2016年4月 3日 (日)

ザハ・ハディド死去

3月31日、ザハ・ハディドが亡くなった。65歳。
「マイアミの病院で心臓発作のため死去」
このニュースには驚かされた。こうなってみると
いろいろな意味で、新国立競技場の設計が
白紙撤回されていて、よかったのかもしれない。

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正直な話、コンペ案が最初に発表されたとき
このCGは衝撃的だった。その衝撃のままに
この通りに完成していれば、世界に誇れる…
最先端の建築が実現されたのかもしれない。
しかしその後、変更が重ねられ、跡形もない
みっともない案に塗り替えられてしまったので
それでは納得できないし、価値も失われた。
計画の変更を説明する場にザハ・ハディドが
姿を現したことがないし、修正案にどれだけ
関わっていたのか知らないが、全くの別案だ。

我々が学生だったときにポロ・アンド・ムサヴィの
横浜港の大桟橋客船ターミナルが同じように
建設不能と予算オーバーで頓挫していたのだが、
西洋建築史の吉田鋼市先生が授業の中で
(当時は横浜国立大学助教授)、「赤字になっても
ニュースになって、観光客がどっと来るのだから
巨大な経済効果を生み出して、建築というものは、
何が何でも作らなければいけない…」とおっしゃって、
それはおそらく…ヨーロッパの大聖堂の建設など
そのときは無謀な行いと思われても乗り越えることで
人類にとっては偉大な成果が得られることもある…
そんな話題からの脱線だったのではと思うのだが、
その後に大桟橋客船ターミナルは、ワールドカップの
開催に合わせて、無理やりに(建設費の追加予算が、
当時の横浜市議会で大問題になった)実現されて、
しかし現在も横浜の人気観光スポットになっているし、
ドラマやCMでもよく撮影に使われて有名なのである。
時間が経って、いまさら建設費の高騰に文句をいう人も
いないわけで、横浜を代表する名建築のひとつなのだ。

あとこれも学生だった頃の話だが、ザハ・ハディド、
それに有名なのがダニエル・リベスキンドだが、
ペーパー・アーキテクトとして、実現性のない建築、
建設不能な空想の建築ばかりを考えている…
というイメージがあったので、その後、いくつも
プロジェクトは実現しているのだけど、違和感もあり、
東京では潰れたというと…それだけの飛躍した
アイデアだったのかな?とは思ってしまった。
でも経済が許せば、技術的には実現したと思うし、
東日本大震災、原発事故以降の自粛ムードの中で
時代に即さない建築としては、不運でもあったと思う。

おまけ
ふと思い出したのが、事務所での雑談で
石井和紘さんが、大桟橋客船ターミナルのことを
「あれはゴルフ場だよ」といっておられた。上手い!

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2011年7月12日 (火)

鉄筋の建物は存在しない!

「鉄筋コンクリート造」の建物のことを
よく一般の人は「鉄筋の建物」というが、
ちょっとそれは、私は抵抗を感じる。

「鉄筋コンクリート造」のことを「RC造」といい
それは「Reinforced Concrete」の略である。
日本語に直すと「補強されたコンクリート」。
つまり「鉄筋で補強されている」ということである。
コンクリートの弱点である「引張りに弱い」性質を
逆に「引張りに強い」鉄筋が補うという
コンクリートと鉄筋のよい点を組み合わせた構造。

その「鉄筋」とは、断面の直径が10mmとか13mmとか
16、19、22、25、…、よく見かけるのはこの辺か?
特別に太いのでは41mmとか51mmもあるそうだけど
そうした鉄筋を用いて、「鉄筋の建物」というと
虫カゴのようなものを連想してしまう。
鉄筋で組み上げた箱なんて、柔で…ぐらぐら揺れて、
もし火事に見舞われたら、あっという間にぐにゃぐにゃだ。
「鉄筋コンクリート造」を省略して「鉄筋」というのはおかしい。

それが…先日放送されたNHKの番組の中で
「地震による液状化現象」を特集した番組だが、
津波の際に避難場所としても重要となる
鉄筋コンクリート造のビルのことを「鉄筋ビル」と繰り返し、
出演していた役所の担当者も「鉄筋ビル」と表現して…
これはおかしいのではないか?私は気持ち悪い。
「鉄筋コンクリート造」は「鉄筋コンクリート造」である。
長くていいにくいのかもしれないけれど、
建築の関係者は、その場合に「RC」という。
「鉄筋」と表現する人は、建築の人間にはいない。
少なくともNHKは、正確な表現をした方がいいのでは?
専門家の監修なしに表面をなぞるだけの取材で番組を放送するのは、
テレビというのは影響力が大きいだけに危険である。

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2011年7月 5日 (火)

東京にて…耐震強度が心配

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上野界隈の下町地区で歴史と風情を感じる建物。
外壁は煉瓦風のタイル張りで下地はモルタル塗り?
屋根は瓦で…造りからすると木造なのだろう。
古びた色合いと控えめな装飾が味わいであり、
以前から好きで…前を通っては気にしていたのだが、
それが3月11日の地震
で大きな被害を受けたようなのである。
震災直後から屋根にブルーシートをかぶせたままで
瓦が動いて…割れたり、落ちたりしたのではないかと。
戦後まもなくに造られたとか…昭和30年前後の建物とか…
詳しいことはわからず、時代を特定するような情報はないが、
このように瓦屋根が打撃を受けるとは相当に揺れたはず。
東京は「震度5強」として、しかし周囲の建物は、
外見上では全く被害はなく、特に最近の建物は無傷であり、
残されている古い建物だけが被害を受けている。
耐震強度が十分に確保されていないのである。
震度5の地震でこの被害だと震度7では倒壊の恐れあり。
こうした昭和初期の趣を今に伝える建物は
ぜひ今後も守っていきたいところだが不安だ。
巨大地震に備えて、耐震補強を考えてほしい。

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2011年3月11日 (金)

新築住宅の見学会

今日は杉並区の井の頭線久我山というところへ
昔一緒に働いていた先輩の設計による新築住宅の見学会。
metis (筒井紀博空間工房)
12時に家を出て、13時30分には久我山へ。
相鉄・小田急・京王井の頭線を乗り継いで
往きは順調に行けたのだが…

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すごくいい住宅で、空間めぐりは楽しく、
写真もたくさん撮ってきたのだが、
実に有意義な見学会だったのだが…
この直後に発生の巨大地震の恐怖で
記憶が飛んでしまった。

この後のことは、明日申し上げることにいたします。
つづく

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2010年9月 1日 (水)

葉山の山口蓬春記念館

今日は両親と先祖の墓参りに鎌倉の墓地に出掛けて
少し足を延ばして、葉山の山口蓬春記念館に行ってきた。

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神奈川県立近代美術館葉山の駐車場に車を入れて、
少しだけ海岸に立ち寄ってみた。すぐに海である。
暑かったけど、きれいな空で…この秋はじめての富士山。

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今日から9月で海岸では海の家が解体されていた。
こちらも夏の終わりを告げているのだけど…
それにしても暑い。汗が止まらない。

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山口蓬春記念館。吉田五十八の設計。施工は水澤工務店。
何度来ても素晴らしい。感動的である。増築されたアトリエ。

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二階に上がって、旧アトリエ。心休まる和室である。

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二階の廊下。ここが好き。近代数寄屋の傑作!

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廊下の突き当たりで振り返ると…正面に海が見えて、
吉田五十八も見た風景がここにあり、ますます感動。

10月11日(月)まで平成22年度の秋季展
山口蓬春と吉田五十八-日本画家と建築家のコラボレーション-
が行われており、一階の茶の間と桔梗の間が特別公開されている。
会期中にもう一度ぐらいお訪ねしたい気分である。

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2010年5月 8日 (土)

今日の風景から~山口蓬春記念館

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神奈川県立近代美術館葉山から山の方へ上っていって
山口蓬春記念館を訪ねた。写真はエントランス。
葉山町一色の山口蓬春邸が記念館に改築されて
大江匡設計による鉄骨フレームが立ち並んでいるが、
それが好きか?はちょっと微妙な印象ではあるけれど
山口蓬春記念館は素晴らしくて…魅力的な場所だ。

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庭園の植栽が見事で…初夏のこの季節、緑が美しい。
海と山に挟まれて、斜面の地形を生かした絵になる風景。

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山口蓬春邸は吉田五十八の設計による近代数寄屋である。
写真の左側にアトリエがあり、右側には二階建ての本宅が…
残念ながら写らないのだが、感動的な空間だった。
ぜひまたお邪魔したいと思う。何度でも行きたい場所。

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今日の風景から~近代美術館葉山

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逗子駅からバスで葉山町一色へ
最初に神奈川県立近代美術館葉山で「話の話」展。
ロシア・アニメーションの巨匠
ノルシュテイン&ヤールブソワの展覧会。

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2010年4月24日 (土)

今日の風景から~横須賀美術館

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観音崎にある横須賀美術館に行ってきた。
山本理顕設計による私の大好きな建築作品。
展覧会は「菅野圭介展」をやっていた。
エレベーターで屋上に上がって、
目の前に広がる海の風景が最高!

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写真は本館だが、別館の谷内六郎館が楽しくて
週刊新潮の表紙絵を長年手掛けていた
谷内六郎によるその原画が展示されている。
現在は1972年の一年間が特集されていた。

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2010年1月30日 (土)

新築住宅の見学会

今日は横浜線に乗って新横浜へ。
新幹線の下りホームからよく見える方角なのだが、
「篠原口」という改札ははじめて出てみた
親しい私の先輩に新築住宅を見せてもらった。

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山の斜面を造成して、新しく区画された住宅地である。
坂を上がって行った高台の敷地で眺望がポイント。
黒い外観もスッキリしていて、シャープな線は私も好き。

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玄関を入って、1階から階段吹き抜けの上の階を見る。
鉄板は平らなのだが、内装として壁に張ると
思った以上に波があって、表情が生まれてくる。
それは魅力でもあるのでいいのだが、
一方で鉄板と鉄板の継ぎ目をきれいに処理するのが難しく、
今回も非常に苦労しているとのことだった。

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そして2階に上がって、眺望である。
写真は南側の大開口で明るく開放的。
しかしこの住宅はそれだけではなかった。
反対側の北側を振り返ると高台という地形を生かして
新横浜の街を一望できるのである。これはすごい!
都市の風景ではあるが、夜景がきれいだそうだ。
この敷地はいわゆる「旗竿」の形状で
その竿の部分が駐車スペースで取られているので
家のまわりに庭があって…という感じではない。
隣と接して、まわりを取り囲まれている印象。
しかし開口のとり方と視線のコントロールで
かなりゆったりとプライバシーもあって、
気持ちのいい落ち着ける空間である。
私もこういう空間作りに興味があるのだけど
ちょっとした工夫の積み重ねでずいぶん変わってくる
ということを再確認したのであった。

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2009年4月 4日 (土)

新築住宅の見学会

今日は朝から現場(先週引越しをした住宅C)へ
残り仕事と外構工事をやっているので顔を出し、
昼からはそのまま、地下鉄に乗って湘南台へ
小田急線に乗り換え鶴川へ、町田市に行ってきた。
建築家の設計事務所に勤務していた時代の先輩に
竣工したばかりの新築住宅を見せてもらった。
鉄道とバスに乗っていただけなんだけど…
移動距離が長いとやはり疲れる…

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鶴川の駅からバスに乗って10分ほど行ったところ。
賑やかなところを抜けて、少しのどかな風景になり、
南斜面で日当たりもよく、すごくいいところである。

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薪ストーブがある吹き抜けリビングを中心に
各部屋が空間的に連続してつながり、
実際よりもかなり広く感じられる。
床面積をとれないときも思い切ってそこに高さを与えると
人間の感覚って、作用する方向に変化が出てくるのか?
感じ方が変わってくるのだ。豊かさが生まれる。

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この数年、建築コストは急激に上昇して
そして昨年からの極端な不景気が重なっているから
工事の金額をまとめて、建築を現実のものにするという
成し遂げることが極めて難しくなっているのだが、
こっそりこの住宅の建築コストを教えてもらったところ
より見栄えのする仕上がりに見せていく技、
重要なのは質感と色に関するセンスか…
正直、オーナーは得したのではないかなと思った。
写真は子供たちが遊んだり、本を読んだり、
勉強をしたりする子供リビングの床のフローリングである。

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再び鶴川までバスで戻り、小田急線でひと駅。
玉川学園にあるニラハウスを訪ねた。
藤森照信さんの設計による赤瀬川原平邸。
かなりの久しぶり。よく場所を覚えていた。

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竣工してまだそれほど時間がたっていない頃に行ったのだが、
昔の記録を調べてみたら、1998年4月11日のことだった。
ちょうど11年ぶりということか…今もニラは元気に!

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