいいとして、今日は演奏について。
アダム・フィッシャーのリングは本当に素晴らしい。
まあ、様々な批評の通り、良くなったというのが正しい。
2001年のときは手探り状態だったと思う。いま思えば。
2001年から2004年まで、毎年3サイクル、
3×4=12で、バイロイトで計12サイクル指揮したことになる。
その間、他にもマンハイムとウィーンで指揮しているそうで、
アダム・フィッシャーのこの数年は、
おそらく朝にも晩にもリングとの生活だったに違いない。
と書いたら、他にも様々なコンサートをこなしているわけで、
そんなことはないって、怒られてしまうかもしれないが、
しかしリングがいかに重要な位置を占めていたかということは、
容易に想像のできることである。

本当にずいぶん変わったという印象がある。
例えばこの「ジークフリート」第2幕。
2001年のときは、82分ぐらいだったように記憶している。
演出上の問題でシノーポリのテンポ設定を引き継いでいるのか?
そういうことがあるのかどうかはわからないが、
2002年は80分だったか?2003年の段階で79分弱?
そしてこの2004年の演奏では76分50秒ほど。
早くなっている。しかしそういう印象はない。
というよりも、手馴れた、無駄がなくなった
というのが正しいのだろう。とにかく迷いがない。